Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
『……単刀直入に言おう。貴様が我が社に攻撃を仕掛け、わざわざこの特別区画に潜り込んだ目的は……被検体D-7の情報だな?』
(被検体D-7……。あー、さっきコンソールから吸い出したカルテで見たやつか。ナナの事を聞いて来てんのか)
「ま、そんな所だな。ここでどんな改造を受けたのか、何処から提供されたのか、何処に移送されたのか……」
ジェイクはあえて言葉を濁し、含みを持たせるように重々しく頷いてみせた。
実際のところ、ジェイク自身もナナの詳しい背景は何も分かっていない。スラムのアジトで、廃人同然になって転がっていた彼女を拾っただけだ。
そして目の前の副社長も、どうやらナナの現在の所在地を掴めていない様子だ。ならやることは一つ。ハッタリをかまして情報を引き出す誘導尋問だ。
『やはりか……! 知っての通り、あの素体は我が社にとっても手に余る代物だったのだ! クライアントから『絶対に壊さず、かといって本来のスペックを発揮させぬよう封印せよ』などという無茶な注文をつけられ、挙句の果てに半年前に何者かに持ち去られた!』
副社長は積年の鬱憤を爆発させるように怒号を上げる。機械化された首筋の駆動系が、感情の昂りに合わせて不気味なシグナルを発した。
「ほう……持ち去られた、ねぇ」
ジェイクはドライバーをこね回し、最高級ナノマシン抽出器のネジを一本、また一本と外し続けながら、興味深げに相槌を打つ。
『奴らは我が社の重厳なセキュリティを破り、クライアントからD-7を奪い去った。貴様、まさかその存在を狙う別の組織の者か? 魔法ギルドか、それとも他のメガコーポか?』
「さてな。俺が魔法使いの差し金か、電子の亡霊の使い魔かはお前が考えることじゃない。ただ、俺としてもその『クライアント』とやらが残した余計な後始末に付き合わされていてね。具体的にどんな『封印』を施したのか、詳しく教えてもらおうか」
『フン……言っても理解できるか? あの素体の核にあるのは現代テクノロジーの産物ではない。"神格"そのものだ。我々は持ち込まれた古代の設計図に従い、精神的・肉体的な歪みを強制的に植え付けることで、その存在位階を人間の領域まで引きずり降ろした。性的な歪曲改造も、その『解封』を阻むためのデバフに過ぎん』
(やっぱりな……あの悪趣味な処置は、強力すぎる存在を矮小化させるための呪いみたいなものってわけだ。ミケが聞いたら、泡を吹くか天への叛逆を決意するか、どっちだろうな?)
ジェイクは内心で納得すると同時に、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(……あれ? じゃあ、半年間の治療で健康体を取り戻し、黄金の瞳を輝かせて元気に出歩いている今のナナの状態って、その『封印』が解けかかってる、あるいは完全に解けてるってことか? 何も知らなかった、じゃ済まされない事態は……流石にちょっとまずそうだな?)
