※この作品はR-18です。

イサミクエスト マックシム   作:勇者パンスト

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クロエ

 

 

月明かりがコパンドンCITYの屋根々を白く濡らし、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った深夜。

 

 

 

高級冒険者街の一角に新たにたたずむ、二階建ての邸宅——クロエとココ、そして今日から正式に合流したエリスの新たな城となる『クランホーム』は、静けさの中に温かな余韻を宿していた。

 

 

 

新築特有の木と石の匂い、そして今日一日かけて運び込まれた最低限の家具の匂い。

 

 

 

地下の調合室の棚を並べ終え、広い裏庭の落ち葉を掃き清め、大量の書類や部屋の割り振りを整えた三人は、文字通り限界まで動き回っていた。

 

 

 

日没前、イサミの手配した温かい料理を囲み、小さな祝杯をあげたところまでは記憶にあったものの、食後しばらくすると限界が訪れた。

 

 

 

 

「ふぁ……もう、目が開かないよぉ……」

 

 

 

 

魔法の調合器具を愛おしそうに磨いていたココが、そのままソファーに倒れ込むようにして泥のような眠りについたのが21時過ぎ。

 

 

 

「クロエさん、私、明日からの生活費の概算と、ホームの維持費を帳簿にまとめておき……ま……」

 

 

 

長年の過酷労働から解放され、安堵と安らぎに包まれたエリスもまた、ペンを持ったまま机に突っ伏し、規則正しい寝息を立て始めたのが22時前。

 

 

 

二人を二階の寝室へと運び、毛布をかけてやったクロエ自身も、猛烈な疲労感に苛まれていた。昨日のCランク上位モンスター『岩鎧熊(アーマーベア)』との死闘、

 

そして今朝からの怒涛の物件契約と引っ越し作業。

身体の節々が悲鳴を上げていた。

 

 

 

だが——クロエの頭だけは、妙に冴え渡っていた。

 

 

 

 

「……イサミのやつ」

 

 

 

 

ベッドに横たわるココとエリスの穏やかな寝顔を静かに見つめた後、クロエは一人、月光が差し込むリビングへと降りてきた。

 

 

 

 

テーブルの上には、イサミが昼間に置いていった『出資証明書』と『金貨2枚の受領書』、そして彼が念入りに整えてくれた契約関連の控えが几帳面に並べられている。

 

 

 

 

彼——『歩く道具屋』イサミは、この完璧すぎるホームの開設を見届けた後、当然のように自分たちの誘いを断った。

 

 

 

 

『おや? 僕がここに住むわけがないでしょう〜♪ 僕の拠点はあくまで歩く道具屋としての旅、そして宿屋の気楽な一室ですからねぇ。それに、年頃の女の子たちの秘密基地に僕みたいな怪しい商人が居座っては、お二人の評判に関わりますよ』

 

 

 

 

軽薄で、おどけたような少年スマイル。

 

 

 

 

どこまでが本気で、どこからが計算なのか分からない、あの独特の立ち振る舞い。

 

 

 

 

彼は二人に「自分たちの城だ」という所有権と当事者意識を持たせるため、見事なまでに一線を引き、投資家およびゲストとしての立場を崩さなかったのだ。

 

 

 

 

そして今、彼はこのホームから徒歩十分ほどの場所にある、いつもの宿屋の一室にいるはずだった。

 

 

 

 

「……バカ。かっこつけちゃってさ」

 

 

 

 

クロエはぽつりと呟くと、上着を羽織り、静かに家の扉を開けた。

 

 

 

夜風が、火照った頬を心地よく撫でる。

 

 

 

コパンドンCITYの夜景は美しく、石畳の道は月光を受けて銀色に輝いていた。

 

 

 

胸の奥で、トクトクと静かに、しかし力強く打ち打つ鼓動を感じながら、クロエはイサミの泊まる宿屋へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……。やはり、このエリアの取引の利幅は、隣国との関税調整を見越すとあと五%は押し上げられますねぇ……」

 

 

 

 

宿屋の一室。

 

 

 

 

机の上に置かれたランプの小さな炎が、淡い橙色の光を部屋に投げかけていた。

 

 

 

 

イサミはベッドの上にソロバンと数冊の手帳を広げ、一人静かに深夜の「収支計算」に没頭していた。

 

 

 

 

イサミの夜は長い。

 

 

 

 

脳内のソロバンが常に回転しており、次のビジネス、次のリスク管理、次の利益率の計算が彼を突き動かしていた。

 

 

 

(クロエさんとココさんには金貨2枚の出資としての勘定。エリスお姉さんの引き抜きによる『黒獅子の盾』からの潜在的リスクの排除と、彼女がもたらす事務処理の効率化……。うん、初期投資としては完璧なポートフォリオです)

 

 

 

 

イサミは自画自賛するように、ソロバンの珠をパチリと弾いた。

 

 

 

自分の狙い通り、すべてが最高の形で転がっている。

 

 

 

クロエとココは「自分たちの力で家を手に入れた」という強い誇りと自立心を手に入れた。

 

 

 

エリスは過去の呪縛から解き放たれ、忠実で極めて優秀な「管理者」となった。

 

 

 

 

そして自分自身は、彼らの「命の恩人」であり「筆頭出資者」でありながら、クランの面倒な内部責任からは解放された「対等以上のゲスト」という絶妙な安全地帯に収まった。

 

 

 

 

(これであの二人がランクを上げ、より高額なクエストをこなすようになれば、僕が提供する高級アイテムや魔法薬の需要も爆発的に増える……。くふふ、実に美しい『利益の永久機関』の完成ですよ〜♪)

 

 

 

 

お茶目に口元を緩め、ソロバンを叩こうとした、その時だった。

 

 

 

トントン。

 

 

 

 

静かな夜の空気を破って、部屋の扉が控えめに叩かれた。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

イサミは眉をひそめた。時刻はすでに深夜一刻を過ぎている。

 

 

 

宿の主人か、あるいは夜間の取引を持ちかけてくる怪しい裏商人か。

 

 

 

 

イサミは手帳を素早く懐に仕舞い込むと、警戒心を微塵も表に出さない営業用スマイルを顔に貼り付け、ドアへと歩み寄った。

 

 

 

 

「やぁやぁ、こんな夜更けにどなたですか〜?」

 

 

 

 

カチャリと鍵を外し、ドアを薄く開ける。

 

 

 

 

「……イサミ」

 

 

 

 

そこに立っていたのは、予想だにしない人物だった。

 

 

 

 

真っ赤な髪を夜風に揺らし、少し肩をすくませて立つ少女。

 

今朝までの戦闘服ではなく、ラフな私服を羽織ったクロエが、少し気まずそうに、けれどまっすぐな瞳でイサミを見上げていた。

 

 

 

 

「……クロエさん!?」

 

 

 

 

珍しく、イサミの計算された顔に驚きの色が走った。

 

 

 

 

「こんな時間に……一体どうされたんですか? ホームで何かトラブルでも? 魔物の襲撃ですか? それとも契約書に不備でも……!?」

 

 

 

 

商人としてのリスクセンサーが瞬時に作動し、矢継ぎ早に質問を叩き込もうとするイサミ。

 

 

 

 

しかし、クロエは呆れたように小さく息を吐くと、イサミを押しのけるようにしてすっと部屋の中に入ってきた。

 

 

 

 

「違うわよ、バカ。トラブルなんかじゃないわよ」

 

「えっ、あ、ちょ……クロエさん! ここは僕の部屋ですよ〜! 年頃の女の子が深夜に男の部屋に押し入るなんて、危機管理能力が欠如していませんか!?」

 

