探し出す(未編集)
コパンドンCITYの裏路地からは、昼間の賑わいが嘘のように急速に色が失われ始めていた。
上空を覆う重く湿った雲が不吉な陰影を街並みに落とし、壊れたクランホームの玄関から吹き込む風が、乾いた木屑と硝煙の残滓を砂埃とともに巻き上げている。
砕けた玄関の脇で、ガッツが巨大な大剣を床に突きたて、腕を組んで壁に背を預けていた。
その巨大な体躯からは依然として凄まじい怒りの圧力が滲み出ていたが、その瞳は深く重い冷静さを取り戻しつつあった。
「……イサミ。行くんだな?」
「ええ」
イサミは腰の多機能ベルトの留め具をカチリと鳴らし、ポーチの配置をミリ単位で調整しながら短く答えた。
いつものチャラついた笑みは影を潜め、道具屋としての計算深さと、冷徹な追跡者としての鋭利な眼光だけがその顔に宿っている。
「俺が行ければ、あのドブネズミどもの首を一回りで叩き潰してやれるんだがな……」
ガッツが握りしめた拳から、ギチギチと骨が鳴る音が響く。
「気持ちは分かります、ガッツさん。でも、ここはホームを守る要が必要です。敵が単独の強盗ではなく組織……しかも裏の息がかかった死士を使っている以上、僕たちが家を空けた隙に二度目の襲撃がないとは言い切れません。のんちゃんを……この家を護れるのは、ガッツさんとルーシーさんだけです」
「分かってるさ」
ルーシーが短剣の手入れをしながら、静かに歩み寄ってきた。
その柔らかな雰囲気は消え、険しい表情でイサミの肩に手を置く。
「のんちゃんの護衛とホームの防衛は私とガッツで完璧にやっておくわ。……だからイサミ、あなたたちは心置きなくあいつらを叩きのめしてきなさい」
「頼みます、ルーシーさん。……エリスお姉さんも」
イサミが二階へ続く階段を見上げると、そこには静かに降りてきたエリスの姿があった。
エリスは薄く微笑み、包容力と決意に満ちた瞳でイサミたちを見つめた。
「のんちゃんは、私があたたかいスープを飲ませたら、少し落ち着いてまた眠りにつきましたわ。……『イサミさんたち、怪我しないで……』って、うわごとみたいに呟きながら。……イサミくん、クロエさん、メルティさん、ココちゃん、ムラサキさん。あの子の笑顔と、奪われた大切なもの……必ず取り戻してあげてくださいね」
「当たり前でしょ! あたしの仲間を傷つけて無事で済むなんて思わせないわ。イサミ、もたついたら置いていくからしっかりついて来なさい!」
クロエが愛剣を静かに鞘へと収め、メラメラと怒りを燃やす瞳で言い放った。
「ココ、すっごくおこったんだから! のんちゃんを泣かせた悪いやつら、みんなまとめて吹き飛ばして懲らしめてやるの!」
ココはぎゅっと杖を抱きしめ、いつものおやつをおねだりする顔とは一転して悔しそうに足踏みをする。
「ふふっ、エリス様、ご安心なさってください。……生活領域を汚した不法侵入者には、言葉ではなく圧倒的な敗北でお応えいたしますわ。……イサミ様、参りましょう」
メルティが優雅に手袋の皺を伸ばしながら、どこか妖しくも冷酷な笑みを浮かべる。
「あ、あの……! 私、のんちゃんが淹れてくれるお茶がだーい好きなのに……あんな怖い目にあわせるなんて……! 私の秘薬で、絶対に足止めしてみせます……っ!」
ムラサキも震える手で薬調合のポーチをベルトに固定し、弱気ながらも固い決意を言葉に乗せた。
「よし……それじゃあ、出動です」
イサミの呼びかけに、四人が力強く頷く。
精鋭五人は、壊れた玄関を後にし、どんよりとした空の下へと踏み出した。
♢
ここからイサミの「本領発揮」だった。
普段は「頼れる冒険者兼、皆さん専属の命の保険屋さん」として、街より1.5倍高い価格でポーションや便利道具を売りつけるちゃっかり者の少年商人。
雑魚戦では、情けなく逃げ惑ったり、足止めが原価に見せる振りをしてみせる彼だが、その実態はコパンドンCITYのあらゆる闇ルート、素材屋、情報屋に太いパイプを持つ「歩く道具屋」である。
イサミはまず、裏通りの怪しい路地裏にあるジャンク屋の店主を問い詰めた。
「ちょっとちょっと、親父さん。最近、コパンドンCITYの東区画で『特殊な魔導煙幕』と『高純度の自害用鉱物薬』を大量買い占めした奴らがいますよね? ……2倍の価格で取引された秘密の仕入れルート、まさか忘れたとは言わせませんよ?」
