※この作品はR-18です。

家畜姫と下僕   作:水瓜

5 / 6
第五話 始祖

姫様と私は今、あの地下深くの石室に居る筈。 だから、これが現実である筈は無いと頭では理解しているが、長年慣れ親しんだ姫様本来の御姿と、身体に伝わる温かさに思わずここが夢である事を忘れてしまいそうになる。

 

「姫……様?」

「そっか……、貴方ってこんな感触だったわね。 わぁ、柔らかい……」

 

姫様は密着していた身体を離すと、久しぶりの四肢の感覚を味わおうとするように、私の身体の至る所を触っていく。 腰を撫でられ、胸を揉まれ、髪をくしゃくしゃと撫でられ、頬を摘まれる。

夢の中とはいえ姫様の行動を止めるのは忍びなく、されるがままになっていたが、流石に唇に指を入れられる段になるとやんわりと姫様の手を掴んだ。

 

「ふぁの――、ぷはっ! 姫様、やり過ぎですよ。 夢の中ですし、あまり乱暴にされたら怒りますからね!」

「へえ……、夢のブルネットは怒るのね。 ふふ、ほおら、怒ってみてよ」

 

そう言って夢の姫様が私の鼻に人差し指を突っ込んできたので、私はそれを払いのけてお腹に力を入れる。

 

「こ、こらぁ~~……」

 

しかし、喉から搾り出されたのは虫の羽音のようなか細い声だけだった。

やっぱり、夢とはいえ姫様を怒鳴る事は難しい。

そんなやり取りをしていると横合いから小さな笑い声が聞こえてきて、私達は同時に声の方へと振り向いた。

 

「くふふ、可笑しい……、貴方達、ここは只の夢じゃあないわ。 目の前にいる相手は仮初の身体ではあるけど、心は本人よ」

 

そこに居たのは貴婦人の部屋着のような滑らかなローブを着た、黒髪の鮮やかな妙齢の女性だった。

姫様と話すのに夢中になって接近に気が付かなかったのだろうか、とも考えたが、先程周囲を見渡した時には居なかったし、会話に集中していた短い時間で忍び寄れるとも思えない。

そして彼女が今言った、目の前に居る姫様は本人だという言葉も嘘を言っているようには感じなかった。

 

「姫様、昨日の夕食は何だったか覚えてらっしゃいますか?」

「えーと……、鰯の油付けと玉葱和えに、赤葉のスープ、それから固焼きパンね」

「正解です……、いや、でも私の夢の中だし、私が知っている事を聞いても駄目ですね」

「でも夢ならこんなに本人通りの喋り方や動きをしない筈だし……、えーと、ブルネット、さっき触り過ぎたこと怒ってる?」

「あ、いえ、大丈夫です」

「そう……、ごめんね。 ――こほん。 それで、ここが只の夢ではないとすると貴方はどちら様でしょうか?」

 

姫様は居住まいを正して、目の前の女性へと問いかける。 こんな事を考えている場合ではないのだろうが、久方振りに見る余所行きの態度の姫様は、やはり凛として美しかった。

問いかけを受けた女性は、少し考える素振りを見せた後で微笑を浮かべた。

 

「私はテレサ……、と名前を言っても分からないわよね。 貴方の身体に寄生する肉樹の大元と言えば良いかしら」

「肉樹の……大元?」

「ええ、貴方の国に伝わる肉樹は、私が遠い昔に自分自身の身体の一部を改造して作ったの」

 

衝撃的な自己紹介に私達が何も言えずにいる間に、テレサは肉樹の由来を語り始めた。

曰く、テレサは古い時代に強大な魔力を有していた魔法使いであるらしい。 とは言っても、当時は魔法使いという言葉すら定着しておらず、幼少期の彼女は不気味な力を持つ少女として扱われていたそうだ。

 

……そう言えば、王宮に居た頃に本で読んだ事がある。

現代では殆ど全ての人間が魔力を有していて、訓練さえ積めば誰でも魔法が使えるが、千年程前までは魔法という物は存在しなかったそうだ。

 

ただ、ある時期から不思議な力を有する者達が生まれ始め、彼らが扱う力がいつしか魔法と呼ばれるようになっていった。

魔法の力はその者達の子孫にも受け継がれ、時代を重ねると共に広く血が広がっていき、現在の誰もが魔力を有する時代に至るのだと。

 

同時代に魔力を持たない人間の中から突如として生まれた魔法使い達は現代では始祖と呼ばれており、時には畏怖と共に信仰の対象となる程の強大な力を有したという。

伝説では意図的に津波を引き起こせたとか、都市一つを炎に包んだとか、瀕死の重傷者を完治させたとか……、どこまで本当かは分からないが、少なくとも現代の魔法使いとは次元の違う力を有していたのは間違いないのだろう。

 

テレサに備わっていたのは生命力を操る力であり、四肢の欠損を完治させ、不治の病を治し、人の老化を止めて寿命を倍以上に伸ばす事すら可能だった。

ただそんなテレサでも老いに完全に抗う事は出来ず、二百年以上の時を生きた頃には明確に生命の限界を意識するようになっていたという。

 

「私はどうしても死ぬのが怖くてね……、どうにかして寿命を伸ばせないかと考えた時に得た答えが、他人……、それも自分の血を引く女性の肉体に寄生する事だったの」

 

自分の身体を素材にして、自らの血を引く女性に寄生して生き永らえる人工生物である肉樹を作り、精神をその中に移した。

そして肉樹の宿主となった女性に、自分の魔法の力が込められた液体である神秘薬(エリクシル)を産生する性質を与え、子孫達が進んで肉樹を連綿と受け継がせていく環境を整えたという。

 

「ですが……、それならどうして宿主の四肢を奪ったりするのですか? そんな事をしない方が、宿主も生活しやすいと思うのですが」

 

