天嶺から忠告を受けた、池、山内、外村の男衆。
桔梗から忠告を受けた、森と真鍋グループの女性陣。
総合スペックが低いことを自覚・自認しているからこそ、彼ら彼女らは『今後の身の振り方』について考えざるを得なかった。
特に女性陣は顕著だ。元からDクラスに所属している森も、Cクラスからやって来た真鍋グループも、嫌でも『Dクラスのぶっ飛び具合』を認めざるを得なかった。
担任に対する扱いもそうなら、元クラスメイトに対する扱いもそうだ。立場は異なれ、同じ女性である二人がそうなっている以上、自分が同じ立場に追いやられない保証はないのだ。
一応、『Dクラスの一員』であるうちはそこまで酷い扱いをされる心配はなさそうだが、担任の有り様を見ればそうとも言い切れないのが現状だ。
(Cクラスで龍園の支配下にいた方がまだマシだったかも……。――ああでも、そうすると処女を卒業出来てたかも分かんないしなぁ……)
真鍋志保は内心で頭を抱えた。
これで真鍋は社会的評価を気にする性格であり、相手と自分のどちらが優位かで態度を決めるようにしている。
だが、その『社会的評価』というやつは、状況次第で向ける顔をアッサリと変えるから困りものだ。
分かりやすい例が一般常識だ。一般常識に従順であれば従順であるほど、世間一般においては『優等生』や『模範生』として扱われる。――しかし、学校という閉鎖空間の、教室という更に限定された空間では、時として優先される傾向は異なるのだ。
端的に言えば『不良』の存在である。それも、『不真面目なくせに腕っぷしは強い』だとか、『親の七光り』で威張り散らしているタイプの不良である。
この学校では基本的にクラス替えがないとのことではあるが、小・中学校では当然のように存在する。
だからこそ場合によっては――有体に言って運が悪ければ、そういうタイプの不良と同じクラスに配属されることだってあるのだ。
そして実際、真鍋にはその経験がある。
注意した教師が暴力によって黙らせられ、二の舞を恐れた学校側が件の生徒を注意しなくなった光景を眼にすれば。
注意した教師が、数日も経たないうちに学校から去らざるを得なくなった光景を眼にすれば。
真鍋志保は否が応でも一般常識の脆さを実感するより他になく、自分自身が二の舞にならないためにも、常識に拘ってはいられなくなったのだ。
そんな真鍋であるから、高度育成高等学校に希望を見出すのは無理のないことだった。だって高育は、日本政府直属の、国内最高峰の進学校なのだから。
ここなら不良はいないだろうし、大変だけど勉強の遅れを取り戻すことはできるだろう。――真鍋がその様な希望を抱いたとしても不思議はない。
しかし現実は無情であり、配属されたのは『不良クラス』と言っても過言ではない有様だった。
何せクラスを束ねる龍園は、将来は地元のヤクザ組織を継ぐことが決まっているらしい。
中学時代、不良共に担ぎ上げられた結果、これまたクラスメイトである女子――当時は別の学校だったらしい神夷京共々ヤクザに因縁を付けられてしまい、それをボコボコの返り討ちにしたから。……とは、多分に真鍋の意訳を含んではいるが、龍園自身の発言である。
実際、龍園も京も身のこなしは極上だ。龍園は徒手空拳、京は剣を学んでいるとのことだったが、信じるに足る要素はあれ、疑う余地は少なかった。
まあ、次期『ヤクザの後継者』とは言っても、龍園自身は面倒見が良い方だろう。言葉は荒いし、必要とあれば暴力を振るうのも辞さないが、必要がないなら暴力を振るわない冷静さも備えている。割とノリのいい部分も持ち合わせており、京とのやり取りなど、『お笑いコンビ』もかくやな面があるのは否めない。
ハッキリと言えば、居心地がよかったのは否めない。――だが、忘れてはならない。
龍園翔はヤクザなのだ。今はそうじゃなくても、ヤクザを返り討ちにした実績を持ち合わせており、卒業後は地元のヤクザ組織のトップに就任することが決まっているのだ。
神夷京も似たようなものである。
本人の人柄などは問題なく受け入れられても、社会性を鑑みればその部分だけは容易には受け入れられず、真鍋は特別試験に託けてクラス移籍を果たしたのである。
しかし、移籍した先がコレであるのは、真鍋としても想定外に過ぎた。
そりゃあ、処女を卒業できたのは嬉しいし、初体験で得られた快感も筆舌に尽くしがたいほどに素晴らしいものだったのは否定しない。
