他方、女子側の大浴場へと足を運んだ姫野も、新たなクラスメイトと邂逅を果たしていた。
「おはよう! たしか……姫野さんだっけ?」
「……あ? え? おはよう。うん、姫野ユキ。……小野寺さん、でよかったかな?」
「うん! 小野寺かや乃だよ!」
まあ、姫野の方は寝不足が祟って声を掛けられるまでは気付けなかったわけだが。
「……その様子だと、寝不足?」
「まあ……。やっぱ、鍵がないと不安でさ」
掛けられた声に挨拶を返しつつ、姫野は洗心のために洗い場に向かう。
椅子に座って湯を浴びている内に、いくらかシャキッとしてきた気がする。
「やけに元気そうだけど、そっちは不安を感じなかったの?」
「私はそこまでじゃないかなぁ~。私って部活一辺倒だし、クラスメイトの女子と比べるとそこまでイケてる方でもないしさぁ~。
あとはまあ、他クラスから移ってきた姫野さんに比べると、九角くんに対する信用があるのが大きいかな。
彼って確かにぶっ飛んだ部分はあるし、厳しい部分は本当に厳しいけど、慈悲深い部分は本当に慈悲深いのよ。
んで、昨夜のパーティーってそんな彼が主催したものだからさ。よくよく考えれば、相応の安全処置が取られていて然りだと思うんだよね。
それこそ、『招かれないと他人の部屋には入れない』とか、『邪な気持ちを持ってると他人の部屋には入れない』とかさ……」
湯船に身を預けた小野寺は、実にゆったりとした様子で語る。
確かに、他クラスから移ってきたばかりの姫野は、Dクラスについて知っていることなど少ない。それは所属者についてもまた然りで、天嶺もその例に洩れない。
だから、元からクラスメイトである小野寺がそう言うのならば、一概に否定できるものではなかった。
普通に考えれば手品としか思えないのに、現実として手品ではない魔法のような超常のチカラが存在することについては、それこそ姫野のクラスメイトである一之瀬帆波が証明したのだ。
である以上、小野寺の言うような対策が取られていたとしてもおかしくはない。――と、理屈では分かるのだが、納得まではいかないのが姫野の心情である。
「私は水泳部なんだけど、姫野さんは何か部活に所属してたりする?」
「生憎と部活は何も。平均程度には身体も動かせるとは思うけど、運動部に所属できるほどじゃないね」
「……誘う余地すら残してくれないのはどうかと思うんだけど?」
「それは悪いね。――でも、部活ってのは、熱意を持っている人たちが所属するべきだと思うんだよ。勝負事と無縁ではいられない部活は特にね」
「そう言われたら否定はできないなぁ~」
「小学生や中学生の時分だったら、ワンチャンあったかもしれないけどね。でも、高校生で興味本位ってのは違うと思うんだよ」
スポーツ女子であるが故か割とボーイッシュで、闊達な様子を見せる小野寺。
ダウナーな雰囲気を全面に押し出し、ときには男勝りな口調を用いて、人付き合いそのものを拒もうとする姫野。
割と正反対な様子の二人ではあるのだが、不思議と会話は弾んでいた。
それは、姫野は会話を拒む様子を節々で示しているにも拘らず、紡がれる言葉自体は限りなく誠実さに満ちているからだろう。
「ところでさ、姫野さんって勉強できる? 察しは付くと思うんだけど、私って勉強はそこまでじゃないんだよね」
「それだけ水泳に打ち込んできた証拠ってことでしょ。……私は平均よりは出来ると思うけど、間違っても優秀って言えるレベルじゃないね」
二人がそんな会話を行っていると、再びドアが開いた。
「おはよう!」
「おはよう」
小野寺は元気に、姫野は元気なく挨拶を行った。……実に対照的である。
「おはよう。小野寺と……姫野だっけ? 伊吹澪よ」
「うん。姫野ユキ」
「おはよう。軽井沢恵っての」
「おはよう。佐藤麻耶だよ~」
姿を見せた三人は、特に姫野に向けて名前を込みで挨拶を返す。
その後、三人も洗身を済ませると、二人と同じ湯船に身を寄せた。
「ところでだけど……結局三人はあの後ヤったの?」
ホッと息を吐いた頃合いに、そう訊ねたのは小野寺だった。
風呂の熱によるものだけではないだろう。その頬は赤く染まっていた。
(ぅおいっ!? 訊くのか!? 訊いちまうのかよ!?)
