Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
「はぁ~……助かったわ、ありがとう。それはそれとして、次からはもう少し同乗者に優しい運転を心がけて欲しいけど……」
『練習しとく』
スラムの路地裏を少し走ったところで、女性の逃げる速度にしびれを切らしたナナは「遅い!」と彼女をひょいと抱え上げた。そのままビルの外壁を蹴り、跳弾のように空を跳んでいくことで、2人はあっという間に治安の良い上流エリアまで到達していた。
豪奢なガラス張りのビル群と、整備された清潔な街路樹。スラムとは空気の匂いすら違う区画のベンチに降ろされ、女性は乱れた息を整える。
子供が自分より大きな大人をお姫様抱っこして高層ビル群を跳び越えるという、端から見れば中々バグった絵面だったが、まあこの時代はサイバネティクスや遺伝子操作により、フィジカル差が体格差を優越することは珍しくない。
しかし、降ろされた女性は、着地の度に猛烈なGの負担が来た腰をさすりながら、この突如助けに入った少女のことを冷静に分析していた。
(大人だろうと敵わない、素のフィジカル……。ナノマシン補助を考慮しても圧倒的すぎるわ。そもそも、子供サイズの貧弱な身体にあの機動や出力を発揮させようとすれば、普通は負荷に耐えきれず本体が自壊するはず)
女性は、エコバッグを提げてキョロキョロと周囲を見回しているナナをまじまじと見つめる。
それに、ただのAIではない。状況に合わせてラグのない代替会話をさせられる、極めて優れた演算能力を持つAIを搭載している。
何というか、一般的な富裕層の子供よりも随分と莫大な金がかかっている。というより、市販の技術では到達不可能な"金で手に入らない価値"を持たされていると言うべきか。
その上で、この謎だらけの少女は、赤の他人である自分を助けるためにわざわざ介入をしてきたのだ。
(肌感覚では、悪人ではない……と感じる。価値観のズレまでは考慮できないけれど)
ともあれ、今日やりたかった個人的な用事を後回しにしてでも、彼女には交流する価値がある。いや、交流して正体を探らなければならない。若い女性は直感的にそう思った。
「そうだ、この近くに見晴らしの良いテラス付きのカフェを知ってるのよ。ちょっとお茶しない? アナタにちゃんとお礼がしたいのよ!」
女性が精一杯の愛想の良い笑顔を向けると、少女の胸元のスピーカーから即答が返ってきた。
『興味ない。お使い行かなきゃいけないし』
「おおう、しっかりしている……!」
あまりにも直球すぎる拒絶に、女性は思わずたじろいだ。
(ねえロール。お茶ってなんだろう? お金もちになれる?)
『いや、ただの葉っぱの煮汁だ。ジェイクのスポンサーになる目的からは遠ざかるな。ミケのお使いを優先しろ』
(わかった!)
脳内会議を終え、再びスタスタと歩き出そうとするナナ。
ここで逃がすわけにはいかない。若い女性は仕方なく、一つ「種明かし」をすることにした。
「待って。じゃあ、これならどう?」
女性は己の瞳に触れるような仕草をし、コンタクトレンズ型に偽装していた透過ホログラムを解除した。ブラウンだった彼女の瞳の色が、スゥッと変化し——本来の眼が露出する。
『おおっと、コイツは……』
(……!!)
「あなたとお揃いね? 多分、同胞だと思うの。……ちょっとは興味出たかしら?」
若い女性の眼は、ナナと全く同じ、爛々と輝く『黄金の瞳』であった。さらに言えば、瞳孔は人間のような丸ではなく、縦に長く鋭い。正しく、この都市の支配者層を象徴する"龍の眼"であった。
(なんか私に似てる!)
『どちらかと言うとお前さんが彼女らに似ている、だとは思うがな』
ロールが冷静なツッコミを入れる中、ナナは目を輝かせて女性に詰め寄った。
(ねえロール! この人、さっき言ってた『龍』ってやつ!? お金もちでえらい人!?)
