昼休みを迎えてもなお、1-Dの教室にはギスギスとした空気が漂っている。
それも当然。現状を招いた責任の大きい者ほど学校側からの評価が低く、教室内でも最高峰の実力者である天嶺に見放されていることが明らかになっているからだ。
いや、見放しているのは天嶺だけではない。清隆、高円寺、幸村、鈴音……少なくとも、小テストで難問を解いた者ほど、評価の低い生徒を切り捨てていた。
だからこそ、同じく評価が低い方なのに、実力者陣に受け入れられている池、山内、麻耶、真面目ではあるが学力が覚束ない面がある三宅、井の頭、佐倉、長谷部といった面々に対するやっかみが凄いのだ。
まあ、『学力が覚束ない』と言っても、それはあくまで学校基準であり、クラス内では十分に上澄みなのだが……。
なお、恵は『評価は高い方だが、学力は低い方』という、何とも微妙なポジションである。
劣等生集団にしてみれば、『自分は見放されているのに何でアイツは……!』と、そういうことだ。
目を掛けられている面子は、運に恵まれた部分もあるだろうが、差し伸べられた手を早期に掴み取った。言ってみれば、それだけのことでしかない。
こちらの差し出した手を掴んだのだから、可能な限りは面倒を見る。天嶺たちは、至極自然な道理に則って、責任を果たすべく行動をしているに過ぎない。
回数はともかく、手を差し伸べられたのはクラス内の誰もが同じで、その手を撥ね退けた結果として見放されているのだ。
その事実に気付かず、或いは気付いた上で目を背けているから、余計に目を向けられる道理はない。
その滑稽さは、Dクラスに配属された所以を正しく表していた。
そんな折。
「お邪魔するよーっ!」
教室のドアを開き、そんなことを言いながら入ってきたのは一人の女子だった。――女子、なのだろう。多分。
断言できないのは、上着は女子制服だが、下は男子同様にズボンを履いているからだった。そして、顔立ちが中性的であるからだ。
ただ、声の高さは紛れもなく女子である。――それでも、偶に『両声類』なんて言われる人物がいることを鑑みると、やはり断言はできなかった。
「あれ?
「おひさ~、桔梗。五月を迎えて、ようやっとうちのクラスの王様から、他のクラスに挨拶に出向く許可が下りたもんでね。意気揚々と挨拶に来たわけさ!
ま、やり方はどうあれ、クラスのリーダーなんて面倒な仕事を任せてるわけだからね。ある程度はその意向に従わなきゃならないわけよ」
問う桔梗に対し、京と呼ばれた少女は肩をすくめて事情を説明した。
「おおっ、明人もいるじゃん!? おひさ~。変わらず弓はやってる?」
「やってる。……そっちはどうなんだ、
言葉を投げかけられた三宅明人は、億劫そうに、それでも表情には微かな笑みを浮かべて言葉を返した。
「あったぼうよ! ――でも、部活だけで言えば期待外れだね、この学校も。
そりゃあ設備は整っているけど、温い奴と弱い奴ばっかり……。期待値が高かった分、余計にガッカリだね……」
対し、拳を握って返した京だったが、直後にはその表情を一変させた。顔を横に振ってることからして、期待外れ感が如実に伝わってくる。
「だからさあ……!」
しかし、直後には目をギラつかせて、京は真っ直ぐに天嶺を見据えた。
「君と手合わせしたくて堪らなかったわけなんだよ、九角天嶺くん!
