※この作品はR-18です。

イサミクエスト マックシム   作:勇者パンスト

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研究所へ⑥

 

 

――光と視界が、凄まじい速度で反転していく。

 

 

 

 

上下左右の感覚が掻き散らされ、無重力の虚無から凄絶な現実の質量へと、魂が叩き落されるような強烈なショックが二人を襲った。

 

 

 

「くっ……っ!!」

 

 

 

イサミは膝を折りそうになる足を、死に物狂いで石床へ叩きつけた。

 

鼻腔を衝くのは、先ほどまで漂っていた静謐な燐光の香りなどではない。

 

 

 

焦げ付いた鉄の臭い、高濃度の毒性が交じる湿った蒸気、そして壊れた九本の円筒容器からダラダラと溢れ出る、ドクドクと脈打つ怪しい培養液の生温かい臭気――。

 

 

 

 

そこは、あの地下ホールだった。

 

 

 

「……あ……」

 

 

 

隣で息を飲んだのはプリモだった。

 

 

彼女の指先は、今しがたまでイサミと深く絡め合っていた感触を名残惜しむように、微かに滞空して、それから引き結ぶように細剣の柄へと滑り落ちた。

 

 

 

 

二人が立ち尽くすその眼前にそびえ立っていたのは――漆黒の巨大な重鎧。組織『シン』の冷酷な刺客。

 

 

 

 

石床には、重鎧が力任せに突き立てた『装飾剣』を中心に、黒紫色の禍々しい幾何学模様――『強制注入の陣』が、不気味な脈動を打ったまま展開されていた。

 

 

 

 

イサミの胸の鼓動は早鐘のように打っていた。

 

 

 

 

何十分、いや何時間にも感じられたあの「光の回廊」での記憶の旅。

 

緑髪の青年ナクト、オレンジ髪の少女羽澄、激しい死闘、深海のような絶望と愛おしさ、そして壊れた館での敗北と魂の解放――。

 

 

 

 

二つの人生の記憶を統合し、涙を流してイサミの胸で誓いを立てたプリモの体温が、まだイサミの腕に、胸に、鮮烈な残り火となって残っている。

 

 

 

 

 

(戻って……きたんだ……! あの絶望の地下ホールに……っ!)

 

 

 

 

イサミは咄嗟に身構え、多機能ベルトの薬剤ホルダーと腰の『短剣』を手探りで確かめた。

 

 

だが、次の瞬間――イサミとプリモの二人は、周囲の異様な空気感に強い違和感を抱くことになる。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

イサミが絶句した。

 

遠くで大弓を構えるミラの、引き絞った弦の微かな擦れ音。

 

大剣を担ぎ直し、今にも踏み出そうと身体を沈めているクロエの額から落ちる、一滴の汗。

 

 

 

 

「ひやぁぁぁっ!」と悲鳴を上げたまま、魔法障壁を必死に支えているココの小さな背中。

 

 

 

 

涙目で薬瓶を握りしめるムラサキの、凍りついたような呼吸。

 

彼女たちの表情、体勢、視線――そのすべてが、イサミとプリモが暴走する魔法陣に呑み込まれた「あの瞬間」のまま、何一つ変わっていなかったのだ。

 

 

 

 

 

「イサミっ!? プリモ―――っ!?」

 

 

 

 

クロエの叫び声が響く。

 

それは、二人が魔法陣の渦に呑み込まれて姿を消した(ように見えた)瞬間の悲鳴そのものだった。

 

 

 

 

 

「……え? クロエ……さん……?」

 

 

 

 

 

イサミは思わず声を漏らした。

 

クロエは目を丸くし、大剣を構えた姿勢のまま、イサミとプリモを交互に二度見した。

 

 

 

 

「な、なに……!? い、今、一瞬光が爆発して、あんたら二人の姿が掻き消えたように見えたんだけど……!?」

 

「ひ、ひえぇぇぇっ!? イサミくん!? プリモさん!? 無事だったの!? どこ行ってたの……っていうか、行ってないの!?」

 

 

 

 

ココが目を白黒させながら杖を振り回す。

 

遠くで鋭い視線を送っていたミラすらも、一瞬だけ弓を射る眉根を寄せ、眉間にしわを寄せた。

 

 

 

 

「……一瞬よ。ほんのコンマ数秒……魔法陣の光が異常突起を起こし、二人の姿が視界からブレた。……だが、空間座標の移動は確認できない」

 

「……一瞬……?」

 

 

 

 

プリモが可憐な声で潰やいた。紫水晶の瞳が、驚きに大きく見開かれる。

 

 

 

(あんなに長い時間……いくつもの回想を辿り、過去の絶望と決着をつけ……イサミに抱きしめられて、あんなに泣いたのに……!?)