「ど、道具屋の坊主……! な、何のことだかさっぱり――」
「とぼけないでください。僕の目を誤魔化せると思ったら大違いです。……僕の『大切な家』と『大切な仲間』が荒らされたんです。吐かないなら、親父さんの店の『非合法素材の裏帳簿』、ギルドと警備隊に提出しちゃいますけど……どうします?」
冷徹な微笑みを浮かべるイサミの圧に、ジャンク屋の店主は顔を蒼白にして情報を吐き出した。
♢
続いてイサミは、東の貧民街を仕切る情報屋の元へ足を運び、金の力と絶妙な交渉術で「フードを被った不審な四人組」の目撃証言を買い集めた。
「フードの奴らなら、二時間ほど前に東の裏門から街を出ていったぜ……。何やら大量の剣を大事そうに抱えてな。……行き先? さあな、あの手のコソ泥や暗殺者が潜伏するのは、東の『黒竜の爪痕』と呼ばれる不吉な岩山エリアだ」
「東の岩山……」
イサミは顎に手を当て、即座に頭の中で地図を組み立てる。
「関係があるかは別として……最近、フードの不気味な連中が頻繁に出入りしているという噂の洞窟がありますね。あそこが組織のアジトか、あるいは一時的な中継拠点……!」
イサミは即座に仲間に向かって振り返った。
「……見つけましたよ。東の岩山地帯にある暗黒の洞窟……奴らはそこに潜んでいますね」
♢
コパンドンCITYの東に広がる岩山地帯は、街の穏やかな空気とは一線を画す異界だった。
そこは、草木は枯れ果て、尖った黒々とした岩肌が天を突くように立ち並んでいる。
湿った冷気が地面から立ち上り、どこか硫黄と腐臭の混ざった不快な風が吹き抜けていた。
五人は岩陰に身を隠しながら、目的の場所へと近づいていく。
「……いたわ」
クロエが岩の隙間から鋭い目線を送り、低く囁く。
「入り口に二人、気配を殺して立ってる。……イサミ、あんたの道具で一気につぶせる?」
黒々とした岩壁の根本に、まるで巨大な獣が口を開けているかのような、不気味な洞窟の穴が存在していた。
洞窟の入り口には、見張りらしきフード姿の男が二人生気のない様子で佇んでおり、その手には鋭い曲刀が握られている。
「まあ、案の定、不気味な身なりですこと。あれではまるで害虫の巣窟ですわね」
メルティが冷ややかに扇子を揺らし、蔑むような視線を向けた。
「ココ、あいつらの足元に『どかーん』って大きなおとしあな作ってあげようか!?」
ココが目を輝かせ、いつでも呪文を唱えられるよう杖の先端を微かに光らせる。
「あ、あのっ……! イサミさん、私の『薫』を使ってみませんか……っ!? 匂いを嗅ぐだけで、一瞬で体の力が抜けちゃう薬なんです……っ!」
ムラサキが鞄から紫色の丸薬をそっと差し出し、期待と不安の入り交じった表情で早口に提案する。
「素晴らしいアイデアですね、ムラサキさん。……よし、それじゃあ僕のアイテムとムラサキさんの薬を組み合わせて、静かに無力化しますよ」
イサミは腰の短剣の柄をカチリと鳴らし、洞窟の奥へと視線を向けた。
その瞳の奥には、おちゃらけた道具屋の顔は一切ない。
自分たちの温かい居場所を泥足で踏みにじり、健気にお掃除を頑張っていたのんを恐怖に陥れ、大切なお供え物の剣を奪っていった者たちへの――絶対的で冷徹な、殺意の計算だけが渦巻いていた。
「……絶対に逃がしませんよ。僕たちの家と、のんちゃんを傷つけたツケ……血と絶望で、きっちり清算させてもらいます」
薄暗い岩山の風が、五人の覚悟を乗せて静かに吹き抜けていった。洞窟の闇の先で待つ敵との、決着の戦いが今まさに始まろうとしていた。
♢
入口を静かに制圧すると、内部に侵入する。
洞窟の冷たく湿った空気は、奥へと進むにつれていっそう重さを増していた。
足元を照らすのは、イサミが胸元から取り出した小型のランプが放つ淡い青白光だけだ。
むき出しの岩肌はところどころ濡れて光り、壁のあちこちには昔の落盤や、誰かが何かを掘り返したような無数の不自然な打撃痕が刻まれている。
「……気をつけてください。空気の動きが変わりました」
イサミが低い声で注意を促し、一行の足を止めた。
「どういうこと、イサミ? 行き止まりに見えるけど……」
クロエが前方を指さす。
