漆黒の暗礁宙域。へしゃげた戦艦の装甲の影で、1機のモビルスーツが完全に熱源を殺し、息を潜めていた。
ジンスナイパーカスタム。
そのコックピットで、ダリル・ローレンツは静かにモニターを見つめていた。高精度スコープの照準枠の中に、デブリ帯を異様なスピードで縫いながら迫ってくる25機のストライクダガーカスタムが映し出される。
「……面白い動きをする。重装甲のくせに、まるで生き物みたいだ」
ダリルは冷静に敵の動線、スピード、スラスターの噴射パターンを算出すると、すぐさまその偵察データを味方のネットワークへと送信し、監視を続けた。データリンクを通じて、暗礁宙域の各所に潜む味方の狙撃班へ最新の敵座標が共有されていく。
『こちら隊長。よくやった、ダリル。……各機、射撃許可を出す。敵の先頭集団を叩け』
「了解」
通信が切れると同時に、ダリルは呼吸を整えた。ジンスナイパーカスタムが構える大型のレールスナイパーライフルの照準を、先頭を突っ走る異彩を放つ1機の頭部に固定する。
指が静かにトリガーを引いた。
強烈な電磁誘導の加速音がコックピットを震わせ、闇を切り裂く青白い一本の光条が放たれる。超高速のハイパーベロシティ弾は宇宙空間を瞬時に穿ち、狙い過たずストライクダガーカスタムの胸陣を撃ち抜いた。激しい光と共に、敵機が火柱を上げて爆散する。
「1機撃破」
◇
「——ッ!?」
跳ねるようなジャズのドラム音の中で、イオ・フレミングの全身の毛根が逆立った。
長年の戦場での直感——死の予感がイオの思考より早く体を動かしていた。視界の端で宙域の闇が不自然に歪み、**「謎の光」**が走る。
「くそっ……!」
イオは迷うことなく緊急パージボタンを叩き、操縦桿を限界まで押し倒して機体を「脱出」させた。
コンマ数秒の後、イオが脱出した直後の背部大型ユニットに超高速度の実体弾が直撃した。ドカンッ!と凄まじい衝撃波が走り、巨大なスラスターユニットが粉々に砕け散る。
「な、なんだと!? 一瞬遅れてたら命がなかったぞ……!」
冷や汗を流しながらイオが衝撃半壊した高機動型ストライクダガーとなった機体を立て直すのと同時に、通信回線には隊長の悲鳴のような叫びが響き渡った。
『敵のスナイパーだ! どこから撃ってきている!? 射線を特定しろ!』
だが、隊長の困惑を嘲笑うかのように、姿なき死神の弾丸は止まらない。
ズドンッ! ズドンッ!
『ぐわあああッ!?』
『左からだ! いや、上か!?』
『隊長! 3番機と7番機がやられました!』
完璧に統制されていたはずのストライクダガーカスタム隊が、目に見えない長距離狙撃によって次々と撃ち抜かれ、パニックに陥っていく。通信網は怒号と悲鳴で埋め尽くされ、残骸と爆煙が宙域を覆い尽くした。
「慌てんなバカどもが! 騒いだって狙撃手が消えてくれるわけじゃねぇ!」
イオは牙を剥くように吐き捨てると、ジャズの音量を一段落とし、冷静に思考を研ぎ澄ませた。
味方が次々と撃たれていく凄惨な光景を、イオは爆煙の影から冷たい目で見つめる。そして、撃破された味方の機体の残骸や散らばるデブリの死角へ、滑るように機体を潜り込ませた。
(弾道と光の残像……射線はあそこだ)
イオは自機のスラスター出力を極限まで抑え、敵のスナイパーに察知されないよう、息を殺して密かに狙撃地点へ向かって肉薄し始めた。
◇
『見事だ、ダリル! すでに5機撃破!』
ジンスナイパーカスタムのコックピット内で、ダリルは淡々とトリガーを引き続けていた。次々とストライクダガーカスタムを撃ち抜いていくダリルだったが、やがてモニターに赤い警告表示が点灯し、甲高いアラート音が鳴り響いた。
【WARNING: RAIL CANNON OVERHEAT】
「……ちっ、砲身が限界か」
連続射撃の過酷な負荷に耐えかね、レールスナイパーライフルの砲身が赤熱化し、歪み始めていた。これ以上の射撃は不可能だ。
「隊長、こちらダリル。ライフルの砲身が焼き付きました。これより撃ち合いは不可能です。後をお願いします」
『了解した。よくやってくれた、後は我々で料理する』
「健闘を祈ります」
ダリルは短く返すと、一応の念として、先ほどまで監視していた敵の動き、残存するストライクダガーカスタムの最新の位置情報と逃走ルートの予測データを隊長と他の部下2人に送信した。これでスナイパー班としての自分の仕事はひとまず終わりだ。
ダリルは息を吐き、コックピットのコンソールに手を伸ばした。