 

 

 

プリモの頬が、一瞬だけあどけなく赤く染まりかけたが、彼女は即座に首を振って思考を切り替えた。

 

イサミもまた、ちゃっかりとした商人としての脳内スパンをフル回転させ、状況を瞬時に理解した。

 

 

 

 

(そうか……! あれは肉体そのものが遠くへ飛ばされたんじゃない。あの『強制注入の陣』が過負荷を起こした瞬間、重鎧の意図とは異なる『精神と記憶の超高速接続』が起きたんだ……! 僕たちの主観では数時間でも、現実の世界ではほんの「一瞬」の出来事だったんだ……!)

 

 

 

 

つまり――仲間たちにとっては、イサミとプリモが過負荷を狙って重鎧の至近距離へ飛び込み、魔法陣が眩しく弾けた「まさにそのコンマ数秒の出来事」に過ぎなかったのだ。

 

そして――それは、目の前に立つ『重鎧』にとっても同じだった。

 

 

 

 

『………………?』

 

 

 

 

兜の底なしの暗闇の奥で、紅蓮の双眸が不気味に明滅した。

 

重鎧の全身を覆う漆黒の装甲から、ギシ……ギシ……と関節が軋む金属音が漏れ出す。

 

重鎧は、完璧な精密機械だった。

 

 

冷徹な詰将棋のように計算を重ね、感情を挟まず、最も安全で確実な選択肢だけを選び取ってきた絶対安全趣向の怪物。

 

その重鎧の脳内計算(演算回路)の中で、今、最大級の「エラー」が弾け跳んでいた。

 

 

 

 

『……狂ったか……? 演算が……合わぬ……』

 

 

 

 

重鎧の手から発せられるノイズ混じりの声が、地下ホール全体に低く響く。

 

 

 

 

重鎧の本来の目的。

 

 

 

それは、失敗作たちの残滓から【シン・ビルニー】の人格データを煮詰め、抽出し、復活、または蘇生させること。

 

 

 

そして、今その過剰な怨念の過負荷によって、失敗作の中に眠る記憶と力を「強制的に引き出し」、組織『シン』が求め続けた完全なる触媒として自身を依代にして覚醒・復活させるはずだったのだ。

 

 

 

 

しかし――。

 

 

 

 

重鎧の兜の奥で、禍々しい紅蓮の光が激しく明滅する。

 

 

 

 

 

(……反応がない……!? なぜだ……!? 『記憶の封印』は破られぬ!? なぜ覚醒の兆候が一切現れぬ!?)

 

 

 

 

重鎧には、理解ができなかった。

 

 

 

どういう訳か。

イサミとプリモが、一瞬の時空の歪みの中で「記憶の回廊」を巡り、過負荷をすべて二人の魂の絆で受け止め、克服し、完全に消化して戻ってきたことなど――重鎧の冷酷な計算式のどこにも存在しない解だったのだ。

 

 

 

 

『……失敗……か』

 

 

 

重鎧の声から、温度が完全に消え失せた。

 

 

 

『……理由の解明は不要。過剰な怨念の直接注入では、封印は破れぬと証明された。……ならば、手法を変更する』

 

 

 

 

重鎧が、ゆっくりと装飾剣の柄から手を離した。

 

不気味な黒紫色の魔法陣が、シューシューと毒煙を上げながら霧散していく。

 

 

 

 

『……触媒の強度が足りぬのだ。この程度の失敗作では足りぬ。……もっと集めねばならぬ。この大陸中に転がる『失敗作』を……数百の単位で集め、一箇所に削り落として打ち直さねば……』

 

 

 

 

重鎧の冷徹な眼光が、まっ直ぐにイサミへと向けられた。

 

 

 

 

『……ゆえに。お前の持つ『短剣』は、ここで回収する。……いや、最早その短剣如きならば破壊しても構わぬ。お前たちの命を奪い……次の実験の肉床とする』

 

 

 

 

ズン……ッ!!

