※この作品はR-18です。

Damn'it Company!―畜生集団、或いは―   作:カラルラ

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15話目

 ジリジリと焼け焦げるような太陽の光が、防弾ガラスの窓越しに差し込む朝。ミケの隠れ家の食卓には、こんがりと油を弾かせる合成ソーセージと、黄身が絶妙な半熟に仕上がったトーストエッグが湯気を立てて並んでいた。

 

「住居をミケの家から移すべきだと思ってる」

 

 そんなご機嫌な朝食の最中にジェイクの口から唐突に飛び出した爆弾発言に、向かいに座るミケと、隣でパンを齧っていたナナの2人は、示し合わせたように目をパチクリとさせた。

 

「唐突ですね……。とはいえ、ジェイクさんの事です。そうするに足る情報を手に入れたんですね?」

 

 ミケが口に運ぼうとしていたフォークを止め、真剣な面持ちで問う。昨夜の単独潜入で、彼がただの小遣い稼ぎ以上の「厄介事」を拾ってきたことは明白だった。

 

「そういう事。まあ詳しい情報共有は引っ越ししてからにしとこう。金は電子クレジットがたんまり手に入ったんだ。問題は俺に伝手が皆無なこと。身分的には移住希望者のままだからな」

 

 ジェイクは手元のコーヒーを煽りながら、忌々しげに肩をすくめた。

 札束で頬を叩けば誰にも優しいのが、ここリヴァイア・シティの常である。だが、こと『完全な安心と安全』を買おうとすると、金だけでは済まない。金だけある素性の知れない悪党に強力なセーフハウスを与えて犯罪や抗争の拠点に使われては、提供側の信用問題に直結するからだ。一流のセキュリティ物件には、一流の『コネ』と『身元保証』が必須となる。

 

「言っときますけどね、私の顔を使うとしても家屋ならここが限度ですよ? セキュリティが高いホテルも一見さんお断りが多いですし」

 

「じゃあここ改造するか」

 

 ジェイクはあっけらかんと言い放ち、壁の構造や天井の配線を、まるですぐにでも重機関銃や自動迎撃タレットを設置し始めんばかりの物騒な視線で値踏みし始めた。

 

「ここを戦場にされたら私のお宝ちゃん達の身の安全が保証されないじゃないですか!!!」

 

 ミケが2階の部屋の隅に山積みされた、怪しげな同人アイテムの山を庇うように立ち塞がり、悲鳴を上げた。

 そんな2人の白熱した議論の裏で、ナナは驚異的なペースで10枚目の食パンに手を出す。

 彼女は2人の視線が自分から完全に逸れている一瞬の隙を見逃さず、テーブルの中央に置かれていたはずの「濃厚卵の特製ディップ」が入った器を、音もなくこっそりと自分の領地へと引き寄せていた。まさに強欲の限りを尽くす食欲の化身である。

 たっぷりと卵ディップを乗せた厚切りパンを、大口を開けて豪快に頬張る。

 サクッとした香ばしいパン生地の間から、とろりと濃厚な黄身とマヨネーズ風味のディップが口いっぱいに弾け飛ぶ至福の感触。その美味しさに瞳をキラキラと輝かせた瞬間――ピコーン!と、彼女の脳内にひとつの天啓がひらめいた。

 

(そうだ、ルシアという知り合いを巻き込もう)

 

 ナナは口の周りを黄色い卵だらけにしながら、リスのように頬袋を極限まで膨らませて酷使する。そして、思い立ったが吉日とばかりに、バッと勢いよく右手を高く挙げた。

 

『あー、ナナ嬢から提案だ。"自分の知り合いに頼んでみる"とさ』

 

 ナナの脳内に同居するAI・ロールの無機質な合成音声が、彼女のスピーカーから代わりに響き渡る。

 

「ナナちゃん、ロールが代わりに喋ってくれるからって、口いっぱいにパンを詰め込みながら手を挙げるのは行儀が悪いですよ?」

 

 ミケはジェイクへの警戒を一旦解き、呆れたようにおしぼりを取ってナナの口元へと差し出すのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ナナの突拍子もない案は、結局のところあっさりと採用されることとなった。

