※この作品はR-18です。

Damn'it Company!―畜生集団、或いは―   作:カラルラ

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―畜生集団、或いは―


Damn'it Company!−畜生集団、或いは−

 魔王と勇者が戦う時代はもう遠く。討伐される龍も居なくなった時代。どこぞの誰かが持ち込んだ"経済主義"という毒に誰も彼もが飲まれていき、汎ゆる種族が一つの社会に収まった。剣と魔法の時代は終わり、金と魔法と電子と酔狂の時代が始まっていた。

 出生数が増えて孤児も増え、技術が発達し豊かになっても幸せの総量は変わらず、地図の白紙は無くなり冒険者という職業は無くなった。

 争い諍いは絶えず、不幸悪徳が世に蔓延るとも戦争は絶えて久しい。

 もし後世にこの時代が伝わるのなら、全てを省略し一言に纏められるのだろう。平和な時代と。

──カラー・ル・エルサンの手記

 

……平和な時代を享受するのは、日々を善く生きる人々だけでは無く、彼らを食い物にしようとする悪人も変わらない。餌が増えれば獣も増える、これは自明の理である。

 千年都市「リヴァイア・シティ」。かつて神話の時代から存在するとされるこの巨大都市は、今や極彩色のネオンと魔力光、そして酸の雨に煙る混沌の坩堝となっていた。その華やかな摩天楼の足元に広がるスラムの片隅、廃棄された地下下水道を強引に改築したアジトの最奥に、その部屋はある。

 違法ギルドと呼ぶにはお粗末で、街のゴロツキと呼ぶには些か規模が大きすぎる。そんな半端な悪党連中の巣窟で、一人の少女が既に限界を超えた状態で放置されていた。

 分厚い鉛と防音魔術で厳重にコーティングされた密室のはずなのに、重い鉄扉の隙間からは生臭い異臭と、泥濘むような絶え間ない水音が微かに漏れ出ている。時折、理性を失った獣たちの咆哮のような声が低く響き、地下の冷たい空気をひどく淀ませていた。

 くじに負けた結果、この『拷問部屋』の前の見張りを任されてしまった若者が居た。彼はコンクリートの壁に寄りかかり、安っぽい合成タバコの煙を吐き出しながら、扉の向こうの狂騒から意識を逸らそうとしていた。盛り上がる周囲について行けないこの異常な状況に、彼は心底辟易していたのだ。

 

「いくら上物ったって、どいつもこいつもよくもまあ、あんなに群がってサカれるもんだ。お互いの汚い面と身体が目に入らないのか?」

 

 吐き捨てるようにこぼした若者の愚痴に、隣で同じく見張りに立っていた男が鼻を鳴らした。

 

「あぁ? 何を今更良い子ぶってんだ? お前だって1回は使ったじゃねえか」

 

「使ったよ! 使ったけどさあ!」

 

 若者は声を荒らげ、苛立たしげに自身の頭を掻きむしった。

 

「あれは駄目だって! 絶対脳かキンタマがダメージ受けるやつだって! 中で盛ってる奴らは絶対脳みそがクルミに置き換えられちまってるよ!」

 

 極度の興奮状態にある仲間の異常性を顔をしかめて訴える若者に、男は呆れたような、それでいてどこか面白がるような笑みを浮かべた。

 

「じゃあキンタマはどうなってるんだよ?」

 

「燃え尽きかけてるロウソクだよ、ありゃあ」

 

 真顔で即答した若者の的確すぎる比喩に、男は堪えきれない様子で肩を揺らし、押し殺した笑い声を漏らした。

 

「お前それ、絶対他のやつに言うなよ。殺されるぞ」

 

「はぁ〜〜、早くこんな所抜けたい……」

 

 靴の底でタバコの吸殻を乱暴に揉み消し、若者は湿ってひび割れた地下の天井を仰いで、肺の底から深いため息をついた。

 

「それも言うなって」

 

 男がたしなめるように若者の肩を小突く。

 そんな、いつものくだらないたわ言をやり取りする中で──若者はふと気が付いた。

 部屋の中が、静かだ。

 先程まで絶え間なく響いていた獣のような荒い息遣いも、ひどく卑猥な水音も、狂気を孕んだ咆哮も。分厚い鉄扉の向こう側から漏れ聞こえていたありとあらゆるノイズが、まるで冷水を打ったように途絶えている。

 ただ、不自然なほどの不気味な静寂だけが、見張りの二人の間に横たわっていた。

 

 若者は思わず隣の男に視線を向けた。すると、男の方もすぐさま顔を向け、空中で視線が交差した。男の顔からも先程までの余裕が消え去り、濁った瞳にありありと警戒の色が浮かんでいる。