「うるさいわね、入るわよ。鍵締めなさい」

 

 

 

 

パタン、とドアが閉じられ、カチャリと鍵が掛けられる。

 

 

 

狭い宿屋の一室に、クロエの放つ微かな体温と、どこか甘い木苺のような香りが満ちた。

 

 

 

昼間の泥臭い冒険者の雰囲気とは違う、一人の女の子としての生々しい気配に、イサミはわずかに後ずさった。

 

 

 

 

「……で、ですねぇ、クロエさん? トラブルでないとすれば、一体何の用事ですか? ココさんやエリスお姉さんはどうしたんです?」

 

 

 

 

イサミは胸の前で両手を合わせ、営業スマイルを必死に維持しながら尋ねた。

 

 

 

クロエは部屋の真ん中に立ち、ベッドの上に広げられたソロバンや書類を一瞥すると、ふっと柔らかい、けれどどこか切ない笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ふたりは寝たわよ。泥みたいにね。……最近、本当に色んなことがありすぎたから」

 

「でしょうねぇ。Cランク熊との激闘に、不動産契約に、引っ越し作業。疲労困憊で当然です。……ですから、クロエさんも早く寝るべきでは?」

 

「寝られなかったのよ」

 

 

 

 

クロエはまっすぐにイサミを見つめた。

 

その強い瞳に射抜かれ、イサミの言葉が喉で詰まる。

 

 

 

 

「あんたの顔を見ないと……ちゃんと言葉を伝えないと、胸がモヤモヤして、とてもじゃないけど眠れなかったの」

 

 

 

 

クロエはゆっくりと歩み寄り、イサミの目の前で足を止めた。

 

 

 

その距離、わずか数十センチ。

 

 

 

ランプの灯りが、彼女の綺麗な赤い髪と、少し火照った白い頬を妖しく照らし出している。

 

 

 

 

「……お礼を言いに来たの」

 

 

 

 

クロエの声が、少し低く、優しく震えた。

 

 

 

 

「お金のこと……金貨2枚なんて大金、ポンとくれて、本当にありがとう。あんたが背中を押してくれなかったら、あたしたち、あの最高の家を手に入れられなかったわ」

 

「な、なんですかぁ、そんな改まって! 言ったでしょう、あれは僕の『先行投資』ですよ〜♪ お二人ならすぐに回収できると踏んだからの計算ずくの行動です! 感謝される筋合いなんて——」

 

「それだけじゃない」

 

 

 

 

クロエはイサミの言い訳を遮るように、一歩踏み込んだ。

 

 

 

 

「出会ってから……ここまでのお礼よ」

 

「……え?」

 

「あたしたちが、ロクな装備もなくて。安い依頼ばかり受けてて。そしたら…あんたが現れた。変な巨大リュック背負って、商売だなんだって言いながら、いつだってあたしたちが必要としているものを……命を救ってくれるアイテムを、絶妙なタイミングで差し出してくれた」

 

 

 

クロエの瞳に、うっすらと熱い光が浮かぶ。

 

 

 

「岩鎧熊の時もそう。今日のクランホームの時もそう。あんたは『自分は商人だ』『計算だ』って冷たいフリをするけど……いつだってあたしたちのことを一番に考えて、あたしたちが傷つかないように、自分ひとりで泥を被ろうとする……」

 

「クロエさん、それは買いかぶりというものです。僕はただ自分の利益を最大化するために——」

 

「黙りなさいよ!」

 

 

 

 

クロエが少し語気を強めた。

 

だが、その表情は怒りではなく、愛おしさと切なさに溢れていた。

 

 

 

 

「あんたがどう思っていようと……あたしたちにとって、イサミはただの『道具屋』なんかじゃないわ。命の恩人で……最高の仲間で……あたしの、一番大切な人なのよ」

 

 

 

 

ドクン、とイサミの心臓が跳ね上がった。

 

 

 

 

(……おかしい。僕の脳内ソロバンが……計算を拒絶している……!?)

 

 

 

 

イサミの頭脳は、あらゆる人間の心理をパターン化し、予測し、利用してきた。

 

 

 

 

だが、目の前のクロエから向けられる、不純物ゼロのあまりにも真っ直ぐな「感情」の質量に対し、彼の論理回路は完全にキャパシティオーバーを起こしていた。

 

 

 

部屋の中に、重密な空気が流れる。

 

 

 

 

ランプの火がパチリと音を立て、二人の影が壁に大きく揺れた。

 

 

 

 

クロエの瞳が、じっとイサミの唇へと落ちる。

彼女の呼吸が、少しずつ荒くなっているのが分かった。

 

 

 

 

夜の静寂が、二人の距離を極限まで縮めていく。

 

 

 

 

甘く、息苦しいほどの「男女の空気」が、狭い宿屋の一室を完全に支配していた。

 

 

 

 

イサミの手先が、わずかに震える。

 

 

 

 

(ま、まずいです……。これは僕の『ゲスト』としての立場を揺るがす……いや、商人としての冷静さを破壊する、きわめて危険なイレギュラーです……!)

 

 

 

 

 

イサミは必死に頭を回転させ、この甘い雰囲気を撤回するための「おどけたセリフ」を探そうとした。

 

 

 

 

 

「あ、あはは〜♪ クロエさんったら、そんな情熱的な告白みたいなことを言われたら、僕、調子に乗って備品代を二割増しにしちゃいますよ〜? さあさあ、夜風も冷えますし、お説教とお礼はここまでにして、お家に帰りましょう——」

 

 

 

 

 

ーーーーーその瞬間。

 

クロエの瞳の奥に、パッと鋭い「嫉妬」の炎が灯った。

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、イサミ」

 

 

 

 

 

クロエの声のトーンが、急速に低くなった。

 

 

 

 

「……なんでしょうかぁ?」

 

「あんたさ。今朝、金貨2枚をポンと出して、あたしたちに家を買わせたわよね」

 

「ええ! お二人の自立と、所有権の担保のために——」

 

「……本当に『あたしたちのため』だったの?」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

クロエの手が、すっと伸びてイサミの胸元——『黒獅子の盾』の誓約書が入ったポケットのあたりを、ギュッと強く掴んだ。

 

 

 

 

 

「あんた……今朝、あたしたちを不動産屋に行かせたあと……一人で何をしてたの?」

 

 

「っ……!」

 

 

「エリスを助けに行ったのよね。『黒獅子の盾』っていう大手クランに乗り込んで……あの恐ろしいクラン長相手に、一人で立ち向かって……エリスを連れ戻したんでしょ?」

 

 

 

 

 

イサミは言葉を失った。

 

 

エリスを引き抜いたこと自体はホームで紹介した通りだが、その過程で『黒獅子の盾』の本部へ乗り込み、書類を突きつけて激論を交わしたことまでは、詳しく話していなかったはずだった。

 

 

 

 

「なんで……それを……」

 

「エリスが言ってたわよ。『イサミくんが私を地獄から救ってくれた』って。泣きながら、あんたのことをまるで王子様みたいに話してたわ」

 

 

 

 

 

クロエの掴む手が、さらに強くなる。

 

彼女の顔が、イサミの顔へとぐっと近づいた。距離はもう、息が触れ合うほどだ。

 

 

 

 

 

「あたしたちに家を買わせたのも……あたしたちを遠ざけて、エリスを一人で救いに行くための『口実』だったんじゃないの……?」

 

