※この作品はR-18です。

人体を売る少女と死んだ女の子の百合   作:六塔掌月

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2話

生きていることに意味はあるだろうか。八重子(やえこ)は死んだ詩帆(しほ)の唇を吸いながらそれについて考えてみた。

 

馬鹿げた問いだと八重子は思う。もしも生きていることに意味があるのだとしたら死んでいることに意味はないことになる。ならば、なぜ最後には死ぬとわかっていて人は生きるだろうか。そのように死に怯(おび)えて生涯(しょうがい)をすごすことに意味があるとは、八重子には到底思えなかった。

 

むしろ意味があるのは死の方だと八重子は捉(とら)えていた。死者として地上に残りとどまり続けること。それこそが生の終着点であり、つまるところ生の意義なのだ。

 

八重子は死体である詩帆の胸を口に含み熱心に乳首を吸った。右の乳首を舌先でつついて吸い、左の乳首を幾度も舐(な)める。きつく吸い、弱い力で歯を立てた。

 

八重子は詩帆のことが好きだった。詩帆もおそらく八重子のことが好きだったろう。八重子と詩帆はいつも二人きりになれる秘密の場所を見つけては寄り添い、互いを抱きしめてキスをしたものだ。便箋(びんせん)に愛の言葉を書き封をして渡し、翌日に相手から同じようなラブレターをもらうということを二人は日常的にくりかえした。

 

詩帆はそうした手紙の中で幾度も「死にたい」と記していた。死は甘美(かんび)であり何者も侵(おか)せない神聖な領域なのだと、詩帆は本気で信じていた。八重子に抱かれながら時折詩帆は滂沱(ぼうだ)の涙を流し「殺してちょうだい」と懇願してきた。八重子はそういうときは詩帆を仰向けに横たえて脚を開かせ、秘所を熱心に舌でねぶりながら両手を前に伸ばし、詩帆の乳首を指先で責めた。三箇所を同時に責められると詩帆はたやすく絶頂に達し、身悶(みもだ)えた。詩帆がいくときの可愛らしい声を聴くのが八重子には大いなる愉(たの)しみだった。

 

だから殺した。

 

別におかしな話ではないと八重子は思う。二人にとってはそれが愛だったのだ。

 

どうでもいいんだ、何もかも。

 

すっかり虚脱(きょだつ)した八重子はベッドの上の詩帆の遺体の横に寝た。すでに詩帆の体からは四肢(しし)がなくなっていた。それを見て八重子の心の底にじんわりと黒いものがわだかまっていく。八重子はしばらく自死の甘い幻想にかまけた。死はきっと素晴らしいものだと彼女は思った。すでに亡くなった詩帆のことが少し羨(うらや)ましい。

 

無。

 

死。

 

自分は死ぬ前に何をしておくべきだろうかと八重子は考えた。若いうちに死にたいとは思っていた。詩帆のいる世界にいきたい。しかし今何も考えずに死ねば警察などがこの館に押しかけてきて自分たちの遺体を回収し、炉(ろ)に入れて燃やすことだろう。そうして彼女たちを虚無に追いやるのは間違いなかった。彼らは異端者である八重子と詩帆を地上から完全に追放し、痕跡さえも消し去って世の秩序(ちつじょ)を保とうとするはずだ。

 

そうはさせないと八重子は思う。自分たちは死者として地上にとどまり続け世に暗黒をもたらすのだ。そのためには協力者が必要だと彼女は考えた。死んだ後自分たちの遺骸(いがい)を守り腐らないように保全してくれる人員がほしい。たとえば八重子は詩帆の全身を舐めることで呪力(じゅりょく)を施(ほどこ)し、詩帆の遺骸を腐敗(ふはい)から救っていた。

 

そして可能ならば大勢の死者が集まる土地を造りたいものだと八重子は考えた。そこでは死者が王であり主(あるじ)で、生者が守護者であり召し使いなのだ。生者は死者を崇拝(すうはい)し護り、奉仕して保全する。将来的には千人規模のコミュニティにしたいと八重子は願った。

 

死者の王国。自分はそれを築こうと八重子は決心した。それこそが世界に対する、そして生に対する最大の反逆になるはずだ。生きていることそのものを嘲(あざけ)り侮辱(ぶじょく)する究極のおこない。

 

私は神を赦(ゆる)さない。

 

目的の達成にはまず朋華社(ほうかしゃ)の本社オフィスに潜入して術者や顧客を調べるのがいいだろうと八重子は考えた。そういった人たちの中には自分の考えに賛同してくれる者が必ずいるはずだ。もちろん男を相手にしては駄目だ。女性と直接会い、こちらの希望を伝える。根気がいるがこれ以外に方法はないだろう。

