『歩く道具屋、くすぶる焼きもちと夢の小さき城』
昨日の強引な「一日丸ごと監視付きクエスト同行」から明けた、翌日の朝。
コパンドンCITY冒険者ギルドの中央ホールは、早朝から多くの冒険者たちでごった返していた。
その一角、陽の光が届きにくい壁際の木製テーブル席に、対照的な二人の少女の姿があった。
「……ハァ」
テーブルに両肘をつき、両手で頬を挟みながら、重苦しい溜息をついているのは18歳の女性剣士・クロエだ。
鮮やかな赤毛、引き締まった革鎧。見た目は凛々しい熟練の前衛剣士そのものだが、その表情はどこか遠くを見つめ、眉間には深々とシワが刻まれていた。
「……クロエちゃん? さっきから溜息ばっかりついているけど、どうしたの? 昨日のクエスト、イサミちゃんもいてすっごく討伐効率良かったじゃない」
向かいの席に座る16歳の魔法使いの少女・ココが、大きな魔法帽のつばを持ち上げながら、不思議そうに首をかしげた。
木製スタッフを足元に立てかけ、コップの冷水をちびちびと飲んでいる。
「討伐効率は良かったわよ……。あいつ、相変わらず現地で欲しい薬とか予備の矢を完璧なタイミングで出してきたし……」
クロエはむくれたように口を尖らせた。
そう、昨日のクエスト自体は大成功だったのだ。イサミを一日中同行させたおかげで、魔物の討伐数は普段の倍以上。報酬もがっぽりで、Cランク昇格に必要な実績ポイントも順調に溜まった。
だが——クロエの胸の奥でくすぶる「モヤモヤ」は、一向に消える気配がなかった。
(なんなのよ、本当……。昨日一日中一緒にいて、あたしがあんなに睨みつけたり絡んだりしたのに、あいつはずーっとニコニコ『お買い上げありがとうございます〜♪』なんて言っちゃって……っ)
一昨日の夜、自分の部屋でイサミに押し倒され、ファーストキスを奪われ、服の中に手を突っ込まれて熱く抱きしめられたあの感覚。
そして昨日、朝駆け脱出された挙句、「他の女(没落令嬢)にパンをあげていた」という噂を聞いて激怒した自分の見っともなさ。
(あたし、なんであんなに必死になってヤキモチなんて焼いてたわけ!? あいつはただのちゃっかりした商人小僧じゃない! あたしが勝手に意識して……一人でバカみたいじゃない……っ!)
「……うう〜……っ!」
「わっ!? クロエちゃん急に頭抱えてどうしたの!?」
「なんでもないわよ!!」
バンッ!とテーブルを叩いて叫ぶクロエ。顔が耳まで赤くなっている。
その時だった。
「やぁやぁ〜っ! クロエさんにココさん! おはようございます〜っ!」
ギルドの重厚な入り口のドアを押し開け、背中に巨大なリュックを背負った少年——イサミが、眩しいほどの笑顔で歩み寄ってきた。
ステップを踏むような軽い足取り。その姿を見た瞬間、クロエの胸がドキンと跳ね上がり、同時に昨日の「微妙なヤキモチ」が不機嫌なシールドとなって再展開された。
「……遅いわよ、イサミ」
クロエはプイッと横を向いて腕を組んだ。
「ふふ、ごめんなさい! 朝の市場でちょっと掘り出し物の薬草を仕入れていましてねぇ。……って、クロエさん? まだ昨日のお怒りが継続中ですか〜?」
「怒ってないわよ! 別に! あんたが誰にパンをあげようが、どこで寝ようがあたしには関係ないでしょ!?」
「あはは、あからさまに引きずってますねぇ……可愛いところもあるじゃないですか〜♪」
「かわ……っ!? なっ、何言ってんのよバカ!!」
クロエの顔が爆発したように真っ赤になる。
そんな二人のやり取りを、16歳のココは目を丸くして交互に見つめていた。
(あれ……? クロエちゃん、なんだかイサミちゃんに対してすごく意識してない……? 一昨日の夜、イサミちゃんが部屋にお泊まりしてから、二人の雰囲気がすっごく怪しい気がするんだけど……)
