ドサドサと巨大な石片が天井から落ち、重苦しい砂塵が周囲の視界を真っ白に染め上げていた。
過剰なまでに装飾された黄金の剣から解き放たれた極大の一閃。
それは手練れの剣士の手によって寸分の狂いもなく威力を収束され、研究所の石造りの壁、太い支柱、無数の実験器具を根こそぎ粉砕した。
直撃こそ過去の経験から間一髪で回避したものの、拡散された無慈悲な衝撃波と爆風は、精鋭部隊を一瞬にして「半壊滅」の淵へと追いやっていた。
「く……っ、ガハッ……!」
イサミは肩を痛めながら必死に上半身を起こした。
視界の端では、最前線に立っていたクロエが剣を投げ出しかけた状態で膝をつき、腕から血を流しながら荒い息を吐いている。
ココは杖を抱きしめたまま倒れ込み、頭を押さえて泣きそうな顔で苦悶の声を漏らしていた。
メルティもまた、細剣を突っ張らせて体を支えるのが精一杯であり、崩れた瓦礫の隙間ではムラサキが恐怖で全身を震わせている。
(まずい……まずい、まずい、まずい……! これ以上、…………全滅する……!)
冷や汗がイサミの首筋を急速に伝い落ちる。
煙の向こう側から、カツン……カツン……と重厚な金属鎧が石畳を叩く音が近づいてきた。不気味な赤黒い重鎧に包まれた巨漢の剣士。
その手には、不吉なまでにギラギラと神聖な光を放つあの装飾剣が、完璧な下段の構えで握られている。
敵に一切の隙はなく、すでに次の斬撃に向けた踏み込みの予備動作に入っている。
「……イサミ……様……っ」
メルティが途切れ途切れの声で呼びかける。彼女の丸い瞳には、自身の無力さに対する悔しさと、死の予感が交錯していた。
「……任せてください。僕の計算に『全滅』の二文字はありませんよ」
イサミの瞳からおちゃらけた色は一切消え去り、冷徹な追跡者、そして命の価値を極限まで計算する道具屋としての眼光が宿った。
イサミは腰の多機能ベルトの留め具を一瞬で解除し、ポーチの奥底から何種類もの特製ガジェットと試薬瓶を同時に手の中に滑り込ませた。
「ムラサキさん! 鞄の中で割れてない薬品を全部寄越しなさい! ココちゃんは衝撃波の壁を! クロエさんとメルティさんは僕の合図で脱出に全力を注いでください!」
「あ……はいっ……! これ……っ、『痺麻・散』と『腐蝕粘液』です……っ!」
瓦礫の下からムラサキが震える手で投げ渡したふたつの小瓶を、イサミは空中で完璧にキャッチした。それと同時に、イサミ自慢の「多段仕込み弾」の安全装置を親指で弾く。
「……痛い勉強代になりましたね。でも、僕たちの命を安く買いたたかれてたまりますかぁッ!!」
イサミが右腕を激しく振ると同時に、四つのカプセルが重鎧の足元へと高速で叩きつけられた。
パンッ! パンパンパンッ!!
弾け飛んだのは、爆音とともに発生する超高濃度の黒色誘導煙幕だった。
単なる煙ではない。
イサミが裏ルートで高額で買い付けた、視界だけでなく探知の感覚をも狂わせる特殊粒子が含まれた煙だ。
「なっ……!?」
初めて重鎧の剣士の口から、くぐもった動揺の声が漏れた。
だが、イサミの攻撃はそれだけでは終わらない。
煙幕の中へ向けて、ムラサキから受け取った『痺麻・散』と『腐蝕粘液』を、特製の圧力射出器で連続噴射する。
激しい化学反応を起こした紫色の有毒ガスが煙幕の中で一気に膨れ上がり、重鎧の関節部分――黒い魔力が漏れ出していた隙間へと容赦なく侵入していった。
「グオッ……! ぐ……麻痺…毒…だと……!?」
手練れの剣士といえど、関節の動きを直接阻害する麻痺毒と粘液の複合攻撃には耐えられない。
重鎧の体がガチガチと不自然に硬直し、黄金の装飾剣を振り上げる動作が完全に停止した。
「今です! ココさん、『氷の壁』で退路の遮断と足止めを! 崩落に乗じて逃げますよ!」
「うんっ……! 舞い踊れ、氷の精霊さん! 私たちの後ろを全部凍らせて……『氷大壁』〜〜〜っっ!!」
ココが最後の魔力を振り絞り、涙目になりながら杖を床に突きたてた。
ズバババババンッ!!
