「はあああぁぁ……っ!? おいおいおいおい! いったい何だよこの豪邸は!?」
今回のパーティーに利用する拠点に着いた途端、池が大口を開けて驚いた。
もっとも、分かりやすく声に出したのが池というだけで、同行してきた面子は大なり小なりが驚いていた。
喧騒から離れるためだろう、郊外に位置しているという点では、愛里たちを抱いた際に利用した洋館と変わらない。
しかし、今回使うのは純和風のお屋敷である。今どき、純和風のお屋敷など逆に珍しい。それを思えば、驚くのも無理はないだろう。――まあ、天嶺と澪にとっては、逆にこういった建物の方が馴染み深いのだが。
「何だもなにも、仕事用に貸し与えられている拠点だが?
文明開化以降、こっちの界隈も色々と変化を迎えていてな。簡単に言えば、西洋の妖怪――いわゆる『妖精』だの『精霊』だのに分類される連中も一緒に入ってきたわけだ。
結果、それまでと比べ、いわゆる『オカルト的事象』の発生要因も枝分かれしてな。当然ながら、『和風』のみ、或いは『洋風』のみでしか発生しない場合も往々にしてあるのだ。
『発生させない』のも一つの対処ではあるが、発生させないことには退治することも出来ない。
痛し痒しではあるが、場合によっては敢えて発生条件を満たす必要に迫られる場合もあるんだよ」
「……なるほど。いわゆる『儀式召喚』とかに分類される考えでしょうか?」
「まあ、そんなところだな」
池の質問に天嶺が答えると、それを聞いた坂柳が確認してきた。
あながち間違っているわけではないので、素直に天嶺は頷き返す。
『ああ……』
分かりやすい事例を挙げられたことで、一同は頷いた。
魔法陣を描いて、時間を合わせて詠唱して、人智から外れた存在を召喚する……なんてのは、昨今のエンタメ作品ではありがちだ。
ある意味、古来より続く由緒正しい方法ではあるのだが、市井への知名度を高めたのは間違いなく創作物の類が大半だろう。
「まあ、この建物自体は、そんなのとは全く関係のない理由で作られたのだとは思うがな。
元々は『高度育成高等学校』の政策として実行された際に、視察者用の宿泊用施設として建てられたらしいからな……。
業者がウケを狙ったのか、或いは視察者からの要望があったのか……。いずれにせよ、建てられたはいいが、時間の経過と共に視察者は激減。それに合わせて建物自体も利用されることが激減した……。
俺たちが拠点として貸し与えられたのは、何れもそういう不良物件というわけだ。或いは、俺たちに使わせることで、オカルト的な問題があった場合には祓ってもらおうという思惑でもあったのかもしれん」
腕を組んだ天嶺は苦笑を浮かべて説明した。
あり得ることではあった。
今回、天嶺らの仕事の依頼者は日本政府の役人だ。である以上、上役からの指示を下部組織である高度育成高等学校は断り切れない。どれだけ怪しげな内容だろうと、正式な認可を受けているのなら尚更だ。
だとしても、如何に請け負った仕事を行うためであったとしても、天嶺らが一学生に過ぎないのも事実である。
その上で特別扱いをしようと思ったら、『特別扱い』を不満に思わない理由があった方が理事長としても都合がいい。
それらの理由が、『郊外の物件』であり、『敷地内で使われずに肥しとなっている不良物件』であるわけだが、そこに『オカルト物件』が加わっていたとしても何らおかしなことではない。
「まあ、貸し与えられた物件は全て簡易調査を行ったが、『オカルト物件』の可能性は少なそうだ」
「断定はしないんだな?」
「したくとも出来ない、と言うのが正しいな。発生条件というのは本当に千差万別なのだ。場合によっては、うるう年の2/29に限定して発生する、なんてこともある。これでは、安全を断定したくとも出来んよ」
清隆の質問に、天嶺は顔を顰めて答えた。
発生条件が限定的であればあるほどに、対処が面倒なのが大半である。
「あら? こちらのお屋敷の利用者ですか? 珍しいですね……」
玄関前でわちゃわちゃとやっていたからだろう。天嶺らは通りすがりの人物に声を掛けられた。その声は、非常に涼やかであった。
