湯気が薄く立ち込める脱衣所の空気は、浴室のそれとは違う種類の静謐さを孕んでいた。湿気を含んだ板敷きの匂いと、干したての浴衣の乾いた布地の匂いが混ざり合い、肺の奥を優しく撫でるような呼吸をさせた。
瑞希の身体を湯船に沈めたまま、旅人はその華奢な背中をゆっくりと撫で下ろしていた。湯の中で揺らぐ淡い水色の髪が、灯りを受けて透けるような光沢を帯びている。螺旋状の瞳孔は閉じられ、長い睫毛が白い頬に影を落としていた。規則正しい寝息が水面を微かに振動させているのを見て、旅人は小さく息を吐いた。
(──疲れただろうな)
初めてを一度にこれほどまでに激しく受け入れたのだ。夢喰い獏とはいえ、彼女の身体は人のそれと変わらない。むしろ幾百年も恋を知らなかった分、その身体が刻んだ渇望の深さは、この夜の熱量に比例していただろう。
湯から引き上げる際、瑞希は微かに身じろぎをして目を開けた。潤んだ紫色の瞳が、ぼんやりと旅人の顔を仰ぎ見る。その瞳に浮かんでいたのは、不安でも痛みでもなく、どこかまどろんだような、甘く深い満足の色だった。
「空…もう…動けないよ」
掠れた声が湯気に溶ける。そのあまりにも無防備な声音に、旅人は唇の端を微かに緩めた。
「無理しなくていい。おんぶしてあげるから」
「…重いわよ」
「瑞希は軽いよ」
背中に回した腕の熱が、湯の温もりとは違う温度で肌に染みた。
脱衣所の扉を開けた瞬間、そこにふわりと漂う空気が変わった。
──いた。
銀色のショートヘアが柔らかな灯りに照らされ、前髪の三つ編みが微かに揺れた。オリーブグリーンの瞳が真っ直ぐに旅人を見つめている。その視線の奥にある感情の起伏を、旅人はもう何度も見知っていた。心配と安堵と、微かな嫉妬と、それ以上の──深い敬愛が混ざり合ったあの色を。
「ご主人様」
ノエルが一礼する。その声はいつも通りの丁寧で落ち着いた響きを持っていたが、僅かに息が上がっている。恐らく大浴場の気配を察して駆けつけたのだろう。旅人の着替えと、瑞希用のバスローブが、脱衣所の長椅子に綺麗に畳んで置かれていた。
「瑞希の分も用意してくれてたんだね」
「はい。あの方のお着物は濡れていらっしゃるかと思いましたので、乾燥機にかけてお納めしようかと」
さりげなく、けれど完璧な気遣い。メイドとしての訓練が滲み出るその手際に、旅人は静かに首を縦に振った。
「ありがとう、ノエル。助かるよ」
「もったいお言葉です」
バスローブに腕を通しながら、瑞希がぼんやりとした目でノエルを見上げた。紫色の瞳が、銀髪の少女を所在なげに眺めている。
「この方は…?」
「ノエルだよ。西風騎士団の見習い騎士で、俺の恋人でメイドさん」
「ノエルと申します。ご主人様の──栄誉騎士様の身の回りをお世えしておりますメイドでございます」
ご主人様という呼称を洞天の中でだけ使うノエルが、あえてその言葉を避けたのが分かった。瑞希に対する配慮だ。新しく仲間になった彼女に、まずは穏やかな形で関係を提示しようとするその心遣いが、旅人の胸を少しだけ温めた。
「夢見月瑞希です。あたしは……あたしも空とはそういう関係だよ」
瑞希が小さく微笑む。その笑みには、ノエルが旅人の恋人の一人であることを察した上での、大人の女性の余裕のようなものが微かに滲んでいた。ノエルのオリーブグリーンの瞳が一瞬だけ揺れたが、すぐに穏やかな微笑みに戻る。
「それでは、ようこそいらっしゃいました、瑞希様。何かご入用のことがありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「ありがとう。でもあたしはもう大丈夫よ。君も空の恋人なんでしょう? なら仲間同士ね」
その言葉に、ノエルの頬がほんのりと桜色に染まった。瑞希の率直な物言いは、ノエルの繊細な感情を少しだけ露わにした。けれど二人の間に緊張はない。むしろ互いの立場を理解し合った上での、穏やかな空気が流れていた。
着替えを済ませた旅人は、瑞希をバスローブに包んだままそっと支えた。まだ足元がおぼつかないのか、華奢な身体が旅人の肩に寄りかかっている。紫色の尻尾が、無意識なのか意図的なのか、旅人の腰に緩く巻き付いていた。
「ノエル、瑞希を任せていい? 俺は瑞希の部屋の用意とか、自己紹介とかマルにい色々頼んでおくから」
「はい。ご主人様。瑞希様のお世話、一切合切お任せくださいませ」
ノエルの瞳が静かに光った。その瞳の奥に宿るものが、単なるメイドとしての奉仕の精神だけではないことを旅人は知っている。けれど今はそれに触れず、ただ頷く。
「ありがとう。すぐに戻る」
着替えを終えた旅人は、脱衣所を出た。背後でノエルが瑞希に声をかけるのが聞こえた。
「瑞希様、お髪が濡れたままだとお風邪を召します。こちらへどうぞ──」
その声の響きが、旅人の胸の奥で小さく疼いた。メイドとしての完璧な奉仕。けれどその奥にある微かな棘を、旅人は知っている。知っていて、今は触れない。触れないまま、廊下を歩いていった。
旅人は二人に背を向け、洞天の出口へと歩を進めた。背後でノエルが瑞希に何かを話しかける声が微かに聞こえたが、振り返らなかった。信頼というのは時に言葉よりも沈黙の形をとる。
◆ ◆ ◆
塵歌壺から一歩踏み出せば、そこは稲妻の湿った空気だった。
夕暮れに近い時刻。空は紫から藍へと移ろい始め、街の灯が一つ二つと灯り始めている。石畳を歩く旅人の影が長く伸び、その先に小さく浮遊する白い影が重なった。
「旅人! おかえり! 瑞希とは上手くいったのか?」
