蜘蛛の糸
第一部 這い寄る
事務所の廊下はいつも薄暗い。蛍光灯の一本が切れかかっていて点滅するたびに壁に貼られた色褪せたポスターがちらついて見えた。そのポスターの中で能登愛莉は笑っていた。三年前のものでまだ彼女が「売れる」と信じられていた頃の笑顔だった。
久門雲男はそのポスターの前で足を止めた。三十七歳。がっしりとした体躯に日に焼けた顔。どこにでもいる少し不器用な男に見える。しかし、その瞳の奥には誰にも知られていない炎が燃えていた。
彼は愛莉のファンだった。いやファンという言葉では足りない。彼女のステージに立つ姿、汗をかきながらも笑顔を絶やさない姿どんなに小さな会場でもたった一人の客に心を込めて歌う姿。そのすべてが彼の人生に意味を与えていた。
「愛莉ちゃん今日も頑張ってるな」
久門はスマートフォンで彼女のブログを確認する。更新は昨日の深夜。『今日も来てくれてありがとう!明日も頑張るね!』という短い文章に彼女の誠実さが滲んでいた。
だがその記事のコメント欄には心ない書き込みが並んでいた。
『もう引退したら?』
『諦め悪すぎ』
『枕営業でもしてるんじゃないの?』
久門の拳が自然と握り締められていた。
彼はJAPASHの戦闘員だった。Japanese Association for the Pursuit of Absolute Super-Humanity。日本における超人化の確立とそれによる世界秩序の再構築を目的とする秘密結社。彼はそこで下っ端の戦闘員として働いていた。給料は悪くなかった。しかし、その仕事は彼の魂を少しずつ削っていった。その中で愛莉のステージを見ることだけが、彼のいきがいだった。
そして今彼の中で一つの決意が固まりつつあった。
「怪人昇級試験……」
それはJAPASHの戦闘員が怪人へと昇格するための試験だった。合格すれば改造手術を受け人知を超えた力を手に入れることができる。その力があれば彼は愛莉を守ることができる。彼女をこの腐った業界から救い出すことができる。
久門はスマートフォンを握りしめたまま廊下の突き当たりにある重い鉄の扉を見つめた。その向こうに彼の未来が待っていた。
改造手術は想像を絶する苦痛だった。
死神博士――老賀魅理の手による手術は文字通り彼の体を根本から作り変えるものだった。皮膚の下に特殊なコアが埋め込まれ筋肉は強化され骨格は再構築された。そして彼の背中には蜘蛛の糸を紡ぎ出すための器官が移植された。
「これであなたはクモイダーマンよ」
老賀はまるで少女のような声で言った。その外見は十代の少女そのものだったがその瞳の奥には数十年の歳月が刻まれていた。
「ただし一つ言っておくわ。この力に飲まれればあなたの人間性は失われていく。それでもいいの?」
久門は頷いた。
「俺は彼女を守るためなら何にでもなる」
老賀は少し悲しそうな顔をした。しかしすぐにその表情は消え彼女は事務的に書類を差し出した。
「はいこれで契約完了。頑張ってねクモイダーマン」
その言葉を最後に久門の意識は闇に沈んだ。
目を覚ましたとき彼は自分の体が変わっていることを感じた。指先には鋭い爪。背中には無数の腕のような感覚。そして何よりも周囲のあらゆるものから発せられる振動を皮膚全体で感じ取ることができた。
彼は事務所の天井に張り付いていた。
いつの間にか彼は愛莉の所属する芸能事務所の天井裏に侵入していた。改造された体は彼の意思とは関係なく愛莉の元へと向かっていた。
天井の隙間から彼は下の部屋を覗き込んだ。そこには愛莉がいた。そしてマネージャーの田中がいた。
「能戸さん今日の仕事全部キャンセルになったよ」
田中の声はどこか愉悦を含んでいた。
「え……でも今日のライブ楽しみにしてくれてるファンが……」
「ファン? あんなの所詮は客だよ。それよりももっといい話があるんだ」
田中は愛莉に近づいた。その手が彼女の肩に触れた。
「今夜偉いさんと食事だ。しっかり着飾って来いよ。それで気に入られれば次のシングル出してやる」
愛莉の顔が青ざめた。
「それって……枕営業ですか?」
「言葉が悪いな。ビジネスだよビジネス」
田中の手が愛莉の腰に回された。愛莉は身をよじって逃れようとしたが田中の力は強かった。
