リピーターの罠
コパンドンCITYを包む夕暮れの街並み。
赤銅色に染まる石畳の上を、三つの影が長々と伸びていた。
「はぁ〜……! 今日も無事に生きて帰ってこられたぁ……!」
へたり込むような声を上げたのは、大きな魔法帽を目深にかぶった少女——ココだ。
その手には相変わらず体躯に見合わない巨大な木製スタッフが握られているが、その表情には、初めてイサミの『出張道具屋』を利用した時の青ざめたパニックの気配は微塵もなかった。
「ちょっとココ、街に入った途端に気を抜きすぎでしょ。……まあ、でも、今回の討伐は拍子抜けするくらいスムーズだったわね」
隣を歩く赤毛のショートカットの剣士——クロエが、腰の小剣を軽く叩きながらふっと息を吐く。
引き締まった革鎧に目立った傷はなく、その動きには新人特有のぎこちなさが消え、うっすらと中堅冒険者らしい洗練された余裕すら漂っていた。
「そりゃそうですよ〜! お二人の連携がどんどん完璧になってる証拠です! いやぁ、素晴らしい! 素晴らしい成長ぶりですねぇ〜っ!」
二人の斜め後ろから、パチンと派手に手拍子を叩きながら歩み寄ってきたのは、もちろんイサミだ。
背中には自分ほどもある巨大なリュックサック。相変わらずお茶目でチャラい笑みを浮かべ、少年らしい軽快な歩調で二人に追いつく。
「……なによ、白々しい。あんたが後ろで怪しいポーションをチラつかせながらニヤニヤ見てたから、使わずに済むなら意地でも使わないでおこうって二人で必死だったのよ!」
クロエが不機嫌そうに唇を尖らせ、ジト目でイサミを睨みつける。
「えぇ〜っ!? ひどいなぁお姉さん! 僕はただ、お二人の美しく華麗な戦闘シーンを特等席で見惚れていただけですよ〜? ウインクの一つでも飛ばしたいくらいでした!」
「はいはい、ウインクは結構! それより精算でしょ、精算! さっさとソロバン弾きなさいよ!」
クロエがバシッと腰に手を当てて言い放つ。
「はーい、喜んで〜!」
イサミは慣れた手つきで背中のリュックから木製のソロバンを取り出すと、ジャラ……と一度だけ珠を弾いた。
その動きは素早く、かつ無駄がない。
「ええと〜、本日のダンジョンにおきまして、ご利用いただいたアイテムは……
ココさんご要望の『軽度の魔力回復薬(小)』が1本!
増してクロエさんが靴底の滑り止めに使用した『粘着性の微粉末』が1袋!
以上となりますっ!」
「……それだけ?」
ココが目を丸くしてパチクリとさせる。
「はいっ! それだけです!
というわけで、出張手数料1.45倍(リピーター割引)を適用いたしまして〜……
合計で、大銀貨2枚と銅貨5枚になりますっ!」
「よし、払った! ほら、大銀貨3枚! おつりは取っておきなさい!」
クロエが胸を張り、チャリンと銀貨をイサミの手元に放り投げた。
まるで「どうだ、参ったか!」と言わんばかりの誇らしげなドヤ顔である。
「わぁ〜! お姉さん太っ腹〜! おつりチップ、ありがたくいただきまーす!」
イサミはお茶目に頭を下げ、銀貨を懐に収めた。
一見すると、いつものような賑やかで和やかな顧客との商談成立の風景。
クロエもココも、「今回はイサミの足元を見る商法に勝った」という満足感に満ちた表情で、晴れ晴れとギルドの方へと歩いていく。
「それじゃね、イサミ! また次の依頼の時もよろしく!」
「イサミさん、ありがとうございました〜!」
手を振って去っていく二人の背中。
それを……イサミは、無言で見送っていた。
パタン。
二人が見えなくなった瞬間。
イサミの顔から、一瞬にしてチャラチャラとした愛嬌の仮面が剥げ落ちた。
「……はぁ」
夕闇の路地裏。
イサミの口から漏れたのは、普段の彼からは想像もつかない、冷ややかで重度の「計算」に満ちた溜息だった。
瞳からお茶目な光が消え、底知れぬ静けさと冷徹な現実感が宿る。
(……大銀貨2枚と銅貨5枚。チップ込みでも大銀貨3枚……。仕入れ値と、一日僕が拘束された労力(人件費)を差し引いたら……純利益は銅貨数十枚レベル。……完全な赤字ラインではありませんが、事業としては『失敗(ボランティア)』の領域ですねぇ)
イサミは無感情な手つきで懐から革の手帳を取り出し、本日の収支をカリカリと書き込んだ。
数字は嘘をつかない。
いくら「リピーター」として良好な関係を築けていても、肝心の**「顧客単価」**がここまで下がってしまっては、ビジネスとして成り立たないのだ。
