「んじゃ、結界も張り終わったところでお茶にしよっか。何がい~い? コーヒー、紅茶、緑茶にほうじ茶、一通りは揃えてあるよ」
保健室内。
天嶺が手を打ち鳴らし、それによって結界が展開されたことを確認した星之宮はお茶へと誘った。
何でも、給湯室へと扉が繋がっており、そこにインスタントではあるが一通りを揃えているらしい。
給湯室には冷蔵庫も置かれており、缶やボトルもまた同様。
職員室に席が用意されており実際に赴くこともあるが、保健医である星之宮の仕事場は保健室である。
場合によっては授業中だろうと訪れる者がおり、保健室を訪れる目的など怪我の手当てや病気の相談が妥当なところ。
それを思えば、長らく部屋を空けておくことはできないのが実情である。
そして、『病は気から』と言われるように、相手をリラックスさせることで当座は解決することが無くはない。
各種ドリンクは、そのために必要なツールでもあるそうだ。
「そうだな……? では、ほうじ茶を頂けるか?」
「ほうじ茶だね。ホットとアイス、どっちがい~い?」
「どちらでも構わんよ。そこは星之宮教諭の楽な方でいい」
「んじゃ、ホットにしよっか。準備するからちょっと待っててね~」
言って、星之宮は給湯室の中へと姿を消した。
ややあって戻って来た星之宮は、その手にお盆と茶器を携えていた。
席に着いた星之宮は、一般に
「正味なところ、意外だったな……。今の世の中、そこまで淹れ方に拘る者もそうはおるまい」
「ん~、まあ、自分だけが飲むんだったら、私もそこまで気にはしないんだけどね~」
軽く笑みを浮かべて天嶺が言えば、星之宮も苦笑を浮かべて答えた。
「ただ、こういう
話聞いてもらって、ウンウンと頷いてもらって、言葉を返してもらって、その上でホッと喉を潤せば、取り敢えずは精神的に持ち直せるものだからね。
この学校、生徒に与える飴と鞭が両極端なところがあるからさ。潰れやすい生徒は本当に潰れやすいんだよ。
個人的に思うところが無くはないけど、この学校の設立目的を鑑みれば、決して否定もしきれない。……因果なものだね」
合間合間に紅茶を嚥下しながら星之宮は言い、最後には深い溜息を吐いた。
分からないではない。個人としての感想と組織人としての感想が反することなどよくあることだ。
そのことがよく分かるからこそ、天嶺は迂闊に同意も否定も出来ない。結局のところ、当人がどうにかして折り合いを付けるしかないのだ。
「しかし、保健室には監視カメラがないのだな?」
「そりゃあね。男女関係なく、場合によっては下着姿を晒してもらうこともあるわけだから、そんなところに監視カメラなんか仕掛けてられないよ。
飛んできたボールにぶつかりました。服を脱がなきゃぶつかった箇所がどうなっているのかも確認できません。……なんて事例は簡単に想像の付く部類でしょ?」
体育の授業でそうなることもあれば、通りすがりが球技部のとばっちりを食うこともあるだろう。
滅多にあることでないのは事実だが、決して起こらないことでもない。
「っと、監視カメラについてはオフレコでお願いね? 別に監視カメラを隠してあるわけじゃないけど、気付いてない生徒は気付いてないし、気付かない生徒は本当に気付かないものだからさ」
言いすぎたと思ったのだろう。僅かに顔を顰めた星之宮は、茶目っ気のある笑顔を浮かべて天嶺に頼んできた。
「それもまた、しがらみか……。まあ、構わんよ。無暗に他言する気もない」
「助かるよ」
天嶺の言葉を聞いて、星之宮はホッと一息。
話しながら、天嶺もチビチビとお茶を飲んでいた。普通に美味い。心が和んでいく。
その後は暫し、会話もないままに静かな時が流れた。だが、双方共にそこに不満はない。偶にお茶を飲み、思い出したかのように茶菓子を口に運ぶ。
頃合いを見計らってか、星之宮が再び口を開いた。
「九角くんにこれを渡されてからさ、精神的に落ち着いてる実感があるんだよね。
私が佐枝ちゃんを親友だと思ってるのは本当だけどさ。情けない話、私は彼女のことを恨んでいた。それも十年近くね。
彼女だけに責任があるわけじゃない。自分にだって責任の一端はある。……頭ではそう分かってるのに、彼女を恨み、怒りをぶつける方が楽だから、それに流されてきた。
或いは、佐枝ちゃんに対する甘えだったのかもしれない。
けど、そんな自分が嫌いな一面もあって、酒に溺れては男遊びを繰り返した。
私たちの関係が崩壊するきっかけには佐枝ちゃんの恋愛感情が含まれていたのもあったから、少しでもそれを知れたら、なんて思いがあったのかもしれない。
或いは、単に汚されたかったからなのかもしれない。
本当のところは、自分でもよく分からない」
