桔梗が気絶してしまったので、天嶺は空いているマットに桔梗を横たえた。事前に複数のマットを希望しておいた澪に感謝だ。
「櫛田さん、どうしちゃったの?」
衝撃の余り情欲も幾分か治まったのか、しかしまだ完全には治まっていないが故か、表情を蕩けさせた千秋が訊いてくる。
「端的に言えば、氣に目醒めた。今は適応している最中だ。よくあることだな」
「一言に『氣を使う』って言っても、余りにも出来ることの幅が広すぎるのよ。肉体を強化したり、武器を強化したり、ファンタジーの魔法みたいに炎や何かを放出したり、逆に結界を展開したり回復魔法だったりと、例を挙げればキリがない。
だから、氣に目醒めた者は、須らく直後に気を失うのが鉄板なのよ。そうして眠っている間に、自身のこれまでの経験ややりたいことを軸にして、自身のスタイルを確立するってわけね。
例えば、武道を学んでいる者が氣に目醒めた場合、その武道をベースにするパターンが多いわ。剣道部であれば剣に、弓道部であれば矢に纏わせる感じね。
まあ、そこら辺の処理自体は無意識に行っているのか、それとも夢として処理されているのか、それを基本的に当人が覚えていることは皆無に等しいけど、統計的にそう結論付けられているわ。実際、そうして目醒めた者たちは、何となく使い方が分かるって感じだからね。
ちなみに、私の場合は徒手空拳の一本特化。直接戦闘は得意だけど、それ以外はからっきし。天嶺は私以上には多彩でそれぞれを高レベルで修めてはいるけど、その道一本には及ばない分野もある。
徒手空拳限定で私と天嶺が戦ったら、6:4で私が勝つ感じね。私たちは同じ流派を学んでいるから、どうしてもそれに費やした部分が勝敗を決める部分もあるってわけ」
何の心配もいりません。そう言わんばかりの表情で天嶺と澪が堂々と言うものだから、他の面々にも安堵の表情が浮かぶ。
ついでだろう。それぞれの戦闘スタイルに関しても澪は言及した。
「余り口外したいことではないのだがな。しかし、現状で怨霊怪異に対処できるのが俺たちしかいない以上、お前たちには俺たちが何を出来るのかを伝えておいて損はない。急遽何事かに巻き込まれた場合、それを知っているかどうかで生死を分かつ可能性もあるからな」
全裸故に些か様にならないが、だからこそ内容の信憑性や、二人の仕事の危険性を促すのに一役買っているのも事実だった。
「質問をいいか? 傍から見ていて、今の櫛田は性的行為に興奮しただけに見えるのだが、こういう言い方は何だが、その程度のことでも氣に目醒めるものなのか?」
頬を赤らめ、それでもメカニズムの方が気になるのだろう。いつもの如く、トレードマークとも言えるメガネを指で押し上げながら、そう訊いてきたのは幸村だ。……なお、幸村のメガネは風呂場でも問題なく使用できる特注品らしい。
「実際には少し違う。お前たちにはそう見えたかもしれんが、桔梗はそれを契機として、彼女なりに重要な決断をしたんだ。その結果、氣に目醒めるに至ったのだ。
いつ、どこで、なにが、どう、きっかけとなるかは誰にも分からん。それ故に、こんな感じで目醒める場合もなくはない。
例えば、軽井沢はイジメられた過去を持つ。彼女にとってそれは苦痛に違いないだろう。しかし、その過去がある故に、これから氣に目醒める可能性だってなくはない。二度とイジメられたくないから。或いは、イジメられた過去を払拭せんとするが故にな……。
その一方、軽井沢とは異なり、イジメのターゲットにされた時点で、イジメられたくないが故に氣に目醒めた者だってこの世の中にはいるだろう」
腕を組み、堂々たる態度で天嶺は語る。しかしながら、やはり全裸であるために、真面目な空気にはなり難い。観客は話を聞きながらも、その雄々しき閻羅王に視線が釘付けだ。
「それに関しては平田にも同じことが言えるわね」
「……僕も?」
「ええ。幼馴染みがイジメられているのに対し、見て見ぬ振りをした。それによって幼馴染みは自殺を図り、一命は取り留めたけど植物状態。
アンタはそれを悔やみ、ターゲットを変えてのイジメの再発を契機に、今度こそ見て見ぬ振りはすまいと行動を起こした。
だけどそれは、自分がイジメる側に回ったという事実を示すことになり、アンタの中で理由と結果のバランスが整わなかった。狂ってしまった。
端的に言うと、アンタは過去の行いを失敗と捉え、惑いの中にいる。こんな筈じゃなかった……。どうすればよかったんだ……? そんな感じね。
だからこそ、優先順位を定められたなら、尚も決断を下すことが出来たなら、その時は氣に目醒める可能性だってある。
曰く、『失敗は成功の母』。失敗をしたからこそ、それが契機に繋がるパターンもあるのよ。
今しがた目醒めた桔梗に限らず、それぞれにこの学校に来た理由があるでしょうけど、その理由に失敗が絡んでいないと言える?