「ち、違います! それは論理の飛躍ですクロエさん! お二人に当事者意識を持たせることと、エリスお姉さんの退団手続きは、それぞれ独立した最適解であって——」

 

「理屈はいいのよバカ!!」

 

 

 

 

 

 

クロエの感情が爆発した。

 

 

 

 

 

「あたしはね! あんたがあたしたちのために動いてくれてると思って、すごく嬉しかったの! なのに……あんたの頭の中には、あたしたちだけじゃなくて……あの胸の大きな、綺麗で優秀なエリスのこともあったんでしょ!?」

 

「それはビジネス上のリソース確保であって——」

 

「黙りなさいって言ってるでしょ!!」

 

 

 

 

 

突如、クロエが力任せにイサミの肩を押した。

 

 

 

 

 

「わ……っと!?」

 

 

 

 

 

体重の軽い少年体型のイサミは、抗う術もなくバランスを崩し、そのままベッドの上へと倒れ込んだ。

 

 

バサッと音がして、広げられていたソロバンと手帳がシーツの上に散らばる。

 

 

そして——そのイサミの上に、乗っかるようにしてクロエが押し倒してきた。

 

 

 

 

 

「く、クロエさん!?」

 

 

 

 

 

イサミの視界が、クロエの真っ赤な髪と、上から見下ろしてくる激しい瞳で埋め尽くされた。

 

 

彼女のしなやかで力強い両手が、イサミの両手首をベッドにガチリと押さえつける。

 

 

冒険者として鍛え上げられたクロエの筋力には、いくらイサミでも身動きが取れない。

 

 

イサミの胸の上に、クロエの豊かな胸の膨らみが押し当てられ、彼女の激しい鼓動と息遣いが、ダイレクトにイサミの全身へと伝わってくる。

 

 

 

 

 

「クロエさん、これはいけません! 非常に危険な状態です! 落ち着いて合理的に話し合いを——」

 

「うるさい……! 算術バカ……!」

 

 

 

 

 

クロエは上からイサミを睨みつけながら、その瞳にポロポロと大きな涙を溜め始めた。

 

 

 

 

 

「ヤキモチ焼いてるのよ……分かんないのバカ……!」

 

「……え……?」

 

「あたしは……あんたの特別な存在になりたいの! 一番になりたいの! なのにあんたは、いつだって涼しい顔して、あたしたちと一定の距離を置いて……『ゲストだ』『道具屋だ』って逃げるでしょ!? そのくせ、困った時には命がけで助けてくれて……エリスみたいな綺麗なお姉さんまで救い出して連れてきて……!」

 

 

 

 

 

涙がクロエの頬を伝い、イサミの頬へとポタリと落ちた。

 

 

温かく、熱い涙だった。

 

 

 

 

「あたし、怖いのよ……。あんたがどこか遠くへ行っちゃうんじゃないかって……。誰か別の女の子のところへ行っちゃうんじゃないかって……! あんたのその計算高い頭の中に、あたし以外の奴が入ってくるのが……たまらなく悔しくて、嫌なのよ……っ!」

 

 

 

 

クロエの叫びのような吐露。

 

 

それは、どんなに冷徹な論理も、どんなに緻密な計算も一瞬で粉砕する、純粋で暴力的なまでの「好意」だった。

 

 

 

イサミの両手首を押さえつけるクロエの手の震え。

 

 

 

上から見下ろす、涙に濡れた赤毛の少女の、切なくも妖艶な表情。

 

 

 

イサミの脳内ソロバンは、完全に沈黙した。

 

 

 

弾くべき珠も、計算すべき数値も、そこには存在しなかった。

 

 

 

 

ただ、目の前の少女の温もりと、甘い匂いと、自分を求める強烈な感情だけが、イサミの全身の血を熱く滾らせていた。

 

 

 

 

「……クロエさん」

 

 

 

 

イサミの声から、いつもの軽薄な「おどけた調子」が完全に消えていた。

 

 

 

 

低く、静かで、一人の「男」としての声。

 

 

 

その声の変化に、クロエもハッと息を呑み、涙に濡れた瞳を大きく見開いた。

 

 

 

 

「僕の手首……少し、痛いですよ」

 

「あ……」

 

 

 

 

クロエが思わず力を緩めた瞬間。

 

イサミは拘束をすっと解くと、逆にクロエの腰を抱き寄せ、彼女の身体を自分の胸へと強く引き寄せた。

 

 

 

 

「っ……!? イ、イサミ……!?」

 

 

 

 

 

立場が一瞬で逆転し、クロエはイサミの胸の中にすっぽりと収まる形となった。

 

 

イサミの細い、けれど確かな温もりを持つ腕が、クロエの背中に回される。

 

 

 

 

「まったく……損害賠償請求ものですよ、こんなの」

 

 

 

 

イサミはクロエの耳元で、くすっと小さく苦笑した。

 

 

けれど、その腕に込められた力は、決して彼女を逃がそうとはしなかった。

 

 

 

 

「エリスお姉さんの件は……確かに、タイミングを合わせた部分は否定できません。ですがねぇ……」

 

 

 

 

イサミはクロエの背中を、優しく撫でた。

 

 

 

 

 

「僕が金貨2枚を出したのは……僕の頭の中に一番にあったのは……他でもない、クロエさんとココさんの笑顔ですよ」

 

「……本当……?」

 

「本当です。僕のソロバンに嘘はありません。あの家はお二人のものであり……そして、僕にとっても『帰ってくる価値のある場所』にしたかったんですから」

 

 

 

 

クロエはイサミの胸に顔をうずめ、キュッと彼の服を握りしめた。

 

 

涙がイサミのシャツを濡らしていくが、もうそこに先ほどまでの刺々しい嫉妬はなかった。

 

 

 

 

「……バカ。最初からそう言いなさいよ……」

 

「ふふふ、素直じゃないのはお互い様ですねぇ」

 

 

 

 

 

二人の身体が、ベッドの上でぴったりと重なり合う。

 

ランプの灯りが静かに揺れ、夜の静寂が再び部屋を包み込んでいく。

 

 

 

 

「ねえ、イサミ……」

 

「なんですか、クロエさん?」

 

 

 

 

クロエはゆっくりと顔を上げ、イサミの瞳をまっすぐに見つめた。

 

 

その唇は、ほんのわずかな距離にあった。

 

 

 

 

「今夜は……帰らないからね」

 

「……宿代を追加で請求しますよ?」

 

「いくらでも払いなさいよ、大金持ちの商人様」

 

 

 

 

ランプの小さな焔がパチリと音を立て二人の影を宿屋の壁へ大きく揺らして投映していた。

 

 

夜風が窓の隙間から忍び込み、灯りをちらつかせるたび絡み合う影がまるで別の生き物のように蠢く。

 

 

宿屋の一室は、昼間の喧騒が嘘のような静けさに包まれ時折遠くで犬の遠吠えが聞こえるだけだった。

 

 

 

 

イサミの腕に抱かれ胸元に顔をうずめていたクロエが、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

涙の跡が走る頬は赤く火照り濡れた瞳は夜光石のように怪しい光を帯びている。

 

 

呼吸が浅く、互いの吐息が混ざり合うほどの距離。胸の奥で嫉妬と愛情がぐちゃぐちゃに溶け合い、熱い塊となって喉元までせり上がってくる。

 

 

 

 

「…イサミ」

 

 

 

 

囁くような声とともに、クロエは躊躇いを捨ててイサミの唇を自分の唇で塞いだ。

 

 

 

 

「ん…っ…」

 

 

 

 