パイモンが元気よく飛び回る。その声には心配と好奇心と、そして微かな企むような響きが混ざっていた。旅人は小さく頷く。
「ああ。瑞希も洞天に住むことになった」
「またハーレムメンバー増えたな! 瑞希ちゃん美人だもんなー、当然だよね!」
パイモンが嬉しそうに声を上げる。その純粋な喜びに、旅人の口元も自然と緩んだ。
「それにしても稲妻って何しに来たんだっけ? お風呂の視察だっけ?」
「ああ。瑞希の銭湯を参考にして洞天の浴場を改良したいって言ってたから」
「へえー! じゃあ早めに済ませて、瑞希とまたゆっくり──」
「パイモン」
旅人の声に、窘めるような響きが混じった。パイモンは「ちぇっ」と小さく頬を膨らませて、それでも機嫌よく旅人の肩に乗った。
城下町を歩く。稲妻特有の軒先の造りが、通りに深い影を落としている。行き交う人々の足音が石畳に反響し、どこか遠くで雷の音が微かに鳴っていた。いつもの景色だ。何度も歩いた道。けれど今日は、その空気の中に何かが混じっている気がした。
──視線だ。
背中に微かな熱を感じて、旅人は足を止めた。振り返る前に、その気配の主が誰であるかを知っていた。あの眼差しは、どれほどの人混みの中にあっても、旅人の肌で見分けることができたから。
振り返ると、通りの向こう側に二つの影が立っていた。
一人は金髪の青年。トーマ。その隣に、薄いブルーの髪をポニーテールにまとめた少女が立っている。白い肌に、薄いシルバーブルーの瞳。左目の下の小さなほくろが、夕暮れの光の中で微かに浮かび上がっていた。
神里綾華。
彼女は旅人に気づいた瞬間、その瞳をほんの少し大きく見開いた。けれすぐに静かな微笑みを浮かべ、微かに首を傾げて会釈をした。その仕草の一つ一つが、研ぎ澄まされた刃物のように美しく、それでいてどこか儚い。武家の姫君としての格式と、一人の少女としての初々しさが、彼女の中で奇妙な調和を保っていた。
「あ、旅人じゃないか!」
トーマが手を上げて歩み寄ってくる。その明るい声は、夕暮れの通りに溶け込むように響いた。
「やあトーマ。それに綾華」
「お久しぶりです、空さん」
綾華の声が通りの空気を震わせた。清楚で、けれど芯の通った響き。その声色の奥に、微かな震えが混じっているのを旅人は聞き取った。
(──もしかして、待っていたのか?)
考えが頭を過った。彼女がここにいたのは偶然かもしれない。けれ偶然にしては、その視線があまりにも真っ直ぐで、あまりにも深い。何かを待つ人の目だ。答えを待つ人の目だ。
「今日はどうしたんだ? 二人で?」
「ええ。お兄様から頼まれた用事がありまして、トーマに手伝ってもらっていたところです」
綾華はそう言いながら、けれどその視線は旅人の顔から逸らされることはなかった。薄いシルバーブルーの瞳が、スカイブルーの瞳孔を通して旅人の姿を映し取っている。その瞳の奥に潛む感情の輪郭が、夕暮れの光の中で少しずつ浮かび上がっていくようだった。
「ところで旅人、パイモン! オイラお腹空いちゃったんだけどさ! そこの茶屋で何か買ってもいい?」
パイモンがわざとらしく腹を押さえて声を上げた。その意図に気づいて旅人は苦笑する。この小さな相棒は、時に驚くほど空気が読める。
「あ、じゃあオイラとトーマは先に茶屋行ってるからさ! 旅人も後で来なよ!」
「え、あ、おいパイモン──」
トーマが腕を引かれ、困ったような顔で旅人と綾華を交互に見たが、パイモンの強引さには敵わない。茶屋の方へと引きずられていく背中を見送りながら、綾華は微かに唇を引き結んだ。
その表情の変化は一瞬だった。けれ旅人の目は、その一瞬を見逃さなかった。
(──行くなと言いたいのか、行かないでほしいのか)
あるいはその両方なのか。人の心は矛盾で出来ている。それを知っているからこそ、旅人は動かないまま、綾華の言葉を待った。
二人きりになった通りの空気は、さっきまでとは明らかに違っていた。行き交う人々の足音も、遠くの雷鳴も、何もかもが遠のいていくようだった。残ったのは、二人の呼吸と、夕暮れの光だけ。
「…空さん」
綾華が口を開いた。その声は、先ほどよりも僅かに震えていた。
「はい」
「少しだけ…お時間をよろしいでしょうか」
その言葉の重みを旅人は感じ取った。少しだけ、というのは逆だ。彼女は長い間、この言葉を飲み込んできたはずだ。喉の奥で詰まらせて、飲み込めずに、けれど吐き出すこともできずに──そうしてようやく、今日、その言葉が口の端までせり上がってきた。
「もちろん。どこか静かな場所に行こうか」
旅人が言うと、綾華の瞳が微かに潤んだ。けれ彼女はすぐに瞬きをして、その湿り気を散らした。武家の姫君は、人前で涙を見せない。その強さが、逆に旅人の胸を鈍く痛ませた。
「…ありがとうございます」
綾華が歩き出す。旅人はその半歩後ろをついていった。薄いブルーの髪が夕風に揺れ、その隙間から覗く白いうなじが夕暮れの光に染まっている。桜の模様があしらわれた袴の裾が、石畳を擦る音が微かに響いた。
二人が向かったのは、城下町の外れにある小さな東屋だった。街の灯りが遠く、頭上には星がちらほらと見え始めている。夕暮れと夜の狭間。光と闇の境界線。世界が一息吐くような時間だった。
東屋に着くと、綾華は手すりに手を置いて遠くの街並みを見下ろした。その横顔は、夕暮れの残光に照らされて、まるで白磁の器のように滑らかで、けれどこか脆く見えた。
「…空さん」
名前を呼ぶ声が、風に乗った。
「噂を…耳にしました」
その言葉が何を意味するのか、旅人はすぐに理解した。洞天の恋人たちのこと。子を成したこと。その噂が、ここまで届いているのは当然だった。旅人は静かに待った。彼女の言葉を。
