※この作品はR-18です。

意外と可愛い根暗陰キャ女子   作:モッチー7

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第7話:結婚

(ついにこの日が来たな)

 

俺、白石誠冬は今人生で一番緊張している。

 

目の前には純白のウェディングドレスに身を包んだ雪澤柊佳――いや、もうすぐ白石柊佳になる女性が立っていた。

 

「白石くん、泣いてるの?」

 

「泣いてない」

 

「嘘。目、真っ赤ですよ」

 

柊佳はそう言ってそっと俺の目元を指で拭った。その仕草ひとつとっても、五年前とは比べものにならないほど自然で優雅だ。

 

「だって……お前、きれいすぎるんだよ」

 

「ありがとうございます。白石くんも、すごくかっこいいです」

 

「俺はいつも通りだろ」

 

「ううん。私にとっては世界一かっこいい人です」

 

ストレートな愛情表現は相変わらずで俺は照れくさくなって視線をそらした。

 

チャペルの外では大学の友人たちや、高校時代のクラスメイトたちが待っている。

 

「マコト! 柊佳! おめでとう!」

 

黒雲驟雨の声が響いた。相変わらずの大音量だ。

 

「驟雨、声でかいって」

 

「うるさい! 今日はめでたいんだから大声出して何が悪い!」

 

五年前、あの衝撃的な転校初日から黒雲はなぜか俺たちのグループに定着した。大学は別々だったが、こうして結婚式には真っ先に駆けつけてくれた。

 

「雪澤、幸せになれよ。でないと俺様が許さないからな」

 

「はい。ありがとうございます、驟雨様」

 

「様はもういいって。……友達なんだから」

 

黒雲は照れくさそうに鼻の頭をかいた。相変わらず素直じゃない。

 

「それにしても、お前ら本当に結婚するとはなあ」

 

高校時代の男友達も感慨深げに言う。

 

「罰ゲームから始まったカップルがゴールインとか、漫画みてえだな」

 

「うるせえ。今はガチだっつーの」

 

「わかってるって」

 

笑い声が起こる。

 

披露宴が終わり、俺たちは二人きりで夜の街を歩いていた。

 

「白石くん」

 

「なに?」

 

「名字、どうしますか?」

 

「ああ……そういえば決めてなかったな」

 

「私、白石柊佳になりたいです」

 

柊佳は少し恥ずかしそうに言った。

 

「雪澤じゃなくて、白石になりたい」

 

「……いいのか?」

 

「はい。ずっと憧れてました。白石くんと同じ名字になるの」

 

「そっか」

 

俺は彼女の手を握った。左手の薬指には、さっき交換したばかりの指輪が光っている。

 

「じゃあ今日から白石柊佳だな」

 

「はい!」

 

柊佳――いや、柊佳は嬉しそうに何度も頷いた。

 

新婚生活が始まって一年。俺は会社員として働き、柊佳はパティシエとしてケーキ屋で働きながら、家事も完璧にこなしていた。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい。ご飯できてますよ」

 

「今日はなに?」

 

「ハンバーグです。白石くんの好きなやつ」

 

エプロン姿の柊佳は高校時代とは別人のように明るく笑う。

 

「そういえば今日、会社でさ」

 

「はい」

 

「後輩に『奥さん美人ですね』って言われた」

 

「えっ、写真見せたんですか?」

 

「待ち受け見られた」

 

「恥ずかしい……」

 

柊佳は顔を赤くして俯いた。その仕草は五年前と少しも変わらない。

 

「でも嬉しいです。白石くんが私の写真待ち受けにしてくれてるの」

 

「当たり前だろ。自慢の奥さんだし」

 

「もう……白石くんってば」

 

そんな何気ない日常が幸せだった。

 

結婚して二年目の春、柊佳が妊娠した。

 

「白石くん」

 

ある日の夜、柊佳が神妙な顔で俺の前に座った。

 

「どうした?」

 

「あの……私…」

 

もじもじと指を絡ませながら彼女は小さな声で言った。

 

「赤ちゃん、できました」

 

「……え?」

 

「病院で確認してもらいました。二ヶ月だそうです」

 

俺は言葉を失った。頭の中が真っ白になる。

 

「怒ってますか?」

 

「怒るわけないだろ!」

 

気がつけば俺は立ち上がって叫んでいた。

 

「嬉しいに決まってる! おめでとう!」

 

「白石くん……」

 

柊佳の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「よかった……喜んでもらえて……」

 

「当たり前だろ。俺たちの子供だぞ」

 

俺は彼女を抱きしめた。まだ膨らみのないお腹に新しい命が宿っている。

 

「ありがとう、柊佳」

 

「こちらこそ……ありがとうございます」

 

妊娠期間中、柊佳はつわりに苦しみながらも幸せそうだった。

 