柔らかな感触が重なる。

イサミの瞳が微かに見開かれた。

 

 

計算高さや立ち回りの上手さでどんな修羅場もくぐり抜けてきた男の顔に明確な動揺が走る。

 

 

いつも軽薄な笑みを浮かべ、どんな状況でも損得勘定を優先させる男が今はただの無防備な男の顔をしていた。

 

 

 

最初のキスは触れ合うだけの短いものだった。

 

 

だが、離れ際に小さく唇を割ったクロエは溢れ出す感情を抑えきれないように、二度、三度と角度を変えて深々と唇を重ねていく。

 

 

 

 

「んっ…ちゅ…っん…はぁ…っ」

 

 

 

 

湿り気のある甘い音が、静まり返った一室に小さく響く。

 

 

クロエの舌が戸惑うイサミの唇の隙間を押し開き、口内へと滑り込んできた。

 

 

熱く濡れた肉片が互いの口腔を濡らし甘い唾液が交わされる。舌先でイサミの歯列をなぞり、上顎をくすぐりやがて彼の舌を捉えて絡め取る。

 

 

 

 

「ふ…っ、んん…っ」

 

 

 

 

イサミの口から漏れる吐息がクロエの口内に流れ込む。

 

 

その熱さに、クロエの身体の芯がきゅうっと疼いた。唾液が混ざり合い唇の端から一筋の雫が伝い落ちる。

 

 

キスを深くするたびに、頭の奥が痺れるような快感が広がっていく。

 

 

 

 

イサミの腕が無意識のうちにクロエの背中を強く抱きしめ返していた。普段ならどんな時でも「商人としての損得」や「リスク管理」を優先し、軽薄なおどけ顔で煙に巻く男が完全に自分の腕の中で息を荒らしている。

 

 

 

 

 

(…ズルい男)

 

 

 

 

 

キスを交わしながら、クロエの頭の中にはぐるぐると嫉妬と愛おしさが渦巻いていた。

 

 

 

 

イサミはモテる。

 

顔立ちだってどこか少年めいた愛くるしさと、時折覗かせる大人びた色気が同居していて実に整っている。

 

 

頭が良くて稼ぎもあって、いざとなれば命がけで頼りになる。

 

 

今日だって自分たちのために最高の物件を用意したかと思えば、陰で過酷なブラッククランからエリスという美しく優秀な女性をスマートに救い出して見せた。

 

 

 

 

エリス。

あの美しい銀髪の髪の女性。

 

 

イサミが彼女に向ける眼差しには、ビジネス以上の何かがあるように感じてしまった。それがクロエの胸を鋭く刺す。

 

 

 

 

きっと、この男はこれから先も色んな所へ行き色んな女性を助け、色んな相手を魅了していくのだろう。

 

 

自分だけのものにするなんてきっと無理だ。

 

 

 

「他の人と関係を持つな」なんて今の自分には言えない。

言う資格だって縛り付ける力だってない。

 

 

 

 

…でも。

…それでも。

 

 

 

 

(あたしのこともちゃんと見てよ…っ!!)

 

 

 

 

胸の奥を焼き尽くすような強い独占欲がクロエの理性を塗りつぶした。

 

 

 

 

キスを解いたクロエは息を乱しながらイサミの顔を見下ろした。

 

 

涙で潤んだ瞳に、ギラリとした強い熱を宿している。

 

 

唇の端からは銀の糸が引きそれがぷつりと切れてイサミの顎に落ちた。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…っ」

 

 

 

 

乱れた呼吸を整える間もなく、クロエは震える声で言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「…あたしのことも…ちゃんと見てよ、イサミ」

 

「ク、クロエさん…っ?」

 

 

 

 

 

イサミが何かを言いかけるより早くクロエは嫉妬と愛熱のままに、再びイサミの上に覆いかぶさった。

 

 

しなやかで力強い脚でイサミの腰を挟み込み上から完全に押しつぶす。

 

 

鍛え抜かれた太ももの筋肉が、イサミの腰骨をがっちりと捉えて離さない。

 

 

 

 

「言葉で誤魔化そうとしたってダメだから…。あんたのその計算高い頭の中を、今夜はあたしのことだけでいっぱいにさせてやるんだから…っ!」

 

 

 

 

クロエの手が、イサミのシャツのボタンへと伸びた。

 

指先が微かに震えていたが迷いはなかった。

ボタンが一つ、また一つと外されイサミの白く引き締まった胸元が露わになっていく。

 

 

 

かちり、かちりと小気味よい音が部屋に響くたびイサミの肌が少しずつ晒されていく。

 

 

 

 

「ちょ、クロエさん…! 待ちなさい、落ち着いて…っ! これはいくらなんでも、僕の想定しているーーーーーーーーー」

 

「うるさい!! 想定って、今そんな話してんじゃないでしょ!!」

 

 

 

 

クロエはイサミの抵抗を力任せに押さえつけると剥ぎ取るようにシャツを肌から脱がし、ベッドの脇へと投げ捨てた。

 

 

白い布がふわりと舞い床に落ちる。

露わになったイサミの上半身は、華奢に見えて冒険者の荷物を運ぶ旅で鍛えられた適度な筋肉がつき、美しく引き締まっている。

 

 

ランプの灯りがその肌に淡い陰影を描き出していた。

 

 

 

 

クロエの視線がイサミの胸元から首筋、そして引き締まった腹筋へと滑り落ちる。

喉の奥でゴクリと唾液を飲み込む音が鳴った。

 

 

 

 

「あんた…いい体してるじゃない…っ」

 

「…見ないでください。恥ずかしいでしょうが…っ」

 

 

 

 

顔を真っ赤にして横を向くイサミ。

いつもの余裕ぶった態度は完全に消え去りただの無防備な男の顔になっていた。

 

 

 

耳まで赤く染まり、視線を合わせようとしない。

その姿がクロエの欲望をさらに加速させる。

 

 

 

胸の奥で、何かが燃え上がるように熱くなった。

 

 

 

 

「逃がさないから…」

 

 

 

 

クロエはイサミの首筋に顔を埋め、柔らかな皮膚へ吸い付くように唇を押し当てた。

 

 

鼻先にイサミの匂いが広がる。

 

 

汗と、旅の埃とそれでも紛れもない彼の匂い。

 

 

 

 

「んっ…っ!?」

 

 

 

 

イサミの口から見たこともないような艶っぽい声が漏れる。その声が、クロエの耳をくすぐり背筋に甘い震えを走らせた。

 

 

 

 

クロエは首筋から鎖骨にかけてじっくりと痕をつけるようにキスマークを残していった。

 

 

自分がここにいたという証拠を、他の誰も立ち入れないように刻み込むみたいに。

 

 

唇で皮膚を吸い上げ舌先でくすぐり、時折軽く歯を立てる。

 

 

 

 

「んっ…っ!」

 

 

 

 

イサミの身体がびくんと跳ねる。

 

クロエは彼の反応を楽しむように、ゆっくりと時間をかけて肌を愛撫した。鎖骨のくぼみに舌を這わせ胸元へと唇を滑らせる。

 

 

 

 

「はぁ…っ、イサミ…あんた、ここ弱いんだ…」

 

 

 

 

 

胸の突起に舌先が触れた瞬間、イサミの身体が大きく震えた。

 

 

 

 

「ひっ…あぁっ! ま、待って…くださいっ、そこは…っ!」

 

「待たない。あたし、待てないの」

 

 

 

 

クロエは意地悪く微笑むとその小さな突起を唇で挟み、舌先で転がした。くるくると円を描くように舐め時折強く吸い上げる。

 

