※この作品はR-18です。

Damn'it Company!―畜生集団、或いは―   作:カラルラ

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10話目

 翌朝。澄んだ青空とは裏腹に、リヴァイア・シティの空気は今日もどこか人工的な排気ガスの匂いが立ち込めていた。

 「いってきます」と(脳内で)力強く宣言し、ナナはミケからお使いを頼まれたエコバッグを片手に、フンスフンスと鼻息荒く胸を反らせて家を出た。

 現在、ナナの服の下——正確には豊満な胸の谷間——には、アクセサリに扮するAIのロールがすっぽりと隠されている。

 当然、ナナはこれをただのお使いで終わらせるつもりなど毛頭ない。昨日自らの心に誓った『己の圧倒的な価値を積み上げてジェイクの上に立ち、一生私に奉仕しろと命令するスポンサーになる』という壮大かつ歪んだ野望へ向かうべく、この都市を探索してジェイクを出し抜く「何か」を探すつもりなのだ。

 玄関先でそんなナナの勇ましい後ろ姿を笑顔で見送ったミケは、ドアを閉めた途端にスッと真顔になった。

 

(……絶対になにか企んでますね、あの子)

 

 昨日の夜、得体の知れない軍用ナノマシンを躊躇いなく一気飲みした凶行が脳裏をよぎる。明らかに態度がデカくなっていたし、きっとジェイクをギャフンと言わせるためのロクでもない悪巧みをしているに違いない。まあ元を正せば大体ジェイクが悪いとは思うのだが。

 ミケはしばしジト目で玄関のドアを睨みつけた後、「よし」と力強く頷き、2階の自室へと駆け上がった。

 5分後。

 ドタバタと階段を降りてきたミケは、いつもの愛らしい白の猫耳フードを脱ぎ捨て、黒いキャップ帽を深く被り、黒いサングラス、黒いマスク、黒いシャツに黒いハーフパンツという、全身黒ずくめの装いへと変貌を遂げていた。

 

「どうですジェイクさん? 良い感じに変装できてると思います?」

 

 自信満々にポーズを決めるミケ。

 しかし、リビングのソファに陣取り、空中に展開した複数のホログラムディスプレイと睨み合っていたジェイクは、画面から一切目を離すことなくおざなりに答えた。

 

「いいんじゃねえの。完璧な不審者だ」

 

 彼は昨日、アスクレピオスの工場からぶっこ抜いた膨大なデータの精査に忙殺されている最中だった。

 その適当すぎる相槌に、ミケはサングラスの奥の目を細める。

 

「ちったあ目元から目を離して言ったらどうなんですかスカポンタン。今晩、寝込みを襲ってあげましょうか?」

 

「おー怖い怖い。ずいぶん教育に悪い教育係が居たもんだ。あと、今晩も徹夜で解析になりそうだから先に寝てて良いぞー」

 

「まったく……。これだから戦闘狂の畜生は」

 

 ミケは呆れたように肩をすくめると、防刃仕様の黒い手袋をはめ直した。

 

「それじゃあ、私は愛しのナナちゃん見守り隊——もとい、シークレット・エスコートとしての活動に行ってくるので、お留守番お願いしますね」

 

「へーい」

 

 ミケの奇行やナナへの異常愛に、ジェイクはもはやツッコむ労力すら惜しいのか、手をヒラヒラと振るだけだ。

 バタリ、と玄関のドアが閉じる音がリビングに響き渡る。

 静寂が戻った部屋の中で、ジェイクはふと、ディスプレイを叩く指を止めて顔を上げた。

 

「……昼飯は、適当に卵潰してディップでも作り置いてやるかぁ」

 

 あいつら、帰ってきたら絶対腹空かせてるだろうしな。

 誰もいない部屋でボソリと独り言を呟き、ジェイクは再びアスクレピオスの深淵たるデータ群へと意識を潜らせていった。

 

◆ ◆ ◆

 

 一方、リヴァイア・シティの雑多な市場エリア。

 様々な種族と極彩色のネオン看板が入り乱れる喧騒の中を、ナナはナノマシンによる身体強化の恩恵を存分に感じながら軽快に歩いていた。

 いや、「歩いていた」というのは正確ではない。文字通り飛ぶ様にビル群の間を跳ね回り、巨大な室外機を蹴り上げ、屋上から屋上へとアクロバティックに駆けては跳び越していく。常人離れした身体能力に任せて自由奔放に進んでいるが、果たして帰り道を覚える気はあるのだろうか。

 

(ねえロール。手っ取り早く『価値』を証明するには、何から始めれば良いと思う?)

