天嶺たちが入っていった散歩道の入り口近くにあるカフェ。
その一席を陣取った高度育成高等学校・生徒会副会長であるところの南雲雅は、震えた携帯端末に目を落とした。
「九角から連絡が来たぞ、鬼龍院。それらしい奴はいるか?」
メッセージの内容を確認した南雲は、同じテーブルに着いている鬼龍院へと確認を取る。
「ふむ……」
呟いた鬼龍院は、目線だけをキョロキョロと動かして道行く人を眺める。やがて、一人の男性に目を止めた。
ツナギ姿。リュックにスコップ、軍手にタオル……姿恰好だけを見れば、如何にも『これから土いじりを始めます』と言わんばかりだ。
しかし、自身の眼に氣を集中させた鬼龍院には、件の男性を取り巻く陰氣がしかと視えていた。
「いたぞ、南雲。あのツナギ姿の男だ」
「へえ……。端から見りゃあ、整備スタッフにしか見えねえな……」
鬼龍院の言葉に同じ男に目を向けた南雲は、顔を顰めて呟いた。
鬼龍院から氣を学び始めた南雲だが、期間の短さもあって技術の習得には至っていない。知識習得の途上にあるのが実情だ。故に、素のままの視線で確認することしかできない。
天嶺や鬼龍院が視ている視界が分からず、分からぬが故に見逃してしまう。如何ともしがたいその現実に、顰めざるを得なかったのだ。
「まあ、ターゲットが現れたんだ。気付かれぬように後を追って、証拠映像を撮らせてもらうとするか」
呟いた南雲は席を立つ。会計を済ませて、鬼龍院と連れ立って男の後を追い始めた。
その言葉から分かる通り、二人がここにいるのは生徒会役員としての立派な仕事である。普段の業務に比べれば一線を隔しているのは認めるが、理事長直々に頼まれた仕事であるのは間違いない。
事情聴取が終わった際、天嶺は理事長へと一つの頼みを行った。
「理事長殿。これから俺たちは佐倉のストーカーを招きだす。
そして、己を律することを忘れたチカラの担い手がどうなるか。その末路を知らしめる。
故、貴殿らがこの場にいながらもそれを確認できるように、無線のビデオカメラと、撮影係を派遣してほしい。
言葉で言うだけでは、実感が湧かぬだろうからな。である以上、実際にライブ映像を確認するのが一番よ」
その天嶺の頼みを、理事長は了承した。
流石は日本政府直下の名門校である。程なくしてカメラが用意され、撮影係として南雲が、護衛係として鬼龍院が選ばれた次第だ。教師が選ばれなかったのは、単純に身体能力を鑑みてのことである。
南雲と鬼龍院は、共に二年生の中でも最上級の身体能力を誇る。その上で、片方が撮影に専念し、片方が警戒に専念すれば、安全性はより高まるとの判断だ。
今日中に招きだされる保証はない。――しかし、招きだされない保証もない。
ある程度の空振りを覚悟して臨んだわけだが、どうやら初日から引っ掛かったらしい。
南雲は学校に一報を入れ、ビデオカメラの電源を入れた。録画モードにし、犯人と思しき男を撮影しながら、慎重に後を追う。
この場から電源を入れたのは、映像を確認している者たちに捏造を疑われないための措置だった。敢えてある程度の余分を含めることで、リアルタイムの映像であることを強調する手法だ。
同時、南雲が生徒会副会長であるのは知れ渡った事実であるからして、生徒会の腕章を着けた彼がカメラを回していても、周囲が疑問に思うことはない。生徒会の仕事かな……? と勝手に思ってくれる。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
理事長である坂柳成守を始め、一年の学年主任である真嶋智也も、生徒会長の堀北学も、それ以外の者たちも、一様に南雲の手にするビデオカメラから送られてくる映像に集中していた。
カメラが集中して捉えるのは、ツナギ姿の一人の男性。時折手ブレを起こしながらも、慎重に男の後を追っているのが分かる。
「そろそろ四阿があった筈ですが……」
送られてくる映像を脳内情報と照らし合わせながら学が言った。
「その筈だ。たしか九角は、適当な四阿にでも誘き寄せる、とそう言っていたな……」
学の言葉に、天嶺の担任である茶柱佐枝が同意する。
どこの四阿かまでは分からないが、ともすれば間もなく事態が進展するかもしれない。一同は固唾を吞んで映像を見守った。
果たして、事態に進展は表れた。
『お前えええぇぇ……っ!』
突如、男が叫び声を上げて駆け出したのだ。
それを受け、撮影係の南雲も駆け出したのだろう。男を捉えてこそいるものの、映像自体は荒くなる。
間もなく、映像は男の他に天嶺たちをも映し出した。
『これはこれは……。貴殿が佐倉のストーカーかな? よもや初日から来てくれるとは……。手間が省けて何よりよ』
立ち上がった天嶺は、慌てるでもなく冷静に言葉を紡ぐ。その仕草の端々に余裕が表れているのが、映像越しでも見て取れた。
『さて、ストーカー殿。貴殿がどう思っていようと、貴殿の行いは著しく佐倉の精神を傷付けた。おとなしく裁きを受ける気はないかな?』
『ふざけるな! 僕は法を犯してなんかいない! 裁きを受ける謂れはない!
