第一章:熱気と雑踏の露店通り
コパンドンCITYの朝は、いつだって商人たちの威勢の良い掛け声と、冒険者たちの重厚な武具が擦れ合う金属音から始まる。
澄み切った秋の空から降り注ぐ陽光が、石畳の街並みを黄金色に染め上げていた。
その中心を貫く大通りは、ギルドへと向かう冒険者や、早朝の仕入れに精を出す商人、通りすがりの旅人たちで足の踏み場もないほどの賑わいを見せている。
「さあさあ、獲れたてのバードの卵だよ! 朝のスタミナ補給にひとつどうだい!?」
「こちらは東方から仕入れた上質な魔導研磨剤! 剣の切れ味が劇的に変わるよ、旦那!」
両脇にズラリと立ち並ぶ露店からは、焼き肉の香ばしい匂いやハーブのツンとした香りが漂い、街全体が巨大な熱気と欲望の坩堝と化していた。
その雑踏の中を、イサミは軽やかな足取りで歩いていた。
「う〜ん、やっぱり朝の露店通りは活気があっていいですね〜。仕入れのヒントになる珍しいアイテムも転がってますし」
さらりとした茶髪を朝日にはためかせ、愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべながらイサミは通りを歩いていた。
彼の手には、ギルドに提出する定期報告書と、今日の仕入れ予定が細かく書き込まれた羊皮紙のメモが握られている。
昨日までの慌ただしいクランの収支計算や財務ルールの策定も無事に完了し、今日はギルドへの定期報告と、道具屋としての素材の仕入れのために一人で出かけてきたのだ。
「クロエさんたちもクエストに出かけてるし、今日は僕もじっくり良い品を見極めて……ん?」
ギルドへ通じる大通りの角、少し人だかりから外れた路地の入口付近に差し掛かった時だった。
イサミの商人としての鋭い嗅覚が、周囲の賑やかさとは明らかに質の異なる「緊張感と気品」を察知した。
「……あれは?」
人だかりの隙間から見えたのは、一軒の武具・骨董品を扱う小さな露店だった。
そして、その露店の前に立ち、陳列された武具を見つめている一人の女性の姿に、イサミは足を止めた。
そこにいたのは、あまりにも浮世離れした美貌を持つ女性だった。
艶やかな長い髪が、朝の光を受けて神秘的な光沢を放っている。
透き通るような白磁の肌、細くしなやかでありながら、限界まで鍛え上げられた無駄のない美麗な肢体。
露出度の高い戦士の衣装は、カラー族特有の美しさを際立たせつつも、決して卑俗さを感じさせない気高さと凛とした威厳を漂わせていた。
(……カラー族の女性だ。ミラさんやパントンさんと同じ、あの美しい佇まい……)
イサミにとって、不老長寿のカラー族自体は決して珍しい存在ではなかった。
すでにミラ・カラーやパントン・カラーといった知識や実績のあるカラーたちと知り合っており、彼女たちの高い能力や種族的な特性も十分に熟知していたからだ。
しかし、イサミが目を留めたのはそこではなかった。
彼女の腰に差してある獲物——そして露店で吟味している武具に、イサミの目は釘付けになった。
弓でもなく、精霊魔法の杖でもない。
彼女が腰に携えていたのは、細身で美しい装飾が施された一本のレイピア(細剣)だったのだ。
「……カラーの戦士さん……? 弓じゃなくて、剣……?」
イサミは商人としての知的好奇心と、目の前の戦士の持つ特異な雰囲気に強く惹きつけられ、吸い寄せられるようにその露店へと歩み寄っていった。
「……相変わらずここは、欲望と闘志が渦巻く奇妙な街ね」
鈴の鳴るような、だが芯の通った凛とした声が、喧噪を通り抜けてイサミの耳に届いた。
女性は露店の店主が並べた一本の細身の剣を手に取り、その刃文を冷静な瞳で見つめている。
その立ち姿は隙がなく、周囲の喧噪の中にありながら、そこだけが孤高の戦場であるかのような静寂を纏っていた。
「へい、いらっしゃいお姉さん! お目が高いねぇ、それは東方の名工が鍛えたっていう最高級のレイピアなんだよ! 軽くてしなやかで、弓の補助武器としても最高さ!」
露店の頑固そうな店主が、手をもみながら調子の良い声を張り上げた。
