まさか一緒に士官学校に入学することになるとは思っていなかった。バーニーの両親は失踪しており、残った彼を追い出したかったのが本当の理由らしい。
入学してしばらくして、ドロテアからバーニーと交際したいと相談があった。最初は耳を疑った。バーニーは士官学校に入っても見た目は使用人であり、全くモテるタイプではない。帝国の歌姫として頂点を極めたドロテアと釣り合うわけがない。私が許可することではないと言ったものの、ドロテアが納得するはずもなく、構わないと答えた。
ドロテアは恋多き女。騎士や修道士、街で出会った男、いろんな男と会っていたようだ。百戦錬磨のドロテアにかかれば、生徒同士の清い交際では済まない。すぐに深い仲になることは予想できる。バーニーが誰と交際しようが関係ない。理性ではそう判断する。でも・・・
2人は堂々といちゃついたりはしていないものの、ドロテアとバーニーの交際は瞬く間に大修道院中に広まった。
使用人だったことで皆から格下に見られていたバーニーが、一転して一目置かれる存在になった。神秘の歌姫から選ばれたのだ。女子からの評判も高くなり、バーニーのモテ期が到来した。ドロテアが選んだからいい男なのか?バーニーは前から何も変わっていないのに。
他のクラスの女子達と一緒にいたバーニーが私に気づいて走ってきた。
「あっ、イングリット。今日は帰りが遅くなる。」
「もう言わなくていいから。」
理由がドロテアとの逢瀬であろうことは顔に書いてある。言う必要はない。特に決めていたわけではないが、お互いに帰りが遅くなる日は伝えていた。
士官学校に入学してからは自分のことは自分でやるようになったが、バーニーは何かと世話を焼いてくれていた。クリーニングに出してあった衣装や手紙、荷物を持ってきてくれたり、授業の準備を手伝ってくれたりと使用人時代と変わらない気遣いをしてくれる。でもドロテアと付き合うようになってからはそれも減っていった。元々自分でやるべきことだったが、何とも言えない寂しさを感じた。バーニーもドロテアも悪くない。何も考えないように訓練に没頭した。
翌朝、いつもより遅い起床だった。講義の前に訓練場で汗を流す時間もない。疲れていたのだろう。帰ってきたことも覚えていない。掃除に洗濯、講義の準備、やるべきことが溜まっていた。ひとまず着替えて部屋を出るとバーニーが待っていた。
「イングリット、おはよう。今日は中庭で・・・」
「1人で行くから。」
朝からドロテアの匂いがして反射的にバーニーを避けた。なんかおかしい。頭の中がグシャグシャで整理できない。薬をもらおう。足早に医務室に向かった。
扉は開け放たれており、中からマヌエラ先生の声が聞こえてきた。
「お薬出すの、最後にしてね。もう何回目?」
「以後気をつけます。そんなことより先輩・・・」
ドロテアだ。何やら小声で話している。深刻な様子だ。薬は諦めて中庭に向かった。今はドロテアとも顔を合わせたくない。ちょっと疲れているだけだろう。
立ち寄った大広間でも噂話が聞こえてきた。
ドロテアとバーニーがお互いにキスマークを付けているとか、宿場に入っていくのを見たとか。なんでこんなに噂好きばかりなのだろう。とはいえ私も頭の中は2人のことばかりだった。
「ちょっとグリットちゃん!やっと見つかった!ちょっと来て!」
教室に向かう途中でドロテアに捕まった。周囲に誰もいないところまで来ると、険しい視線を向けられた。
「バーニー君の身体、鞭で打たれた後が無数にあったわ。誰がやったの?」
「・・・初めて聞いたわ。バーニーの裸、見たことないから。」
ドロテアの目を見て話せなかった。これでは何か隠していると思われるだろう。本当に誰がやったのかは知らない。知ろうとしなかった、というのが正しい。貴族の屋敷で使用人が折檻をされることは珍しいことではなかった。でもそんなことはとても言えない。厳しい追及を受けるかと思ったが、すすり泣く声が聞こえてきた。
「母を亡くして路上生活をしていた頃、同じ境遇の子はみんな身体中傷だらけだった。私も例外なく。貴族からの理不尽な暴力で命を落とした子も少なくなかった。バーニー君の身体を見て思い出して、つい感情的になってしまったわ。でもバーニー君にこんな酷い仕打ちをした奴は絶対許さないから。グリットちゃん、話せるようになったらいつでも教えてね。」
そう言ってドロテアは去って行った。
何も言えなかった。そしてドロテアは私が知っていることに気づいても追及しなかった。本当はバーニーから誰に鞭で打たれたか聞いていたのかもしれない。勝ち負けではないけど私は完全に負けていた。バーニーがドロテアに何を話したのか、ガラテア家での生活を誰かに話してしまうのではないかと不安になってきた。ここでは貴族も平民もない。あまりに酷いと誰もがバーニー目線で考えるだろう。ガラテア家は使用人を虐待していると広まれば、教団の調査が入り処罰は免れない。そしてガラテア家を継ぐことになるかもしれない私はどうなる?そうやっていつも自分のことばかり考えてしまうのは貴族の病だろうか。本当に嫌になる。
バーニーに会うといつもドロテアの匂いがした。でもドロテアにはバーニーの匂いがしない。なぜだろう。ちょうどメルセデスとアネットがそのカップルの話をしていたので、匂いの疑問をぶつけてみた。答えは明確だった。ドロテアは香水を使っている。グレンが亡くなってから、女子らしいことに疎くなっていたことを再認識した。メルセデスから使っていない香水を譲り受けて自分の香りを纏うようになった。早速シルヴァンにからかわれたけど、こういう変化があると恋をしているとかすぐに変な噂が立つ。大修道院のそういうところは嫌い。
バーニーは元々精神的に不安定なところがあり、この日は授業中に「死にたい、死なせてくれ!」と泣きながら教室内をうろつき始めた。原因はわかっている。だから私が責任を取らなけばならない。授業の妨げになるためバーニーを教室から連れ出した。
行き先は医務室、ではなく自室。私は衝動的にバーニーを抱きしめた。顔に胸を押し付ける形になったのはわざとではない。胸の大きさはドロテアに勝っている。同じことをやっているはずだから、バーニーもそれがわかるだろう。
誰と付き合おうが関係ないといくら自分に言い聞かせても、心の奥底ではバーニーは自分のものだった。ベッドの上で両腕両脚を絡ませて抱きしめると、次第にバーニーの嗚咽が収まっていった。
「こうすれば気持ちが落ち着くでしょ?」
「お嬢様、申し訳ありません。俺・・・」
子供の頃からバーニーが自分に好意を持っていることに気づいていた。ベッドの上でこんなにくっついたら変な方向に向かっていくのが普通だろう。私達の関係ではそうならないとお互いにわかっていた。
全身でくっついたからバーニーにしっかりと香水の匂いがついたはず。これでは野生動物のマーキングだ。ドロテアに対する当てつけみたいなことをして、自分がどうしたいのかわからなくなってきた。