だがそれはそれとして、考えようによっては龍園や京以上にヤベえ奴らが集まっているのも、確かな現実なのである。
「……ん? ……べさん? 真鍋さん?」
「ハッ!?」
見やれば、眼前には心配そうな顔の桔梗がいた。
「ゴメン。ちょっと、考え事に耽っちゃってたみたい……」
「まあ、無理はないよね」
自意識を取り戻した真鍋が謝ると、桔梗は軽く片手を振って答えた。
気にしていない、というアピールだろう。怖い部分があるのは事実だが、噂通りの人気者――気配り上手であるのも間違いはないと思われた。
そもそも、気配り上手でなければ人気者など維持できない。
「コレは参考までにだけど……」
そう前置きして、桔梗はDクラスについて語った。
あくまでも桔梗の主眼に寄った意見ではあったが、他クラスからの移籍者である真鍋にとっては、ありがたいのも事実である。
特別試験でも説明があったが、Dクラスの特性は『闇鍋』とのこと。良くも悪くも、長所と短所がハッキリと分かれている生徒が多い。
例えば、幸村輝彦。彼は学力面では非常に優秀な部類だが、その反面、身体能力は極端に低い。親の方針もあってこれまで勉強一辺倒だった弊害だ。弊害はそれ以外にもあり、コミュニケーション能力もそれに含まれる。学力で相手の良し悪しを決める傾向があるのだ。
例えば、須藤健。彼は幸村とは正反対と言えるだろう。バスケに懸ける情熱は凄まじく、身体能力も非常に優秀な部類だが、反面、学力はクラスでも最底辺だ。オマケに、素行不良で喧嘩っ早い。なお、今は平田の制御下にあるので幾分かマシである。
平田の方から『拳での語り合い』と称して喧嘩を吹っ掛け、平田の方は何度か拳をもらったものの須藤の体勢を崩し、左腕に足を乗せて『腕を折る』と脅し、それに恐怖した須藤が敗北を認め、そこを『オカルト的契約』で縛った結果だ。
例えば、佐倉愛里。その実は『新進気鋭のグラビアモデル』と人気を博した『雫』であり、その容姿は学校でも最高峰だろうことは間違いない。しかし、容姿を除くと然して光る部分は見当たらない。学力は一般高校生の平均程度だし、身体能力は明らかに平均以下だ。自分に自信がないらしく、極一部を除けば積極的に話しかけることも出来ず、話しかけられればきょどる。――もっとも、いわゆる『雫モード』で過ごしている間はコミュニケーションに問題はないようである。
例えば、堀北鈴音。実兄である生徒会長を憧れにして目標としており、努力を欠かしてこなかったために学力も身体能力も上々だが、それは人間関係を切り捨ててきたが故でもあり、コミュニケーション能力は最底辺に近い。言っていることはある意味で間違いではないのだが、自分に自信を持っていることも相俟って、所々で相手への配慮に欠けるのだ。
「ここからはオールラウンダータイプね」
Dクラスにおいて『最高峰』たる実力者は全てこのタイプだが、アクが強いタイプが多いのも特徴である。
トップ4を挙げるとすれば、綾小路清隆、高円寺六助、九角天嶺、平田洋介の四人になるだろう。
綾小路清隆は非常に厳しい環境で育ったらしく、ここに来るまで学校に通ったこと自体が無かったのだとか。嘘か真か判断に分かれるところだが、言い分を裏付ける部分が散見されるのも間違いないらしい。
例えば音楽。演奏技術が素晴らしいのは事実であり、真似しようと思って真似できるものではないだろう。――しかし、技術の素晴らしさとは裏腹に、心に訴えかけてくるものがないのも確か。
それは美術も同じであり、つまるところ『人間性』というものが感じられない。感じられても非常に薄い。
例えば体育。個人競技には眼を瞠る部分があるが、集団競技になると途端に脆さが露呈する。
バスケやサッカーを例に出すと、最初は基本動作たるドリブルすらも覚束なかった。まあ、吸収力は高いらしく、そこはすぐに克服したのだが、今度はパスが覚束ない。『狙った地点に落とす』ような技術はすぐにものにしたのだが、『相手に合わせた』パスを出すことが出来ないのだ。相手に求める要求が高過ぎたり低過ぎたりとのこと。
結果として、チーム競技なのに、個人技術で突破した方が結果を出せるような状況になっている。
「そう言われると、頷ける部分はあるわね。まともな感性持ってたら、担任相手にあんな真似は出来ないでしょ」
チラリと佐枝の方に視線をやって、真鍋は頷いた。
真鍋も彼女から授業を受けることはあったので、それなりには知っている。
