その後は、天嶺からの連絡を受けた坂柳理事長の指示で教師が動員され、順次生徒たちを起こしていった。
現時点では『理由は不明』という扱いだ。いくら何でも『春の陽気に充てられて……』では無理があるのは分かりきっている。おそらくは『小動物の侵入による薬品洩れ』辺りの結論に持っていくことになるだろう。
無論、監視カメラの映像を確認すればそうでないことは分かるが、一般の生徒たちにそれを知る術はない。
「それで、実際には何が起こったのだ? ――いや、突然火柱が立ったことは監視カメラの映像で確認が取れているのだが……」
放課後、当事者として会議室に呼び出された面々――天嶺、佐倉、長谷部、一之瀬、網倉、白波、森下――に対して問いかけたのは、一年の学年主任である真嶋だった。
この場には、他にも一年各クラスの担任、理事長、二、三年の学年主任、生徒会の面々も揃っている。
「その質問に答える前に、佐倉の件については共有されているか? そこが共有されていないようだと、経緯の説明が些か面倒になる」
「……佐倉に対して脅迫行為が行われたこと。しかし、それはあくまでも
それに対し、お前が『遠視、透視、念写などの複合能力による犯行』を可能性として指摘したこと。元々はグラビアアイドルの『雫』として活動していた佐倉のファンが、そのファン心理を拗らせてストーカー化し、その者がここの敷地内で生活しており、佐倉=雫と気付いている可能性が高いこと。雫のブログのコメント欄には、その可能性を示唆して余りある、犯人からのものと思しきコメントがあること。
ここまでであれば共有されているし、学校側としてはどう対応するかを話している最中だった」
ゆっくりと語った真嶋は、頭が痛いとばかりに溜息を吐いた。
「であるならば話は早いな。……それに対し、こちらは犯人を挑発することにしたのだ。いつまでも
ご執心の雫が他の男にくっ付いているのだ。オマケに、男には他にも巨乳美少女がくっ付いている。普通に考えて、犯人には我慢が出来ない状況だろうよ。
犯人が直接姿を現すならそれでよし。姿を見せずとも、佐倉が俺にくっ付いている状態で犯人が覗き見れば、俺が逆探知を行うのも可能になるし、そのラインを使っての呪詛返しも可能になる。いずれにせよ、犯人は既に詰んでいるのだ」
そこまでを告げ、一旦天嶺は言葉を閉じた。
ここまでは前提であり、これが理解されないことには話が続かない。
「まあ、男の心理としては尤もな意見だな。佐倉に長谷部だったか……? 俺だってその二人にくっ付かれている様を見れば羨ましく思うぜ」
茶化すように、或いは空気を和ませるように口を開いたのは、生徒会副会長である南雲雅だった。
「おい、南雲。このような場でそのような軽口は慎め」
「いやいや、会長。これは至極妥当な意見ですよ。九角自身、そんな心理を利用して犯人を挑発しているじゃないですか。でなきゃ、くっ付かせるのは佐倉一人だけでも構わんでしょう」
「……まあ、そうだが」
生徒会長である堀北学が注意するが、南雲はどこ吹く風と受け流し、真っ向から反論してみせた。
それは確かに筋が通っていることであり、その点については学も認めざるを得ない。
「まあ、事情を知れば理解も得られようが、事情を知らぬ者にとっては、俺は『好色男』一直線であるからな……。極めて健全な男子学生として好色さを持っていることは否定せんが、知己を得た相手――それも女子から軽蔑と侮蔑の視線を向けられるのは、俺としても流石に堪える。事情を知った上で向けられるなら諦めも付くがな……。
故、先日の応急処置を目撃していることもあり、偶さか通学途中で出会った一之瀬たちにも事情を説明したわけだ。
ああ、そんな真似をして登校しなければいいだろうに――などという真っ当な意見は聞き入れんぞ。こちらとしては、犯人がいつ覗き見しているかも分からんのだ。送られてきた写真から分かるのは、あくまでも『放課後に集中している』ということでしかなく、それ以外の時間帯に覗き見られている可能性はゼロではないのだ」
それもまた、至極妥当な言い分だった。