「西風騎士団の栄誉騎士が、多くの女性と関係を持ち、その全員を妻として迎え入れ、子を成していると──」
綾華の声は平坦だった。感情を込めないように、意識的に平坦にしていた。それが逆に、彼女の内面の波立ちを雄弁に物語っていた。
「…その噂は、本当なのですか?」
問いかけの声だけが、東屋の空気に響いた。
「うん。誰に何を言われようと、俺は彼女たちを愛してる」
その頷きを見た瞬間、綾華の瞳が揺れた。スカイブルーの瞳孔が収縮し、拡散し、また収縮する。その瞳に浮かんでいたのは、嫉妬ではなかった。怒りでもなかった。もっと深く、もっと粘度の高い感情。長い間胸の奥に沈めていたものが、今水面に浮かび上がろうとしている。
「…そうですか」
短い応答。けれその二文字の裏に、どれほどの葛藤が隠されていたかを旅人は知っていた。
「綾華」
「はい」
「俺のことは嫌いになったか?」
唐突な問いかけに、綾華が顔を上げた。薄いシルバーブルーの瞳が見開かれ、長い睫毛が震える。
「…そのようなこと」
「ない?」
「…ございません。ございませんが」
言葉が途切れた。風が吹き、綾華のポニーテールが揺れる。桜の花びらが一つ、風に乗って東屋に舞い込んだ。
「…嬉しくないと、言ったら嘘になります」
その声は、押し殺したものだった。武家の姫君としての格式が、それ以上の感情の吐露を許さない。けれ声の裏にある震えは、格式の枠を越えて漏れ出していた。
「私が…どれほど長く貴方を待っていたか。どれほど…貴方のことを想っていたか。それを知られていながら、他の方々を──」
言葉が途切れた。唇を噛み、視線を落とす。その睫毛の影が、夕暮れの光に長く伸びていた。
「…いえ。ごめんなさい。我がままを言っています」
綾華が頭を下げた。その白いうなじが、夕暮れの光に染まっている。謝罪の形をとったその動作は、けれ何よりも深い愛情の裏返しだった。想いを告げられなかった自分自身への、そして告げる勇気を持ちきれなかった自分への、謝罪。
「綾華、顔を上げて」
旅人の声に、綾華はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、薄い水の膜が張っていた。けれ涙は零れていない。武家の姫君は泣かない。その強さが、今はただ痛ましかった。
「俺は、綾華のことがずっと気になっていた」
言葉が落ちた。東屋の静寂に、石を投げ込んだように波紋が広がる。
「気になっていた…ですか?」
綾華の声が微かに上擦った。
「うん。でも、それは俺から言うべき言葉じゃなかった。俺が先に動くべきだった」
旅人は一歩、綾華に近づいた。東屋の手すりに置かれた白い指が、微かに震えているのが見えた。
「貴方が…動く?」
「うん。俺が、綾華に伝えるべきだった」
旅人の声は低く、けれ確かな熱を帯びていた。
旅人は綾華の手を取った。
白い指が微かに震えていた。寒さのせいではない。武家の姫君として研ぎ澄まされた自制心が、その内側で蠢く感情の波に抗っている震えだ。掌に伝わる体温はひんやりとしていて、けれど確かに脈打っていた。その鼓動のリズムが、旅人の指先から腕を伝って胸の奥へと流れ込んでいくようだった。
「綾華」
名前を呼ぶと、薄いシルバーブルーの瞳が揺れた。スカイブルーの瞳孔が収縮し、拡散し、また収縮する。その瞳の奥にあるものを、旅人は真っ直ぐに見つめた。
「俺の恋人になってほしい」
言葉は静かに落ちた。東屋の木の柱が軋む音だけが、その重みを受け止めたかのように響いた。
「そして──俺の子を産んでほしい」
綾華の指が、旅人の掌の中で強張った。
言ってしまった。喉の奥で長い間燻っていた言葉が、今、音となって空気を震わせた。その震動が二人の間の静寂を破り、波紋となって広がっていく。綾華の瞳が見開かれ、長い睫毛が震える。唇が微かに開いて、けれ言葉は出てこなかった。
「俺には既に多くの恋人がいる。既に孕んだ人だっている」
隠さなかった。飾らずに、正直に。けれどその事実を口にしている間、旅人の掌は綾華の手を決して離さなかった。離すまいと、むしろ少しだけ力を込めた。
「それでも俺は、綾華を全力で愛し抜くと誓う。誰一人として欠けることなく、等しく、けれど綾華に対しては綾華に必要なだけの愛を、全力で注ぎ続ける。だから……俺の傍にいてほしい」
東屋の静寂が、言葉の重みを飲み込んでいった。遠くで雷鳴が微かに響き、けれどそれは世界の呼吸のようなものであって、二人の間の空気を壊すものではなかった。綾華の指が、旅人の掌の中で、ゆっくりと、確かに、力を込め返してきた。
「…私で、よろしいのですか」
その声は、あまりにもか細かった。
薄いシルバーブルーの瞳が、旅人の顔を見上げている。そこに浮かんでいるのは、不安だった。長い間胸の奥に沈めていた恋心が、ようやく水面に顔を出したというのに、それを受け取る器としての自分が足りているのかという恐れ。武家の姫君としての格式も、白鷺の姫君と呼ばれる名誉も、今の彼女には何の役にも立たなかった。ただ一人の少女として、愛する男の前に立っている。それだけだった。
「他の方々は皆さん、空さんに相応しい方ばかりと聞きます。私は、その、末席で構いませんので」
末席。
その言葉が、旅人の胸の奥で鋭く疼いた。
綾華は謙虚に言ったのだろう。武家の姫君としての躾けが、自然とその言葉を選ばせたのだろう。けれど旅人の耳には、その言葉が別の響きを持って届いた。自分は末席でいい。他の人の方が上でいい。私はここでいい?