 

 風を切り裂きながら、ナナは胸元で揺れるAIに脳内通信で問いかけた。

 

『あー、そうだな……。分かりやすいのは権威に認められる事か。すごいやつに「イイね!」って言ってもらえてる奴って、自動的にすごく見えるだろ?』

 

(分かる。ジェイクにお世話してもらえる私は特別。すごい。でもあいつはもう私をお世話する気が無い。許せない……!)

 

『……まあそんな感じだ。次に金……というより、「金で買えない貴重な物」をナナ嬢の所有物にする、とかかねぇ?』

 

(良いかも知れない。ジェイクの家で使えない物より、使えるものの方がジェイクも嬉しいはず)

 

『後はまあ……暴力で上回る、か』

 

(うむ。暴力があれば、私の方が本気を出せば強くてえらい事をジェイクに物理的に理解(わか)らせられる)

 

『ナナ嬢は頭が良いなぁ!』

 

 ロールの皮肉なのか本気なのか分からないおだて文句に、ナナは(ふふん)と得意げに胸を張った。

 そして、空中で見事な宙返りを決めた瞬間、彼女の脳内に雷のような閃きが走った。

 

(……閃いた。強くて偉くてお金もちな人に私の事を応援してもらって、その応援で私が強くなってジェイクの上になれば良いのでは!? 貰ったお小遣いでジェイクのスポンサーにもなれる!)

 

『あー完璧だ。出来るのなら、だが』

 

 ナナは天啓を得たような気分になった。繁華街エリアの境界に差し掛かった辺りで高い鉄塔の上に降り立ち、辺りを一望する。眼下には煌びやかな街並みが広がっているが、雲を突くような最上層の景色だけは、ここからでは見えない。

 

(ロール。この都市で1番強くて偉くてお金もちの人を教えて)

 

『基準次第でいくらでも変わるだろう……と言いたいが、この都市なら1人に決まりだろうな。ナナ嬢は"龍"を知っているか?』

 

(昔のおとぎ話に出てくる、なんか強くてデカいやつ?)

 

『今ではその強くてデカイやつになぞらえて、千年都市の支配者を"龍"と呼ぶ。千年都市はこの世界に5つあるわけだから、5人の龍が居るわけだ』

 

(おお……!)

 

『この都市の頂上に住む"龍"はヴィクトル・ヴァルハイム。この都市どころか、世界の通信と電波を牛耳るメガコーポの中のメガコーポの主だ』

 

(じゃあ、その人に気に入られれば?)

 

『ジェイクだってイチコロだろうな。もし気に入られれば、の話だが』

 

(私ならできる。たぶん!)

 

『自信があるのは良いことだ』

 

 ナナが金色の眼をキラキラと輝かせ、根拠のない自信に胸を膨らませていた、まさにその時だった。

 喧騒の下から、耳障りな男の笑い声と、女性の怒鳴り声が微かに聞こえてきた。

 

(ロール、女の嫌がる声が聞こえる)

 

『はい? どっちの方角だ?』

 

(あっち)

 

 ナナが指さした方角は、煌びやかなスークから少し外れた、薄暗いスラム区画の浅層であった。ロールはセンサーで音声データを拾い、想定されるトラブルの強度を瞬時に計算。ナナのナノマシンの試運転にちょうど良いレベルだと判断した。

 

『七時の方角ね、アイアイサ。……っとたしかに聞こえるなこりゃあ。向かうなら場所をAR表示するぞ?』

 

(お願い!人助けは宝くじだってジェイクが言ってた!)

