※この作品はR-18です。

旅人を愛する孕神たちの純愛   作:ニコネーム、フラフラ

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法律家は敏感で大胆(煙緋)

 

正午の日差しが降り注ぐ胡桃の部屋から、空間が歪むあの浮遊感へと移行する瞬間まで、旅人は腕の中の少女を決して離さなかった。黒髪がシーツのように広がる華奢な身体は、情事の余韻で火がついたように熱く、そしてひどく無防備だった。全ての隠しごとを剥がれ落ちた素肌が、旅人の胸板に密着している。微かに甘い体香と汗の匂いが混ざり合い鼻腔をくすぐった。

 

 塵歌壺の中へと飛び込むと、そこはいつも通り静謐な時間が流れていた。旅人は迷わずマルを呼んだ。白い雲に乗った小さな精霊は、旅人の腕の中にあるものを一瞥するなり、何も言わずにくるりと方向転換し廊下の奥へと案内し始めた。言葉はいらない。旅人が新たな恋人を連れ帰ったという事実だけで、マルには全てが理解できたのだ。

 

 案内されたのは新しく増設されたばかりの一室だった。往生堂の堂主らしい漆黒と朱赤を基調とした内装ではなく、暖かな日差しのようなオレンジ色と白木を組み合わせた穏やかな空間。そこにある大きなベッドの白いシーツの上に、旅人は胡桃をそっと横たえた。

 

「んぅ……」

 

 胡桃が寝言のような声を漏らしシーツに頬を擦り付ける。その仕草が小動物のように愛らしくて旅人は思わず伸ばしかけた手を止めた。指先で黒髪を払い除けると安らかな寝顔が露わになった。目尻の褪せた赤の化粧が汗で少し滲んでいるけれどその表情にはもう恐怖も不安もない。ただ深い信頼と充足に満ちていた。

 

 これでいい。彼女はもう大丈夫だ。

 

 旅人がそう胸を撫で下ろした時だった。

 

「ご主人様」

 

 澄んだ声が背後から響いた。振り返るとそこには銀髪のメイド騎士が立っていた。ノエルだ。彼女は旅人の匂いを纏ったまま戻ってきた主とその腕に抱かれていた見知らぬ少女を見て何かを察したように静かに微笑んだ。

 

「おかえりなさいませ。……あの方って胡桃さん、ですか?」

 

 ノエルの視線がベッドで眠る胡桃へと向けられる。オリーブグリーンの瞳が優しく細められた。

 

「ああ。胡桃だ。往生堂の堂主で……俺の新しい恋人だ」

 

 旅人の言葉にノエルは驚く素振りも見せずむしろ誇らしげに胸を張った。

 

「おめでとうございますご主人様」

 

 その声音には嫉妬の欠片もなくただ純粋な喜びだけがあった。ノエルにとって旅人が新しい恋人を得ることは主の幸せであり自分の幸せでもあるのだ。

 

「ノエル頼みがあるんだけど」

 

 旅人はベッドサイドに立ち尽くすノエルに向き直った。

 

「胡桃が起きたら世話をしてやってくれないか? それから他の皆にも紹介してやってほしい」

 

 ノエルはふわりとスカートを揺らして一礼した。その動作は洗練されたメイドのそれだった。

 

「承知いたしました。ご主人様のお友達は私のお友達でもあります。……それに」

 

 彼女は一瞬言葉を切り悪戯っぽく笑った。

 

「これからご主人様との子作りに励む仲間なのですから早く仲良くなっておきたいですし」

 

 ノエルの物言いに旅人は苦笑するしかなかった。彼女の中ではもう既に胡桃は戦友も同然なのだろう。

 

「頼むよ」

「はい!任せてください!」

 

 力強い返事と共にノエルはベッドへと歩み寄り胡桃の寝顔を覗き込んだ。

 

「可愛らしい方ですね……ご主人様好みの匂いがします」

 

 ノエルがくんくんと鼻を動かす。その姿は忠犬そのものだった。

 

 旅人は二人を残し洞天を出ることにした。いつまでもここに留まっていては身体が休まらない気がしたからだ。

 

 璃月港へ戻るため再び壺へと足を踏み入れる。空間が歪み視界が反転する感覚。足が固い地面に着地した瞬間乾いた風が頬を撫でた。

 

 璃月港の午後の日差しは強く路上には人々の活気が満ちていた。どこからか甘い香りのする屋台の湯気が立ち昇り子供たちの笑い声が響く。

 

 旅人は深く息を吸い込んだ。洞天の中とは違う現実世界の空気が肺を満たしていく感覚に心が落ち着いていく。

 

 腕の中にはもう胡桃の温もりはないけれど掌にはまだ彼女の肌の柔らかさが残っているような気がした。

 

 ──幸せだ。

 

 心の中で呟く。守るべきものが増えた。愛すべきものが増えた。それは決して軽い意味ではない重みだということを旅人は知っている。

 

 だがそれでも後悔はなかった。

 街路樹の影を踏みながら旅人は歩き出した。共にいないパイモンが胡桃の時の様に何かしてるんじゃないかという不穏?な気配を感じながら。

 

 璃月港の午後の光は、白壁の建築群に反射して街全体を淡い蜜色に染め上げていた。

 

 旅人が街路を歩み続けること十数分、前方の人混みの中に見慣れた小さな影を見つけた。

 

 パイモンだ。

 

 数日ぶりに見る相棒は、いつものように空中に浮遊し、何やら盛大に身振りを交えて喋っている。その手には糖葫芦が握られ、一口齧っては口を動かし、また喋る。食べながら話すという離れ業を平然とこなす姿は、もはやある種の才能と呼ぶべきだろう。

 

 だが──パイモンの相手が、旅人の足を止めさせた。

 

 サーモンピンクの長い髪。肩にかかる毛先が淡い桃色に退色し、午後の日差しを浴びて淡く発光しているようだった。側頭部から背中に向かって下へと生えるクリーム色の角。愛らしい垂れ目に、卵形の瞳孔を持つ明るいティールグリーンの瞳。肩と腹と足を大胆に露出させた赤と白を基調とする衣装。

 

 煙緋だった。

 

 璃月港の法律家。仙獣・獬豸(かいち)と人間の混血。頭の回転が速く柔軟な法律家。

 

 彼女がパイモンと並んで歩いている。いや、正確にはパイモンに何かを熱心に説明しているのだ。早口で理路整然と、けれどどこか焦燥を孕んだ声音で。

 

(……様子がおかしい)

 

 旅人の目は鋭かった。煙緋の表情に、いつもの明朗快活な余裕がない。愛らしい垂れ目の端が微かに緊張し、ティールグリーンの瞳が頻繁にパイモンへと向けられ、そしてまた視線を逸らす。その繰り返しだ。まるで何かを打ち明けたくて、けれど言葉の出し方を探りあぐねている者の迷いが、その小さな身体全体から滲み出ていた。

 

 胸の横に見える白い菱形の鱗模様が、呼吸に合わせて微かに上下している。普段は気づかないほど些細な動きだが、旅人の目にはそれが異常な緊張の証として映った。

 

 二人はまだ旅人に気づいていない。

 

 パイモンの声が風に乗って微かに届く。

 

「──だからさ、旅人はちゃんと受け止めてくれるって、ホントだぞ? 変に怯えたりしなくていいって!」

 

 パイモンが糖葫芦を振り回しながら、庇うように煙緋の前を飛んでいる。その背中からは「大丈夫だ」という安心感と「でもちょっと面白いことになりそう」という悪戯心が混ざり合った空気が漂っていた。

 

(……何を話してるんだ)

 

 旅人は苦笑を浮かべつつ、足を止めるべきか迷った。個人の会話に割って入るのは、彼の性分ではなかった。

 

 だが、煙緋がふと顔を上げた。

 

 ティールグリーンの瞳が、人混みの向こうからこちらを見つめる旅人の金色の瞳と、偶然にも──いや、必然的に出会った。

 

 時が止まった。

 

 煙緋の足がぴたりと止まった。パイモンの糖胡歌の甘い香りと、路上の喧騒と、午後の日差しが、全てその一瞬で静止する。煙緋の卵形の瞳孔が、猫が暗闇で光を見つけた時のように大きく見開かれた。

 

 赤みがかった青白い頬に、朱が滲む。まるで水彩画の用紙に一滴の絵の具を落としたように、その紅潮は瞬く間に広がっていった。

 

「あ……」

 

 煙緋の唇から漏れたのは、言葉にならない音だった。

 

 それを見て、旅人の胸の奥で何かが疼いた。

 

 彼女の瞳の奥にあるものを、旅人はついさっき見たことがある。胡桃が唇を震わせながら「私の初めて空に捧げてもいいよ」と囁いた時と同じ光。甘雨が月海亭の窓辺で旅人を見つめていた、静かで深い想いの色。

 

 けれど煙緋の瞳には、それらとはまた違う感情が混ざり合っていた。法律家として培った理性と、一人の少女としての恋心が、互いに引き抜き勝負をしているような──そんな危うい均衡。

 

「お、旅人!」

 

 パイモンがいち早く旅人の姿を捉え、元気よく手を振った。糖葫芦の串が危なっかしく宙を舞う。

 

