※この作品はR-18です。

外法ってやつを見せてやろう   作:山上真

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第50話:だから――響かないんだよ、君の拳は!

「ねえ、須藤くん。食後の運動がてら、少し僕と――拳で語り合わないかい?」

 

 朝。

 朝食を食べ終えたその席で、平田は須藤に声をかけていた。

 しかしながら、その内容は酷く物騒であった。

 

「あん? 拳で語り合う? 俺とお前がか?」

 

 言葉の意味を理解できなかったのか、須藤は怪訝そうな眼差しを平田に向ける。

 

「うん、そうだよ。……正直に言って、君の振る舞いは些か以上に目に余る。須藤くんのバスケに対する熱意と身体能力の高さは認めるけど、それはそれだ。

 このクラスで一番学力が低く、授業態度も不真面目な君が、テスト対策の勉強会でもその態度を改めない。

 その事実が、他の皆にまで悪影響を及ぼしている可能性は否定できないんだ。下を見て危機感を覚えるんじゃなく、安心感を覚えてしまっているわけだね。『自分の下にはまだ須藤がいる。だからまあ、ちょっとぐらい勉強態度が不真面目でも構わないだろう』……と、こんな感じだね。

 いやまあ、そこについては僕が過去問のことを言ったことが後押ししてる可能性もあるけどね」

 

 クルリとクラスメイト達を見回しながら平田は言う。

 それを受け、何名かは目を逸らした。図星なのだろう。

 平田は基礎学力の不足を強調する意味で過去問という中間テストの解決策を提示したのだが、思惑とは裏腹に危機感の欠如を齎してしまったのだ。

 監視して過去問を配る生徒は選別すると伝えているが、人数差もあって監視しきれないと踏んでいるのだろう。

 そちらも問題だが、一番の問題はやはり須藤だ。

 

「これまでは言葉で自主的な改善を促し、それに期待してきたけど、どうやら期待できそうにないからね。

 そうなると、あとは物理的に分(・)か(・)ら(・)せ(・)る(・)しかない。その場合、一番のコミュニケーション材料となるのはバスケなんだろうけど、サッカーならともかく、僕はバスケはそれほどじゃない。

 だから……ね。昔から言うだろう? 『拳で語る』ってさ……」

 

 言って、平田は己が両拳の甲と甲を打ち合わせた。

 

「もちろん、あくまでもコミュニケーションだ。喧嘩じゃない。仮に怪我を負ったとしても、じゃれ合いが行き過ぎてしまっただけだ。――どうだい?」

「ああ、いいぜ!」

 

 微笑みを浮かべて提案する平田に対し、須藤は不意打ち気味に殴りかかった。

 相手から提案され、こちらは受けた。その時点で、須藤の中では不意打ちではなくなっている。

 だが、それはあくまでも須藤にとっての話。

 まさかイキナリ殴りかかってくるとは思わなかったのか、平田はノーガードでその拳を受けることになった。

 鈍い音が響き渡り、平田が数歩よろめく。

 朝食の直後の席ということで、周りには他にもクラスメイトがいる。当然ながら、悲鳴が上がった。

 そんな周囲の様子と平田の様子を見て、須藤は口を開く。

 

「ヘッ、これに懲りたらデケえ口を叩くのは――」

「ああ、やっぱりこの程度なんだね……」

 

 だが、その言葉は挿し込まれた平田のセリフで中断された。

 殴られた頬に片手を当てて、平田は言葉を続ける。

 

「ああ、誤解してほしくないけど、痛くないわけじゃないよ。むしろ、普通に痛い。――でもね? それだけなんだ」

 

 頬から手を外し、微笑を浮かべ、真っ直ぐに須藤を見ながら平田は言葉を続ける。

 

「実際に殴られてよく分かった。須藤くん、君の拳には、こ(・)こ(・)に響くモノが何もない。何の意思も伴っていない、酷く空虚な拳だった」

 

 平田は『ここ』のタイミングで己が心臓部に親指を当てて。

 

「精々が憂さ晴らし。ただの暴力だ」

 

 笑顔のままに断言した。

 

「それも当然か。『バスケのプロになる』と声高に叫びながら、その実は君自身がちっともそれを信じていないのだから。

 いや、もしかしたら君としては信(・)じ(・)て(・)い(・)る(・)のかもしれない。――だけどね? 周りにしてみれば『つもり』でしかないんだよ。日頃の君の振る舞いが、それを物語っている」

 

 言いながら、一歩ずつ、ゆっくりと、平田は須藤との距離を詰めていく。

 