まあ、郊外に位置しているというだけだ。数が少ないだけで、他にも家が無いわけではない。仕事次第では、郊外の方が便利なこともある。
そう思えば不思議なことでもなかったが、その相手が信じられないほどに膨大な氣を纏っているとなれば話は別だ。
天嶺と澪は勢いよく振り向いて警戒を露わにし、二人ほどじゃなくても、その氣を感じ取った者たちも緊張を露わに振り向く。
視線の先にいたのは、途轍もないほどの美女だった。夕陽と合わせ、その金の髪はなお輝きを増している。盲目なのか、その瞳は閉じたままだ。
「うっわ!? お姉さん、凄い美人っすね! ここら辺に住んでるんすか?」
「あら、ありがとう。まあ、そうね。この先に教会があって、そこで暮らしているわ。もっとも、墓地はないのだけどね」
警戒する天嶺らを余所に、口火を切って女性に詰め寄せたのは池だった。
女性は軽く笑んで池に礼を言い、質問に答えた。
まあ、こんな
「ってことは、シスターさん!? お悩み相談なんかもやってるんすか!?」
「ええ、やってるわ。とはいえ、郊外にあるからか、利用者はとても少ないのだけれどね。
悩みが少ないのは良いことだとは思うのだけど、個人的にはとても暇しているのも事実なの。貴方たちも、もしよければ気軽に訪ねてきてちょうだい」
続いて山内も詰め寄せる。
女性は、やはり笑んだままで山内に答える。
そして、一同へと誘いの言葉を掛けた。
「ああ、名乗り遅れましたね。私は
「黄泉川、湊殿……か」
「ええ」
緊張を露わに名前を復唱する天嶺に対し、黄泉川は嫣然と笑む。
「フフ、心配しなくても、貴方たちに危害を加えるつもりはないわ。
最初は気付かなかったけど、貴方、九角天嶺くんでしょう?」
「……俺を知っているのか? 会ったのは初めてだと思うが?」
「初めてではないわね。貴方が覚えていないだけ。もっとも、私と貴方が会ったのは、貴方が赤ん坊の頃だから無理はないけどね」
「赤ん坊の頃だと……?」
黄泉川の言葉を、天嶺は俄かには信じられない。信じるには、眼の前の女性はあまりにも若々しすぎる。
だが、そもそもの前提条件が違ったのなら話は別だ。眼の前の女性が
「いや待て……。その名前にその風貌……まさか貴方は比良坂様か?」
「比良坂様!? いやでも、確かにそう考えれば筋は通るか……。
はじめまして。鬼哭村が住人にして鬼道衆が一員、伊吹澪と申します」
信じ難いと言った様子で天嶺がその名を呟けば、澪も澪で素直に驚く。だが、直後には納得し、辞を低くして己が名を告げる。
「まあ! 貴方は伊吹さんの家の娘さんだったのですね! ええ、ええ、貴方にも会ったことがありますよ。すぐに思い出せなくて御免なさいね?」
「いえ、そんな……」
喜色を満面にして声を上げ、次には申し訳なさげに黄泉川が謝罪するが、当の澪はしどろもどろだ。
それも無理はない。それだけ、この黄泉川湊――比良坂という人物は鬼哭村と鬼道衆にとって特別な存在なのだ。
初代である九角天戒が興した、徳川転覆のための組織である鬼道衆。比良坂はその一員なのである。
無論、ただの人間が幕末から今現在まで生き続けられる筈がない。しかしながら、彼女にはそれを可能とするだけの理由があった。
それこそが彼女の出自である。彼女の正体は北欧神話に謳われる冥界の女王――ヘルその人に他ならない。正真正銘の女神なのである。
主神であるオーディンにより視力と記憶を奪われ、更には鎖に繋がれて幽閉されていた彼女は、無意識のうちに己がチカラを発動し、黄泉への道を進む過程で神の鎖を断ち切ったのだが、盲目かつ記憶がなかったことにより、彼女は盛大に道に迷ってしまった。その結果、冥府繋がりで日本の黄泉津比良坂に辿り着いたのだ。
己が名前も分からぬ彼女のことを現地住民は地元の名前である『比良坂』と呼び、いつしか彼女も自称し始めた。
とはいえ、時は幕末の頃合いである。金髪美人である彼女は、外見からして異端も異端。結果、人魚の扮装をさせられて見世物にされた。
