(なんで俺はこんなことになってるんだろう)
八月の炎天下。目の前に広がるのはエメラルドグリーンの海と、白い砂浜。そして無数の海水浴客。
その中で俺、白石誠冬は、一人の女子と向き合っていた。
「白石くん、これ……変じゃないですか?」
雪澤柊佳は不安そうに自分の水着を見下ろしている。白を基調にしたシンプルなビキニ。でもその布地は、彼女の圧倒的なボリュームを隠しきれていなかった。
(変どころか、めちゃくちゃエロいんだが……!)
俺は心の中で絶叫した。
ことの始まりは三日前。
「海?」
放課後の教室で、柊佳が突然そんなことを言い出した。
「はい。彼女として、一度は彼氏と海に行くべきかなって」
あの日から二か月。俺と柊佳の関係は、周囲が呆れるほどのバカップルぶりを見せていた。毎日一緒に登下校し、昼休みは手作り弁当を食べ放課後はどちらかの家で勉強(と称したイチャイチャ)をする。
「罰ゲームで付き合い始めたんだろ? なんでそんなラブラブなんだよ」
男友達にそうツッコまれることも増えた。
「うるせえ。今はガチだ」
俺がそう返すと、友達はあきれ顔で笑った。
でも本当に、今はガチだった。柊佳と過ごす時間が俺の中でどんどん大きな割合を占めていく。あの陰気なパーカー姿からは想像もつかなかったけど、彼女は驚くほど愛情深くて一途で、そして時々小悪魔みたいな一面も見せる。
「で、海ってどこの?」
「えっと……ちょっと遠いですけど、人があんまりいないところがいいかなって」
柊佳はスマホで検索しながら言った。
「人が多いと……その……恥ずかしいので」
「水着が?」
「はい。私、スタイルに自信ないし……」
(未だにそれ言うか)
あれだけ肌を重ねてもなお、柊佳の自己評価は相変わらず低かった。むしろ、付き合い始めてから余計に気にするようになった気がする。
「私みたいなのが彼女で、白石くん恥ずかしくないですか」
「は? むしろ自慢の彼女だわ」
「そ、そんなこと言って……」
「本当だって」
こんな会話を何度繰り返したかわからない。
とにかくそういうわけで俺たちは少しマイナーな海水浴場に来ていた。電車とバスを乗り継いで二時間。確かに人はまばらで、プライベートビーチ感がある。
「変じゃないですよね……?」
柊佳はまだもじもじしている。黒いビキニは彼女の白い肌によく映えていた。いつもパーカーで隠しているせいで真っ白な肌。でも今はその大部分が露出している。
(くびれえっぐ……そして胸が……)
Jカップの破壊力は水着になっても健在だった。むしろ普段より強調されている気がする。細い肩ひもが今にも切れそうで、見ているこっちがハラハラする。
「変じゃない。すごく……似合ってる」
「本当ですか? でもやっぱり私には過ぎた水着かも……パーカー着てきます」
「海でパーカーは逆に目立つからやめろ」
俺が止めると、柊佳はしぶしぶながらもパーカーを諦めた。
「じゃあ、海入りましょうか」
「おう」
手をつないで波打ち際へ。柊佳の手は少し震えていた。
「冷たい!」
「気持ちいいだろ」
「はい……でもなんか、白石くんと海に来るの夢みたいです」
「大げさだな」
「大げさじゃないです。私、去年まで誰かと海に来るなんて考えたこともなかったから」
そう言って微笑む柊佳の顔は、あの頃とは別人のように明るい。前髪も少しだけ短くなって、目元がよく見えるようになった。
「高校デビューできなかったけど、彼氏デビューはできました」
「何言ってんだよ」
「えへへ」
しばらく泳いだり砂浜で休んだり。スイカ割りをしようとしたらスイカを忘れてきたり。砂に埋め合ったり。そんな他愛ない時間が、やけに楽しかった。
「あの、白石くん」
「ん?」
「そろそろお昼にしませんか。お弁当作ってきました」
「まじか。ありがとう」
柊佳は大きなクーラーバッグから三段重ねのお重を取り出した。
「ちょっと作りすぎました……」
「ちょっとどころじゃねえなこれ」
からあげに卵焼き、ポテトサラダにサンドイッチそしてデザートのフルーツまで。どれも手が込んでいて美味そうだ。
「いただきます」
「どうぞ。あ、海苔がついてます」
柊佳が手を伸ばして俺の口元に触れる。その指先が、やけに色っぽく感じたのは気のせいだろうか。
「とれた?」
「はい」
そう言って、柊佳はその海苔を自分の口に入れた。
(今の間接キスじゃね?)