 

 

 

 

重鎧が一歩を踏み出した。

 

 

 

ただ一歩を踏み出しただけで、地下ホールの石畳が蜘蛛の巣状に亀裂を走らせ、空気が押し潰されるような凄まじい威圧感が解き放たれる。

 

 

重鎧は、右手をゆっくりと引き絞り始めた。

 

 

巨大な漆黒の拳。あらゆる物理打撃を無効化し、一撃で城門すら打ち砕く圧倒的な質量の暴力。

 

 

 

 

(……来る……っ!!)

 

 

 

 

クロエやパントンたちが固唾を呑み、牽制の構えを取ろうとした――その刹那!!

 

 

 

 

――シュッ。

 

 

 

 

 

誰の目にも止まらない、静かで、無駄の削ぎ落とされた「風切り音」が一つ、ホールに響いた。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

クロエが目を見張った。

 

重鎧が攻撃の踏み込みを行うため、右拳を引き絞り、関節の装甲が開く――ほんの数ミリの「構えの予備動作(予兆)」。

 

 

 

普通なら、熟練の剣士であっても見抜くことすら不可能な、攻撃が始まる前の微細な筋肉の収縮。

 

その「兆し」が表れた瞬間に――誰よりも早く、光の速度で地を蹴って疾走した影があった。

 

イサミだった。

 

 

 

 

「なっ……!? イサミくん!?」

 

 

 

 

ココが悲鳴を上げた。

 

普段なら後方に陣取り、試薬や魔導具で味方をサポートする商人美少年であるイサミが――あろうことか、前線のクロエやプリモすら置き去りにする異次元の踏み込みで、重鎧の懐へと一直線に潜り込んだのだ!

 

 

 

 

その動きには、一切の迷いがなかった。

 

ブレのない低空の滑空。重心の移動。

足の裏で地面の摩擦を捉え、最小限の力で最大の初速を生み出す体さばき――。

 

 

 

 

(これは……!!)

 

 

 

 

遠くから見ていたミラの目が、驚愕に細められた。

 

 

 

 

(……あの道具屋の足さばき……呼吸……間合いの詰め方……! まるで……!!)

 

 

 

 

そう――それは先ほどまでのイサミの動きでは断じてなかった。

 

あの「記憶の回廊」の中で、プリモ(レメディア)の幾多の死闘、数千年にわたる剣の記憶、そして何より『記憶』の闘技場でナクトを追い詰め、倒した時の絶妙極まりない剣の理――。

 

 

 

 

それらをプリモと精神を同調させて追体験したことによって、イサミの肉体と神経は、超一流の剣士の「武の極意」を感覚的に完全に学習・追体験していたのだ!

 

 

 

元々持っているイサミの速さと、流れるようなレメディアの剣の体さばきが融合した、究極の初動!

 

 

 

重鎧の冷徹な思考が、初めて「後手」へと回る。

 

 

 

 

 

(……なに……!? …動きの質が……先ほどまでと根底から異なる……!? 予備動作の段階でこちらの攻撃軌道を完全に読み切っている……!?)

 

 

 

重鎧が右拳を振り下ろそうとした、まさにその瞬間。

 

 

 

 

イサミはすでに、重鎧の右腕の死角――装甲と装甲が噛み合う関節の隙間、わずか数センチの「縫い目」の真下に滑り込んでいた。

 

 

 

 

手に握られているのは、あの青白く冷たい輝きを放つ『短剣』。

 

 

 

 

イサミは、いつもの商人顔を完全に消し去り、研ぎ澄まされた冷徹な眼光で重鎧の関節を見据えた。

 

 

 

「――構えは、とらせませんよ」

 

 

 

 

イサミが静かに呟いた。

 

 

 

ズスッ……ッ!!!!