そこを鬼道衆に救われ、以降は鬼哭村に身を寄せたのである。
戦いの後、人として生きることを望んだ比良坂だが、想い一つでそれが全て叶うなら苦労はない。平穏な暮らしこそ叶い、その果てに子供こそ生まれたものの、彼女自身は人間が持っていて然るべき『寿命』を持っていなかった。或いは持っているのかもしれないが、人間とは比べ物にならないほどに長寿だったのだ。
親は老いず、けれど子供は先に老いて死んでいく。その事実は、彼女に深い悲しみを与えることになった。結果、彼女は村を出ていくことを選択し、その当時の天戒らも、彼女の家族も、それを止めることは出来なかった。
しかし、彼女が帰るべき家が鬼哭村にあることは間違いない。そのため、彼女の家は今も変わらず鬼哭村に残っているし、村民には彼女のことが周知されているのだ。
そのことは比良坂にも伝えられており、その慈悲に甘えて、比良坂はフラリと鬼哭村に立ち寄るらしい。それが、前回は天嶺らが赤ん坊の頃合いだったのだろう。
「そちらの朱雀と玄武も鬼道衆の一員? だとすれば、ほのかさんと奈涸さんか涼浬さんの末裔なのかしら? いやでも、アメリカに渡ったほのかさんはその後の消息が分からないけど、如月さん家に娘さんは生まれていたかしら……?」
黄泉川はそのまま帆波と鈴音にも顔を向ける。彼女にとって、朱雀の宿星を持ったほのかと玄武の宿星を持った奈涸と涼浬はかつての仲間だ。その宿星を持つ帆波と鈴音に親近感を抱くのは、決しておかしなことではないだろう。
なお、『如月さん家』というのは、街中で『如月骨董品店』を営んでいることからの呼び名だ。無論、鬼道衆の一員である。
「申し訳ありませんが、その『如月さん』……? に心当たりはないですね。うちは堀北ですので」
「私も、その『ほのかさん』……? って人に心当たりはないですね」
黄泉川の問いかけに、鈴音と帆波は首を振って否定する。実際、彼女たちに心当たりはなかった。
「そう……。でも、『堀北』ということは、もしかしたら奈涸さんと涼浬さん以外の『飛水流忍者』の末裔なのかもしれないわね……。飛水流の一族は、水や方角、色といった具合に、玄武を象徴する名前を好んで名乗るとのことだったし……」
些か残念そうな顔をした黄泉川だったが、それでも納得したように頷いた。
「なあなあ、九角。もしかして、このお姉さんってすっごい若作り?」
そんなやり取りが行われている中、池が天嶺に小声で訊いてきた。
その、あまりにも直接的で失礼極まりない問いに、天嶺はなんて答えるべきか暫し迷った。
「そも、人間の尺度に当て嵌めて考えることこそ失礼というものだ。人に見えても、その実彼女は人間ではない。正真正銘の女神だ。――まあ、人としての平穏な暮らしに重きを置いているのは事実だがな」
そして、悩んだ結果、素直に明かした。支障がある場合、彼女のチカラを以てすれば記憶を曇らせることくらい造作もないと踏んでのことだ。
「女神様ッ!? え……? マジで!?」
池と山内は、揃って天嶺と黄泉川の間で顔を行ったり来たりさせる。
「信じる信じないはそちらに任せるさ。ただ一つ忠告をすれば、彼女を怒らせない方がいいぞ」
笑みを浮かべながらの天嶺のセリフに、池と山内は身を震わせた。笑っているからこそ、逆に怖い。
「ところで、天嶺くんたちはどうしてここに? その恰好、高育の制服よね? 学生は寮生活が義務付けられているんじゃなかったかしら?」
目は見えていない筈なのに、黄泉川は一行の服装を言い当てる。まあ、彼女のチカラを以てすれば、視界が利かないことなど大した問題ではないのだろう。
「これ以上、外で立ち話もなんでしょう。取り敢えずは比良坂様も中にどうぞ。経緯を説明させていただきますので」
黄泉川の質問に、天嶺は彼女を拠点へと招く。
事前に確認をした際に、お茶の類があるのは把握している。茶飲み話を行うに不足はない。
それに、ここに来る前にケヤキモールに寄って買い物も済ませてきている。