 

 ナナの網膜に、拡張現実の赤いルート案内が浮かび上がる。彼女は迷うことなく、ビルから路地裏へと滑り降りるように駆け出していった。

 

『一応言っとくけど、ミケから頼まれたお使いは忘れるなよー』

 

(分かってる!)

 

◆ ◆ ◆

 

 スラム浅層のストリートの一角。錆びた金網に囲まれた、半面のバスケコート。

 そこで1人の若い女性が、下品なタトゥーを入れた4人程のゴロツキの集団に壁際へと追い詰められていた。

 

「へっへっへ、追い詰めたぜ〜?」

 

「あーもうっ! 一体私に何の用なの!?」

 

 女性が苛立たしげに声を荒らげるが、ゴロツキの1人——ニット帽を深く被った小柄な男が、ニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべて首を振った。

 

「おいおい俺らじゃねえっての。俺らのボスが用があるって言ってんの。『金色の眼でムチムチボインの女』を連れてこいって言われてんの。何の用があるかは知らないの。黙って着いてきてほしいの」

 

「いや行くわけ無いでしょ、何言ってんの!」

 

「コイツ俺のマネしてきてんの、ムカつくの」

 

「お前が人と被りやすい喋り方してるだけだろ、ばぁーか」

 

 スパン!と、小柄な男のニット帽の上から強烈なツッコミを入れたのは、スキンヘッドにサイバーハック用の金属部品を埋め込んだマッチョな男だった。どうやら彼がこの場のリーダー格らしい。マッチョな男は首の骨をボキボキと鳴らしながら、女性の前に出た。

 

「おい、手荒な真似をするなとも言われてねえんだ、俺らは! 四の五の言わねえでとっとと着いてこい!」

 

「はぁ〜……」

 

 脅迫を受けてなお、女性は怯えるどころか、心底呆れたように深い溜息をついた。

 

「……どうして私は、パッと見が『強く』見られないのかしら……」

 

 彼女がポケットの中で、ゴロツキたちを黒焦げにするための攻撃魔法の術式を静かに展開しようとした、まさにその瞬間である。

 ドゴォォォォォン!!!

 バスケコートの錆びた金網を突き破り、凄まじい砂埃と共に「それ」が上空から隕石のように着地した。

 衝撃でアスファルトがひび割れ、ゴロツキたちが「うおっ!?」「なんだテメェ!」と尻餅をついて後ずさる。

 土煙が晴れたコートの中央に立っていたのは、エコバッグを片手に提げ、フンスと偉そうに胸を張る一人の美少女——ナナだった。

 

『お前たち。金色の眼でムチムチボインの女を探しているなら、それは私のことだ!』

 

 ナナの脳内思考を読み取ったロールが、胸元のスピーカーから可憐かつ尊大な「ナナボイス」を周囲に響き渡らせる。

 突然の乱入者の登場に、ゴロツキたちはポカンと口を開けた。

 そして、リーダー格のマッチョがナナの姿——とりわけ、爛々と輝く『黄金の瞳』と、服の上からでも分かる『豊満なプロポーション』を凝視し、ハッと息を呑んだ。

 

「コイツ、条件が一致してるぞ!こいつの目はマジで金色だ!何ならそっちの女よりもムチムチボインだ!」

 

 リーダー格のマッチョ——スキンヘッドの男が、血走った目でナナの豊満な胸元と黄金の瞳を指差して叫んだ。

 

「なにィ!?」

 

「足し・蟹(たしかに)」

 

「こりゃあ確定なの」

 

 ゴロツキたちが一斉に標的をナナへと変更し、舐め回すような、いやらしい視線を向ける。今まで囲まれ、あわや一触即発だったはずの女性は、完全にポツンと蚊帳の外に置かれる形となった。

 

「……急に掌返されるのもムッカつくわね……!?」

 

 女性が思わず苛立ちのツッコミを入れるが、ゴロツキたちの耳にはもう入っていない。

 

『かかってこーい!』

 