「見てください白石くん。エコー写真です」

 

「どれ……ちっちゃいな」

 

「はい。まだこんなに小さいのに、ちゃんと心臓が動いてるんです」

 

柊佳はエコー写真を宝物のように抱きしめた。

 

「私、ちゃんと母親になれるでしょうか」

 

「なれるに決まってるだろ」

 

「でも不安で……」

 

「大丈夫だ。俺も一緒に育てるから」

 

「白石くん……」

 

柊佳は俺の胸に顔を埋めて泣いた。妊娠してから感情の起伏が激しくなった彼女を俺はできる限り支え続けた。

 

臨月が近づくにつれ柊佳のお腹は大きくなり、動くのも大変そうだった。

 

「白石くん、ちょっと来てください」

 

「ん?」

 

「お腹、触ってみて」

 

俺が手を当てると、中から小さな蹴りが返ってきた。

 

「動いてる」

 

「はい。元気な子みたいです」

 

「どっちに似るかな」

 

「私は白石くんに似てほしいです」

 

「俺はお前に似てほしい」

 

「じゃあ、半分ずつですね」

 

柊佳は幸せそうに笑った。

 

そして運命の日。

 

「白石くん! 破水しました!」

 

「え!? 今!?」

 

「はい! 多分!」

 

俺は慌てて用意してあった入院バッグを持ちタクシーを呼んだ。

 

分娩室の前で俺は何時間も待たされた。中から聞こえる柊佳の叫び声に心臓が張り裂けそうになる。

 

(無事に産まれてくれ……柊佳も赤ちゃんも……)

 

祈るような気持ちで待ち続けた。

 

そして

 

「おめでとうございます。元気な女の子です」

 

助産師さんの声に、俺はへなへなとその場に座り込んだ。

 

「やった……」

 

病室に入ると、柊佳がぐったりとしながらも赤ちゃんを抱いていた。

 

「白石くん……見てください……私たちの赤ちゃんです……」

 

「ああ……」

 

小さな、本当に小さな命。皺くちゃの顔でぎゅっと目をつぶっている。

 

「かわいい……」

 

「はい……すごくかわいいです……」

 

柊佳は涙をぼろぼろこぼしながら笑った。

 

「私、お母さんになれました」

 

「お疲れさま。よく頑張ったな」

 

俺は柊佳の額にキスをした。

 

「名前、どうしますか?」

 

「そうだな……」

 

俺たちは事前にいくつか候補を考えていた。

 

「『希望』で『のぞみ』はどうかな」

 

「のぞみ……」

 

「俺たちが付き合い始めたのも、お前が希望を持ち続けてくれたからだし」

 

罰ゲームから始まった関係。それでも柊佳は一度も諦めなかった。

 

「この子にも、どんなことがあっても希望を持って生きてほしい」

 

「……はい。素敵な名前です」

 

柊佳は赤ちゃんを見つめながらそっと言葉をかけた。

 

「のぞみ。あなたの名前は希望です。パパとママの希望です」

 

赤ちゃん――のぞみは、その声に反応するかのように小さく動いた。

 

退院後、実家と柊佳の両親の助けを借りながら育児が始まった。

 

「うわあああん!」

 

「おっぱいか? オムツか?」

 

「オムツみたいです。ちょっと替えますね」

 

柊佳は手慣れた様子でのぞみの世話をする。最初はおっかなびっくりだったのに、母親の顔になってきた。

 

「柊佳、休める時に休めよ」

 

「はい。でも、のぞみが寝てる間に家事を済ませたくて」

 

「家事は俺もやるから」

 

「ありがとうございます」

 

ある夜、のぞみが寝静まったあと柊佳がぽつりと言った。

 

「私、幸せです」

 

「急にどうした」

 

「高校生の時は、こんな未来が来るなんて想像もしてませんでした」

 

柊佳は遠くを見るような目で続ける。

 

「誰にも愛されないまま、ずっと一人で生きていくんだと思ってました」

 

「柊佳……」

 

「でも、白石くんが私を見つけてくれた。罰ゲームでもいいからって話しかけてくれた」

 

柊佳は俺の手を握った。

 

「あの日、勇気を出して告白して本当によかった。白石くんが罰ゲームだって知っても諦めなくてよかった」

 

「俺の方こそ、お前に出会えてよかった」

 

俺は心からそう思う。

 

「お前がいなかったら、俺はずっとモブキャラのままだったよ」

 

「モブキャラって……」

 

柊佳はくすっと笑った。

 

「でも、白石くんは私にとっては最初から主人公でした」

 

「……そういうストレートなの、やめてくんない?」

 

「やめません。だって本当のことですから」

 

柊佳はいたずらっぽく笑って俺にキスをした。

 