 

 

 

「んあぁっ…! や、やめ…っ、くすぐった…っ」

 

「やめてないでしょ。あんたの身体、すごく正直」

 

 

 

 

クロエの指先がもう片方の突起を探り当て、優しく摘み上げる。指の腹で押し潰し爪の先で軽く引っ掻く。

 

 

 

 

「ひぅっ…! く、くろえさん…っ、ほんとに…っ」

 

 

 

 

イサミの抵抗は弱々しくその声は次第に甘い響きを帯びていく。

 

目尻に涙が滲み、頬は真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

「あたしだけを見なさいよ…今夜は…っ」

 

 

 

 

 

クロエは自身の服のボタンにも手をかけ、荒々しく脱ぎ捨てていく。

 

上着が落ちシャツが床に広がり、やがて下着姿になったクロエの豊かな胸が月光とランプの灯りに照らし出された。

 

 

鍛えられつつも柔らかさを残した腰つき、美しい肌の質感がイサミの目の前に露わになる。鎖骨から胸元へ続く曲線、引き締まった腹筋そして腰へと続くしなやかなライン。

 

 

 

 

「クロエ…さん…」

 

 

 

 

呑み込まれるような瞳で自分を見つめるイサミに対しクロエは下着も脱ぎ去り、完全に素肌となった己の身体をイサミの裸の胸へと押し当てた。

 

 

胸の先端が、イサミの胸板に押し付けられて形を変える。

 

 

その感触だけでクロエの奥から熱いものが込み上げてきた。

 

 

 

 

皮膚と皮膚が触れ合う。互いの温もりと激しい心臓の鼓動がダイレクトに伝わり、身体の芯からジュワリと熱いものが溢れ出していく。心臓の音が自分のものなのかイサミのものなのか分からないほど、強く重なり合っている。

 

 

 

 

「あぁ…熱い…イサミ、あんたすごく熱いよ…」

 

 

 

 

クロエの手が、イサミのズボンのベルトへと伸びる。

 

 

カチャリと金属音が響きベルトが外される。

 

 

続いてズボンのボタンが外され、下着ごと一気に引き下ろされた。

布が擦れる音がやけに大きく部屋に響く。

 

 

 

 

露わになったイサミのペニスはすでにクロエの強烈なアプローチと甘い匂いに反応し、熱く硬く立ち昇っていた。

 

先端からは透明な雫が滲みランプの灯りを受けててらてらと光っている。

 

 

 

 

「…ふふ、口では色々言ってた癖に…ここ、こんなに熱くなって…」

 

「っ…く…! それは…生理現象というやつで…っ」

 

 

 

 

言い訳しようとするイサミの言葉を遮るようにクロエはそっとその熱塊を手で握り締めた。

 

 

手のひらに感じる熱さと硬さ、そして血管の拍動。生きている。

 

 

イサミの一部が今自分の手の中にある。

 

 

 

 

 

「ひぁっ…!?」

 

「嘘つき…。あんただって、あたしのこと…女として見てくれてたんでしょ…?」

 

 

 

 

 

クロエはゆっくりと手を上下させイサミの熱を確かめるように包み込む。

 

指の腹で先端を撫で、溢れる雫を全体に塗り広げる。ぬるりとした感触が手のひらに広がり動きを滑らかにしていく。

 

 

 

 

「こんなに硬くして…先っぽからこんなに溢れさせて…」

 

 

 

 

クロエは親指の腹で亀頭の先端をぐりぐりと押し潰すように撫でた。尿道口から新たな雫が溢れ出し、指を濡らしていく。

 

 

 

 

「や、やめ…っ」

 

「やめないって言ったでしょ」

 

 

 

 

クロエの手の動きが次第に早くなる。根元から先端まで全体を包み込むように扱き上げる。

 

時折、竿の裏側にある筋を指の腹でなぞり敏感な部分を刺激する。

 

 

 

 

「はぁ…っ、あ…っ、くろえ…っ」

 

 

 

 

イサミの呼吸が荒くなり腰が小さく浮き上がる。

 

 

 

その反応を見ながら、クロエは己の溢れ出る愛液で濡れそぼった秘所をイサミの太ももに擦り付けた。太ももの筋肉の上で、敏感な部分を押し付けるように腰を動かす。

 

 

 

 

「あ…っ、クロエさ…それ…っ」

 

 

 

 

太ももに感じる濡れた感触に、イサミの声がさらに掠れる。

クロエの愛液がイサミの太ももを濡らし、動きを滑らかにしていく。

 

 

 

 

「はぁ…っ、あたしも…もうこんなに濡れてる…。イサミのせいだからね…」

 

 

 

 

 

クロエは自分の指を秘所に這わせ、溢れ出る蜜をすくい取るとそれをイサミのペニスに塗りつけた。

 

 

自分の蜜とイサミの先走りが混ざり合い、より一層ぬるりとした感触が広がる。

 

 

 

 

 

「もう…我慢できない…あたしを…あたしの全部を…あんたに刻み込んでやる…っ!」

 

 

 

 

 

クロエは身体を持ち上げると、イサミの硬くそそり立つ先端を己の濡れ渡った蜜裂きへと宛がった。

 

 

熱い亀頭が、ひくひくと震える入り口に触れる。その感触だけでクロエの背筋に電流のような快感が走った。

 

 

 

 

「あ…っ、イサミの…あたしの中に…」

 

 

 

 

ゆっくりと、腰を下ろしていく。亀頭が狭い入り口を押し広げぬぷりと内部へと侵入していく。

 

 

 

 

「あぁっ…あ…っ!!」

 

「っぐ…!!」

 

 

 

 

亀頭が狭く熱い肉のひだを押し開きズズ…と内部へと侵入していく。異物感と快感が同時に押し寄せ、クロエの口から甘い悲鳴が漏れた。

 

 

 

互いの肉が合一していく感覚にクロエは背筋を悪寒のような快感が駆け抜けるのを感じる。

 

 

 

 

「入っ…てくる…イサミのが…あたしの中に…っ! あぁ…っ、熱い…っ」

 

「あ…くっ…! きつ…っ、クロエさん…中、熱すぎます…っ!」

 

 

 

 

 

さらに腰を下ろす。半分ほど飲み込んだところで一旦止まり、クロエは荒い息を吐いた。

 

 

内壁がイサミの形を覚えるようにぎゅうぎゅうと締め付ける。

 

 

 

 

「はぁ…っ、はぁ…っ、まだ…全部入ってない…」

 

 

 

 

クロエは歯を食いしばりさらに腰を沈めていく。奥へ奥へと、イサミの熱塊が侵入してくる感覚。

 

 

内臓を押し上げられるような圧迫感とそれなのに快感が身体中に広がっていく。

 

 

 

 

「んんっ…! あ…っ、奥…当たってる…っ」

 

 

 

 

完全に根元まで結合した瞬間二人は同時に深い息を吐き出した。

 

 

蜜壺がイサミのペニスをぎっちりと締め上げ、脈打つ熱が双方の身体を駆け巡る。

 

 

子宮の入り口に亀頭が触れ、その感覚にクロエの視界がチカチカと明滅した。

 

 

 

 

「はぁ…っ、全部…入った…イサミ、わかる…? あたしの中…あんたでいっぱい…」

 

 

 

 

クロエはイサミの胸に両手を突き涙で濡れた顔で微笑んだ。

結合部から溢れた愛液が、イサミの茂みを濡らしていく。

 

 

 

 