そこには大きな岩壁が立ち塞がり、洞窟の道は唐突に終わっているように思えた。
「いえ、違いますわ。この岩の配置……人工的な欺瞞工作ですわね。貴族の秘密地下室などでもよく使われる隠蔽の手法ですわ」
メルティが冷ややかに言い放ち、岩壁の右隅をそっと突いた。
「ムラサキさん、先ほどの反応は?」
「なるほどねぇ。……ココちゃん、少しだけ衝撃を与えられますか?」
「任せて、イサミお兄ちゃん! どかーんって壊さないように、ちょっとだけ小突いてみるね! 『氷の矢』〜!」
ココが愛用の杖を軽く振ると、一筋の小さな氷の針が岩壁の継ぎ目へと正確に突き刺さった。
ゴゴゴ……ッ!!
不快な岩擦れ音とともに、一見するとただの岩壁だったものがゆっくりと滑るように横へ移動し、その奥に隠されていた怪しい抜け道が姿を現した。
「……隠し扉、か」
クロエが短く呟き、剣の柄を握り直す。
隙間から漏れ出てきたのは、洞窟本来の泥臭さとはかけ離れた、冷たく無機質な金属の匂いと、薬品のツンとした刺激臭だった。
一歩足を踏み出すと、そこは洞窟の光景から一変していた。
壁面には整然と魔導灯が埋め込まれ、床は滑らかに削り出された石畳になっている。
棚には謎の液体が入ったフラスコや怪しい解剖道具、怪異な魔物の部位が漬け込まれたガラス瓶がズラリと並んでいた。
「なんなのよここ……気味の悪い研究所じゃない」
「……裏組織の実験施設、あるいは『あの剣』の解析を行うための仮設研究所ですわね。ロクな研究をしていないことだけは確かですわ」
メルティが不快そうに眉をひそめる。
「イサミさん……! あそこの棚にある試薬、全部危険な薬品ばかりです……っ! 街の市場に出回ったら大変なことに……っ!」
ムラサキが怯えたようにイサミの袖を引く。
「……なるほど。フードの奴ら、ただ剣を奪っただけじゃなく、ここで何か企んでいたわけですか」
イサミの瞳に、冷ややかな怒りの色が一段と深く宿る。
「みんな、油断しないで進みますよ。のんちゃんから奪われた剣は、この奥にあるはずです」
研究所の薄暗い通路を少しに奥へと進んだ時だった。
カツン……カツン……。
静まり返った石造りの通路に、重厚な金属鎧が叩きつけられる足音が響き渡った。
「誰だ――ッ!?」
クロエが瞬時に身構え、最前線に躍り出る。
広大な円形の間に出た一行の前に立ちはだかったのは、頭から足先まで全身を赤黒い不気味な重鎧で包んだ、巨漢の剣士だった。
その手には、見覚えのありすぎる一振りの剣が握られている。
その瞬間――通路全体の空気が、物理的な圧力となって五人の肌を叩いた。
「な……ッ!?」
クロエの顔から余裕が消え去った。
重鎧の人物が構えたその剣は、鞘や柄にこれでもかと金銀の装飾が凝らされ、数え切れないほどの巨大な宝石が埋め込まれていた。
そして剣身からは、眩いばかりのギラギラとした神聖な光と、それとは裏腹な過剰で狂暴な力が溢れ出していた。
「あ……あの剣って……!!」
ココが目を丸くし、叫び声を上げる。
「思い出しましたわ……! 以前、森でゴブリン討伐をしていた時に遭遇した……あの『村人風の駆け出し冒険者』が持っていた、無駄に豪華な装飾剣ですわ!!」
「嘘でしょ!? なんであの時の武器がこんなところにあるのよ! 奪われたっていうの!?」
クロエが歯噛みする。
そう――以前、森でスライム相手に適当に振り回しただけで、広場の巨木ごと魔物を一瞬で全滅させた、あの「壊れスペックの装飾剣」だった。
「……まずいです!」
イサミの顔から血の気が引いた。冷や汗が額を伝う。
「あの村人風の素人が持っていた時でさえ、国と戦えちゃいそうな威力だったんですよ……!? もしもあの剣を、ちゃんとした技術のある剣士が使ったら――」
イサミの嫌な予感は、最悪の形で的中した。
重鎧の人物は、素人のようなヤケクソの振り回しなど一切しなかった。
スッと無駄のない下段の構えから、腰のひねりと踏み込みを完璧に連動させた――手練れの剣士としての鋭い正拳一閃。
『使える奴が、あのぶっ壊れ武器を使ったらどうなるか』。その恐怖の答えがそこにあった。
素人が放ったただの大雑把な横薙ぎとは段違いの、威力を100%一点に集中・収束させた極大の黄金波が、音速を超えて襲いかかってきたのだ!
