「Dクラスへの移籍者を選出しろ……か。Aクラスで卒業しなければ推薦の確約が得られないにも拘らず、このような試験を受けさせられるとは……」
理事長による『移籍特別試験』の開催宣言を受け、各クラスは話し合いに移ったわけだが、実際のところ生徒側にしてみれば堪ったものではなかった。
確かに『数は力』という。その点で言えば、この時点で生徒数が半数も減ったクラスなど、切磋琢磨の対象足り得ない。どれだけ個人が優れていたところで、個人で出来ることには限度がある。
例えば剣道の試合。5対5が組まれたとして、五人相手に勝ち抜くだけの実力を持っていたとして、そもそも五人を選出できなければ試合として成立しない。
しかも、未だ6月を迎えて間もない。『入学して早々』とも言えるタイミングだ。
そう考えれば、『クラス間の人数差をなくそう』という学校側の意図は分かるし、それに一定の筋が通っていることは認める。――が、だからといって煽りを食らう側に反感や不満が生まれないわけではない。
それは現在のAクラスだからこそ顕著で、リーダー格である葛城の口から真っ先に零れたのは、特別試験に対する愚痴だった。
「愚痴っても仕方ねえだろうよ、葛城。決めなきゃ決めないで、ランダムで生徒を持ってかれる上にCPまで減らされるんだ。否が応でも既定の人数を選出するしかねえだろ」
そう言ったのは橋本正義。Aクラスにおいて葛城の側近を務めている生徒だった。
入学当初は坂柳有栖の方に接近していたのだが、ある日を境に突如として坂柳はリーダー争いを降りたのだ。
理由を聞けば納得のいくもので、生来患わされてきた心疾患に回復の兆しが見えたのだという。――である以上、坂柳がそちらを優先するのは仕方のないことだ。
橋本にしてみれば葛城は些か保守的に過ぎるが、現在のAクラスにおいて、坂柳以外でリーダーとしての素質が見える生徒が葛城の他にいないのも事実。
結果として、橋本を始めとする坂柳に靡いていた面々は一斉に葛城に接近した。今では葛城の一強体制となっており、今もなお坂柳の元に残っているのなど神室真澄くらいのものだった。
他に中立派と言える面々がいないわけではないが、彼ら彼女らは別に組織立っているわけではない。派閥という面倒事から距離を取っているだけで、筋が通っていると受け取れば割と素直に葛城に従っている。
「橋本……。そうだな。では、立候補者からの希望に入ろう。Dクラスに移っても構わないという者はいるか?」
内心では『いないだろうな……』と思っており、曲がりなりにもリーダーとして立っている以上はダメ元で確認した葛城だったが――
「私は構いませんよ、葛城康平。それは山村美紀も同様でしょう?」
「……え? まあ、そうですね」
「私も構いませんよ、葛城くん。むしろ、無条件でDクラスに移れるのは個人的に好都合です」
「はぁ……。坂柳がそう言うんなら、私もついていくしかないじゃないの……」
予想に反し、アッサリと立候補者が現れた。
順に、森下藍、山村美紀、坂柳有栖、神室真澄である。……女子ばかりではあるが、余裕で規定人数は満たしていた。
とはいえ、自身と相反する気質の持ち主とはいえ、坂柳の能力は認めている葛城だ。これで『はい、そうですか』と受け入れるのは、クラスの戦力的に問題があるのは間違いなかった。
「……取り敢えず、理由を確認してもいいか? いや、素直に立候補してくれる分にはありがたいのだがな……」