そこまでを紡いだ星之宮は、一旦言葉を止めて紅茶を口に運んだ。
「そう、改めてそういうことを考えられる、目を向けられる余裕が出てきたんだよ。
でもそうすると、今度は今まで蔑ろにしてきた部分が気になってきちゃったわけ。
やっぱ私もいい齢だからねえ~。ふと落ち着いちゃったら、今まで目を背けていた部分が気になって仕方ないわけよ。結婚とかね
でも、私の酒癖の悪さと男遊びは、既に知れ渡っちゃってるからさ。特に、この閉じた環境なら尚更。
言い換えれば、結婚相手の目途が付かない。私と結婚しようなんてもの好きがいない。……後悔先に立たずとはまさにこのことだね」
そして再び言葉を紡いだ星之宮は、深い溜息を吐いた。
まあ、分からないではない。ここの敷地は、通貨が外と異なるだけで、人が生活するには不足がない。しかし、外と違って閉ざされた環境だ。
日本が島国であることを鑑みれば、外もまた閉ざされていることに違いはないのだろうが、行動範囲や体感としての差だ。
外と比べ、閉ざされていることを実感するのは容易な部類だろう。
そんな環境で、『遊び相手にはいいけど、結婚相手には向いてない』などという情報が流れればどうなるかなど、いちいち考えるまでもない。
そして星之宮は、そういう情報が流れた状況にあるのだろう。
「ここでの仕事を止めて外に出れば、そりゃあ出逢いはあるのかもしれないけど、無い可能性だってある。出逢いがあっても結ばれる保証はない。
そもそも、外だとここ以上に生活が難儀だからね。よっぽどの金持ちが相手でもなければ、共働きは避けられない。
そういう諸々を考えるとね。結婚を諦めて安定を取ろうかな~なんて気も湧き上がってくるのよ」
「……それで? 星之宮教諭はそれを俺に伝えてどうしたいのだ? よもや、単に愚痴を吐き出しているわけでもあるまい?」
どちらが教師か分かったものではない。そんな呆れを隠さず、けれど人間ならではの悩みに理解を示しつつ、天嶺は星之宮に確認を取った。
「単刀直入に言うと……私のことをもらってくれない? 正味な話ね、九角くんてそこらの男以上によっぽど余裕と魅力があるのよ! それこそ、年齢不相応なくらいに!」
暫しの間を持たせ、それでも星之宮は口を開いた。力言した。
おそらく、暫しの間は互いの年齢差を鑑みてのことだろう。片や高一、片や三十路間近である。これで年上の方から結婚を持ちかけるのは、常識的に考えて大いに問題がある。
「ふむ……。もらってくれない? の範疇によるな。これで俺は既に澪という婚約者を持つ身だからな。彼女を差し置いて貴方を正妻にすることは出来んよ。
だが、村に連れ帰る分には構わんし、側室・妾として扱うことなら出来なくはない」
しかし、そこは天嶺である。法や常識を尊重するつもりはあるが、必要とあれば破ることを厭わない男だ。常識で考えれば紡がれない筈の言葉が普通に紡がれる。
「え~と、婚約者がいることには普通に驚いたけど……。それはそれとして、側室やお妾さんとしては迎えてくれるし、故郷にも連れ帰ってくれるの!?」
「ああ。そちらもざっとは知っているだろうが、俺たちの仕事は一種の技能職にして才能が物を言うからな。人を育てるのも容易ではないし、補充も同様だ。早い話、遺伝に頼るのが一番簡単なのだよ。
だからといって、正妻一人に産ませるには限度があるからな。村を維持していく上でも、組織として仕事を回していく上でも、正妻以外に子を産む相手を求めるのは必要不可欠なのだ。
無論、才能が無いからといって無下に扱うつもりはない。そういった人材は退魔の仕事には使えなくとも、村の発展に回ってもらえばいいだけだ。どこにだって需要はある。
需要はあるが、少しでも才能があれば退魔に回されるのが実情でな。おかげで、村の発展が滞りがちなのだ。痛し痒しというやつだな……」
次期村長・次期頭領として、天嶺はそういう部分にまで気を回さないわけにはいかない。
そも、日本国内という広い範囲に対し、この手の仕事に対処できる人材が少なすぎるのだ。
鬼龍院のように家伝で氣の使い方を伝えている家系もあるだろう。坊主の中には確かなチカラを伝えている門派もある。
だが、それらの大半はあくまでも嗜みとして伝えているだけで、実践や実戦になると途端に役立たずになる場合が多いのだ。難度の低い仕事は十全に熟せても、少し難度が上がれば
棲み分けといえば聞こえはいいが、要は鬼道衆が難度の高い仕事を一手に引き受けているから、引き受けざるを得ないから成り立っている実情だった。
天嶺らとしても現状を快くは思っていないが、歴史と伝統のある門派に所属している輩は、それはそれは無駄にプライドの高い者が多いのだ。こっちが交流を図ろうと手を差し伸べても撥ね退けられるのが大半だし、向こうも向こうでギリギリまで助けを求めてこない。