思わぬスケールのデカさに一瞬胃が痛むのを覚えつつも、ジェイクは表情を変えずに問いを重ねる。
「なるほどねぇ。で、そのイカれたオーダーを出したクライアント様のお名前は?」
『私の口からは言えんよ。ちょうどこの都市にやって来たようだがな。……ところで貴様、先ほどから私の目の前で何をコソコソと引っぺがしている?』
クライアントが、このリヴァイア・シティに。ナナを狙う黒幕が、すぐ近くに迫っている。
ジェイクは情報を反芻しながら、ホログラムの副社長が視線を下に向けるのに気づいた。彼はニヤリと笑い、解体用ツールを抽出器の心臓部へと突き立てた。
「ん? ああー……、D-7の治療費と俺の出張手当の回収だ。この最高級ナノマシン抽出器、良い値段で売れそうで助かるよ」
『貴様ぁぁ! 我が社の最高機密プラントをジャンク扱いするな!? 非売品に決まってるだろうが!! というか今なんて言った? D-7の治療?』
「ハハッ、これ以上壊されたくなきゃ、素直に手打ちの条件を出せ。俺もわざわざお前らの警備とドンパチする気はねぇんだ」
『お前が攫ったのか!? 手打ち云々の前にD-7について言えーーーっ!』
ホログラムの副社長は機械の目をカッと見開かせ、半狂乱になって身を乗り出してきた。食いついた、と心の中でニヤリと笑い、ジェイクは略奪の手を止めて持っている情報を切り出すことにした。
「……まず、俺がD-7を手に入れたのは半年前のスラム区域にあるゴロツキのアジトだ。見捨てられたかどうかは知らないが、地下で多大な手間と金を使った性的暴行を受け、多種多量の薬物投与もされていた。結果は廃人同然だ」
ジェイクは、スラムの地下で悲惨な肉体改造を施され、肉人形として使われていたナナの姿を思い出しながら、淡々と語った。
『は? 性的暴行……薬物……? クライアントの施設に移送されたんじゃ……』
「で、そいつにかまけて3大欲求すらガバガバになったアッパラパー共を俺がサクッと制圧して手間賃として持ってったわけだ。多大な赤字を出してまで治療してやったお人好しは、俺だってことさ」
『な、なにを……バカな……!? スラムのゴロツキだと!? 我が社の最高機密……いや、クライアントから引き渡された神格の素体を、そんな魔法の恩恵も、テクノロジーの光も届かない肥溜めのような場所で野放しにしていたというのか!?』
副社長の顔面フレームからプシューッと冷却ガスが吹き出し、ホログラムが激しく乱れた。ジェイクから明かされた事実は、メガコーポの副社長にとっても完全に想定外だったらしい。
「ご存じない?」
『報告されてない!!』
副社長は絶叫した。ホログラムが一時的に霧散し、再び再構成される。その機械の目は、裏切りへの怒りと、底なしの恐怖に染まっていた。
「ウケる〜、あんた部下に舐められてんぞ」
『いやそれを言うと今現在進行形で私を一番舐め腐ってるのは貴様なんだが』
副社長の鋭いツッコミをスルーし、ジェイクは最後の大物コンソールへと歩み寄った。彼はフィジカルアデプトの力を用い、指先の構造を変形させてポートへ直接接続。希少価値の高いAI制御コアを特定すると、ゴリッと力任せに引っぺがした。
「……そういうことだ」
『そういう事だじゃないが。私の目の前で我が社の資産を……!』
「管理に失敗するように人を仕込まれたか、それともクライアント様とやらが最初からお前らをハメてたのか……。どっちにしろ、お前らの『厳重な管理』なんてその程度だったって話だよ」
『グギギ……! い、一体どう言うつもりで……! クライアントは"検体は無事に回収し、計画の最終段階に移行した"と魔法通信で連絡してきたはず……! 我が社を騙していたというのか……!?』
副社長はジェイクへの指摘を半ば諦め、急速に青ざめて頭を抱えた。頭を抱えて狼狽する副社長を見下しながらも、ジェイクの略奪の手つきは止まらない。電子部品の次は、拘束具の純度が高いレアメタルパーツへと移っていた。
「おいおい、ショックを受けてる暇はあるのか? 俺としては、手間ひまかけて治療してやった『D-7』……いや、ナナの平穏を脅かす奴らは邪魔でね。お前らアスクレピオス社がこれ以上アイツを追わないって誓うなら、俺も今日のところはこの高級パーツ数点をお手当としてもらって、大人しく引き下がってやる」