「単純な話です、葛城康平。私にはAクラスの卒業特典である『推薦の確約』を求める理由と必要がないからですね。
あと、正直に言えば移籍した方が気楽だからです。先の一之瀬帆波とは違いますが、私もまた特殊なチカラの持ち主なのですよ。端的に説明すれば『植物と心を通わせてそのチカラを借り受ける』というものなのですが、この現代社会、植物と会話をしているだけで『不思議ちゃん』扱いです。
既に受け入れましたが、思うところがないわけではありません。ならば、チカラの向きは違えど
その言葉を聞き、葛城は自身がチカラに目醒めた過日の一件を思い出した。
(そう言えば、あの場には森下と山村もいたな……)
葛城自身は坂柳に誘われたので、疑問に思いつつ同行したわけだが、別口で森下と山村も訪れていたことを思い出した。
「あ~、つまり――」
「はい、卒業後に関しては九角天嶺からスカウトを受けています。理事長の説明では家業とのことでしたが、生まれ故郷の村総出で、いわゆる『退魔組織』を形成しているそうです。名は鬼道衆。
山奥にある村のため不便な面もあるとのことでしたが、自然に囲まれているのは私としては好条件です」
難しい顔でこめかみに手を当てて問いかける橋本に、森下は堂々と答えた。
正直、話を聞くだけだと胡乱な仕事であるのは事実だが、実際に天嶺が訪れている以上、そして先ほどの帆波による『物を燃やさない炎』を見れば、仕事として成立しているだろうことは否定できない。
「森下に関しては分かった。……山村はどういう理由だ?」
「私の体質です」
「体質?」
「はい。葛城くんも訪れていた先日の一件です。その時に九角くんから聞いたのですが、私の影の薄さは『無魂症』という体質によるものらしいんです。曰く、生氣――生者の氣を全く発さないとのことで……。
生氣を発さないということは、活氣も発さないということです。どれだけ私がハイテンションに振る舞っても、周りに気付かれない『空回りするイタい人』になってしまうというわけです。こうなると、私個人の努力では如何ともしがたいのが現実です。
実際、色々と憶えがありますしね……。フ、フフ……」
明後日の方向を向きながらドンヨリとした空気を纏った山村は、笑みを零す。
正直、見ているだけで痛々しい有様だ。こうなるまでにどれほど打ちのめされてきたのか! 葛城は同情を禁じ得ない。
「分かりやすく言えば『
必然、空間認識能力の高い人や、常人とは異なる視点でモノを見る人でないと、私のことは気付きにくいとのことです」
「むう……」
山村の説明を聞いた葛城は唸った。唸っているのは葛城以外も同じである。
死体の場合、外見的な異常で視覚的に気付きやすい。その、『外見的な気付きやすさ』が機能しないのが山村ということなのだろう。
葛城たちはそう結論付けたわけだが、だからこそ困った。そんな相手、どう対応しろというのだ。
一応、葛城自身は白虎の宿星に目醒めたため、チカラを振るうことに支障はない。――しかし、知識となると話は別だ。
宿星の方で教えてはくれるのだが、某RPGのように
その判断は葛城に依る場合もあるが、そもそもにして葛城には根底的な知識が不足しているため、目下のところは宿星に頼りきりなのが実情だった。
前以て天嶺たちからチカラの説明について誘いは受けたのだが、その際は葛城自身が現実を受け止めきれていなかったこともあり断ったのだ。――そのことが、ここにきて尾を引いていた。
(宿星よ、どうにかならんか?)