「嫌です……やめてください……」
「何を今更。お前だってこの世界で生き残りたいんだろ? だったらそれなりの覚悟を見せろよ」
田中の太い指が愛莉の服の裾から滑り込み太ももを這った。愛莉の体が強張り震えが止まらなかった。田中は彼女の抵抗を意に介さずさらに手を上に滑らせた。
「いい体してるじゃねえか。これなら偉いさんも気に入るだろうよ」
田中は下卑た笑みを浮かべながら愛莉の胸を鷲掴みにした。愛莉の目から涙がこぼれ落ちた。
「やめて……お願い……」
久門の視界が赤く染まった。
彼は天井から静かに降り立った。蜘蛛の糸で音もなく。
「誰だお前」
田中が振り返った瞬間久門の拳が彼の顔面を捉えた。鈍い音とともに田中は壁に叩きつけられた。
「愛莉ちゃんに触るな」
久門の声はもはや人間のものではなかった。低く唸るような獣の声。
田中は恐怖に顔を歪めながらそれでも抵抗しようとした。
「おお前誰だ! 警察を呼ぶぞ!」
「警察? そんなもの俺には関係ない」
久門は田中に近づいた。その手にはいつの間にか鋭い針のようなものが握られていた。
「お前は彼女を傷つけた。その代償を払ってもらう」
田中は叫ぼうとした。しかしその声は久門の放った糸によって永遠に封じられた。
糸は田中の体に絡みつき締め上げ彼の命を奪っていた。久門はその様子を冷たい目で見つめていた。
やがて田中は動かなくなった。
久門は愛莉の方を向いた。彼女は床に座り込み震えていた。その目には涙が浮かんでいた。
「あなたは誰?」
愛莉の声はかすれていた。
久門は答えなかった。ただ静かに彼女に近づきその頬に触れた。
「もう大丈夫だよ」
その声はどこまでも優しかった。
「君を守るから」
愛莉はその言葉に何かを感じ取ったように久門の目を見つめた。しかし久門はもうそこにはいなかった。
蜘蛛の糸が静かに揺れていた。
第二部 這い上がる
それから一年が過ぎた。
能登愛莉は今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドルになっていた。シングルは次々とヒットチャートを賑わせテレビ出演も増え雑誌の表紙を飾ることも多くなった。
その成功の陰には一人の男の存在があった。新しく雇用されたマネージャーが、彼女の運命を変えたのだ。まさか、それがあのクモの怪人であるとは、彼女は気づいていない。
久門雲男は愛莉のマネージャーとして彼女の傍らにいた。
彼はJAPASHの力を使って愛莉の活動を影から支えていた。ライバル事務所の妨害工作を排除しメディアに働きかけ時には彼女を狙うストーカーからも守った。
彼の存在は愛莉にとってかけがえのないものになっていた。
「久門さん今日もありがとうございました」
ライブの楽屋で愛莉は久門に頭を下げた。
「いえこちらこそ。今日も素晴らしいステージでした」
久門は優しく微笑んだ。その笑顔は一年前と変わらずどこか不器用でしかし心からのものだった。
「久門さんはいつも私のためにこんなに尽くしてくれる。どうしてそこまでしてくれるんですか?」
愛莉の質問に久門は少し戸惑った。しかしすぐに静かに答えた。
「君が好きだからだよ」
その言葉はあまりにも自然であまりにも真摯だった。
愛莉はその言葉に胸が熱くなるのを感じた。
彼女は久門のことをマネージャーとしてだけでなく一人の男性として意識し始めていた。
そして、その日は、彼女が夢にまで見た武道館ライブの前日に訪れた。
「私も……久門さんのこと好きです」
愛莉の告白に久門は目を見開いた。そしてゆっくりと彼女に近づきその手を取った。その手は驚くほど暖かく安心感に包まれた。
「俺は君を幸せにするためにここにいる。だからこれからも俺のそばにいてくれますか?」
愛莉は頷いた。その目には涙が光っていた。
その夜、ホテルのスイートルーム。
窓の向こうには東京の夜景が宝石箱のように煌めいていたが、二人の目にはお互いしか映っていなかった。
「久門さん……明日、武道館……」
愛莉の声が震えていた。それは緊張のためでもあり、目の前の男に触れたいという欲求のためでもあった。
「大丈夫。君ならできる」