ジャズを好む敵とは対照的に、ダリルが再生ボタンを押すと、スピーカーから流れてきたのは甘く切ないポップスのラブソングだった。
柔らかいボーカルの歌声と心地よいメロディが、殺伐とした鉄の密室を優しく包み込む。
「ふぅ……」
砲身の冷めるのを待ちながら、ダリルはシートに深々と体を預けた。外の宙域で仲間たちが敵を追い詰めている最中、ダリルは優雅なラブソングに耳を傾けながら、ゆったりとした静かな時間を楽しむのだった。甘いポップスのラブソングが、ダリルの乗るジンスナイパーカスタムの密閉されたコックピット内に流れていた。過熱したレールスナイパーライフルの冷却を待ちながら、ダリルは静かに曲に耳を傾けていたが、通信回線に混じり始めた酷いノイズがその穏やかな時間を打ち破った。
『……こちら3番機……ザザッ……隊長、通信状態が急速に悪化しています。指示がノイズで聞き取れません』
部下の一人が困惑した声を上げる。
『何? 有線通信ケーブルに途切れや異常がないか、コックピットを開けて直接確認しろ』
隊長の冷静な指示を受け、部下は「了解」と答え、キャノピーのロックを解除した。
シュゥゥ……と音を立ててコックピットのハッチが開き、部下がケーブルの接続部へ身を乗り出した——その瞬間。
デブリの死角、破壊された機体の装甲の陰から、一人の男が躍り出た。
機体を半壊され、生身の歩兵となっていたイオ・フレミングだ。ノーマルスーツのバイザーの奥で狂気じみた笑みを浮かべたイオは、手にしたパイロット用アサルトライフルの銃口を迷わず部下に向けた。
バンッ! バンッ!
無重力空間に閃光が走り、ハッチを開けた部下は胸を撃ち抜かれ、言葉を発する間もなく絶命して宇宙空間へ漂い出た。イオはそのまま無人のコックピットへと滑り込み、死体を蹴り飛ばして奪い取るようにシステムを起動させる。
『なっ……!? 3番機! 敵だ、敵が生身で潜り込んでいたぞ!!』
隊長が即座に異変に気づき、自機の狙撃ライフルを向けようとする。しかし、巨大な戦艦の残骸の影に隠れた敵に対し、現在の位置からは角度が悪すぎて狙撃が不可能だった。
『クソッ、射線が通らん! ダリル! 砲身の冷却など構わん、お前の位置からあの化け物を撃ち抜け! 命令だ!』
だが、狙撃位置のセオリーを知り尽くしているイオは、その狙撃ラインを完全に読み切っていた。
「甘ぇんだよ!」
イオは奪い取った機体のスラスターを激しく噴射させ、滑るような機動で即座に射線から脱出。隊長機が放った苦し紛れの一撃は、イオがコンマ数秒前までいた空間の虚無を虚しく射抜くだけだった。
間髪入れず、イオは敵の有線通信ケーブルに自機の端子を強引にジャックインさせた。
モニターに通信映像が立ち上がり、ダリルの顔とコックピット内の光景が映し出される。それと同時に、イオの耳へダリルが流していたポップスのラブソングが飛び込んできた。
「ハハッ! なんだぁ、そのヘボいラブソングは! こんな戦場で気取った歌なんか聴いてんじゃねぇよ!」
通信映像に映るダリルの姿を見つめながら、イオは容赦ない嘲笑と煽りを叩きつける。
「それにその身体……ハッ! 手足が義足の木偶の坊じゃねぇか! 義足のスナイパー様が、俺の動きについてこれるとでも思ってたのかよ!」
画面の向こうで、ダリルの瞳に静かな怒りの炎が灯った。過熱して動かないライフルを抱えたまま、ダリルは抑えつけた声で言い返す。
「……喋るな、ただの運だけの男が。一度回避したくらいでつけ上がるな」
ダリルは己の名を刻みつけるように、冷ややかに告げた。
「覚えておけ……俺はダリル・ローレンツ。いつだって、お前を狙っている」
その宣戦布告を聞いたイオは、不敵に口の端を吊り上げ、魂を揺さぶるような声を響かせた。
「へっ、上等だ! 覚えておけよダリル! このジャズが聞こえたら、それが俺が来た証だ!!」
言い捨てるや否や、イオは有線ケーブルを力任せにブチッと引き抜いた。通信映像はノイズと共に黒く塗りつぶされる。
イオは即座に機体を操作し、回収ワイヤーを射出して鹵獲した機体をガッチリと繋ぎ止めた。そのままスラスターを全開にし、戦利品を引きずりながら悠々と母艦への帰路につく。
残された暗礁宙域で、ダリルは静まり返ったコックピットの中、再び流れ始めたラブソングに耳を傾けていた。身動きの取れない自機の視界の先から、ヤキン・ドゥーエから派遣された補給部隊の回収艇の光が近づいてくる。
「ジャズ、か……」
回収されていく機体の中で、ダリルは静かに目を閉じ、いつか必ず訪れるあの男との再戦を、深く心に誓うのだった。