 

 

 

 

 

鋭い打撃音とともに、イサミの手にした短剣が、重鎧の右手首の隙間――唯一防護結界の手が届かない可動部の隙間へと、正確無比に突き刺さった!

 

 

 

 

『……!? ガ……アァッ……!?』

 

 

 

 

重鎧の右腕の内部から、バチバチバチッと激しい魔力の火花が吹き出した。

 

イサミの突刺は、単なる物理打撃ではない。

 

短剣を通じて、重鎧の内部を流れる魔力動力を正確に遮断する、完璧な「経絡断ち」の一撃だったのだ!

 

 

 

 

「な……ナイス……っ!!」

 

 

 

 

クロエが剣を握りしめたまま絶叫する。

 

重鎧の右拳の溜めが完全にキャンセルされ、漆黒の巨体が大きく体勢を崩した。

 

 

 

イサミは深追いを一切せず、突刺した反動を利用して瞬時にバックステップを踏み、重鎧の間合いから完璧に離脱した。

 

その離脱の動作すら、一切の無駄がない極上の体さばきだった。

 

 

 

 

 

そして――イサミが離脱したその「瞬間」を、彼女が逃すはずがなかった。

 

 

 

「――――ハッ!」

 

 

 

 

冷たく、けれど澄み渡った美しい声が響く。

 

イサミと交差するようにして、重鎧の懐へと一直線に突き抜けたのは――プリモだった!

 

 

 

その姿は、まさに夜空を切り裂く流星。

 

 

 

 

両の記憶を統合し、迷いを振り払ったレメディア・カラーの完全なる真価。

 

 

 

彼女の手にした細剣が、イサミが短剣で突き刺し、防護結界が破れた手首の傷口へと――寸分の狂いもなく、疾風怒濤の連撃となって叩き込まれた!

 

 

 

 

 

シュシュシュシュシュシュシュッ――!!!!

 

 

 

 

 

 

一瞬の間に解き放たれた、突刺。

 

残像すら残さない可憐で苛烈な剣閃が、重鎧の右腕の装甲を内側から粉々に砕き割っていく!

 

 

 

 

『ガ……アァァァァァァッ……!?』

 

 

 

 

重鎧の兜から、初めて明確な苦悶の悲鳴が漏れた。

 

 

「今よ……全員!! 畳みかけなさい!!」

 

 

 

 

 

プリモの叫びが、地下ホール全体に力強く轟いた。

 

その声を皮切りに――絶望の淵から這い上がった七人の仲間たちが、重鎧に向かって一斉に牙を剥くのだった!

 

 

 

 

 

「乗ったぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 

 

一番手に飛び出したのは、獣のような雄叫びを上げたクロエだった!

 

 

 

 

彼女は筋肉を爆発させて石床を激しく蹴りつけた。

 

イサミとプリモが作り出した絶好の勝機――それを逃すほど、彼女は甘い戦士ではなかった。

 

 

 

 

「ズルい無敵結界が破れたんなら……あたしの出番でしょっ!! !」

 

 

 

ゴーッ……!! 大剣の刃に凄まじい火炎の魔力が宿り、朱色の軌跡を描いて振り下ろされる!

 

 

 

 

ターゲットは、プリモが削り取った重鎧の右肩の関節部!

 

 

 

 

 

 

ズガァァァァァァァァンッっ!!!!

 

 

 

 

 

凄まじい爆炎と衝撃波がホール全体を揺らした。

 

さしもの絶対安全趣向の重鎧も、右腕の防衛器官を失った状態でのクロエの渾身の一撃を防ぎきることはできず、巨体が斜め後ろへと大きく傾いた。

 

 

 

 

 

『ガ……ヌ……ッ!? 演算修正……緊急……防壁……っ』

 

 

 

 

 

重鎧が力任せに左腕を掲げ、崩れた体勢を立て直そうとする。

 

だが――その左腕の動作すら、すでに読まれていた。

 

 

 

 

「――遅い」

 

 

 

 

冷徹な一言とともに、ホールの上空から鋭い閃光が二筋、滑空してきた。

 

ミラの放った大弓の魔導矢である。

 

 

 

 

 

パキィィィン……ッ! パキィィィン……ッ!