それに、雫ちゃんが傷付いただって? バカを言うな! 雫ちゃんは活動を休止してまで僕に逢いに来てくれたんだぞ! 傷付いているわけがないだろうが!』
天嶺の言葉を、ストーカーは逡巡なく撥ね退けた。
盗撮手段を立証・証明できない以上、前半部分は確かに一面の事実ではあるが、後半部分は何とも己にとって都合のいい物言いだった。
『それこそバカを言わないでください! 貴方の行いが、どれだけ私たちに迷惑を掛けたと思っているんですか!? 事務所は所属アイドルたちの活動を制限せざるを得なくなりました! 私自身は家族とも会えなくなって、三年間の活動休止です! 本来なら、その間にどれだけの活動が出来たと思ってるんですか!? それもこれも、貴方の行いが原因です!
私のファン? 寝言は寝てから言ってください! 私のことを考えられない貴方が、私のファンなわけはないでしょう!』
そんなストーカーに対し、今度は佐倉が激昂した。普段のおとなしい態度からは想像がつかない。
『ああいえ、訂正します。貴方は確かに私のファンです』
しかしその直後、佐倉自身が前言を撤回した。
『だって、貴方は私を天嶺くんと出逢わせてくれましたからね。真に私のことを思ってくれるファンでなければ、こんな「恋のキューピッド」のような真似はしてくれないでしょう?』
優しい笑顔でストーカー男へと告げた佐倉は、そのまま天嶺の腕へと抱き着いて、その頬へと口づけを行った。
「うわぁ……。佐倉ちゃん、エゲツな……!」
映像を見ていた知恵が顔を引きつらせて零した。
知恵と同意見なのだろう。何人かが頷いた。
「歪んだ形とはいえ、想いを寄せる当人から眼の前で自分の行いを嘲笑われたのです。ストーカー男が逆ギレしてもおかしくはありませんね」
そう言ったのは、1-Cの担任である坂上数馬だ。
「見てください! ストーカーの様子が……!?」
生徒会書記、橘茜の言葉で全員が映像に目を戻す。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……!
そんな筈はない。そんな筈はないそんな筈はないそんな筈はないそんな筈はないそんな筈はない……!」
己の頭を両の手で押さえたストーカーは、壊れたミュージックプレイヤーのように同じ単語を繰り返す。
そして――
「う・そ・だ・あ・あ・あ・ぁ・ぁ……!」
奇妙に、エコーがかったように男の声が震える。
それも当然。男の全身が波打ち、全身が膨れ上がり、現在進行形で男の身体を作り変えているからだ。
『ひいっ……!?』
佐倉を始め、耐性のない少女たちの悲鳴が響く。
「離れていよ、佐倉。澪、頼む。――副会長殿たちもこちらへ」
如何に天嶺が実力者であっても、素人を庇いながら、それも動きを拘束されながらだと格段に勝機が下がる。
澪が佐倉を連れて下がった。
「九角、ありゃあ何が起こってんだ?」
声を震わせながら、それでも冷静さを保って撮影を続けながら、南雲が天嶺に問いかける。
「変生だ。……人にあるまじき無下な振る舞いを指して、『鬼』と評することがあるだろう? アレはあながち間違いじゃなくてな。度が過ぎれば、人は文字通りに鬼へと変わることがあるのだ。
もっとも、それが指す『鬼』とは『化け物』の意であるからして、必ずしも鬼の姿に限ったことではないがな」
天嶺が南雲に説明している間にも、男は人から化け物へと変わっている。
そして変生が終わった時、そこには元の男の面影など微塵も残っていなかった。かろうじて、『人型』という共通点を持ち合わせているだけである。
「身体中に無数の目が付いてやがる。……ありゃあ、『百々目鬼』ってやつか?」
「だろうな。原典だと、手癖が悪く窃盗を繰り返す女が変じたと言うが、覗き見や盗撮を繰り返すような輩だからな。『目』が象徴となってもおかしくはあるまいよ」
やはり声を震わせている南雲に対し、天嶺は淡々と答える。
「人ならざるチカラを持つ者は、氣に目醒めておらぬ人以上に、誰しもがああなる危険性を抱えている。
故、チカラに溺れたり、チカラに扱われたりせぬように、常に己を律する必要があるのだ」
「そりゃあ、お前もああなる可能性があるってことか?」
「ああ。もっとも、俺が変生した暁にはあの程度では済まぬだろうがな。