久門は静かに微笑んだ。その手が愛莉の頬に添えられ、親指が唇の輪郭をなぞった。愛莉はその指に唇を寄せ、そっと口づけた。
「久門さん……私…」
愛莉は言葉を飲み込んだ。代わりに、自分から久門の首に腕を回し、背伸びをして唇を重ねた。
最初は触れ合うだけの優しいキスだった。しかし、二人の唇が離れるとき、銀色の糸が引いた。それを見て、愛莉の顔がぼんやりと赤く染まった。
「もう一回……」
今度は久門から唇を重ねた。深く、丁寧に、彼女の唇を味わうように。舌先で下唇をなぞり、薄く開いた隙間からゆっくりと侵入する。愛莉の舌が恐る恐る応え、二人の舌が絡み合うと、甘い吐息が漏れた。
「ん……ふ…♡」
愛莉の体がふにゃりと崩れ、久門の胸に預けられた。彼は彼女の体をしっかりと支えながら、その唇から首筋へと移動した。耳の裏の敏感な部分に唇を寄せると、愛莉の肩がびくりと跳ねた。
「や……そこ……くすぐったい……♡」
「ここ?」
唇を押し当てたまま低い声で囁くと、愛莉の体がさらに熱くなるのが分かった。久門の舌が耳たぶを甘噛みし、そのまま首筋へと滑り落ちる。鎖骨の窪みに舌を滑らせると、愛莉の背筋が弓なりに反った。
「んあ……♡久門さん……♡」
愛莉の指が久門のシャツを握りしめた。その指は白くなるほど強く握られていた。
久門は愛莉の服を一枚ずつ丁寧に脱がせていった。ブラウスのボタンを一つずつ外す指先が、彼女の肌に触れるたびに愛莉は小さく息を漏らした。スカートが床に落ち、ストッキングがゆっくりと引き抜かれると、愛莉の体は下着だけになった。
白のレース。控えめで、しかし彼女の肌の白さを際立たせる下着。久門はその美しさに息を呑んだ。
「綺麗だ……」
その言葉に愛莉は恥ずかしさで顔を覆ったが、久門はその手を優しくどけた。
「隠さないで。君の全部を見せて」
愛莉は潤んだ瞳で久門を見つめ、ゆっくりと頷いた。
久門は愛莉の背中のホックを外した。ブラジャーが滑り落ち、白く形の良い双丘があらわになった。桜色の先端が外気に触れて硬く立ち上がっている。久門はその美しさに目を細め、そっと片手で包み込んだ。
「ん……っ♡」
愛莉の口から甘い声が漏れた。久門の掌は大きく、愛莉の乳房はその中にすっぽりと収まった。ゆっくりと揉み上げると、指の間から柔らかな肉が膨れ、桜色の頂が指を押し返すように硬さを増した。
「愛莉ちゃん……ここ、硬くなってる」
「だって……久門さんに触られて……♡」
その言葉に久門の心臓が跳ねた。彼はもう片方の乳房を口に含んだ。舌先で円を描くように先端をなぞり、軽く吸い上げた。
「あっ……♡あっ……♡そこ……♡」
愛莉の指が久門の髪に埋め込まれた。彼女の腰が無意識に揺れ、太ももが擦れ合う。久門の舌は執拗に先端を刺激しながら、もう片方の手では反対側を指先で転がすように弄った。二カ所同時の刺激に愛莉はベッドシーツを握りしめ、首を振った。
「いやぁ……♡こんな……こんなの初めて……♡」
愛莉の喘ぎ声は、ステージで歌う声とは全く違っていた。しかし、その誠実さは変わらなかった。彼女は自分の感じるままに声を出した。嘘も飾りもない、ありのままの自分を久門に預けていた。
久門は愛莉の乳房を愛撫しながら、片手をゆっくりと下に滑らせた。平らな腹を経て、へその窪みをなぞり、下着の縁に指をかけた。
「もっと……触ってもいい?」
愛莉は涙で潤んだ目で久門を見つめ、小さく頷いた。
下着が足首から抜かれ、愛莉のすべてが久門の前にさらされた。秘所はすでに蜜を滴らせており、淡い陰毛が雫で濡れて光っていた。久門はその美しさに息を呑んだ。
「愛莉ちゃん……濡れてる……」
「だって……久門さんのこと……好きだから……♡」
その言葉に、久門の胸が熱火で満たされた。彼は愛莉の膝を優しく開いた。愛莉は恥ずかしさに膝を閉じようとしたが、久門の優しい手に導かれて、ゆっくりと脚を開いた。
「綺麗だよ」
久門はそう言って、愛莉の秘所に唇を寄せた。
「え……? そこ……そんな……♡」
愛莉が驚いて身をよじったが、久門の舌が秘所の割れ目を下から上へと舐め上げた瞬間、彼女の背中が弓なりに反った。
「ひゃあっ♡!」
