天嶺らが結界を張り終えて戻った時、怪獣大決戦は未だに続いていた。
「無理もないことだが、やはりまだ続いているか……」
「お帰り~。そりゃねえ……。まあ、一年の方はそろそろ終わりそうではあるけど……」
天嶺の言葉には澪が答えた。
その内容に天嶺が一年の四神連中へと眼を向けると、確かにそろそろ終わりそうではあった。
どれだけエネルギー総量が膨大であっても、素体となっているのはあくまでも人間である。
そして、特に葛城と鈴音は覚醒の衝撃で暴走しているだけだ。理屈で考えれば、そんなのがいつまでも長続きする筈がないのである。
宿星が四神であり、保持者が宿星に限りない適性を持つからこそここまで長く続いただけで、四神でさえなければもっと早くに暴走は治まっていたことだろう。
もっとも、同じ四神の宿星持ちであり、一足早く覚醒したためチカラの扱いに関しては一日の長があった帆波と龍園が対応してこその結果であるのは忘れてはならない。
「あ゛~、マジで疲れたぜ……。もう二度とやりたくねえ……」
「にゃはは……。そこについては同感かな……」
そうこうしている内、暴走を終えて人の身に戻った葛城を俵担ぎにした龍園と、同じく人の身に戻った鈴音を背負った帆波がやって来た。
葛城を下ろした龍園は疲れ切った様子で地べたに尻もちを着き、鈴音を清隆に預けた帆波は麻子と千尋に支えられた。
「よお、お疲れ」
「おう。……人除けは問題ねえのか?」
天嶺が龍園に声をかけると、彼は片手を挙げて訊き返してきた。
「まあな。今回は『ここの光景と音を外に洩らさない』、『近付く人物の注意を逸らす』、この二点に効果を限定すればいいんだからまだ楽な部類だよ。
特に、ここら辺の効果は『結界』としては順当な部類だから、その分だけ技術と知識は練磨・研鑽されている。
加え、情報化社会が進むにつれ、『不思議』に興味関心を示す人が少なくなったこともある。根底的な興味関心がなくなったわけではないが、場合によっては容易く『気のせい』で済まそうとするのが大半だろう。
トドメとして、入り口にこれ見よがしに目立つ印を刻み、それを以てここへの興味関心を失う暗示が掛かるようにしてきたからな。
よっぽど強固な目的意識を持ってここへ近付こうとする者か、一定以上の耐性を持つ者でなければ、自然と入り口で引き返すことになるだろうさ」
龍園の問いかけに、天嶺は腕を組んで答える。
そこに関しては自信がある。
「つまり、時任の野郎が来たのはどっちかに該当するってことか?」
言って、龍園は天嶺らが新たに連れてきた闖入者の片割れへと顎をしゃくる。
「そういうことだな。俺も知らなかったが、あの二人は元から
「『時を任ずる』――別の見方をすれば、『予知や予測による状況の先読み』にも繋がるか……。そういった能力を持つが故に、その名字を名乗るようになった、その名字を名乗るように命令された、そういう可能性は確かにあるか……」
「付け加えると、勢力争いの末、『時任』が『秋月』に取り込まれて分家と化した可能性もあるだろうな。まあ、真偽のほどは分からんが……」
企業でも吸収合併なんてのはあるのだから、家でも同じことが起こったとしてもおかしくはない。
「ヘッ。まあ、そこら辺の真偽はどうでもいいさ。重要なのは、時任の野郎が関係者ってことだ。それだけで誘う理由としちゃあ十分だ」
言って、龍園は立ち上がった。
そのまま裕也の方へと足を向ける。さっそくスカウトに移るのだろう。精力的に活動する辺りは流石だ。
「残る問題はあちらか……」
龍園から視線を外し、天嶺は学と南雲の
「どわっ!? うわったぁっ!? たわらばっ!?」
南雲は何度となく学に挑みかかっているが、その度に軽々と受け流され、投げ飛ばされている。
率直に、弄ばれている、と言っても過言ではないだろう。