絡んでいるのなら、失敗があったからこそ桔梗はこの学校に来ることになり、それが氣の目醒めに繋がった。……そういう見方も出来るのよ。
だからそう、アンタの決断次第じゃ、天嶺に頼らずとも、アンタがその幼馴染みを目覚めさせるようなチカラに目醒める可能性だって否定はできないのよ、平田」
澪の言葉に、平田は衝撃を受けた。
「僕の、手で……。そうか……。僕の手で、杉村を目覚めさせることもできるのか……。少なくとも、その可能性自体はあるのか……」
無理もないことだろうが、『自分が超常のチカラを振るう』なんて選択肢は、今の今まで平田の中には存在していなかった。
しかし、眼の前には実際に超常のチカラを振るう存在がいる。
クラスメイトの一人である櫛田桔梗は、チカラに目醒めたらしく眼の前で意識を失った。これに関しては天嶺と澪の発言内容しか裏付け要素がないわけだが、目覚めた桔梗が実際に超常のチカラを振るえるようになっていたとするならば、逆説的に自らの手で杉村を救うことも夢物語ではなくなる。
「……ゴメン。少し、一人で冷静に考えさせてほしい。僕は部屋に戻らせてもらうよ」
言って、平田は立ち上がった。
「同じくだ。俺も部屋に戻らせてもらう」
幸村もそれに続いた。
男性陣の二人が立ち去ったことで、自然と残る一人である綾小路に視線が集中する。――天嶺は説明役でもあるので例外だ。
そんな視線を意に介することもなく、何事か思案していたらしい綾小路だったが、おもむろに口を開いた。
「軽井沢、セックスしよう」
「はあっ!? いやまあ、さっきはキスとかしちゃったわけだけど、この流れでそれを言う?」
その、空気を読んでないとしか思えない言葉に、軽井沢も驚愕せずにはいられない。
「この流れだからこそだ。さっきも言ったが、オレは生まれ育った環境が環境で、その教えもアレなものだから、他人に対する興味関心が薄いんだ。特定個人を意識できないというべきか。認識は出来るが、精々がそれ止まりだ。
ぶっちゃけた話、『自分の役に立たないならとっとと捨ててしまえばいい』という考えが、オレの中には強く根付いているんだ。そして実際、そのようにして一度『不用品』だと認定してしまったら、自発的に思い出すことなど皆無に等しい。それは人も例外ではない。
さっきは偽装関係から本物になれるかもしれないと言ったが、正直に言って今のままだと怪しいんだ。
しかし、今までには学んだことのない事柄――セックスを行うことで、そういった意識を持てるようになるかもしれないし、本物になれる可能性も高まる。
だから頼む。その身を以て、オレにお前を、軽井沢恵という女性を意識させてくれ。初めての相手であれば、それだけ強く意識できる可能性も高まるしな」
それに対し、綾小路は理路整然と返した。暴論の類であることには違いないが、一抹の筋が通っているからタチが悪い。
「ま、まあ、そこまで言うなら考えてあげなくもないけど、初体験ってだけなら他にも候補はいるじゃない」
イジメられた過去、身体に残った消えない傷。この二点が起因して、軽井沢恵という少女は自己評価が低い。
そんな彼女にしてみれば、多少一般常識に欠けるきらいがあるとはいえ、学力身体能力共に申し分ないだろう綾小路清隆ほどの男が初体験の相手に自分を求めるというのは、自尊心を擽られてならなかった。
地に墜ちた筈の女性のプライドが、復活してくる気にもなる。
「そう言われるとそうなんだが、伊吹は九角の婚約者だ。オレに性経験がない以上、教えを乞うという意味では理に適っているのかもしれないが、目的にはそぐわない。
神室には先約があるし、何よりオレとの関係性は薄い。相手を意識しようと思っているのに、そんな相手を選ぶわけにはいかないだろう。
櫛田は気絶中だ。そんな相手とセックスするのは、やはり常識的に考えれば問題があるだろう。決してヤってみたくないわけじゃないが……。
堀北は、外見だけなら決して魅力が無いわけじゃないんだが、性格がな……。意識することはできるかもしれないが、マイナス方面に転ぶ可能性は否めない。オレは他人に興味を持ちたいのに、人嫌いが促進しては意味がないだろう。
松下も魅力的ではあるが、関係性からして彼女はオレよりも九角を望むだろうしな。