 

 

 

 

 

矢は重鎧の左腕の肘関節と、足元の膝裏の極小の隙間へ正確無比に突き刺さった。

 

矢に込められた氷結の魔力が瞬時に弾け、重鎧の関節をガチガチに凍りつかせて動きを拘束する。

 

 

 

 

 

「よしっ! 動きが止まった! パントン、合わせて!」

 

「はいっ! これで……っ!!」

 

 

 

 

パントンが空中へ跳躍し、連発の魔法を構えた。

 

 

彼の放った何十本もの光矢が、ミラの氷結によって固定された重鎧の全身の関節部へと、雨あられのように降り注ぐ!

 

 

 

 

 

 

ドカカカカカカカカカカッ……!!

 

 

 

 

「ココも頑張るぅぅぅっ! 爆発しちゃえぇぇっ!!」

 

 

 

 

後方からココが小さな身体で杖をグルグルと回し、巨大な純白の聖なる魔力球を重鎧の頭上へと投下した。

 

 

 

 

さらにムラサキが投擲した、高濃度の魔力分解薬品のガラス瓶が重鎧の胸甲に命中して弾け、毒々しい紫色の煙とともに重鎧の装甲を急速に腐食させていく。

 

 

 

 

 

「イサミさん! 今です……っ!!」

 

 

 

 

 

ムラサキが叫んだ。

 

全員の全霊の攻撃が、寸分の狂いもなく交差する。

 

先ほどまで『絶対安全圏』に守られ、嘲笑うかのように立ち塞がっていた重鎧は、今や七人の完璧な連携によって、逃げ場も防ぎようもない「完全なる詰み」へと追い詰められていた。

 

 

 

 

重鎧の兜の奥で、最後の不気味な光が歪む。

 

 

 

 

(……あり得ぬ……。この七人の……連携の密度……先ほどまでとレベルが違う……! なぜだ……なぜあの道具屋と細剣使いが変わってから……全体の戦術精度が跳ね上がっている……!?)

 

 

 

 

重鎧には死ぬまで理解できないだろう。

 

イサミとプリモが繋いだ手を通じて持ち帰ったのは、単なる個人の武の向上だけではない。

 

 

 

幾多の絶望を乗り越え、互いの命と心を完全に信じ合い、仲間たちを救うという「不滅の意志」そのものだったのだから。

 

 

 

 

「プリモさん……っ!!」

 

 

 

 

イサミが短剣を握り直し、隣のプリモへ視線を送った。

 

 

 

 

「ええ……! 行くわよ、イサミ!!」

 

 

 

 

二人は同時に地を蹴った。

 

重鎧の残された胸甲――ムラサキの薬品によって腐食し、ひび割れた黒銀の胸当てへと向かって、二人の影が重なるように躍り出る。

 

イサミが先行し、追体験したレメディアの剣の理をもって、短剣の先を重鎧のひび割れた胸甲の中心へと突き立てた!

 

 

 

 

「これで……僕たちの……勝ちだぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ズドォォォンッ……!!

 

 

 

 

 

 

短剣を通じて、イサミの全魔力と、壊れた失敗作たちの想いが重鎧の内部へと一気に流れ込む。

 

 

 

 

『ガ……ァ……ッ!?』

 

 

 

 

重鎧の胸甲が粉々に砕け散り、内部で蠢く漆黒のコアが露わとなった。

 

そして――その露わになったコアへ向かって、プリモの細剣が、眩い純白の閃光となって突き抜けた。

 

 

 

 

 

「……皆の未来を……奪わせはしない!!」

 

 

 

 

 

一閃――。

 

細剣の刃が、重鎧のコアを真っ二つに切り裂いた。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

一瞬の静寂。

 

 

次の瞬間――重鎧の全身のひび割れから、途方もない光の柱が溢れ出した!

 

 

 

 

 

『……バ……カな……。我が……絶対安全の……計算が……破られ……』

 

 

 

 

ノイズ混じりの絶叫とともに、漆黒の巨大な重鎧は、内側から弾け飛ぶように崩壊を始めた。

 

重厚な装甲が、黒い鉄くずとなって崩れ落ち、ホール全体に舞い散っていく。

 

 

 

 

 

ドサササササササッ……!!