だが、カラーの女性はその言葉に流されることなく、細い指先でそっと剣身をなぞり、刃の根元から切っ先へとゆっくり視線を滑らせた。
その紫水晶のような瞳は、冷徹なまでに客観的だった。
「……嘘をつくのは感心しないわね、店主」
静かな、だが逃げ場を与えない一言。
店主の顔が引きつる。
「え、えぇ……!? 嘘なんてとんでもない! 本当に名工の——」
「鋼の鍛え直しが甘いわ。折り返し鍛錬の回数が足りず、不純物が残っている。表面は綺麗に研磨されているけれど、この重量の偏りは内部に微小な空洞がある証拠よ」
女性はレイピアを軽く一振してみせた。シュッと、空気を切り裂く鋭い風切り音が響く。
「刃の重心が手元に寄りすぎている。これでは突きの威力が半減するわ。それに、刃の焼き入れの温度が高すぎたせいで、強度はあっても柔軟性に欠ける。硬すぎる剣は、強い衝撃を受けた時にしならず、一発で折れるわ」
「ぐっ……そ、それは……」
「あなたがこれをいくらで仕入れたかは知らないけれど……『最高級』と呼ぶには程遠いわね。実戦で使えば、三度の交火で刃こぼれを起こすわ」
一寸の狂いもない完璧な鑑識眼と、武器の構造を知り尽くした戦士としての指摘。
店主はぐうの音も出ず、滝のような汗を流して黙り込んでしまった。
それの一部始終を見ていたイサミは、思わず感嘆の溜息を漏らした。
(うわぁ……すごい。ミラさんたちの魔法や知識の深さにも驚かされるけど、この人は剣と金属の質を完全に把握してる……! あの鑑識眼は、半端な商人や鍛冶師より遥かに上ですよ!)
パチ、パチ、パチ、とイサミは小さく拍手をしながら歩み寄った。
「見事な解説ですねぇ! いやぁ、そこまで正確に鋼の状態を見抜ける冒険者さんなんて、滅多にお目にかかれませんよ!」
女性はすっと視線を動かし、イサミの方を振り返った。
冷たい氷のように研ぎ澄まされた視線がイサミを捉える。
だが、イサミが武器商人特有の道具袋を担いだ15歳の少年であると認識すると、その鋭い瞳の奥に、ほんのわずかな柔らかさが灯った。
「……あなたね。人の商談を横から覗くのは、あまり感心した行いではないわよ」
「あはは、すみません! 僕、イサミっていう道具屋兼冒険者をやってる者なんですけど、あまりにも見事な鑑定眼だったものだから、つい見入っちゃいまして」
イサミは愛嬌たっぷりの笑顔を向け、臆することなく自己紹介をした。
「道具屋……? 見たところ、まだ随分と若い少年のようだけれど」
「これでも最近急上昇のクランでゲスト兼道具屋として世話になってるイサミですよ〜! 街でフリーの道具屋もやってますから、武器の質の良し悪しにはちょっとうるさいんです。……ところで、お姉さん」
イサミは彼女の腰にあるレイピアと、露店に置かれた剣を見比べた。
「僕、ミラさんやパントンさんっていうカラーの方々と知り合いでして、カラーの凄さや美しさはよく知ってるんです。でも、お姉さんは弓や魔法ではなく、剣術……それも細剣に強いこだわりがおありなんですね?」
イサミの問いかけに、女性は一瞬だけ驚いたように可憐な眉を上げたが、すぐに理解したように、どこか誇らしげで深みのある微笑を浮かべた。
「ミラやパントンを知っているのね……なるほど、道理で私を見ても驚かないわけだわ。……私はプリモ。見ての通り、カラーの戦士よ」
プリモ——そう名乗った女性は、自身の腰にあるレイピアの柄にそっと手を置いた。
「カラーが剣を持つのが珍しい? ふふ、変わり者と言いたいなら否定はしないわ。」
その声には、己の鍛え上げた技と選択に対する、一切の揺らぎない自負とストイックな気高さが満ちていた。
「プリモさん、ですか! すごく素敵な名前ですね」
イサミは露店の店主にお詫びの笑みを向けつつ、プリモとともに露店通りをギルドの方向へと歩き始めた。
プリモの歩き方は、雑踏の中にありながら無駄な揺れがなく、まるで風の上を滑るようにしなやかだった。
露出度の高い戦士衣装から覗くしなやかな脚と腰のラインは、厳しい訓練によって限界まで削ぎ落とされた洗練された美しさを放っている。
「それで、プリモさん。どうして弓や魔法ではなく、レイピアを選ばれたんですか? カラー族のしなやかさや高い魔力は、遠距離や精霊術に使うのが一般的だって聞きますけど……」