(さて……困りましたねぇ)
イサミはリュックを石畳にドカリと下ろし、その上に浅く腰掛けた。
両手をあごの下で組み、路地裏の薄暗がりの中で思考を巡らせる。
母親——あの徹底的かつ冷酷なまでに「合理的な現実」を叩き込んできた身内(師)の言葉が、脳裏で静かに再生される。
『いいですかイサミ。商売において「リピーター」を得られたからといって安心するのが、一番の素人なのですよ。……顧客は慣れます。慣れた顧客は知識をつけ、無駄を削り、自分たちでリスクを管理し始めますわ。結果として、最初は都合の良いお客様だった方が、あっという間に「お金を落とさないシビアなお客様」に化けてしまうのです』
(まったく……母さんの仰った通りになりましたねぇ)
イサミは自嘲気味に口角を上げた。
今回のクロエとココの変化は、まさにそれだった。
ダンジョンの恐怖と重い荷物(予備の予備のポーション)でパニック。
「手ぶら」という甘い蜜に飛びつき、足元を見た1.5倍の価格設定でも高価なバフ薬や特効薬を飛ぶように消費した。
それが
回数をこなしたことで、ダンジョンの構造と自分の適正量を把握。
「軽い解毒薬」や「絆創膏程度の手当用品」など、重さも手間のうちに入らない基本アイテムは、自分たちで街の薬屋で定価で購入し、小さなポーチに入れて持ち込むようになった。
イサミに頼むのは、「万が一の保険」としての高価なアイテムだけ。しかし、戦闘技術が向上したため、その「万が一」すら発生しなくなっている。
つまり——
「完全に手ぶらではなくなった」のだ。
「手ぶら」という圧倒的な利便性の価値が、彼女たちの慣れと成長によって薄れてしまった。
重さ数十グラムの解毒ポーションくらいなら、自分たちで持った方が安上がりに決まっている。冒険者として当然の学習であり、成長だ。
だが、出張道具屋であるイサミからしてみれば……**「顧客が賢くなって、お金を落とさなくなった」**という最悪の展開だった。
(毎回同じやり方、同じ「手ぶら出張道具屋」という売り文句だけでは……絶対にダメですねぇ)
イサミは静かに天井を見上げた。
ガッツとルーシーのような上位冒険者は、一回の単価こそデカいが、頻度が少ない。
クロエとココのような頻度の高い顧客は、慣れると単価が極限まで下がる。
このままでは、ただ「荷物を背負って冒険者の後ろをついて歩く、お人好しの便利屋さん」に成り下がってしまう。
それは、イサミのプライドにとっても、彼の目指す「圧倒的利益と効率的な不労所得の構築」にとっても、絶対に許容できない事態だった。
(考える……今日は徹底的に、ビジネスモデルの再構築を考える一日にしましょう)
◆
街の灯りがひとつ、またひとつと点灯し始める頃。
イサミはコパンドンCITYの安宿の自室に戻っていた。
木造の簡素な部屋。
テーブルの上には、ランプの淡い光に照らされた数冊のノートと、仕入れ値が細かく書かれた台帳、そしてイサミの愛用するソロバンが置かれている。
イサミは上着を脱ぎ捨て、腕まくりをすると、テーブルに向かってドカッと座り直した。
いつものチャラい態度は微塵もない。
鋭い眼光が、ノートに並ぶ数字の列を睨みつけている。
「……さて。現状の課題を整理しましょう」
イサミはペンを手に取り、羊皮紙に素早く書き出していった。
【課題1:顧客の「自立」による単価下落】
理由:回数をこなすことで、冒険者が「必要な最低限の荷物」を自分で管理できるようになる。
結果:イサミからの購入は「緊急時の保険」のみとなり、日常的な消費アイテムの売上が激減する。
【課題2:「手ぶら」という価値の陳腐化】
理由:重い荷物から解放される快感は、最初の1〜2回で慣れてしまう。
結果:1.45〜1.5倍という高価格設定に対する「心理的抵抗」が復活し、消費を渋るようになる。
【課題3:人件費(イサミの拘束時間)に対するリターン率の低さ】
理由:1日中ダンジョンに同行して、得られた純利益が「大銀貨数枚」では、道具屋としての時間効率が最悪。
「ふぅむ……」
書き出した文字を眺めながら、イサミはトントンとペン尻で額を叩いた。
(問題の本質は明白です。僕が提供しているのが『ただの現地ポーション売り』になっている点にある)
ポーションや消耗品は、どこでも買える。
いくら現地で即座に手に入るとはいえ、使わなければ1円にもならない。
(母さんなら……こういう時、どうなさるでしょう?)