『うーん、末端の血筋か、あるいは訳アリの分家ってところだろうな。ただのゴロツキに絡まれてたし、直系の支配者層には見えねえ。だが……パイプ作りの第一歩としては最高の人材だ。ナナ嬢、ここは乗っておけ』
ロールの助言を受け、ナナはコホンと一つ咳払いをし、これ以上ないほど偉そうな態度で腕を組んだ。
『よかろう。お礼の葉っぱの煮汁、受け取ってやらないこともない。だが私は忙しいのだ、高いやつにしろ』
「ふふっ、葉っぱの煮汁って。……ええ、約束するわ。この都市で一番甘くて美味しいケーキもつけてあげる」
女性——ルシアと名乗った彼女は、くすくすと笑いながらナナの手を引いた。
◆ ◆ ◆
数十分後。
上流エリアの空中庭園にある、一般人は立ち入りすらできない会員制の超高級オープンカフェ。
その見晴らしの良いテラス席で、ナナは目の前に運ばれてきた『季節のフルーツと三層クリームのタワーパフェ』に目を奪われ、無我夢中でスプーンを動かしていた。
(あまーーーい!! なんだこれ、ジェイクがたまに出してくる四角いやつより100倍おいしい!!)
『そりゃあ完全栄養食のブロックと比べりゃな。しかし良い食いっぷりだ』
「ふふ、ゆっくり食べていいのよ」
優雅に紅茶を傾けながら、ルシアは幸せそうにパフェを頬張るナナを観察していた。
「それで? ナナちゃんって言ったわね。あなた、あんなスラムで何をしてたの?」
『ジェイクのスポンサーになるための、価値の証明!』
口の周りに生クリームをつけたまま、ナナ(の胸元のロール)が堂々と宣言する。
「……ジェイク? スポンサー? 価値の……えっと、ごめんなさい、どういうこと?」
『私が莫大なお金を稼いで、ジェイクという男を顎で使い、一生お世話をさせる権利を獲得するための第一歩。お前、龍なんだろう? お金もちになる方法を教えろ』
あまりにも正直かつ、歪みに歪み切った野望を聞かされ、ルシアはポカンとした後——耐えきれずに吹き出した。
「あははははっ! 何それ、最高じゃない! あなたみたいな面白い子、本家の堅苦しい連中の中には一人もいないわ!」
ルシアは目尻に涙を浮かべるほど笑った。
極上の甘味の味わいと、ルシアに自分の目標を褒められたことで、ナナの機嫌はこれ以上ないほど良くなった。頬をあでやかに染め、パフェを頬張りながら、彼女はルシアに向けてベラベラと自分の境遇を話し始めた。
もしもこの場にジェイクがいれば、「お前に関わることは百歩譲って良いが、俺に関わる情報をペラペラ流すな」と呆れ果てて小突き回しただろう。だが、胸元に収まるロールにとって、そんなジェイクのプライバシーなど知ったことではない。
ジェイクが瀕死の自分を荒野で拾ってきたこと。動かない身体が治るまで、毎日毎日たくさんお世話をしてくれたこと。そして、身体が治った途端、急にお世話をしてくれなくなったこと。
だからこそ、ジェイクがひれ伏すほどに私が偉くなり、再び自分をお世話する『栄誉』をあの男に与えるという、完璧なウィンウィンの関係を目指しているのだ——と。
もちろん、かつて自分がスラムで慰みものにされていたことや、惨たらしい過剰なまでの性的身体改造を受けていたという暗い過去は伏せ、大体のあらましだけを誇らしげに語った。
「そっかぁ、ナナちゃんは恩返しがしたいのね」
ルシアは目元を和ませ、優しい表情で頷いた。
『おんがえし?』
「大好きなんでしょう? そのジェイクっていう優しい人が」
『優しい……? ジェイクが……?』
「あ、あれ?」
あまりにも想定外な単語を聞かされたように、ナナはぽかんと口を開けた。次の瞬間、不満そうに頬を大きく膨らませる。
『大好きだけど、ぜんっぜん優しくない! 性格悪いし厳しいの! 私をお世話してくれるときのジェイクは好きだけど、してない時のジェイクは意地悪でムカつく!』
「そ、そうなんだ……? じゃあ普段は何をしてる人なの?」
『……ご飯作って、リハビリやらせてきて、変なお風呂に私を入れて、エッチな気持ちいいマッサージしてくれて……』
「うん?」
どこか聞き逃せない物穏やかでない単語が紛れ込んだ気がして、ルシアはピクリと眉を歪めた。
当のナナはそこから先がうまく言語化できないらしく、眉間にシワを寄せて頭を抱え込む。
『あとご飯作ってご飯作って……あーもうっ、私のお世話をしてない時のジェイクが分かんない! ロール教えて!』
『……あー、ナナ嬢から説明を引き継がせてもらう。私の事はおしゃべり機能重視の高性能汎用AIと思ってくれ。で、だ』
胸元から流れるロールの機械音声が、少し呆れたようなトーンを帯びる。
『ジェイク・ダミットという男は、荒野に居を構えるフィジカルアデプトだ。小精霊を招く住処をいくつも配置して安定したバイオームを作り、貴重な薬草の採取や高出力の農地の貸し出しで生計を立てている。そういう点が、ナナ嬢を独力で治療する莫大な元手になった。……あーそうそう、一応弁解しておくと、奴が治療行為以外でナナ嬢に触れた事は無い』
(ロール、もしかして毎日のご飯って農地の貸し出しから出てるの?)