ダメ元で、葛城は自身の宿星に内心で問いかけた。
直後、宿星より示される方法の数々。
葛城は、試しにもっとも簡単とされる方法を実行した。嗅覚の強化である。
「ぐおっ!?」
直後、実行を中止した。
虎の嗅覚は人間よりも鋭いという。その点、白虎の宿星者である葛城は嗅覚強化に問題はない。――逆に言えば、問題がないからこそ甚大なダメージを受けることとなったのである。
世の中、バランスというものがあるのだ。人間が一気に虎の嗅覚を手に入れた場合、耐えられないのが道理である。
「女子の体臭を嗅ごうとは……スケベですね、葛城康平」
鼻を抑えて嘔吐く葛城に対し、容赦なく襲い掛かる森下による弾劾。
嗅覚を強化したのは事実のため、葛城は返す言葉がない。
「まあ、冗談です。――ですが、これで分かったでしょう? 葛城康平。知識を持たぬまま行使するチカラほど危険なものはないのです。
確かに宿星は保持者に気を配ってはくれますが、人間という生き物のことを細かく理解しているわけではないのですよ。
特に貴方は白虎の宿星保持者なんです。自分と周りの安全を省みるならば、早めに知識を学ぶに越したことはありませんよ?」
「ああ、よくよく実感した……」
森下の言葉に、葛城は素直に頷いた。未だに鼻がバカになっている感覚がある。
気を落ち着けるべく、葛城は己が頭を撫でた。そこに感じるのは、確かな毛の感触。未だ短く、視覚的な実感は得られないが、触感は別だ。若くして全て失われた筈の頭髪を感じ取れるのが嬉しく、あの日――氣に目醒めて以来の癖となっていた。
どうにも、自身の『全頭無毛症』はチカラに目醒めていない影響もあったらしい。或いは、妹と双子として生まれたからこそ、歪に機能していたのか。そう考えれば、妹の身体の弱さも宿星に原因がある可能性は否めない。……自身に再び頭髪が生え始めたタイミングを考えれば、そして山村の言葉を聞けば、葛城にはそうとしか思えなかった。
「まあ、山村に関しても分かった。その影薄が体質からくる問題で、本人の努力では如何ともしがたいというのであれば、こちらがどうこう言えることではない。
クラスメイトに対しても、『空間認識能力を身に着けろ』だの、『特殊な視界を身に着けろ』だのとは気軽に言えんし、言ったところで実現できるものでもあるまいしな……。
俺の頭髪も、現代医学ではどうしようもなかったのだが、オカルト的な事案に巻き込まれたことで再び生え始めたからな……。
第一人者に接触し学ぶことで、どうにかなる可能性が無いわけではない以上、尚更止める言葉を持たん」
葛城の言葉に、側近たちも頷く。
移籍を防いでクラスに残らせたところで、自分たちが山村に気付けないようでは意味がない。むしろ、逆に山村のストレスが溜まる一方だろうし、逆スパイとして働かれかねない。それを防ごうと思えば、移籍させるのもありだ。
「私の場合は、まさに山村さんの体質や葛城くんの頭髪と同様ですよ。私の先天性心疾患は、オカルト的なものが原因だったわけです。
何でも宿星の位置がズレていたとかでして、それを九角くんが術法で修正してくれたわけです。おかげで回復の兆しが見えたわけですが、完治に程遠いのも事実ですからね。そういう点でも、彼の助力を気軽に受けられるだろう同クラスへの移籍は望むところなのです」
「はぁ……。お前の疾患を引き合いに出されたら、こちらとしては止める言葉がないではないか……」
堂々と語る坂柳。回復の兆しが見えたとはいえ、完治には程遠いのも事実。
病状が病状のため、それを持ち出されたら葛城としては反対できない。
「で、私は坂柳の付き添いと言うか、補佐役ね。いくら何でも、杖を使わなきゃまともに歩けもしない奴を一方的に押し付けるわけにもいかないでしょ。
そりゃあ、森下や山村に任せるのもありかもしれないけど、コイツの面倒を見るのは難しいわよ」
そして、真澄から告げられる移籍理由。
それは前者の三名とは違い、道理に則ったものだった。
しかし、道理に則っているが故に、止めるのが難しいのも事実だ。
森下も山村も、坂柳とは『クラスメイト』以外の接点が無いに等しい。
オマケに、坂柳は頭脳面においては紛うことなき『天才』だ。
これで二人に坂柳の面倒を押し付けたところで上手くいく道理などない。少なくとも、一日の長がある真澄を派遣する方が確実だし、Dクラスに対しても誠実だ。
「……とのことだが、他の者たちは四人の移籍に問題はないだろうか?」
四人の立候補理由を聞いた葛城は、他のクラスメイトに対して確認を取った。
これだけの事態だ。クラスのリーダーが葛城であるのは事実だが、彼の一存だけで決めるわけにはいかない。
「問題がないわけじゃあねえけどよ、理由を聞いちまえば無理に反対も出来ねえだろ。
森下が『植物と会話しています』つったところで、一般的に考えれば『不思議ちゃん』にしか思えねえのは事実だ。
山村の影薄が、そりゃあ本人の性格も絡んではいるんだろうけどよ、そもそもの原因が体質によるものなら、いったい俺たちに何が出来るよ? 気を付けたところで簡単に気付けるわけじゃねえんだぜ?