──そうではない。そうであってほしくない。旅人の胸の奥で、何かが燃え上がった。
「綾華」
名前を呼んで、旅人は綾華の両手を自分の胸元に引き寄せた。白い指が旅人の胸板の上に重なり、その下で心臓が早鐘を打っているのが伝わるかのように、指に力を込めた。
「末席なんて言わないで」
声は掠れていた。けれどその掠れの中に、確かな熱があった。
「綾華は俺が好きになった女の子なんだ」
言葉は短かった。飾り気のない、まっすぐな言葉。けれどそれが綾華の胸の奥に届いたことは、彼女の瞳が一瞬だけ大きく見開かれたことで分かった。唇が震え、白い喉仏が小さく上下する。
「儚くて、けれど芯が強い。誰にでも丁寧で、けれど自分のことは後回しにしてしまう。そんな綾華の姿を見て、俺はずっと──この人を守りたいと思っていた」
東屋の風が、微かに吹いた。綾華の薄いブルーの髪が揺れ、ポニーテールの先が夜の空気に溶けた。
「努力を続ける綾華が、綺麗だと思った。だから好きになったんだ」
綾華の瞳が揺れた。薄い水の膜が張り、けれど零れない。零してはいけないと、必死に堪えているのが分かった。その強さが、今はただ痛ましかった。
「だから堂々としてほしい。俺の恋人の一人として、胸を張ってほしい」
「…空さん」
名前を呼ぶ声が、泣き出しそうに震えていた。けれど綾華は泣かなかった。武家の姫君は泣かない。その強さが、今はひどく愛おしかった。
だから旅人は、言葉の代わりに唇で答えた。
綾華の顎に手を添え、上を向かせる。白い指が旅人の手の甲に触れ、微かに震えた。その震えを掌で包み込むようにして、旅人は唇を寄せた。
触れた瞬間、綾華の肩がびくりと跳ねた。
柔らかい唇だった。桜の花びらのように薄く、けれど確かな温もりを持った唇。旅人はそれを優しく包み込むように口づけた。最初は触れるだけの、確かめるようなキス。
けれど触れた瞬間、理性の堤防に亀裂が走った。
──我慢できない。
長い間待っていた。綾華がこの東屋で言葉を紡ぐのを待っていた。彼女の恋心が水面に顔を出すのを待っていた。その待ち時間が、今、一気に決壊した。旅人は綾華の唇を押し開き、舌を侵入させた。
「んっ──!」
綾華の喉から、言葉にならない声が漏れた。驚きと、けれど拒絶ではない声。旅人は構わず口腔を探った。歯列をなぞり、粘膜を舐め上げ、逃げる彼女の舌を捕らえにかかる。
見つけた。柔らかくて温かい舌が、おずおずと旅人の舌に触れ、すぐに引っ込もうとする。それを逃がさないように絡め取る。二つの舌が触れ合った瞬間、電流のような痺れが背骨を駆け上がった。
「んむ…っ、空さ、んっ…」
唇の隙間から漏れる声が、甘くて切なかった。綾華の指が旅人の胸元の服をきつく握りしめている。その力の強さが、彼女の想いの深さを雄弁に物語っていた。拒んでいるのではない。掴まえているのだ。この瞬間が逃げていくことを恐れるように、旅人の服の布地を、きつく、きつく握りしめている。
旅人は舌を深く潛り込ませた。綾華の口腔の隅々まで味わうように、舌先で粘膜をなぞり、時折強く吸い上げる。唾液が混ざり合い、喉の奥へと流れ込んでいく。綾華の呼吸が浅くなり、鼻から抜ける吐息が熱く湿った音を立てた。
──甘い。
綾華の唾液は、甘かった。果物のように淡く、けれど後味はさっぱりとしていて、いくらでも飲み込めそうな清冽な甘さ。喉が渇くほどに、もっと欲しくなる。旅人は唇を離さず、さらに深く、さらに激しく舌を絡めた。綾華の舌が、最初は戸惑うように、やがて少しずつ旅人の動きに合わせ始めた。不器用で、けれど必死な舌の動き。それが逆に旅人の理性を削ぎ落としていく。
「んっ…ふぅ…むっ、んむっ…」
唇の隙間から漏れる嬌声が、東屋の静寂に溶けていく。遠くの街の灯りが星と混じり合い、空と地の境界線が曖昧になっていく。けれど二人の間の熱だけは、ますます鮮明に輪郭を増していった。
長い口づけが終わった時、綾華の唇は濡れ、頬は桜色に染まり、瞳は潤んでいた。薄いシルバーブルーの瞳が、焦点を取り戻すまでに数度の瞬きが必要だった。その一つ一つの瞬きが、長い睫毛の影を白い頬に落としては消し、落しては消しした。
「…ふぅ」
綾華が小さく息を吐いた。その声には、長い間胸の奥に詰まっていたものが、今ようやく出口を見つけたかのような、深い安堵の響きがあった。
「空さん。私、あなたの想いを受け取らせていただきます」
その声は震えていた。けれど、先ほどまでとは違う種類の震えだった。不安の震えではなく、決意の震れ。旅人の掌の中の指が、力強く握り返してきた。
「私、神里綾華は──空さんの恋人の一人として、生涯を捧げ、貴方に仕える事を誓います」
仕える、という言葉に旅人は眉を下げた。綾華は本当に、どこまでも謙虚だ。武家の姫君としての格式と、一人の少女としての初々しさが、彼女の中で奇妙な調和を保っている。その儚さと芯の強さが同居した姿こそが、旅人が彼女に惹かれた理由だった。
だから言った。