歩きながらイサミが尋ねると、プリモは前を見つめたまま、静かに語り始めた。
「弓や魔法は確かに素晴らしいわ。遠くから敵を穿ち、味方を安全に守ることができる。でもね……解き放たれた矢や魔法は、一度手から離れてしまえば、もう自分の手で直接触れて軌道を変えることはできない」
プリモは歩みを止めず、自身の細身のレイピアの柄を指先で愛おしそうに撫でた。
「私は、自分のこの手で直接、敵の呼吸を感じ、刃を交え、勝利を掴み取りたいの。間合いを詰め、相手の極限の殺気の中で一瞬の隙を突く……その刹那の極致にこそ、私が求める戦士としての境界があるわ」
「間合いを詰めて、直接刃を交える……」
「ええ。それに、カラー特有の高度な魔力循環と身軽さは、遠距離攻撃だけに使うには勿体ないのよ。魔力を足裏と全身の神経に行き渡らせることで、人間には不可能な超高速のステップと刺突が可能になるわ。……同胞たちからは、私のこのスタイルを異端と呼ぶ者もいるけれどね」
プリモの口調は静かだったが、その根底にあるのは誰にも譲れない烈火のような情熱と、己の美学への徹底的なこだわりだった。
イサミはその言葉を聞き、深く納得するように何度も頷いた。
「なるほど……! 自分の特性を理解した上で、あえて常識に囚われずに最強のスタイルを追求する……それ、すごく良く分かります!」
「……わかる、かしら? あなたのような少年に?」
プリモが少し意外そうに、可憐な眉をひそめてイサミを見下ろした。
「分かりますとも! 僕だって、普通の冒険者みたいに剣や魔法でドカンと派手に戦うわけじゃありません。僕は商人ですから、アイテムの知識、効果的な罠、煙幕玉やポーションの投擲で戦うんです〜」
イサミはお調子者らしく、ニシシと笑ってみせた。
「周りからは『ただの道具屋』とか『狡い戦い方だ』なんて言われることもありますけどね。でも、自分の得意な土俵で、一番確実に仲間を守って勝利を掴む……それが僕の『こだわり』ですから!」
「……ふふ」
プリモの薄い唇から、小さな可憐な笑い声が漏れた。
彼女は足を止め、イサミの顔を改めてじっと見つめた。その瞳には、単なる「年下の少年」を見る目から、一人の「意志を持つ戦士・表現者」を認めたような温かな光が宿っていた。
「なるほどね……。可愛いだけの少年かと思えば、芯のある良い目をしているわね、イサミ」
「へへ、褒めても何も出ませんよ〜? あ、でも僕の道具屋で高級スタミナポーションを買ってくれるなら、プリモさん特別割引で1.2倍の価格にしてあげますけど!」
「……そこは安くするべきではないのかしら? 街より高く売ろうとするなんて、相変わらずここは欲望と闘志が渦巻く奇妙な街ね」
プリモはおかしそうにクスリと笑うと、首を横に振った。
「でも、あなたのその頑固なまでの商売魂……嫌いではないわよ」
イサミとプリモが和やかに言葉を交わしながらギルドへ向かっていた、その時だった。
「——きゃああああっ!!」
「魔物だ! 魔物が出たぞぉぉっ!!」
突如として、露店通りの前方から悲鳴と怒号が巻き起こった。
ガッシャーン!! という激しい木製品の破壊音とともに、買い出し客や商人たちがパニックを起こして一斉に逃げ出してくる。
「何事ですか!?」
イサミが瞬時に表情を引き締め、腰の道具袋に手を伸ばす。
逃げ惑う人波の奥、破壊された露店の瓦礫を押しのけて姿を現したのは——全身を黒い甲殻で覆われた、体長三メートルを超える巨大な毒鋏蠍(ポイズン・スコーピオン)の群れだった。
それも一匹ではない、三匹もの巨大な蠍が、興奮状態でハサミを打ち鳴らし、狂乱していた。
「くそっ! 討伐クエストで運搬中だった魔物が檻を破りやがった! 誰か、前衛の冒険者はいないのか!?」
運送業者の男が血相を変えて叫ぶ。
だが、早朝のこの時間帯、大通りにいるのは商人や市民がほとんどで、武装した高ランクの冒険者は周囲に見当たらなかった。
「ヒィィッ! た、助けてぇっ!」
転倒した老商人の頭上へ、巨大な蠍の毒針が振り下ろされようとする——!