そういう意味でも、この面子の中では軽井沢しか選択肢がないわけだ。消去法と言えば消去法だが、決してお前に魅力を感じていないわけではない」
対する綾小路の返答はこんなもの。
理屈的と言えば理屈的、消去法と言えば消去法。それでも、綾小路自身の興味関心、他者に対する配慮が微塵も働いていないわけではなかった。
「よし分かった! 女も度胸! セックスしよう! ぶっちゃけ、私も性欲刺激されてるし……。初体験の相手が綾小路くんってのは、十分にありだし……。
ただ、私を最初の相手に選ぶ以上、私を捨てるのは許さないから! 私自身、九角くんや平田くんにも寄生するつもりではあるから、綾小路くんが他の女の子と相手するのを咎める気はないけど、それはそれ。……オーケー?」
「いや、元よりそういう話ではあったが、そうも堂々と宣言するのはどうなんだ?」
「ウッサイ。私は寄生虫だけど悪女なの。悪女になるの。イジメられないためにも、悪女にならないといけないの。
んでもって、女ってのは大概にして男の思う以上に陰湿なものだから、ポーズだけだと信じられやしないのよ。実際に関係を持っているが故の空気感。それを纏っているが故に説得力が増すのよ。
逆に言うと、空気感を纏ってないと説得力もないから、いくら三人の間を行ったり来たりしようが、周りの女子からは反感を買うだけで抑止力になんかなりやしないのよ」
恵の堂々たる女性非難に、しかし同じ女性である面々は頷く一方だった。
「そういうものか……」
閉塞した環境で育った弊害により、綾小路はそういう機微を把握するには至っていない。
だからこそ、余りにも堂々と宣言され、それに同性が同意を示すなら、そういうものと思わずにはいられない。
「そういうものなのよ。……で、どうなの? 綾小路くんは、私を捨てない覚悟はある?」
「逆にオレからも訊くが、軽井沢はオレから離れない覚悟はあるか?
前述の通り、オレは面倒な過去を背負っている。もしかしたら、それが関係して、イジメられたという過去以上に凄惨な事態がお前に訪れるかもしれない。それでもいいか?」
その質問に答える前に、綾小路は軽井沢に確認を取った。それも綾小路なりに軽井沢を慮ってのことだったが……。
「そんなん知るか! 今の時点でんなことまで考えてられないわよ! それはそれ! そん時はそん時! 折り合いがつけば円満に別れる可能性だってあるわけだけど、いちいちそこまで考えてられないでしょうが!
だからこそ、今重要なのは、今のアンタに私を捨てる気があるかどうかってことだけ!」
対する軽井沢の返答は余りにも堂々としたものだった。ズビシッ! と綾小路に指を突き付けて言い放つ。
言ってみれば『問題の先送り』に他ならないわけだが、こうも堂々と言われればそれが正しいという気持ちにもなってくる。
「分かった。いざその時を迎えた場合にはどうなるか分からないが、今のオレにはお前を捨てるつもりはない。
俺の童貞をお前に捧げよう、軽井沢。そして、オレはお前の彼氏として、オレの持てる全てを以てお前を育て上げる。……まあ、何だ。やっぱり彼氏としては、彼女が余りにもバカすぎるというのは問題ありだからな」
「うぐっ!? 腹が立つけど、私がバカなのは事実だから言い返せない……。
ま、まあいいわ! 私の処女は綾小路くんにあげるから、綾小路くんはシッカリと私をプロデュースすること!」
綾小路と軽井沢は頷き合い、ガッチリと握手を交わした。
恋愛関係ではない。どちらかと言えばビジネスパートナー。だけれども、偽装関係のスタートとしては妥当なものだろう。――偽装関係で実際にセックスをしようというのはどうなんだという意見がないではないが……。
そして、ガッチリと握手を交わした両名は澪へと向き直り――
『監督役をお願いします』
揃って頭を下げたのだった。
初体験は二人きりで。恋愛関係が先に立ったならばそういう考えもありだろうが、普通に考えて、素人同士の組み合わせで上手くいく筈がないのは道理である。実際、初体験の失敗で破局を迎えるカップルも世の中には少なくない。
だからこそ、殊更に恋愛感情が絡まないのであれば、経験者に教えを乞うのは常套手段である。
「まあ、いいけどね。んじゃ、マット持ってちょっと離れましょうか」
