「おーい、アルベルトおぉぉ……っ!」
「Hey,syster!」
京が大声でアルベルトの名前を呼ぶと、竹刀袋を手に持ったアルベルトが近付いてきた。黒人とのハーフだけあってかそのガタイは大きく立派で、どうしても竹刀袋がミニマムに感じてしまう。
京の呼びかけに対して『syster』と答えていたが、『やあ、兄弟!』とかそんなノリだろうと天嶺は勝手に結論付けた。
近付いてきたアルベルトは、その手の竹刀袋を京へと差し出す。
「ヘヘッ、Thank you!」
無駄に発音よく答えた京は、差し出された竹刀袋を受け取り、その中身を取り出した。――もっとも、出てきたのは竹刀ではなく木刀だったが。
「……何の変哲もない木刀だな」
木刀に目を凝らした天嶺は、やがてポツリと呟いた。『阿修羅』とは異なり、本当に何の変哲もない木刀だった。
「そりゃあね。『阿修羅』だったらボクも持ってるけど、アレを使っちゃうと
「違いない」
やや慌てたように告げる京に対し、天嶺は苦笑を浮かべて同意した。
「コレであれば、ボクらの手合わせには妥当なところかなって思ってさ!」
「ふむ……かもしれんな」
やや思案して、天嶺は頷いた。
正味な話、こんな何の変哲もない木刀では、天嶺も京も実力を発揮しきれない。使う分には十分だが、使いこなすには至らない。何せ、使いこなす前に得物の方が耐えきれずに壊れるからだ。
天嶺と京の双方が氣に目醒めている以上、戦闘に氣を用いるのは必須である。剣士同士の戦いともなれば、得物にも氣を流す。それが道理だ。
しかし、この手の大量生産品は許容限界量が低い。用いる素材次第では多少マシにはなるが、基本的にはその道のプロ職人の手作り品には遠く及ばない。
プロ職人がプロ意識を持ち、一念を込めて手作りするからこそ、たとえ職人が氣を知っておらずとも、その作品は氣に対する許容量が高まるのだ。その工程の多くが機械作業による大量生産品は、そういう点では格段に劣るのは否めない。
逆に言えば、得物を気にして常に加減を試みなければならないからこそ、二人の手合わせには最適と言えるかもしれなかった。
そういう部分を気にして、それでもなお一定以上の実力を発揮できてこその
無論、物体の強化というものは、中から鍛えるだけに限らない。外周に氣を纏わせるのも立派な強化である。
しかし、氣という超自然的かつ超常のエネルギーを用いるとはいえ、振動や衝撃というものは伝わって然り。その際に、氣を纏わせている肝心の物体が柔であれば、すぐに使い物にならなくなるのが道理だ。
中と外、両面の強化を自在に行えてこそ一流であり、その度合いによって幅も異なるのだ。
足場に関しても同様だ。いざ実戦ともなれば、常に足場が安定しているとは限らない。むしろ、ホラーにありがちな廃村や廃トンネルが舞台となれば、足場は不安定な場合が常だ。長年の間人が寄り付かず整備もされていないからこそ『廃』の字を冠するのだから当然である。
まあ、霊場で修業を積んでいる天嶺らにしてみれば、この程度の足場の悪さは至極普通なのだが。
もっとも、それは『氣の使い手』と『戦士』の二足の草鞋を履いているからこそのルールであり、今回はそこに『剣士』も加わる。
然るに、理解や納得をしきれる者ばかりとは限らないのが現実だ。
「お! この状況でも手合わせをすんのか?」
興味深げに、それでいて首を傾げながら訊いてきたのは南雲だった。
彼は優れたスペックを誇っており、その上で氣に目醒めこそしたものの、その心根は『戦士』の域には至っていない。自然、どうしたって
「まあ、これはこれで好都合な状況ではあるからな」
「単純問題、手合わせって言うのは『測り合い』だからね。細かく分ければ測る対象はその時々で異なるし、最適な測り方もまた然り。双方の得物が心許なく、足場も不安定というこんな状況だからこそ、むしろ相手の
尋常な勝負は心掛けとしては立派だが、それを基準としている様では戦士としては二流三流もいいところだ。
曰く、『常在戦場』。どんな状況でも緊張感を持ち、油断せずに物事に取り組む心構えを維持できてこそ一流の戦士である。
その上で、頑迷になりすぎず、適度にリラックスできることが
単純に言えば『メリハリをつける』ということだ。
「まあ、分からんでもない。俺は生徒会に入るまではサッカー部だったんだが、やっぱ屋外競技だからな。場合によっては雨天決行もあるし、そんな時には気分が萎えてもおかしくはねえ。……が、それでもなお勝利を目指して勝負に臨めてこそ、ってな部分はある。
そうだろ、平田?」
「……え? あ、はい、そうですね。学校によっては、敢えてグラウンドを水浸しにして、雨天時を想定した練習を行っているところもあったと聞きます」
話を振られると思っていなかったのか、平田はややどもりながらも南雲に答えた。
「……だとさ。ま、そんな感じで、ある程度の不安定さならこっちも分からなくはないんだが――正直に言わせてもらえば、これは俺たちの想定する『ある程度』を容易く凌駕してるわ……」