 最初こそ「得体の知れない相手を巻き込むなんて」と難色を示していたミケだったが、「ナナの無茶振りにこの『ルシア』とやらがどう応えるかで、今後付き合いを続けるかどうかの試金石にすれば良い」というジェイクの極めて打算的な考えに同意したのである。

 さっそくナナが携帯端末でルシアへと連絡を取ったところ、ほんの数秒後には爆速で分厚いデータ量の電子カタログが送られてきた。

 空間に投影されたホログラムのページには、要塞レベルの最上級セキュリティシステムと豪奢な内装、そして荒野の絶景からスラムの喧騒を見下ろす高層階まで、様々な景観と立地条件を備えた高級物件がズラリと並んでいる。

 ナナは最初、あまりの物件の多さに自分では決めきれず、投影されたカタログの操作権限を隣のジェイクへとパスした。が、ジェイクはホログラムを数秒パラパラと流し読みすると、「どれも寝床の広さもセキュリティも俺の要求水準を満たしているから、ナナが好きに決めろ」と、あっさりカタログの権限を突き返してしまった。

 

「とりあえず3つぐらいに絞ってみな。後はそのルシアって奴に伝えて、下見に行って決めれば良いだろ」

 

『わ、分かった』

 

「ちょっとジェイクさん、ナナちゃんがいきなり1人で決めれる訳が無いでしょう! 自我を取り戻してから、まだ半年足らずですよ!?」

 

「知識の不足は、そこにいるおしゃべりAIがカバーするだろ? 俺の負担を減らして、どんどん楽させて欲しいもんだね」

 

 ジェイクは呆れ顔のミケを尻目にそう言い捨てると、食べ終えた皿を押しやり、外の空気を吸いに玄関へ向かって歩き出した。

 

「あ、コラ! 逃がしませんよ! ……ナナちゃん、ちょーっと私達はお話してきますからね〜、ゆっくり考えながら食べてて下さいね〜」

 

『長話してていいよ』

 

「辛辣すぎません!? じゃあ行ってきますので!」

 

 バタン、とミケがジェイクを追って玄関の重い扉を閉めた。

 嵐のように騒がしかった2人がいなくなり、ダイニングにはトースターの微かな稼働音と、ナナがパンを咀嚼するサクサクという音だけが残された。

 

『さて、丸投げされたわけだが。どうする、ナナ嬢?』

 

 ロールの無機質な音声が響く中、ナナは11枚目の食パンに卵ディップをたっぷりと塗りたくりながら、空中に浮かぶホログラムカタログをじっと見つめた。

 

(うーん、ジェイクが喜ぶ家……。あの人、基本的には他者との交流を避けてそうだし、あの家の印象で考えると静かで孤独な生活様式が好きそうだから……)

 

『なるほど。なら、まずは近隣住民との物理的な接触機会が極めて少ない、独立構造か最上階のペントハウスに絞ろう』

 

 ナナの視線の動きに合わせて、ロールが高速でカタログの条件を絞り込んでいく。数百件あった物件が、瞬く間に数十件へと減った。

 

(あと、ミケが言ってた。いざという時は拠点ごと放棄して逃げるから、後腐れがない場所がいいって)

 

『了解だ。じゃあ、いざ拠点ごと爆破・解体した際の「建物滅失登記」の義務や、取り壊しの審査プロセスが極端に緩い物件を優先していこう』

 

(あとジェイクは身体動かせるスペース欲しいと思う!絶対に言わないだろうけど私は分かる!)

 

『それなら……』

  

 ナナとロールは、パンを齧りながら見事な連携で(主に物騒な方向へ)条件を最適化していく。やがて、ホログラムの上に3つの物件がピックアップされた。

 一つは、巨大な冷却塔の影に隠れた、防音・防爆仕様の地下シェルター跡地。

 一つは、リヴァイア・シティの最上層部に位置する、完全プライベートな空中庭園付きペントハウス。

 そしてもう一つは、居住性という物を何も考慮していないオリエンタルな意匠と複雑なからくりを備えた広大な要塞屋敷だった。

 ナナは最後のパンを飲み込むと、満足げに手をパンパンと払い、通信モジュールを起動した。

 

『よし、この3つをルシアに送ろう。見学の手配、よろしくね』

 