内心で小野寺にツッコミを入れつつ、興味があるのは姫野も一緒なので聞き耳は立てる。
「なぁ~にぃ~? 興味あるんだぁ~?」
ニヤニヤとした笑みを小野寺に向けるのは麻耶である。口調といい、揶揄う気が満々なのは容易に見て取れる。
「……麻耶」
「はい! 申し訳ありません!」
それに対し、澪が睨み付けて名を呼ぶと、麻耶は直立不動の敬礼をして謝罪した。……実によく訓練されている。
澪は天嶺、麻耶は清隆と、厳密的な所属グループは違うのだが、天嶺と澪に仕事用として貸し与えられた拠点で生活させてもらっていることや、そもそものスペック的な違いもあり、ヒエラルキー的には澪の方が麻耶よりも上なのが現実だった。
「アンタが小野寺に嫉妬するのは分かるし、マウント取ろうとするのも分からないではないけど、揶揄っていい部分とそうでない部分の分別は付けること。いい?」
「は~い。……ゴメンね、小野寺さん」
澪が静かに一喝すると、麻耶は不貞腐れたように頷き、小野寺へと謝った。
「ああいや、謝罪は受け取るけど……。佐藤さんが嫉妬ってなんで? 私、佐藤さんに何かしたかな?」
「……ううん。単に、私が一方的な劣等感をぶつけてるだけ。私って、自分でも認められるほどに取り柄って取り柄がないからさ。勉強であれ、運動であれ、『確かな長所』のある人物を羨まずにはいられないのよ。
そして、自分が勝ってる部分でマウントを取って、その部分で過剰に相手を下げて、自己満足に浸ろうとしちゃうの。
そういう風に考えると、割と嫉妬を覚える対象はクラスメイトにも多いんだけどね。その大半は、清隆くん、天嶺くん、平田くんから成る『1-D男子三大巨頭』いずれかのグループに所属しているからさ。
私も清隆くんのグループに属している以上、ヘタに波風立てるわけにもいかないからね。
それもあって、『クラスメイトではあるけど、グループに所属していない』小野寺さんは、余計狙い目に思えちゃったわけ。
小野寺さんって水泳部でしょ? 運動に精を出しているだけ肉付きもいいし、どうしても羨まずにはいられないって言うか……」
小野寺から眼を逸らした挙句、その視線を伏せながら麻耶は言った。
理由を聞けば分からないではないし、人間である以上、どうしたって嫉妬心と無縁ではいられない。
傲慢・憤怒・嫉妬・怠惰・強欲・暴食・色欲の七つを指して『七つの大罪』と言い、『人間を罪に導くとされる欲望・感情を指す』と説明される。
その点で言えば、なるほど。麻耶が小野寺に向ける嫉妬は、麻耶の個人的感情に基づいた一方的なものであり、『醜い』とすら言えるだろう。
「それを言ったら、私だって佐藤さんを羨まずにはいられないんだけど?
私ってこれまで水泳一辺倒で来たからさ。そのことに後悔はないけど、話の合う友達が少ないこととか、おしゃれに疎いとことかには思うところがあるんだよね。
そういう点で、ギャルギャルしい佐藤さんを、『益のないことで騒いでるな』って内心で見下したりもしてた。
だから、私もゴメン」
麻耶の言葉に、小野寺は真っ直ぐに麻耶を見つめ返して言葉を紡いだ。
そして、頭を下げた。
「早い話、『隣の芝生は青く見える』ってやつね……」
肩をすくめ、澪が端的に結論を述べた。
「羨んで嫉妬するくらいなら、いっそのこと互いが満足できるように手を取り合って切磋琢磨なさいな。少なくとも、その方が建設的よ?」
『言うは易く行うは難し』ではあるが、澪の言うことは尤もではあった。
そも、『七つの大罪』は単純な悪徳とは言えず、時として人間に富をもたらす巨大な原動力になり得るのも事実だ。
戦争を例に出すが、他国を下等と見下す
他国の美姫、自国にはない豊富な資源を狙って戦争を仕掛けるなんてのは、古今東西で珍しくもない。
戦争は勝っても負けても民衆に大きな負担を齎すのが大半だが、その一方で人類の技術進歩に大きく寄与してきたことを忘れてはならない。
それらをスケールダウンして考えれば、人間一個人に当て嵌めることだって十分に可能である。
「今はポイントに余裕がないからアレだけど、余裕が出来たら、買い物に付き合ってくれる?」
「うん、いいよ。その代わりってわけじゃないけど、ストレッチとか教えてもらっていい?」
「それは私も興味あるかも。そのうちに清隆も私たちに対して身体能力面を引き延ばすべく指示してくるんだろうとは思うけど、私らは女子で、清隆は男子だからね。
アイツの知識なら男女関係なく効果的な指示を出してくる可能性は十分にあるけど、その一方で『性差の違い』を念頭に置いていない指示を出してくる可能性も沸々と……」
これまで黙って話を聞いていた恵が参戦した。
『あ~……』
その言葉に、姫野を除く面々が納得の様子を見せた。
もはやDクラスの面々にとって、『綾小路清隆は常識が足りない』というのは周知の事実であった。
いや、知識面とかで言えば、或いは誰よりも知悉している可能性があるのは否定できない。しかし、それはあくまでも、書籍や参考資料などから得た『理論的な知識』=『机上の知識』に他ならないのだ。