「そろそろ出てくると思ってたぞ。オイラ、ちょっと璃月港をぶらついてたら煙緋に会ってさ、色々話してたんだ!」

 

 パイモンの明るい声が、凍りついた空気に亀裂を入れた。煙緋がハッと我に返り、慌てて表情を取り繕うとする。だがその頬の紅潮は、法律家の巧みな話術をもってしても消せそうになかった。

 

「あ、あの……た、旅人……ひ、久しぶりだな。えっと……」

 

 煙緋の声が、普段の早口で理路整然とした調子を完全に失っていた。言葉を選んでいるのではない。言葉を探しているのだ。まるで頭の中の辞書を必死に繰っているかのように、視線が左右に泳ぐ。

 

 旅人は煙緋の前まで歩み寄った。数歩の距離。けれど煙緋にとっては、それが黄泉の境界ほども遠く感じられる距離なのかもしれない。

 

「煙緋。久しぶり」

 

 旅人の声は低く、そして穏やかだった。煙緋の名前を呼ぶその声音に、特別な意味は込められていない。ただ再会を喜ぶ、自然な響きだけだ。

 

 けれどその自然さが、煙緋の心の堤防に小さな亀裂を入れた。

 

「……ああ、うん。久しぶり。元気だったか? いや、そんなことはどうでもいい。えっと、あの、今日はどうしてここに……」

 

 煙緋の手が無意識に自分の角を撫でた。側頭部から背中に向かって下へと生えるクリーム色の角は、獬豸の血の証であり、同時に彼女にとっては精神状態のバロメーターでもあるらしい。緊張すればするほど、その角に触れてしまう癖があることを、旅人はまだ知らなかった。

 

「パイモンを探してたんだ。数日ぶりに会えて安心した」

 

 旅人がそう言ってパイモンの方を見ると、小さな相棒は得意げに胸を張った。

 

「へへっ。オイラはどこにでもいるぞ! まあ、ここ数日は胡桃や煙緋と一緒にいたんだけどな」

 

 パイモンの言葉に、旅人の眉が微かに上がった。

 

「煙緋とも?」

 

 旅人の視線が再び煙緋へと向けられた。煙緋の身体がビクリと跳ねる。小さく、けれど確かな反応。

 

「あ、いや、その……パイモンが璃月港でぼーっとしてたから、声を掛けただけだ。法律家として、迷子の保護も仕事のうちだろう? いや、パイモンは迷子というか、飛んでるから迷子とは言わないのか? でも方向感覚がないのは事実で──」

 

 早口になった。いつもの煙緋だ。頭の回転が速く、口が回る法律家の姿が戻りつつある。けれどその早口の裏に、焦りがあることを旅人は見逃さなかった。

 

(パイモンと数日一緒にいた? どういうことだ)

 

 疑問を口に出す前に、パイモンが先に答えた。

 

「旅人、オイラさ、ここ数日あちこち歩いてたら煙緋ちゃんに何回も会ったんだぞ。で、何かこう、煙緋ちゃんってば旅人の話ばっかりしてくるんだな! オイラも楽しかったけどさ、なんか煙緋ちゃん、旅人のことになるとちょっと変になるんだよな?」

 

 パイモンの無遠慮な発言が、静寂を破る爆弾となった。

 

 煙った。

 

 煙緋の頬の紅潮が、首筋まで広がった。白い菱形の鱗模様が赤い肌の上で余計に目立つ。

 

「変って、何だ! 私は別に変じゃない! ただ、法律家として気になることを質問していただけで──」

「へー、法律家として旅人の恋人の数を聞くのか? オイラもびっくりしたぞ」

「……っ!」

 

 煙緋の口が開いたまま閉じなくなった。魚が水から引き上げられた時のように、唇がぱくぱくと動く。その様子は、法廷でどんな難案件も完璧に処理する法律家とは似ても似つかないものだった。

 

 旅人は小さく息を吐いた。

 

(パイモン……君は、わかってやってるのか?)

 

 パイモンの瞳が一瞬だけ旅人の方を向き、悪戯っぽく細められた。──わかってやっているのだ。この小さな相棒は、旅人のハーレム作りに大賛成してくれている。僅かでも好意を持つ女性がいれば、隙あらば旅人の恋人にしようと勧誘する。今まさにその機会を作っているのだ。

 

 旅人は諦めたように苦笑し、煙緋の方へ向き直った。

 

「煙緋。俺のことで何か聞きたいことがあるなら、パイモンからじゃなくて直接俺に聞いてくれればいい」

 

 その言葉は、優しく、そして真摯だった。旅人の瞳が煙緋の瞳を真っ直ぐに見つめる。金色の瞳に映る煙緋の姿は、赤面し、言葉に詰まり、普段の余裕を完全に失った一人の少女のものだった。

 

 煙緋の喉が小さく鳴った。

 

「……直接?」

「ああ。俺で答えられることなら、何でも答える」

 

 旅人の言葉に、煙緋の瞳が揺れた。ティールグリーンの奥で、卵形の瞳孔が収縮と拡大を繰り返す。法律家の理性が、少女の感情に抗おうとしていた。だがその抗いは、砂漠に降った雨のように速やかに干上がっていく。

 

「……わかった。ここじゃ何だから、私の事務所に来てくれ。えっと、もちろん法律相談としてではなく、個人的な……その……お話、だ」

 

 煙緋の声が最後の方はほとんど消え入りそうだった。「お話」という言葉に、以前彼女が旅人に対して使った「ただ話がしたいだけ? それなら無料でいい」という前例が重なる。けれど今の煙緋は、あの時の飄々とした法律家ではなかった。

 

「いいよ。案内してくれるか?」

 

 旅人が頷くと、煙緋は弾かれたように背を向けた。サーモンピンクの髪が揺れ、背中に向かって下へと生える角が午後の日差しを受けて淡く光る。

 

「こっちだ。ついてきて」

 

 煙緋の足取りは速かった。いや、速すぎた。逃げているように見えなくもない。けれどその華奢な背中から伝わる緊張が、逃走ではなく焦燥であることを旅人は感じ取っていた。

 

 パイモンが旅人の肩に乗り、小さな声で囁いた。

 

「旅人、いけるぞ。煙緋、完全に旅人のこと好きだからな。オイラ、数日一緒にいて確信したんだ」

 

 パイモンの声には確信があった。数日間、煙緋と共に過ごしたパイモンは、彼女が何度も旅人の話題を振ってくることを通じて、その恋心を正確に読み取っていたのだ。

 

「……パイモン、煽らないでくれ」

「煽ってないぞ! 事実を述べてるだけだ! それにさ、煙緋、甘雨が旅人の子供を孕んだって噂も知ってたんだぞ。それ聞いてからますます変になったんだよ」

 

 パイモンの言葉に、旅人の足が半歩止まった。

 

 甘雨の妊娠。その噂は胡桃も知っていた。璃月港中に広まっているという事実は、胡桃との会話で既に知っていた。けれど煙緋がそのことを知り、そして──焦っているのだとすれば。

 

 煙緋は甘雨を尊敬している。子供の頃から契約を守ることの意味を理解し、立派に育ち、璃月の有名人になった先輩。その先輩が旅人の子を宿したことを知った時、煙緋の胸中で何が起きたのか。

 

 祝福。そして焦燥。取り残されることへの恐怖。

 

 それは胡桃が抱いていたものと同じ感情だった。

 

(──また、か)

 

 旅人の胸の奥で、切ない痛みが脈打った。自分の存在が、一人の少女の心に波紋を広げていく。その重みを、旅人はもう知っている。そしてそれを受け止める覚悟も、できている。

 

 煙緋の背中が、人混みの中を縫って進んでいく。赤と白の衣装が鮮やかに揺れ、露出した肩と腹と足が午後の日差しを受けて白く光る。その華奢なシルエットを眺めながら、旅人は一つ深呼吸をして、再び歩き出した。

 

 煙緋の事務所は、璃月港の東側にある閑静な一角にあった。法律家としての仕事を続けるための空間であり、同時に彼女の日常生活の拠点でもある。

 

 重い木戸を押し開けると、微かな墨と紙の匂いが漂ってきた。整然と並べられた書類の山、壁一面の法律書棚、そして中央にある大きな執務机。法律家らしい実用的な空間だ。けれど窓辺に置かれた小さな鉢植えや、机の上に無造作に置かれた茶器が、この空間の持ち主に人間らしさを添えていた。

 

「……座ってくれ。茶を淹れる」

 

 煙緋は旅人を客用の椅子に促し、自身は茶器の方へと向かった。背を向けたまま、茶葉を量る手が微かに震えているのが見えた。

 

 パイモンは事務所の隅にある棚に興味津々で飛び回り始めた。「お、なんか美味いもんないかなー」と呟きながら書類の束を覗き込む姿は、どう見ても snooping 以外の何者でもなかった。けれどその行動には、二人きりの空間を作ってやるというパイモンなりの配慮が含まれていることを、旅人は知っていた。

 

 旅人は椅子に腰を下ろし、煙緋の背中を見つめた。

 

 サーモンピンクの髪が肩にかかり、毛先が淡い桃色に退色している。側頭部から背中に向かって下へと生えるクリーム色の角が、立ち上る湯気の中で淡く輝いていた。肩甲骨のあたりに見える白い菱形の鱗模様が、呼吸に合わせて微かに上下する。