『お、お手当だと……!? 数億クレジットはくだらない機材を虫食いの様にボロボロにしておいて……!』
「断るなら良いぜ? 普通に生きてる連中の迷惑にならん範疇を飛び出してやり合うだけだ」
副社長から見て、この侵入者の言動に一切の気負いは見られなかった。その佇まいはあまりにも自然体だ。
そもそも、この副社長としての義体は会社の円滑な運用を目指して社長直々に作られたものであり、莫大な金が掛かってはいても純粋な戦闘用ではない。社が構築した最新鋭のセキュリティをあっさり突破されている時点で、この侵入者とは極めて相性が悪い。そもそも一度内部に侵入されてから強行突破されているのである。割に合わない。それが副社長が脳内で出した結論だった。
ここまで1秒足らず。設計段階で持たされた超高速演算能力が、副社長に最適解を提示した。
『いやまあ、確かに此方の違法行為のデータをすっぱ抜いて警備ブチのめして、ここでまたデータすっぱ抜いて違法改造に使われた設備を解体してるだけとは言えるが……』
「だろ? 手打ちにしようぜ?」
『でも法に照らせば完全な犯罪だよな?』
「バレなきゃ犯罪じゃないって言葉を知らないのかよ?」
『ピポパのピ、と……もしもしポリスメン?』
「じゃあ俺も無駄に敵作って何も得がないけど、アスクレピオスがこんな事してましたーってあること無いことあちこちに情報ばらまいて荒野に逃げるかなー。クライアント様がなんて反応するかなー。火消しにどれだけ人と金使うかなー」
『おい! それは卑怯だろうが!』
「卑怯〜〜? 法の外に生きてる奴と、法が機能しない奴が使っていい言葉じゃねえだろ」
『一応これでも比較的邪悪ではなく法の範囲で生きてる企業だと、リヴァイア・シティの支配者層からお墨付きを頂いているんだが?』
「じゃあこの違法な薬品リストは?」
『密造酒を自家消費するようなものだ、問題はない!』
「この密造酒リスト、D-7が発見されたゴロツキのアジトから出てきたものを俺がまとめたものなんだが」
『この話はここまでにしておこう! あー許せない! この私をここまでコケにしたバカ共を私は絶対に許さない!』
自社の関与を示す動かぬ証拠を突きつけられ、ついに副社長の理性のタガが外れた。
『……いいだろう、交渉成立だ! アスクレピオス社は金輪際『被検体D-7』の捜索を一切打ち切る! 貴様への関与もしない! その代わり、持っていったパーツで手打ちにしろ! これ以上1ネジたりとも解体するな!』
数秒の沈黙の後、ホログラムの副社長は自陣の被害を最小限に抑えるための極めて『合理的』な決断を下し、苦渋に満ちた声で叫んだ。
「話が早くて助かるよ、副社長さん」
ジェイクは悪びれる様子もなくニヤリと笑うと、手にしていた無骨な解体ツールを腰のホルダーに仕舞う。そして、コンソールから盗掘した高級パーツや希少なAI基板がパンパンに詰まった大型バッグを、ズシリと重い音を立てて軽々と肩に担ぎ直した。これで当面の食費と、ナナの莫大な治療費の赤字は完全にチャラだ。
『待て、聞きたいことがある。貴様はなぜD-7を救出した?なぜ治療を施した?そこに何の利益を見出したのだ?』
通信を切る直前、ホログラムの副社長が純粋な疑問を投げかけてきた。損得勘定と企業の論理でしか世界を測れない彼にとって、ジェイクの行動は完全に理解の範疇を超えていたのだ。
「溺れている虫を指で掬い上げるのに大した理由がいるか?いちいち利益なんか考えるか?”目についた”からやった、それだけだ」
ジェイクは肩をすくめ、飾り気のない本音を吐き捨てる。そこに崇高な正義感や、大層なヒューマニズムなど存在しない。ただの気まぐれなエゴだ。
『どんな敵がどれだけいるか考えなかったのか?』
「あんな
『子供?たとえ奴の正体が古代文明が神に対抗するために造った生物兵器だとしても?』
古代文明の生物兵器! それはまるで、おとぎ話や神話の怪物が現代に蘇ったかのようなスケールの話だ。
だが、今のナナはジェイクにとって脅威となる敵ではない。真の敵は、そんなカビと錆だらけの大層な肩書に群がり、彼女をモノとして利用しようとする虫けら共である。
ジェイクはフッと鼻で笑い、一呼吸置いてから副社長へ向けて威勢よく啖呵を切った。