 標的の変更。

 襲いかかってくる4人のゴロツキに対し、ナナは一切怯まなかった。それどころか、あの天上天下唯我独尊のジェイクを屈服させるための『価値の証明(=暴力)』の実践相手が向こうから都合よく現れたことに、嬉々として拳を握りしめた。

 

「ぱっと見生身にしか見えねえが、さっきの着地……なんか身体能力が凄そうだ! 囲んで距離取って"蜘蛛の糸"絡めんぞ! そんで眠らせて終いだ!」

 

 スキンヘッドが的確な指示を飛ばす。ただのチンピラかと思いきや、連携の早さは彼らがストリートでそれなりの場数を踏んでいる証拠だった。

 

(気をつけろナナ嬢! コイツら結構ガチだ!)

 

『了解!』

 

 ゴロツキたちは即座に散開し、手元の安っぽい端末から登録された簡易魔法(インスタントスペル)を起動する! 彼等の内臓魔力がチープな電子音と共に変換され、蜘蛛の糸に匹敵する極めて高い粘度と強度を持った魔力糸が、四方からナナ目掛けて射出された!

 

(ロール! 行くよ!)

 

『アイアイサ! RollTool・コンバットアシスト起動。身体リミッター解除、運動野への強制オーバーライド開始! さあ、派手にやろうぜナナ嬢!』

 

 その瞬間、ナナの華奢な足が地を蹴った。

 ドッ、と空気が弾けるような重い音が鳴る。彼女の身体は地を滑るようにブレて、その場に濃密な残像を残した。そして、四方から迫る捕縛の糸が虚空を通り過ぎて背後の壁にベチャリと着弾するよりも早く、ナナは手近な男の足元へと辿り着いていた。

 その異常な速度を目で追えたのは、サイバネティクスで動体視力を強化しているスキンヘッドと、背後にいた若い女性のみ。全く素人の動きではない。

 ナノマシンによって最適化された、無駄のない完璧なフォーム。地面スレスレの極端に低い姿勢から、バネのように跳ね上がって放たれた強烈な回し蹴りが、男の顔面にクリーンヒットした。

 

「ぐっへぁっ!?」

 

 男は独楽のように錐揉み回転しながら宙を舞い、そのままコートの隅に積まれた廃材の山に頭から突っ込んで白目を剥いた。

 

「なっ……なんだこの女、めちゃくちゃ強えぞ!?」

 

「撃て! 銃を使え!」

 

 スキンヘッドの怒声に、ニット帽の小柄な男が無言で反応する。

 ズボンに忍ばせていた違法改造の魔導銃(マナガン)を抜き放ち、0.2秒で即座に発砲! サイバネ神経で完璧に制御された、ブレのない2連射(ダブルタップ)だ!

 青白い魔力ボルトが、ナナの無防備な大腿めがけて殺人的な速度で飛ぶ。先ほどの蜘蛛の糸よりも3倍は速い、至近距離での回避困難な凶弾。

 ——だが、ナナの身体は、あの戦闘狂ジェイクが「現段階で(本人のやる気次第で)戦力になる」と判断した特別製である。

 ナナの金色の目がスッと細まり、彼女の視界の中で、世界がスローモーション映像のように泥の海へと沈み込んだ。

 

(……遅い)

 

 飛翔する魔力ボルトの軌道が、はっきりと青い光の線として知覚できる。

 ナナは微かに上体を捻り、最小限の動きで一発目のボルトを紙一重で回避。続く二発目に対しては、なんと素手で——ナノマシンによって一瞬だけ硬質化させた手の甲で、ハエでも払うかのようにパァン!と弾き飛ばしてしまった。

 バチィッ!と弾き返された魔力ボルトは明後日の方向へと跳弾し、錆びたドラム缶にドスッと風穴を開ける。

 

「は……?」

 

 ニット帽の男が、物理法則を無視したかのようなあり得ない光景に、間抜けな声を漏らした。

 その直後、ナナは弾き払った勢いそのままに地面を強く蹴り、ニット帽の懐へと深く潜り込んでいた。

 

「っの、やろ」

 