穴だらけのグラウンドに目をやった南雲は、肩をすくめて溜息を吐いた。
「ま、平たく言えば『領分の違い』よな。理解や納得が出来なくとも、こちらとしてはそれで通してもらうしかない」
こちらは教師たちを見回しながら。
純粋問題、こんな状態での手合わせなんぞ、教師としては認められる筈もないのが道理である。
そのことに対して理解は出来るが、それで中止を押し通されようものなら天嶺としては堪ったものではない。戦力の確保は天嶺としても喫緊の課題であり、京はその候補なのだ。彼女の実力を知るのは天嶺としても非常に意味のあることであり、それを妨げられると仕事にも支障が出る。
京との手合わせを承諾した当初はそこまで焦っていなかった天嶺だが、今日だけで異常事態が続出しているのだ。『無魂症』の体質者である山村美紀との邂逅、『星視の秋月』の分家だという時任克己、裕也との邂逅、挙句の果てには四神の覚醒である。
『類は友を呼ぶ』とは言うが、言葉を変えれば『それだけ異常が発生しやすい』ということでもある。
それを踏まえると、天嶺としても京との早期の手合わせには乗り気にならざるを得なかった。
「本人の自覚やこちらの把握状況はさて置き、それだけ関係者がおり、まだまだいるかもしれないということだからな……。
裏を返すと、こちらの監督下に無い状況でこんな事態が起きかねないということでもある。実際、一之瀬はそのパターンと言えるだろう。
いやまあ、話を聞く限りだとここまでの規模になるかは怪しくも思うが、ならない保証もない。
そう考えると、対抗手段の確保は喫緊の課題であり、九角と神夷の手合わせはその手段と言えるだろう。である以上、止めるわけにはいかんだろうさ。――まあ、過度な怪我を負うようでは流石に困るのが本音だがな」
頭に手を当てた真嶋は、顔を顰めてそう言った。
他の教師たちや生徒会メンバーたちも渋々ながら頷いている。
「理解をしてくれて何よりだ」
「大丈夫! 流石にそこら辺は気を付けますよ!」
こうして、天嶺と京は一同から距離を取り、互いにある程度の距離を取った上で向かい合った。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
この手合わせに審判などはいない。正確には、互いこそが審判と言える。
だから、開始の合図などはない。こうして相対した時点で、既に勝負は始まっている。
天嶺はダラリと木刀を下げ、それでいて如何なる攻撃にも対応できるように神経を研ぎ澄ませていた。
構えるということは、特定の行動こそ取りやすくなるものの、その一方で取りにくくなる行動も発生する。
そして天嶺の場合、闘氣技を除けば射程の長い技はない。純粋に剣術として短射程の技ばかりなのだ。
故に、天嶺が剣士として勝負に臨む場合は、基本的には待ちからのカウンターがメインとなる。無手であれば積極的に攻めても往くが、剣と無手では必然的に立ち回りも異なるのだ。
「ふ~ん、待ちの剣か……。なら、お望み通りに!」
一方の京は当初こそ様子を窺っていたが、天嶺が待ちに徹すると判断するや否や、自分から攻めることを決めた。
鞘こそないものの、木刀を居合の如くに構え、一足飛びに天嶺へと飛び掛かった。
(速いッ!?)
一切の油断をしていなかったつもりの天嶺だが、それでも京の踏み込みの
互いの距離は、少なくとも10メートルはあっただろう。互いに氣の使い手である以上、この距離を一気に縮めること自体は割と容易だ。天嶺だって出来る。
出来るが、天嶺には踏み込みからそのまま攻撃に移れる技がない。攻撃に移ろうとすれば、どうしたってそれなりの
対し、京は踏み込みの勢いそのままに抜刀を繰り出し、腕と足を狙って斬り付けてきたのだ。
「フッ!」
だが、驚きはしたものの、それで易々と攻撃を食らう天嶺ではない。むしろ、これ見よがしなまでに居合の構えを取っていたからこそ、逆に攻撃予測は簡単だった。純粋な剣技である以上、どうしたって姿勢に左右されるのだから当然だ。
呼気を一つ吐き、攻撃を受け流した。
「さっすが!」
一方の京は、攻撃を防がれたことを悔しがるではなく歓喜の声を上げた。
京にしてみればそれも当然のことで、これで終わってしまえば興醒めもいいところだ。
「いやはや、驚いたぞ。今の勢い、さながら虎の如しだな」
「ま、実際、虎の動きを模した技だからね。通称『追風』の型。『虎一足』から『虎走り』へと続き、『虎乱』へと至る技だね」
「ほう? ちなみに、今の技はどれだ?」
「さあ。どれだと思う?」
初撃の攻防を終え、二人は軽口を叩き合う。
互いに一足一刀の間。本来なら、こんな軽口を叩き合っている余裕などない。
だが、そんなのは『勝敗のルール』がシッカリと定められている試合だからこそだ。これは
「まあ、先手は見せてもらった。――である以上、次は俺が見せるべきだろう」