愛莉の声が高く裏返った。久門の舌は、外側の襞を丁寧に愛撫してから、ゆっくりと内側へと侵入した。濡れた粘膜が舌に絡みつき、甘い香りが鼻腔を満たした。
「あっ……あっ……♡そこ……そこだめ……♡」
愛莉の太ももが久門の頭を挟み、無意識に腰が揺れる。久門は舌先で小さな突起を探し当てると、それを優しく吸い上げた。
「いやぁ♡!ああっ♡!そこ……そこだめぇ♡!」
愛莉の体が波打った。今まで感じたことのない快楽が、下腹から全身へと広がっていく。ステージの上で歌うことさえ、これほどの高揚感はない。久門の舌が、突起を転がすように刺激し、時折ゆっくりと舐め上げる。そのリズムが、愛莉の理性を少しずつ溶かしていった。
「久門さん……♡久門さん……♡なんか……変…おかしくなっちゃう……♡」
愛莉の指がシーツを乱暴に掴んだ。腰が勝手に浮き、久門の顔に押し付けられる。久門はそれを受け入れながら、さらに深く舌を差し込んだ。
「ん……♡あ……♡ああ……♡」
愛莉の呼吸が荒くなっていった。全身が熱く火照り、指先が痺れる。久門の舌が一定のリズムで突起を刺激し続けるたびに、下腹の奥から何かがせり上がってくるのを感じた。
「久門さん……♡なんか……来る……♡何かが……♡」
久門は愛莉の反応を見て、愛撫をさらに丁寧にした。舌の動きを少しだけ速くし、吸い上げる力を強めた。
「あっ!あっ!あっ!♡だめ!だめぇ♡!来る……来ちゃう……♡」
愛莉の体が硬直した。背中が弓なりに反り、太ももが久門の頭を強く挟む。そして——
「ああああっ♡!!」
愛莉の体が大きく跳ねた。秘所から透明な蜜が溢れ出し、久門の顔を濡らした。愛莉の全身が痙攣し、シーツを握りしめた指が白くなる。絶頂の波が全身を駆け抜け、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
「ひ……♡ふ……♡あ……♡あ……♡」
愛莉はベッドに崩れ落ちた。体が小さく震え、余韻に浸っていた。その表情は、ステージの上のどんな笑顔よりも美しかった。恍惚とし、頬は紅潮し、唇は濡れて微かに開いている。
久門は愛莉の体を優しく抱き起こし、汗ばんだ額に口づけをした。
「大丈夫?」
「……ん…♡大丈夫……♡」
愛莉は力ない笑みを浮かべた。その目には涙と、それ以上の何かが光っていた。
「……すごかった。こんなの……初めて……♡」
「よかった」
久門は優しく微笑んだ。愛莉は彼の胸に顔を埋め、その温もりを感じた。
「久門さん……♡まだ……欲しい……♡」
その言葉に、久門の瞳が揺れた。彼は愛莉の顔を覗き込んだ。その瞳は潤み、微かな熱を帯びていた。
「本当にいいの?」
「うん……♡久門さんのこと……全部感じたい……♡」
愛莉は久門のシャツのボタンに手をかけた。震える指で一つずつ外していく。現れたのは、改造手術の痕跡が残る広い胸板だった。愛莉はその傷跡に指で触れ、そっと唇を寄せた。
「これ……久門さんが頑張ってくれた証拠だね……♡」
久門は言葉を失った。彼女は自分の傷を、恥ずかしいものとしてではなく、努力の証として受け入れてくれた。その優しさが、彼の心を溶かした。
「愛莉ちゃん……」
久門は愛莉の体をベッドに優しく横たえた。彼女の髪がシーツの上に扇状に広がり、その顔は幸せそうに微笑んでいた。
彼は愛莉の脚の間に体を置き、再び彼女の秘所に指を這わせた。さきほどの絶頂で敏感になりすぎているそこは、指が触れただけでびくりと反応した。
「や……♡まだ敏感で……♡」
「大丈夫。ゆっくり……」
久門の指が秘所の割れ目に沿って上下に動いた。濡れた粘膜が指に絡みつき、ぬぷぬぷと音を立てる。愛莉の腰が無意識に揺れ、その動きに合わせて指が奥へと進んでいった。
「あっ……♡指が……入ってくる……♡」
久門の長い指が一本、愛莉の内部に沈んだ。きつく締め付ける柔らかな肉の壁が、指を包み込む。愛莉はその異物感に息を詰まらせたが、同時に今まで感じたことのない充足感に満たされた。
「愛莉ちゃん……の中……すごく……熱い……」
「だって……久門さんが……好きだから……♡」
久門は指をゆっくりと動かし始めた。入れては引き、入れては引き。そのたびに愛莉の口から甘い声が漏れた。
