Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
深夜。分厚い鉛色の雲が月明かりを完全に遮り、巨大なコンビナート地帯は人工的な蛍光の光と、低く響く無機質な駆動音だけが支配する夜を迎えていた。排気塔から吐き出される白煙が、サーチライトの光を乱反射して不気味に蠢いている。
ジェイクは、前日に襲撃した工場から抜き取った暗号化データをもとに割り出した、ナナが凄惨な改造を施された場所——アスクレピオス社の極秘研究所へと単身で潜入していた。
コンビナートの関連工場に侵入されたのが昨日の今日ということもあり、敷地内の警戒態勢は最高レベルの『コード・レッド』へと引き上げられていた。低周波の羽音を響かせる武装ドローンが空を隙なく巡回し、赤外線センサーと重火器を備えた警備用サイボーグが、赤い光学レンズを光らせて目を光らせている。
しかし、それらはあくまで『人の形をした者』の侵入を拒むための防壁に過ぎない。人間が中で出入りし、快適に呼吸して生きられる構造の建造物である以上、必ずどこかに空気の通り道や構造上の微小な隙間が存在する。
文字通り己の肉体の構造や質量すら変容させられるフィジカルアデプトのジェイクにとって、そんな物理的な隙間は正門が開け放たれているのと同じことだった。
音もなくスライムのように肉体を液状化させ、防塵フィルターの狭小な網目をスルスルとすり抜けたジェイクは、冷たい金属の匂いが充満する通気ダクトの中で、再び確固たる『人』の姿へと戻った。
窮屈な金属の管の中で、関節を鳴らさないように細心の注意を払って息を整えながら、脳内インターフェースにマップを展開して現在地と目的を再確認する。
(今回の目的は大きく分けて2つだ)
暗視能力の視界でダクト内部を這い進みながら、ジェイクは脳内で冷静に思考を巡らせる。
(1つは、ナナの改造目的の調査。アイツの身体を治療する過程で観察した程度の所感だが……どうにも腑に落ちねえ)
アスクレピオス社ほどの巨大企業が、あれだけの圧倒的で強力な出力を持つボディを造り上げておきながら、それを戦闘や実用に一切活かせないレベルにまで貶めるような肉体改造を施した。
それはハッキリ言って、企業としては”大企業らしからぬ非合理的”な処置だ。莫大なコストをかけて最強の剣を鍛え上げながら、わざわざ刃を潰して柄にリボンを巻きつけるような真似をしている。
(まぁ、あのおしゃべりAIの反応を見るに……もしかしたら俺の『ナナは人造生命』という見立てそのものが違っていて、もっと別の合理的な処置——素体を押さえつけるためのデバフだった可能性もあるんだが……。それにしたって、ギャングもどきの寝蔵に身柄があったのは管理が杜撰すぎる)
これほどのオーバーテクノロジーを弄り回した裏には、イカれた思想を持つ狂信的なスポンサーか、開発に強引な横槍を入れた連中がいるはずだ。今後のためにも、そいつらの正体は把握しておきたかった。
ジェイクは音もなくダクトの分岐を曲がる。
(——そして、2つ目の目的は……略奪してうちの赤字を補填することだ!)
暗闇の中で、ジェイクの口元が邪悪に吊り上がった。
(ナナの改造に使われたクソ忌々しい設備があれば、それを完膚なきまでにぶっ壊して、優良な電子部品やレアメタルを片っ端から掻っ攫う! くくく、違法行為に使われた非正規の設備なら、後で荒野の知り合いに横流ししても、足がついて企業から刺されることもあるまい……!)