いや、そんなことは今さらか。直接のキスもそれ以上も、もう数えきれないほどしてるし。
「白石くん?」
「いや、なんでもない。美味いわこれ」
「よかった。朝早く起きて作った甲斐がありました」
柊佳のそういうところ。俺のために朝早く起きて、何時間もかけて料理して。それを当たり前のようにやってのける。
(ほんと、できた彼女だよな……)
しみじみ思いながらからあげを頬張る。
昼食の後、俺たちは少し離れた岩場の方へ散歩に行った。人がほとんどいない小さな入り江で、波の音だけが響いている。
「ここ、秘密の場所みたい」
「だな」
柊佳は岩に腰掛けて海を眺めている。その横顔が、やけに絵になって見えた。
(こいつ、やっぱり美人だよな……)
付き合い始めた頃は「陰キャ」だの「地味」だの言われていた柊佳。でも今は違う。クラスメイトたちも「雪澤さん最近かわいくなったよね」と言い始めている。
前髪を少し切って、服も少しずつ変えて。何より表情が明るくなった。笑うことが増えて、人と話すのも前よりできるようになった。
「白石くんのおかげです」
「俺は別に何も」
「ううん。白石くんが私を好きになってくれたから、私も自分を少しだけ好きになれました」
そう言って振り返った柊佳の目が、あまりにも真っ直ぐで。
気がつけば、俺は彼女にキスをしていた。
「んっ……」
「……悪い」
「なんで謝るんですか」
「いや、なんとなく」
柊佳はくすっと笑って、自分からもう一度キスをしてきた。今度は深く。舌が絡む。
「白石くん……」
「ここ、人いないよな」
「はい……たぶん」
柊佳の目がとろんと潤んでいく。その表情に、俺の理性はあっさりと吹き飛んだ。
「柊佳……」
「私……白石くんなら、どこでもいいです」
それが合図だった。
岩場の影になった場所に移動して、俺たちはお互いの水着をずらした。柊佳の白い肌が、太陽の下でまぶしく光る。
「誰か来ませんかね……」
「大丈夫だろ。もし来たら隠れる」
「白石くん、そういうとこ大胆ですよね」
「お前が誘ったんだろ」
「……否定できません」
柊佳は恥ずかしそうに笑いながら、俺の首に腕を回した。
波の音と、時々聞こえる遠くの笑い声。それ以外は俺たちだけの世界だった。
「白石くん……好き……」
「俺も……」
ゆっくりと、周囲を警戒しながらも確かめるように繋がっていく。
(青姦とか……俺もついにここまで来たか……)
そんなことを考えながらも身体は正直だった。柊佳の内部はいつも通り熱くて、俺を拒むどころか積極的に求めてくる。
「あっ……ああっ……白石くん……」
「声、抑えろって」
「だって……気持ちよくて……んんっ!」
自分の手で口を押さえる柊佳。その仕草が余計に興奮を煽る。
(やばい……外なのに気持ちよすぎる……)
開放的な環境のせいか、いつもより感度が増している気がした。柊佳も同じなのか、いつもより激しく俺を求めてくる。
「もっと……もっと……」
「柊佳……俺、もう……」
「いい……どこに出しても……」
「でも……」
「お願い……」
結局、俺はまた中に出してしまった。最近、避妊するタイミングを逃すことが増えている。お互いに。
「……出した」
「はい……白石くんの、感じます……」
荒い息を整えながら、俺たちはしばらく抱き合っていた。
「妊娠したらどうしますか」
「責任取る」
「またそれ」
「本当だって」
柊佳は俺の胸に顔を埋めて、小さく笑った。
「白石くんって、意外と責任感強いですよね」
「意外とってなんだよ」
「罰ゲームで告白した時は、もっと軽い人かと思ってました」
「……それは返す言葉もない」
俺が罰ゲームで告白したことは、もう二人の間では笑い話になっている。