 ニット帽が慌てて銃口を下ろそうとするが、遅い。ナナのコンパクトで鋭い掌底が、男の鳩尾(みぞおち)に深々と突き刺さる。

「ゴフッ……!?」

 胃液を吐き出しながら、ニット帽の男はくの字に折れ曲がり、その場にドサリと崩れ落ちた。

 開始からわずか数秒。瞬く間に仲間を二人無力化されたスキンヘッドと蟹頭の男は、滝のような冷や汗を流して後ずさった。

 

「バ、バケモンかよコイツ……!」

 

 スキンヘッドが首元のサイバーパーツを駆動させ、腕に仕込んだヒートナイフを展開しようとする。が、その前に——背後にいた若い女性が展開した青白いショックボルトが、二人の背中に容赦なく突き刺さった。

 

「ぎゃああっ!?」

 

 高圧電流に焼かれ、残る二人も黒焦げになって無力化し、地面に突っ伏す。

 

『あ! 私の獲物!』

 

「言ってる場合じゃないから! ほら、さっさと行くわよ!」

 

『ぶー!』

 

「ぶー、じゃない! こっちよ!」

 

 ナナが暴れた大きな音を聞きつけた何者かが来る前に、若い女性がナナの手を強引に引いて路地裏へと駆け出す。ナナは不満げに頬を膨らませていたが、大人しく引っ張られていった。

 こうして、半面のバスケコートには一旦の静寂が訪れた。

 

 

 ——しかし、その静寂はすぐに破られた。

 気絶したゴロツキたちの間に足を踏み入れる男が現れたのだ。高価なスーツを着崩し、顔の半分を奇怪なサイバネティクスで覆った痩せぎすの男が、数人の重武装した護衛を引き連れて立っていた。

 

「間〜違いなさそうだねぇ〜、おそらくあれがボスの言っていた『龍の女』だろう。おい、お前ら今すぐアイツを——」

 

 サイバネ男が護衛に追跡の指示を出そうとした、その時。

 

「ハロー、ハロー?」

 

「ああ〜ん?」

 

 男たちの前に、音もなくスッと現れた影があった。

 黒いつば広のキャップ帽に黒いサングラス、黒いマスク、そして全身黒尽くめの服で統一した、完璧な不審者——もとい、美少女見守り隊会長のミケであった。

 

「どーも、不審者の皆さん。美少女見守り隊会長です」

 

「不審者レベルはお前の方が上でしょ〜?」

 

 サイバネ男がヘラヘラと笑いながら言うと、ミケのサングラスの奥の目が、スッと絶対零度の冷たさを帯びた。

 

「……では、惨たらしく殺します」

 

「!?!?」

 

 裏社会の住人ですらなかなかお目にかかれない、その異常な沸点の低さに、スーツのサイバネ男が目を白黒させる。

 が、周りを固める護衛たちは意に介さず、ミケに向けて急速接近する! こんなトンチキな輩には、問答無用でセメントに暴力を叩きつけるのが東西南北問わぬストリートの鉄則である!

 男たちが武器を振り上げ、ミケに飛びかかろうとした瞬間——。

 

「【全員 止まれ】」

 

 ミケが静かに、しかし絶対的な響きを持ってそう宣言した。

 たったそれだけで、空間の重力が狂ったかのように、襲いかかろうとしていた護衛たち全員の動きがピタリと停止した。筋肉が硬直したわけではない、世界そのものから動くことを禁じられたかのような、純正ウィザードによる恐るべき『言霊』の力だ。

 

「な、何だお前は!? まさか純正ウィザードなのか!?」

 

 サイバネ男が驚愕に目を見開く中、ミケは動けなくなった護衛たちの間を悠々と歩き抜け、男の背後へと回り込んだ。

 

「はいはい、どーせ今の私は不審者ですよー、っと!」

 

 次の瞬間、魔力によって恐るべき質量を持たせて強化されたミケの蹴りが、男の足首を容赦なく砕く!