「綾華、俺たちは愛し合う家族になるんだ。使えるだなんて寂しい事言わないでくれ」
その言葉に、綾華の瞳がまた揺れた。けれど今度は、その揺れの中に涙の光があった。長い間待っていた言葉なのだろう。誰かに仕えるのではなく、誰かと対等に愛し合うこと。武家の姫君として常に誰かに尽くす立場にあった彼女にとって、それは初めて与えられた対等の関係だった。
綾華の瞳から、一雫の涙が零れた。
武家の姫君は泣かない。そう自分に言い聞かせてきた堤防が、その一言で崩れた。白い頬を伝う雫が、夕暮れの残光に照らされて銀色に光った。綾華は慌てて指先でそれを拭おうとしたが、旅人の手が先に届いた。
親指の腹で、そっと涙の跡を辿る。白い肌の上に残る湿りの筋が、微かに熱を帯びていた。綾華はその手に自分の手を重ね、頬を押し付けた。旅人の掌に、涙の温もりと彼女の体温が染み込んでいく。
「はい。私は――」
言葉が途切れた。喉の奥で詰まった想りが、音になるのを躊躇っている。けれど綾華は、一度目を閉じ、深く息を吸い、そして開いた。
「空さんを、愛しています」
その声は、震えてはいなかった。
旅人は答える代わりに、もう一度唇を寄せた。
今度の口づけは、先ほどよりも優しく、けれど深かった。触れ合うだけのキスから始まり、ゆっくりと唇を重ね、舌先で綾華の唇をなぞる。彼女の舌が、今度は逃げずにおずおずと伸びてきた。それを優しく迎え、包み込み、絡め取る。唾液が混ざり合い、互いの温度が溶け合っていく。
「んっ…空さん…」
唇の隙間から漏れる声は、泣き声に近かった。けれどそれは悲しみの泣き声ではなく、長い間待ちわびた想いがようやく報われたことの泣き声だった。綾華の指が旅人の服を掴む力が、少しずつ緩んでいく。緊張が解け、不安が溶け、代わりに温かい安心が彼女の身体を満たしていくのが分かった。
唇を離すと、銀色の唾液の糸が二人の間で揺れて、そして切れた。綾華の頬は桜色に染まり、瞳は潤んだまま、けれどその瞳の奥にはもう迷いはなかった。
◆ ◆ ◆
夜は更けていた。パイモンは洞天に戻って旅人が外で一泊すると伝えに既に帰った。
旅人が案内されたのは綾華の寝室だった。漂う沈香の香りは心を落ち着かせるようでいて逆に神経を研ぎ澄ませていくようだった。障子越しに差し込む月光が畳の上に白い縞模様を描き出している。その光と影の境界線上に一枚の布団が敷かれていた。
月光が障子の格子を通して畳の上に白い縞模様を描き出していた。その光の縞の上に二つの影が並んで落ちている。寝巻き代わりの浴衣一枚に身を包んだ旅人と綾華は、敷かれた布団を前にして揃って正座で向き合っていた。
旅人の膝が微かに震えているのは慣れない正座のせいだった。畳と腓の間に挟まれた重みがじわりと痛みを訴え始めている。けれどそれ以上に、目の前で耳まで朱に染めている綾華の姿が視界を満たしていて、膝の痛みなどどうでもいいと思わせるほどだった。
綾華の視線は自分の膝の上に落とされていた。白い指先が浴衣の裾をきつく握りしめている。その指の関節が微かに白くなっているのが、彼女の緊張の深さを雄弁に物語っていた。武家の姫君としての研ぎ澄まされた自制心が、今はただの少女の初々しさの前でどこにも行き場を失っている。
沈香の香りが漂う寝室の空気は、ひやりとしていてどこか甘い。その静謐さの中で二人の呼吸だけが微かに響いていた。旅人はその呼吸を一つ深く吸い、ゆっくりと身を動かした。
「綾華」
名前を呼ぶと、薄いシルバーブルーの瞳がようやく持ち上げられた。左目の下のほくろが月光を受けて小さく光る。その瞳の奥に潤んだ光が灯っているのを見た瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
可愛い。
その一言が胸の底から湧き上がってきた。完璧な姫君の仮面の下に覗いた、たった一人の少女の恥じらい。それが旅人の心の奥を容赦なく打ち砕いていく。
旅人はゆっくりと膝を滑らせ、綾華の傍へと寄った。正座のまま、そっと肩に手を回す。浴衣越しの華奢な肩の骨が掌に当たった。その線の細さに、喉の奥が微かに痛んだ。
「慣れるまで、俺に身を委ねていいから」
囁くように告げると、綾華の肩が微かに震えた。けれどそれは拒絶の震えではなかった。緊張が解け、代わりに温かいものがその身体を満たしていくのが掌越しに伝わってくる。綾華は小さく頷き、旅人の胸元に額を預けるようにして身を委ねてきた。その華奢な体重が腕の中に収まる感触。髪から漂う微かな花香が鼻腔をくすぐる。
旅人はその華奢な顎に指を添え、ゆっくりと顔を上げさせた。
月光に照らされた白い顔が間近にあった。薄いシルバーブルーの瞳が不安と期待の入り混じった光を宿して、真っ直ぐに旅人を見つめ返している。長い睫毛が微かに震えていた。その瞳に映る自分の顔が、ひどく優しいものに見えた。
唇を寄せる。最初は触れるだけの、確かめるような口づけ。