「君が本当にバスケのプロになるつもりなら、そんな簡単に暴力は振るえないし、振るわない。――そんな暴力選手、誰も起用する筈がないからだ。『プロ選手』と言えば聞こえはいいけれど、『商売』の面があるのも事実だからね。どれだけバスケの腕があったところで、商売の目線でまず弾かれる。

 君が本当にバスケのプロになるつもりなら、キチンと勉学にも力を入れるだろう。――だって、バスケの本場はアメリカなんだから。英語という向こうでの日常言語すら出来ずして、どうやって暮らしていくつもりなんだい? 国内での活動に留める選択肢もあるだろうけど、それだって海外の選手を起用するパターンは少なくない。やはり、英語による会話は必須だろう。

 君が本当にバスケのプロになるつもりなら、もっとコミュニケーションにも気を付ける筈だ。――普段から周りに気を遣わずして、チームメイトに気を遣える筈がないだろう? 君は本当にチームスポーツをやっている自覚があるのかい?」

 

 平田は一つ根拠を挙げては、その理由を重ねていく。

 平田が言葉を紡ぎ、一歩足を進めるたび、須藤は後退っていく。

 平田の言葉は紛うことなき正論だった。だからこそ耳に痛く、聞きたくないという心の表れが行動に出ているのだろう。

 そう、本当に須藤が『バスケのプロ選手』を目指しているのなら、バスケ以外に対する彼の行いは問題でしかないのだ。

 

「人柄やら何やらは関係なしに、バスケの腕前だけでプロになる。確かにその選択肢も無くはないだろう。――だけど、その難しさを、君は本当に想像できているのかい? それこそ、他者とは隔絶した腕前が必要だろうね。起用する側は諸々のデメリットを呑み込むのだから当然のことだ」

 

 平田は、優しく、教え諭すかのように言葉を紡ぐ。

 状況次第では須藤も感銘を受けたかもしれないが、今の状況では恐怖が高まるだけだった。

 

「須藤くんは右利きだったね? なら、少しの間左手が使えなくなったって構わないだろう? だって、君自身が叶うとは信じていない夢なんだから。

 なまじ万全の状態だから、それに気付かぬ振りをして、勉強から眼を背けてバスケに向いてしまうんだ。

 だから、君には暫くの間、左手を使えなくなってもらうよ。左手が使えなければバスケは出来ず、だけど右手が動くなら勉強をするには支障がないだろう?

 それと同時、片手が使えなくなっている間に、君には自分自身を見つめ直してもらうとしよう。

 クラスにとっても、君にとっても、それが一番いい筈だ」

 

 平田は真っ直ぐに須藤を見据えて言い放つ。

 淡々としているからこそ、それでいて笑顔を浮かべているからこそ、その言葉には怖さがあった。

 

「う、うわあああぁぁっ!」

 

 平田の放つ空気に呑まれてか、須藤が拳を放つ。

 それは再び平田の頬へと突き刺さった。

 

「だから――響かないんだよ、君の拳は!」

 

 須藤の拳が突き刺さったまま、平田は須藤を睨みつけた。そして、棒立ちになっている須藤の足を払う。

 強制的に尻もちをつかされた須藤の左腕に、平田は片足を乗せる。

 平田はかつて、その強固な意思一つで自身が通っていた学校を丸々支配下に置いたのだ。

 自分たちと同じ学校の生徒をイジメ、その末に自殺に追い込み、それでいて反省せずにイジメを繰り返すような民度の低い不良共を震え上がらせたのだ。

 その願い通り、『イジメの撲滅』を平田は成し遂げたのだ。――まあ、それによって自分が『イジメる側』として見られるようになってしまい、それに伴って学校から活気が失われたのは想定外であり、それによって平田は苦しむことになってしまったのだが。

 だからこそ、平田がひとたび意思を定めれば、須藤程度が相手になる筈がないのは道理だった。

 少なくとも、須藤健という人物は、自らが掲げる目標に対して行動が伴っていないのは否定できない事実である。『プロのバスケ選手になる』という想い自体は強いのかもしれないが、バスケの実力一つでそれが為せると思い込んでいる辺り、その中身はスカスカなのだ。

 想いの中身がスカスカだから、周りに当たり散らせるし、喧嘩っ早いし、授業を真面目に受けることもないと言われれば、誰しもが否定はしきれないだろう。

 対し、今の平田は、クラスメイトの笑顔を維持するためには暴力を振るうことも辞さない。何もせぬまま、クラスメイト達が退学になるのを見過ごすよりはマシだという決意がある。たとえそれで自分に笑顔が向けられることが無くなったとしても、自分の見えないところで笑顔が維持されるのならそれで構わないという覚悟がある。

 意思と意思のぶつかり合いで、平田に軍配が上がるのは必然である。 

 

「ひ、ひぃ……っ!?」

 

 片や、恐怖を露わにした表情で平田を見上げる須藤。

 片や、微笑みを浮かべたまま、須藤の左腕に片足を乗せて、徐々に体重を掛けていく平田。

 怪我の度合いはともかくとして、どちらが勝者なのかは誰が見ても一目瞭然だった。

 

「わ、分かった! 真面目に勉強する! 態度も改める! だから頼む! 俺からバスケを取り上げないでくれ!」

 

 必死に嘆願する須藤。

 まっすぐ須藤を見据えたまま、それ以上の行動を移さない平田。

 

「櫛田さん、契約書の用意をお願いしてもいいかな?