イサミたちが下がる後方、そして重鎧の剣士との間に、天井に届くほどの巨大な氷の壁が数重にわたって出現する。
さらにイサミが仕掛けておいた小型爆破トラップが壁の支柱を吹き飛ばし、ガラガラと絶妙なタイミングで大量の巨岩が落盤を起こした。
「クロエさん、メルティさん! 走れますね!?」
「当たり前……でしょ……っ! この私が……足を引っ張れるかぁッ!」
「ええ……っ! 逃げ延びて……必ずや倍返しにして差し上げますわ……っ!」
クロエが血を拭いながら立ち上がり、怪我を負ったココを脇に抱え上げる。
メルティもまた激痛に耐えながらムラサキの手を引いた。
イサミは最後尾を走りながら、後方に向けてさらなる足止め用粘着菱釘を撒き散らした。
ドゴォォォォン……!
背後で氷壁が装飾剣の凄まじい衝撃波によって破砕される音が響いたが、落盤した巨大な岩石の山と有毒ガスの層が完全に関所となり、追撃の足を完全に鈍らせていた。
「ハァ……ハァ……ッ! 洞窟の外へ! 急いで!!」
五人は倒れ込みそうになる身体を互いに支え合いながら、暗い抜け道を死に物穿ちで駆け抜け、薄暗い岩山の外へと脱出したのだった。
♢
コパンドンCITYを包む夕暮れは、すでに過ぎ去っていた。
夜の帳が落ちた街道を、五人の影が泥と血に汚れながらトボトボと歩んでいた。
街の明かりが遠くに見えてくると、普段なら安堵感が胸を満たすはずだったが、今夜の彼らを支配していたのは、絶望に近い敗北感と重苦しい沈黙だった。
「クソッ……! クソッ……!」
クロエが悔しそうに拳を近くの街灯の柱に叩きつけた。カン、と虚しい金属音が夜の空気に響く。
「なによあれ……! 武器が強いだけならまだしも、あんな風にまともに剣術が使える奴が持ってるなんて……聞いてないわよ! あたしたち、何もできなかったじゃない……!」
「……クロエさん、声を下げてください。街の監視や組織の目がどこにあるか分かりません」
イサミが肩を貸していたムラサキをそっと下ろし、低く引き締まった声で注意を促した。
イサミ自身の顔も蒼白で、右腕には衝撃波で弾け飛んだ岩片による生々しい擦り傷がいくつも刻まれていた。
「ココさん、大丈夫ですか?」
「う、うん……。イサミくん……ココ、こわかったよぉ……。あのギラギラした剣、森の時よりずっとすごくて……氷の壁が一瞬でパリンって……」
ココはイサミの服の裾をぎゅっと握りしめ、体を小さく震わせている。
「……っ。あの悪党ども……。このような屈辱……」
メルティは細剣の鞘を握りしめる手に力を込め、悔しさに唇を噛み締めすぎて血の味が広がるのを感じていた。
彼女が血のにじむような特訓で手に入れた素早い突きも、洗練された身のこなしも、あの一次元上の暴力的な集束斬撃の前には、近づくことすら叶わず薙ぎ払われたのだ。
「あ、あの……みなさん……っ。私の薬がもっと効いていれば……っ」
ムラサキが泣きそうな顔で申し訳なさそうに下を向く。
「違いますよ、ムラサキさん。あなたの『痺麻・散』と『腐蝕粘液』がなければ、僕たちはあの場で確実に命を落としていました。僕のガジェットとの組み合わせは完璧でした。……ただ、相手の戦力と武器の威力が、こちらの想定を遥かに超えていただけです」
イサミはムラサキの頭にそっと手を置き、優しく、しかし確固たる口調で言った。
「全員、生きて帰ってきた。それが今日の最大の勝利です。……さあ、ホームへ帰りましょう。ガッツさんたちも心配しています」
クランホームの扉を開けると、そこにはカチカチと大剣の手入れをしながら待機していたガッツと、心配そうに窓の外を眺めていたルーシー、そして二階から降りてきたエリスの姿があった。
「帰ったか……! イサミ、クロエ! ……おい、その怪我は一体どうしたんだ!?」