 若者は顎をしゃくり、この場から離れる事を無言で提案した。しかし、男は忌々しげに舌打ちをして首を横に振り、それを却下した。ここで逃げ出せば、後でボスのどんな制裁が待っているか分からない。せめて中の状態を確認せねばなるまい。

 お互いに鉛のように重く不本意な感情を大小抱えながら頷きあうと、男は腰のホルスターから魔力駆動銃(マナガン)を抜き、若者も震える手で電熱ナイフを構えた。重い鉄扉のハンドルに手を掛け、ゆっくりと押し込む。金属の軋む音が、静まり返った地下廊下にひどく大きく響いた。

 慎重に開いた隙間から中を窺う。薄暗く点滅する照明の下、部屋の中央に天井から吊り下げられた枷を首と両手に嵌められた少女が、膝をついた姿勢で意識無くうなだれている。

 だが、それだけだ。

 あれだけ少女の白い肢体に群がり、汚らわしい欲望を剥き出しにしていたはずの人間の姿が、一人残らず消え失せている。3人、4人じゃきかない、十数人はいたはずの巨漢やサイボーグたちが忽然と姿を消していた。彼らは何処へ行った? 

 銃を構えた男を先頭として、2人は靴音を殺して中に踏み込んだ。ぴちゃり、ぴちゃりと、液体の滴る水音がする以外は静かなもので、本当に誰も居ない。自分たちが唯一の入り口を見張っていた、その筈だ。逃げ道などない密室。一体何処に消えたのか?

 ふと、若者の視線が足元に落ちた。コンクリートの床に広がる精液と汚濁の混じった水たまりに、鮮やかな真紅の血が混じっているのを見つけた。

 ……今も増え続けている。

 ぽた、ぽた、と。天井から新たな血の雫が落ちて、波紋を広げているのだ。

 背筋に凍りつくような悪寒が走り、弾かれるように若者が天井を見ると──そこには、想像を絶する凄惨な光景があった。

 空調用の通気孔。大人が一人通るのもやっとの狭い鉄格子の向こう側に、頭を4人纏めてミンチ肉のようにねじ込まれた裸の死体がぶら下がっていたのだ! どの通気孔もだ!

 

「ヒッ……!?」

 

 若者の喉から、押し潰されたような悲鳴が漏れた。男たちの顔は原形をとどめないほどに歪み、手足が奇妙なオブジェのようにだらりと垂れ下がっている。どんな物理法則を用いれば、屈強な大の大人4人をひとつの通気孔に同時に押し込めるというのか。

 隣にいた男もまた、その異常な光景に完全に硬直していた。高度な魔法か? だとしても、これほど残虐で、しかも扉のすぐ外にいる自分たちに音一つ聞かせずに実行できる術式など聞いたことがない。

 

「おい、逃げ……」

 

 男が恐怖に引き攣った顔で踵を返そうとした、その瞬間だった。

 ――ジャラリ。

 部屋の中央で、冷たい鉄の擦れる音がした。

 弾かれたように二人が視線を戻すと、気を失ってうなだれていたはずの少女が、ゆっくりと顔を上げていた。

 乱れた前髪の隙間から覗く瞳。それは、つい先程まで凌辱に絶望していた、ただの脆弱な人間の眼球ではなかった。暗闇の中で、それは黄金色に煌々と発光していた。まるで、この時代にはもう居なくなったはずの、神話の『龍』のように。

 

 ……いや、違う。

 若者は背筋を駆け上がる凄まじい冷や汗とともに、ある恐怖に思い至った。少女の発光する黄金の瞳は、自分たちを見てはいない。自分たちのすぐ『後ろ』──その暗がりを射抜いているのだ。

 

「後ろだ……っ!」

 

 若者がそれに気づいて叫びをあげた瞬間だった。隣にいた男が反射的に反応し、魔力駆動銃(マナガン)を片手に勢いよくこちらへと振り向くのが見えた。

 直後、若者が握りしめていた電熱ナイフが、不可視の旋風のような手によって一瞬で奪い取られる。視界が追いつかないほどの速度で閃いた刃は、そのまま何の抵抗もなく男の胸の真ん中へ深く吸い込まれていた。

 

「う、あ……?」

 

 男は言葉にもならない声を漏らし、魔力駆動銃を滑り落として崩れ落ちた。その背後に立っていた影が、心底呆れたように肩をすくめる。

 

「いや急にこっちを殺そうとしてくるなよ。びっくりして殺しちまったじゃねーか」

 