また、変生も決して悪いことばかりではない。特に、一之瀬を始めとする四神の宿星持ちが真にチカラを発揮しようと思えば、変生は避けられんと伝わっている。それを指して『四神覚醒』と言うらしい。
四神覚醒を行えば、変生の証として身体に四神の特徴が色濃く表れるそうだ。かつては、それを己が精神力で制御して十全にチカラを振るった者もいたと聞く。故、変生も一時的なもので済んだとか……」
「……あいつは、どうなんだ?」
暫しの間は、苦悩の表れか。
「無理だ。そも、変生から元の人の身に戻るというのが、例外に等しいのだよ。一度化け物になってしまえば、その時点で存在が化け物として定着してしまうからな。
その道理を覆そうと思えば、それ相応の道理が必要になるのは然りよ。それこそ、龍脈の力を統べるという『黄龍の器』や、それに準じるチカラを持った存在でなければ不可能だろう」
南雲の問いに、天嶺は冷たくも断言した。
超常のチカラを扱うというのは、夢だけが広がるわけではない。相応の陰惨さも併せ持つのだ。
朱雀の宿星を持つ一之瀬であれば、ここからでも人に戻せる可能性を持っているが、天嶺は敢えてそれを指摘しなかった。指摘することで、一之瀬を追い詰めることになりかねなかったからだ。
だが、何も知らせぬままだと、後から知った場合の後悔も増すと思ったので、婉曲的な指摘は行った。現状ではそれが精一杯だった。
「さて。下がっているがいい、副会長殿。ああなった以上は、速やかにその生命を終わらせてやるのが、かつて人であったモノに対する慈悲というものよ」
言葉と手で南雲に下がるように伝えた天嶺は、百々目鬼と化したストーカーに向かって歩み寄る。
「もはやこちらの言葉を解するとも思えんが、それでも敢えて言わせてもらおうか。――外法ってやつを見せてやろう」
木刀『阿修羅』を召喚した天嶺は、それを突き付けて言い放った。
「まずはこれだ。……鬼道・惑衆!」
直後だった。百々目鬼の挙動がおかしくなる。身体を目一杯に動かしてあちこちを見回し始めた。
「鬼道・惑衆。……言葉通り、対象の惑いの中に引き込む術よ。あの無数の目も大した効果を発揮できまい」
言われてみれば然りだろう。確かに百目鬼の様子は、『混乱している』と言い表すのが妥当だった。
「九角くん、私も参加して構わないかな?」
次の一手を考える天嶺の耳に、鬼龍院の言葉が届く。――いや、鬼龍院本人が天嶺の横に並び立ったのだ。
「鬼龍院殿……?」
「これも経験というやつだと思うのだよ。本音を言えば『命を奪う』という行為に思うところがないではないが、速やかに命を終わらせてやるのが人だったモノに対する慈悲だと言うのであれば、私にはそれを否定する言葉はない。
感情だけで否定するのは簡単だが、経験を伴わぬ以上、それは何ら
意図が分からず僅かに惑う天嶺に対し、鬼龍院は淡々と言い放った。
道理といえば道理である。鬼龍院もまたチカラの使い手である以上、いずれこういう事態に遭遇する可能性は捨てきれない。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
だからこそ、天嶺には鬼龍院を妨げる道理がない。それこそ感情論だけだ。
「私も乗らせてもらいますよ、九角天嶺。私自身、ああはなりたくありませんが、けれど実感の伴わない忌避感だけでは心許ないのも確かですしね」
「私も参加する。そりゃあ、あの人の行いは許せるものじゃないけど、だとしてもあんなのは酷すぎる。
だから、私はあの人の罪を焼き祓う。そこに、あの人を『人』に戻すための一縷の希望を見出す!」
そこに、森下と一之瀬も参加を表明してきた。
それぞれに理由は異なるが、世の中はそんなものだ。同じ事柄に対しても、動く理由は人それぞれ。誰しもがご立派なお題目だけで動けるわけではない。
「やれやれ……。物好きな者たちよ。どのような結末になろうと、受け止める覚悟は持てよ」
天嶺の言葉に、少女たちは頷きを以て同意を示す。
「早速だ。九角くん、合わせてくれ。君も龍技を学んでいるんだろう? 私が
「よかろう。ここは一つ、『方陣技』のお披露目といこうか」
方陣技。それはチカラを持つ者たちが協力して放つ、連携技・合体技の総称であり、その種類や方向性は幾重にも及ぶ。
これから天嶺と鬼龍院が行おうとしているのは、龍技を学んだ者が連綿と伝える方陣技だ。
「陰たるは、天昇る龍の爪!」