 

八重子はそこまで考えたところで寝床から起き上がった。彼女は今無性にセックスがしたかった。死んだ詩帆の体を嬲(なぶ)るのもいいが、そこで得られる満足と生きた女との情事で得られる快感とは異なる種類のものだというのが八重子の認識だった。八重子はブラックローズという店に電話をかけ、館まで娼婦をひとり送ってくれるように頼んだ。ブラックローズは同性を相手にする娼婦を手配してくれる店だ。

 

八重子は台所までいきコーヒーを淹(い)れて飲んだ。甘いものが欲しかったのでチョコレートのチップが入ったクッキーをかじった。

 

シャワーを浴びた。丁寧に体を洗い歯を磨く。八重子は期待に胸が高まっていくのが自分でもわかった。ブラックローズの娼婦はたいてい年齢が二十代後半から四十代前半だった。どの年齢でも若々しい肌をしており、巧みに八重子に誘いをかけてきて、卓越した技術でいつでも彼女を満足させた。

 

殺人衝動も高まってきた。誰でもいいから若い娘を殺したいと八重子は願った。だが、と彼女は考える。自分はこの衝動を抑えなければならない。死体を隠すのは手間だし、何より協力者となりうる女まで殺してしまってはいけないからだ。自分は目的のためにこれから長期間に渡って殺しの衝動を耐え忍ぶ必要があるだろう。八重子はそこまで考えたところで思考を手放し、ため息をついた。

 

まあいい。私には代わりにセックスがある。

 

八重子は寝室にいきスピーカーで音楽を再生しながら娼婦の到着を待った。ジョナ・ケイガンを聴きコープランドを聴いた。いずれも美しい曲だった。唯一の魂の慰(なぐさ)め、病める女のための救いだ。

 

インターフォンが鳴った。八重子はバスタオルを体に巻いただけの格好で玄関に出た。扉を開ける。

 

娼婦は若く背の高い女だった。目が覚めるような青いドレスを着ており胸のあたりが開けていた。乳房(ちぶさ)は派手に盛り上がり今にもドレスからこぼれ出しそうだった。女の乳房が大きいのを見て八重子は密かに喜んだ。それが彼女の好みなのだ。

 

八重子は詩帆の遺体がある部屋とは別の部屋に女を通した。大型のベッドに座り、事を始めた。

 

八重子は女の乳房を無造作につかみ五指に力を込めて揉(も)んだ。口を大きく開いて乳房の肉を含み、吸う。そして女の乳首をくりかえし舌と唇できつくしごき上げた。女はそのたびに嬌声(きょうせい)を上げ、頬を染め、官能のために眉間(みけん)を寄せた。八重子はそれを見て喜んだ。二人は隙間がないほどに抱きしめ合い、唇を吸い合った。女の舌は蛇のように八重子の口内をまさぐり、うごめいた。

 

八重子は思う。いい。とてもいい。

 

八重子と女はシックスナインの体勢に移った。八重子が下になって女の股を覗き込み、女は八重子の足を開かせて熱心に秘所を舐めた。八重子も女のそこに舌を這(は)わせた。ぷりぷりとした女の尻たぶを両手でつかみ、揉みながら舌を動かす。快感が八重子の興奮を高めていった。

 

次に八重子は仰向けになって女に責めてもらった。ぐっと股を開き中心を女に舐めてもらいながら、同時に女の両手によって乳首をいじられる。三か所から同時に快感が湧き上がってきて八重子の体は震えた。小刻みに体が震え、腰が上下に幾度も跳ねた。

 

いく。

 

八重子は詩帆の名を叫びながら絶頂に至った。小さな涙の粒が目の端からこぼれ落ちた。激しい快感が八重子の全身を貫きやがては穏やかになっていった。

 

その後も女は恋人のように八重子に寄り添ってくれた。

 

八重子は疲労のために眠りについた。

 

眠りの中で八重子はふたたび詩帆に会った。穏やかな気持ちで詩帆と隣り合ってソファに座り、コーヒーとケーキを食べた。二人は学校であったことやインターネットで見たことなどを話した。

 

目が覚める。

 

隣に女がいなかった。八重子はベッドから起き上がって服を着ると館をさまよって女を探した。女の豊満な乳房に思いを馳(は)せながら廊下を歩く。

 

やがて八重子は詩帆の遺体がある寝室までたどり着いた。その扉を開けると娼婦の女が裸のまま詩帆の体にまたがり、詩帆の首を両手でつかんで絞めているのが見えた。

 