ズザァァァァァァンッッ!!!!
「全員、伏せなさいッ!! 全力で避けてええぇぇっ!!」
クロエの悲鳴のような叫びと同時に、メルティとココ、そしてイサミとムラサキは、かつて森で目撃したあの異常な威力を脳裏に閃かせ、死に物狂いで左右の岩陰へと身を躍らせた!
コンマ数秒の判断が生死を分けた。
ドゴォォォォォンッ――!!!!
洗練された剣技によって集束された極大斬撃は、回避した五人の直前を通り抜け、研究所の部屋の頑丈な石造りの壁、太い支柱、そして設置されていた無数の実験器具や棚を、まるで紙屑のように一切の抵抗もなく粉砕・両断していった。
技術によって逃げ場なく拡散された衝撃波が爆発し、吹き荒れる瓦礫の嵐と猛烈な風圧が五人を容赦なく吹き飛ばす。
「キャァぁぁぁぁっ!?」
「ぐっ、はっ……!?」
ドサドサと壁や床に叩きつけられる一行。
煙と砂塵が激しく舞い散る中、周囲の惨状が露わになった。
素人のデタラメな振り回しなら大ざっぱに散っていた威力が、手練れの技量によって完璧にコントロールされた結果――避けることすら困難な壊滅的な広域破壊となって押し寄せ、研究所の部屋の半分がたった「一撃」で跡形もなく崩壊していた。
「ゲホッ……ゲホッ……! な、なんてことですか……っ! 剣の腕が立つ奴が使うと……こんな凶悪な威力になっちゃうんですか……っ!?」
イサミは肩を痛めながら必死に身を起こしたが、周囲の惨状を見て息を呑んだ。
直撃は森での経験があったからこそ間一髪で回避できた。
だが、腕のある剣士が放つ集束された衝撃波と崩壊の規模は、素人の比ではなかったのだ。
クロエは大剣を投げ出しかけた状態で膝をつき、肩を大きく上下させて荒い息を吐いている。
腕からは血が滲み、立ち上がることすら覚束ない。
「くっ……素人じゃなくて……剣術を知ってる奴が使ってんのね……! 威力の次元が違いすぎるわ……っ!」
「うぅ……頭がグラグラするよぉ……」
ココは杖を抱えたまま床に倒れ込み、頭を押さえて泣きそうな声を上げている。
「……っ! 道具の性能と相まって、手のつけようがない威力ですわ……っ!」
メルティも細剣を杖代わりにしながらなんとか体を起こそうとするが、足元が酷く揺らめいていた。
「ひ……ひぃっ……! 薬が……鞄の中の薬品が……割れて……っ!」
ムラサキは崩れた瓦礫の下で身を縮こまらせ、恐怖で全身を震わせている。
手練れの技術とぶっ壊れ性能の融合。
その一撃の前に、精鋭部隊は、たった一撃で「半壊滅」の状態へと追い込まれてしまった。
ガラガラと崩れる岩の音の中。
煙の向こうから、隙のない構えのまま装飾剣をギラギラと光らせた重鎧の人物が、静かに次の撃ち合いに向けて歩み寄ってくる。
「くそっ……! このままじゃ……全滅させられる……っ!」
叩きのめされた惨状の中で、イサミは血の滲む唇を強く噛み締め、ギラつく敵の姿を睨みつけた。