「それをクライアントに言われて真面目に信じたってのか? まあいい、答えは1つだ。……そんな物より俺の方が脅威だと、見る目の無い奴全員に思い知らせて恥かかせてやるよ」
『そんな物、か』
「そんな物、だ」
『なるほど、狂人だな』
機械の目を細めた副社長の呆れ声。それはメガコーポのトップ層から見た、紛れもない真実の評価だろう。
「こちとら好き好んで荒野に住んでんだ、褒め言葉だね」
『聞きたいことは終わりだ。……それはそれとして、クライアントへの報復を依頼したい』
ホログラムの副社長が、先ほどの激昂から一転して、氷のように冷たく、やや落ち着いた声で尋ねてくる。それは企業人としての顔を捨てた、一人の裏切られた男の顔だった。
「依頼ね。そういう稼業はやってねえんだが……まあ良いだろう。”個人”と”個人”の取引だ」
ジェイクは少しだけ思案する素振りを見せた後、不敵な笑みを崩さずに頷いた。敵の敵は味方、というわけではないが、利害が一致するなら利用しない手はない。
『ああ、それが良い。依頼内容はこの私にウソの報告をした奴、そしてそいつの背後に居る奴を貴様なりにボコボコにして潰せ。報酬は私の電子クレジットで渡す』
「じゃあ全部前金でくれ。荒野に持っていけないからな」
『良いだろう』
ピピッ、とジェイクの視界の隅で網膜インターフェースが控えめな電子音を鳴らした。即座にジェイクの個人端末の裏口座へと、莫大な額面が入金される。ゼロの数を瞬きで数え、ジェイクは内心で微かに口笛を吹いた。一般的な都市の勤め人の生涯年収の、およそ5倍は下らない額だ。
「それからターゲットとその周辺の情報」
『データで渡す』
「アンタよりD-7に詳しいやつの情報」
『私が出せる情報の中で一人居る。マス・ケーベル博士だ。D-7封印計画の立案者で、元はこのメガコーポに所属していた』
「今は?」
『クライアントに引き抜かれている。コチラで独自に座標は入手しているから、それを貴様の端末に送ろう。後は貴様の力でなんとかしろ』
再び端末が振動し、重い暗号化ファイルが転送されてくる。暗号キーはすでに解除状態だ。
「よーし良いだろう、十分だ」
『私はこれから社内の掃除をする。啖呵を切ったのだ、D-7に関わってくる連中の相手は貴様でやれ』
最後にそう言い残し、副社長の青白いホログラムはフッと空中に溶けるようにノイズと共に霧散した。
後に残されたのは、人工的な冷却音を響かせる薄暗い極秘ラボと、途方もない金額の電子マネー、そしてこれから始まる戦争の火種を抱え込んだ、たった一人のフィジカルアデプトだけだ。
「社内の掃除、ね。手始めにクライアントのスパイ共を物理的に血祭りにあげるってところか。お上品なスーツを着てても、結局メガコーポの連中もやる事はギャングと変わらねぇな」
ジェイクは独り言ちると、肩の大型バッグをしっかりと抱え直した。これ以上の長居は無用だ。副社長との密約が成立したとはいえ、警備システムが再起動すれば面倒なことになるだろう。
彼は再び己の細胞構造を泥のように流動させると、侵入してきた時と同じように、冷たい金属の匂いがする換気ダクトの隙間へと、音もなく滑り込んでいく。
――数十分後。
鉛色の雲から降り注ぐ酸の雨が、コンビナートの外れにある廃棄区画のアスファルトをジリジリと焼いていた。
空のゴミ箱に掛けていた分厚い防水コートのフードを深く被ったジェイクは、ダクトから下水道を経由し、無事にアスクレピオス社の敷地外へと抜け出していた。雨音に紛れて都市の喧騒が遠く聞こえる。
「さてと……」
フードの奥で白と黒の瞳を光らせながら、ジェイクは手元の端末を開いた。
画面には、副社長から送られてきたマス・ケーベル博士の現在座標と、クライアントに関する膨大な裏データが羅列されている。
クライアントは──聖北教会。あらゆる都市に根を張る宗教組織だ。
「神話の怪物だか何だか知らねえが……あんなアホみたいに飯を食う世間知らずのガキが、兵器なわけあるかよ」
ジェイクは酸の雨を弾くコートの襟を立て、荒野にある自身の隠れ家へと歩みを進めた。
帰ったら、まずはこの分厚い報酬の束(電子データだが)をあの底なしの胃袋を抱えるガキに見せびらかして、最高級の合成肉ステーキでも食わせてやろう。
それが終われば、いよいよ本業――『見る目の無い奴全員に思い知らせる』仕事の始まりだ。