八重子は激昂(げっこう)し、とっさに女に近づき蹴(け)りを放った。しかし女はすぐに詩帆の体から離れてベッドの脇に降りた。

 

「何をしている」

 

八重子の問いに女は答えなかった。ただにやりと笑って別のことを言った。

 

「この詩帆とかいう娘の代わりに私を娶(めと)ってくれないかしら、紫堂(しどう)八重子(やえこ)さん」

 

「娶る? 娶るとは何だ?」

 

「あなたが思い描いている死者の王国の計画なんだけど、その中心に私を据(す)えてほしいのよ。この詩帆とかいう娘ではなく」

 

八重子は驚いた。死者の王国の計画について知っているのは詩帆だけだったはずだ。その詩帆も今は死んでいるのだから計画は八重子の頭の中にしかない。なぜこの女は知っているのだろうか。

 

「私なら死後も動くことができるわ。私は普通の人間ではない。あなたのキスと血を受ければ死後も生き続けることができる。だから死者の王国の妃(きさき)にふさわしいのは私なのよ。この詩帆とかいう娘ではないわ」

 

八重子は壁に立てかけていた鋸(のこぎり)を手に取ると女に向かって勢いよく振るった。

 

しかし女は素手で軽々と鋸を受け止めた。刃が皮膚に当たっているにもかかわらずその手のひらからは血の一滴も出ていない。八重子は鋸に力を込めて引こうとしたが、女が指先で刃をつまんだだけで鋸はまったく動かなくなってしまった。

 

八重子は初めて動揺した。なんだ? 何が起こっている?

 

女は高笑いを上げた。甲高い笑い声が寝室の中に響き渡り、八重子の心を恐怖で支配した。

 

女が言った。「この詩帆という娘の首はいただいていくわ。八重子さん。今はあなたを説得しても無駄なようだからおとなしく退くことにします。でもきちんと考えておいてちょうだいね。私をあなたの真の恋人に、妻にすることを」

 

女が片方の手の人差し指で詩帆の首を横一直線になぞった。するとそれだけで詩帆の首は胴体から切断された。八重子はその技に瞠目(どうもく)した。女は詩帆の首を抱えると寝室の窓に体当たりをおこない、窓ガラスを割って館の外へと脱出した。

 

すべては数秒のあいだのことだった。八重子も館から出て女を追おうとしたが、外に出た頃にはすでに女の姿は消えており、どの方角に逃げたのかもわからなくなっていた。

 

八重子はがっくりとうなだれた。館に戻る際に郵便受けに手紙が入っているのを見かけた。それを取る。

 

手紙を開けると中には手書きの便箋が入っていた。文字を見てすぐに詩帆の書いた字であることに気づく。

 

八重子は激しく混乱した。なぜ詩帆の書いた手紙が今この時に届く? もう詩帆が死んでから十日が経っているのだ。そもそも、かつて二人はラブレターを直接手で渡していた。郵便で送付したことは一度もなかった。なにせ二人は毎日会っていたのだ。これは一体どういうことだ?

 

八重子は詩帆の書いた便箋を読んだ。

 

——やえちゃん。私を殺してくれてありがとう。私はあなたに殺されて嬉しい。私は生前、本当に苦しかったから。家族のことや昔学校であった虐(いじ)めなど、さまざまな不幸の記憶に私は苦しんでいた。

 

——やえちゃんはそんな私にいつも優しくしてくれたよね。頭の洗い方も体の洗い方も知らなかった私と一緒にお風呂に入ってくれて、洗い方を教えてくれた。箸(はし)の持ち方も根気よく丁寧に教えてくれた。電車の乗り方や漢字の書き方だって、そう。服だって私の家族に秘密で何着も買ってくれた。そして、いつでも私の体を撫(な)でてくれた。キスも気持ちよかったよ。私はやえちゃんのことが大好きだった。みすぼらしい私を愛してくれて本当にありがとう。

 

——私はやえちゃんの計画していることを応援しているよ。死者の王国だっけ。以前話してくれたよね。むずかしくて私にはその理念も志(こころざし)もわからなかったけれど、応援しているよ。そのために私が必要ならいつでも利用してね。

 

——やえちゃん。やえちゃんもいつかこっちに来てね。死の世界に。あるいは別の選択もあるかもしれないけれども。そのときは私はきっと懐妊(かいにん)するよ。私とやえちゃんはセックス以上のセックスをして、私のお腹はふくらんで、必ず女の子を産む。私とやえちゃんの子供だよ。ねえ、もしそうなったら結婚式を挙げてね。一緒に同じ世界で暮らそうね。

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