言うや否や、天嶺は踏み込んで斬撃を繰り出した。『鬼道斬』。鬼道によって得たチカラを剣に込め、行く手を阻む者を打ち倒す鬼剣である。『鬼道斬術』の初歩であり、『鬼道閃』、『鬼道連獄』へと続く。
「よっと!」
半ば不意打ちにも等しい天嶺の斬撃を、京もまた軽々と受け流した。――いや、実際には
「うっわ、重ッ!? ……いや、ちょっとこれ、『性差の壁』の一言では納得できないんですけど?」
バックステップして距離を取った京は、剣の持ち手を替えてプラプラと手を振る。
「いやまあ、俺たちは霊水やら神水での底上げも欠かしていないからな」
「マジで!? そっちはそんな簡単に手に入んの!? ボクも父さんに連れられて霊場に潜ったことはあるけど、距離もあるから中々行けなかったんだよね……。オマケに、敵も強いから中々仕留められないし、ドロップ率も低いし……」
天嶺の言葉に分かりやすく驚いた京は、直後にガックリと肩を落として溜息を吐いた。
「まあ、うちの場合は故郷の村に霊場があるからな。その点では、入手難易度は低いと言えるだろう」
「あ~、そっか……。たしか『鬼岩窟』だっけ? 父さんから聞いたことがあるよ」
京の父である神夷京士浪は、時間を超えてこの時代にやって来た、かつての龍閃組の一員である蓬莱寺京梧だという。であるならば、鬼岩窟を知っていて道理だ。
「こっちから提案しておいて何だけど、止めにしない? 取り敢えず初撃だけでも十分に互いの力量は知れたと思うしさ。
ぶっちゃけ、ドーピングに差がありすぎて、悔しいけど勝負にすらならないや……」
深い溜息を吐いた京は、肩を落としたままで天嶺に提案した。
「まあ、そちらが構わんのなら俺もそれでいいが……。言う通り、互いの力量は測れたつもりだからな」
「じゃあ、そういうことで……。ホント、ゴメンね。元はこっちから勝負を吹っ掛けておいてさ」
「こればかりは仕方あるまいよ。俺も霊水や神水の摂取量に関しては見逃していた。
その分の穴埋めをするとすれば、装備なり何なりで差を付けるしかないだろうが、現状においては難しいからな……」
「そこだよね~。ああ、ここにも都合よく霊場があったりしないかな~」
「いやそれは――どうだろうな……?」
京の嘆きに天嶺は『無いだろう』と言いかけて、言葉を替えざるを得なかった。正味な話、この学校に来てから異常事態が続いているのだから、霊場がある可能性は決して否定できなかったのだ。今現在は存在してなくても、名付けを行うことで言霊により機能する可能性も無くはない。
そもそもがこんな
そして、元からその様な『霊的構想』に基づいてこの町が設計されていたのだとしたら、異常事態が続くことにもある程度の納得がいくし、霊場になり得る場所があったとしても不思議はない。
「今度、理事長殿に設計時点での資料なんかを確認させてもらうべきかな……?」
そんな堂々とオカルト的なことが公的書類に残っているとも思えないが、関係者として界隈の人物の名前が載っている可能性はある。
まあ、天嶺が知っているのも著名人に限られることからして、資料を拝見しても無駄骨になる可能性もあるのだが。
しかし、実際に確認して見ないことには判断が付かないのも事実である。たとえ無駄骨に終わったとしても、それはそれで情報の収集には繋がる。
またもややることが増えたことに、天嶺は溜息を吐くのだった。
『魔人』原作の一つである『外法帖』だと、同じ技の系譜でもキャラによって習得上限や昇華の流れ異なることがあるのが特徴です。
今回の『追風』もその一つで、原作だと京悟は『追風・虎走り』までしか習得しません。
その一方、他の剣士キャラの桧神美冬は最終形である『追風・虎乱』まで習得します。
また、美冬は『夜叉』→『迦楼羅』→『阿修羅』と続く『鬼剣』シリーズだと『迦楼羅』までしか習得しませんが、天戒は『阿修羅』まで習得します。
徒手空拳は昇華の流れが異なるパターンが多いです。
陽の龍技だと『掌打』→『八雲』→『天槍』。
陰の龍技だと『掌打』→『雲砕』。
龍技でなければ『掌打』→『連掌』。
習得上限の違いや昇華の違いにおいては、原作でハッキリとした説明はありませんが、実際にプレイした上でガイドブックなんかを見れば、自然と理解や納得が出来る形で作られているのが上手いところですね。
あと、『外法帖』には『武器弾き』に相当する技が存在し、今回はそれを意識した流れです。
まあ、原作だと天嶺のモチーフ元の天戒は武器弾き技を使えませんけどね。
性差の違いと、ドーピングによる肉体強化率の違いが響いて、捌くにも京の負担が大きすぎた形です。
武器を十全に強化できるのであればそれでも対応できたでしょうけど、武器を十全に強化できないのであれば、その分だけ純粋な肉体能力が響くのは道理です。
とはいえ、剣士としての技量の程は見て取れたので、双方が合意して『分け』に持っていきました。
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