「あ……♡あ……♡そこ……♡そこいい……♡」
愛莉が感じる場所を探り当てると、久門は指の腹でそこを重点的に刺激した。同時に親指で外側の小さな突起を円を描くように擦った。
「あっ♡!あっ♡!そこ……そこだめ♡!同時にだめぇ♡!」
愛莉の体が再び波打ち始めた。下腹の奥から、さきほどよりも大きな波が押し寄せてくるのを感じた。
「久門さん♡!久門さん♡!また……来る……♡また来ちゃう……♡」
「いいよ……一緒に……」
久門は指の動きを少し速くした。内部で指を曲げて壁を刺激しながら、親指で突起を転がす。愛莉の呼吸が荒くなり、体が硬直し始めた。
「あ♡あ♡あ♡ああああっ♡!!」
愛莉の体が再び大きく跳ねた。内部が久門の指を強く締め付け、痙攣するように収縮した。大量の蜜が指の間から溢れ出し、シーツに大きな染みを作った。愛莉の背中が弓なりに反り、その口から言葉にならない喘ぎが漏れた。
「ふ……♡あ……♡ああ……♡」
愛莉はベッドに力なく横たわった。全身が汗に濡れ、呼吸は荒く、目から涙がこぼれていた。しかし、その表情は、どんな時よりも幸せそうだった。
「久門さん……♡私……幸せ……♡」
愛莉は潤んだ瞳で久門を見つめた。その瞳には、信頼と愛情と、これからの未来への希望が光っていた。
「俺もだよ」
久門は愛莉の額に口づけをした。そして二人はそのまま抱き合い、互いの温もりを感じながら眠りについた。
翌朝、久門は愛莉の寝顔を見つめていた。
窓から差し込む朝日に照らされた彼女は、天使のように穏やかだった。長い睫毛が頬に影を落とし、わずかに開いた唇から規則正しい寝息が漏れる。
久門は、この瞬間を永遠に記憶に刻みつけた。
明日の武道館ライブが成功すれば、愛莉は本当のトップアイドルになる。彼女の夢が叶う。それが自分の夢でもあった。
しかし、その夜彼の元に一つの知らせが届いた。
「クモイダーマンお前の存在がヒーローたちにバレた」
ヒーロー界にスパイとして送り込んでいる緑山翠からの情報だ、
「ヒーローがお前を狙っている。しかも明日の武道館ライブの会場にバッタモン1号と2号が向かっている」久門はその報告を聞いて静かに目を閉じた。
「愛莉ちゃんを巻き込むわけにはいかない」
彼は決意を固めた。
第四部 散華
武道館ライブ当日。
会場は満員の観客で埋め尽くされていた。ステージ上では能登愛莉が輝いていた。彼女の歌声は会場の隅々まで届き観客たちの心を震わせていた。
「みんなー!来てくれてありがとう!!」
愛莉の笑顔が満員の観客に向けられた。その笑顔は、かつて小さなライブハウスで少数のファンに向けていたものと変わらない。しかし今その笑顔は一万人の観客を照らしていた。
しかしその頃武道館の屋上ではクモイダーマンが二人のヒーローと対峙していた。
「クモイダーマンお前の悪行もここまでだ」
バッタモン1号が鋭い声で言った。
「悪行? 俺はただアイドルのライブを見に来ただけだぜ。」
久門は静かに答えた。
「おおかたライブ会場で爆破テロでもやるんだろう!この悪党め」
バッタモン2号が怒りを込めて言った。
愛莉との関係がばれるわけにはいかない。彼はとっさに嘘をついた。
「さすが、バッタモンだな。俺の計画お見通しか?」
久門は両手を広げた。蜘蛛の糸が彼の周囲に張り巡らされた。
「悪党め彼女のステージを守らせてもらう」
戦いが始まった。
バッタモン1号と2号の攻撃は容赦なかった。久門は蜘蛛の糸を駆使して戦ったが二人の怪人の力の前には次第に押されていった。
彼の体は何度も地面に叩きつけられた。骨が軋み血が流れた。それでも彼は立ち上がった。
「まだだ……まだ終わらん!」
彼の耳に愛莉の歌声が届いていた。その声は彼に限界を超える力を与えた。
「愛莉ちゃん……君は本当に素晴らしい」
彼は涙を流しながら戦い続けた。
そしてライブのフィナーレの瞬間。
能登愛莉の歌声が最高潮に達したとき屋上では最後の戦いが繰り広げられていた。
久門はバッタモン1号の攻撃をかわし2号に蹴りを放った。しかしその瞬間1号の放ったライダーキックが彼の胸を捉えた。
「ぐあっ!」
久門の体が宙に舞った。彼は武道館の堀に向かってまっ逆さまに落ちていった。