 テキストデータとして送信ボタンを押した瞬間、ルシアから即座に「承知いたしました。すぐにお迎えのステルス車両を手配いたします♡」という、場違いなほど軽いメッセージが返ってきた。 

 

◆ ◆ ◆

 

「はぁ……。ジェイクさん? ナナちゃんに自立して欲しいのは分かりますけど、流石に急だし露骨すぎますよ? もっとゆっくりでも良くありません?」

 

 重い気密ドアを押し開け、ジェイクの後を追って玄関の外に出てきたミケは、朝の眩しい日差しを手で遮りながら早速話を切り出した。

 

「へっ、こっちは心身すり減らしながら文字通り神経削ってやったんだ。負債を回収した途端に放り出さないだけありがたいと思って欲しいね」

 

「ナナちゃんを人間にしたのだからキチンと育てるべきです。私も手伝いますから」

 

「畜生が人間を育てる?ちゃんちゃら可笑しくって涙が出らぁ。それにアイツは人間の尺度に当てはめられる奴じゃない、必要なのは草食獣のようないち早い自立だ」

 

 ジェイクは壁に背を預け、腕を組みながら吐き捨てるように鼻で笑った。フィジカルアデプトとしての知識と技術を総動員し、身銭を削って心身を削る様な真似までして、廃品修理の如き治療にあたったのは紛れもない事実だ。が、その口から出るのは相変わらず可愛げのない言葉ばかりである。

 

「かーっ、これですよコレ! 意気地なしの甲斐性なし!」

 

「あー、うっせうっせ。甲斐性なしらしくお前のツケを徴収してやろうか? おおん?」

 

「では臆病者の露悪趣味も付け加えてあげましょう」

 

「ぐむっ」

 

 ジェイクの威嚇を事もなげにいなすと、それからミケはつらつらとジェイクの心根を解釈していく。

 本気で突き放したいわけでもなければ、冷酷になりきれているわけでもない。ただ傷つくのを恐れ、他者との距離感をあえて雑に振る舞うことでしか保てない、この頑固な男の不器用な内面を、ミケは容赦なく言葉のナイフで皮剥ぎにしていった。

 ジェイクは不愉快な顔で視線を明後日の方向へ逸らし、それを適当に聞き流すが、その解釈が『的外れだ』と咎めることは一切しなかった。

 

「——いい加減、自分をワザと貶めて人の善意や好意を見くびる癖は直したほうが良いですよ? 貴方がそれで痛いしっぺ返し喰らっても、その時は嘲笑ってやりますから」

 

 ミケは眼鏡の位置を直すようなジェスチャーと共に、どこか呆れたような、けれど確固たる眼差しで諭すようにそう告げた。

 

「あー効かねぇ〜。タダ飯ぐらいの同人狂いがなんか言ってらぁ〜〜」

 

「おぉ〜効いてる効いてる。偶に反撃して反応を引き出すのは麻薬ですねぇ〜? オホホのホ!」

 

「効いてませ〜ん馬の耳〜」

 

 言い返せなくなったジェイクは、己の頭部の細胞をぐにゃりと弛緩させ、耳だけをぬっと長くて毛深い馬のものに変異させておどけてみせた。肉体変異を専門とするフィジカルアデプトの能力の壮絶な無駄遣いである。

 

「……それじゃ、言いたいこと言ったので私は戻りますね。ジェイクさんは機嫌を戻してから家に入るように」

 

 ミケは満足そうに口元を緩ませると、そう言い残してご機嫌な足取りで家の中へと戻っていった。バタンとドアが閉まり、再び周囲に静寂が訪れる。

 一人取り残されたジェイクは、馬の耳を元のアタッチメントのない人間の耳に戻しながら、心底不服そうにその場で黙っていた。

 

「……あーむかつく、ムカつくぜ、全く。だいたい……」

 

 全身から不愉快を滲ませてぐちぐちと毒づくジェイクの口から、ミケの分析が『的外れだ』という言葉が飛び出る事は遂に無かった。

 文句を言いながらも「機嫌を戻してから入れ」という言葉を律儀に守って突っ立っていると、やがて敷地内の空間が光学迷彩の解除とともに不自然に歪み始めた。水滴が弾けるような音とともに姿を現したのは、ルシアが運転する漆黒のステルス車であった。

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