「陽たるは、星閃く龍の牙!」
『これぞ、連綿と伝えられし龍の技! 秘奥義・双龍螺旋脚ッ!!』
天嶺からは陰の龍技が一、天昇する龍を模したとされる蹴り上げ――『昇龍脚』が放たれ。
鬼龍院からは陽の龍技が一、天道を駆け抜けんとする龍を模した蹴り――『龍星脚』が放たれた。
本来なら反発しあう筈の陰陽の氣は、しかし完全なる合一を果たして『真なる勁』へと至る。
それは名の通りに螺旋を描いて、技を繰り出された対象である百々目鬼ごと周囲を蹂躙する。
だが、それと同時に対象を取り囲む結界が展開され、言うなれば『壁一枚を隔てた異空間』へと閉じ込める。
何ともご都合主義ではあるが、方陣技とはそういうものだ。どれだけ大規模な攻撃であり、どれだけの大爆発が起ころうと、技が終了すれば周辺被害は一切ないのがお約束なのである。
なお双龍螺旋脚は、使い手次第では『真なる勁』に至らないこともあり、その場合は反発の衝撃でダメージを与えることになる。『真なる勁』に至るかどうかで、威力が大きく分かれる方陣技だ。
「
続き、森下の言葉に従い、幾つもの菖蒲の葉が百々目鬼へと突き刺さる。
菖蒲は形が刀に似ているとされ、邪気を祓うとも言われている。同時、音の繋がりから『尚武』の意味合いも持つ。
それ故に、森下のように植物と心を通わせるチカラを持つ者が使えば、ただの葉っぱとは思えないほどの威力を発揮することも可能なのだ。……分かりやすく言えば『蔵○』である。
「炎よ! 願わくば彼の者の罪を焼き祓い、人の身に戻して!」
そして、一之瀬の声に応えるかのように、百々目鬼を火柱が包み込んだ。
炎の中の百々目鬼がどうなっているのか、外野からは確認が出来ない。シルエットすら映らない。
どれだけの時間が経ったか。やがて炎が治まった時、そこには人の身を取り戻した全裸の男性が倒れ伏していた。
「これは、驚いたな……」
呟く天嶺は、言葉通りに驚きを表情に表していた。
四神が一角、朱雀。
可能性としては考えていたが、その宿星持ちが可能とするチカラの一端を、まざまざと見せつけられた瞬間だった。
『魔人』という作品を語るにおいて欠かせない要素は様々にありますが、『方陣技』もその一つだと思っています。
ですので、ストーカーさんにはそのお披露目台になってもらいました。
本作における『双龍螺旋脚』は割と使い手が多い設定であり、使い手次第では『神龍天昇脚』レベルまで跳ね上がります。
これは澳継が頑張って流派を広めた結果でもありますが、舞台背景も影響しています。
この現代社会ではどうしても使える武器が限られてくるんですよね。竹刀や木刀、木槍に弓はまだしも、刃物や銃なんて以ての外です。
結果、徒手空拳に比重が偏らざるを得ない実情があります。
別に世間一般で剣道とかが廃れているわけではないですけどね。
一応、天嶺らには状況次第で真剣を扱う許可は下りてる設定ですが、あくまでも『状況次第』です。
他人の目に付かないのが原則のため、情報化社会ということも相俟って、突発的事態では使えないことの方が多いです。
予告させてもらいますと、そのうちに1-C所属でオリキャラを出します。
端的に言えば、『剣風帖』の京一、『外法帖』の京梧の立ち位置に相当するキャラです。
はい、方陣技『二天鬼王殺』を使わせたいがためです。
ただし、女子です。設定の都合上ではありますが、原作では1-C所属の伊吹澪を、本作では1-Dに引っ張ってきたため、その代替でもあります。
また、名字は『蓬莱寺』ではなく『神夷』になります。
『外法帖』の本編終了後、京悟は旅の途中で『時の狭間』に呑み込まれて未来の日本へと辿り着き、神夷京士浪を名乗って、自身の血脈に連なる京一に剣を教える。
以上が『魔人』の原作設定なわけですが、以前にも言及した通り、本作は『帝戰帖』に繋がっておらず、引いては『剣風帖』にも繋がっていません。
そのため、京悟が『時の狭間』に吞み込まれて未来の日本に辿り着いたところまでは同じですが、そこからは差異を迎えています。
原作同様に神夷京士浪を名乗った京悟は、とある女性と結婚。生まれた娘に剣を継承したという設定です。
で、その娘が登場させるオリキャラになります。
受け入れてもらえたら幸いです。
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