「——危険よ。退がりなさい」
疾風のような声が響いた。
イサミが目を見開くよりも早く、隣にいたプリモの姿が消失していた。
ドッ!!
目にも留まらぬ超高速の踏み込み。
プリモは老商人と魔物の間に割り込むと、腰の細身のレイピアを閃かせた。
シュンっ——!
一閃。
甲殻の最も硬い部分を避け、節と節の極小の隙間を寸分狂わず穿った一撃が、巨大な蠍の毒針を根元から切り飛ばした。
「ギャあぁぁぁっ!?」
魔物が苦悶の声をあげる。
プリモは老商人を片腕で軽々と抱え上げると、後方の安全な露店の陰へと瞬時に避難させた。その一連の動作には、無駄な動きが一切存在しない。
「イサミ、離れていなさい。ここから先は、あなたが思っている以上に危険よ」
老人を避難させたプリモは、レイピアを眼前に垂直に構え、冷徹な戦士の顔へと一変していた。
その身体から、圧倒的な密度のカラー族の魔力が溢れ出し、周囲の空気をピリピリと振動させる。
「プリモさん! 補助します!」
イサミはすぐさま道具袋から、特製の『高濃度粘着液玉』と『瞬間煙幕玉』を取り出した。
「僕みたいな弱小道具屋に前線で戦わせないでくださいね! ほら、足止め投げておきますから!」
イサミが正確な投擲で投げつけた粘着液玉が、残る二匹の蠍の足元で破裂し、その機動力を劇的に奪う。
「ふふ……ナイスサポートよ、道具屋さん」
プリモの可憐な唇が、戦意に満ちた笑みを刻んだ。
足止めされた巨大蠍たちが、激怒して巨大なハサミを振り下ろしてくる。その巨体からは想像もつかない質量攻撃。
地面の石畳が砕け散り、激しい衝撃波が周囲を襲う。
だが、プリモの足元はまるで重力から解き放たれたかのように軽やかだった。
「遅いわ。あなたの動きは、すべて私の目に見えている」
フッ……と、プリモの身体が残像を残して消える。
カラー族本来の強大な魔力を全身の細胞に行き渡らせた、超高速の歩法。
ハサミの振り下ろしによって生じた微かな風圧すらも利用し、彼女は紙一重の滑らかなステップで攻撃をことごとく回避していく。
「ガアアッ!?」
困惑する魔物の懐へ、プリモは踏み込んだ。
「……はぁぁっ!」
シュババババババババッ——!!
一瞬のうちに繰り出された、十を超える目にも留まらぬ連続刺突。
それはもはや「剣」ではなく「光の束」だった。
極限まで研ぎ澄まされたレイピアの刃が、魔物の目、関節、口腔といったあらゆる急所を一秒にも満たない時間で正確に穿っていく。
「ギャフっ……!?」
一匹目の巨大蠍が、内部から破壊されたように激しく痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
「す、すごすぎる……っ!」
離れた場所でサポートの機会を窺っていたイサミは、あまりの美しさと圧倒的な攻撃力に言葉を失った。
弓を使わないカラー。
だがその剣技は、カラーの誇る精密な射撃以上の精度で敵の急所を撃ち抜いていたのだ。まさに、彼女がこだわり抜いて磨き上げた『最強のスタイル』の証明だった。
「次よ」
プリモは一切の乱れもない息遣いで、残る二匹の魔物へと視線を向けた。
二匹の蠍は、仲間の即死を見て恐怖に狂い、口から大量の酸性毒液を散弾のように撒き散らした。広範囲を覆う回避不能の毒の雨。
「イサミ、伏せなさい!」
プリモは叫ぶと、レイピアの柄を強く握りしめた。彼女の全身から発せられる光の魔力が、レイピアの刀身へと集束していく。
光を纏った細剣が、円を描くように美しく一閃した。
解き放たれた魔力の刃が、迫り来る毒液の雨を空気ごと切り裂き、そのまま直線状に二匹の魔物へと襲いかかった。
ドカァァァン!!