(そういう事。農地を貸し出す代わりに収穫物をよこせ、という契約だな)
脳内通信で納得するナナを余所に、ルシアは急激に増えた情報を脳内で整理し、一つの推測を立てていた。
ルシアは自身の職業柄、この都市にとどまらず、各地の富裕層や有力者の名前、その業績のデータベースは余さず叩き込んでいる。しかし——ジェイク・ダミットという名前は、寡聞にして一度も聞いたことがなかった。
(過酷な荒野で環境を構築し、精霊を従え、農地すら運用するフィジカルアデプト……)
彼は単なる既存の富裕層やコーポの構成員などではない。自らの腕一本で土地を開拓し、独自の基盤を築き上げた強力な『一代目』。あるいは、それに匹敵する規格外の器を持つ男なのではないか——と、ルシアの胸に静かな警戒と好奇心が芽生え始めていた。
そうやってルシアが腕を組み、深く考え込んでいる間、すっかり手持ち無沙汰になったナナが暇つぶしに周囲の風景へ視線を巡らせていると、爛々と輝く黄金の瞳がふととてつもなく不審なものを捉えた。
空中庭園から数百メートルほど離れた、隣接する高層ビルの屋上の死角。
背景のコンクリートに同化する完璧な光学迷彩……ではなく、ただの真っ黒なキャップ帽子にサングラス、黒マスクという怪しすぎる不審者スタイルのまま、ミケが高倍率のデジタル望遠鏡をこちらに向けて覗き込んでいたのだ。しかも、レンズ越しに視線が合った瞬間、嬉々として千切れんばかりにぶんぶんと手を振ってくる。
ナナの背筋に、ズリ……とゾッとするような鳥肌が立った。
(うーわ何やってんだあの害獣……っ!)
『あ、あの……そろそろ帰りたくってぇ……』
あまりの恐怖と、ミケから頼まれたお使いを果たさねば何をされるか分からないという強烈な脅迫感に駆られ、ナナは胸元のロールを介して急に落ち着かない態度で訴えた。
「え!? あ、あぁごめんなさいね、私ったら難しく考え込んじゃって! ええ、今日はここまでにしましょうか。ただ……1つだけアドバイスさせて!」
『何?』
「この都市じゃ"肖像権"は絶対に買っておいた方が良いわ……! ディープフェイクや成りすまし行為に対する法的・物理的なリスクを大きく跳ね上げられるし、第三者からの信用度がまるで違ってくるの! 出来れば一刻も早く、最高レベルの権利保護を!」
『でも急いでるし』
「私の方で全額支払いも手続きも済ませておくから! ジェイクって人より凄くなるためにも、これは絶対に必要なプロセスよ!」
『じゃあやる!』
「ジェイクの上に行ける」というワードに釣られ、目を見張るほどの高速掌返しを 見せたナナの承諾を得るやいなや、ルシアはスマート端末を取り出した。その場でパシャパシャと、ナナの愛くるしい顔写真を角度を変えて手際よく撮影していく。高精度な生体ID登録には、これで十分なデータ量だ。
ルシアのこの行動には、こんなに魅力的な少女と「次に会うための繋がり」を作っておきたいという打算も勿論あった。しかし、それ以上に大部分を占めていたのは純粋な善意と保護欲だ。
このリヴァイア・シティという弱肉強食の都市において、ナナのように規格外の価値を持ちながら世間知らずな存在が名や顔を売れば、群がる害虫や成りすまそうとする悪徳ブローカーは星の数ほど現れる。それらに余計な隙を与えないためにも、いま最も強力な法的プロテクトを先手でかけておくことが、この無邪気な少女を守る一番の防壁になると知っていたからだった。