※この作品はR-18です。

家畜姫と下僕   作:水瓜

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第一話 肉樹の宿主

王宮の中でも奥まった一角。

使用人の中でも限られた者しか入れない区画の中庭にある、金属製の分厚い扉を開くと、そこには地下へと続く階段があった。

周囲には同じような地下への入り口が複数存在しており、同じ数だけ地下との物品をやり取りする為のリフトがある。

 

私と主人は、この場所に入る事を許された近衛兵の方々に囲まれ、地下へと降りるように促された。

重苦しい沈黙が一同に満ち、誰も必要以上の事を話そうとはせず無言の圧力を掛け続けてくる。

ただ地上に居られる最後の時を噛み締める事くらいの自由は許してくれたようで、主人であるサリューネミス様が最後に見るであろう空を仰ぎ見ていても、誰も急かそうとはしなかった。

 

それにしても出生の事情がどうであれ国王陛下の血を引くサリューネミス様の地下入りに同席するのが、臣下だけとはあんまりでは無いだろうか。

王族の方々が姫様に一方的な重責を押し付ける事に罪悪感を抱いているが故か、はたまた見送る程の価値もないと軽く見られているのか、どちらにしても酷い話だ。

 

「行きましょう、ブルネット」

「はい、姫様」

 

これから待ち受ける運命を考えると怖くて仕方がないだろうに、姫様は毅然とした足取りで地下に続く階段へと踏み出した。

私も後ろに続き、先導する兵士が掲げるランプの灯を頼りに螺旋状の階段を百段ばかり降りた所で、別の扉へと突き当たる。

先頭の兵士が錠を外して扉を開いて私達を中に入れ、その後直ぐに再び扉を閉めてしまった。

 

この扉は今後開く事は無いだろう。少なくとも私と姫様が生きている間は。

私達が居るこの場所は、ある目的の為に地下深くに作られた空間であり、テーブルの上に置かれた魔石ランプの照明が部屋を明るく照らしている。

 

事前に地下の間取りについての説明は受けたが実際見ると思っていたよりも天井が高く、あまり閉塞感は無い。

私達が入ってきた扉がある部屋の床には起毛の絨毯が敷かれており、羅紗が張られたソファや低い猫足テーブル、繊細な彫刻が施された本棚、箪笥といった上等の家具が置いてあった。

居間として使う事を想定されているとの事で、壁には魔石を燃料とする無煙暖炉が備え付けられている。

 

居間には外からの入り口の他に幾つかの扉があり、それらを介して台所や地上との物品をやり取りするリフト、トイレ、浴場などに移動できた。

日用品や食料の類は決まった時間にリフトを介して供給される事になっていて、制限はあるが紙に書けば注文の品物を届けてくれる決まりになっている。

各部屋に一つはある換気口から常に地上の空気が送られてくるので、地下であるが匂いが籠ったりはしていなかった。

 

そして最後に入ったのが、姫様の私室として作られた部屋だ。

居間と同じくらいの広さの部屋の中央に、高価な白い綿の寝具が備わった大きなベッドが鎮座しており、壁際には替えの寝具が入れられた大きな箪笥と蛇口付の小さな洗面台がある。

その他にも安楽椅子や、人一人が寝られる程度の大きさの木箱のような台といった、姫様の世話に使う物品が置かれていた。

 

「良い肌触りのベッドね、寝心地は良さそう……。 これから、一生の殆どをここで過ごすのだろうしね」

「地下室の中だけですが、言って頂ければ私が何処にでもお運び致しますよ」

「そう……、だけどあまり用事を言いつけすぎると、あなたも嫌になるでしょう」

「そ、そんな事はありません! 私が姫様の御命令を厭う訳がないじゃありませんか」

「……そうね。 ごめんなさい。 あなたの真心を疑っているとは思わないで。 やっぱり怖いのかな、悪い事ばかり考えちゃう」

 

姫様は口を閉ざすと、自嘲するように微かに笑う。

その様子がお可哀想で、私もそれ以上何も言えなかった。

これから、この御方に降りかかる運命を思えば不安を抱くのは至極当然の事だろう。

 

例え国家国民の為という大義名分を掲げたとしても、一人の少女にこうまで過酷な運命を背負わせる仕組みが果たして正しいのだろうか。

今まで何度も自問自答を繰り返したが、私にはそれに抗う力も度胸も無く、遂に今日この日を迎えてしまった。

 

姫様はこの地下に降りる前に、肉樹の種を飲み込んできた。

 

肉樹……、それは世間に知られていない、この王国の上層部が秘匿し続けてきた寄生生物の一種であり、王族の血を引く年若い未産の女性だけが、この生物を体内に宿す事が出来る。

条件を満たす女性が種を飲み込む事で体内に根を張り、やがてその女性の肉体を不可逆的に変化させてしまう恐るべき生物。

 