その瞬間彼の目にステージ上の愛莉の姿が映った。彼女は笑顔で歌っていた。観客たちは彼女に声援を送っていた。
「よかった……愛莉ちゃん君は本当にトップアイドルになった」
久門は静かに目を閉じた。
そして彼の体が水面激突した瞬間大きな爆発が起こった。
爆発は武道館の外まで響き渡った。しかしステージ上の愛莉はその音に気づかなかった。彼女はただ歌い続けていた。
自分の歌声が一人の男の命と引き換えにこの場所に響いていることを知らずに。
ライブが終わった後楽屋で愛莉は久門を探した。
しかし彼の姿はどこにもなかった。
「久門さん……?」
彼女の声は虚しく響いた。
その夜彼女は久門からの手紙を見つけた。
『愛莉ちゃんへ。
君のステージは本当に素晴らしかった。俺は君を守ることができて幸せだった。
君はこれからもトップアイドルとして輝き続けてください。
さようなら。久門雲男』
愛莉はその手紙を握りしめ泣いた。
彼女は久門の存在がどれだけ大きかったか痛いほど分かっていた。
第五部 帰還
意識が、暗闇の底から浮上してきた。
久門雲男は、自分の体が動かないことに気づいた。いや正確には動かせないのではなく、感覚が鈍いのだ。まるで全身が綿に包まれているような、そんな不思議な感覚だった。
「気がついた?」
聞き覚えのある声。低く、落ち着いた、しかしどこか温かみのある声だ。
久門がまぶたを重い思いで開けると、そこには阿久野快人の顔があった。黒い甲虫のような装甲はすでに解除され、素顔の快人が彼を覗き込んでいた。
「あ……くの……?」
「おう。生きてるぞ、久門さん」
快人は、少しだけ口元を緩めた。しかしその目の奥には、深い疲労とそれ以上の安堵の色が浮かんでいた。
「あんたが屋上から落ちる瞬間、翠さんから緊急通報が入ってな。俺が急いで駆けつけたんだよ。間に合ってよかった」
久門の意識が徐々に鮮明になっていく。そうだ、彼はバッタモン1号と2号と戦いライダーキックを喰らい、武道館の堀に向かって落ちていった。あの瞬間、彼は死を覚悟した。愛莉の歌声を最後の記憶として、永遠の闇に消えるはずだった。
「なぜ……助けた」
久門の声は、かすれていた。
「なぜって……」
快人は、少し困ったように笑った。
「仲間だからだろ」
その一言が、久門の胸に深く突き刺さった。
久門が目を覚ましたのは、JAPASHの医療施設だった。
白い天井。消毒液の匂い。規則正しいモニターの電子音。彼の体には無数の管が繋がれ、包帯が全身を覆っていた。
「あら、起きたのね」
鈴を転がすような声とともに、老賀魅理がベッドサイドに現れた。その外見は相変わらず十代の少女そのものだったが、その瞳には医師としての冷静さとしかしどこか温かい光が宿っていた。
「あなた、本当に無茶をするんだから」
老賀は、久門の頭の横にあるモニターを確認しながら言った。
「全身骨折が十七カ所。内臓破裂。脊髄損傷。普通の人間なら即死よ。クモイダーマンの改造体だったからこそ、ここまで生き延びたの」
久門は、自分の体を見下ろした。包帯の下の体はまだ自分のものではないような感覚だった。
「蜘蛛の糸の器官も、かなり損傷してる。修復には時間がかかるわ」
「……治るのか」
「治るわよ。でもね、久門さん」
老賀は、久門の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳はいつになく真剣だった。
「あなたの体、怪人コアが限界を迎えてる。このまま改造体を維持し続けると、あなたの人間性が完全に失われる。そうなったら、もう元には戻れない」
久門は、静かに目を閉じた。
「……そうか」
「選択肢は二つ」
老賀は、指を二本立てた。
「一つは、このままクモイダーマンとして生き続ける。ただし、人間性を失うリスクを抱えながら。もう一つは、怪人コアを摘出して人間に戻る。ただし、JAPASHの機密情報はすべて封印されあなたはただの久門雲男に戻る」
久門は、しばらく考えた。
愛莉のこと。彼女の笑顔。彼女の歌声。彼女がステージで輝く姿。
彼は、彼女を守りたかった。そのためなら自分がどうなってもいいと思っていた。しかし——
(俺は、人間として、彼女を愛したい)