 

 この背中に、どれほどの葛藤が刻まれているのだろう。

 

「……空」

 

 茶器を持って振り返った煙緋の声は、静かだった。先ほどまでの早口で理路整然とした調子は消え、ただ一人の少女の声だけがある。

 

「私は法律家だ。契約と法の専門家だ。感情に流されることはない。そう思っていた」

 

 煙緋が茶器を机の上に置き、旅人の向かいに座った。ティールグリーンの瞳が真っ直ぐに旅人を見つめる。けれどその卵形の瞳孔は、微かに揺れていた。

 

「でも……空の噂を聞くたびに、胸が躍るんだ。法律家として分析すれば、それは明らかに恋愛感情だ。条文を引くまでもなく、症状は明確だ」

 

 煙緋の唇が自嘲気味に歪んだ。

 

「甘雨先輩が空の子供を宿したと聞いた時、私は先輩を祝福した。心から。でも同時に……胸の奥がキリキリと痛んだんだ。自分だけが取り残されているような、そんな痛みが」

 

 その告白は、法廷での弁論のように論理的でありながら、同時に夜風に晒された露のような繊細さを持っていた。法律家だからこそ、自分の感情を分析できる。けれど分析できたからといって、それを制御できるわけではない。その矛盾が、煙緋を追い詰めていた。

 

「パイモンに会った時、空のことを聞きたくて、でも聞きたくなくて、結局聞いてしまった。空には何人の恋人がいるのか。空はどんな風に彼女たちを愛しているのか。空は──」

 

 煙緋の声が震えた。言葉が途切れる。法律家の語彙力をもってしても、その先を続けることができないほどの感情が、喉の奥で堰を切ろうとしていたのだ。

 

 旅人は黙って待った。急かさない。ただそこにいて、彼女の言葉を受け止める準備をする。それが胡桃との出来事から学んだことだった。

 

 沈黙が流れた。事務所の窓から差し込む午後の日差しが、徐々に角度を変えていく。茶器から立ち上る湯気が、光の中で細い糸のように揺らめいた。

 

「……空は、私のこと、どう思ってる?」

 

 ようやく絞り出された問いは、ひどく単純で、ひどく切なかった。

 

 旅人は茶器を手に取り、一口啜ってから静かに置いた。そして煙緋の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「煙緋。俺は君のことを、璃月の法律家として尊敬している。同時に、一人の女性として──惹かれている」

 

 嘘はなかった。旅人の瞳は常に雄弁だった。胡桃の裸身を見た時と同じ灼熱の視線ではない。けれど確かに、煙緋の全身を舐め回すような熱が、その金色の瞳の奥で静かに燃えていた。

 

 煙緋の頬が再び朱に染まった。

 

「……惹かれている? 空が? 私に?」

「ああ。君の明晰な頭脳も、法を守る正義感も、豆腐を語る時の楽しそうな顔も」

 

 旅人の言葉に、煙緋の唇が微かに震えた。涙ではない。笑おうとしているのだ。けれど感情が追いつかず、笑みの形に歪んだ唇からは嗚咽に近い息が漏れた。

 

「空は本当に……変わり者だな。こんな時に豆腐の話を出すなんて」

 

 その言葉は、以前煙緋が旅人に言った「仲良しでもない法律家のところにきて、お話がしたいだなんて、お前は変わり者だな」という言葉の反響だった。旅人は覚えていた。そして煙緋も覚えていた。

 

「でも……嬉しい」

 

 煙緋の声が小さくなった。ティールグリーンの瞳が潤み、卵形の瞳孔が揺れる。

 

「空に惹かれていると言ってもらえるなら……私は、それだけで」

 

 言葉が途切れた。煙緋の手が机の上で握りしめられ、指関節が白くなる。法律家として培った理性の堤防に、ついに亀裂が入った。

 

「──いや、それだけじゃ足りない」

 

 煙緋が顔を上げた。潤んだ瞳の中に、決意の火が灯った。

 

「法律家は契約を守る者だ。契約は双方の合意によって成立する。一方通行の想いは契約ではない。だから──空、私は私の想いを正直に言う」

 

 煙緋の声が震えを止めた。法廷で最終弁論を述べる法律家の声に変わった。けれどその声には、法廷にはない熱が込められていた。

 

「空が好きだ。空の全てが好きだ。空の噂を聞くたびに胸が躍り、甘雨先輩の話を聞くたびに焦り、パイモンから空の話を聞くたびに羨ましくて──こんな感情、法律家らしくないってわかってる。でも」

 

 煙緋が立ち上がった。椅子が床を擦り、乾いた音が静かな事務所に響いた。

 

「空の恋人になりたい。空の子供を産みたい。―――っ……ぁぁぁ、言ってしまったぁ」

 

 最後の方は、ほとんど悲鳴に近かった。言い終えた瞬間、煙緋の顔が沸騰したように真っ赤になって蹲ってしまった。耳まで赤く染まり、側頭部の角まで熱を帯びたように見える。

 

 旅人は静かに立ち上がった。椅子を離れ、机を回り込み、煙緋の前に立つ。

 

 至近距離。

 

 煙緋の額が旅人の胸の高さに位置する。160cmの身長と170cmの旅人の距離。見上げる煙緋の瞳と、見下ろす旅人の瞳が交わった。

 

「煙緋」

 

 旅人の手が煙緋の頬に添えられた。赤く染まった頬の熱が、掌に伝わってくる。微かに震える華奢な輪郭を指先で確かめるように、ゆっくりと撫でた。

 

「言っちゃった、じゃないよ。ちゃんと言ってくれて、ありがとう」

 

 旅人の声は低く、そして温かかった。胡桃の時と同じように、逃げ道を塞ぐ甘い宣告ではなく、ただ真っ直ぐに想いを受け止める響きだった。

 

 煙緋の瞳が大きく見開かれた。そして──涙が溢れた。

 

「……泣くつもりじゃなかったのに」

 

 煙緋の声が鼻声になった。法律家の仮面が完全に剥がれ落ち、その下にある一人の少女の素顔が露わになる。涙がティールグリーンの瞳から溢れ、旅人の掌を濡らした。

 

「法律家は泣かないことになってるのに……条文のどこにも、こんな時の対処法が書いてないんだ」

 

 その言葉が可笑しくて、旅人は小さく笑った。そして煙緋の身体を優しく引き寄せた。

 

 煙緋の華奢な身体が旅人の胸に預けられる。震える肩が旅人の胸板に触れ、温もりが布越しに伝わっていく。煙緋の手が旅人の服を掴み、子供が親にすがるように握りしめた。

 

「……空」

「ん?」

「甘雨先輩より先に、空に会いたかった」

 

 その囁きは、後悔ではなく、ただ静かな切なさを孕んでいた。

 

「ずっと前から知っていたはずなのに。海灯祭の時も、璃月の危機の時も、空はそこにいたのに。私が気づかなかった。いや、気づいてたけど認められなかった。法律家だもの。感情に流されたら負けだと思ってた」

 

 煙緋の声が段々小さくなっていく。

 

「でも……負けでもいいや。空に勝てないなら、負けるのも悪くない」

 

 旅人は煙緋の髪に頬を寄せた。サーモンピンクの髪が頬をくすぐる。微かに甘い香りがした。

 

「負けじゃないよ、煙緋。これは契約だ。双方の合意によって成立する──そうだよね?」

 

 旅人の言葉に、煙緋が顔を上げた。潤んだティールグリーンの瞳が、驚きとそして喜びで揺れる。

 

「……空、今、私のセリフを盗作したな。著作権的にアウトだぞ」

 

 その軽口に、旅人は笑った。そして煙緋の唇に、自分の唇を重ねた。

 

 最初は軽く。触れ合うだけの口づけ。

 

 けれど煙緋の手が旅人の首に回された瞬間、その軽さは深さへと変わった。

 

 口づけを受けながら、旅人の手が煙緋の背中へと滑った。胸の横のあたりにある白い菱形の鱗模様に指先が触れた瞬間──

 

「んっ……!」

 

 煙緋の身体が跳ねた。口づけの中で漏れた声は、明確な快感の響きを孕んでいた。

 

(──敏感?)