ココは一人で「ふむふむ」と深く頷き、生温かい目で見守ることにした。
イサミはココの横の椅子を引くと、巨大リュックを床に下ろし、トコと腰を下ろした。
その瞳の奥には、昨日から温めていた「次なる極大の仕込み」のための、冷徹で緻密な計算の光が宿っていた。
(ふふふ……。昨日はクロエさんに丸一日捕まり、あからさまなヤキモチと独占欲で散々絡まれましたからねぇ。この『クロエさんの精神的な揺らぎと、僕への強い執着』……使わない手はありませんよ)
イサミは手帳を取り出し、ソロバンを一回チャリンと鳴らした。
「さて、クロエさん、ココさん。ちょっと真面目なお話なんですけど……」
「……何よ。急に真面目な顔して」
クロエは警戒するように目を細めた。
「お二人とも、最近の『爆速Cランク昇格ツアー』は極めて順調です。報酬も溜まり、ギルドでの評価も上がっています。……ですが、一つ大きな問題が発生していると思いませんか?」
「問題……?」
ココが首を傾げた。
「ええ。お二人の現在の拠点……つまり『宿屋暮らし』についてですよ」
「宿屋……? 別に普通じゃない。冒険者なんてみんな宿屋を渡り歩くものでしょ」
クロエが当然のように言う。しかし、イサミはお茶目に人差し指をチチチと振ってみせた。
「ダメダメ、甘いですクロエさん! 宿屋暮らしはコストパフォーマンスが最悪なんですよ!」
イサミは素早くノートを取り出し、ペンで数字を書き滑らせた。
「いいですか? 毎日の宿泊費、外食費、さらに大切な素材や予備装備の保管料。お二人のように稼ぎが増えれば増えるほど、宿屋のセキュリティでは不安ですし、貴重な素材を部屋に置いておくリスクも跳ね上がります」
「あ……それは、確かに……」
ココが思い当たる節があるように頷いた。先日のダンジョンで手に入れた高価な魔導書の保管場所に、少し困っていたのだ。
「さらに言えば!」
イサミは身を乗り出し、クロエの瞳をまっすぐに見つめた。
「宿屋の部屋だと、プライベートが完全に丸見えです。……例えば、僕が疲れて倒れ込んだ時に、クロエさんの部屋に運び込まざるを得ない……なんていう『突発的なハプニング』が起きちゃいますよねぇ〜?」
「〜〜〜〜っっっ!??!?」
クロエの顔が瞬時に沸騰した。
「あ、あんた……っ!! なっ、なんで今それを蒸しかえすのよバカァァァっ!!」
「ふふふ! だからこそですよ!」
イサミはクロエの怒りを華麗にスルーし、言葉を畳み掛けた。
「お二人にはそろそろ、自分たちだけの**『拠点(クランホーム)』**を持つことを強くお勧めします!!」
「え……っ? 『ホーム』……!?」
クロエとココの声が重なった。
ホーム——それは一定以上のランクの冒険者やクランが持つ、自分たちだけの家であり、事務所であり、帰るべき場所だ。
「えっ……でもイサミちゃん、ホームなんて、大手のクランが持ってるすごい豪華なお城みたいな建物でしょ……? 私たち二人だけだし、そんなのお金がいくらあっても足りないよ……」
ココが気おされたように小さく手を振った。
「その通りです、ココさん! いきなり立派なビルや広大な敷地を買おうとすれば、金貨何百枚という天文学的な数字が必要になります。……ですが!」
イサミはニヤリと、悪魔的な魅力を孕んだ笑みを浮かべた。
「**『最初は小さく、安いところから始める』**なら、話は別です!」
「小さく、安く……?」
クロエが思わず聞き返す。
「そうです! 例えば、南区の少し寂れた路地裏にある、小さな一軒家や、二階建ての古民家物件! 築年数は経っていますが、骨組みがしっかりしていて、鍵さえ付け替えれば十分安全な『小さな城』です!」
