天嶺は見事な手並みでお茶を点て、それを振る舞った。まあ、プロ目線で『見事』と言えるかはともかく、素人目線だと実に手慣れているようにしか見えなかった。
「なあ、九角。確か、お茶って作法とかあるんだよな? 淹れてもらってなんだけど、そこら辺、俺はよく分からねえんだけどさ……」
興味本位で同席した池が、やや気圧されたように質問した。
気圧されているのは池に限ったことではないようで、その多くは緊張を露わにしている。
一般庶民にとって、茶道なんてのは縁遠い。思いがけずそれを体験する機会がやって来たなら、深く考えずに参加してもおかしくはない。
そうして興味本位で同席したはいいが、場の空気に呑まれてしまったのだろう。『図書室ではお静かに!』なんてのと同様、『場』そのものがチカラを持ち、言うまでもなく周りにそれを強要することは往々にして存在する。茶室もその一つということだ。
「作法があるのは確かだが、そこまで気にせんでもいいさ。まずは楽しく、そして美味く飲むのが一番よ。作法云々は、興味を持って学び始めてからでも十分だ。
そんなだから、足を崩しても構わんぞ。正座は辛いだろう?」
周りの面々を見回した天嶺は、苦笑を浮かべて返答した。
天嶺自身、最初から神妙だったわけではない。最初は文字通りに興味本位で、それから時間と経験を積み重ねることで今に至っているだけのこと。
天嶺の言葉に、或いは姿勢を楽にして、或いは作法に則って茶を口に運ぶ。
場の空気が和んだところで、天嶺は黄泉川湊=比良坂へと事情の説明に入った。
「……なるほど。確かに、ここは
実のところ、私がここで暮らしているのも、それが一因なわけですが……。
いやまあ、顔を合わせる面々が限定される分、住みやすいのも一因ではあるのですけどね」
クスリと笑って黄泉川が答える。
正真正銘の女神であるが故に、文字通りに『神懸った美貌』と『不老長寿』を備える黄泉川だ。情報化社会ともなった現代では、場所によって住みやすさが著しく異なるのだろう。
その点、ここは閉鎖的でありながら情報の拡散が限定される。オマケに、日本政府のお膝元と言ってもいい。黄泉川の異常性を隠すには、実に都合がいいことだろう。
黄泉川のチカラを以てすれば短期的に人を操るなど造作もないことだろうし、その上で書類的なデータを揃えてしまえば、定住も十分に可能だ。
実際には存在しない人物だろうと、データがあるなら『実在する人物』として扱われるのが現代社会というものだ。
「そんなわけで、街中の方は私が大部分を押さえています。氣を集約させ、それを以て『霊場:黄泉津比良坂』の作成に充てました。私が教会を建てて居を構えているのも、霊場を管理するためですね」
「ほう? 霊場を……」
「はい。ですので、是非ともご利用しにいらしてください」
「それはありがたい。お言葉に甘えさせていただきます」
黄泉川の言葉を、天嶺はありがたく受け取った。
生者の住む現世と、死者の住む他界=黄泉との境界場所とされるのが『黄泉津比良坂』だ。冥界の女王が管理する霊場の名として、これ以上に妥当なものはないだろう。あくまでも『境界場所』なので、生者が潜る上での問題も少ない。
霊場があるのなら、修練場所に困ることもない。特に、天嶺らと出逢ったことで氣に目醒めた連中も少なくないので、彼ら彼女らの修練にはもってこいだ。
「まあ、そこまでしても街中の淀みが絶えることはないのですけどね。それでも、多少はマシになっていると思いますよ」
「そう言われれば、頷ける部分はあります」
入学してからこれまで、実際に街中を練り歩いたからこそ、黄泉川の言葉には素直に同意できた。
こんな特殊な環境だ。普通に考えて、もっと早くに異常が起こっていてもおかしくはなかったのである。
そのように疑問を抱きながらも、情報の不足から『偶然』や『幸運』で片付けていた天嶺と澪だったが、陰で黄泉川が対処していたのなら十分に頷ける。
「……さて。思いがけず長居をしてしまいましたね。そちらにも予定があるでしょうし、私はそろそろ失礼させていただきます」
「然様ですか。碌なおもてなしも出来ず、申し訳ない限りです」
「フフ……。そのようなことはお気になさらず。――そちらの、界隈に関わりのない子供たちも、こんなおばさんが相手でよければ、是非とも協会に遊びに来てくださいな」
「入口まで見送りましょう」
そして、黄泉川と天嶺は茶室を辞した。
「はぁ~、女神様かぁ~」
「手取り足取り腰取り相手してくれねえかなぁ~」
惚けた表情で呟くのは池と山内だ。この二人、どうやら黄泉川の色香にやられてしまったようだ。
元からのクラスメイトである女子の面々は、それに呆れ混じりの冷たい目線を向けながらも、一定の理解を示さないわけにはいかなかった。
それほどに黄泉川は美しく、その物腰も穏やかであったのだ。
色気に溺れる二人を余所に、澪は道具の後片付けに入る。それを見て、茶道部に所属する椎名も手伝った。