 

 旅人の指先が、もう一度鱗模様をなぞった。今度はもう少し丁寧に。指の腹でゆっくりと菱形の輪郭を辿るように。

 

「──あっ、そこ……!」

 

 煙緋が口づけを離し、息を弾ませながら旅人の胸に額を押し当てた。華奢な身体が微かに震えている。

 

「空……そこ、だめだ。鱗は……敏感なんだ」

 

 掠れた声で告げられたその事実は、旅人の理性に小さな火種を落とした。

 

(鱗が性感帯……)

 

 胡桃の子宮口、甘雨の全身の敏感さ。恋人たち一人一人が持つ身体の秘密を、旅人は一つずつ知っていく。そしてその秘密を知るたびに、慈しむべきものがまた一つ増えるのだ。

 

 事務所の窓から差し込む午後の日差しが、二人の影を床に落としていた。墨と紙の匂いの中で、微かに甘い吐息が混じり始める。

 

 パイモンは棚の陰からこっそりと覗き見ていたが、二人の雰囲気が変わった瞬間、「おっと」と小さく呟き、さっと窓の方へと飛んでいった。空気を読む小さな相棒は、出番が終わったことを正確に理解したのだ。

 

 窓の外でパイモンが小さく呟いた声だけが、事務所の中に微かに届いた。

 

「頑張れよ、旅人。煙緋によろしくな!」

 

 そして小さな影は璃月港の空へと消えていった。

 

 事務所の中には二人だけになった。

 

 旅人の手が煙緋の背中で再び動き始める。肩甲骨のあたりの鱗模様を、丁寧に、ゆっくりとなぞっていく。指先が菱形の輪郭を辿るたび、煙緋の身体が小さく跳ねる。

 

「空……ここじゃだめ。事務所は仕事の場所で──」

「じゃあ、どこならいい?」

 

 旅人の問いに、煙緋は一瞬言葉に詰まった。そして俯きながら、蚊の鳴くような声で答えた。

 

「……奥の部屋に、そこからなら私の居住スペースに行ける」

 

 旅人は頷き、煙緋の手を取った。指と指が絡み合う。煙緋の手は小さく、そして微かに震えていた。けれどその握り返す力には、迷いはなかった。

 

事務所の重い木戸を背にして閉めると、外界の喧騒がふっつりと途絶えた。廊下は静寂に包まれ、窓から差し込む午後の日差しが床板の木目を琥珀色に染め上げている。煙緋の背中を追うようにして歩き出した旅人は、ふと思い立ったように彼女の隣へと滑り込んだ。

 

 肩が触れ合うか触れ合わないかの距離。旅人の腕が自然な動作で煙緋の背中に回され、その華奢な腰を支えるように抱き寄せた。布地越しに伝わる体温は微かに高く、緊張と恥じらいが混ざり合った熱を孕んでいる。

 

「あ……空」

 

 煙緋が小さく息を呑み、けれど拒むことなく旅人の歩調に合わせようとする。旅人は空いている左手で煙緋の手を取った。指と指が絡み合い、掌が重なる。法律家として書類を扱い続けた指先は、意外なほど柔らかく、そして微かに震えていた。

 

 廊下を歩く足音が二つ、重なり合って響く。旅人は繋いだ手を引きながら、まるで舞踏会のエスコートのように優雅に歩みを進めた。その一方で、旅人の右手の指先は休むことなく動いていた。

 

 胸元にちらりと覗く白い菱形の鱗。旅人の指先がその輪郭をゆっくりと辿る。

 

「んっ……!」

 

 煙緋の足が一瞬止まりかけた。肩がびくりと跳ね、華奢な身体が旅人の腕の中で小さく震える。敏感だ。先ほど触れた時と同じように、鱗に触れられる感覚が彼女の理性を容易く揺さぶるようだった。

 

 旅人はその反応を楽しむように、今度は少し強く指の腹で押すように擦り上げた。

 

「あぅっ……だめっ、そこ……」

 

 煙緋の声が甘く掠れる。ティールグリーンの瞳が潤み、頬が薔薇色に染まっていく。法律家としての鉄壁の仮面は、もうどこにもない。ただ旅人の指先一つに翻弄される一人の少女の顔だけがそこにあった。

 

 さらに旅人の指は移動し、繋いでいない方の手の甲にある鱗へと触れた。手の甲の皮膚は薄く、脈打つ血管が透けて見えるほどだ。そこにある小さな菱形を親指で円を描くように弄ぶ。

 

「ひゃうっ……! 遊ばないで……意地悪」

 

 煙緋が抗議の声を上げるが、その声には怒りなど一片もなく、むしろねだるような響きが混じっていた。脚がもつれそうになりながらも、彼女は旅人の腕にすがりついて歩みを止めない。その健気さが愛おしくて、旅人は口元を緩めた。

 

 廊下を満たす静寂は玻璃(はり)のように脆く、二人の足音だけで容易くひび割れていく。いや、正確に言えば一つは足音と呼ぶにはあまりにおぼつかなく、もう一つはそれに寄り添うように遅い。

 旅人の指先が、煙緋の脇腹にある白い菱形の鱗を掠めた瞬間だった。

 

「ぁっ……うぅ……!」

 

 煙緋の膝が笑った。まるで精密な演算回路に水が入り込み、出力すべき数値が盛大にバグを起こしたかのように、彼女の脚は己の意思とは無関係に内へ内へと曲がっていく。華奢な身体が旅人の腕の中で小さく波打ち、堪えきれない吐息が漏れ落ちた。

 

 法律家としての鉄壁の理性はもう砂上の楼閣に等しい。鱗への刺激は彼女の脊髄を直接ショートさせ脳髄へと白いノイズを送り込み続けているのだ。

 

「空……歩けない……そんなに触られたら……っ」

 

 抗議の声は甘い嗚咽へと変わり果てていた。内股になった脚の隙間から溢れ出した透明な蜜が、太ももの内側をゆっくりと這い下りていく。午後の日差しを浴びてキラキラと輝くその液体は膝頭まで達しやがて重力に従ってぽたりと床板へと落ちた。

 

 廊下の無垢材に散らばる水滴。それはまるで蜜を吸い過ぎた蜂が零した甘い痕跡のように点々と続き二人が通ってきた軌跡を克明に示していた。

 

(なんて扇情的な痕跡だ)

 

 旅人は足元に広がる淫らな道標を目の端に捉えながら決して急かさなかった。歩みを止めることもせずただ煙緋の千鳥足に合わせて己の歩幅を極限まで縮める。まるで崖縁を歩く盲目の者を誘導するかのような慈悲深さとその実行為の残酷さが旅人の内では同居していた。

 

 もう片方の手で煙緋の手の甲にある鱗を親指で強く押し擦る。

 

「ひゃうっ! だめっそこも……っ!」

 

 煙緋の全身が跳ね足元がふらつき旅人の胸へと倒れ込んだ。その衝撃でさらに太い蜜の糸が引いては断ち切れ新たな雫が床を濡らす。

 

 甘雨への黒歴史があるからこそ旅人は決して乱暴にはしない。けれどこの焦らすような残酷な優しさは彼女の理性を削り取り本能だけがむき出しになった姿を引きずり出すには十分すぎる拷問だった。

 

 長い長い廊下の果てにようやく重厚な扉が現れた。煙緋の私室。そこは法律家の仮面を完全に置き去りにできる唯一の聖域だ。

 

 旅人は抱き留めたままの勢いで扉の取っ手に手を掛けた。蝶番が軋む音が静寂を破り部屋の中へと二人を招き入れる。

 

 そこは墨と紙の匂いが染み付いた事務所とはうってかわって穏やかな居住空間だった。だがそんな余裕は二人にはなかった。

 

「……着いたよ」

 

 旅人の低い囁きと共に扉が背後で閉ざされた。とたんに旅人はもう一秒も我慢できないというかのように煙緋を抱きしめてその唇を奪う。唇が重なった瞬間、世界から音が消えた。

 

 硝子細工のように脆かった法律家の理性は、熱を持った蒸気のように瞬く間に霧散していく。突然のキスに煙緋の瞳が見開かれたが、既に限界を超えて溶け始めていた身体は、想い人の情熱を拒むどころか貪るように受け止めていた。舌先が割り込んでくる感触に、膝の力が完全に抜け落ちる。旅人の腕が煙緋の腰を支えなければ、彼女はその場に崩れ落ちていただろう。

 

 旅人の手が器用に煙緋の胸元を飾る赤い布地を捲り上げた。露わになったのは、白磁のような肌に浮かぶ小振りながらも形の良い双丘。そしてその側面に散らばる白い菱形の鱗模様だ。旅人の指先がその柔らかな膨らみを優しく包み込み揉みしだくと、掌に吸い付くような弾力が伝わってくる。

 

「んっ……!」

 

 唇が離れた瞬間、二人の間に唾液の銀糸が揺らめき、午後の日差しを受けて淡く煌めいてからふっつりと途絶えた。煙緋は酸素を求めて荒い息を吐き出す。ティールグリーンの瞳が潤み、焦点が定まらない。

 

 旅人は煙緋の華奢な身体を抱き上げると、そのまま部屋の奥にあるベッドの縁へと座らせた。スプリングが軋む音が静寂の中で小さく響く。煙緋の背中がふわりとした白いシーツに触れそうになる寸前で止まり、旅人はその脚の間にゆっくりと身を滑り込ませた。

 

 右手は胸の頂にある淡い色の突起を親指で転がすように弄びながら全体を愛撫し続け、左手は脇腹から下腹部へと滑り落ちていく。足首にある白い菱形の鱗を指先で掠めると煙緋の全身がビクリと跳ねた。

 

「あっ……そこ……だめ……っ!」

 

 旅人の指は休むことなく動き続けた。胸への愛撫で意識を上へと引き上げながら、左手は大胆に股間へと侵入し布地越しに秘所を押し上げる。既にそこは熱を帯び微かに湿り気を帯びていた。指先で布地ごと秘裂を上下になぞるたび煙緋の腰が無意識に揺れる。

 

「空……っ……法律家として……これは……条約違反……っ!」

 

 掠れた声で抗議しようとするがその言葉は甘い嬌声へと変わっていく。旅人は左手で布地の端を少しずらし直接秘裂に触れた。

 

「──ぁッ!」

 

 熱い。そして濡れている。旅人の指先が秘裂の上を往復するたび透明な蜜が指を濡らしていく。布地越しではない直接の粘膜の感触。旅人は中指の指腹で敏感な突起を探り当て円を描くように弄び始めた。同時に右手の親指で乳首を強く押し上げる。

 

「ひゃうっ! だめ……両方……同時に……っ!」

 

 煙緋の背中が反り華奢な身体がベッドの上で小さく波打つ。胸元と股間二箇所から同時に与えられる快楽の奔流に法律家として培った理性は為す術もなく崩壊していく。脳髄を直接撫で回されているような痺れが全身を駆け巡り指先一つ一つの動きに過剰なまでに反応してしまう。

 

(これじゃまるで……法廷で有利な証拠を次々と突きつけられて……無罪判決……いや有罪……?)