「これで…逃げられないよ…イサミ…っ! あたしの中に…あんたの全部…閉じ込めてやる…っ」

 

「っ…く…! 逃げるつもりなんて…最初から…っ!」

 

 

 

 

 

イサミは下からクロエの腰を力強く掴むと、己の意思で突き上げるように腰を動かし始めた。

ぐっと奥まで押し込まれクロエの身体が跳ねる。

 

 

 

 

 

「あはっ…んあぁっ!?」

 

「んっ…ふ…っ! クロエ…さんっ!」

 

 

 

 

静かな宿屋の一室に肉と肉がぶつかり合う湿った音が響き渡る。

 

 

ぱん、ぱんという小気味よい音とぐちゅり、ぬちゅりという水音が混ざり合い淫靡な交響曲を奏でる。

 

 

 

 

イサミの突き上げは普段の慎重さとは裏腹に激しく、クロエの最奥にある快楽の頂点を的確に穿ち抜いた。腰を掴む手に力が込められ引き寄せるたびにさらに深く侵入してくる。

 

 

 

 

「あぁっ! すごっ…奥まで…入ってるっ! イサミっ、イサミっ…!」

 

「クロエさん…っ! あんな…あんな可愛い顔して…こんなに…っ! 中、うねって…っ、僕を締め付けて…っ」

 

 

 

 

 

イサミの腰の動きが加速する。

 

下から何度も何度も突き上げられクロエはその衝撃に耐えるようにイサミの胸にしがみついた。乳房が上下に揺れ、汗の雫が飛び散る。

 

 

 

 

「あたしの名前…呼んでっ! もっと…もっと強く打って…っ! クロエって…呼んで…っ!」

 

「クロエ…っ! クロエ…っ!」

 

 

 

 

 

イサミが名を呼ぶたび、クロエの胸が熱くなる。彼の声が耳から入り込んで身体中を駆け巡り、快感を増幅させていく。

 

 

 

 

クロエは狂おしいほどの愛おしさに突き動かされ、自分からも激しく腰を振り下ろした。

 

 

上から下へイサミの動きに合わせて腰を打ち付ける。互いの恥骨がぶつかり合い、敏感な部分が擦れ合う。

 

 

 

 

「んあぁっ! いい…っ、そこ…っ! もっと…もっと激しく…っ!」

 

「くっ…! クロエ…っ、締め付けが…強すぎ…っ!」

 

 

 

 

 

深く、熱く、互いの肉体を貪り合う。汗で濡れた肌が触れ合い、滑り、それでも決して離れまいとしがみつく。

 

 

 

 

 

部屋の中には、二人の荒い息遣いと甘い蜜の匂い、そして溢れ出る快楽の叫びが満ちていた。ランプの灯りが二人の影を壁に映し出しその影さえもが激しく交わっている。

 

 

 

 

 

「あたしを見て…! 今だけは…あたしだけを…っ! 他の誰でもない…あたしを…っ!」

 

「見てます…っ! 」

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間クロエの中で何かが弾けた。

 

絶頂の波が押し寄せ、蜜壺がイサミの熱塊を極限まで締め付ける。内壁が痙攣しイサミのペニスをきつくきつく搾り取る。

 

 

 

 

「あぁぁっ!! イク…っイサミっ! イっちゃうあぁぁっ!!」

 

「くっ…! クロエ…さんっ!!」

 

 

 

イサミもまたクロエの狭い肉壁の締め付けに耐えきれず、最奥へと深く腰を叩きつけながら熱い精液を大量に吐き出した。

 

 

どくどくと脈打つ熱がクロエの胎内の最も深い場所へと注ぎ込まれていく。

 

 

 

 

「んんあぁぁっ…!!」

 

 

 

 

 

ドクドクと胎内へ注ぎ込まれる熱い生命の証。

 

 

 

それが子宮の入り口を叩きその熱さにクロエはさらなる小さな絶頂を迎えた。全身が痙攣し、目の前が白く染まる。

 

 

 

 

クロエはイサミの胸へと倒れ込み、激しい絶頂の余韻に身を震わせながら強く彼を抱きしめた。

 

 

心臓が早鐘のように打ち、呼吸がうまく整わない。身体中の力が抜け指一本動かせないほどの倦怠感と幸福感が同時に押し寄せる。

 

 

 

 

「はぁ…っはぁ…っイサミ…っ」

 

 

 

 

耳元で聞こえる自分の心臓の音とイサミの荒い呼吸。結合部からは、混ざり合った体液がとろとろと溢れ出し二人の太ももを濡らしていた。

 

 

 

 

「…はぁ…はぁ…まったく…無茶苦茶ですよ…」

 

 

 

 

イサミは疲弊した声で呟きながらも愛おしそうにクロエの赤い髪を撫でた。

 

 

汗で額に張り付いた前髪を優しく掻き分け、その下にある潤んだ瞳を覗き込む。

 

 

 

 

 

「でも…これで…あんたの頭の中…あたしでいっぱいになったでしょ…?」

 

「…ええ。完全に…大赤字の大暴走ですよ…」

 

 

 

 

 

イサミは苦笑しながら、クロエの唇に優しく今度は穏やかなキスを落とした。

 

先ほどまでの激しい口づけとは違い、触れるか触れないかの優しいキス。

 

 

 

 

 

「損得勘定で動く僕が…こんなに無茶をするなんて…クロエさん、あなたは本当に…僕の計算を狂わせる天才ですね…」

 

「ふふ…光栄でしょ」

 

 

 

 

クロエはイサミの胸に顔を埋めたまま、くすぐったそうに笑った。

 

まだ身体の奥にイサミの熱が残っていてそれがじんわりと全身に広がっていく。

 

 

 

 

「ねぇ、イサミ…」

 

「なんですか?」

 

「あたし…あんたのこと、好き。大好き。愛してる」

 

 

 

 

クロエは顔を上げ真っ直ぐにイサミの瞳を見つめた。涙で濡れた瞳が、ランプの灯りを反射してきらきらと輝いている。

 

 

 

 

「他の誰にも渡したくない。あんたがあたし以外の人と仲良くしてるのを見ると…ここが、ぎゅうって苦しくなるの」

 

 

 

 

クロエは自分の胸に手を当てた。

 

 

 

 

「それでも…あんたはきっと、これからも色んな人を助けて色んな人に好かれるんだろうなって思う。あたし一人じゃ、あんたの全部を受け止めきれないかもしれない。でも…」

 

 

 

 

クロエは言葉を切り、唇を噛んだ。

 

 

 

 

「でも…今夜だけでいいから。今だけでいいから。あたしだけを見て。あたしだけのイサミでいて」

 

 

 

 

その言葉に、イサミは目を細めクロエの頬に手を当てた。親指で涙の跡をそっと拭いながら、穏やかな声で応える。

 

 

 

 

「クロエさん…僕はね、損得勘定ばかりしているようで本当に大切なものはちゃんと分かっているつもりですよ」

 

「…どういう意味?」

 

「あなたは、僕にとって特別な人ですよ。」

 

 

 

 

イサミは少し照れくさそうに笑った。

 

その言葉に、クロエの瞳から再び涙が溢れた。今度は悲しみの涙ではなく嬉しさの涙だった。

 

 

 

 

 

「ばか…あんた、そういうことサラッと言うのほんとにズルい…」

 

「僕は商人ですからね。相手が一番喜ぶ言葉を選ぶのは得意なんです」

 

「もう…っ!」

 

 

 

 

クロエは涙を拭いながらイサミの胸を軽く叩いた。そして、もう一度だけ彼の唇にキスをする。

 