柔らかかった。桜の花びらのように薄く、けれど確かな温もりを持った唇。それが旅人の唇に触れた瞬間、綾華の肩がびくりと跳ねた。けれど逃げることはなかった。ただ目を閉じて、その触れるだけのキスを静かに受け入れている。
綾華は目を閉じたまま、旅人の動きを邪魔しないようにしていた。唇に触れる圧力が変わっても、角度が変わっても、ただ静かにそれを受け入れている。その従順さが、逆に旅人の胸の奥を甘く痺れさせた。
旅人は唇を離さないまま、少しずつ口づけを深くしていった。唇を押し開き、舌先で彼女の唇の輪郭をなぞる。すると綾華の喉から小さな吐息が漏れた。
「んっ……」
その声が唇越しに伝わった振動が背骨を駆け上がる。旅人は舌をさらに進め、綾華の歯列をなぞった。ためらいがちに開いた隙間から、ゆっくりと侵入する。
温かかった。綾華の口腔は温かくて、微かに甘い香りがした。舌先が粘膜に触れると、綾華の身体が微かに強張った。けれどすぐに力が抜けていき、むしろ自らその温もりに身を委ねようとするように、唇がわずかに開いた。
「んむっ……空さ、ん……」
唇の隙間から漏れる声が、甘く切なかった。旅人の舌が綾華の舌に触れた瞬間、その華奢な舌がびくりと引っ込んだ。けれどすぐにおずおずと戻ってきて、旅人の舌に触れ、そしてまた引っ込む。その繰り返しが、初々しくて愛おしかった。
ゆっくりと。急がないで。旅人は舌先で綾華の舌を優しく迎え入れた。逃げるそれを追い詰めるのではなく、戻ってくるのを待つ。触れ合う舌と舌。その度に伝わる微かな電流のような痺れが、互いの体温を一つに溶け合わせていくようだった。
綾華の指が旅人の浴衣の胸元をきつく掴んだ。その力の強さが、彼女の想いの深さを物語っていた。長い間胸の奥に沈めていた恋心が、今ようやく形を変えて旅人の元へと届いている。その鼓動が、布地越しに掌へと伝わってくる。
唾液が混ざり合い、喉の奥へと流れ込んでいく。綾華の唾液は淡く甘く、後味がさっぱりとしていた。いくら飲み込んでも渇くことがない清冽な甘さ。旅人はそれを味わうように、ゆっくりと舌を動かし続けた。
「んっ……ふぅ……むっ……」
綾華の喉から漏れる声が、次第に熱を帯びていく。最初はただ緊張の吐息だったものが、少しずつ別の色を含み始めている。その変化を唇で直接感じ取るたび、旅人の胸の奥で何かが熱く疼いた。
長い口づけだった。角度を変え、唇を重ね直し、また舌を絡める。その繰り返しが、月光の縞模様の上でいつまでも続いていくかのように思えた。時間の感覚が溶けていく。ただ互いの体温と鼓動だけが、この空間に確かに存在している。
唇が離れた時、銀色の唾液の糸が二人の間で揺れて、そして切れた。綾華の頬は桜色に染まり、唇は濡れて艶やかに光っている。薄いシルバーブルーの瞳が潤んでいて、焦点を取り戻すまでに数度の瞬きが必要だった。
「ふ……っ」
綾華が小さく息を吐いた。その声には、長い間待ちわびていたものがようやく手に入ったかのような、深い安堵の響きがあった。
「空さん……」
名前を呼ぶ声が、震えていた。けれどそれは不安の震えではなかった。掌の中の華奢な肩が、微かに、けれど確かに力を抜いて旅人に預けられていく。その信頼の重みが、腕の中に温かく沈んでいった。
月光が畳の上に描く白い縞模様の中に、二つの影がゆっくりと沈んでいく。
布団の布地がさらりと音を立てて二人の体重を受け止めた。
「……ぁ」
唇を離した瞬間、綾華の口元から微かに寂しそうな音が漏れた。それはあまりにも小さな、言葉にも吐息にもつかない声だった。けれど旅人の耳はそれを確かに捉えた。
──可愛い。
微笑みが自然と口元に浮かんだ。唇の端に滲んだ笑みを見た綾華が、はっとしたように視線を逸らす。頬の桜色が一段と濃くなり、耳の端まで朱に染まっていく。心の中を見透かされたと気づいたのだろう。白い指先が浴衣の裾をきつく握りしめる仕草が、何よりも雄弁に彼女の動揺を物語っていた。
旅人の手が、綾華の腰元へと伸びた。浴衣の帯に指をかけ、ゆっくりと──本当にゆっくりと、結び目を解いていく。綾華の視線がその手元へと落ちた。帯の布地がするりと滑り落ち、結び目がほどける音が寝室の静寂に小さく響いた。そこから覗いた一筋の白い肌が月光を受けて青白く光る。旅人の指先がその肌に触れた。
「──っ」
綾華の腹部がびくりと跳ねた。柔らかい肌の下で筋肉が反射的に収縮するのが掌越しに伝わった。熱がある。布地に覆われていた部分は湯気を孕んでいるかのように温かかった。旅人の手はそのままゆっくりと上へと這い上がる。肋骨の隆起を一枚一枚数えるように丁寧に、指の腹でなぞりながら。
「あっ……」
浴衣の襟が肩から滑り落ちていく。露わになった鎖骨のラインが月光の下で白磁のように滑らかだった。その下の肌は、どこも傷ひとつなく、雪原のように白く、そして微かに熱を帯びていた。旅人の手が胸元を覆う布地を左右へと分け開いていくと、綾華の白い肌が次第に広がっていった。月光と影の境界線がその肌の上をゆっくりと移動していく。
「空さん…」