 

 思考が溶け出し言葉にならない。旅人の指先は執拗だった。秘裂から溢れ出た蜜が旅人の指を汚しシーツに染みを作っていく。甘くとろみのある香りが狭い部屋に充満し始めていた。

 

「空……空……もう……だめ……っ!」

 

 煙緋の手がシーツを掴む力が強くなる。白磁の太腿が震え足先が縮こまる。旅人は指の動きを速めた。突起を擦り上げながら中指をゆっくりと秘裂の中へと沈めていく。狭く熱い内壁が指を締め付ける。

 

「あぁっ……! なにか……くる……っ!」

 

 限界だった。煙緋の全身が弓なりに反り内壁が激しく収縮した。旅人の指を深く咥え込んだまま煙緋は激しい絶頂を迎えた。静かな部屋に甘い嬌声が響き渡り白磁の太腿が震え大量の愛液が旅人の指を濡らした。

 旅人はゆっくりと指を引き抜いた。ずぽっという卑猥な水音が響き秘所から溢れ出した愛液がシーツに染みを作っていく。

 

 全身の力が抜けてベッドに仰向けになって沈む煙緋。完全に絶頂の余韻に沈んだ華奢な身体がベッドの縁で小さく震えていた。その無防備な姿に旅人は完全に我慢の限界にきた。

 指先一本で絶頂に達した彼女の姿は、まるで法廷で最後の反論を封じられた被告人のように無防備で、けれどその顔にあるのは敗北の色ではなく、深い信頼と快楽の余韻だった。

 

 旅人の手が煙緋の衣装にかかった。赤と白の布地を丁寧に、しかし迷いなく解いていく。肩から滑り落ちる布。露わになる肌。法律家の鉄壁の仮面を剥がした時と同じように、一枚ずつ、丁寧に。

 

 煙緋は抵抗しなかった。ただ潤んだティールグリーンの瞳で旅人の手元を見つめているだけだ。卵形の瞳孔が微かに揺れ、その揺らぎは恥じらいではなく、委ねる者の静かな覚悟だった。

 

 最後の布地が白磁の肌から滑り落ちた。

 

 生まれたままの姿が午後の日差しの下に晒される。

 少しだけ青白い肌。胸の横に散らばる白い菱形の鱗模様。脇腹から下腹部へと続く滑らかなライン。そして足首にも小さく光る鱗。何も生えていない無毛の聖域が、窓から差し込む光の中で静かに其処在していた。

 

 ──美しい。

 

 旅人の息が止まるほどの美しさだった。法の世界に生きる少女の身体は、条文名句のように無駄がなく、けれどその曲線には人間らしさが溢れていた。

 

「空……そんなに見ないでくれ。恥ずかしいんだ」

 

 煙緋が腕を胸の前に回そうとした。だが旅人はその手首を優しく掴み、ベッドに押し当てる。胡桃の時と同じ、逃げることを許さないけれど決して乱暴ではない拘束。

 

「綺麗だよ、煙緋。全部」

 

 旅人の声は低く真摯だった。その言葉に煙緋の抵抗が溶けたように力が抜けていく。青白い頬に朱が滲み、ティールグリーンの瞳が細く揺れる。

 

「……空は本当に、変わり者だな」

 

 掠れた声。以前と同じ言葉。けれどその響きは全く違っていた。変わり者と呼ぶことさえ、今の煙緋には愛おしい儀式のように思えたのだ。

 

 旅人は煙緋の両足に触れた。

 

 ずっと魅力的だと思っていた脚だった。露出の激しい衣装から覗く白磁の太腿。鍛えられたけれど華奢さを全く失っていない美しい脚。旅人の掌がその滑らかな肌の上をゆっくりと滑る。足首の鱗模様を掠めると煙緋の脚が微かに跳ねたが、旅人はそこで止まらない。

 

 唇を太腿の内側に押し当てた。

 

「──んっ」

 

 熱い吐息が漏れる。旅人の舌が白磁の肌の上をゆっくりと這い上がっていく。塩気はない。ほんのりと甘く、さっぱりとした清涼感が舌の表面を滑る。果物の果肉を思わせるその味に、旅人の理性がまた一つ融解した。

 

 右の太腿、そして左の太腿。交互に唇を寄せ舌を這わせながら、少しずつ中心へと近づいていく。其処で唇を離すたび、白磁の肌に赤い口づけの跡が花のように咲く。

 

「空もういじわる……そこじゃないのに……」

 

 煙緋の声が震えている。焦れているのだ。旅人が辿り着くことを待ちながら、同時に其処へ辿り着くことへの羞恥も抱いている。その矛盾した感情が、彼女の声に甘い震えを与えていた。

 

 ──焦らなくていい。君の全てを味わいたい。

 

 旅人は心の中でそう呟き、ついに舌先を秘裂の中へと滑り込ませた。

 

「──ぁッ!」

 

 煙緋の背中が反った。シーツを掴む指が白くなる。舌が秘裂の上を下から上へとゆっくりと這い上がったのだ。

 

 熱かった。指で触れた時とは比べものにならない直接の熱が舌の表面を焼く。そして味が広がった。甘くとろみのある蜜が舌先から口内へと流れ込んでくる。砂糖ほどの甘さではない。けれど確かに甘く、そして後味は驚くほどさっぱりとしていた。

 

 ──いくらでも味わえる。

 

 旅人の理性がまた一つ融解した。舌は休むことなく動き続ける。秘裂の左右のひだを丁寧に舐め上げ、奥から溢れ出る蜜を啜り取る。ちゅく、じゅる、という湿った音が静かな部屋に響き渡り、煙緋の嬌声と混ざり合う。

 

「あっ、あっ、そこっ、んぅッ……!」

 

 煙緋の腰が逃げるように揺れる。だが旅人の両手がその腰を押さえ、舌は執拗に秘裂を味わい続ける。やがて舌先が秘裂の最上部にある小さな突起を捉えた。

 

「ひッ──!」

 

 煙緋の身体が跳ねた。まるで電流が流れたかのように華奢な身体が痙攣する。旅人は舌先でその突起を優しく撫で、口全体で包み込むように吸い上げた。

 

「ああっ! だめっ、だめっそこだめぇっ!」

 

 煙緋の両手が旅人の髪に絡み、押し退けようとする。だがその力は弱く、むしろ引き寄せているようにも見えた。口では拒み手では求める。胡桃と同じ、不器用な矛盾。けれど煙緋の場合、その矛盾を法律家の論理で正当化しようとする姿がまた愛おしい。

 

「空、空っ……そんなにしたら、また……っ」

 

 旅人は吸い上げる力を強め、舌先で突起を転がすように刺激した。溢れ出る蜜が顎を伝い、シーツに染みを作っていく。甘い香りが鼻孔を満たし、思考を甘い霧で包み込んでいく。

 

 舌を休めることなく、右手の指を秘裂の入り口に添えた。中指をゆっくりと挿し込む。内壁が指を締め付け、痙攣するように収縮する。前壁を指先で圧迫しながら、舌で突起を吸い上げる。二点同時の刺激。

 

「──ぁあッ! なにか……またくるっ! 空っ!」

 

 名前を呼ぶ声が切迫している。旅人は舌の動きを速め、指を曲げて前壁を引っ掻くように刺激した。

 

「──ひッ、あッ、あああッ!」

 

 煙緋の背中がベッドから浮き上がり、華奢な身体が弓なりに反った。内壁が旅人の指を激しく締め付け、大量の蜜が溢れ出す。痙攣する身体がシーツの上で小さく震え、やがてゆっくりと力が抜けていった。

 

 旅人は唇を離し、指をゆっくりと引き抜いた。口の中には煙緋の甘い蜜が溢れている。その味を嚥下し、舌で唇を舐めると、まだ止まらない蜜が秘裂からゆっくりと流れ落ちていた。

 

 ──まだ足りない。

 

 旅人の瞳が昏い光を宿して煙緋の秘裂を見つめていた。止めどなく溢れる蜜。その甘さはいくら味わっても飽きることはない。むしろ味わうほどに渇望が増していく。舌先に残る清涼感が理性を麻痺させ、ただ甘い沼へと誘い込む。

 

 煙緋の掠れた声が鼓膜を震わせる。快楽の余韻で潤んだティールグリーンの瞳が旅人を見下ろしていた。卵形の瞳孔が揺らめき、理性の向こう側にある感情を透かして見せた。その瞳は明確に旅人を求めていた。

 

「空……私の、処女を…貰ってくれ…」

 