南雲が優れた身体能力を持っているのは天嶺も認めるところだが、こと『戦闘』という面で見ると、正式に空手と合気道を学び、その両者において
である以上、真っ向勝負で南雲が学に勝てる道理はないのだ。世に絶対がない以上は可能性自体は存在するだろうが、それが成立する確率は極々低いものとなるだろう。
学にしろ南雲にしろ、事前にそれが分からない道理はない。
その上で学が、『南雲ならば乗り越えられる』と考えた可能性はあるし、それを否定することは出来ない。
しかしながら、この光景を見ていると、その可能性の現実味が段々と無くなっていくのも確かだ。
そうなると、別の可能性も思い浮かんでくる。
「だあああぁぁーーーっ! もう無理っすわ! 参りました! 認めます! 現状、俺が独力で先輩に勝てる道理はありません!」
天嶺が別の可能性に思考を向けたのと時を同じくして、南雲が降参宣言をした。
地べたに座り込んで、言葉通りに両手を挙げている。
これまで散々と投げ飛ばされたこともあり、南雲の全身は砂まみれ・埃まみれとなっており、その端正な容姿が見る影もない。
「ほう? であれば、どうする? 先にも言ったが、俺に無条件で干渉できるのはお前と鈴音だけだぞ。
さしもの俺も、目醒めたてで十全な制御など出来んからな。そのように条件づけることでエネルギーの大半を半自立稼働させ、自意識と身体の行動権を保つのが精一杯だ」
腕を組んだ学が、南雲を見下しながら告げる。
そう、それが前提条件なのだ。
そして、学は四神が一角である玄武の宿星持ちであるが故に、そのチカラに覚醒した彼を力ずくで如何こうするのは至難の業だ。
だからこそ、天嶺らも学の相手を南雲に任せたし、任せざるを得なかったのだ。
悠然と告げられたその言葉に対し、南雲は座り込みながらも口元に弧を浮かべて学を見上げる。そして言った。
「無条件で干渉できるのは、でしょう? 裏を返せば、条件を満たしさえすれば、他の人物だって干渉できる。――少なくとも、理屈の上ではそうなります」
そう。それが『別の可能性』へと繋がるのだ。
南雲の言葉に対し、学は言葉を発さない。無言のまま、『続けろ』と促した。
「こういう言い方はどうかと思いますが、世の中には『お約束』ってやつがあるんですよ。某少年誌の三原則と言われる『努力・友情・勝利』みたいなものですね。
そりゃまあ、人によって趣味嗜好は様々ですし、それに伴って優先する志向は違って然りです。だからこそ、俺と会長は互いの能力を認めてこそいるものの、相容れない部分があるのは否定できません。
その上で、こういう『暴走を治める』とかってのにも、やっぱり『お約束』ってのは存在するんですよ。そこに会長の志向を踏まえて考えると、見えてくるものがあります」
やはり学は言葉を発さない。しかし、その口元は僅かに弧を描いた。
「分かりやすく言えば、『家族』、『見所のある後輩』、『ヒロイン』ってところですかね。実際、会長が無条件に干渉できる相手として示したのは条件に合致しています。
家族やヒロインの、実力行使も辞さない必死の懇願で己を取り戻す。或いは、見所はあるが未熟な後輩の壁として立ち、後輩は見事に壁を乗り越える。……ここら辺は特にお約束の部類でしょう」
南雲は言葉を続ける。
告げられた事例は、確かに創作物ではありきたりなパターンと言えるだろう。
「考えてみれば、保守的な先輩がこれらの『お約束』を踏襲しない筈がないんですよ。
このうち、俺は失敗しました。可能性はあったかもしれませんが、流石に体力の限界です。
妹さんも言わずもがな。ともすれば、妹さんが早期に暴走を治めて会長を止めるのを期待していたのかもしれませんが、現実はそう上手くいきませんでした。
というわけで、俺に打てる手は残り一つだけです。俺は会長と橘先輩の接触を嘆願します。
どうです、会長。橘先輩が会長に触れるのを許可してくれませんか?