 

 

 

「……忘れないでね。今夜あんたとシたのは、あたし。」

 

「ええ、約束です。…ただし、契約書は交わしませんよ。こういうのは心で交わすものですから」

 

「商人のくせに、そういう時だけロマンチストなんだから」

 

 

 

 

二人は顔を見合わせて、小さく笑い合った。

 

まだ結合したままの身体が笑いの振動で微かに揺れる。その刺激に、クロエの中からまた熱いものが込み上げてきた。

 

 

 

 

「…あ」

 

「…クロエさん、まさか」

 

 

 

 

クロエの内壁がきゅうっと締まり、まだ中にあるイサミのペニスが再び硬さを取り戻していく。

 

先ほどまで萎えかけていた熱がまたたく間に膨張し、クロエの奥を押し上げる。

 

 

 

 

「ふふ…あんたもでしょ」

 

「…これは、その…」

 

「言い訳は聞かない」

 

 

 

 

クロエはゆっくりと腰を動かし始めた。結合部からぐちゅりと音が漏れ、まだ温かい精液と愛液が混ざり合って溢れ出る。

 

 

 

 

「ん…っ、まだ…できる…?」

 

「…クロエさんが望むなら、何度でも」

 

 

 

 

イサミの手が、クロエの腰をしっかりと掴んだ。その手つきは先ほどまでの優しいものではなく、明確な欲望を帯びている。

 

 

 

 

「じゃあ…もっと。あたし、まだ足りない」

 

クロエは挑戦的な笑みを浮かべ、イサミの上で腰を振り始めた。

 

 

ぐちゅぐちゅと濡れた音が部屋に響き、まだ敏感な内壁がイサミの形を余すところなく感じ取る。

 

 

 

 

「んっ…はぁ…っ、イサミ…っ、あんたの…また硬くなってる…っ」

 

「クロエさんが…そんなに動くから…っ」

 

 

 

 

イサミもまた下から腰を突き上げ始める。二人の息が再び荒くなり、汗の匂いと甘い蜜の香りが混ざり合う。

 

 

 

 

「あんっ…! そこ…っ、いい…っ」

 

「ここですか…? それとも…ここ…?」

 

 

 

 

イサミは腰の角度を変え、クロエの最も感じる場所を探り当てるように何度も突き上げた。

 

 

 

 

「ひゃぁっ! そこ…っ! そこ、やばい…っ! また…イっちゃう…っ!」

 

「いいですよ…イってください…何度でも…」

 

 

 

 

イサミはクロエの腰を引き寄せ、さらに奥へと熱塊を押し込んだ。最奥の子宮口を亀頭がぐりぐりと押し潰しその刺激にクロエの身体が大きく跳ねる。

 

 

 

 

「あぁぁっ!! イサミっ、イサミ…っ!!」

 

 

 

 

 

再び絶頂が訪れクロエの身体が痙攣する。

内壁がイサミのペニスをぎゅうぎゅうと締め付け、搾り取るようにうねる。

 

 

 

 

「くっ…! また…締め付けが…っ!」

 

「中に…出して…っ! あたしの中に…あんたの…もっと…っ!」

 

「クロエ…っ!!」

 

 

 

 

イサミもまた、二度目の絶頂を迎え熱い精液をクロエの胎内へと注ぎ込んだ。

 

 

どくどくと脈打つ熱が、すでに満たされた蜜壺にさらに溢れ出し結合部から白濁した雫が伝い落ちる。

 

 

 

 

「はぁ…っ、はぁ…っ、あたしのお腹の中…あんたのでいっぱい…」

 

 

 

 

クロエは満足げに微笑みながらイサミの胸に倒れ込んだ。結合したまま、二人は荒い呼吸を繰り返す。

 

 

 

 

「…クロエさん、あなたは本当に…恐ろしい人ですよ」

 

「……なにが?」

 

「……快楽に溺れちゃいそうです」

 

「それ、褒めてる?」

 

「最大級の賛辞です」

 

 

 

 

イサミは苦笑しながら、クロエの汗で濡れた背中を優しく撫でた。指先が背骨のラインをなぞり腰のくびれで止まる。

 

 

 

 

「ふふ…ならいい」

 

 

 

 

クロエはイサミの首筋に顔を埋め、その温もりを感じながら目を閉じた。

 

 

 

 

どれくらいそうしていただろうか。やがてイサミのペニスが萎え、自然とクロエの中から抜け落ちた。どろりと温かい精液が溢れ出し二人の太ももを濡らす。

 

 

 

 

「…ちょっと、片付けないとね」

 

 

 

 

クロエは名残惜しそうに身体を起こした。ベッドの脇に用意されていた布で、自分の太ももとイサミの身体を優しく拭う。

 

 

 

 

「ありがとう、クロエさん」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

身体を綺麗にした後クロエは再びイサミの腕の中に収まった。ランプの灯りを消し、部屋は月明かりだけに照らされる。

 

 

 

 

「ーーーーーーねぇ、イサミ」

 

「はい?」

 

「明日、公園の子。迎えに行くつもりでしょ」

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中に、クロエの静かな声が落ちた。

 

 

ランプの焔を消した直後の室内は、月明かりだけが頼りだった。

 

 

窓枠の形に切り取られた青白い光が、ベッドに並んで横たわる二人の身体を淡く浮かび上がらせている。

 

 

 

 

クロエの問いかけに、イサミの背中がわずかに跳ねた。

 

 

 

 

彼の隣で、クロエは肘を立てて身体を起こし、上からイサミの顔を覗き込んでいる。先ほどまでの激しい熱狂の名残で、彼女の肌はほんのりと赤みを帯び、赤い髪が糸のようにイサミの胸元へ垂れ下がっていた。

 

 

 

イサミは一瞬だけ天井を仰ぎ、いつもの「営業用スマイル」を作ろうとしたが、至近距離で見つめてくるクロエの真摯な瞳を見て、すぐに諦めるように小さく息を吐いた。

 

 

 

 

「……気づいていましたか」

 

 

 

「当たり前でしょ。あんたの顔見てれば分かるわよ。西区の荒れ果てた旧市街……あの古い公園のベンチで、ボロボロのドレスを身にまとって震えてた女の子。あんた、前からずっと気にしてたでしょう」

 

 

 

 

クロエはむくれたように鼻を鳴らすと、イサミの胸元に人差し指をぽんと置いた。

 

 

 

「元貴族か大商人の家系……要するに『没落令嬢』ってやつでしょ。泥や埃に塗れてても、あの育ちの良さそうな立ち振る舞いや綺麗な顔立ちは隠せてなかったわ。あんた、こっそりパンを差し入れに行って、生存確認してたじゃない」

 

「……はは、相変わらず鋭いですねぇ、クロエさんは」

 

 

 

 

イサミは参ったというように苦笑いを浮かべた。その顔には、先ほどまでの「商人としての完璧な計算」を覆い隠すような、どこか照れくさそうで、それでいて深い思惑を秘めた『ただのイサミ』の素顔が覗いていた。

 

 

 

 

「ええ、その通りです。あの子は……おっしゃる通り、恐らくですが、お家騒動か不渡りかで一瞬にして地位も財産も失った没落令嬢です。家を追われ、プライドだけを抱えて路頭に迷い、あの西区の公園に行き着いたようですね。……ですが、あんな華奢な令嬢が一人で生きていけるほど、このコパンドンCITYの裏街は甘くありません」

 

「……やっぱり」

 

 

 

 

クロエの表情が、柔らかく陰った。

 

 