激しい衝撃音とともに、毒液は完全に霧散し、魔物たちの巨大な甲殻が斜めに真っ二つへと切断された。
二匹の蠍は叫び声をあげる暇すらなく、そのまま石畳の上に倒れ伏し、動かなくなった。
静寂が、露店通りに舞い戻る。
「ふぅ……。手応えのない相手ね。」
プリモは凛とした立ち姿のまま、細剣についた魔物の体液をサッと一振りで払い落とすと、優雅な動作で鞘へと納めた。
その姿は、あまりにも美しく、あまりにも気高い「戦士」そのものであった。
「……すごいです、プリモさん!!」
イサミは駆けて寄り、目を輝かせて拍手を送った。
「弓を使わないカラーの剣技……本物を見せてもらいました! あの速度と精度、一瞬で急所を見抜く目……どれをとっても完璧です!」
プリモは振り返ると、先ほどの冷徹な戦士の表情を崩し、ふっと包容力のある笑みを浮かべた。
「あなたのおかげでもあるわ、イサミ。足止めがなければ、周りの店舗に被害が出ていたかもしれないわ。……ただの商人ではない素晴らしい戦況判断力ね」
プリモはそっと手を伸ばすと、イサミのさらりとした茶髪を優しく撫でた。
「ひやぁっ! ちょ、ちょっとプリモさん、子供扱いしないでくださいよ〜! 僕はこれでもクランの仲間たちを支える大事な道具屋なんですから!」
「ふふ、ごめんなさい。でも、一生懸命にサポートしてくれたお礼よ。……頑張ったわね、イサミ」
その手の温もりと、大人の女性としての包容力に、イサミは照れくさそうに頭をかいた。
普段は年上のお姉さんであるエリスや、しっかり者のクロエたちに囲まれているイサミだが、プリモの持つ「孤高の戦士としての優しさ」は、また違った心地よさがあった。
そこへ、騒ぎを聞きつけたギルドの警備兵たちがゾロゾロと駆けつけてきた。
「な、なんだこれは……!? 毒鋏蠍が三匹も瞬殺されている……! 一体誰が!?」
「あ、警備兵さん! こっちですこっち! この凄腕のカラーの剣士、プリモさんが退治してくれたんですよ!」
イサミが声を張り上げると、警備兵たちはプリモの姿を見て深々と頭を下げた。
「あ、ありがたい……! あなたがいなければ、露店通りが全滅するところでした! ギルドから報酬を出させていただきますので、後ほど手続きを——」
「報酬なら、そこの被害を受けた露店の店主たちに渡してあげてちょうだい」
プリモは静かに手をかざし、辞退した。
「私はただ、目の前の危険を排除しただけよ。それに……私の目的はギルドの報酬ではないわ」
「プリモさん……?」
イサミが首をかしげると、プリモはイサミの方を向き、その紫水晶の瞳でまっすぐに見つめた。
「イサミ。私はこれから、自分の剣をさらに高めるための旅をしているわ。この街には……あなたや、あなたをゲストとして受け入れているような、面白く志の冒険者がいると分かって収穫だったわ」
「えっ……! もう行っちゃうんですか!?」
「もう少しは滞在はしてるわ。だから…」
プリモは歩み寄ると、イサミの耳元へ顔を寄せ、くすりと囁いた。
「……もしまたこの街で会えた時は……あなたの道具屋に寄らせてもらうわ」
「! 本当ですか!?」
「ええ。あなたの『こだわり』の道具と、美味しいお茶を淹れて待っていてちょうだい。その時は……そうね、あなたの『特別割引』で買い物をさせてもらうわよ?」
「あはは! 任せてください! プリモさんなら特別に1.5倍……じゃなくて、ちゃんと正当な勉強価格で最高級の仕入れ品を揃えておきますから!」
「ふふ、約束よ、お調子者の道具屋さん」
プリモは可憐に微笑むと、背を向け、風のようにしなやかな足取りで大通りの人ごみの中へと歩き出した。
その背中はどこまでも凛として、気高く、美しい戦士の威厳に満ちていた。
「プリモ・カラー……か。また一人、最高にカッコいい仲間……に出会っちゃいましたねぇ」
イサミは去り行く彼女の背中が見えなくなるまで見送り、手に持った羊皮紙をギュッと握りしめた。
「よし! 僕も負けていられませんね! ギルドの報告をチャチャッと終わらせて、最高の商品を揃えに行きますよ〜!」
澄み渡る秋空の下、イサミの元気な声が、賑やかなコパンドンCITYの雑踏の中に明るく響き渡っていったのであった。