のぞみが一歳の誕生日を迎えた日、俺たちは小さなパーティーを開いた。

 

「のぞみ、おめでとう!」

 

「ばぶー!」

 

のぞみはケーキのクリームを顔中につけながら嬉しそうに笑っている。

 

「もう一歳か……早いな」

 

「はい。ついこの前産まれたばかりな気がするのに」

 

柊佳はスマホで写真を撮りまくっている。アルバムはすでのぞみの写真でいっぱいだ。

 

「そういえば、黒雲からもプレゼント届いてたぞ」

 

「あら、なんでしょう」

 

箱を開けると中から出てきたのは小さなジャケット。

 

「『のぞみへ。お前のママには負けたけど、お前は俺様の子分にしてやる。大切に着ろ』だって」

 

「相変わらずですね」

 

柊佳は嬉しそうにジャケットをのぞみに当ててみる。

 

「似合いますか?」

 

「ああ、かわいい」

 

ピンポーンとインターホンが鳴る。

 

「はいはーい」

 

ドアを開けるとそこには両親と柊佳の両親、そして黒雲驟雨が立っていた。

 

「サプライズだ! 驚いたか!」

 

「驟雨……なんでお前が」

 

「俺様はのぞみの名付け親だからな!」

 

「いや、なってないけど」

 

「うるさい! 細かいことはいいんだよ!」

 

黒雲はずかずかと上がり込むとのぞみを抱き上げた。

 

「のぞみ! 元気にしてたか!」

 

「ばぶ!」

 

「よしよし、いい子だなあ」

 

黒雲はすっかり子煩悧な顔になっている。相変わらず恋人はいないらしいが、のぞみのことは溺愛していた。

 

「柊佳さん、白石くん、本当におめでとう」

 

俺の母が涙ぐみながら言う。

 

「まさかあの誠冬が、こんなに早く家庭を持つなんてねえ」

 

「俺もびっくりしてるよ」

 

「でも、柊佳さんみたいないいお嫁さんをもらえてあんたは幸せ者だよ」

 

「……わかってる」

 

俺は隣に立つ柊佳の肩を抱き寄せた。

 

パーティーが終わり皆が帰ったあと俺と柊佳はリビングでくつろいでいた。のぞみは疲れて寝てしまい、ベビーベッドですやすやと寝息を立てている。

 

「今日は本当にいい一日でした」

 

「だな」

 

「白石くん」

 

柊佳が俺の肩にもたれかかる。

 

「私、これからもずっと白石くんの隣にいたいです」

 

「当たり前だろ」

 

「のぞみが大きくなって、結婚して孫ができても」

 

「気が早いなあ」

 

「だって、楽しい未来を想像すると止まらなくて」

 

柊佳は幸せそうに目を細める。

 

「高校の時、白石くんと出会ってなかったらこんな幸せな未来は来ませんでした」

 

「またそれか」

 

「だって本当のことですから」

 

「お前、そればっかだな」

 

「えへへ」

 

柊佳は照れ笑いをしながら、俺の手を握った。

 

「白石くん、改めて言わせてください」

 

「なに?」

 

「私を見つけてくれて、ありがとうございました」

 

「……どういたしまして」

 

「大好きです」

 

「俺も大好きだ」

 

俺たちはそっとキスをした。

 

窓の外には星が輝いている。明日も明後日も、その先もずっとこの幸せが続くことを願いながら。

 

のぞみが小さく寝返りをうつ。

 

「パパ……ママ……」

 

寝言だろうか。のぞみの口からそんな言葉が漏れた。

 

「聞きましたか白石くん!」

 

「ああ!」

 

俺たちは顔を見合わせて笑った。

 

「のぞみが初めてしゃべった!」

 

「パパとママだって!」

 

俺たちは感激してハイタッチをかわす。

 

これからもこんな小さな幸せを積み重ねていくんだろう。

 

のぞみの成長家族の思い出、時には喧嘩もあるかもしれない。でも隣には柊佳がいる。それだけで、どんなことも乗り越えられる気がした。

 

「柊佳」

 

「はい」

 

「これからもよろしくな」

 

「はい。こちらこそ」

 

俺は柊佳を抱きしめながら心の中でつぶやいた。

 

(罰ゲームから始まった恋だけど、こんなに幸せになっていいのかな)

 

でも、それもこれも柊佳が諦めなかったからだ。俺が罰ゲームだと知っても、それでも好きでい続けてくれたから。

 

(ありがとう、柊佳)

 

(そして、これからもよろしく)

 

俺は眠るのぞみの小さな手をそっと握った。

 

この小さな手が、いつか誰かの手を握る日まで。俺たちは家族として一緒に歩いていく。

 

それが俺の、いや俺たちの新しい物語の始まりだった。

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