イサミは手帳から、あらかじめリサーチしておいた不動産情報のメモを取り出した。
「これなら、敷金・買収費用を合わせても大銀貨50枚(金貨5枚分)程度で手に入ります! お二人の現在の貯金と、これからのCランクツアーの稼ぎがあれば、あと一週間で余裕で全額キャッシュで買えますよ!」
「金貨5枚で……自分たちの家が買えるの……!?」
ココの瞳が、パッと宝石のように輝いた。
「自分たちのホームがあれば、買い込んだ素材も自由に保管できますし、魔法の実験だって思い切りできます! 毎日の宿泊費もタダ! 何より……」
イサミはクロエに向かってウインクを飛ばした。
「誰にも邪魔されない、お二人だけの完全なプライベート空間が手に入りますよ〜っ? 僕が遊びに行った時も、誰の目を気にすることなく、ゆっくりお茶が飲めますねぇ♪」
「っ……!」
クロエの胸が、激しく高鳴った。
自分たちのホーム。自分たちだけの家。
それは、駆け出しの冒険者なら誰もが一度は夢見る憧れの象徴だ。
そして何より……イサミの言った『誰にも邪魔されない空間』『イサミが遊びに来る』という言葉が、クロエの胸の奥でくすぶっていたヤキモチと独占欲を強烈に刺激した。
(自分たちの家……。そこなら、宿屋の女将の目も気にしなくていいし……あいつが怪我して倒れても、ずっとあたしのそばで看病できる……。他の女(没落令嬢)のところに行かせないで、あたしたちのところに呼びつけられる……っ!)
「……いいじゃない」
クロエの口から、ポロリと本心が漏れ出た。
「えっ? クロエちゃん!?」
「いいわよ、ホーム買いましょう!! 小さくてもいい、ボロくてもいい! あたしたちの『拠点』を作るわ!!」
クロエはガバッと立ち上がり、メラメラと燃え上がるような瞳で拳を握りしめた。
「決まりね! これからもっとガンガンクエスト受けて、一週間で金貨5枚稼ぐわよ!! イサミ、あんた当然今日もフル同行しなさいね!!」
「あはは! ご指名ありがとうございますっ! 『歩く道具屋』、喜んでお供いたしますよ〜っ!」
イサミはお茶目に敬礼してみせた。
(ふふふ……! 完璧ですねぇ……!)
イサミの頭の中で、巨大なジグソーパズルの【ステップ1】が見事に組み上がった。
クロエとココに自腹で「小さなホーム」を購入させる。
固定費と購入リスクは全て彼女たちに負わせ、自分は一切の腹を痛めない。
そしてホームが出来上がった後——
『お二人とも、素材の管理や事務処理、物件の維持でパンクしちゃいますよね?』
『実は……手頃で優秀な「お姉さん支配人」の心当たりがあるんですよ……』
そう言って、過労で潰れかけている『黒獅子の盾』のエリス(Cap 18)を引き抜き、このホームの専属管理人として配置するのだ。
(僕のリスクはゼロ。クロエさんたちの囲い込みは完了。さらに優秀で優しく包容力抜群のエリスお姉さんが管理する、最高に快適な「出入り拠点」が手に入る……! 最高のビジネスモデルです!)
「よーし! ココ、早速ギルドの掲示板から一番高額な討伐クエスト片っ端から受けるわよ!!」
「う、うんっ! 私、クロエちゃんについていくよーっ!」
やる気満々で掲示板へと走っていくクロエとココ。
その熱狂的な後ろ姿を見送りながら、イサミはお茶目に片目を瞑り、ポケットの中でチャリンと金貨を鳴らした。
「ふふふ……楽しみですねぇ……! 僕たちの『小さなお城』作戦!」
冷徹な陰謀と、少年らしいおちゃめな足取り。
歩く道具屋イサミの「拠点構築計画」は、少女たちの夢と恋心を燃料にして、恐ろしいほどのスピードで加速していくのだった。