 バキィッ!という生々しい骨折音が響いた。

 

「がぁあああああっ!?」

 

「あーしまったしまった、騒ぐとご近所迷惑ですからね。【黙れ】」

 

 ミケの無慈悲な二つ目の言霊が発動する。

 サイバネ男は激痛に喉を掻き毟りながらも、声帯を完全に封じられ、声にならない悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちるのだった。

 足首を砕かれた激痛に地面でのたうち回りながらも、声帯を封じられて悲鳴すら上げられないサイバネ男。その惨めな姿を冷たく見下ろし、黒ずくめのミケは事務的な、それでいて酷薄な声色で告げた。

 

「それでは質問を開始します。【ハイかイイエで答えてください】」

 

 ミケの紡ぐ『言霊』には、対象の魂と肉体を直接縛り上げる絶対的な魔力が宿っている。

 

「………!」

 

 サイバネ男の目が、限界まで見開かれた。己の意志とは完全に無関係に、封じられていたはずの声帯が無理やり震え、喉の奥から強制的に呼気が押し上げられるおぞましい感覚。

 

「貴方がたの拠点はこの都市のスラムに有りますか?【答えろ】」

 

「がっ……は、はいぃ!」

 

「【Truth(真実)】。では次。拠点はスラムの西区にありますか?【答えろ】」

 

「いいえぇえ!」

 

 男は必死に嘘を吐いた。ここで情報を吐けば、後で組織のボスに惨たらしく殺される。その恐怖からの、せめてもの抵抗だった。しかし——。

 

「【False(虚偽)】。特に意味無いですけど足刺しときますね〜」

 

「ぎゃああっ!?」

 

 ミケは鼻歌交じりの軽い動作で、どこからか取り出した漆黒のナイフを、男の無事な方の太ももにズブゥッ!と深々と突き立てた。

 嘘を見破る魔法と、強制的に回答を引き出す魔法のコンボ。はい・いいえの2択尋問は、対象がどう答えようと、あるいは嘘を吐こうと、術者が確実に真実に近づいていく『最強最悪の尋問』である。

 そこからの時間は、男にとって地獄でしかなかった。

 血と脂汗に塗れながら、サイバネ男は5分間に渡ってミケに都合の良い情報を一滴残らず抜かれ続けた。

 

「はい、お疲れ様でした。とても参考になりましたよ」

 

 ミケは血塗れのナイフをハンカチで拭いながら、まるで世間話でも切り上げるかのような穏やかな声を出した。

 

「では最後に……、【非常に恐縮ですが】死んでください」

 

「あ、あ、あああぁぁ……ッ!!」

 

 男の顔が恐怖に歪む。だが、ミケの極めて丁寧な、しかし絶対の死を強制する言霊に肉体は抗えなかった。

 サイバネ男は悲鳴を上げながら、自身の右腕に仕込まれた大型の破砕アームを起動。そのまま自身の頭部を万力のように挟み込み——メキィッ!と、自ら頭を破壊して呆気なく絶命した。

 一部始終を強制的に見せられていた護衛たちは、恐怖のあまり失禁寸前だった。

 ミケは血だまりに倒れた死体から視線を外し、残る護衛たちをゆっくりと見回す。彼等はいまだ『止まれ』の言霊の影響下から逃れられず、彫像のように固まったまま、この恐ろしい不審者……もとい美少女にひれ伏すしか無かった。

 

「……さて。発言を許可します。最も私に有益な発言をした人だけ、生かして返しましょう」

 

 拘束を解かれた瞬間、護衛たちの間で、己の命をチップにした凄惨極まりない『裏切りの椅子取りゲーム』が幕を開けた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 さらに5分後。

 ナナが暴れた半面のバスケコートには、再び完全な静寂が戻っていた。

 ストリートの地面には、ナナと謎の女性によって気絶させられたゴロツキ4人が、未だに無傷(?)のまま転がり続けている。

 先程までと変わったことがあるとすれば——路地裏の隅にある巨大なゴミ箱代わりのコンテナの中に、手足が奇妙な方向に折れ曲がった『新鮮な死体』が、きっちり4人分、テトリスのように美しく詰め込まれたことぐらいである。

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