橘先輩、会長を止めるのに協力していただけませんか?」
南雲は、生徒会の先輩二人に対して乞うた。
「ああ、許可しよう。……他人を利用するのではなく、素直に協力を頼めるようになったか。お前の成長、確かに見せてもらったぞ、南雲」
柔らかな笑みを浮かべ、学は南雲に答えた。
「私だって、会長を――堀北くんを止めるのに躊躇うつもりはありません!」
一方の橘も、そう言って学へと駆け出す。
これまでも近付こうとしていたのだが、周りによって止められていたのである。
しかし話の流れの中、橘を学に接触させるのが
「堀北くん!」
「橘!」
駆け寄った橘は学に飛び込み、学は両の腕でシッカリと橘を抱きとめる。
「橘……。これからも、どうか俺を支えてくれ」
「堀北くん……。はい! これからも、私は貴方を支えます!」
学が腕の中の橘に嘆願する。
橘は学の顔を見上げ、力強く承諾の返事を返した。
「ああ、安心した……。周りはやたらと俺を持ち上げるが、俺自身は過大評価だと思っている。未熟な俺は、支えてくれる人物がいないと耐えきれんよ。だからどうか、これからも頼む」
言い終えた瞬間だった。周辺の水柱が収束していき、ついには大気と入り混じり、影も形も見えなくなった。
そして――
「堀北くん!? 堀北くん!?」
ここまで自意識を保っていた学もとうとう気を失い、橘を下敷きに倒れ伏していた。
流石に橘もAクラスということか。予期せず学に押し倒される形になっても怪我一つ負ってはいないが、それはそれ。性差の違いは大きいらしく、学を押し退けられずにおり、橘の顔は真っ赤に染まっている。
「やれやれ。どうにか一件落着と言ったところか……」
それを見て、天嶺は安堵の息を吐いた。
「人的被害はともかく、環境被害は大きいですけどね……」
それに対し、頭を押さえて続けたのは理事長だった。
その言葉通り、周辺の環境被害は大したものだった。
グラウンドの所々は、隕石でも落下したのかと言わんばかりに深く抉れている。――実際は葛城と龍園による肉弾戦の余波だ。
金網フェンスだってズタボロだ。――こちらは帆波と鈴音の余波である。
学と南雲がぶつかり合っていた方は比較的マシだが、あくまでも比較的である。一年連中に比べればマシなだけで、決して被害が出ていないわけではない。
これらを元通りに修繕しようと思えば、当然ながら多大な手間がかかるだろう。費用もその例に洩れない。
理事長が頭を抱えるのは当然と言えるだろう。
「その言葉には同意するが、『四神のぶつかり合い』という内容を踏まえれば、被害は極小だよ。眼の前で見ていた俺ですら、この程度の被害で済んでいることを今以て信じられん」
理事長を慰めるように、天嶺は言葉を放つ。
その言い分に嘘はない。極論、小さな町程度ならその身一つで崩壊させてもおかしくないほどのポテンシャルを持っているのが四神の宿星者だ。その内の三名が暴走、二名も本領を発揮してぶつかり合った結果の被害としては、極小も極小の規模である。
「いやまあ、確かにフィクションさながらの光景でしたし、そう言われたらこちらとしても否定はできませんが……」
理事長はこちらの界隈については門外漢だが、それでも知識として知っていることはあるし、想像を働かせることもできる。であるからこそ、天嶺の言葉を完全否定することも出来なかった。
この被害は、葛城を龍園が、鈴音を帆波が、そして学を南雲が相手取った結果ではあるのだが、学はともかく葛城と鈴音は自意識を保てぬほどに暴走していたのも事実なので、龍園と帆波がスルーされる可能性も無くはなかったのだ。
そこについては、龍園と帆波がどれだけ頑張っても如何ともしがたい部分だ。相手の自意識がなかったからこそ、運に左右されている部分も大きい。
そして、仮に龍園と帆波がスルーされ、その上で葛城と鈴音が暴れ回っていたなら、被害はこの程度では済まなかっただろうことは容易に想像できる。
「ねえねえ、九角くん。まだ時間もあることだし、ボクたちの手合わせもやっちゃおうよ! 元々その予定だったし、お互いにそこまで疲れてもないでしょ?
まあ、地形被害が酷いのは認めるけど、実戦ってのは必ずしも足場が整っているわけでもないしね!」
難しい顔で黙り込む二人の元にやって来た京が、明るい口調で提案してきた。
「この状況でですか!?」
「まあ、道理ではあるか……。ここまで酷くなってしまえば、整備にどれだけ時間が掛かるかも分からんし、そうなると手合わせも必然的に伸びてしまうしな……」
思わず叫ぶ理事長。
その横では、表情こそ変わらないものの天嶺が同意を示した。同意の理由は後半部分に集約されている。
「ま、そういうこと! ボクも決して我慢が出来ないタチじゃあないんだけど、過度にオアズケを食らわされるとどうなるか分かんないのも事実だからさ!」
「まったく……。そんな闘氣を放ちながらでは脅しに他ならんではないか……」
天嶺は京に対し、呆れと溜息を隠しきれない。
こうして、当初の予定通り、天嶺と京による手合わせが行われるのだった。
本作のモットーは『お約束を外しつつ、外さない』にあります。
『お約束』の幅が広がっているのが現実だからこそ、そうせざるを得ない部分があるのは事実ですけどね。
本作において、学のヒロインは茜で固定です。
だからこそ、最終的に学を止めるのは茜で確定していました。
二人の関係を進展させることは、人間としての成長にも繋がると思っています。
保守的思考であり、スペックの割には大義名分がないと大胆な決断が出来ない学だからこそ、二人の関係を進展させるにも『お約束』に沿わせる必要があったわけです。
自然、南雲にはかませ犬を演じてもらうことになってしまいましたが、『他者を利用する』のではなく、『他者に協力を求める』という点では南雲の成長に繋がっていると思います。
南雲は原作も認めるハイスペックですから、特に後者を導くのは難しんですよね。
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