 反論の隙など微塵もなかった。影の手が伸び、若者は後頭部をがっちりと掴まれると、そのまま冷たいコンクリートの壁に勢い良く押し付けられた。

 鼻腔を突く強い血の匂いと、頭骨を揺らす鈍い衝撃。暗闇の中でろくに顔も見えなかったこの者こそが、アジト全体のゴロツキどもを片付け、この凄惨な状況を作り出した下手人なのか。それを判断することすら、今の若者には心底恐ろしかった。

 

「あんたもマトモに口聞けそうだからアンタに聞くか。金目の物の在り処は?」

 

 壁に顔を押し付けられた耳元で鳴ったのは、思いのほか軽い声だった。自分と年が対して変わらなさそうな声色。だが、その声に含まれる絶対的な威圧感に、若者は身体を震わせ、敬服し畏れるように自分の答えられる限りの情報を吐き出した。ボスの隠し金庫の場所、暗証番号、このアジトの裏金がどこに流れているか──すべてを。

 

「ふんふん、なるほどね。……それで……あの女は? 随分身体も脳も弄くり回されてズコバコやられてるのに、それでも普通に生きてて気持ち悪いんだが」

 

 下手人が首を傾げ、部屋の中央で黄金の瞳を光らせる少女へ視線を向ける。若者は擦り付けられた頬の痛みに耐えながら、必死に言葉を絞り出した。

 

「分、分からない……! ある日突然連れてこられて"コイツの声を上げさせろ"という指示を受けたんだ。ここに来た段階でとっくに生きてるのがあり得ないくらい出来上がっていたから、誰も彼もが調子に乗って手を出して……薬もしこたまぶち込んで壊して、どうにか声を出させようとした。でもアイツが声を出したことは一度もない……!」

 

「アイツの名前は?」

 

「知らない、本当だ……! 俺たちの誰も教えてもらってないんだ!」

 

 若者の悲痛な叫びを聞くと、頭を固定していた手がすっと離れた。

 

「オッケーオッケー、おかげで楽が出来そうだ。いやー、人間が居て助かったよ。ここには猿とか獣にも失礼な脳みそがクルミみてえな生物しか居なかったからさぁ、取り敢えず面倒を起こされる前に片っ端から殺して回るしか無かったんだ」

 

 カラカラと軽薄に笑うその声の背後に、どれほどの虐殺があったのかを想像し、若者の背筋は凍りついた。だが同時に、自分だけは生き残れるかもしれないという浅ましい安堵が胸を掠める。

 

「ははは、それは、良かった……。俺もここでやっていくのに限界を感じてたんだ、この後はどうにか足を洗って生きていくよ……」

 

 壁に顔を押し付けられたまま、アジトを壊滅させたであろう下手人にどうにか取り入るような言葉を返すと、突然、頭上から予期せぬ言葉が投げかけられた。

 

「それなら顔も変えたほうがいいぞ。コイツラ随分恨みを買ってたみたいだからな」

 

「ああ、そうするよ。金はかかるだろうがこれからの生活には必要だもんな……」

 

「いや、アンタみたいな奴がかかれる整形師はマジでろくなもんじゃない。他生の縁だ、俺が今ここで顔変えといてやるよ。お代はさっきの情報で十分だ」

 

「は? いや待──」

 

 わけが分からず言いかけた瞬間、若者の身体は乱暴に引き剥がされ、正面を向かされた。

 視界が定まる猶予すら与えられず、目の前で迫る拳の影──そのまま顔面に強烈な掌底を喰らった。

 ぐしゃり、と嫌な音が鼻腔の奥で響く。顔の表面と鼻骨が綺麗に満遍なく破壊され、陥没していく絶望的な感覚。如何なる不可思議な術理か、目も歯も奇跡的に無事であったが、このような荒療治ですら無い暴挙を食らって痛みが無いはずがない。世界が激痛で真っ赤に染まり、若者は悲鳴を上げる間もなく一撃で意識を刈り取られ、そのまま昏倒した。

 

「目が覚める頃には顔も治ってるはずだ。イケメンにはなり得ないが……、まあそっちのほうが何かと生きやすくなるはずだぜ?」

 

 若者が掌底を喰らい気絶する直前、視界の隅で捉えた下手人の姿。

 血の海の中で薄笑いを浮かべるその男の顔は、あまりにもどこにでも居そうな、没個性を極めたようなただの「凡人」の顔だった。それがやけに強く、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 ……平和な時代というものは、平和を享受する只人を食い物にしようとする悪人が増えるものだ。餌が増えれば獣も増える。これは自明の理だ。

 ならば、その獣を食い物にしようとする畜生が世に現れるのも自明の理と言うものだろう。

 これは、そういう話である。

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