ガッツが巨躯を揺らして立ち上がり、ボロボロの五人を見て目を見開いた。
「みんな……!? 大変、すぐに救急箱を……! 今、温かいお湯とタオルを持ってきますわ!」
エリスが悲鳴に近い声を上げ、慌ただしく奥の厨房へと走っていく。
ルーシーは一瞬で表情を険しくし、イサミたちの元へ駆け寄ると、手際よく傷口の応急手当を始めた。
「一体何があったの? 暗黒の洞窟で組織と接触したのね?」
「……ええ。想像以上の『化け物』がいました」
イサミはリビングの椅子に深く腰掛け、両手で顔を覆った。手袋の隙間から吐き出された息は、深く、重かった。
エリスの手によって手厚い手当が施され、温かいスープが振る舞われた後も、リビングのカフェスペースには重い緊張感が漂い続けていた。
傷の痛みが和らいだとはいえ、全員の心に刻まれた一撃の恐怖は消えていない。
ガッツは腕を組み、壁に背を預けたまま険しい顔で床を睨みつけ、ルーシーは静かにイサミの報告に耳を傾けていた。
「――つまり、こういうことね」
ルーシーが整理するように口を開いた。
「前に森で遭遇した『村人が持っていた異常な装飾剣』。それが組織によって奪われ、研究所にいたあの重鎧の剣士の手に渡っていた。そして、その重鎧は素人ではなく、相応の剣技を持つ手練れだった……と」
「ええ……」
クロエが悔しそうにスープのカップを握りつぶしそうな勢いで頷いた。
「素人が振り回しただけでも巨木が吹き飛ぶような武器よ? それをちゃんとした剣士が腰を入れて、技量を乗せて放ったのよ……。集束された黄金の斬撃波……直撃を避けたあたしたちが、衝撃波だけで一発で吹っ飛ばされたわ。……悔しいけど、正面からやり合ったら今のあたしたちじゃ勝ち目がない」
「……『今のあたしたち』どころか、街の警備隊や並の騎士団が束になって挑んだところで、あの広域破壊の前には肉の壁にすらなりませんわ」
メルティが乾いた苦笑を漏らしながら、自身の腕の包帯を見つめた。
「ですが……僕がどうしても解せないのは、ここからなんですよ」
イサミがテーブルの上にコパンドンCITYとその周辺の広域地図を広げた。イサミの指先が、東の岩山エリア――研究所のあった場所を示す。
「あの規模の破壊力を持つ『超兵器』を手に入れたんです。しかもそれを使える手練れの戦力まで揃っている。……もし奴らが、あの装飾剣を持った重鎧を先頭にして、今すぐこのコパンドンCITYへ侵攻してきたらどうなります?」
イサミの問いかけに、ガッツが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……どうなるもこうなるもあるか。街の防壁なんてあの一閃で数箇所砕かれて、警備隊はパニックだ。俺やルーシーが出張ったところで、近づく前にその黄金の斬撃で吹き飛ばされるのが落ちだな」
「そうなんです。街まで追われて、正面から暴れられたら……僕たちには防ぐ術がありません。……ですが、現実に奴らは街に来ていない。僕たちが満身創痍で脱出してから数時間が経過していますが、街に警戒態勢が敷かれた様子も、奴らが追撃してきた形跡も一切ないんです」
イサミは地図のコパンドンCITYの真上に置いたポーンの駒を静かに動かした。
「なぜか? そもそも『街中で暴れられる条件や戦力』が、まだ完全に揃っていないからではないでしょうか?」
「条件……?」
クロエが首を傾げた。
「例えば……そうですね、あの武器の『反動』や『使用コスト』です」
イサミは顎に手を当て、思考を巡らせる。