 僕としても、須藤くんが態度を改善してくれるなら、それに越したことはないんだ。――だけど、どうしても『その場しのぎ』を疑わないわけにはいかないからね」

 

 須藤から眼を離すことなく、平田は桔梗へと声を掛けた。

 

「は、は~い。準備するからちょっと待ってね!」

 

 平田にそう答えた桔梗は、慌てた様子でその場を離れていく。

 周りにしてみれば、契約書を取りに行ったとしか思えないだろう。

 

「あ~、ビビった。これは平田くん、説明してない私のチカラに気付いてるね……。確信や確証はなくとも、推測してるのは間違いないね……」

 

 物陰に移り周囲の視線をシャットアウトした桔梗は、胸に手を当てて呟く。

 平田は桔梗のチカラである『秘密は美酒にして毒』を知っている。である以上、普通に考えてそ(・)れ(・)だ(・)け(・)と思う方がおかしい。ノータリンならともかく、平田ほど優秀な人物なら説明された以外のチカラについても考えを運ばせるだろう。

 その際に、『秘密は美酒にして毒』の能力から、ある程度の方向性を見当付けることは十分に可能だ。『秘密』、『情報』、『契約』などがそれに当たるだろう。

 そしてそこまで考えが及べば、桔梗がそれらを軸にした、もっと使い勝手の良い能力を持っていると推測することは難しくない。

 

「ま、これでバカどもがおとなしくなるんなら、私にとっても損はなし。ここは素直に協力するとしますか」

 

 言って、桔梗はチカラを行使。どこからともなく契約書を取り出した。

 平たく言えば、『第三者間同士での契約』の際に用いるチカラである。名前はまだ決めていない。

 行使条件は、桔梗が仲立ちすること。平田に話を振られたことで、行使条件は成立している。

 取り出した契約書を手に、桔梗は慌てた様子で平田たちの元に戻る。

 

「はいこれ。時間がなかったから割と雑だけど、これでいいかな? 大丈夫だったらサインを入れて」

 

 契約書の内容は簡単だ。

 

 ・須藤健は態度の改善に努めることとし、正当な理由なく破った場合は、一時的にバスケに支障の出るペナルティを負う。また、ペナルティの内容は都度都度変わる。

 ・改善基準と改善努力の程度、破った理由の正当性は平田洋介が定めることとする。

 ・契約期間は高度育成高等学校に在学中とする。

 

 以上の三点が記載されており、これであれば須藤も理解できるだろう。

 平田はスラスラとサインを入れ、須藤も――未だ左腕が押さえ付けられたままであるために、――不格好だがサインを入れた。

 両名のサインが入ったことで、契約書は光り輝き、効果を発揮する。

 それに合わせ、平田も須藤から足を退けた。

 

「おい! 今のは何だよ!? 何でイキナリ紙が光るんだよ!?」

 

 須藤の詰問に答える前、平田はチラリと桔梗に視線を送る。

 視線の先で、桔梗はウインクをしながら紙を消した。それを見て、平田は今の契約書が桔梗のチカラの産物であることを確信する。――だが、それを馬鹿正直に言う訳にもいかないだろう。

 

「何だ、と訊かれてもね。詳しいことは僕たちも知らない。知っているのは、九(・)角(・)く(・)ん(・)た(・)ち(・)が(・)契(・)約(・)を(・)結(・)ぶ(・)際(・)に(・)用(・)い(・)て(・)い(・)る(・)ら(・)し(・)い(・)ということ。それだけさ」

 

 本当は桔梗のチカラの産物だが、今の桔梗は天嶺らの協力者であるため、全くの嘘ではない。『たち』に桔梗が含まれるからだ。

 また、語尾に『らしい』と付けて不確定にすることで断言も避けている。

 同時、元々が天嶺らの所持品と理由付けることで、何か怪しいことが起こっても周りは勝手に納得してくれる。それだけ入学初日のインパクトは大きく、未だ印象に残っているのだ。

 