結果、鬼道衆に助力が求められた際には、限りなく仕事の難度が上がっている場合が多い。それに対処せねばならないので、よほどに運がよくない限りは被害が皆無とはいかない。無論、そうなるまでに元々仕事を引き受けていた門派の方にも犠牲者が出ているのが道理だ。
早い話、待ち受けるのは『双方共に人手が減少した』という現実である。どこにとっても得がない。
一般にはお国に認められていないが故の弊害だった。認められていないが故に、基準も指標もあったものではないのである。
「どこもかしこもってやつね……」
そういった事情を言って聞かせれば、星之宮は頭が痛いとばかりに溜息を吐いた。
「まあ、だからこそ成立する部分もあるということだ。お国が一般に氣やらを認めて、そこらで大々的に学べるようになったなら、今は黙認されていることも黙認はされなくなるだろうよ。――もっとも、実際にはそのための環境づくりに四苦八苦することになるだろうがな」
国が大々的に氣の存在を認めました。対処法や取り扱い方を含め、学校で学べるようにします! などと言ったところで、実際にその環境が出来るにはどれだけの時間と費用がかかることか。
「ああ、いや、事前段階として、ごく限られた環境下で限定的に教えるのは、それはそれでありなのか……?」
ふと、天嶺はその可能性に思い至った。
ここは高度育成高等学校。世間とは地続きで、けれど隔絶された
そんなところに、齢は若くとも現役の仕事人としては最高峰の腕前を持つ実力者が二人派遣された。
穿った見方をすれば、現状を改善するための目論見があったとしてもおかしくはなかった。
事情を鑑みれば分からなくはないが、それでも天嶺と澪の二人だけで、この敷地内の仕事に従事するのが無理難題なのだ。当然、そのことは依頼者も承知の上の筈である。
かなりの支援を行い、それでも人手不足が起因して、一~三年という期間を経ても進捗具合は芳しくない。
そういう、極端にして限定的な事例を踏まえ、現状を変革するための一手とする。
(なんとも、政治屋が考えそうなことではあるが……)
言葉には出さず、天嶺は内心でのみ呟く。
仕事が上手くいけばそれでよし。仕事を遂行する過程で、協力者に氣の扱い方を伝授するかもしれない。失敗しても現状を変えるための一手とする。依頼主にとっては、どう転んでも構わない。……普通にありそうなことだった。
「まあ、それに関しては今考える必要もないな」
思考の深みに嵌りかけたところで、天嶺は迷いなく切って捨てた。その程度の割り切りが出来ないようでは、この立場はやってられない。
「で、どうする教諭? 幸いと言うべきか、結界を張ったことで室内の声は外には洩れんし、光景も外には見えん。
少し結界に手を入れれば、外の声が内部に聞こえるようにすることは可能だ。訪問者がくればすぐに分かるだろう。
また、俺の鬼道を以てすれば、100%の避妊が可能となる。……元は子を成せぬようにする呪詛なのでイメージは悪いだろうが、毒薬変じて薬となる、というやつだ。
それらを知った上で、今この場で俺に抱かれるか? 俺自身、男として教諭を抱けるのは魅力的だが、それは俺の考えでしかない。――決めるのは其の方だ」
腕を組み、顔には自信あふれる笑みを浮かべ、天嶺は星之宮へと問いかける。
「……抱いてもらえる? 我ながら、教師として、大人として浅ましいとは思うんだけどね。それでもやっぱり女だから。魅力ある男性には抱かれたいと思っちゃうのよ」
逡巡は僅か。星之宮は思いの外に早く結論を出した。
「浅ましい……か。そうかもしれぬが、俺は教諭の
そも、人間という生き物は須らく浅ましいものだし、その浅ましさが人としての魅力なのだろうよ。
さあ、来い。教諭――いや、知恵。大人だの教師だの、下らぬ体裁は脱ぎ捨てろ。今はただ一人の女として、俺という一人の男に抱かれるがいい。
俺もまた、一人の男として、肉欲をぶつけさせてもらう」
天嶺は両手を広げて知恵を迎え入れようとする。
対し、知恵は素直にその身体を天嶺へと預けたのだった。
予想は付くと思いますが、次回は知恵と致します。
予告するならオモチャ責めにします。それだけではありませんが……。
以前にも書きましたが、本作は相手や状況次第で対応が変わります。
それはごく普通のことですが、だからこそノーマルプレイもアブノーマルプレイも普通にあります。
今のところ、天嶺は主に格好良さに主軸を置いて書いてますが、プロローグで触れたとおり、外道さやゲスさも持ち合わせていますので。
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