非常に冷淡な態度・冷徹な物言いが目立つ、『サラリーマン教師』に近いスタンスを取っている人物だ。
その一方で、『クールビューティー』という言葉が似合う、美貌とスタイルの持ち主であるのは認めざるを得ない。
そんな人物が、視線の先では見るも無残な様相となっている。とてもじゃないが、普段からは考えられないだろう。
「流石にアレは私も引く部分があるのは認めるけどね。――ただまあ、教師としてはクラスのために身体を張ってもらわないと」
真鍋の言葉に苦笑を浮かべて言う桔梗だが、苦笑一つで堂々と宣える辺り、桔梗も随分とイイ性格をしているのは間違いなかった。
次に桔梗は高円寺について語った。
自分に絶対の自信を持っていることがあからさまなほどに窺がえ、当人もそれを公言して憚らない。――が、だからこそか、その行動基準は『己』である。
一応、最低限には社会性を兼ね備えているようで、入学当初から授業に関してはサボることなく参加している。しかし、『真面目』であるとは言い難い。
ノートを取らないのも、真面目に受けないのも、既に修めている内容だから。悪びれもせずにそう言い放つような人物である。
教師としてはその言い分に不満を覚えもするだろうが、有言実行とばかりに結果を示されれば、表立っては文句として形になることもない。
「極度の自由人だっていう噂は聞いていたけど……」
真鍋が呟く言葉に力はない。
次に桔梗は天嶺について語った。
桔梗自身が贔屓にしているためか、その内容は実に多岐に亘ったが、役に立つ内容であるかは疑問である。
それでも、分かる部分は分かった。
山奥の村で生まれ育ち、その村は総出で『オカルト』に分類される仕事を生業にし、退魔組織『鬼道衆』を結成している。
次期村長にして、鬼道衆の次期頭領なのが天嶺であるらしい。その立場に相応しい教育を受けており、既に仕事にも従事しているとのこと。
社会人としては立派だし、学生離れした実力を身に着けているのも事実だが、だからこそ『学生』として見た場合には問題があるのも否定はできない。
家業故の欠席ではあっても、芸能人や囲碁や将棋の棋士といった『一般に認知されている職業』でないのは事実なため、学校側も公欠には出来ない事情があったのだ。
端から見れば、『優秀な能力を持ってはいるが、授業欠席の常習犯』である。それは澪も同様で、天嶺と澪は『そのことがDクラスに配属された理由だろう』と述べている。
この学校に入学したのも仕事のためであり、どうしても仕事を優先するスタンスを取らざるを得ない。
だが、それがクラスに迷惑を掛けるのも認知していたため、入学当初から注意喚起は行っていた。
その結果が
そのような事情を説明されれば、真鍋としても、篠原という『元クラスメイト』に対する扱いに頷ける部分はあった。事情を知らなければ『うわぁ……』とドン引かざるを得ないような所業であるが、事情を知れば話は別だ。ドン引かざるを得ないのは事実だが、まだ理解と納得が出来る。
同様に、清隆の担任に対する行いにも、周りがそれを咎めないのにも、理解を示せる余地は出来た。
この学校は『クラス評価制』を採用しており、毎月のお小遣いであるPPは、その結果であるCPに基づいて振り込まれるのだ。
である以上、確かな実力を持っていれば持っているほど、『こんな足手纏いどもを大量に押し付けるんじゃねえ!』と学校側に不満を持つのは当然のことだ。
早い話、担任という身近なポジションにいたからこそ、佐枝はその不満の捌け口にさせられたのだ。
「それを聞いて、少しは安心できたわ……」
真鍋は安堵の息を吐いた。
納得できるかどうかは人それぞれだろうが、佐枝と篠原の扱いは理由あってのことだったのだ。である以上、自分が即座に同様の目に遭う可能性は低い。
「少しは安心できたかな? 最後に平田くんだね」
クスリと笑って、桔梗は平田についての説明を始めた。
率直に言って、『クラスきっての善人』であるのは間違いなく、最高峰には及ばないが、多方面で優秀な能力を持つ。
ただ、中学時代に安易な理由を付けて、助けを求める幼馴染みをイジメから見過ごした過去がある。結果、件の幼馴染みは飛び降り自殺を図り、一命こそ取り留めたものの脳死状態となっている。
そのことからイジメに分類される行為を憎悪しており、ターゲットを変更してイジメが続行されたときには自ら鉄拳制裁して回り、ついには学校を支配下に置いたこともある。