声が震えていた。薄いシルバーブルーの瞳が、旅人の顔と自分の露わになった肌とを落ち着かなく行き来している。腕を交差させて隠そうとする衝動と、見せたいという奥底にある願いとが、彼女の中でせめぎ合っているのが分かった。その葛藤が、喉仏の上下する小さな動きから読み取れた。
「綾華、大丈夫」
短くそう告げて、旅人は綾華の肩に触れた。指先が鎖骨の窪みを辿り、ゆっくりとその線をなぞる。華奢な骨の感触が指に伝わった。触れられるたびに微かに震える身体が、けれど決して逃げようとはしない。その強さが、今はただ愛おしかった。
「んっ…」
指先が膨らみの縁を掠めた時、綾華の背中がわずかに浮いた。布団に沈んでいた肩が微かに持ち上がり、そしてまた静かに落ちる。その動きが、拒絶ではなく別の何か──未知の感覚に戸惑う反応であることを旅人は知っていた。
浴衣の布地が左右に開かれ、綾華の上半身が月光の下に露わになった。白い肌が青白く光り、その中心に淡い色の頂が月光を弾いていた。呼吸に合わせて微かに上下するその姿は、静謐で、けれどこそりと息を呑むほど美しかった。
旅人は顔を近づけ、まず綾華の鎖骨に唇を触れた。
「ひっ…!」
鋭い吐息が漏れた。肌に触れる唇の温もりが、予想していなかった刺激だったのだろう。綾華の指が布団をきつく握りしめるのが視界の端に見えた。旅人は構わず、唇で鎖骨から肩へとゆっくりと移動していく。触れるだけの、確かめるような口づけ。それを肌の上に何度も落とした。
──温かい。
掌で触れるのとは違う温度が唇から伝わってくる。綾華の体温が、唇を通して旅人の奥へと流れ込んでいくようだった。微かに震える肌の震えが、唇越しに直接伝わってくる。その震えが少しずつ、確かに小さくなっていくのを感じ取った。
唇が下へと移動する。胸元の膨らみの曲線をなぞるように、ゆっくりと。綾華の呼吸が浅くなり、吐息が微かに熱を帯び始めた。
「あっ…そこ…」
膨らみの頂に唇が触れた瞬間、綾華の腰が微かに浮いた。感度が高いのか、それとも初めて触れられる感覚に戸惑っているのか。そのどちらともつかない反応が、逆に愛おしさを募らせた。旅人は舌先でその頂を優しくなぞった。
「んっ…ぁっ…!」
綾華の背中が弓なりに反った。布団に沈んでいた身体が一瞬だけ浮き、そして落ちる。その衝撃で薄いブルーの髪が散らばり、月光の上に扇のように広がった。長い睫毛が震え、薄いシルバーブルーの瞳が虚空をさまよう。
「そ、そんな…! あっ…だ、だめ……」
この反応は、誰よりも初々しかった。今まで旅人が触れてきた誰よりも純粋で、誰よりも無防備で、そして誰よりも敏感だった。武家の姫君としての研ぎ澄まされた自制心が、肌に触れられるだけで崩れ落ちていく。その様子がひどく美しくて、ひどく愛おしかった。
舌の腹で頂を転がすように優しく弄ぶ。口内に含み、舌先で円を描くように撫で回す。すると綾華の喉から、言葉にならない甘い声が次々と漏れ始めた。
「あっ…んっ…空さ…ん…っ」
名前を呼ぶ声が、次第に甘く溶けていく。
白い指が旅人の髪に伸び、触れようとして、躊躇い、そしてまた布団に戻る。その行き来が、彼女の戸惑いをそのまま映し出していた。触れていいのか。声を出していいのか。快楽に身を委ねていいのか。全てが初めてで、全てが分からない。その迷いが指先の動きに現れていた。
旅人は唇を離さず、もう片方の手で空いている方の膨らみを掌で包み込んだ。指が沈み込む柔らかさ。布団を握りしめていた綾華の手が、一瞬だけ強張り──そしてゆっくりと力が抜けていった。
「んむっ…ぁ…そこ…だめ…っ」
言葉は拒絶ではない。ただ未知の感覚に戸惑う声だ。旅人は唇で頂を優しく吸い上げながら、掌の中の柔肌をゆっくりと揉みしだいた。指の間で形を変え、弾力を取り戻してはまた指に押し返してくる。その感触が指先から腕を伝い、胸の奥へと流れ込んでいく。
綾華の呼吸はもう明らかに変わっていた。浅く速く、そして微かに熱を帯び始めている。鼻から抜ける吐息が、甘い響きを含み始めていた。
「空さん…あたし…なんだか…変…っ」
掠れた声でそう告げる綾華の瞳は、潤んで焦点が定まらない。その瞳の揺らぎが、快感という名の波が彼女の内側で静かに広がり始めたことを告げていた。
「大丈夫。変じゃないよ」
旅人の声は低く、穏やかだった。唇を一時離し、綾華の顔を見つめる。薄いシルバーブルーの瞳が潤んだまま旅人を見つめ返す。その瞳に浮かんでいるのは不安と、けれどそれ以上の──まだ言葉を持たない未知の感覚への戸惑いだった。
「触れられて、気持ちいいのは変じゃない。綾華の体がそう感じてるだけだよ」
優しく告げて、もう一度唇を寄せる。今度は左の頂に。舌先でゆっくりと円を描きながら、右手で右の膨らみを掌の中で優しく形を変えていく。二つの刺激が同時に綾華の身体を走り抜けた。
「ひっ…ぁっ! 空さ…ん…っ!」
綾華の腰が布団の上で微かに揺れた。無意識の動きだった。自分の身体が何を求めているのか、まだ彼女自身も分かっていない。その無垢な反応が、逆に旅人の背骨を甘く痺れさせた。