姫さんの心疾患も同様だ。そもそも、現代医学じゃどうしようもねえが故に、病院からは日常生活に杖を使うことを義務付けられ、学校側も許可せざるを得なかったんだ。
それに回復の兆しが見えたってのは素直に目出度いが、それがオカルト的な手法によるものだってんなら、俺たちに出来ることなんかねえよ。
で、姫さんの病状が完治していない以上、入学以来メインで世話してきた神室ちゃんの同行を止めることも出来ねえだろ。少なくとも、これを止めちまったらDクラスに対する道義が立たねえ。
そりゃあ、純粋な能力で考えるなら、特に『天才』の姫さんや影が薄い山村に移られるのは痛えさ。考えようによっては、植物と会話できるっていう森下も同じだ。
だが、ここで止めちまったらそれぞれからの反感が募るだけだ。立候補となれば尚更だな。止める以上にデメリットが残ることになる」
肩をすくめて橋本が言う。それが、Aクラスの意見を分かりやすいほどに表していた。
「だから、四人が立候補した時点で、それにオカルト的な理由や道義が絡む時点で、俺たちにとっては止める術がねえ。――だが、それならそれで打てるだけの手は打っておくべきだと思う」
「と言うと?」
「これからは、クラス間における切磋琢磨が行われるって公言されただろ?」
「確かにな」
「それに対して、オカルト的なチカラで諜報活動されたら俺たちは気付けるか? 対応できるか?」
橋本の危惧は、当然と言えば当然のことだった。
「そりゃまあ、時と場合によってはオカルト的なチカラによる干渉も受け入れざるを得ないだろうさ。
そっち界隈に対して俺たちは門外漢故に、受け入れない場合にどうなるかが分からないから尚更だ。
けど、それをクラスの切磋琢磨に利用されたら堪ったもんじゃねえ。情報ってのは、勝負において重要な位置を占めるんだからよ。
だから、オカルト的なチカラで得た情報は、オカルト的な仕事以外には利用できねえように契約を結んで制限を掛けるべきだと思う」
「道理だな……。分かった。どこまで可能かは分からんが、移籍を受け入れる上ではそれを条件に入れよう」
頷き、葛城は担任である真嶋の元へと向かった。
結果、学校側と1-Dも交えた上で無事に契約は締結され、それを以て神室真澄、坂柳有栖、森下藍、山村美紀の四人はDクラスへの移籍が確定したのだった。
言うまでもないですが、今回のオリジナル試験は『クラス内投票』や『満場一致』の系譜ですね。
退学者を出すわけではないので、原作で行われた上記試験に比べると精神的負担は少ないですが、それでも『クラス評価が一番低いDクラスに行く生徒を選出しろ』という内容なのですから、やはり精神的負担が大きいことに変わりはありません。
全員ではないでしょうが、高育に入学した以上は『推薦の確約』を目的にしている生徒もいるでしょうから尚更です。
そして、『赤点者を出さないこと』を念頭に置いて中間テストを乗り越えたB、C両クラスにとっては、余計に衝撃が大きくなります。……少なくとも、客観的に考えればそうなります。
DクラスはDクラスで、他のクラスから一気に生徒が押し寄せるわけですからね。生徒を出す方とはまた違った負担を背負うことになります。
オリジナル試験、かつ簡単な内容ではありますが、『特別試験』を冠する内容にはなってるんじゃないかとは思います。
まずはAクラスの様子を描写しました。
全員が立候補なので精神的負担は少ないですが、その大半に『オカルト的理由』が絡むことになりました。
ただ、一般的な意味でも筋が通っているからタチが悪いという……。
あと、本作の葛城は『四神覚醒』したのを機に頭髪が再び生え始めました。
そういう理由もあって、尚更『オカルト的理由』を否定できない状況にあります。
葛城の嗅覚強化はオリジナル解釈ですが、原作だと『四神覚醒』すれば能力値が一気に最大値まで上昇するので、部分的な強化も可能だと判断しました。
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