 

 

 

 

 

 

やがて、光が収まった時。

 

そこには、崩れ去った鉄くずの山と、静まり返った地下ホールの空間だけが残されていた。

 

完全なる勝利――。

 

 

 

 

 

「や……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 

クロエが大剣を投げ出し、両手を突き上げて歓声を上げた。

 

 

 

 

「勝った……! 勝ったよイサミくん! プリモさん!!」

 

 

 

 

ココが泣きながらイサミの腰へと抱きつき、ムラサキもへたり込むように胸を撫で下ろした。

 

パントンとミラも、静かに武器を収め、互いに安堵の視線を交わし合っている。

 

 

 

イサミは荒い息を吐き出しながら、手に持った短剣を見つめ、それから隣に立つプリモを見た。

 

プリモは可憐な細剣を鞘へと収め、そっと胸に手を当てていた。

 

その紫水晶の瞳は、やり遂げた者だけが持つ、深く澄み渡った優しさに満ちている。

 

 

 

 

プリモはイサミへと歩み寄ると、仲間たちに聞こえないほどの小さな声で、そっと囁いた。

 

 

 

 

「ありがとう、イサミ」

 

 

 

イサミは気恥ずかしそうに苦笑いしながら、力強く頷いた。

 

 

 

「……こちらこそですよ」

 

 

 

二人は互いを見つめ合い、静かに微笑みを交わした。

 

 

 

 

 

組織『シン』との激闘は、ひとまずの終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

地下ホールの落とし穴に立ち込めたいかがわしい毒気と、幾多の失敗作たちの生温かい残り香。

 

 

それらすべてを過去の塵へと変えるように、崩れ去った重鎧の鉄くずの山から、静かに黒い煙が立ち上っていた。

 

 

 

「……はぁ……はぁ……っ……」

 

 

 

クロエが大剣の柄に体重を預け、肩を荒く上下させながら、崩れ落ちた鉄の残骸を爪先で小突いた。

 

 

 

 

「マジで……倒したのよね、あいつ。あのムカつく絶対安全結界の化け物を……」

 

「ええ……っ! ココ、もうダメかと思ったぁ……っ! 」

 

 

 

 

ココが半泣きの笑顔でイサミの腰にしがみつき、ムラサキもへたり込んだまま「本当によかったです……っ」と何度も胸を撫で下ろしている。

 

 

パントンは愛用のクロスボウの弦を緩めながら、フッと短く鼻で息を鳴らした。

 

ミラだけは油断なく周囲の警戒を続けていたが、その鋭い目元にもどこか安堵の色彩が漂っていた。

 

 

 

 

そんな仲間たちの騒ぎから少し離れた場所で――イサミはゆっくりと膝を折り、瓦礫の隙間に落ちていた「それ」へと静かに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

重鎧がその手から落とし、石畳に転がっていた一振りの剣。

 

 

 

 

かつて、のんが貢ぎ物として大切にしていた剣。

 

 

 

組織『シン』の冷酷な実験によって奪われ、幾重もの不気味な刻印と拘束具を巻きつけられていたが、いまや重鎧の崩壊とともにその禍々しい結界は完全に砕け散っていた。

 

 

 

 

「……ありましたよ。のんちゃんの剣です」

 

 

 

 

イサミがその柄を握り締め、そっと持ち上げる。

 

刃に刻まれた無数の傷や細かな装飾は、間違いなくイサミたちがよく知る「のん」の相棒そのものだった。

 

 

 

隣に並び立ったプリモが、可憐な紫水晶の瞳を柔らかく細めた。

 

 

 

「よかったわね、イサミ。……これで、あの子との一番大切な約束が果たせるわ」

 

「ええ。……早く、帰ろう。みんなが待っている僕たちの『ホーム』へ」

 

 

 

イサミの言葉に、クロエたちが力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下ホールの長くて暗い階段を上り、地下都市の不気味な静寂を抜け、地上へと連なる隠し通路を辿る。

 

重い鉄扉を押し開けた瞬間、二人の肌を撫でたのは、地下の湿った毒気とは真逆の、澄み渡る夜の冷気だった。

 

 

 

夜空には数多の星々が瞬き、コパンドンCITYの遠い街明かりが、まるで琥珀色の海の結晶のように優しく街並みを照らしている。

 