その想いが、彼の心の底から湧き上がってきた。怪人としてではなく、一人の人間として。彼女の隣で彼女の笑顔を見ていたい。彼女の歌声を、同じ人間として聴いていたい。
「……人間に、戻りたい」
その言葉に、老賀は少し驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに優しく微笑んだ。
「そう。それがいいわ」
老賀は、久門の手を優しく握った。その手は少女のように小さく、しかし医師のように力強かった。
「あなたは、十分に戦った。もう休んでもいいのよ」
その言葉に、久門の目から涙が溢れた。彼は自分の意思で涙を流したのが、いつ以来だったか思い出せなかった。
---
手術は、十二時間に及んだ。
老賀魅理と、蜂野すずめが執刀した。蜂野は久門の直属の上司であり、JAPASHきっての戦闘能力を持つ改造人間だった。しかし、その手は驚くほど優しく丁寧だった。
「阿久野君は私が守ってあげる❤️」
そう言って、彼女はいつも部下を守ってきた。久門も彼女に何度も助けられた。今回も、彼女の手によって久門の命は救われた。
「久門君、頑張って」
蜂野は、手術中、ずっと久門に声をかけ続けた。その声は姉のように温かく、母のように包容力があった。
怪人コアの摘出は、困難を極めた。コアは久門の脊髄と深く結合しており、それを取り除くことは彼の命を危険に晒すことを意味していた。しかし、老賀の卓越した技術と蜂野の正確なサポートによって、手術は成功した。
そして、記憶の封印処理。
久門の脳から、JAPASHに関するすべての機密情報が慎重に、しかし確実に消去されていった。組織の場所。メンバーの顔。怪人の製造方法。世界征服の計画。それらすべてが、彼の意識の深層に封印された。
代わりに、残されたのは——
愛莉との記憶。
初めて彼女のステージを見た日のこと。彼女のブログを毎日チェックしていたこと。彼女を守るために怪人になったこと。彼女のマネージャーとして過ごした一年間。そして、あの夜、彼女と結ばれたこと。
それらの記憶は、彼の心の最も深い部分に大切に、大切に仕舞われた。
---
手術が終わったのは、翌日の朝だった。
久門が目を覚ますと、そこには見慣れた仲間たちの顔があった。
阿久野快人。蜂野すずめ。老賀魅理。白鳥翼。阿倍野遥香。そして、緑山翠。
「久門さん、お疲れ様でした」
快人が、静かに言った。その声には深い敬意が込められていた。
「あんたは、俺たちの誇りだ」
翼が、儚げな笑みを浮かべて言った。その白い翼は、もうどこにもなかった。彼女もまた人間に戻る道を選んでいた。
「快人っち、ほんまによう頑張ったなあ」
遥香が、関西弁で明るく言った。その目には涙が光っていた。
「久門さん……ありがとう」
翠が、静かに言った。彼女はかつてスターセイバーのグリーンだった。しかし今は、JAPASHのスパイとしてヒーローたちの機密情報を盗み出す日々を送っていた。久門を救ったのは、彼女の通報だった。
「お前が……通報してくれたのか」
久門が、掠れた声で言うと翠は小さく頷いた。
「あなたが、愛莉さんのために戦っているのをずっと見ていました。だから……あなたを死なせたくなかった」
その言葉に、久門は、ゆっくりと体を起こした。まだ痛みはあったが、それ以上に胸の奥が熱くなった。
「みんな……ありがとう」
久門の目から涙が溢れた。それは、感謝の涙だった。彼は一人ではなかった。彼を支えてくれる仲間がいた。彼の戦いを見守り、彼の命を救い彼の帰る場所を作ってくれた仲間がいた。
「俺は……幸せ者だ」
久門は、涙を拭いながら笑った。それは、心からの笑顔だった。
---
退職の日。
久門は、JAPASHの本部を後にしようとしていた。彼の手には、退職金の入った封筒と愛莉との思い出が詰まった写真が一枚あった。それは、彼女の武道館ライブのチラシだった。ステージの上で、彼女が笑っている。その笑顔が彼の心の支えだった。
「久門さん」
背後から、快人の声がした。
「これ、受け取ってください」
快人が差し出したのは小さな箱だった。開けてみると、中には蜘蛛の形をしたペンダントが入っていた。