数奇な運命の果て、こうして鬼の末裔と龍の末裔が顔を会わせたんだ。君の鬼道の剣と、ボクの無双の剣――どちらが上か、一つ手合わせを願えないかな?」
言葉だけは確認の態を取っているが、逃がす気がないのはヒシヒシと感じ取れた。
「相変わらずか……」
その様子を見て、三宅は深々と溜息を吐いた。
「どういうことだ?」
「通う学校こそ違っていたが、アイツと、同じく1-Cの龍園とは同じ地元でな……。
そんな事情から、顔を会わせる機会が決してないわけじゃなかったんだ。むしろ、多い部類だろう。仲もそれほど悪くない――と思っている。
で、アイツは見ての通りに活発なボクっ娘で、才媛と言っても問題ない程度には優秀で、素行にも基本的には問題はない。その分だけ、男女を問わず人気も高かった。
ただ一点だけ、どうしようもない部分があってな。親父さんから剣を教わっているからかもしれないが、剣に関しては融通が利かないんだよ。
剣道部に所属こそするものの、温い、弱い、と扱き下ろす。
言葉通り、魅力を感じないからだろうな。普段は部活の練習に参加することもない。
だが、大会に出れば誰よりも好成績を叩き出す。だから誰も文句が言えない。……と、アイツの学校の剣道部はそんな状態だったらしい。
勘違いしてほしくないのは、アイツ自身はそれでも剣道部のことを許容していたことだ。そうでなきゃ、大会に出る筈もない。
早い話、明確なまでに『ステージ』が違ったんだよ。部の練習も、部員の実力も、アイツの求めには応えられない。それが分かっているからアイツは大会以外には参加しなかった。
一方、部員の方もアイツを嫌ってる奴だけじゃなかった。むしろ、自分の実力不足に奮起して、実力を向上させる奴の方が多かった。――まあ、嫌ってる奴もいたみたいだがな……。
まあそんなだから、アイツは強さを見込んだ相手には取り敢えず喧嘩を吹っ掛ける悪癖があるんだよ……」
最後に溜息を吐いて、三宅は言葉を閉じた。
「ああ、君にはこっちの名を告げた方が受けてもらいやすいかな? ボクは
腕を組み、獰猛な笑みを浮かべ、目をギラつかせながら、京はその名を口にした。
「蓬莱寺……。なるほど、蓬莱寺か……。腑に落ちた」
同じく腕を組んでいる天嶺は、瞑目しながら納得したかのように頷いた。
「曰く、『龍』に属する剣客、蓬莱寺京梧は、その戦いの最中、神夷京士浪を名乗る人物から『法神流』なる剣術流派を継承した。
また、蓬莱寺京梧なる剣客は、我が祖である九角天戒をして認めざるを得ないほどの漢だったという……。
神夷だけでは些かピンとこなかったが、蓬莱寺の名を出されれば話は別よ。一気に思い出したわ。
そして、蓬莱寺から剣の勝負を挑まれたとあっては、九角としては逃げるわけにはいかぬな」
目を開けた天嶺は、自身もまたその瞳をギラつかせ、獰猛な笑みを浮かべながら京を見つめ返した。
二人の剣士の視線が交わり、視えない火花を散らす。
「へへ、決まりだね?」
「ああ。いつやる? 俺はいつでも構わんぞ」
「問題はそこだよね。ただの剣道勝負じゃ物足りない。ボクたちの試合には、剣道のルールなんて邪魔でしかない」
天嶺の問いに、京は困った顔で言葉を返した。
それが紛うことなき事実であるため、場所の選定が難しいのだ。
勝負の内容を鑑みれば、ギャラリーがいないに越したことはない。いても構わないが、必要以上に口出しされるのは困る。そのため、単に剣道場を借りるだけだと不都合なのだ。
かといって、この学校はそこら中に監視カメラを設置しているため、どこか適当にその辺で、とはいかない。
「ま、そこは生徒会に都合してもらうとするか。こちらの方で頼んでおこう。……それでよいか?」
「ボクはそれで構わないよ」
天嶺が問えば、京は頷いた。
それで一件落着かと思いきや、京は教室内を見回し、彼女の琴線に触れたと思しき人物に次から次へと声をかけていく。
「ねえねえ、ボクは1-Cの神夷京っていうんだけど、君は? 何かスポーツやってる?」
そんな感じで声を掛けられたのは、清隆、高円寺、須藤、平田、澪、小野寺、鈴音だった。
「オレは綾小路清隆だ。厳しい家庭環境だったものでな……。チームスポーツの類はやっていないが、それ以外は割と節操なく学ばされたな……」
「私は高円寺六助。高円寺コンツェルンの御曹司さ! スポーツはやってなくはないが、これといって特定できるものはないねえ……」
「須藤健。俺はバスケ一筋だ」
「僕かい? 平田洋介っていうんだ。サッカー部に所属しているよ」
「私? 私は小野寺かや乃! 水泳部に入ってるよ!」
「堀北鈴音よ。この学校では特に部活には入っていないけれど、空手と合気道は学んでいたわね」