ただ、この王族のみが宿せる寄生生物を王国が国ぐるみで秘匿し保持し続けてきたのは、肉樹が与える恩恵があまりにも大きかったからだ。

肉樹に寄生された女性は手足が退化して頭部と胴体だけの肉体となり、特別な体液を分泌するようになる。

中でも乳房から分泌される体液は、王国では神秘薬(エリクシル)と呼ばれている他に類を見ない効果を持つ薬なのである。

 

匙一杯分の神秘薬(エリクシル)ですら通常は不治と言われている病を治癒させ、致命傷をも癒す絶大な効力を持つ。

そして定期的に飲み続ければ肉体は何時までも若々しさを保ち、病気にも罹りにくくなる。

この国の王族は、同族を犠牲にして得た神秘薬(エリクシル)により不老長生を手にし、また国民や他国に売却する事で得た莫大な利益で国を維持してきた。

 

姫様は現在の国王が肉樹の宿主とする為だけにもうけた、側室ですらない端女の子で、王宮の秘匿された区画で世間から隠されて育った。

そして私も幼い頃に王宮に売られ、生殖機能を奪われた後はずっと姫様と人生を共にしてきたのである。

 

全ては肉樹の宿主と、その世話係として理想的な組み合わせを作る為だけにだ。

と言うのも肉樹の宿主は幾つかの部位から特殊な体液を分泌するように身体を作り替えれられるが、その中で皮膚から分泌する体液は外敵を退ける猛毒としての性質を持つ。

その成分は揮発性が高く、もし毒を含む空気を吸い込んでしまえば死の危険があるが、空気に溶けてから直ぐに効力を失ってしまうので十分に距離を置いていれば害はない。

そして肉樹の宿主になった女性と親しい関係にある男性だけが、この毒の影響を避けられた。

 

私が幼い頃に男としての機能を奪われ、女のような名前を与えられて、姫様の近くで仕える役割を与えられたのも全て肉樹の世話係としての条件を満たす為だった。

隣国ではかつて王妃等が住まう後宮において、女官では難しい力仕事などを担う使用人として、去勢された男性である宦官が使われていたというが、この国では基本的にそのような文化は無い。

 

しかし肉樹の世話係候補として幼い頃から宿主と親しませ、尚且つ男女の間違いを起こす可能性の無い人間として、去勢した男性を当てる事を誰かが思いつき、それが連綿と続いてきたのだろう。

私は王族の思惑通りに、姫様と身分違いながらも親しく付き合わせて頂き、肉樹の世話係としての基準を満たしたと判断された訳だ。

 

もしかしたら私が姫様を憎み険悪な関係になっていれば、少なくとも姫様が肉樹になる時期は伸ばせたかもしれない。 ただ大人の都合に振り回されて男としての機能まで勝手に奪われた私にとって、不義の子という扱いで世間から隠されて育てられてきた姫様は、身分こそ違うが他人の意思に翻弄されながらも懸命に生きる同類のような親しみを感じていた。

 

考えてみれば、それも私達を近づかせる為の策略だったのかも知れないが、それでも私にとって姫様は掛け替えのない理解者であり、私の生きる意味そのものだったのだ。

 

 

ただ悲しみに沈んでいる暇は無い。姫様に残された自由に動ける最後の時間を少しでも良い物にする事が、今私に出来る唯一の事だ。

 

「姫様、今朝から何も食べておりませんし、お腹が空いておられるのでは? 台所に食事に用意がありましたし、お召し上がりになりますか」

「ううん、まだ良いわ。 食べたら眠くなりそうだし……、それより暑かったから汗かいちゃった、身体を洗いたいわ」

「かしこまりました」

 

次に眠りにつけば、姫様は肉樹と完全に同化して手足を失ってしまわれる。

せめてそれまでは普段通りに過ごして頂こうと、泣きそうになるのを堪えて共に浴場へと移動した。

 

清掃の手間を考えてか、浴場は洗い場の横に人が三人くらいは入れそうな大理石の浴槽が設けられただけの簡素な作りだった。

壁に取り付けられた温水と冷水が出る二つの蛇口から、入浴に丁度良い温度になるように浴槽に水を注ぎ、その間に姫様の着替えを手伝っていく。

 

王族としては質素な衣服を脱ぎすてる度に、姫様の美しい御身体が露わになっていった。

緩く波打った金色の髪、丸く形の良い胸、贅肉の無い引き締まったお腹、慎ましやかな股間の陰り……、幼い頃から姫様の入浴から厠まで日常の全てをお世話してきた私にとっては見慣れた姿だが、それでも感動は薄れない。

 

私は幼い頃に外科的に睾丸を摘出された上で女官ばかりの後宮に馴染むようにと、肉体を女性化させる秘薬を数年間服用させられ続けた。

幼い頃に飲んだその薬の作用によって、私の身体は丸みを帯びて胸も膨らみ、私が宦官だと知っている筈の兵士からも欲望を含んだ視線を向けられる程度には女性らしい容貌となっている。