「それでまあ、九角くんの言い分を至極尤もだと感じたこともあり、私も九角くんにくっつくことにしたわけです。私が美少女かはさて置き、胸の大きさに関しては佐倉さんと長谷部さんにも負けてないと思いましたので……。
あとはまあ、個人的な事情もあって、情状酌量の余地もない、我欲による罪は許せなかったので……」
天嶺に続き、一之瀬が言った。
「今朝の一件があってから、改めて一之瀬さんの個人データを確認しました。……一之瀬さん、貴方は中学時代に万引きを行ったことがあるのですね?」
「……はい」
重々しく理事長が口を開き、否定することなく一之瀬は頷いた。
「これに関しては、かなり高ランクの情報として位置づけられていましたからね。担任では確認できなくても無理はありません」
その情報を知らなかった、担任である知恵をフォローするように前置きした後、理事長は言葉を続けた。
「誤解してほしくないのは、一之瀬さんの万引きは問題として成立していないのです。店側が問題にすることなく一之瀬さんを許しましたからね。
一之瀬さんの個人情報を晒すことになってしまいますが、皆さんに理解を求める必要があるのも事実です。詳細な経緯を語っても構いませんか?」
「……お願いします」
あくまでも優しく、理事長は一之瀬へと語り掛ける。
それを受け、一之瀬もまた頷いた。
そして、理事長の口から、学校が把握している限りの詳しい経緯が語られるのだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「そのようなことが……な。大凡の見当は付いていたが、一之瀬のようなタイプには逆効果だったわけだ。
これは店側の落ち度でもあるな。問題にしないのは構わないが、どうせ内々で片付けるのであれば、『万引きを行った』という罪に対して、何らかの罰は提示するべきだった。やったことが無くなるわけではないのだからな。
たとえ『スタッフへのお茶くみ』であろうと、それが罰として提示されたなら、一之瀬はキチンとやったであろうし、区切りをつけて前を向けた筈だ。
しかしながら、中途半端な優しさを示されたが故に、一之瀬は区切りを付けることが出来なかった。ひたすらに自分を責めることになった。
ともすれば、そうして自責させて反省を促すことが店側の狙いだった可能性もあるが、確かなところは分からんな……」
一之瀬の事情を聞いた天嶺は、感想を告げて深々と溜息を吐いた。
「確かな事実として、一之瀬は責任の取り方が分からず、惑いの中にあったわけだ。自分なりにこうしようという指針は定めたのかもしれないが、それが正しい保証もない。
そんな状況で、俺が一之瀬の宿星に気付き、そのことについて言及してしまった。俺としては注意喚起のつもりだったが、一之瀬は別の意味に捉えてしまった。
朱雀の宿星。『火走り』のチカラ。それは一之瀬の中で、やり場の分からない『自分の罪』を焼き清めるための福音と化した。
本人にその自覚があったかは定かでないが、長らく自分を責め続け、鬱屈とした状況下にあったのだ。これ見よがしな『救い』に飛びついたとしても不思議はない。
その結果として起こったのが、今朝の一件だ。一之瀬は氣に目醒め、チカラを発現させ、自らを――己が罪を浄化するための火柱を立てた」
そして、怪我人こそいないものの、それに多くの生徒が巻き込まれた。
「巻き込まれた連中が酸欠にならなかったのは不幸中の幸いだが、これはやはり『チカラの方向性』によるものという認識でいいのか?」
「おそらくな。今回、一之瀬が求めたのは、あくまでも『己の罪』を浄化するための炎だ。だから、火柱も自分を中心としたものだったし、その範囲も限定的だった。――背中に抱き着かれていた結果、俺もまた対象に含まれてしまったようであるがな……」
学の確認に対し、天嶺は推測と前置きした上で答えた。
現在の生徒会メンバーは、限定的ではあるが鬼龍院からその手の知識を学んでいる最中にある。その分だけ、教師よりは理解と納得が早いのだろう。
「そこに通りがかったのが私ですね。私は植物の声を聴き、彼らの助力を受けるチカラを宿しています。まあ、ご先祖さまから受け継いだチカラですが……。
そして植物の中には、ある意味で私たち以上にこの手の対応に詳しい存在もいます。