「たぶんだけど、呪いか何かを用いることで、契約を破れないように、遵守させるようにでもしてるんじゃないかな? 一般的な契約だと『バレなきゃいい』の精神で破る人もいるからね」

 

 さり気なく桔梗も説明に参加した。

 彼女が契約書を持ってきたこともあり、ある程度のことを知っていてもおかしくはない。そんな感じに、周りが勝手に納得してくれると踏んでのことだった。

   

「ゲッ!? 九角の野郎の持ちもんかよ……。アイツのもんなら、本当に呪いとかが起こってもおかしくはねえか……」

 

 目論見は当たり、須藤は顔を顰め、左腕をさすりながら納得する。

 

「……さて。理由はどうあれ、須藤くんも真面目に勉強に取り組んでくれることになったんだ。

 中間テストまでの猶予は短く、皆の学力は心許ない。まずはその事実を認めて、皆も真面目に勉強しようか。

 しないなら、僕はまた行動を起こすよ。何もせずにみんなが退学になるのを見届けるよりは、たとえ恨まれてでも皆に勉強をさせて、皆で残れることの方がマシだからね」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべた平田は、クラスメイトを見回しながら宣言した。

 頬に残る殴られた後が痛々しいが、だからこそ、言葉の現実味を引き上げる。

 言うことを聞かない場合、どうなるか分かったものじゃない! ――クラスメイト達を戦慄が襲う。不真面目だからこそ尚更だ。

 実際、平田は容赦なく須藤の左腕を折ろうとしたのだ。それは須藤の『バスケバカ』っぷりと『喧嘩っ早さ』と『学力不振』が揃ったからこその選択だったわけだが、自分たちが同じ目に遭わないとは限らない。

 

「ゲーム……? 君の学力だとそんなのやってる余裕はないでしょ。赤点取って退学してもいいのかい?」

 

 などと言って、容赦なくゲーム機を破壊される光景がアリアリと思い浮かんだ。特に男子たちは。

 恐怖に震えるクラスメイト達を余所に、王が平田に声をかける。

 

「その前に、平田くんは手当てが先です!」

 

 王の手には救急箱。

 

「はーい! 平田くんが手当てを受けている間、他の皆は勉強勉強!」

 

 パンパンと手を打ち鳴らしながら、千秋がクラスメイト達に勉強を促す。ついでとばかり、その際に脅すのを忘れなかった。

 平田の行動でタチが悪いのは、『赤点退学を防ぐための強攻策』という言い分があることだ。この学校では、『言って分からないから殴ってでも分からせた』という言い分が通りかねない。普通ならあり得ないと断言できるが、『連帯責任制』の名の下に毎月の小遣いまで制限されるのがこの学校である。

 対象が普段から優等生を通している平田と不真面目な学生では、平田を擁護する教師だっているだろう。

 そもそも、生徒の不真面目さと同時、『連帯責任制』と『放任主義による生徒の自主性を重んじた教育制度』が敷かれてあるからこその選択と言われたら、学校側は全てではないにせよ言い分を認めざるを得ない筈だ。

 などという旨を言って聞かせる。

 そこに一定の筋が通っていることは事実であり、クラスメイト達は感情論以外に言い返す術を持たない。そこまで頭が良くはなく、だからこそ危機感を持たれているのだ。

 何にせよ、平田が『優しいだけの男ではない』ということを示し、クラス内においては不良の代表格と言える須藤を真っ先にやり込めたことで、クラスメイト達は今度こそ危機感を持って勉強に臨むのだった。




まあ、平田は拳一つで学校を支配下に置いた男ですから。
幼馴染みの杉村が飛び降り自殺を図っても断固たる行動を取らなかった学校に、断固たる行動を取らせたほどの男ですから。
ひとたび意思が定まれば、その行動力と決断力は群を抜いているのは間違いありません。

平田にしてみれば、須藤はかつて自分が撲滅した不良学生と大差ないでしょう。
単に同じ学校の生徒で、クラスメイトだからこそ、態度が甘くなっているだけです。
まあ、最大の要因は中学の一件で負ったトラウマによるものでしょうが……。

原作との差異として、本作の平田は天嶺らとの交流により、中学の一件に対して精神的にそれなりの決着をつけています。
そのため、原作以上に精神的に余裕があります。
それぞれの優先順位が異なるだけで、味方もいますしね。

そんなわけで、平田がひとたび覚悟を決めれば、『この時点での須藤では相手にならない』というのが本作の解釈です。
少なくとも、『意思』という点では雲泥の差があるものと解釈しています。

本作の平田は、『ガンダムW』シリーズのカトルや『ガンダムSEED』シリーズのアスランをイメージしています。

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