唇を離し、旅人は一度綾華の顔を見下ろした。頬は桜色に染まり、唇は濡れて艶やかに光り、瞳は潤んでとろりと溶け出している。薄いブルーの髪が汗で頬に張り付き、白い首筋が微かに紅潮していた。その姿は、白鷺の姫君と呼ばれる完璧な姫君の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。
──綺麗だ。
その一言が胸の底から湧き上がった。言葉にせずとも、視線がその想いを全て語っていた。綾華はその視線を受けて、一瞬だけ瞳を伏せ──そしてまた開いた。その瞳にはもう、先ほどまでの迷いはなかった。あるのはただ、旅人を信じる静かな光だけだった。
旅人は唇を下へと移動させた。肋骨の隆起を一枚一枚丁寧になぞり、臍の窪みで一度止まる。綾華の腹部がきゅっと縮こまる感触が唇に伝わった。そして更に下へ。浴衣の裾が残る最後の布地へと手をかけた。
「あの…空さん…」
綾華の声が微かに上擦った。旅人の手が浴衣の裾に掛かっている。その先にあるものが何かを、綾華は無知であって無知ではない。教養としての知識はある。けれど知識と体験の間には、埋めがたい溝があった。
「綾華」
旅人は手を止めた。名前を呼んで、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「怖い?」
短い問いかけ。綾華は一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと開いた。
「…怖い、です。けれど」
言葉が途切れた。喉の奥で何かが詰まっている。それを飲み込むのに、一度の呼吸では足りなかった。
「…空さんが、教えてくれるなら」
その声は震えていた。けれど震えの中に、確かな芯があった。武家の姫君としての覚悟ではない。ただ一人の少女として、信じる人に全てを委ねる覚悟。その強さが、震える声の中に確かに宿っていた。
旅人は浴衣の裾をゆっくりと下へと滑らせた。白い太ももが月光の下に露わになる。肌はどこまでも白く、なめらかで、微かに熱を帯びていた。膝の小さな丸みが月光に照らされ、その先のふくらはぎの線が華奢に伸びている。
旅人の手が綾華の膝に触れた。ゆっくりと、優しく、左右に開くように誘導する。
「──っ」
綾華の太ももが微かに強張った。けれど旅人の手がそこに在り続けることで、その緊張は少しずつ解かれていった。膝がゆっくりと開かれ、その奥にあるものが月光の下に晒される。
下着はない。ただ白い肌だけがある。その中心に、淡い花弁がひっそりと閉じている。すでに微かに熱を帯び、ほんのりと紅潮しているのが分かった。
「…見ない、で…ください」
綾華の声が消え入りそうだった。腕で顔を覆い、指の隙間から潤んだ瞳が旅人を覗いている。その頬はもう桜色を通り越して、夕焼けに染まった雪原のように赤い。
「とても綺麗だよ、綾華」
旅人の声は静かだった。飾り気のない、真っ直ぐな言葉。
それが綾華の腕の隙間を通り抜け、震える鼓膜に届いた。
賢者タイムで読み切った人へ。どんな部分が癖に刺さりました?
もし、こんなシチュエーションで子作りしてる女の子の姿が見たいというのがあれば全部読んだ詳しい感想と一緒により詳しく書いてあったら、
もしかしたら参考にするかもしれない。
でも感想とかよりお気に入りにしてくれる方が嬉しいので、感想が面倒な人は、お気に入りにしてくれると嬉しいです。
ちなみに!
生まれてくる子供の名前は一切合切これっぽっちも決まっておりません!!
基本的に今後も生まれてくる子は全員ある程度決まってます。
以下その設定。
↓
性別:容姿:髪色:成長後の性格:全部母親似
瞳の色:旅人似(金色)
名前:【未定】
感想と一緒に「誰」との子は「 」と名前候補を残してくれると非常に助かる。
綾華の初体験を丁寧にやってたら三万超えちゃった。から分けます。
ハーレムに追加したい子、理由があやふやで困ってる。でもシチュエーションでどうにかできるかもって子。どれがいい?
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カチーナ(ムアラニによって巻き込まれ)
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エスコフィエ(フリーナ様の為に!)
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雲菫(やっぱダンサーはコンプ?)
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藍硯(無自覚恋心ゼロ距離スキンシップ)
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リンネア(旅人と幸せ子沢山家族未来予知)