曰く、『取り敢えず眠らせておけ。そうすれば、勝手に夢と判断するだろう』とのことでした。私自身、その意見に同意せざるを得ませんでしたので、彼らのチカラを借りて外野を眠らせたわけです」
「森下さんでしたね、感謝いたしますよ。状況を鑑みれば、最善と言えるでしょう。
結界のような能力であれば、公表しても害は少ないかもしれません。ですが、一之瀬さんの炎や脅迫犯の盗撮能力などは、ヘタに公表すると疑心暗鬼を招きかねません。
ルール上、一年の皆さんにはボカした言い方をせざるを得なくなってしまいますが、ただでさえ当校は、目的があってのこととはいえ特殊な環境を形成しています。そしてそれ自体が、疑心暗鬼を生じさせやすい土壌となっているのです。
あくまでも、『生徒』という仲間同士であるうちに、予行演習を兼ねさせるのが目的ではあるのですけどね……。
ですが、その本意に気付く生徒は思いの外に少なく、気付いたところで無視をする生徒も少なくはありません。立派な謳い文句を掲げていても、それが当校の実情なのですよ」
そう言って、理事長は溜息を吐いた。
「大凡の推測は立っている。クラス評価制を採用しているのであろう? そして、月々の支給ポイントはクラス評価に基づく。
また、謳い文句の一つである卒業特典。すなわち『推薦の確約』も、全生徒が対象ではなく、条件を満たした生徒に限られる。大方、生徒に対しては『Aクラスの卒業生に限られる』とでも説明しているのだろう?
そして生徒たちは、学校側からされたその説明を信じ、クラスの評価ポイント――いわゆる『CP』を巡ってぶつかり合う。
そうすることで切磋琢磨を促すのが学校側の目論見なのだろうが、中には
ずばり、システムに則った上で、合法的に退学者を出すのさ。足手纏いの切り捨て、ライバルの蹴落とし……勝負となれば、上を目指すとなれば、何もおかしなことではない。実社会でも普通に起こり得ることだから、その点では予行練習とも言えるな。
そうして切り捨てられた生徒は、『実力が足りなかったから』の一言で片付けられる。普通の教育機関であれば退学者が出るのは余り望ましいことではないが、この学校は謳い文句が謳い文句だ。ある程度までは許容される土壌が元からある。
それは生徒たちも承知のことで、余計に『同じ学校の生徒』という仲間意識よりも、『違うクラスの生徒』という敵対意識、『上を目指すに当たって邪魔』という敵対意識が芽生えやすい環境が意図的に形成されている。
しかし、先も言ったが、教育機関にとっては退学者が出るのは好ましいことではない。その事実はこの学校も変わらんだろう。
また、普通に考えれば、個人評価が優秀な生徒も推薦の対象に含まれるだろうし、そもそもの地力が足りなければ推薦を得たところでついてはいけないということに気付いて然りなのだ。
だが現実には、そういったことに気が回っていない生徒の方が圧倒的に多い。言葉を変えれば、学校側に踊らされているということだ。
だから、クラス毎で退学者の格差も大きい。――まあ、これに関しては初期配属の問題もあろうがな……。
度が過ぎた『秘密主義』はクリーンな組織からは程遠い。しかし、実際にはそんな組織が横行しているのが現実だ。結果、この学校も予行練習として秘密主義を断行せざるを得ない。……難儀なものだな」
己が推測を語った天嶺は、クツクツと嗤った。
天嶺の故郷である鬼哭村、天嶺が属する退魔組織『鬼道衆』は、そういった秘密が無いに等しい。外部に対してはともかく、内部に対しては透明性がとてつもなく高い。だから、この御時世において『村民皆家族』が成り立っているのだ。
そんな天嶺にしてみれば、内部に対してまで秘密を敷く組織など滑稽でしかない。その無様さを嗤わずにはいられない。
「ああ、今のうちに言っておくが、俺は既に見切りを付けているクラスメイトが何人かいるぞ。……代表格は須藤だな。確かにバスケに懸ける情熱は本物だし、身体能力も優れている。だが、それ以外がてんでダメだ。アレは俺のクラスメイトには相応しくない。
まあ、そんな生徒を入学させている辺り、『可能性を拾い上げる』と言えば立派だがな。その世話を偶さか同じクラスに配属されただけの生徒に丸投げしている時点で、システムとしては破綻しているに等しい。そちらの都合で拾い上げたのならば、最低限はそちらで面倒を見よ……というのがこちらの本音だな。