 

 

「あんた、ただ可哀想だからって理由で関わってるわけじゃないんでしょ?」

 

「もちろんです。僕は無情な商人ですよ〜♪」

 

 

 

 

 

イサミはゆっくりと身体を起こし、ベッドの上に座り直した。

 

 

 

 

「彼女の価値は、その『教育された知識』と『気品』にあります。どれだけ泥に塗れていようと、幼少期から叩き込まれた教養、帳簿の読み書き、貴族や富裕層の礼儀作法、そして何より『一度崩れ落ちた人間のハングリー精神』は、一朝一夕で買えるものではありません」

 

 

 

 

イサミは淡々と理屈を並べ立てた。

 

 

 

 

「今、彼女は人生のどん底にいます。パン一枚の恵みに涙を流す状態です。……そこに、きちんとした衣食住と『誇りを取り戻すための仕事』を与えたらどうなるか。彼女は生涯僕たちに忠誠を誓い、完璧な事務方・外交担当として覚醒するはずです。我がクランホームの経営基盤を強固にするための、極めて利益率の高い『先行投資』ですよ」

 

 

 

 

 

イサミはそう言ってソロバンを弾く仕草をした。

 

 

だが、クロエはそんなイサミの言い分を黙って聞き終えると、クスッと可憐に微笑んだ。

 

 

 

「……ねえ、イサミ」

 

「なんですか?」

 

「あたしたちを巻き込むのが、怖かったの?」

 

「……っ」

 

 

 

 

 

イサミの眉が、ピクリと跳ねた。

 

クロエはベッドから身を起こし、膝立ちになると、イサミの華奢な肩を後ろから優しく抱きしめた。

 

彼女の豊かな胸の温もりが、イサミの背中に伝わる。

 

 

 

 

「あんた、さっきあたしに『エリスを引き抜いた』ってヤキモチ焼かれて責められたから、反省したんでしょ? 『自分勝手にエリスを連れてきたのに、また西区から没落令嬢なんて訳ありの女の子をホームに連れて行ったら、クロエたちに迷惑がかかるんじゃないか』って……。『あたしたちに負担を強いるんじゃないか』って……そうやって一人で悩んで、明日あたしたちに内緒で、あの子をどこか別の施設か商会に仲介しようとしてたんじゃないの?」

 

 

 

 

 

心の奥底を完全に見透かされたイサミは、ぐうの音も出なかった。

 

 

まさにその通りだったからだ。

 

 

今夜、クロエが部屋に飛び込んできた理由——エリスの引き抜きを巡る嫉妬と怒り。それを受け止めたイサミは、自分の立ち回りがどれほど彼女たちの感情を揺さぶっていたかを痛感していた。

 

 

 

だからこそ、西区の没落令嬢の件については、クランホームに連れ込むのではなく、自分個人の資金で別ルートで運用しようと計画を変更していたのだ。

 

 

 

 

「……僕は。」

 

 

 

 

イサミの声が、少しだけ低く沈んだ。

 

 

 

 

「新築のクランホームはお二人が冒険者として掴み取った『城』だ。そこに僕が勝手に訳ありの人物を次々と運び込んでしまっては、お二人の生活や自由が脅かされる。それは……出資者としても、友人としても、越えてはならない一線です」

 

「バカね」

 

 

 

 

クロエはイサミの首元に顔を埋め、耳元で愛おしそうに囁いた。

 

 

 

「本当に、頭がいいくせに肝心なところでバカなんだから」

 

「バカとは心外ですねぇ……」

 

「バカよ。だって、あたしたちがそんなことで怒るわけないじゃない」

 

 

 

 

クロエは腕の力を込め、イサミを自分の方へと引き寄せた。

 

 

 

 

「西区でプライドを打ち砕かれて震えてる令嬢でしょ? エリスだって元は大手の過酷な環境で擦り減ってた事務員よ。没落して居場所を失った女の子の気持ちなんて、今のあたしたちなら受け止められるわ。……それに、エリスも書類仕事で一人じゃパンクしちゃうかもしれないでしょ? その子が入ってくれたら、エリスの助けにもなるじゃない」

 

「……ですが、お二人には明日から過酷なCランククエストが——」

 

「あたしたちを舐めないでよ」

 

 

 

 

クロエはイサミの言葉を遮った。

 

 

 

 

「あんたが目をつけるくらいの女の子なら、絶対に根性があるはずよ。泥を舐めてでも這い上がろうとしてる子を、見捨てるなんてあたしたちの性に合わないわ。……あんたは『投資』だの『利回り』だの難しい理屈をつけてるけどさ。要するに、その子も救って、みんなでこのホームを大きくしたいだけでしょ?」

 

「……っ」

 

 

 

 

イサミの胸の奥で、カチリと音がした。

 

 

脳内で常にはじき出されていた複雑な「損得の計算」が、クロエのまっすぐな言葉によって、綺麗に清算されていくような感覚。

 

 

イサミは知らず知らずのうちに、「自分は商人だから」「ゲストだから」という壁を作り、彼女たちに負担をかけることを極度に恐れていたのだ。

 

 

 

 

「……まったく」

 

 

 

 

イサミは長いため息をつき、自嘲気味に笑った。

 

 

 

 

「勝てませんねぇ、クロエさんには。僕の脳内ソロバンは、完全に破綻しましたよ」

 

「ふふん、参った?」

 

「ええ、降参です。大赤字ですよ」

 

 

 

 

イサミはふり返り、自分を抱きしめるクロエの赤髪にそっと手を触れた。

 

 

 

 

「……明日、朝一番でみんなで迎えに行きましょう。西区のあの公園へ」

 

「うん!」

 

 

 

 

クロエは満面の笑みを咲かせた。月明かりに照らされたその笑顔は、どんな高価な宝石よりも美しく、イサミの心を強く揺さぶった。

 

 

 

 

「エリスにも朝一番で話そう。きっと『私が教育係をやります!』って張り切るわよ」

 

「でしょうねぇ。……ただし! ホームで引き取る以上、彼女にも容赦なく仕事をしてもらいますからね! 没落したとはいえ元令嬢、プライドを捨てて雑用から経理まで叩き込みますよ〜」

 

「はいはい、分かってるわよ」

 

 

 

 

クロエはクスクスと嬉しそうに笑うと、イサミの唇にちゅっと軽い kiss を落とした。

 

 

 

 

「……ねえ、イサミ」

 

「はい?」

 

「多分、イサミはこれからその子とも……。エリスとも…。ううん、ココも……かもしれない。…けど、このホームで初めに繋がったのはあたし……だからね」

 

「……はい? 」

 

 

 

 

イサミが目を丸くすると、クロエは少し照れくさそうに、けれど妖艶に瞳を細めてイサミの腰に脚を絡めてきた。

 

 

 

 

「だから……もう一回するのよ!……今度は、もっとゆっくり……あんたを確かめたいの。西区の子を迎える前に……あたしを、もっとあんたでいっぱいにして」

 

「く、クロエさん……あなたという人は、本当に体力が底なしですねぇ……冒険者のスタミナをこんなところで発揮しないでください……っ」

 

「文句言わない! ほら、あたしを抱きしめなさい!」

 

 

 

 

クロエは強引にイサミを押し倒すと、再び甘く激しい夜の静寂へと二人で落ちていった。

 

 

 

 

交わされる吐息と、肌の温もり。

 

 

 

 

今夜のふたりには、もう商人としての計算も、強がりな意地も存在しなかった。ただ、互いを求め合い、満たし合う、純粋な愛だけがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

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