脳裏に、あの優雅で丁寧な微笑みを絶やさず、しかし冷酷に相手の財布を空にしてきた母親の姿が浮かぶ。
『いいですかイサミ。お客様がモノを買わないのはですね、お客様が欲しいと思う「理由」を、こちらが創り出していないからですのよ』
『ただ喉が渇いた方に水を売るのは三流です。二流は喉が渇きそうな場所へ連れて行って水を売ります。……では、一流は何をするかわなりますか?』
『——水を使わなければ「損をする」「死ぬほど損をした気分になる」という仕組みそのものを、お売りするのですよ』
「……仕組み(システム)の販売」
イサミの口から、ポツリと呟きが漏れた。
瞳の奥に、怪しい光が宿り始める。
「そうか……ただアイテムを『売る』からダメなんです。現地で『使わせる』、あるいは『使わなければ損をする』と思わせる仕掛けが必要なんだ」
イサミは猛然とペンを走らせ始めた。
(例えば……『サブスクリプション(定額保証制度)』の導入はどうか?)
1回の同行につき、事前に「固定出張費(例:金貨1枚)」をいただく。
その代わり、現地での基本ポーション代金は「街の定価」で提供する。
あるいは、一定数までのポーション消費を無料にする「パック料金プラン」の提示。
(……いや、ダメですね)
イサミは速攻でその案に赤線を引いた。
(定額制にすると、リスクがこちらに偏る。クロエさんたちが「元を取ろう」として、無駄にポーションをがぶ飲みしたり、危険な立ち回りをし始める危険性がある。僕の求める『安全かつ高利益』から遠ざかる)
「じゃあ……別の方向性……」
イサミはソロバンをジャラジャラと叩く。
(『専属契約とセット売り(バンドル販売)』はどうか?)
単品売りではなく、「初級ダンジョン攻略パーフェクトセット」として、事前購入を義務付ける。
使わなかった分は「半額で引き取る」という買い取り保証をつける。
(……惜しいですが、これだと『手ぶら』のコンセプトと矛盾しますね。事前購入させた時点で、顧客に心理的・物理的な負担がかかる)
夜は深まっていく。
ランプの油がバチバチと音を立てて爆ぜる中、イサミは頭を抱え、何度も書いては消し、計算し直した。
思考の海に深く深く潜り込む。
(そもそも……なぜ僕は『歩く道具屋』をやっているのか?)
(ただの金儲け? いや、もちろん金は大好きですが、それ以上に『圧倒的な優位性(マウント)』を持って、安全な場所から戦況を支配し、対価を根こそぎ奪い取る……そのプロセスの快感があるからだ)
クロエとココ。
二人は成長している。それは素晴らしいことだ。顧客が生きて成長しなければ、長期的利益は生まれない。
だが、彼女たちが「初級冒険者」から「中級冒険者」へステップアップしようとしている今、提供すべきは**「初級用のポーション」ではない**はずだ。
(……あ)
イサミの指が、ぴたりと止まった。
「そうか……! ターゲットの『段階(ステージ)』が変わったんだ……!」
イサミは目を見開いた。
クロエとココは、もう「スライムに怯える初心者」ではない。
自分たちでアイテムを持ち込み、効率よく立ち回ろうとする「欲」と「計算」が芽生えた中級者の入り口に立っている。
ならば、彼女たちに売るべきは「生き残るための回復薬」ではない。
**「もっと上のランクへ駆け上がるための、圧倒的な『ドーピング(時間短縮アイテム)』」**だ!
(自分で回復薬を持ってくるなら、持って来させればいい! その代わり、自分たちでは絶対に手に入らない『高級バフ薬品』『特殊な属性付与オイル』『狩り効率を3倍にする誘引香』……そういった**【成長を爆発的に加速させる高付加価値アイテム】**を提案するんだ!)