いっそのこと、『Eクラス』でも作れと言うものだ。退学条件を満たした生徒を一律でEクラスへと突っ込む。言わば、本当の足切りラインにして救済ラインだな。
ここで退学条件を満たした生徒は、今度こそ退学せざるを得ない。一方、復活条件を満たした生徒は、好きなクラスへと復活できる。そも、元々所属していたクラスと水が合っている保証もないからな。学校側も、その程度の希望を汲むのは必要だろうよ。
それであれば、俺たちは容赦なく足手纏いを切り捨てられるし、ライバルを蹴落とせる。直接の退学ではないから、足を引っ張られて引っ掛かった生徒にも救済の余地が残る。
どうだ? 個人的には割といい案だと思っているのだがな」
極論にして暴論。しかし確かな正論を、いい機会だから天嶺は叩きつけた。
「実際、ここに入学した生徒の誰しもが誰も、『推薦の確約』を求めているわけではないからな。俺とてその一人だし、そんな生徒は俺の周りに多いぞ。
故、俺たちとしては日々の生活に困らぬだけのポイント支給が得られればそれでいいのが現実だ。
向上心がない、などとは言うなよ? 向上心はあるとも。だが、俺の向く先とこの学校の求める先が一致しないだけだ。
である以上、過剰な闘争に付き合わされるのは御免なのだよ。言葉は悪いが、『猿山の頂上争いは、猿山に登りたい者だけでせよ』……ということだ」
錚々たる面々を前にして、天嶺は怯むことなく言ってのけた。
「些か言葉が過ぎる部分はありますが……。しかしなるほど、『Eクラス』の創設ですか……」
「ありかもしれませんね。こちらの感じていたジレンマが一つ減るのは確かです。幸い、空き教室はいくらでもあります。部屋の確保は容易です」
「担任として宛がえる教師の候補も多いです」
猿山云々はさて置いて、教師たちは思いの外『Eクラス』案に乗り気となった。
「……話がズレてしまいましたね。『Eクラス』については、また別に話し合う機会を設けましょう。
取り敢えず、森下さんのおかげで生徒を誤魔化すことは可能そうです。
その上で確認なのですが、一之瀬さんはもう大丈夫と考えてもいいのでしょうか? 再び暴走して火柱を発生させたりすることはありませんか?」
「大丈夫だと思います。多分に感覚的ではありますが、チカラの扱い方は分かりますので……」
理事長の確認に一之瀬が答えた。
とはいえ、暴走させた当事者の言葉を容易に信じる道理はない。理事長は天嶺へと視線をスライドさせた。
「今回は暴走という形で氣に目醒めてチカラが発現したが、宿星の導きで氣に目醒めた者は、須らく直後に意識を失うものだ。その過程を踏まえた以上、問題はなかろう」
天嶺が補足を入れたことで、場には安堵の空気が広まった。
「では、一之瀬さんと森下さんも、九角くんの協力者という扱いで登録しておきます。
そちらに対して我々は門外漢ですので、お願いしましたよ、九角くん」
「承知した」
こうして、事情聴取は終了したのだった。
『暗殺教室』ではありませんが、本作では『Eクラス』の設立路線で行くことにします。
これであれば、退学者について深く考える必要もないですし。
ぶっちゃけた話、原作で採用されているシステムが、学校の謳い文句や生徒の目的と噛み合ってない気がしますので。
いやまあ、生徒としてはある程度学校に合わせざるを得ないでしょうが、それにも限度があると思うんですよね。
あと、話数を変えて度々同じことを言ってますが、あくまでも話す相手が違うからですね。
たとえ同じことでも、相手が変われば都度説明する必要に迫られるのは当然のことです。
一応、地の文では繰り返さないように注意してるつもりです。
天嶺が学校のシステムに気付きすぎかもしれませんが、設定上は既に働いている身ですし、一組織の後継者でもあります。
必然として、ある程度の後継者教育は受けてますし、そういった立場からの目線は一般的な生徒とは一線を隔して然りだと思います。
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