 

 

 

「あぁ〜〜っ! 空気が美味しいっ! 地下街の臭い空気なんてもう懲り懲り!」

 

 

 

クロエが大伸びをし、パントンも「まったくです……」と笑う。

 

 

「うんっ! お腹もすいたー!」

 

 

 

一行は星空の下、足取りも軽やかに、自分たちの拠点――『ホーム』を目指して歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

イサミとプリモは、集団の少し後ろを並んで歩いていた。

 

繋いでいた手はもう離されていたが、二人の間の距離は以前よりもずっと近く、互いの肩が触れ合いそうなほどだった。

 

 

 

「……プリモさん」

 

「なにかしら、イサミ?」

 

「さっき言っていた……『これが終わったら行ってほしいところ』のことですが」

 

 

 

 

イサミが鼻の頭を少し掻きながら、横目でプリモを見た。

 

 

 

 

「のんちゃんに剣を渡して、みんなが無事なことを確認したら……いつでも出発できますからね。僕はもう、商人としての仕込みも、旅の準備もバッチリです」

 

 

 

 

プリモは一瞬目を見張り、それから可憐で温かい笑みをその唇に宿した。

 

 

 

「ありがとう、イサミ。……でも、そんなに焦らなくてもいいわ。まずは、あの子を安心させてあげて。私にとっても……あの子の笑顔を見るのが、今の第一優先だもの」

 

「ふふっ……了解です」

 

 

 

 

夜風が二人の髪を優しく揺らしていく。

 

前世の記憶『レメディア』と、今世の記憶『プリモ』。

 

二つの壮絶な時を乗り越えた彼女の隣を歩けることが、イサミにとっては何よりの誇りであり、胸の奥をじんわりと温かく満たすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて見えてきたのは、街の喧騒から少し外れた一角にひっそりと佇む、見慣れた温かい灯りの漏れる建物――彼らの『ホーム』だった。

 

 

 

「ただいまーっ!!」

 

 

 

クロエが遠慮のない勢いで重い木製扉をバァンと押し開けた。

 

 

 

「帰ったわ! 全員無事! 大勝利ってやつよ!」

 

 

 

ホームの温かい木造のホールには、留守を預かっていた仲間たちの歓声が上がった。

 

 

 

「みんな!」「無事だったのか!」「怪我はないか!?」と一斉に駆け寄ってくる声。

 

 

 

その賑やかな出迎えの輪の中から、手際よく指示を出しながら前に出てきたのはエリスだった。

 

 

 

「まあ! 皆さん、お帰りなさいませ! 無事で本当によかったです……! すぐにお食事と温かいお茶の準備をしますね」

 

 

 

エリスは包容力あふれる笑みを浮かべつつ、すぐさまイサミの隣へ寄り添うと、耳元で悪戯っぽく囁いた。

 

 

 

 

「ふふ……イサミくん。無事に帰ってきてくれて安心しました。……後でゆっくり、頑張ったご褒美をあげますね……?」

 

「 当然の結果ですわ!」

 

 

 

エリスの横から、優雅に扇を掲げるようにしてメルティが進み出た。高貴な佇まいは崩さぬまま、その真ん丸な瞳にはイサミへの絶対の信頼と熱が漲っている。

 

 

 

 

「このメルティの崇拝するイサミ様が、遅れをとるはずがありませんもの! お見事でした、イサミ様!」

 

 

 

 

仲間たちの歓声と温かい歓迎が広がる中――その騒がしい渦の少し奥、階段の影からひょっこりと顔を出した小さな影があった。

 

 

 

 

のんだった。

 

 

 

 

彼女は不安と焦燥に押し潰されそうになりながら、ずっとこの部屋で仲間たちの帰りを待ち続けていたのだ。

 

小さな手には、自分の剣がなくなってしまった空虚さを埋めるように、使い古した布切れが固く握りしめられていた。

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

のんの大きな瞳が、扉の前に立つイサミたちの姿を捉える。

 

 

 

そして――イサミの手に握られている、あの見慣れた『一振りの剣』を。

 

 

 