元々が大規模宿泊施設の浴場だけあって結構な広さを持っている。視界から消えるほどではないが、行為に没頭すれば気にならなくなる程度の距離を保つことはできるだろう。
「ちょっと待った。私もいくわ」
そこに待ったのをかけたのは堀北だった。
「もしかして、流せると思っていたのかしら? 綾小路くんは、さっき散々と私のことをバカにしてくれたじゃない。いやまあ、確かに貴方の学力が私以上なのは認めるけれど、だからこそ、そんな相手にバカにされたままなのは我慢がならないのよ。
私にだって女のプライドがあるのよ! それをバカにされたまま引き下がってはいられないわ! 私も綾小路くんを気持ちよくさせてあげるし、それで私を意識させてみせるわよ!」
プライドの高さというか、負けず嫌いというか、とにかくそこら辺が極まっている堀北だった。そこに、敷地内に張られた結界による思考誘導が働いた結果、これまたズビシッ! と指を突き付けて爆弾発言をかましている。
「いいだろう。お前が美人なのは否定する余地がないからな。そんなお前とセックスが出来るなら、こちらとしても望むところだ。あとは、その言葉が偽りにならないことを望むだけだな」
「前戯はともかく、最初に相手すんのは私だかんね! そこは忘れないでよ、堀北さん」
「ええ、分かっているわ」
まあ、そんなこんなで、いくつかのマットを手に、綾小路、澪、軽井沢、堀北の四人は離れていった。
「まあ、なんだ。こちらもこちらでヤるとしようか。お前たちも、相応に昂っているだろう?」
それを見送った天嶺は、揶揄い気味に千秋と神室に声を掛けるのだった。
取り敢えず、こんな感じです。
神室真澄、櫛田桔梗、松下千秋は九角天嶺の、軽井沢恵と堀北鈴音は綾小路清隆のヒロイン化が今話で確定しました。
ただし、本文中で言及しているように、軽井沢は悪女スタイル――言い方を変えれば『尻軽』、『ビッチ』――でいくため、天嶺や平田とも関係を持ちます。現時点ではその予定です。
まあ、これには当然ながら理由があって、平田は平田で精神が危ういので、無事に学校生活を終えるためには支え役が必要不可欠なのです。
しかし、本作において真に平田の精神が安定するのは、敷地外の病院に脳死状態で入院している幼馴染みが目を覚ました時に他なりません。
つまり、在学中はどう足掻いても本当の意味で精神が安定することはないわけです。
色々と駆使して騙し騙しやっていくしかありません。
ですが、当然ながらヒロインの大半は、今までに培った常識や良識があります。
一人を複数で共有までは受け入れられても、自分がその立場になるのは抵抗があるわけですね。
単にチヤホヤされる分には構わなくても、性行為となれば話は別。端的に言えばそういうことです。
そういう点で、この面子の中だと、イジメによって自己評価が低くなっている軽井沢くらいしか平田と性行為に踏み込める人材がいないんですよね。
他のヒロインも、日常生活的な部分だと平田を支えたり手伝ったりすることは出来ますが、セックスまでは無理です。
仲が深まれば可能性はありますが、現時点だとそこまでの感情は抱いていません。
だからまあ、茶柱先生を平田に宛がうのも面白いかなと、個人的には思っていたりします。
姉さん女房でありながら、その実はトラウマを抱えた者同士の相互依存。ただ、それで上手く回るんなら、決して間違いではないわけです。
そういう意味では、星之宮先生を平田のサブヒロインに宛がう案もあります。
ただ、リクエストを踏まえ、星之宮先生はあくまでも天嶺のヒロインです。
次話から連続して真澄、千秋、桔梗、恵、鈴音の本番シーンを描写していくわけですが、先に断っておくと、実用物として使える自信は全くありません。
取り敢えず真澄との本番シーンは書き終えたんですが、なんて言うか、それを見ている千秋の描写に主が置かれている感じになってます。
なお、真澄が最初以外、順番は決まってません。先に天嶺側を全部書くのがいいのか、清隆側と交互に書いていくのがいいのか……。
よければ、そこについても意見をお願いします。
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