そんな状況で鳴り響く、無機質な携帯音。誰もが己が端末を取り出して確認する。
「篠原さんから……?」
どうやら、元クラスメイトの篠原から桔梗に電話が掛かってきたようだ。
桔梗は怪訝な表情を浮かべながら、その場の面々に軽く手で断って部屋を出ていく。
「なんだろうね?」
「さあ?」
場に残った面々は首を傾げるも、答えが出ることはなかった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「もしもし」
茶室を出た桔梗は、適当な場所に移りながら電話に出た。
『――――――』
ある程度の予想は付いていたが案の定だった。
Eクラスに落ちたにも拘らず、篠原は『パーティー』への参加を求めている。大方、平田に抱かれることを求めているのだろうが、桔梗としては『諦めが悪い』と言わざるを得ない。
或いは、Eクラスに落ちてしまったから、余計に諦めが悪くなっているのか……。
自分に電話を掛けてきたのも、普段の人面の良さのためだろう。他の面々に掛けても一発で却下されるが、自分であればワンチャンあると踏んだのだろう。その根性・諦めの悪さにはある種の感心を抱かなくもない。
その一方、ならばどうしてそれを勉強に活かさなかったのか? と思わなくもないのだが……。
『――――――』
桔梗が言葉を返さないからだろう。電話の向こうで篠原が語勢を上げる。
「気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着いてもらえる? そっちも無理を言ってるのは分かってるよね? こっちだって考える時間は必要だよ」
尤もらしい言葉を放って、桔梗は思索に耽る。
本音を言えば『その程度のこと、言わずとも察せや、このボケ!』であるが、それはおくびにも出さない。
「篠原さん一人だけであれば、招待できなくもないよ。――でも、主催者である天嶺くんの意思に反しているわけだから、扱いが悪くなるだろうことは覚悟しておいて。それも二重の意味でね」
『――――――』
「いやだって、Eクラスに移った時点で篠原さんはパーティーへの参加権を失ってるんだよ?
にも拘らず参加する時点で1点のマイナス。たとえ正規の招待を受けた上での参加であろうとね。
むしろ、その招待主が私という時点で、周りからは『無理を言って泣き落とした』と思われるのは免れないよ。ほら、そこでもう1点のマイナスが入る」
柔和な声で説明しながら、『Eクラスに
『――――――』
説明されれば流石に理解できたのか、篠原の語気は弱まった。
「そして最大の問題点。私に出来るのは、篠原さんを『パーティーに招待する』ところまで。それ以降は篠原さん自身の力量に掛かってくる。
本懐を果たせるかは篠原さん自身に掛かっており、それもマイナスの印象を抱えたところからスタートする。もちろん、必ずしも本懐を果たせるとは限らないし、嫌な目にも遭うかもしれない。
それでもよければ招待するけど――どうする?
ああでも、今のところは篠原さんからしか頼まれてないけど、他にも頼んでくる人はいるかもしれないね……」
今の状況で篠原がパーティーに参加することのメリットとデメリットをキチンと説明し、彼女を慮っているように見せかけて、最後の一言で桔梗は篠原を追い詰めた。――ふと思い至ったように、ごくごく自然さを装って。
本音を言えば、桔梗自身は篠原がパーティーに参加しようとしまいとどうでもいい。
だがその一方で、篠原が女子であることには変わりなく、そんな相手が不利を承知でパーティーに参加するのは、その仲介を桔梗に頼むのは、ある意味で非常に都合がよかった。
『――――――』
果たして、篠原はパーティーへの参加を希望した。不利を承知で、それでも一縷の希望を抱いて一歩を踏み出したのだ。
「うん、分かったよ! じゃあ、篠原さん
『ありがとう、櫛田さん!』
桔梗の言葉を受け、篠原は礼を告げて電話を切った。
瞬間、桔梗は笑みの質を一転させる。それは紛うことなき嘲笑だった。
篠原の勇気と覚悟に一抹の尊敬を抱きつつ、それでも桔梗は篠原の無謀さを嘲笑わずにはいられなかったのだ。
この瞬間、桔梗のチカラ――『秘密は美酒にして毒』が機能する。
それも当然。だって、篠原は口頭で契約に応じたのだから。
メリットを得られる保証はなく、その上でデメリットを負う可能性は高い。篠原本人にその自覚があるかは分からないが、彼女は口頭ではあっても、不平等極まりない契約を受け入れたのだ。
「フフ……。悪く思わないでね、篠原さん。私はキチンと忠告したよ? その上で、不平等極まりない契約を受け入れたのは貴方なんだから」
桔梗は笑みを浮かべたまま静かに呟く。
今の篠原は、桔梗に対する感謝の念で一杯だ。
本来なら参加できなくなったパーティーへ、桔梗のおかげで参加できるようになったのだから無理もない。