「手ぶらで安心」は、初心者向けの売り文句。
中級者以上に向けるべき新しい売り文句は——「手ぶらで『高速レベルアップ』」!
「これだ……!」
イサミの口角が、ニヒッと大きく吊り上がった。
チャラい少年の顔ではない。
完全にターゲットの心理を読み切り、新たな搾取構造(ビジネスモデル)を思いついた、冷徹なまでの商人の顔だ。
(自前のポーションでチマチマ回復して1日1層ずつ進むのと、僕の特殊オイルを使って1日で3層一気に踏破して、Bランクの高級素材を回収するの……どっちが得か? 二人にそれを提示すれば……絶対に乗ってくる!)
イサミの頭の中で、ソロバンの珠が高速で弾け飛ぶ音(イメージ)が響き渡る。
単価が下がったなら、より高い単価の「新商品(ソリューション)」を開発し、顧客のステージに合わせて売り込む。
これこそが、母親から叩き込まれた「停滞を許さない商売の基本」だった。
「ふふふ……あはははっ!」
イサミは声をあげて笑った。
「素晴らしい……! 顧客の成長すらも、次の高額商品へ誘導するための『布石』にできる! やっぱりビジネスはこうでなくっちゃねぇ!」
深夜の自室で、イサミはお茶目にウインクを一発飛ばすと、新しい商品開発と提案プランの書き込みに没頭し始めた。
◆
翌朝。
雲ひとつない爽やかな秋晴れの空。
コパンドンCITYの噴水広場は、朝早くから行き交う冒険者や商人たちで活気に満ち溢れていた。
「ふぁぁ……あ。おはよう、クロエちゃん」
「おはようココ。眠そうね、夕べ遅くまで魔法の練習でもしてたの?」
「うん……新しい風魔法の構築がうまく行かなくて……」
目をこすりながらギルドへ向かって歩くクロエとココ。
二人は今日もダンジョンへ潜る予定だった。自分たちで準備した最低限のポーションが入った小ポーチを腰に下げ、足取りは軽い。
「今日もイサミを呼ぶ?」
「うーん……今日は簡単な浅層の採集クエストだし、自前ので足りそうだし、呼ばなくてもいいんじゃない? 出張料払うのも勿体無いし」
「そうね。あのガキに無駄なお金払うのも悔しいし、今日は二人で行きましょ」
二人がそんな会話を交わしながら、ギルドの階段を上ろうとした——その時。
「やぁやぁお二人さん! おはようございまーすっ!」
パッと物陰から飛び出してきたのは、輝くばかりの笑顔を浮かべたイサミだった!
背中には巨大なリュック。
しかし、今日のイサミの雰囲気は、昨日までとどこか違っていた。全身から「自信」と「怪しい魅力」が溢れ出ている。
「げっ……イサミ!?」
「い、イサミさん……! お、おはようございます……!」
クロエが嫌そうに顔をしかめ、ココが小さく跳ねる。
「ふふふ、お姉さんたち、今『今日はイサミを呼ばなくてもいいか』なんて言っていませんでした〜?」
「聞こえてたの!? だったら悪かったわね! 今日のあたしたちは絶好調で、自前のポーションもあるから、あんたの出番はないのよ! さあシッシッ、他のお客を探しなさい!」
クロエが追い払うように手を振る。
昨日までのイサミなら、「えぇ〜冷たいなぁ!」とおどけて見せるところだ。
だが、今日のイサミは違った。
イサミはお茶目に人差し指をチチチと振ると、フッと悪戯っぽい、どこか挑発的な笑みを浮かべたのだ。
「お姉さん……本当にそれで満足なんですか〜?」
「……ハ?」
クロエが眉をひそめる。
イサミはすっと二人の距離を詰めると、ヒソヒソ声で、二人にしか聞こえないトーンで囁きかけた。
「お二人とも、もうすぐ『Cランク昇格試験』の条件を満たしそうですよねぇ? いつまでも初級ダンジョンの浅層で、ちまちま薬草を採って銅貨を稼ぐ毎日に……飽き飽きしていませんか?」
「っ……!?」
ココが息を呑んだ。
クロエの目が、鋭く見開かれる。
まさに二人が昨夜、密かに悩んでいたどん詰まりの現状——それを、完璧に言い当てられたからだ。
「な、なによ……あんたに何が分かるのよ……」
「分かりますよ〜。だって僕は、お二人の一番の『パートナー』ですから!」
イサミは胸を張り、ニカッと眩しい笑顔を向けた。
そして、懐から一本の見たこともない「黄金色に輝く小瓶」を取り出し、二人の目の前にかざしてみせた。
「自前のポーションで安全に帰ってくる……そんなの、今の実力なら当たり前です。ですが! この僕の新作『特製・魔導加速オイル』と『経験値アップの誘引香』を使えば……今日の1日で、一気に中層のボスを倒してCランクへの道が開けるとしたら……どうしますか〜?」
黄金の小瓶が、朝日に反射して妖しく光る。
クロエとココは、生唾を飲み込んだ。
「ち、Cランク……!?」
「一気に……中層のボスを……!?」
イサミの瞳の奥で、ちゃっかりとした「¥」の輝きが、昨日以上の強さでギラリと閃いた。
(フフフ……かかりましたねぇ! 顧客が成長したなら、その成長に合わせた『より高額な夢(商品)』を売ればいい! これぞ歩く道具屋イサミの、真のビジネスですよ!)