 煙緋の手が旅人の頬に添えられる。指先は微かに震えていたが、その眼差しには迷いがない。彼女は自ら足を大きく開き、旅人を招き入れた。白い菱形の鱗模様が散らばる内腿が開かれ、無毛の秘裂が午後の日差しの下でひくひくと震えている。

 

 旅人はゆっくりと身を起こした。まだ足りない。口と指だけでは到底満たされないこの渇望を癒やせるのは、彼女の最深部だけだ。旅人の手が自分の衣服に掛かる。外套を脱ぎ捨て、上衣を引き抜く。晒された筋肉の起伏に午後の日差しが影を落とした。

 

 そして最後の布地を下ろした時、そこから現れたのは猛々しいほどに屹立した旅人の剛直だった。太く長く脈打つその姿は、彼の理性が既に限界にあることを雄弁に物語っている。先端からは透明な先走りの雫が滲み、鈴口を濡らしていた。

 

「……っ」

 

 煙緋の喉が小さく鳴った。その視線は旅人の剛直に釘付けになっている。驚りと、そして本能的な期待が入り混じった表情。法廷で決定的な証拠を突きつけられた被告人のような顔。けれどその瞳の奥にあるのは絶望ではなく、確かな欲求だった。

 

「空……早く…してくれ…恥ずかしくて死にそうだっ!」

 

 顔を耳まで真っ赤にしながらの煙緋の甘い懇願が火種となった。

 

 旅人は煙緋の両脚を己の腰に抱え上げるようにして彼女の腰を抱え込む。露わになった無毛の秘裂の奥にある窄まりがひくひくと震えている。旅人は剛直の先端をその濡れた割れ目に押し当てた。

 

「んっ……!」

 

 熱と硬さが直接触れた瞬間、煙緋の背筋が反った。旅人は亀頭で秘裂を上下に擦り、溢れる蜜と先走りを混ぜ合わせる。ぐちゅぐちゅという水音が再び響き始めた。

 

「煙緋、入れるよ」

 

 旅人の声は低く掠れていた。それは警告であり、そして愛の言葉だった。

 

「うん……きて、空」

 

 煙緋の声は震えていた。けれどそれは恐怖の震えではない。三日月が雲間から顔を覗かせる時のような静かで確かな光を孕んだ声だった。旅人は腰をゆっくりと前に押し出した。

 

 熱い。

 

 それが最初の感覚だった。猛々しいほどに脈打つ剛直の先端が、煙緋の秘裂の奥へと沈み込んでいく感触は、まるで溶岩が雪原を侵食していくかのような熱量を孕んでいた。ひくひくと収縮を繰り返す内壁が、異物の侵入を拒むように、あるいは歓迎するように押し寄せては離れていく。繊細な襞が一枚一枚、剛直の表面を舐め尽くすように擦り上げ、その摩擦が火花のような快楽を脊髄へと送り込んだ。

 

「んっ……あぁっ……!」

 

 煙緋の喉から、悲鳴とも甘えともつかない声が漏れる。白磁の太腿が旅人の腰に食い込み、無意識に締め付ける力が強くなる。

 

 さらに奥へと進む。濡れた粘膜が誘うように蠢き、剛直を飲み込んでいく。だがその進行はある一点で阻害された。

 

 ──薄膜。

 

 指先で触れた時にはわからなかった微かな抵抗が、剛直の先端に触れた瞬間、明確な障壁として立ち塞がる。それは処女の証であり、これまで誰にも踏み入れたことのない聖域の境界線だった。

 旅人の動きがぴたりと止まった。

 

「煙緋」

 

 旅人の声は低く、そしてひどく真摯だった。夜の湖面に石を投げ込んだような重みを持つその声に、煙緋の心臓が小さく跳ねた。

 旅人の手が煙緋の頬に添えられる。親指の腹で目尻に滲みかけた涙を拭いながら、その温もりを確かめるように優しく撫でた。金色の瞳が、揺れるティールグリーンの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。額に浮かんだ汗が顎を伝い、煙緋の鎖骨の窪みへと落ちた。

 

「貰うよ、煙緋の処女」

 

 それは確認であり、そして祈りだった。一度壊してしまったものへの畏怖と、二度と傷つけまいとする誓約。甘雨との初めてが心の奥底に黒い傷跡として刻まれている旅人にとって、その短い問いは単なる確認以上の重みを持っていた。言葉以上の想いがその短い宣告の中に凝縮されている。最後の猶予、破瓜の痛みに向き合うための僅かな時間。

 

 ──この少女に痛み以外のものを残したい。

 

 その想いが、声の震いとなって伝わった。

 

 煙緋の瞳が揺れた。ティールグリーンの奥で、卵形の瞳孔が収縮と拡大を繰り返す。法律家の理性が、少女の感情に抗おうとしていた。だがその抗いは、砂漠に降った雨のように速やかに干上がっていく。

 

 煙緋は、深呼吸をした。

 

 一度だけ。長く、ゆっくりと。肺の奥底まで空気を満たし、そして静かに吐き出す。その呼吸の間に、華奢な身体を包んでいた緊張が、潮が引くようにゆるりと退いていくのが見て取れた。

 

 そして──両腕が、旅人の首に回された。

 

 迷いのない動作だった。爪先まで伸ばした両足が、旅人の腰をしっかりと挟み込む。華奢な肢体が、まるで契約書に押印するかのように迷いなく旅人に絡みついた。小さくて、けれど確かな力。指先が旅人の背中の筋肉に食い込み、太腿が旅人の腰を固定する。

 

 法律家として培った理性の最後の堤防が、音を立てて砕け散った音だった。

 

「……きて、空」

 

 煙緋の声は震えていた。けれどそれは恐怖の震えではない。三日月が雲間から顔を覗かせる時のような、静かで確かな光を孕んだ声だった。覚悟を決めた者の声だった。法廷で最終弁論を述べる法律家の声ではなく、ただ愛した男に全てを委ねようとする一人の少女の声。

 

 その覚悟を旅人は感じ取とり、旅人は腰を一気に前に押し出した。

 

「──んぐッ!」

 

 鋭い痛みが煙緋の身体を貫いた。薄膜が引き伸ばされ、限界を超えて裂けた瞬間、華奢な身体がベッドの上で跳ねた。旅人の剛直が処女の証を突破し、そのまま一気に最奥へと突き進んでいく。狭く熱い内壁が、侵入する異物に驚愕して痙攣するように収縮を繰り返す。繊細な襞が剛直の表面を削り取るように擦り、その摩擦が焼け付くような熱を生み出した。

 

「ぁッあッああッ!」

 

 煙緋の口から悲鳴に近い嬌声が迸った。少しだけ青白い背中がシーツから浮き上がり、華奢な身体が弓なりに反る。旅人の首に回した腕に力が込められ、爪が背中の筋肉に食い込んだ。処女膜が破られた鋭い痛楚が、背骨を駆け上がり脳髄を白く焼き尽くしたのだ。

 

 ──狭い。そして熱い。

 

 旅人の剛直が煙緋の最深部に辿り着いた。子宮口の柔らかな感触が先端に触れる。九人の恋人たちとの経験の中でも、これほどの締め付けを感じた相手は稀だった。指一本でさえ抵抗を見せた狭さが、旅人の剛直を許容しようと必死に広がりながら、同時に異物を排除しようと痙攣を繰り返している。

 

 だが──ただ狭いだけではない。

 

 内壁が波のように収縮し、剛直の表面を舐め尽くすように蠢く。無数の細かな襞が、まるで数の子の粒のように密生し、一枚一枚が独立した生き物のように旅人の肉棒を絡め取っていく。その繊細で執拗な蠕動が、剛直の表面を全面から包み込み、逃がすまいと締め付ける。

 

 ──これは、名器だ。

 

 旅人の背筋を、電流のような快感が駆け上がった。これまでの恋人たちの中でも、これほどの緻密な襞の構造を持つ相手はいなかった。数の子天井──その言葉が、脳裏に浮かんだ。無数の襞が剛直の表面を全面から梳り、舐め上げ、締め付ける。摩擦の密度が、次元を異にしていた。

 

 だが旅人は、その快感に身を委ねることはしなかった。最奥まで埋め込んだ状態で静止する。煙緋の呼吸が整うのを待つ。額に浮かんだ汗が顎を伝い、煙緋の胸元に落ちた。指先でその汗を拭いながら、もう片方の手で彼女の髪を撫でる。サーモンピンクの髪が指の間をすり抜ける感触が愛おしい。

 

「煙緋」

「……ん」

 

 掠れた声。瞳にはまだ痛みの残滓が滲んでいるが、それ以上に旅人への信頼と愛情が深く光っていた。ティールグリーンの瞳が潤み、卵形の瞳孔が旅人の姿を捉えて離さない。

 

「痛くないか?」

 

 旅人の問いに煙緋は小さく首を振った。その動きに合わせて白い菱形の鱗が胸元で揺れる。

 

「痛いけど……嬉しいんだ。ついに空と一つになれたから」

 

 その言葉に旅人の胸が締め付けられた。痛みすらも肯定してくれる恋人の想いに応えなければならない。旅人はゆっくりと腰を引いた。ずるりと引き抜かれる剛直。内壁が名残惜しそうに絡みつく。