「あの凄まじい光と爆発的な力。どれだけ強力な武器であれ、無制限に無リスクで撃てるはずがありません。森の素人が使った時は一発で腰を抜かして逃げ出しました。今日の重鎧も、あの一撃を放った後、すぐに追撃に移るのではなく、どこか体勢を整えるようなタメの時間がありました。……もしかすると、あの剣は使用者の魔力や生命力を異常な速度で吸い上げるか、あるいは再装填に莫大な時間を要するのではないでしょうか?」
「なるほどねぇ……」
ルーシーが顎を触りながら頷いた。
「一発の威力が大きすぎるがゆえに、連発が効かない。もし街の中で一発撃って、防衛戦力を削りきれなかった場合、無防備な隙を晒すことになる……。だから安易に街へは出撃できない、と」
「それだけではありませんわ」
メルティが冷ややかな視線で地図の研究所の場所を指した。
「あそこは『研究所』でしたわ。単なるアジトではなく、無数のフラスコや禁忌薬品、魔物の解剖組織が並んでいた……。つまり奴らは、あの装飾剣を奪って満足しているのではなく、あの剣の性能を『解析』し、あるいは『複製・増幅』しようとしている最中だったのではなくて?」
「複製……! あんな壊れ武器を複製なんてされたら、本当に世界が終わるよぉ〜っ!」
ココが悲鳴を上げた。
「ですが、それが一番しっくりきます」
イサミの瞳が冴え渡る。
「複製とまではいかなくても、あの剣の出力を安定させるための『制御装置』か『触媒』を精製していた最中だった……。だからこそ、未完成の段階で街に出て暴れるわけにはいかない。戦力がまだ整っていないんです」
「ーーーー。ねえ、もうひとつ可能性があるんじゃない?」
今まで静かに話を聞いていたクロエが、腕を組んで思案顔で言った。
「そもそも……あいつらにとって、このコパンドンCITYを攻撃する『理由』自体が、今はないんじゃないの?」
「理由がない……ですか?」
イサミが聞き返す。
「そうよ。あいつら組織の目的ってなちなの? あたしたちのホームを荒らして、のんちゃんが大事にしてたお供え物の剣を奪っていった。あいつらにとっての目的は『あの剣を手に入れること』そのものだったんじゃないの? 街を滅ぼすこと自体が目的じゃないなら、わざわざリスクを侵してまで街に攻め込んでくる理由がないわ」
「一理ありますね……」
ルーシーが同意するように頷く。
「過激な組織だけど、意味のない破壊活動をするようなバカじゃない。彼らの真の目的が別の場所にあるなら、あの装飾剣を手に入れた今、拠点を隠蔽して目的の準備を進める方が合理的よ」
「……あるいは」
ガッツが重々しい声で割り込んだ。ガッツの眼光は、洞窟のさらに奥――岩山地帯の深部を鋭く見据えていた。
「奴ら自身も、うかつに動き回れない『別の脅威』と隣り合わせだからじゃないか?」
「別の脅威……?」
イサミの眉が跳ね上がった。
「東の岩山地帯……あそこは昔から『黒竜の爪痕』と呼ばれ、人里離れた危険な古代遺跡や、凶悪な上級魔物の巣窟が存在する場所だ。街の冒険者ギルドだって、あそこへの立ち入りはSランク以外禁止にしている」
ガッツは大剣の柄をドンと床に突いた。
「奴らが潜んでいるあの洞窟のさらに奥……もしも奴らの手にすら負えない古代の封印都市や、目覚めかけた巨大な魔物、あるいは奴らと敵対する別の闇組織が存在していたらどうだ? 奴らが装飾剣を研究所に持ち込んだのは、街を襲うためじゃなく……自分たちの拠点のすぐ側に迫っている『そいつ』を排除するための戦力として解析していたとしたら?」
ガッツの推測に、リビングの空気が一層冷え込んだ。
「自分たちの手に負えない脅威があるからこそ、洞窟の奥に引きこもって剣の力を分析せざるを得ない……。確かに、それならあの手練れの剣士が街まで追撃してこなかった理由の説明がつきます」
イサミは顎に手を当て、頭の中でパズルのピースを繋ぎ合わせていく。
技術・戦力不足説:剣の反動や再装填のリスクがあり、街を制圧するほどの連続使用ができない。