「クモイダーマンの名残です。でも、これはただの飾りです。あなたが俺たちのために戦った証です」
久門は、そのペンダントを胸に当てた。冷たい金属の感触が、しかし彼の心を温かくした。
「ありがとう……快人」
「おう。元気でな、久門さん」
快人は、そう言って、背を向けた。その背中は少しだけ震えていた。
蜂野すずめが、久門の前に立った。
「久門君」
「はい」
「あなたは、本当に強い人だった。体だけじゃなく心が。だから、これからもその心を大切にしてね」
蜂野は、久門の頬に手を当て優しく微笑んだ。その手は、姉のようであり母のようであり、そして同志のようでもあった。
「はい……蜂野さんも、お元気で」
「ええ。また、いつか」
その言葉は、永遠の別れを意味していた。JAPASHの機密情報が封印された久門は、もう彼らと会うことはできない。しかしその絆は、永遠に消えることはない。
老賀魅理が、久門の前に立った。
「久門さん」
「老賀さん」
「あなたの体、もう普通の人間と変わらないわ。でも一つだけ言っておくわね」
老賀は、久門の目を真っ直ぐに見つめた。
「あなたが愛した人を、これからも、大切にしなさい。それがあなたが人間に戻った意味だから」
その言葉に、久門は、深く頷いた。
「はい」
そして、彼は、JAPASHの本部を後にした。
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外は、雨上がりの青空だった。
久門は、大きく深呼吸をした。空気が美味しかった。雨の匂いと、土の匂いとそして、自由の匂いがした。
彼は、一歩、また一歩と、歩き出した。足取りはまだ少し重かったが、心は、驚くほど軽かった。
そして、彼は、見つけた。
本部の門の外、小さなベンチにちょこんと座っている少女がいた。いや、少女ではない。彼女は二十六歳の女性だった。しかし、その姿はあまりにも小さく、あまりにも頼りなくそして、あまりにも——
愛おしかった。
能登愛莉。
彼女は、涙を浮かべて久門を待っていた。
「久門さん……」
愛莉の声は、震えていた。
「久門さん……!」
彼女は、ベンチから飛び降り久門に向かって走ってきた。その目からは、涙が溢れていた。彼女は久門の胸に飛び込み、その体を強く抱きしめた。
「久門さん……久門さん……!」
愛莉は、何度も何度も彼の名を呼んだ。その声は、喜びと安堵と、そして深い愛情に満ちていた。
「愛莉ちゃん……」
久門も、彼女を強く抱きしめた。彼女の体は温かかった。生きていた。彼女は、確かにここにいた。
「ごめん……心配かけた」
久門の声は、震えていた。彼は彼女を守るために戦い、そして彼女を残して死のうとした。しかし、彼女はここにいた。彼を待っていた。
「バカ……バカ……!」
愛莉は、久門の胸を弱く叩いた。その拳は涙で濡れていた。
「私、ずっと……ずっと……!」
彼女は、言葉にならない想いを涙に託した。
久門は、彼女の頭を優しく撫でた。そして彼女の顔を上げさせ、その涙を親指で拭った。
「もう、大丈夫。俺はここにいる」
その言葉に、愛莉は、大きく頷いた。そして彼女は、久門の唇に自分の唇を重ねた。
それは、雨上がりの空の下での、永遠の誓いのキスだった。
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二人は、手を繋いで、歩き出した。
久門は、もう怪人ではなかった。彼はただの人間だった。しかし、彼の心にはクモイダーマンとして戦った日々の記憶と、仲間たちへの感謝の想いが深く刻まれていた。
そして、彼の隣には、愛する人がいた。
「久門さん」
愛莉が、久門の手を強く握った。
「これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」
その問いに、久門は、優しく微笑んだ。
「ああ。ずっと、一緒にいよう」
二人の歩む道は、まだ長い。しかしもう、彼は一人ではなかった。彼女がいた。仲間がいた。そして、彼を支えてくれるすべての人々がいた。
久門雲男は、愛する人と共に新しい人生を歩み始めた。
それは、蜘蛛の糸が紡いだ永遠の愛の物語の、始まりだった。