イサミはお茶目にウインクを一発飛ばすと、ニヒッと悪戯っぽく笑った。
「さぁさぁお二人さん! 手ぶらで過ごす平和な一日か、それとも僕と一緒に『Cランクへ爆速で駆け上がる特別な一日』か……どちらを選びますか〜!?」
「っ……! ぐ、ぬぬぬ……!」
クロエは悔しそうに顔を歪め、隣のココと視線を交わした。
ココはすっかり夢見がちな目で、コクコクと激しく首を縦に振っている。
「……分かったわよ! 乗るわ、その話!! 今日で一気に中層ボスを叩き潰して、Cランクへの足がかりにしてやるんだから!」
「決まりですねっ! 毎度ありでーす!」
イサミはお茶目に敬礼してみせた。
(よしよし、高額な特製オイルと誘引香のセット販売、見事に成立です! これで今日の利益もガッポリ……ふふふ)
クロエとココが意気揚々とギルドの受託窓口へ向かって走っていく背中を見送りながら、イサミは巨大なリュックをポンポンと軽く叩いた。
だが——
イサミの思考は、すでにそのさらに先、恐ろしいほど先を見据えたビジネスへと巡っていた。
(……ふむ。今回のように彼女たちが成長してランクが上がれば、いずれ扱う素材も高価になり、装備や予備の道具も増えて……安宿の狭い部屋じゃ足の踏み場もなくなりますねぇ)
イサミの瞳が、チラリとコパンドンCITYの大通り沿いに立ち並ぶ、冒険者向けの古い貸し店舗や一軒家の並ぶ区画へと向けられる。
(どこかのタイミングで……彼女たち自身に、家賃や購入費を払わせて**『クロエたちのパーティ拠点(クランハウス)』**を作らせるのも手ですねぇ)
母親の教えが、脳裏をかすめる。
『イサミ。一番賢い商人はね、自分で店を建てるのではなく、お客様に自分たちの居場所を創らせるんです。固定費や所有のリスクは全てお客様に負わせ、自分はそこに「専属の出入り業者」として居座る……これほど安全で美味しい囲い込みはありません』
(そうそう! クロエさんたちが気合いを入れて「自分たちの城(拠点)」を持てば、居場所が固定されて僕の得意客から離れなくなる。おまけに『拠点の備品』や『防犯用の魔導具』『大型の保管庫』まで、僕から高額で買い揃えてくれるはず! ……ふふっ、僕の専用の卸売先として最高じゃないですか!)
自分が金を出すのではなく、彼女たちを稼がせて、彼女たちの金で拠点を作らせる。
イサミはそのための「資金源となる高額クエスト」と「専用道具」をセットで提供し続ければいいのだ。
(そのためにも、まずは今日のダンジョンでたっぷり稼いでもらって、拠点購入の夢(ローン)へ向けて一歩踏み出してもらいましょうかねぇ〜?)
イサミはお茶目に片目を瞑り、チャリンとポケットの中で銀貨を鳴らした。
「さあて! それじゃあ爆速Cランク昇格ツアー、張り切って出発するとしますか〜!」
まんまとイサミの新しい提案(と、将来の巨大な借金計画)に毒されていくクロエとココを引き連れ、イサミの「歩く道具屋」としてのビジネスは、新たな野望を秘めてさらなる進化を遂げていくのだった。