要するに、『ナナが受けた尊厳破壊への報復』という立派な大義名分を掲げて私腹を肥やし、あの底なしの胃袋によって膨れ上がる一方の食費と半年分の治療費を回収したいと言うことだ。
彼が思い浮かべた『荒野の知り合い』とは、大抵がジャンク屋や裏の運び屋たちである。彼らは一様に良識(仁義)はあるような顔をしているが、常識(法律)は全く持ち合わせていない連中ばかりなので、出どころの怪しい高級パーツほど高値で買い叩けるのだ。
そんな俗物全開の思考を胸に秘めながら、ジェイクは研究所の深部——最も厳重なセキュリティプロテクトがかけられた特別区画の真上へと到達した。
◆ ◆ ◆
通気口の強固な合金格子を、特殊な成分を混ぜて吐き出したツバでジュワリと溶解させ、ジェイクは音もなく暗い無人のラボへと降り立った。
そこは、他の白を基調とした研究室とは明らかに異質な空間だった。中央には禍々しい威容を誇る巨大な円筒形の培養槽が鎮座し、その横には幾重もの重厚な拘束具と、生々しいほど太いケーブルが這う、おぞましい医療用ベッドが置かれている。
培養槽の底にこびりついた、拭い去れなかった微かな血痕。そして、部屋の壁にまで深く染み付いた、嗅覚を麻痺させるような独特の薬品の匂い。
「……ここだな」
ジェイクは鼻先で匂いを嗅ぎ分け、確信した。ここでナナは、あんな悪趣味極まりない改造を施されたのだ。
一瞬だけ胸の奥底から湧き上がった暗く熱い怒りを、長年の経験で培った冷たい理性で押さえ込み、ジェイクはメインコンソールへと歩み寄る。グローブを外し、指先から極細の神経繊維を触手のように伸ばすと、それを直接ポートに接続して強引なハッキングを開始した。
「さて、どこのどいつがこんな非合理的な金の使い方をしたのか……ん?」
瞬時に突破したファイアウォールの奥から引きずり出した、暗号化データの断片を解析していたジェイクの顔が、微かに険しくなる。
カルテには、ナナへの改造履歴が時系列順に羅列されていた。しかし、その処置の数々は、アスクレピオス社の優秀な研究員たちが自ら考案したものではなかった。
外部の『特定のクライアント』からの強烈なオーダー——いや、設計図そのものの持ち込みによる完全な指示通りの施工だったのだ。
「……スポンサーの名前は……黒塗り(ブラックボックス)か。だが、この異常な改造の目的は……『神格の矮小化』……?」
網膜に赤字で表示されたその単語に、ジェイクは深く眉をひそめた。
要約すると『強大すぎる素体の本質を、人間の矮小な性欲と支配欲の枠に押し込めることで、その存在位階を強制的に引き下げる』となるのだろうか? ——まるで魔術か何かのような意味不明なオカルトじみた理論が、大真面目な先端研究データとして残されていた。
「チッ……気味が悪ィ連中だ。やっぱり俺の見立ては外れてたってことか。ナナは単なる人造生命体じゃねえ。何かの『封印』の代わりに、あんなバカな改造を施したってわけだ」
これ以上深く探るのは、手持ちのツールでは時間がかかりすぎると判断したジェイクは、データを手元のストレージに丸ごとコピーし、指先の接続を物理的に解除した。
どうにもアスクレピオス社は改造の実行犯ではあれど、"顎で使われた側"のようだ。裏で糸を引く本星を探るためにも、一度手打ちにして情報を整理する必要があるかもしれない。
「まあいい。謎解きは帰ってからだ。それより今は……」
ジェイクは振り返り、悪趣味な医療用ベッドと、そこに接続された高価な生命維持装置、そして最新鋭のナノマシン・インジェクターを、まるで獲物を狙う肉食獣のように舐め回すように見つめた。
「——さぁて、どっから引っぺがして換金してやろうか。ナナの半年分の食費と治療費、キッチリ回収させてもらうぜ」
荒野のフィジカルアデプトは、腰のホルダーから無骨で頑丈な解体用ツールを引き抜き、冷酷な報復と切実な生活費のための『略奪』を意気揚々と開始するのだった。
『こんな深夜にご苦労なことだ』
解体用ツールで高価な生命維持ユニットの配線を引っこ抜こうとしていたジェイクの耳に、天井のスピーカーからノイズ混じりの音声が飛び込んできた。
声のした方へ視線を向けると、薄暗い部屋の空気が青く揺らぎ、立体ホログラムが浮かび上がる。そこに現れたのは、顔面から首筋にかけて高度かつ重度なサイバネティクス化が施された、若者の姿だった。機械の眼光が冷たく光っている。
「……? ……。 ……??」
ジェイクは手元を止めて数秒間じっとホログラムを観察した。周囲の生体反応や警備システムの駆動音に変化はなく、増援が押し寄せてくる気配もないことを察すると、彼はすぐさま興味を失ったように解体作業へと戻った。ドライバーでカチカチと高価なパーツを外していく。
『おいコラ! 普通"誰だお前は!?"とかなんか反応する所だろうが! 無視するな警備呼ぶぞ!』
「んだよ構ってちゃんがよぉ〜〜〜」
作業の邪魔をされて辟易したジェイクは、チッと舌打ちをすると、仕方なしにホログラムの主に付き合うことにした。もちろん、手元の解体作業の手は一切止めない。
「で、そちらはどなたで? 休日の深夜に侵入者の話し相手になるなんてご苦労なこった」
『お前のせいだがな! ……まあいい、私はメガコーポ・アスクレピオス副社長だ! 貴様のような輩に名乗る名はない!』
「もしかしてかっこいい名乗りに憧れてるタイプ?」
『なんだ? 下らんとでも言いたいのか?』
「いや? 『名乗る名はない』ってのは王道でカッケーだろ」
『分かっているじゃあないか!』
(似合うかどうかは別だがな……)
随分と若く威厳のない声をしていて、重厚なサイボーグ顔のわりに案外チョロい性格の副社長に呆れつつ、ジェイクはユニットの主基板をすぽんと引き抜いた。
「で、警備も呼ばずに俺と何を話したいんだ?」
『……単刀直入に言おう。貴様が我が社に攻撃を仕掛け、わざわざこの特別区画に潜り込んだ目的は……被検体D-7の情報だな?』