ガラテア家は貴族の中でも裕福な方ではなかった。でも屋敷には使用人もいて、幼い頃から身の回りのことはやってもらっていた。
バーニーの両親は住み込みの使用人だった。だからバーニーのことは物心ついた頃から知っている。一緒に屋敷で暮らしていたわけではない。彼らにとって屋敷は仕事場であり、納屋だった狭い小屋を与えられて住んでいた。小屋の中は見たことはない。とても3人も住んでいるとは思えなかった。私の部屋よりずっと狭いから。
周囲の接し方を見て、貴族と使用人の立場の違いも幼いながらもわかっていた。
同じ歳でもバーニーは私の部屋の掃除や洗濯、お風呂の準備、おもちゃの片付け、身の回りのことは何でもやってくれた。いつも側にいたけど、必要な会話以外はすることもなかった。
ある日、夜中に目が覚めてトイレに向かった。部屋に戻る途中、チャプチャプと音がして、こんな夜中になんだろうと思って音がする作業場を覗いた。
窓から差し込む月明かりで、ただの作業場なのに幻想的にも思えた。そこにはバーニーが服を手洗いしているのが見えた。私がトマトソースで汚してしまった服だ。お気に入りだから綺麗にしてと渡した。ただでさえ真冬のファーガスは寒さが厳しい。夜中は特に。水は氷と変わらない冷たさだろう。それを素手で洗っている。それなのにバーニーの表情に悲壮感はなかった。使用人だから平気なのかな、そのくらいの関心しか持てず、部屋に戻った。
いつも一緒に遊んでいた友達は3人いたが、ある日突然無視されるようになった。そして聞こえるように悪口を言われ、耐えられなくなって部屋に引きこもった。
私が何をしたの?なんで無視されるのかわからなかった。ただ辛くて寂しくて涙が止まらなかった。貴族として、紋章持ちとして胸を張って生きるよう育てられていたこともあり、いじめられたなんて誰にも言えなかった。
風邪をひいたと言って部屋から出なかったことで、バーニーが食事を運んでくれた。でも荒れていた私は食器を床に打ちつけて割ってしまった。そして再び布団を被った。食器はなかなか買えないから丁寧に扱うよう父に言われていたのを思い出した。父は使い古した食器を使っており、私には新しい食器を使わせていた。バーニーが割れた破片を拾って片付ける音まで自分を責めているように聞こえた。
次の日、掃除に来たバーニーの顔にアザができているのに気づいた。自分が食器を割ってしまったと言って父から折檻されたと兄から聞いた。何でそんな嘘を言うのか。嘘をつくからそんな目に遭ったのだ。庇って欲しいなんて頼んでない。私が割っても父は怒らないから。
その日は足音がいつもと違った。普段聞いているからすぐにわかる。部屋に入ってきたバーニーは片足を引きずっていた。左腕には包帯が巻かれている。左眼に眼帯をしているが、右眼の周りも黒いアザになっていた。手当が中途半端なことも気になった。いくらなんでも酷い怪我だ。
「どうしたの?」
「こ、転んだだけです。そんなことより、お嬢様。お友達がいらっしゃいました。」
えっ?ほ、本当に?
その友達は誰なのか、何人なのか、どういう用事なのか、頭の中が限界まで回転したけどわかるわけがない。スリッパも履かずにエントランスに向かって駆け出した。
「イングリット!今日は山に探検に行こう!」
友達は本当に来ていた。いつもの3人。この世の終わりのような気持ちだったのが、嵐が去った後の空のように晴れあがった。
なぜ無視してきたのか。そしてなぜ戻ってきたのか。私は聞かなかったし、友達も触れなかった。ただ、今までどおり仲良く遊ぶことができるだけでよかった。謝って貰わなくても。そして、バーニーが大怪我していたことも忘れていった。