しかし姫様のあらゆる部位が絶妙に調和した裸身を見てしまうと、自分の身体がどうしても歪に感じられた。

 

まずは桶で湯を掬って姫様の身体を濡らし、石鹸の泡を含ませた布で全身を擦り洗う。

首筋、胸、腋などの敏感な部位は掌を用いて優しく洗い、陰唇は複雑な肉びらに指を這わせて、花弁の間に溜まった汚れを落としていった。

 

去勢された事の僅かな利点は、性的興奮を一切感じない事だろう。

どれ程美しい身体を見ても、感銘を受ける事はあれど情欲と呼べるのであろう感情は巻き起こらない。

男性としての情動を持てない事実を少し寂しく感じる事もあったが、入浴や排泄、夜伽のお世話をする中で主人に興奮してしまうようでは使用人としては不適なので、仕事の上ではこの方が都合がいい。

 

入浴が済んだ後は、姫様に促されて暫し一緒のソファに座らせて頂き、身体を寄せ合いながら今までの思い出を語り合った。

そして就寝前の食事として事前に台所に用意されていた最高級の料理では無く、私の手料理をお求めになり、食事が済んだ後はソファに座る姫様に御自身の太腿を枕に横になるよう命じられた。

 

姫様の手には、地下に持ってくる事が許された日用品や思い出の品が入った鞄の中から取り出した愛用の耳かきがあり、それを使って耳を掃除して頂けるという。

本来であれば仮にも王族の一員であらせられる御方が使用人の耳を掃除するなど有り得ないが、昔から姫様は王宮の奥で国民から秘匿されるように育てられてきた為に日常で接してきた人間は限られる。 特に常に付き従い身辺のお世話をする者は私以外にはおらず、二人きりの時はこうして主従の関係を超えた事をして下さる事もあった。

 

耳掃除も初めてではなく、亀の甲羅を素材とした滑らかな質感の匙がまずは外耳の窪みをなぞっていった。

耳元に姫様の抑えた吐息が吹きかかり、穴の中の汚れを掬う音が体内へと響く。 耳奥を優しく掻く感覚と心地良い音、頬に感じる太腿の柔らかさに私は暫し陶然となった。

 

「あなたに何かしてあげられるのも、これが最後ね。 ……髪を梳かしたり足を揉んだり、もっとしてあげたかったな」

「いえ、私に良くして頂いて姫様には本当に感謝しています。 これからは私が姫様に御恩を返す番ですよ」

「そう……、だけど恩はいつか使い果たしてしまうでしょう。 そこから先は邪魔者扱いになるかしら」

「あっ、そ、そんなつもりで言ったのでは……」

「うん、分かってる。 ごめんね、今のは私が意地悪だったわ」

 

やがて耳掃除が終わると、またソファに並んで座って今日と言う日を惜しむように懸命に言葉を交わし合った。

だが姫様の身体に根を張る肉樹の作用か、やがて会話も途切れがちになり瞼も重そうに下がっていく。

 

「そろそろね。 ……行きましょうか」

「……っはい」

 

綿の寝具に横たわり、幾度か深呼吸をした後に姫様は手を私の方へと差し出す。

手足を動かせる最後の時だというのに、その態度は凛として気高かった。

 

「ブルネット、手を握っていて」

「かしこまりました」

 

小さな掌から温かな命の感触が伝わってきた。

数えきれないほど触れてきたこの掌に触れられるのもこれが最後。

そのことを考えるだけで、瞳が熱くなり涙が出そうになる。

しかし今、最も悲しい筈なのは姫様ご自身であり、私の泣き顔などを見せて心配を掛ける訳には行かないという想いで無理に涙を押し留めた。

 

「姫様、私、精一杯お世話致します。 決して不自由な思いなどなさらないよう、私が姫様の手足となりますから、どうか今は安心してお眠りください」

「……ありがとう。 ねえ、私のせいで地下に閉じ込められる羽目になった事を恨んでいない?」

「滅相もございません。 私の居場所は昔から姫様のお傍だけでしたから、姫様の近くに居れるのなら、それが何処でも些細な事です」

「そうね、あなたは昔から本当に良く仕えてくれたわね。 ……ごめんね、私はこれから神秘薬(エリクシル)を生み出す為だけの家畜になる。 あなたが誇りに思える主人では居られなくなるわ」

「姫、様……。 どんな身体でも姫様は私の一番です。 私は何時までも姫様のブルネットですよ」

「………」

 

そのまま姫様は目を瞑り、瞼の間から涙が一滴垂れると同時に手からも力が抜けていった。

姫様の身体が変化しきるまでは約三日ほどかかり、その間は決して目を覚ます事はないらしい。

このまま何時までも手を握り続けていたかったが、寝ている最中に身体を拭いて差し上げたり、排泄の際にベッドを汚さないようにオムツに着替えさせて頂いたりとしなければならない事は多い。

 

私はゆっくりと絡み合った指を解き、姫様の手をベッドの敷布に横たえた。

 

 

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