姫様は平然とした調子で問いかけたが、その心中は穏やかでは無いだろう。 目の前にいる人間が自らの四肢を奪った張本人だと分かったのだ。 無論、姫様に肉樹の実を飲ませたのは王国の上層部の総意によるものだが、実際に手足を奪ったのはテレサが作った肉樹だ。

単に神秘薬(エリクシル)を作らせる事が目的なら手足を奪う必要は無いように思える。

 

下僕の分限で姫様を差し置いて怒りを露わにするような事はしないが、無言の抗議の証として姫様の後ろからテレサを睨みつけた。

 

「初めは手足を奪ったりはしていなかったのよ。 ただ、ねえ……。 私が最初に作った肉樹は十個で、それぞれが別々に宿主を乗り換えながら生き延びていく仕組みになっていたの。 十個の内、どれか一つでも生き残っていれば私が暮らすこの夢の世界を維持できるようにしていたんだけど、最初の二百年で四つが失われたわ」

 

一つは戦乱に巻き込まれて宿主諸共炎で焼かれ、二つは家畜のように乳を搾られる為だけに生かされ続ける人生を厭うた宿主が、肉樹の実が残らない方法で自殺してしまったらしい。

最後の一つの宿主は野心家で、自分が作り出す薬を利用して宗教を作ったが、その宗教が時の権力者に危険視されて火炙りにされてしまったという。

 

「色々試行錯誤したのだけど、結局は宿主からは自由を奪って乳を搾られるだけの家畜にするのが最善だという結論に至った訳ね。 周囲から警戒されたり、海に身投げをされる危険を無くせるから。 ……まあ、それだけだと精神が壊れて自殺してしまうかも知れないから、世話係として男を一人宛がわれるようにして、その男の寿命も宿主と同程度まで伸ばせるようにしたけれど」

「成程……、腹立たしいですが、理屈としては理解出来ますね。 それで、どうして私達にそんな事を話したのですか? 謝罪でしたら……、言葉だけは受け取っておきますが」

「謝って欲しいの? でも、貴方達も結構楽しんでいるみたいじゃない。 宿主にならなかったら、こんな爛れた生活送れなかったのではないかしら」

「え、ちょっ……、私達の暮らしを覗いているんですか!?」

 

目に見えて顔を赤らめた姫様は声を荒げるが、テレサは首を振ってそれを否定した。

 

「そこまで悪趣味じゃないわ。 偶に生活を覗き見はしてるけど、行為の途中は見てないから安心して頂戴」

「ほ、本当ですか?」

「本当、本当。 これでも私、人間だった頃は聖女って呼ばれてたのよ? 聖女は嘘をつきませ~ん」

 

そういうテレサは半笑いであり、どこまで信用出来るかは疑問だが、一応信用した方が心を守る為には良い気がする。

姫様もこれ以上の追及はしないようで、改めてここに呼んだ理由を尋ねた。

 

「ここ数か月貴方達の生活を見ていたのだけど、お互いにとても仲が良くて、精神的にも安定しているじゃない? だから、ちょっとしたご褒美を上げようと思ったのよ。……サリューネミスちゃん、貴方、手足を失って動けない生活に流石に飽き飽きしているんじゃない?」

「なに言っているのですか、当然でしょう? ブルネットは良くしてくれていますが、それでも自分で本のページも捲れない生活なんてうんざりですよ。 ……もしかして、手足を返してくれるのですか?」

「あ、それは無理。 肉樹の性質でね。 宿主の肉体を大きく作り替えられるのは寄生の時だけで、後から手足を生やしたりは出来ないから。 ……だけど、一時的に手足を動かせるようにはしてあげられるわ、そっちのブルネットちゃんと精神を入れ替えてね」

 

テレサの提案は一日に一度、最大で二刻までだが、私と姫様が額を合わせて合言葉を発音する事で互いの心を入れ替え、私が姫様の、姫様が私の肉体を使えるようにしてくれるという事だった。

 

「この精神の入れ替えは宿主と従者の関係がとても良好で、尚且つ宿主の心が安定している時にしか提案しないの。 心を病んでいる宿主に手足を与えたら、何をするか分からないからね。 でも、貴方達なら大丈夫そうかなって」

 

姫様の手足を取り戻せなかったのは残念だが、テレサの話が本当ならば一時的にでも姫様に地上に居た頃のような生活を送って頂ける。 それは日頃、身体を動かせずに退屈しがちな姫様の心の癒しともなる筈だ。

 

結局私達はテレサの提案を受け入れ、精神を入れ替える合言葉を教えてもらった。 この合言葉はこの夢の世界から目が覚めた直後から使えるようで、もう一度額を合わせて同じ合言葉を呟くか、入れ替えから二刻が経過すると元に戻るという。

 

用事が終わり別れの挨拶をしてくるテレサに、私は複雑な心境で小さく礼をした。

心を入れ替えられるようにしてくれたのは有難いが、そもそも姫様の手足を奪ったのも彼女自身だし、姫様が受けた恩と仇を比べるなら仇の方が勝つとは思う。

ただ、それによって姫様と一生共に居られるようになったのだから、私として正直感謝したいような気持ちもあった。 勿論、そんな事は姫様の前では絶対に言わないけれど。

 

姫様を横目で見れば頭は下げてはいないものの、特に睨みつけもせずに無言で口を結んでいた。

……恐らく姫様も、何とも言えない気持ちなのだろう。

 

「あ、私の事とか、精神の入れ替えについては他人に言わないでね。 もし言ったら、入れ替えの力を取り上げるから」

 

そのように釘を刺してきたテレサの言葉を最後に私の視界が黒く染まり、次の瞬間には背中にベッドの柔らかな感触を覚えていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。