解析・調整中説:研究所で剣の制御装置や調整を行っており、まだ完成していない。
目的不一致説:そもそも街の破壊が目的ではなく、剣の確保だけで目的が達成されている。
外部脅威説:岩山地帯の奥に存在する別の脅威に対抗するため、拠点を動かせない。
「どれかひとつ……あるいは、これら複数の理由が重なっている可能性が高いですね」
イサミは地図をパタンと折りたたんだ。
「いずれにせよ……敵が『今すぐ街に攻めてこない』ということは、僕たちにほんのわずかな『準備の時間』が残されたということです」
ーーーーー時刻は深夜二時を回った頃。
「よし、今夜はここまでだ」
ガッツが大きな体を揺らして立ち上がった。
「怪我人どもはさっさと寝ろ。イサミ、お前も今夜はここに泊まっていけ。こんな時間に怪我をしたまま一人で街の宿へ帰せるか」
「……すみません、お言葉に甘えさせていただきます。……いいですか?エリスお姉さん」
イサミは苦笑いを浮かべながら頭を下げた。
「もちろんですよ。みんな、お部屋のベッドは手配してありますわ。今日はゆっくり身体を休めてくださいね」
エリスが温かい手拭いと、予備の枕を運んできてくれた。
その優しい笑みに、全員の張り詰めていた心がほんの少しだけ解けていく。
「エリスお姉さん……ごめんなさい。のんちゃんの大切な剣……取り戻せなかった……」
ココがエリスの腰に抱きつき、ポロポロと涙をこぼした。今日の恐怖と、悔しさが一気にあふれ出したのだ。
「いいのよ、ココちゃん。……みんながこうして生きて帰ってきてくれた。それだけで、私は……のんちゃんも、何より嬉しいんですから。剣はまた……みんなで強くなって、取り戻せばいいんです」
エリスはココの頭を優しく撫で、抱きしめた。
一人、また一人と、あてがわれた部屋へと戻っていく。
客間に入ったメルティは、月明かりが差し込む窓辺に立ち、自分の細剣をそっと鞘から抜いた。美しい銀色の刃が、夜光を浴びて冷ややかに輝く。
「……道具の性能……圧倒的な力……」
メルティは細剣をじっと見つめ、小さく拳を握りしめた。
「ですが……私は負けませんわ。どれほど強力な剣があろうと、それを使う者の心が貧しく、技量が歪んでいるならば……必ずや破綻が訪れる。私の細剣術は……仲間を守るためのものですの。……次は、絶対に負けませんわ」
メルティの真ん丸な瞳に、悔しさを通り越した静かで苛烈な闘志が宿っていた。
隣の部屋では、クロエが大の字になって天井を見上げていた。包帯が巻かれた腕が微かに痛む。
「……強くなんなきゃな」
クロエはつぶやいた。
「一撃で吹き飛ばされるような生半可な剣じゃ、仲間一人守れやしない。……あの重鎧の構え、無駄がなさすぎた。だけど……絶対に攻略の隙はあるはずだ。あたしの野性と、イサミの頭脳があれば……絶対に、斬り伏せてやる」
そして、一階のリビングに残ったイサミは、ソファに腰掛け、窓から見える暗い東の空を見つめていた。
膝の上には、自身が手帳に書き留めた無数の「道具の組み合わせ」と「敵の行動パターンのメモ」が開かれている。
(あの一撃を集束させる踏み込み……発射までのコンマ数秒のラグ……有毒ガスと麻痺毒に対する重鎧の反応……)
イサミの頭の中では、すでに次なる戦いのシミュレーションが始まっていた。
「……僕のビジネスが上がったりですよ」
イサミは自嘲気味に呟きながら、メモ帳に新しいガジェットの設計図を描き始めた。
「……次は、ただ逃げるための仕掛けじゃない。あの『ぶっ壊れ武器』の概念そのものを叩き潰すための……特別な道具を用意させてもらいますよ、皆さん」
それぞれの胸に、敗北の悔しさと、次なる戦いへの誓いを秘めて。
長い夜は、静かに更けていくのであった。
♢