実際に体験や行動を通じて得られる『現場の知識』や『実践知識』が然程ではないことは、これまでを見ていればよく分かる。
「なに? 綾小路くんってそうなの?」
姫野が清隆について知っていることなど多くない。中間テストで全科目100点を取れる学力を持っており、表情や言葉に起伏が見られないことくらいだ。
「何て言えばいいかな……? 教師とか監督とか、大多数を相手にしての『指示だしマン』としては優秀だと思うよ。
もっとも、ついてこられない者は容赦なく切り捨てていくスタイルの、だけどね。――反面、最後までついていければ、その人は限りなく成長できてると思う。
言ってみれば、大多数の犠牲の上に成り立つ、本当の意味での『少数精鋭』を生み出すのには向いていると思う。
だけどそれは、限りなく『個』に特化してるのね。個人で出来る範囲が限りなく広いから、他人に頼る場面が本当に少なくなるの。あくまでも他人は
てか、話を聞く限りだと、清隆自身がそんな感じで育てられたみたいだし、そうなるのも仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれないけどね……」
顎に人差し指を当て、天井を見上げながら恵が言葉を紡いだ。
「……なんだそりゃ? 綾小路の奴は、フィクションなんかで眼にするような『天才創出計画』の申し子だってか?」
恵の言葉を聞いた姫野は、肩をすくめて訊き返した。
「『中らずと雖も遠からず』かもしれないわね……。世の中、私らの仕事のように、表立っていなかったり、現実味のないようなことは意外とあるものよ」
それに対し、今度は澪が肩をすくめて答えた。
「あ~……」
そう言われると、姫野には返す言葉がない。
未だ信じきれているとは言い切れないが、『オカルト的なチカラ』に関しては見知ってしまったのだから尚更だ。
そんな『フィクションのような実例』が一つでもあった以上、他にもそんな例があったとしてもおかしくはない。……少なくとも、可能性自体は否定できない。
「で、話を最初に戻すけど……ヤったわね」
「うん、ヤった」
「ヤったねえ~」
そんな中、何の気負いもなく澪が言い、それに恵と麻耶が続いた。
(ヤった……? ヤったって何を……? ――ッ……!?)
最初は理解が追いついていなかった姫野だが、理解した瞬間には顔を赤く染めた。――繰り返すが、決して風呂の熱によるものだけではない。
「いや~、清隆くんもだけど、天嶺くんも凄いね! 最初にどっちを相手にするかでもだいぶ変わっちゃうんじゃない?
最初に清隆くんに処女を捧げたときも、そりゃあ快楽の渦に叩き込まれたもんだけどさ! その後で清隆くんと天嶺くんの二人から同時に抱かれたときなんか、二人して容赦なく責め立ててくるから前が気持ちいいのか後ろが気持ちいいのか分かんないし、処女喪失時以上の快楽に叩き込まれるしで、頭がバカになっちゃったよ!」
カンラと笑いながら麻耶が言った。
「気持ちいいのは否定しないけど、二穴責めはそこまでだったかな……?」
「アンタの場合、麻耶とは前提条件が違うからね。天嶺なりに遠慮したんでしょ」
「あ~……。そっか。恩返しのつもりで、結局は天嶺くんにも負担を掛けちゃってたか……」
「気にすんなっつっても無理でしょうけどね。アレでアイツも愉しんでんだから、アンタも愉しめばいいのよ」
「いやまあ、今後も清隆と天嶺くんには抱かれるつもりではあるけどさ……。コレの問題もあるし……」
「そうそれ。気になってたけど、それって何なの? 淫紋とかいうやつ?」
「その要素が無くはないけど、一言で言えば器かな。片っぽが清隆の印で、片っぽが天嶺くんの印。
私が性行為して彼らの体液を取り込む度に染まってって、その都度に私の肉体に改造を施すの。で、完全に染まりきって改造も終わればレベルアップ。私は彼らの能力を自分のものとする。
それが私のチカラである『比翼連理』。独りじゃ生きていけず、誰かに頼らなければならず、けれどいつかは並び立てるようになりたいっていう、そんな私の精神性の具現。……な~んて、ちょっとカッコつけすぎかな!」
後ろ頭に手を当てて恵が笑みを浮かべた。
なお、小野寺と姫野は、ぶっ飛んだ会話内容に口を挿むことも出来ず、顔を真っ赤にさせながらひたすらに沈黙を保っていたのだった。
今回は女性陣の側です。
結局、麻耶が小野寺を嫌う理由って何なんですかね?
分からないので、本作では『劣等感からくる嫉妬』としています。そのため、実のところクラス内に嫉妬の対象は多いです。
ただ、クラス内での孤立を防ぐために、ターゲットは選んでいるという解釈です。
実際、最初はグループチャットで鈴音をバカにしている描写がありましたし……。
その後、原作では無人島試験で鈴音の株が上がったこともあり、相対的に小野寺に集約されていったのかな~と。
感想・中~高評価・リクエスト・お気に入り登録お願いします。