それぞれの返事はこんな感じである。
「っと、いい加減にお昼を食べないと……! ねえ明人ぉ、お邪魔してい~い? 一緒に食べよーよ!」
「はぁ……。好きにしろ」
溜息を吐いた三宅は、諦めた感じで了承した。
「へっへぇ、おっじゃまっしまーす!」
三宅の周辺の空席に陣取った京は、ランチバッグからナポリタンパンを取り出した。
「お前、本当に好きだな、スパゲティ……」
「ま~ね」
呆れた感じで三宅がツッコめば、京は普通に受け入れてナポリタンパンにかぶりつく。
「邪魔するぜぇ」
再び教室のドアが開かれ、またもや別クラスの生徒が入って来た。
「やっぱりここだったか、京。……あん? なんだ、三宅まで一緒かよ」
「久しぶりだな、龍園」
「おうおう、まるで同窓会の会場みてえじゃねーか」
クツクツと笑いながら、龍園はこれまた三宅の周辺席に陣取る。こちらは京と違って許可なんて取りはしない。
「で、そっちのお目当てはどうだったんだい?」
「あ……? あ~、ありゃ、ダメだ。見事なまでに振られちまった。一之瀬の奴、既に先約が入ってやがった」
「ありゃま。そりゃ残念」
「まったくだ……」
溜息を吐きながらDクラス内を見回した龍園は、何人かに視線を止めた。
「先に言っとくと、このクラスだとスカウトするだけ無駄だよ。むしろ、私たちの先達ばっかだから」
「あ……? なるほど……。だからお前はこのクラスに興味津々だったわけか……。得心がいった」
「俺の周りで、よく分からない会話をしないでほしいんだが?」
いい加減、三宅が二人にツッコミを入れた。
集まって昼食を食べるだけならまだしも、訳の分からない会話は止めてほしい。そんな本音がありありと分かる。
「ああ、すまねえな、『弓王』」
「その呼び方は止めてほしいんだがな、『拳帝』」
ニヤニヤ顔の龍園と、仏頂面の三宅が視線をぶつけ合わせる。
「あ~、質問だが、その『弓王』だの『拳帝』だのというのは?」
三宅の隣席でお昼ご飯を食べていた幸村が、我関せずとナポリタンパンを咀嚼していた京へと問いかける。
「……ゴックン。簡単に言えば、地元でボクたちに付けられていたあだ名だね。
ボクたち、しょっちゅう不良に絡まれていて、その度に返り討ちにしてたわけよ。で、そうこうしてるうちに、それぞれが不良共から一定の尊崇を集めてね。
元々剣を学んでいたボクのことは『剣聖』、無手術を学んでいた翔のことを『拳帝』と呼び始めたわけ。
当時、明人には二つ名らしい二つ名はなかったんだけど、コイツってば何の拍子にか弓を学び始めてね。そしたらポンポンと実力を身に着けて、信じられないほどの短さで県大会に出場できるほどにまで腕を上げたわけよ。
結果、めでたく『弓王』の二つ名が不良共から贈られたってこと」
「最初のうちは補導されたりもしたが、後々には町の風紀管理に一役買ってるってことで、内々に感謝されたりもしたんだぜ。
それぞれの派閥なんかが出来たりもしたが、トップの俺たちは別に不仲ってわけじゃねえから、派閥間でも一定の均衡が出来たりしてな」
京の言葉に、龍園は笑みを浮かべながら補足を入れた。
「いい迷惑だったよ。部活に集中したいのに、何度仲裁と制裁に駆り出されたことか……」
「まあ、仕方ねえさ。はみ出し者を抱えられるのは、はみ出し者だけだ。はみ出し者が従うのも、はみ出し者だけだ。――世の中ってのはそうなっている」
表情には笑みを浮かべているが、紡がれた言葉は神妙な響きを伴っていた。
「トップのボクたちがそれぞれに武を学んでいるものだから、派閥の奴らも学び始めたのよ。最初の方は強制的に学ばせたんだけど、いつしか派閥入りするためのルールになってたっけ……」
「ああ。お前の親父さんも、うちの師匠も、目を丸くしてたっけな……」
愉快そうに笑みを浮かべる京と龍園だが、三宅はそうもいかない。
「お前たちは学校と関係ないからいいかもしれないが、こっちは学校の弓道部が不良共の巣窟と化してしまったんだぞ……。本当にいい迷惑だ……」
疲れた様子で溜息を吐く三宅だが、それでもその表情には微かな笑みが浮かんでいる。そのことが、決して悪い思い出ではないことを伝えていた。
「大会とかは面白かったよね。応援席にいるのが、どっからどう見ても不良なんだもん! だってのに、ソイツ等は一心不乱に明人の応援をしてるんだもん! ボクもそうだけど、会場にいた他の人たちも揃って目を丸くしてたよ!」
「ンなこともあったなぁ~。あの時はさんざっぱら笑わせてもらったぜ」
二人は三宅を揶揄うが、その言葉は『二人が明人の応援に大会場に足を運んだ』事実を表すことに他ならない。
「言っとくけどな、それも会場を困惑させた一因だからな?