 

「んっ……」

 

 煙緋の喉から声が漏れる。痛みと快感が混ざり合ったその響きが耳朶を打つ。旅人は再び押し込む。ゆっくりと時間をかけて。子宮口の柔らかな感触を先端で押し上げると煙緋の背中が小さく跳ねた。

 

「あぁっ……そこ……」

 

 抽送を繰り返すたびに内壁の抵抗が弱まり滑らかに旅人の剛直を受け入れるようになっていく。血の赤と蜜の白が混ざり合った液体が結合部から溢れ出しシーツに大きな染みを作っていく。

 

「煙緋の中……気持ち良くて、腰が止まらないよ」

 

 旅人の声は低く掠れていた。数の子天井の快感があまりにも強く理性を蝕んでいく。腰の動きが自然と速くなり始めた。ぱんっぱんっと肌と肌がぶつかり合う乾いた音が部屋に響き渡る。

 

「あっ! あっ! 空っ…速い……っ!」

 

 煙緋の声が高くなる。華奢な身体が旅人の動きに合わせて揺さぶられる。足首の鱗模様が白く光り秘裂から溢れ出た蜜がシーツに新たな染みを作る。

 旅人の両腕が煙緋の背中へと回された。強く抱きしめながらもその指先は彼女の脇腹で存在感を示す白い菱形の鱗模様へと触れていく。指の腹で優しくなぞりそして少しだけ圧力をかけて撫で上げる。

 

「ひゃうっ! あっ…そこっ! だめぇっ!」

 

 煙緋の口から可愛らしい悲鳴が迸った。華奢な身体がびくりと跳ねベッドの上でくねくねとよじれる。身を捩り逃げようとするが密着した正常位の体勢と旅人の腕に抱き留められているせいでその逃げ場はどこにもなかった。

 

「逃がさないよ煙緋」

 

 旅人の低い声が耳元で響く。背中に回した腕で彼女の身体をしっかりと固定しながら指先は休むことなく脇腹の鱗を弄び続ける。敏感な性感帯を撫でられるたび煙緋の身体が小さく痙攣し内壁がきゅうきゅうと旅人の剛直を締め付ける。

 

「あぁっ! 空っ、そこ触ったら変になるからぁっ!」

 

 法廷でどんな難案件も理路整然と弁論する法律家の口から漏れるのは論理的な抗議ではなくただ快楽に翻弄される少女の甘い悲鳴だけだった。指先が鱗の輪郭をなぞるたび電流が脊髄を駆け上がり脳髄を白く染めていくのが旅人にも伝わってくる。

 

「変になっていいんだよ。俺だけが見てるから」

 

 旅人は囁きながら腰の動きを止めなかった。数の子天井と呼ぶべき緻密な襞の蠕動を味わいながらゆっくりと深く突き上げる。同時に脇腹の鱗を親指で円を描くように押し擦った。

 

「──ひッ! あぁあッ! だめっそこっ両方っ!」

 膣内への刺激と身体表面への刺激。二箇所から同時に与えられる快楽の奔流に煙緋の理性は為す術もなく崩壊していく。白磁の太腿が旅人の腰に食い込み、爪先がシーツを掴む力が強くなる。逃げ場のない快楽の檻の中で彼女はただ揺さぶられるしかなかった。

 

 旅人の指先が脇腹の鱗をなぞりながら、腰は一定のリズムを保ちつつ剛直の先端で膣内を探るように少しずつ角度を変えてゆく。浅い場所、深い場所、前壁、側壁。緻密な数の子の襞が剛直の表面を舐め尽くすたびに、微妙に圧力の異なる快感の波形が背骨を駆け上がっていく。

 

「あっ、そこ、やっ……ひゃぅん!」

 

 煙緋の声が跳ねた。特定の角度で前壁のやや深い箇所を擦り上げた時だ。卵形の瞳孔が一瞬収縮し、白磁の太腿が旅人の腰を無意識に締め付ける。その反応を逃さず旅人は同じ角度で二度、三度と繰り返した。

 

「──ひゃっ! あっ、そこだめっ、だめとこ触って……っ!」

 

 可愛らしい悲鳴。法廷で論破される被告のような叫びではない。ただ見つけられたくない弱みを突かれた少女の、抗議とも懇願ともつかない声だ。だがその声が高くなるたびに内壁の蠕動が一段と活発になり、数の子の粒のような緻密な襞が剛直の表面をより一層精緻に梳り始める。

 

──反応がいい。それに合わせて締め付けも強くなる。

 

 旅人の胸の奥で、理性の堤防に新たな亀裂が走る。数の子天井と呼ぶべき構造は、煙緋が快感を感じるほどに潤滑に、そして貪欲に蠢く。与えれば与えるほどに返ってくる。その正の連鎖が、旅人の射精感を着実に高めていった。

 

 指先は脇腹の鱗を円を描くように擦りながら、もう片方の手で胸の頂を親指で押し上げる。三箇所同時の攻撃。内壁の最深部、前壁の敏感な箇所、そして身体表面の鱗と乳首。

 

「あぁあッ! 空っ、何もかも同時にだめぇっ!」

 

 煙緋の華奢な身体がベッドの上で小さく波打つ。逃げ場のない快楽の檻の中で、彼女はただ揺さぶられるしかない。だがその揺さぶりに合わせて内壁が収縮を繰り返し、剛直の形を一層深く覚え込んでいくかのように蠢くのだ。

 

 旅人は腰の動きを少しだけ速めた。浅い場所から深い場所へ、深い場所から浅い場所へ。その往復のリズムが次第に短くなり、ぱんっ、ぱんっと肌のぶつかる音が狭い部屋に反響し始める。数の子の襞がそのリズムに同調するように、波のように収縮を繰り返した。

 

「あっ、あっ、あっ……! 空、速いっ、はや……っ!」

 

 煙緋の声が高くなる。白磁の頬が薔薇色を超えて朱に染まり、ティールグリーンの瞳が潤んで焦点が定まらなくなっていく。法廷での明晰な頭脳はもう機能していない。ただ快楽の波に翻弄される一人の少女の顔だけがそこにある。

 

 旅人の指先が脇腹の鱗に少しだけ強く圧力をかけた瞬間、煙緋の内壁が痙攣するように激しく収縮した。数の子の粒が一斉に剛直の表面を叩くような、まるで独立した生き物たちが一斉に牙を剥いたかのような強烈な締め付け。

 

「──くっ」

 

 旅人の喉から低い唸り声が漏れた。我慢の限界が近い。数の子天井の繊細で執拗な蠕動が、剛直の表面から伝わる摩擦の密度を限界まで高めていく。一度味わえば忘れられない快感。それが旅人の理性を一層一層、丁寧に剥がし取っていくのだ。

 

「煙緋……もう、我慢できないかも」

「えっ、あっ、空っ、それって……っ!」

 

 煙緋の瞳が見開かれる。快楽の霞の向こうから覗く卵形の瞳孔に、期待と不安と歓喜が同時に宿る。その瞳が旅人の理性を最後の一塊まで削り取った。

 

 旅人は腰の動きを一気に速めた。深く、強く、子宮口を狙い澄ましたように突き上げる。ぱんっぱんっぱんっと肌のぶつかる音が激しさを増し、ベッドのスプリングが悲鳴を上げる。脇腹の鱗を指先で弄びながら、剛直の先端で子宮口を押し上げ、円を描くように擦る。

 

「あッ、ああッ、あああッ! 空、空っ、空ぉっ……!」

 

 煙緋の嬌声が意味を持たない音の連続に変わっていく。名前を呼ぶことだけが、快楽の洪水の中で彼女を繋ぎ止める最後の支えだった。法廷で条文を引用する唇から漏れるのは、ただ愛した男の名前だけ。白磁の太腿が旅人の腰に食い込み、爪先がシーツを掴む力が限界に達する。背中がシーツから浮き上がり、華奢な身体が弓なりに反った。

 

「──ひッ! あッ、なにか、くるっ、またくるっ! 空、空っ、空ぁっ……!」

 

 内壁が波のように収縮し、数の子の襞が剛直の表面を全面から激しく締め付ける。逃がすまいとする切実な蠕動。その強烈な締め付けに、旅人の射精感が頂点に達した。

 

「──煙緋、出すよ」

 

 旅人の低い唸り声と共に、剛直の先端が子宮口を一層深く押し開いた。狭い窄まりが亀頭を飲み込み、きゅうきゅうと収縮する。その瞬間、熱い精が子宮内へと爆発的に注ぎ込まれた。

 

「──ぁあああッ!」

 

 煙緋の背中がシーツから完全に浮き上がり、華奢な身体が旅人の腕の中で痙攣した。どくっ、どくっという脈動が子宮内で直接響き渡る。熱い精が子宮の奥底に満ちていく感覚に、煙緋の瞳が見開かれ、涙が溢れ出した。

 

「あッ、あッ、熱いっ……! 空のが、私の中に……っ!」

 

 注ぎ込まれた精の熱さが子宮の中で広がり、華奢な身体の奥底を満たしていく。旅人の存在を、熱として、命として、直接感じる。注がれるたびに子宮口がきゅうきゅうと収縮し、一滴も逃すまいと締め付ける。その切実な蠕動が、旅人の背骨を下から上へと震わせた。

