貴族だから自分が選んだ人とは結婚できないことはわかっていた。相手は父が決めるものだと。でもその相手がグレンだと聞いた時、私の心は湧き立った。あまり喋ったことはなかったけど、フェリクスの兄だから幼い頃から知っていた。そして憧れていた。
友人達からも祝福され、オシャレや美容に興味を持つようになった。友人が選んでくれたスカートやショートパンツは丈がかなり短く、大胆に脚を出すなら綺麗にしなければと思った。高価な美脚クリームを買ってもらったのに、日々の美脚ケアは自分でやっても続かず、バーニーにお願いした。幼い頃は一緒にお風呂に入って身体を洗ってもらっていたこともあって、異性という意識もなく、身体に触れることに抵抗はなかった。勉強したり本を読んだりしている間に美脚ケアも終わるため、努力せずとも「脚がキレイ」と周囲に褒められるようになった。友人からファッションの他にメイクやネイルも教えてもらったものの、苦手なもので自分ではできず、これもバーニーにお願いした。自分の容姿に無頓着だった私が、女子力が高い女の子に変貌するのにあまり時間はかからなかった。
貴族社会では儀式や行事も多い。この日はファーガス神聖王国の建国記念日の式典があった。
許嫁となって初めてグレンと顔を合わせる機会になる。早朝からバーニーにメイク等の身支度をしてもらい、衣装はどれにしようかギリギリまで悩んで決めた。
宮殿に到着して先に会ったシルヴァンには冷やかされた。
「えっ?イングリット?今日は結婚式じゃないぞ?」
「わかってるわよ!うるさいわね!」
花嫁に見えるということ?それなら成功じゃない。他人にどう見られるか不安だったから、シルヴァンの軽口も悪くない。
控室に入ると、ロドリグ殿とその息子であるグレンがいた。いよいよ対面だ。父はロドリグ殿と話しながら部屋を出て行き、残されたグレンと私は言葉を探しながら沈黙が続いた。
「親同士が勝手に決めたことだけど、俺、なんて言ったらいいか。」
グレンの顔は真っ赤になっていた。いつも訓練で相手を打ち負かしている猛々しい姿を見ていたから、動揺している姿に親近感が湧いた。
「私も、です。」
言葉が続かない。会話もろくにできないまま、式典が始まってしまった。
式典は親の付き添いで連れてこられた子供達は参加しないため、退屈な時間だった。
そこでグレンの呼びかけで騎士役が盗賊役を捕まえる遊びが始まった。
私は盗賊役。捕まるなら騎士役のグレンに捕まりたかった。必死で走って、振り返ると追いかけてきたフェリクスが諦めて戻っていくのが見えた。
グレンはどこだろう。来ないならこちらから近づいてしまうおうか。
「お嬢様!!逃げて!早く!!」
声の主がバーニーなのはすぐにわかった。ただ今まで聞いたことのない大声だ。
大きな狼に右腕を噛まれて出血しているのが見えた。あれは魔獣。私は恐ろしくなって半狂乱になりながら必死で走った。
異変に気づいたのか、グレンがディミトリ達を連れてバーニーがいた方向に走っていくのが見えた。私も戻って近くで見守った。
グレン達は木の枝を武器に集団で狼を取り囲んだが、なかなか手が出せない。狼はバーニーの腕を噛んだまま周囲を睨みつけて威嚇している。相手は魔獣。木の枝では束になっても勝ち目はない。あの太くて長い尻尾が振り回されたらみんな死んでしまう。思わず「早く逃げて!」と叫んでしまった。するとグレンが合図を出して全員が一斉に攻撃した。袋叩きにあった狼は驚いた様子でバーニーの腕を離して森の方に逃げていった。
グレンはすぐに着ていた儀式用のシャツの袖を破ってバーニーの腕の止血をした。こんな酷い出血を見たのは初めてで、自分は怖くて何もできなかった。
「お、お嬢様は・・・」
バーニーは満身創痍でも私のことを心配してくれていた。
「お前が逃してくれたから無事だ。見ない顔だが、名前は?どこの子だ?これほどの勇者は見たことがない。イングリットを守ってくれてありがとう。俺の役目だったのに申し訳ない。」
「いえ、私が悪いのです!こんな外れまで来てしまったから。その子はバーニー。うちの使用人です。」
自分のことではないけど、誇らしく思った。
バーニーは痛みで会話はできそうもない様子だった。
「使用人?腕を噛ませてイングリットが逃げる時間を稼いでくれた。腕を食いちぎられたり、喰われていたかもしれん。俺達は集団で追い払ったが、お前は1人でイングリットを守ったんだ。まさに騎士の魂を持つ男。俺もお前のようになりたい。1人でも、相手が強大でも、自分を犠牲にしてでも大事な人を守れるように。」
グレンはすっかりバーニーを気に入り、父の承諾を得て稽古をつけるようになった。許嫁の私に会いにくるという口実だったのに、バーニーばっかりで嫉妬してしまった。
バーニーはグレンの剣を受けてひたすら防御の腕を上げていった。どちらかが勝ったりしないので、見ていて退屈なものだった。
それからまもなくダスカーの悲劇が起こった。
いろんなことが起こり過ぎて夢なのか現実なのかわからなくなっていた。平凡な毎日に物足りなさを感じていたのに、それがいかにかけがいのないものか思い知らされた。
私は生まれて初めて大切な人を失い、ベッドの上から動けないほど悲嘆に暮れた。今はベッドから見える範囲が私の世界。動くものはバーニーだけだ。洗濯物を畳んでいる。次はほうきが見えた。バーニーだって悲しいはずなのに。どうして平然としていられるのだろう。初めて自分を認めてくれた人でしょ?それなのに私を気遣ってばかり。