「……そうね。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただこうかしら」
暫し迷った様子の黄泉川だったが、結局は誘いに乗った。
「鬼哭村のお屋敷と違うのは頭では分かっているのだけど、なんだか純和風建築というだけで懐かしく感じるわ」
「その気持ちは分かるつもりです。俺も、こういった佇まいの家の方が落ち着きますので……」
天嶺が向かった先にあったのは茶室だった。
まあ、本格的な意味では『茶室』と言うには憚りがあるかもしれないが、茶道の道具が一通り用意されているのは間違いない。である以上、『茶室』と呼んでも憚りはない筈だった。
「まあ!? 茶室まであるのですね!?」
驚きの声を洩らしたのは、黄泉川ではなく椎名だった。
「そう言えば、アンタって茶道部だったっけ……」
クラスメイトということもあって知っていたのだろう。同行していた真鍋がポツリと零す。
「ほう? 茶道部……。他の者には居間で待っていてもらおうかとも思ったが、何なら椎名も同席するか?」
「いいんですか!?」
「まあ、話の内容は分からんだろうから蚊帳の外に置かれることになるかもしれんが、それでもよければな」
「構いません! 少なくとも、学校の部室以上には本格的ですし!」
天嶺の確認に、椎名は食い気味に頷いた。
「何なら、他に興味のある者も同席して構わんぞ。どうせ本格的な茶道を行うわけでもないのだからな」
その言葉に、椎名以外にも同席を望む者が挙手をする。
興味があるのは、お茶か、それとも話の内容か。
ともあれ、天嶺はお茶を用意し、黄泉川へと事情を説明するのだった。
せっかくのクロスオーバー作品なので、『魔人』の原作シリーズの一角である『外法帖』から比良坂を登場させました。
まあ、原作からキャラを登場させるとなれば、候補は非常に限られるんですけどね。
蓬莱寺京梧=神夷京士浪か、比良坂か、犬神杜人くらいしかいないと思います。
比良坂の設定は殆ど原作準拠です。比良坂の正体が北欧神話の冥界の女王ヘルなのも、日本にやって来た経緯も、比良坂と名乗り始めた理由も、原作ゲームでの戦いが終わった後は鬼哭村で平穏に過ごした部分も基本的には変更してません。
原作ゲームやファンブック、ガイドブックの情報に基づいています。
変えた部分があるとすれば、日本に来てからの経緯と、鬼哭村で過ごした後ですね。
ファンブックだと、『黄泉津比良坂に辿り着いた彼女は、そこで親切な人たちに助けられ、記憶を失い自分の名前も分からない彼女のことを地名から比良坂と呼び始め、いつしか彼女自身がそう名乗るようになった』……という設定なのですが、それだとゲームの描写と乖離が激しすぎるので、その部分は変えています。
実際、ゲームだと彼女との遭遇って人魚の扮装で見世物にされている場面ですし……。
また、いくら当人が『人として生きたい』と精一杯に願ったとしても、それが全て叶うとも思えません。
そこら辺の解釈を反映して、神の権能からは完全には逃れられなかった設定です。
基本的には人に紛れて平穏に暮らせてますが、『人並み外れた美貌』、『不老長寿』、『持って生まれたチカラ』からは逃れることが出来ませんでした。
なので、村を出た後は、偶に鬼哭村に立ち寄りつつ、基本的には偽名を名乗って各地を転々としながら暮らしています。
そしてある日、『高度育成高等学校』という便利な陸の孤島が出来たため、これ幸いと紛れ込みました。
あと、原作での比良坂ファンには申し訳ありませんが、本作だと彼女も普通にセックス対象です。
そして、相手は何も天嶺に限りません。
彼女の言う『お悩み相談』は、普通にお悩み相談だったり、性行為だったりします。相手の抱えるストレス次第で対応を変えます。
それとは関係なく、個人的な欲求から性行為に及ぶこともあります。
まあ、エロ作品で、年長の美人キャラとなれば、どうしたってそういうポジションに置かざるを得ません。
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