もっとも、それが学校側にとって著しく問題となったのも事実であり、ついには学校側も重い腰を上げざるを得なくなった。
結果、『全クラスが強制的に解体・再編された上で、卒業まで厳しい監視体制が取られる』ことになったのだ。
イジメに端を発するそれら一連の出来事が、平田のトラウマになっているのは間違いない。
「……え? じゃあ、この状況ってヤバいんじゃない?」
真鍋が首を傾げる。
「まあ、そう思うのも無理はないけど、たぶん大丈夫だと思うんだよね。
平田くんが憎悪するのは、あくまでもイジメ――『理不尽な行い』なの。
どれだけメチャクチャであっても、そこに『尤もらしい理屈』が通っていれば、不満を飲み込む度量を持っているのが平田くんなの。
実際、学校側の騙し討ちに対して、平田くんは不満こそ露わにすれ反抗までは行っていないからね。それは彼が、学校側の言い分に対して一抹の理解を示している証拠とも言える」
篠原が――篠原に限ったことではないが、『1-DからEクラスに落ちた生徒』が1-Dに多大な迷惑を及ぼしたのは事実だ。そこは否定できない。
そのことについて、篠原が反省したとしても不思議はない。
同時、退学を回避するために、他クラスに庇護を願ったとしても不思議はない。
何故なら、現状で示されている『Eクラス行き』のルールは『定期テストで赤点を取ること』であり、赤点の算出基準は『クラス平均点/2』だが、算出基準が変わらない保証はないのだ。
むしろ、この学校が進学校であるからには、いずれは変更される可能性の方が大きい。『少なくとも全科目で平均点以上は取れ』と言われたら、学校の肩書を鑑みれば否定できる余地は少ない。
世間一般的なイメージとして、『進学校の生徒』=『優秀』であり、優秀であるからには学力も相応のモノが求められるのは間違いないからだ。真鍋のイメージとしては、『全科目70点以上』である。
放任主義を敷いているこの学校である。学力不足でEクラスに落ちた者同士で勉強を教え合ったところで、効果の程が見込めないのは自明の理。
Eクラスに落ちたことで危機感がこれまで以上に高まったのなら、むしろ他クラスに庇護を求めるのが自然なのだ。
その対象が『元所属クラス』になるのは、何もおかしなことではない。気まずかろうと、本人の交流関係やスペック次第では、それ以外に選択肢などないからだ。
だからこそ、『反省の形を分かりやすく示し、協力を仰いでいる』と篠原が言えば、それが当人の意思である以上、平田が止める理由もなくなるのだ。
同様のことは佐枝にも言える。
如何に学校の方針とはいえ、それで受け持ちであるDクラスに多大な負担を押し付けていたのは事実なのだ。そのことは理事長自身が認めていたので否定の余地はない。
だからこそ、『生徒のやる気を引き出すため』と言われたら、これまた平田が止める理由はなくなるだろう。
彼自身、暴力という『非常の手段』でイジメを止めた過去があるだけに、理由と方法は異なれど、『非常の手段』の実行を止めることなど出来るわけがない。
「安心できた気持ちがどっか飛んでいったんだけど……。
このクラスに適応できれば多大な成長を果たせるとは思うけど、流石にハイリスクが過ぎるんじゃない?」
「そこに関しては『頑張って!』としか言えないね。手っ取り早いのは誰かの派閥に加わることかな。派閥によって傾向は異なるけど、そうすれば派閥員の助力を望めるからさ」
実にイイ笑顔で桔梗は言った。
それを受け、真鍋は本格的に身の振り方について考える必要に迫られた。
そしてそれは、やり取りを見ていた真鍋以外の女子も同様なのだった。
今話は真鍋に寄せた描写です。
過去を捏造しています。
原作では、恵によって理不尽な目に遭ったクラスメイトの諸藤のために、恵を問い詰める描写が存在します。
その点で丸っきりの悪人ではないのですが、その後の恵に対する振る舞いを見れば、善人とも言えません。
社会性を重視する一方で、モラルが低いことから、『自己抑制能力が低い』という解釈であり、そのための過去捏造です。
お目付け役がいれば暴走は抑えられますが、いなくなると暴走する可能性が高まります。
本作では、真鍋自身がそのことを自覚しています。
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