戦術の講義は、教本主体ではなく実戦経験に基づいた話になるのでよく聞いてくれる。騎士団を率いる実戦が増えるにつれて指揮の必要性を感じているのだ。
自分の声だけが響いていた厳かな石畳の空間に突然悲鳴が上がった。
泣き声の主はわかっている。中段右側に座っているバーニーだ。精神的に不安定なことはみんな知っており、ざわつくこともない。頭を上下左右に振りながら教室内をうろつき泣きわめく。構わず講義を続けていると、いつものようにそっとイングリットがバーニーを連れて教室を出て行った。
この日は講義後の質問も少なく、早めに切り上げることができたため、急いでイングリットの部屋に向かった。ノックすると中から「どうぞ」と声がした。
ドアを開けるとすぐに2人がベッドの上で抱き合っているのが見えて反射的に顔を背けた。
「暴れるから押さえつけているだけです。もうすぐ泣き止むと思います。いつもこうして気持ちを落ち着かせているのです。」
イングリットは冷静な口調で言った。
凄惨な戦場でも品性を保っているイングリットが、巨大なバストにバーニーの顔を埋め、短いスカートをはいたまま両脚で身体を挟んでいる。めくり上がったスカートを直しても丈が短いためショーツが見えたままだ。
これでは恋人同士にしか見えない。でも2人は付き合ってはいない。貴族と平民。主人と使用人。幼馴染。2人の関係性は聞いているが、当人しかわからないだろう。バーニーは騎士になってイングリットを一生涯かけて守り抜くと言っていた。そしてイングリットは王家の騎士になるのが夢。恋愛とは無縁の世界だ。
いつも任せてしまって申し訳ない気持ちになるが、今回も自分にできることはなさそうだ。イングリットに任せて部屋を後にした。
教団の仕事の帰りに通りかかった商店で揉め事のような声が聞こえた。揉め事自体は珍しくないが、声のする方向を見た瞬間、緊張が走った。
「クソっ!大人しくしろっ!盗んだものを出せっ!」
店主に捕まっているのがすぐにバーニーだとわかり、駆け出した。
「その子の担任のベレスといいます。事情を聞きますので、まずは離してもらえますか?」
そのくらいでは2人とも揉み合い止めなかった。バーニーが棚にぶつかっていくつか商品が床に落ちて割れてしまった。とにかく止めないと。やむを得ず2人の腕を掴んだ。
「いてててっ!!何しやがる!悪いのはこいつだぞ!わかったから離せ!」
手加減しないと折れてしまう。すぐに手を離した。
バーニーが店から盗んだのは農薬だった。小瓶に入った深緑色の液体。今回が2回目。1回目も同じ農薬を盗んでいたが、店主の温情で厳重注意で帰したという。
「貴重な農薬なんだぞ?2度目はないと言ったのに!もう許さんぞ!士官学校の生徒だから立ち直ってくれると思ったのに!セイロス騎士を呼ぶぞ!レア様に厳しい処分をお願いする!」
興奮状態の店主は肩で息をしながらまくし立てる。
「店主が言ってることで、間違いはない?」
バーニーはうなだれたまま頭を上下に振る。
事実関係は確認できた。この様子では謝って代金を払ったくらいでは収まりそうもない。どうしたものか。
あっ!まずは割れた瓶を片付けないと。
「いいよ、こっちでやるから。その農薬は素手で触れないぞ。」
「生徒がやったことですから。」
もちろん本人にやらせるべきだが、そんな状態ではない。手袋を借りて瓶の欠片を1つづつ拾い、店主が持っている袋に入れていった。
「あんた、教師にしては随分薄着だな。」
作業中にバストや下半身に店主の視線を感じた。ずっと見ている。踊り子の衣装ではバストに布一枚巻いてあるだけ。バストの面積の半分も覆われていない。そして少し屈むだけで深い谷間も見えてしまう。そして脚の露出度も高く、布が揺れるだけでショーツが見える。
店主はこの姿を至近距離で見ただけで下半身が膨らんでいた。
「これで全部だな。ありがとう。ところであんた、もしかして大樹の節に着任した先生か?教団から急ぎで制服の発注があって、納入したら胸のボタンが締まらないってクレームがあったんだ。オーダーどおり、バストが1番大きいサイズにしたのに入らないなんて、どんな爆乳かと思ったよ。それで教団から急遽踊り子の服を支給したって聞いた。」
「それ、私です。」
わざとらしくバストを手で覆った。
「そのおっぱいは想定外だった。あらためて制服は仕立て直すよ。奥の部屋でおっぱいのサイズを測るから、布を外して。」
「それはちょっと・・・布の上から測れないですか?」
「正しいサイズの制服を届けるのは、教団からのクレーム対応なんだ。うちの信用に関わる。先生のおっぱいは前代未聞の大きさだ。正確に測るにはナマのおっぱいで測る必要がある。教団の紋章検査は受けたんだろ?アレと一緒だと思えばいい。」
新任教師はもちろん、士官学校の生徒も含め教団に所属する場合は紋章検査を求められる。自分の紋章について知ることができる機会になるが、裸になる必要がある。拒否できるが、怪しまれたり目をつけられたりと不利益が見込まれるので、実際に拒否した者は聞いたことがない。
「先生、すぐ終わるから。」
再度、奥の部屋に招かれた。
そう、紋章検査と同じ。制服を仕立てるためにバストのサイズを測るだけ。この場では納得するしかない。
計測はすぐに終わらず、奥の部屋から出てくるまでに随分時間がかかった。
「おい小僧!今日のところは先生に免じて帰っていい。本当に次はないからな!」
バーニー?周囲を見てもいない。どこ行ったの?
ガシャン!ガシャン!と何かが割れる音がした。続いて建物を解体する時のような大きな音がして壁が揺れた。まさか。
店主が奥に向かって走ると、後に続いた。
「バーニー!やめなさいっ!」
バーニーが大きなハンマーを振り回して商品をことごとく破壊していた。既に高そうな壺や茶器が割れて床に散乱していた。絵画は裂かれ、女神像は首が折れて胴体と離れて落ちている。
バーニーは何かに取り憑かれたかのようにハンマーを振り回している。そこに店主がタイミングよくハンマーを避けてバーニーに飛びかかった。
「うわっ!!やめろっ!!」
バーニーと揉み合いになった店主が投げ飛ばされた。壁を打ち抜いて店の外まで飛んでいった。さすがうちの生徒。なんて思ってはダメだ。すぐにバーニーを取り押さえないと。
ハンマーで手当たり次第破壊するバーニーを制圧するには、店内だからという遠慮などできなかった。天帝の剣をバーニーに向けて抜いた。
やっとのことでバーニーからハンマーを取り上げて制圧した時には、店内は襲撃にあった後のような状態になっていた。バーニーより自分の方が壊したかもしれない。
「いい加減にしなさいっ!!」
まだ暴れるバーニーに平手打ちをすると、正気に戻ったようだ。その場で崩れ落ちた。
「ごめんなさい・・・」
一体どうすれば。
途方に暮れている場合ではない。先ほど投げ飛ばされた店主が中に入ってきた。腕を押さえている。怪我をしている様子だ。額と禿げた頭に数ヶ所の出血がみられる。
「どうしてくれるんだ!!」
突然の大きな声に驚いたようで、バーニーは外に向かって走って行ってしまった。追いかけようとしたら腕を掴まれた。
「おっと、先生まで逃すわけにはいかん。」
「わかっています。」