イサミは仲間たちの人垣をそっと掻き分け、静かな足取りでのんの目の前へと歩み寄った。

 

 

 

そして、ゆっくりと片膝をつき、のんと同じ目線になると――大事そうに両手で抱えていた剣を、彼女の前へと差し出した。

 

 

 

 

「ただいま、のんさん。……遅くなってごめんなさい」

 

 

 

 

イサミは、街の商人としての営業スマイルではなく、心の底からの温かい微笑みを浮かべて語りかけた。

 

 

 

 

「君の大切な相棒……ちゃんと取り戻してきました。『シン』のやつらからは、傷一つつけさせずに」

 

 

 

 

差し出された剣。

 

 

 

 

柄の感触、慣れ親しんだ装飾、そして何より、イサミたちが無事に帰ってきてくれたという圧倒的な現実。

 

 

 

「……あ……ぅ……っ」

 

 

 

 

のんの潤んだ瞳に、みるみるうちに大きな涙の粒が溜まっていく。

 

 

 

 

小さな唇が幾度も震え、言葉にならない声が漏れた。

 

どれほど怖かっただろう。自分のせいで仲間たちが危険な地下ホールへ向かい、二度と帰ってこないかもしれないという恐怖。

 

「また段ボール箱に戻されたらどうしよう」という怯え。大切なお供え物の剣を奪われ、自分の無力さに打ちひしがれていた日々。

 

 

 

 

「あぁ……っ……イサミさん……っ! イサミさん……っっ!!」

 

 

 

 

我慢の限界を迎えたように、のんはぽろぽろと涙を流しながら、弾かれたようにイサミの胸へと飛び込んだ。

 

 

 

 

「うわっ……!?」

 

 

 

 

体勢を崩しそうになりながらも、イサミはしっかりと彼女の小さな身体を受け止めた。

 

のんはイサミの首元にギュッと細い腕を回し、その服の胸元に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

 

 

 

 

「うあぁぁぁんっ……! よかった……っ! よかったのですぅぅぅっ! みんなが無事で……っ! わたしの剣を……持って帰ってきてくださってぇぇぇっ……!!」

 

「よしよし……大丈夫ですよ、のんさん。もう何も怖くないですからね〜」

 

 

 

 

イサミは困り顔になりながらも、優しくのんの背中をトントンと叩いた。

 

 

 

 

「ふふ……本当に、よかったですわね」

 

 

 

メルティが胸に手を当て、感極まったように目元を緩める。

 

 

 

 

「ええ、私も胸がいっぱいです」

 

 

 

エリスも柔らかく微笑み、泣きじゃくるのんとイサミの姿を温かく見守った。

 

 

その光景を、プリモは少し離れた場所から静かに見守っていた。

 

紫水晶の瞳には、愛おしさと温かな情愛が満ち溢れている。

 

 

 

 

(……ええ。私たちが命を懸けて守り抜いたのは……この温かい笑顔と居場所なのね)

 

 

 

 

プリモはそっと胸に手を当てた。

 

かつてレメディアとして散っていったあの哀しい死闘の記憶も、今はこのホームの灯りと、泣きじゃくる少女の温もりの中で、静かに癒されていくようだった。

 

 

 

 

「さあさあ! 泣くのはここまでよ! 今夜は大宴会にするわ! イサミが最高の戦果を持ち帰ってくれたんだもの!豪勢にやりましょ!」

 

 

 

クロエが楽しそうに声を張り上げる。

 

 

 

「ちょっと、クロエさん! ドサクサに紛れて高価な酒瓶を開けようとしないでくださいよ〜! それ一本で金貨何枚すると思ってるんですか!?」

 

 

 

イサミがのんを抱きかかえたまま叫び、仲間たちの温かい爆笑がホーム全体を包み込んでいった。

 

 

イサミは泣きじゃくるのんを優しく抱きしめ直しながら、ふとプリモと視線を交わした。

 

 

 

 

プリモは小さく頷き、イサミもまた、心からの笑顔で彼女に応えた。

 

 

 

 

無事に果たされた約束と、取り戻された大切な絆。

 

 

 

そして夜が明ければ――イサミとプリモの二人だけの、新たな真実を辿る旅が始まるのだった。

 

 

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