「でも、あの罰ゲームがなかったら私白石くんと付き合えてなかったです」
「まあ……そうだな」
「だから、あの時の白石くんの友達には感謝してます」
「アイツら今度奢らせるわ」
そんなたわいもない会話をしながら、俺たちは水着を直して岩場を出た。
午後はまた普通に泳いで砂浜でアイスを食べて、貝殻を拾って。そんな一日を過ごした。
夕方、帰りの電車の中。
柊佳は疲れたのか、俺の肩にもたれて眠っている。その寝顔は無防備で、長いまつげが影を落としていた。
(かわいいな……)
素直にそう思う。付き合い始めた頃は「罰ゲームだから」と自分に言い聞かせていたのに、今はもうそんな言い訳は必要なかった。
(俺、柊佳のこと本気で好きになってる)
改めて自覚すると、胸が苦しくなる。これは罰ゲームの延長なんかじゃない。本物の恋だ。
(でも、最初は罰ゲームだったって事実は消えないよな……)
柊佳はもう気にしていないと言う。でも俺の中では、ずっと引っかかっている。この関係の始まりが「罰ゲーム」だったという事実が。
(いつか、ちゃんとやり直したい)
たとえば、もう一度告白するとか。今度は本気で。
「……白石くん」
柊佳が寝言で俺の名前を呼んだ。
「好き……白石くん……」
(くっ……!)
俺は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
(かわいすぎるだろこの彼女……!)
そして同時に、自分がどれほど柊佳に救われているかも実感する。
柊佳と付き合う前の俺は、ただの平凡な男子高校生だった。特に目標もなく、友達とだらだら過ごして。でも今は違う。
(柊佳を幸せにしたい。そのために、ちゃんとした大人になろう)
そんなことを考え始めている自分に驚く。
「ん……ここどこですか」
「まだ電車。もう少しで着くよ」
「そっか……白石くんの肩、借りちゃってすみません」
「別にいいよ。お前の寝顔見てたら暇つぶしになったし」
「見てたんですか!? 恥ずかしい……」
柊佳は顔を真っ赤にして俯いた。
「そういえば白石くん」
「ん?」
「今日、本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ。また行こうな」
「はい!」
柊佳の笑顔が、夕日に照らされてキラキラ輝いている。
(俺この笑顔のために生きてるまであるな)
そんな大げさなことを本気で思った。
家に帰ってから、俺はスマホのアルバムを開いた。今日撮った写真の数々。海ではしゃぐ柊佳、スイカの代わりにスイカバーでポーズを取る柊佳、貝殻を拾って嬉しそうな柊佳。
(保存保存っと)
気がつけば俺のスマホは柊佳の写真で埋め尽くされていた。付き合う前の写真はほとんどない。あの頃は、写真を撮ろうなんて思わなかったから。
通知音が鳴る。
\\\\\\\\<雪澤柊佳: 今日は本当にありがとうございました。私にとって一生の思い出です。白石くんの彼女でよかった。大好きです。おやすみなさい\\\\\\\\>
相変わらずのストレートなメッセージに、俺は思わずニヤける。
\\\\\\\\<俺も楽しかった。またどこか行こう。おやすみ\\\\\\\\>
返信してから、俺はベッドに仰向けに寝転がった。
(柊佳のこと考えると、胸が苦しいんだけどこれが恋ってやつか)
最初は罰ゲームだった。でも今は、この恋が俺の全てになりつつある。
(明日も明後日も、その先もずっと柊佳と一緒にいたい)
そんなことを考えながら、俺は彼女からの「おやすみ」スタンプ(最近使えるようになった)を見つめて眠りについた。
明日もまた、俺は柊佳に恋をするんだろう。