 

 数の子天井の繊細な襞が、射精の脈動に合わせて波のように収縮を繰り返す。精と愛液が混ざり合った液体が結合部からとろりと溢れ、白磁の太腿を伝い落ちてシーツに新たな染みを作っていく。甘くとろみのある香りが、汗と熱の混ざった部屋の空気を濃く染めていた。

 

「ぁ……ん……っ……はぅ……」

 

 絶頂の余韻から降りてこない煙緋は、旅人の首に必死にしがみついている。爪が背中の筋肉に食い込み、華奢な身体が微かに震えていた。やがて精の注入が止まり、剛直の脈動も静まっていく。それでも旅人は煙緋の中から抜かず、子宮口に先端を押し当てたままその柔らかな感触を確かめるように静止していた。内壁が名残惜しそうにきゅうきゅうと収縮を繰り返している。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 煙緋の唇から深く長い吐息が漏れた。汗ばんだ額が旅人の肩に押し当てられ、サーモンピンクの髪が鎖骨の窪みをくすぐる。旅人は煙緋の背中に回した手をゆっくりと上下させ、その華奢な身体を労わるように撫でた。脇腹の鱗に触れると、まだ微かに身体が跳ねる。敏感さはまだ衰えていないらしい。

 

「……空」

 

 掠れた声が旅人の胸元で小さく響いた。

 

「ん?」

「……法律家として一言だけ言っておく」

 

 煙緋が顔を上げた。潤んだティールグリーンの瞳が、まだ快楽の霞がかったままゆっくりと旅人を見上げる。卵形の瞳孔が涙の膜の向こうで揺れている。

 

「これ……条約違反だぞ」

 

 その言葉に旅人は小さく笑った。事後のベッドの上で、数の子天井の名器に精を注ぎ込まれた直後に、なお法律家の仮面を被ろうとする少女。その健気さがどうしようもなく愛おしい。

 

「そうだね。違反だ」

 

 旅人は素直に認め、煙緋の額に唇を落とした。汗の塩気はない。ただ甘くさっぱりとした彼女の肌の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「じゃあ罰則は?」

 

 煙緋が悪戯っぽく、けれどまだ掠れた声で問う。

 

「煙緋が決めていいよ」

「……じゃあ、罰則は」

 

 煙緋の腕が旅人の首に回され、ぎゅっと力が込められた。汗ばんだ華奢な身体が旅人の胸にしっかりと抱き着く。

 

「一生、私の人生を支える事」

 

 その言葉が旅人の胸を貫いた。法廷で最終弁論を述べる法律家の声ではなく、ただ愛した男に全てを委ねた一人の少女の声。獬豸の血を引く角が、午後の日差しを受けて淡く光っている。クリーム色のその角に、旅人はそっと唇を寄せた。

 

「……罰則、重すぎない?」

「重いのがいいんだよ。空は私の初めての男なんだから、責任取ってくれ」

 

 煙緋の声が少しだけ強気を取り戻す。だがその頬はまだ薔薇色に染まったままで、ティールグリーンの瞳は潤んだままだ。法律家の仮面と少女の素顔が、まだ安定せずに揺れ動いている。

 

「わかった。受けるよ、その罰則」

 

 旅人の声は低く、そして真摯だった。胡桃に告げた誓いと同じ重み。甘雨に向けた誓約と同じ熱。それが今、煙緋に向けられている。

 

「……空」

 

 煙緋の瞳が細められ、涙の膜の向こうで卵形の瞳孔が揺れた。そして──ふわりと微笑んだ。法律家の仮面でも、強気な態度でもない。ただの少女の、心からの笑みだった。

 

「……嬉しい」

 

 その言葉は、法廷のどんな弁論よりも雄弁だった。

 

 旅人は未だ結合したままの状態から、ゆっくりと腰を引いた。ぬぷ、ぬぷ、と粘つく音を立てて亀頭が子宮口から離れ、膣壁を擦りながら外へと出ていく。数の子天井の繊細な襞が、名残惜しそうに剛直の表面を一枚一枚梳るように締め付ける。その繊細な抵抗が、旅人の背筋に心地よい痺れを走らせた。

 

「……んっ」

 

 完全に抜けた瞬間、煙緋の唇から小さな吐息が漏れた。結合部から白濁と愛液が混ざり合った液体がとろりと溢れ出し、白磁の太腿を伝ってシーツに新たな染みを作る。旅人はベッドサイドにあった布を手に取り、煙緋の下腹部と太腿を丁寧に拭いていく。胡桃の時と同じ、ひどく手間のかかる、けれど決して疎かにしない作業。

 

「……空」

 

 されるがままに拭かれながら、煙緋が小さく呟く。

 

「ん?」

「……甘雨先輩のこと、羨ましかった。正直に言うと、すごく」

 

 その告白は、事務所での告白とはまた違う重みを持っていた。情事の後の、体温と精の熱がまだ残る身体で、理性の仮面を完全に脱ぎ捨てた状態での言葉。法律家としての分析でも、少女としての焦燥でもない。ただの正直な感情だった。

 

「先輩が空の子供を孕んだって聞いた時、祝福したのは本当だ。でも同時に、胸の奥がキリキリと痛んだ。自分だけが取り残されているような……そんな痛みが」

 

 煙緋の声が少しずつ小さくなっていく。

 

「でも今は……空が私の中にいた。空の精が、私の子宮に注がれた。それだけで、あの痛みが……消えた」

 

 旅人は拭う手を止め、煙緋の顔を見つめた。潤んだティールグリーンの瞳が真っ直ぐに旅人を見返している。卵形の瞳孔の奥に、確かな充足の光が宿っていた。

 

「煙緋」

「ん?」

「俺も、もっと早く君に会いたかった」

 

 胡桃に言ったのと同じ言葉。けれどそれは決まり文句ではなく、旅人の本心だった。出会いの順序は変えられない。けれどもし変えられるのなら、もっと早くこの少女の想いに気づきたかった。

 

「……うん」

 

 煙緋の瞳が細められ、涙の粒が眦からこぼれ落ちた。だがそれは悲しみの涙ではない。遅れてやってきた想いが、ようや届いた瞬間の安堵の涙だった。

 

「空、一つだけ聞いていいか?」

「何でも」

「私のこと……抱きやすかった?」

 

 その問いに、旅人は少しだけ面食らった。法律家らしい率直さと、少女らしい不安が混ざり合った問いだ。

 

「……数の子天井って、知ってる?」

「は?」

 

 煙緋がきょとんとした顔をした。唐突な話題の転換に、法律家の頭脳が追いつくまでに一拍の遅れが生じる。

 

「君の中、すごかった。これまでの誰よりも繊細で、緻密で……腰が止まらなかった」

 

 旅人の声は低く、けれど率直だった。飾らない言葉は、嘘よりもずっと強い。

 

「……っ!」

 

 煙緋の顔が沸騰したように真っ赤になった。耳まで赤く染まり、側頭部の角まで熱を帯びたように見える。法律家の鉄壁の仮面が、またもや粉砕された音が聞こえるかのようだった。

 

「そ、そんなこと言うなっ! 恥ずかしい……!」

「嘘は言わないよ。煙緋の中は、本当に気持ちよかった」

 

 旅人の率直な言葉に、煙緋はシーツに顔を埋めた。サーモンピンクの髪が白いシーツの上に扇のように広がり、震える肩が布地越しに見て取れる。

 

「……空のくせに」

 

 シーツに埋めた顔のまま、くぐもった声が漏れる。

 

「空のくせに……そんなこと言って、私をどうするつもりだ」

「どうもしないよ。ただ、正直に言っただけ」

「正直が一番タチ悪いんだよ……!」

 

 煙緋が顔を上げ、潤んだ瞳で旅人を睨んだ。だがその睨みには力がなく、むしろ照れ隠しの色が濃い。旅人はその表情を見て、小さく笑った。

 

「煙緋」

「……何だ」

「君の生活は大事にしてほしい。法律家の仕事は続けてほしい。その上で、俺と一緒にいてほしい」

 

 胡桃に告げたのと同じ言葉。旅人が恋人たちに願うことは、いつも同じだ。それぞれの人生を生きること。その上で、自分という居場所を持つこと。

 

「……わかってる」

 

 煙緋の声が静かになった。シーツから顔を上げ、旅人の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。潤んだティールグリーンの瞳の奥で、卵形の瞳孔が揺れていた。だがその揺らぎはもう迷いではない。

 

「法律家の仕事は続ける。それは私の選んだ道だから。でも、空に会いたい時は、いつでも洞天に行く。それでいいか?」

「ああ。それがいい」

 

 旅人の言葉に煙緋はふわりと微笑んだ。法律家の仮面でも、強気な態度でもない。

 

 ただの少女の、心からの笑み。その笑みが、午後の日差しの中で静かに輝いていた。

 





賢者タイムで読み切った人へ。どんな部分が癖に刺さりました?

もし、こんなシチュエーションで子作りしてる女の子の姿が見たいというのがあれば全部読んだ詳しい感想と一緒により詳しく書いてあったら、
もしかしたら参考にするかもしれない。

でも感想とかよりお気に入りにしてくれる方が嬉しいので、感想が面倒な人は、お気に入りにしてくれると嬉しいです。

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