だが、篠原は忘れてはいないだろうか。パーティーの主旨は、あくまでも乱交なのだ。互いの合意なき行為は禁じているが、逆に言えば、合意さえあれば問題はない。
そして桔梗のチカラは、その名に違わず『毒』の面も併せ持つのだ。今しがたの口頭契約に応じたことで、その毒を篠原は飲んだのだ。
チカラが機能している限り、篠原が桔梗に抱いた感謝の念が尽きることはなく、篠原自身が一抹でも『筋が通っている』と認めてしまえば、篠原は桔梗の言い分を受け入れるようになったのだ。
それも、前提が前提故に、それは篠原自身も認めていることであるから、篠原の変化が発覚する可能性も極端に低くなる。
もちろん、天嶺などであれば篠原が何らかのチカラの影響下にあることはすぐに察することだろうが、ならば前以て桔梗のチカラの契約下にあることを周知してしまえばいい。
そもそもにして、天嶺自身はDクラスの面々――特にEクラス行きとなった面々に対しては誠実さなど期待していなかった。そんな相手を交えて乱交パーティーをする以上は契約で縛るのが当然だし、そのことは前以て周知していた。
その事実がある以上、桔梗が殊更に怪しまれる道理はない。
「ともあれ、これで池くんや山内くんに宛がう女子は問題なしと……」
篠原が契約に応じてくれたことで、桔梗は安堵の息を吐いた。
桔梗個人がどう思っているかはともかくとして、池、山内、須藤、外村、沖谷といった面々が必死に勉強に力を入れ、Dクラスへの残留を勝ち取ったのは紛れもない事実なのだ。である以上、彼らにもご褒美はあって然るべきである。
そう思っていても、桔梗自身が彼らに抱かれるつもりなど毛頭ない。――いやまあ、『男の娘』を地で行くような仲谷であれば、アリかな……? と思っているのは否めないけれども。
そして、グループの女子に相手させるのも憚られる。グループメンバーではないが、井の頭や王もそれは同様である。
だから、ハッキリと言うならば、桔梗は元々その役を小野寺かや乃や森寧々に任せるつもりだったのだ。平田主催の勉強会で、桔梗が積極的に小野寺と森をフォローしたのにはそれが一因として存在する。
無論、小野寺と森に長所があるのは桔梗自身も認めている。しかし、それはそれだ。たとえ勝ち馬に乗れたとしても、行動に移すのが遅かったのは否めない。その分のデメリットは受け入れるのが道理だろう。
そんなわけで、二人が契約を申し込んできた時点で、そして契約を受け入れた時点で、秘かに毒を仕込んであった。
「まあ、篠原さんだけで耐えられなかったら、その時は二人にも身体を張ってもらえばいいよね……」
桔梗だって人間なのだから、そんなことを考え、実行しようとしている自分に罪悪感を覚えないではない。
だがその一方で、努力した者が報われないのも嘘だと思う。
結局のところ、どちらを優先しても罪悪感を覚えずにはいられないのだから、今回は先に行動に移した側を応援する。それだけのことだ。
それに桔梗のチカラは、決して強制的に思考や行動を変化させるわけではない。自問自答の末の結論として受け入れやすくさせているだけであり、否を唱え続けるほどに精神力が頑強なら通用しないのである。
「さて……。他のクラスからきた子たちは、どうなるかな……?」
乱交に参加するのか、しないのか。相手を確定させるのか、しないのか。
既に確定気味の者もいるが、そうでない者もいる。
パーティーに思いを馳せながら、桔梗は足を動かすのだった。
黄泉川=比良坂を登場させたのは、霊場を出すのに都合がよかったからでもあります。
まあ、霊場での場面を描くかは分かりませんが、ギミックとして存在した方が助かるのも事実です。
本作の平田は、原作と違って厳しさを表に出した面はありますが、それでも原作と同様に優秀で、多方面に対して優しさを出しているイケメンなのは間違いのない事実です。
その上で、原作と違って『恵と付き合っている』なんてこともありません。周りからの認識は『フリー』なわけです。
である以上、Eクラスに落ちたところで、諦めきれずにワンチャン狙うキャラもいるかな~と思ったわけです。
結果、篠原に白羽の矢が立ちました。
前園とも迷ったんですが、『この時期の前園は狂犬に等しい』という原作準拠にした結果です。
それを利用して、さりげなく桔梗ちゃんの『人でなし感』を出してみました。
親身なようで、その実は池たち用の『人身御供』にすることを目論んでいます。
篠原にとっては災難ですが、桔梗自身は忠告と警告をしています。
その上で受け入れたのは篠原自身なわけですから、想像以上に嫌な目に遭ったとしても、篠原の自業自得な面があるのは否定しきれません。
また、女子とセックスに及べるという時点で池たちにとっては嬉しいわけですから、必ずしも『悪行』とは言い切れない面があります。
本作の桔梗ちゃんは、あくまでもフラットに見た上で取捨選択を行っています。
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