いやまあ、応援に来てくれたことには感謝するけど、お前らが動けば、お前らを慕う派閥員も動くに決まってるだろうが……。
結果、大会場は一転して不良共の溜まり場に早変わりだ。――にも拘らず、揃いも揃ってお行儀よくして『観客』の範疇を崩さねえもんだから、その困惑と混乱は筆舌に尽くしがたいぞ」
三宅がジト目を二人に向ければ、二人は知ったことかとばかりにそっぽを向く。
何だかんだ、仲のいい三人だった。
そんな折、龍園が動いた。立ち上がり、真っ直ぐに歩を進める。その先にいたのは一人の少女だ。
龍園は少女に向かって口を開く。
「よお。お前、名は?」
「……他人に名を尋ねるのなら、まずは自分から名乗ってほしいのだけどね」
声を掛けられた少女――堀北鈴音は、正論で切って捨てた。
「……ああ、そうだな。そいつは道理だ。
俺は龍園翔。1-Cの王で、『拳帝』で、『青龍』の加護を受ける者だ。――もう一度訊くぜ。『玄武』の加護を受ける女、お前の名は?」
表情には笑みを浮かべ、けれど目は真っ直ぐに向けて、少陽青龍は老陰玄武へと問いかけたのだった。
そんなわけで、予告していたオリキャラ――神夷京の登場です。
ポジションとしては京一や京梧に相当しますが、それ以外にもミサトアオイや、小蒔に小鈴の要素も併せ持っています。
設定としては、『時の狭間』に呑まれた結果、時間を超えて未来にやって来た蓬莱寺京梧=神夷京士浪と、桜井小鈴の子孫の間に生まれた娘です。
イメージCVは当然ながら浅川悠さんですね。
一応、京は三宅のヒロインポジです。
桜井道場は今現在も健在なため、むしろ京以上にその家族が三宅を欲している設定です。
一人娘が剣才特化で弓の才がなく、跡取りどうしようと悩んでいたところに、瞬く間に弓の才を露わにした男――三宅が近くにいたわけですからね。そりゃあ、欲します。
『剣風帖』はラーメン、『外法帖』は蕎麦なことからして、たぶん『帝戰帖』はうどんだったと思われます。
本作ではどうするか悩んだ結果、スパゲティで行くことにしました。
三宅、龍園、京は、通っていた中学こそ違うものの普通に仲がいいです。
龍園や三宅の地元は不良が跳梁跋扈していたのが原作設定ですので、それを踏襲しつつ、違いを表しました。
それぞれが番長ポジで、この三人によって地元の均衡は保たれていました。
『弓王』、『剣聖』、『拳帝』は地元の不良にとって憧れです。
宝泉に関しては、強いは強いですが、本作ではカマセの部類です。
これは設定上、龍園と京が学んでいるのは『武道』ではなく『武術』――それも『古武術』の類だからですね。
相手に勝つだけではなく、『壊す』、『殺す』ことすら当然のものとして織り込まれていることに要因があります。
本作の龍園と京の流派のベースはあくまでも『殺人術』であり、それを『活人術』として使っているに過ぎません。
他方、明言はされてないですが、原作で澪や鈴音が学んでいるのはあくまでも『現代武道』だと思われます。
ベースは『活人術』であり、教えの観点もあって、どこまでも『活人術』の域を出ないわけです。
原作の清隆は、『壊れても構わない』という気で臨むことは出来ると思いますが、思い入れなんかがない分、『壊す気』で臨むことは出来ないと思います。
一方、相手が壊す気で来るのなら、こちらも壊す気でいく。本作の龍園と京はこれを躊躇わずに行うことができ、その違いが勝敗を分ける形になります。
現状、三宅には勝てますが、龍園と京には負けるのが宝泉です。
それでも、強いことに違いはありませんので、三人には一枚劣るものの『狂犬』として地元では名を馳せています。
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