コパンドンCITYの天候は、冒険者にとっても商人にとっても商売の明暗を分ける重要な要素だ。
つい一時間前まで爽やかに晴れ渡っていた空は、正午を過ぎたあたりから急激に暗転し、まるで黒いインクを流し込んだような不穏な雨雲に覆われていた。
「あらら〜……降ってきちゃいましたねぇ」
街の中央広場近く、古い建物の軒下に退避したイサミは、ポツポツと石畳を叩き始めた雨粒を見上げ、お茶目に首をすくめた。
ザァァァァァァッ……!
次の瞬間、まるで天の底が抜けたかのような激しい大雨(ゲリラ豪雨)がコパンドンCITYを襲った。
バケツをひっくり返したような暴風雨が街を包み込み、視界は瞬く間に白く煙っていく。
大通りを歩いていた人々や冒険者たちは、悲鳴を上げながら一斉に近くの屋根の下へと逃げ惑った。
「キャッ!? なにこれ、すごい雨!」
「うわっ、冷たっ! 嘘でしょ、一瞬でずぶ濡れじゃない!」
軒下へ滑り込んできたのは、街の若手冒険者の女子パーティーや、買い物帰りの町娘たち——身を寄せるように集まってきた、数名の「濡れている女子たち」だった。
薄手の服や革胸当ては容赦ない雨に濡れ、肌にぴったりと張り付いている。濡れた髪を手で絞りながら、彼女たちは寒さと惨めさに身を震わせていた。
「最悪……ギルドに戻るだけでも全身ビショビショになっちゃうよ……」
「この雨、当分やみそうにないね。どうしよう、風邪ひいちゃう……」
肩を寄せ合い、困り果てている少女たち。
そのすぐ隣で。
イサミの瞳が、ギラリと「¥」の形に怪しく輝いた。
(ふふふ……来ましたねぇ! 『需要が爆発的に跳ね上がる瞬間』が……!)
イサミはリュックの横に括り付けられた、ある「商品」をそっと手で確かめた。
昨夜、天気予報と雲の動きから大雨を予測し、街の安い雑貨屋で1本あたり**大銀貨1枚(通常価格)**で仕入れておいた、頑丈な『防水コーティング済みの特製大傘』が、ちょうど人数分——5本。
普段なら「ただの重い日用品」として見向きもされない傘。
だが、**「今この瞬間、寒さに震え、服が透けて困っている少女たち」**にとって、それは喉から手が出るほど欲しい至高の宝物へと変化する。
イサミは一瞬で愛嬌たっぷりの「親切でお茶目な美少年」の顔を作ると、濡れた服を気にして抱きかかえている少女たちの前へ、トコトコと歩み出た。
「やぁやぁ、お姉さんたち! 大変な大雨になっちゃいましたね〜! お風邪など召されていませんか〜?」
「え……? ボウヤ……? ううん、大丈夫じゃないわよ。ギルドに帰りたいけど、この雨じゃ動けないし……」
少女が寒そうに腕を摩りながら溜息をつく。
「ふふふ、そんな可哀想な美しいお姉さんたちに、朗報で〜すっ! じゃんっ!」
イサミはリュックから、パッと開くと大人二人をすっぽり覆えるほどの頑丈な特製大傘を取り出し、優雅に広げてみせた。
「なんと! たまたま僕のリュックに、撥水魔法が施された超・頑丈な特製大傘が余っておりまーす! これさえあれば、この激しい大雨の中でも濡れずに、暖かくギルドや自宅へお帰りになれますよ〜!」
「「「えっ!? 傘持ってんの!?」」」
濡れた女子たちの目が、一斉に輝いた。
「すごーい! 助かったぁ! ボウヤ、それ売って頂戴! ええと、1本大銀貨1枚くらいかしら?」
「あはは〜! お姉さん、お目が高い! ……ですが、申し訳ありません。この傘、特殊な魔法コーティングが施された限定品でして、現在の異常気象による特別出張価格が適用されちゃってるんですよねぇ〜」
イサミはお茶目に片目を瞑り、人差し指をチチチと振った。
「お値段、1本あたり大銀貨5枚になりますっ!」
「「「はあぁぁぁぁぁっ!? 5倍!?!?」」」
女子たちの悲鳴が上がる。大銀貨5枚といえば、浅層の討伐クエスト一回分に匹敵する金額だ。
「ちょっとボウヤ! いくらなんでも足元見すぎでしょ!? ただの傘じゃないのよ!」
「えぇ〜? ただの傘じゃありませんよ? このまま濡れ鼠になって風邪をひいて、高額な薬代を払ったり、数日間クエストを休んだりする損害に比べたら……たったの大銀貨5枚で『今すぐ快適に帰れる権利』が買えるんですよ? どちらがお得か、賢いお姉さん方なら分かりますよねぇ〜?」
イサミはニヒッと悪戯っぽく笑いながら、傘をパタンと閉じる仕草を見せた。
「まあ、『高すぎるから要らない』とおっしゃるなら、僕は他のお客様を探しに行きますけれど……どうなさいます〜?」
「っ……!!」
少女たちは、一瞬悔しそうに顔を歪めた。
だが、容赦なく吹き付けてくる冷たい雨風と、透けそうな服の不快感、そして「今買わなければ他の人に買われてしまう」という恐怖——。
「くっ……買ったわよ! 買うわよ大銀貨5枚で!! ほら、持っていきなさい!!」
「私も買う! 二人で一緒に入るから1本頂戴!!」
ジャラジャラジャラッ!
一瞬にして、少女たちの財布から大銀貨が吐き出され、イサミの手元へと転がり込んできた。
「はいっ! 毎度ありでーすっ! お足元にお気をつけてお帰りくださいね〜っ!」
イサミは笑顔で傘を手渡し、完璧な接客用のお辞儀をして少女たちを見送った。
◆
小一時間後。
あれほど激しかった大雨が嘘のように上がり、雲の隙間から眩しい夕陽が差し込み始めていた。
街の石畳は濡れてキラキラと光り、涼しい風が通り抜けていく。
その大通りを、背中にリュックを背負ったイサミが、軽快なステップで歩いていた。
仕入れ値:大銀貨5枚(5本分)。
売上:大銀貨25枚。
純利益:大銀貨20枚(金貨2枚相当)!!
ただ雨宿りをしていた数十分の間に、一切のリスクを負うことなく、爆発的な利益を叩き出したのだ。
「ふ〜ふ・ふ〜ん♪ 恵みの雨〜♪ 感謝の雨〜♪ ポッケの中に銀貨がジャラジャラ〜♪」
イサミは懐の革袋をチャリンチャリンと鳴らし、ホクホク顔でルンルンと鼻歌を口ずさむ。
「やっぱり商売の基本は『困っている人の足元を、笑顔で思いっきり蹴飛ばすこと』ですねぇ〜っ!」
すれ違う町娘にチャラくウインクを一発飛ばしながら、イサミはホクホクの懐を温め、ご機嫌な足取りで安宿への帰り道を歩いていくのだった。