Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ルシアの手配した漆黒のステルス車は、光学迷彩で車体を周囲の景色に溶け込ませながら、リヴァイア・シティの喧騒をすり抜けるように滑らかに夜の専用レーンを走っていた。
その後部座席で、ジェイクは深くため息をつき、ズキズキと痛むこめかみを指で揉みほぐしていた。原因は明快。前方から絶え間なく鼓膜を打ち据える、機関銃のような早口の会話である。
「——ですから! あの関係性の終着点は安易な肉体関係ではなく、互いの魂の形を理解し合った上での巨大感情のぶつけ合いにこそ真の『尊さ』があるんですよ!!」
「分かります、わかりますよミケ様! 公式が最大手とはいえ、あの行間にある湿度を補完してこそ同人の嗜み! 私が先日独自ルートで仕入れた旧時代のアーカイブデータに、まさにその概念を体現した幻の神本があるんです!」
「ほ、本当ですかルシアさん!? 後でこっそり共有してください!」
乗車前まで、「ナナちゃんをナンパする怪しい奴なんて信用できません!」と鼻息荒く反ルシア最先鋒を自称していたミケだったが、いざ車内でルシアが重度の『同好の士(同人狂い)』であると判明した瞬間、見事なまでに掌を返した。
今や助手席のミケと運転席のルシアで、アレが好きだのコレが尊いだの、お互いのニッチな嗜好談義と熱烈な自語りに花を咲かせ、完全に意気投合している。ジェイクにとってはどうでもいいオタク特有の専門用語が、不可視の物理的な流れ弾となって後部座席にビュンビュンと飛んできており、ただ聞いているだけでひどく気疲れを感じていた。
(ったく、どいつもこいつも……)
ジェイクは流れていくネオンの光へ、逃げるように窓の外へと視線を向けた。ここに至るまでの道のりも、決して順調とは言えなかったのだ。
最初に下見へ行った、オリエンタルな『カラクリ要塞屋敷』。次々と繰り出される無駄に複雑な隠し扉や殺傷トラップなどのギミックを一通り見学したナナは、一切の感情を失った虚無の目で『……これ、ご飯食べる部屋に行くまでに毎日トゲ付き鉄球避けるの?』と、至極真っ当で論外の判定を叩きつけた。ジェイクも内心で同意した。
次に訪れた『地下シェルター跡地』は、防音・防爆の観点では完璧だった。しかし、今度はミケが「こんなの、敵に正面から踏み込まれたら、逃げ道がなくて袋のネズミじゃないですか!」と強硬に難色を示したため、あえなく却下となった。ジェイクも内心で同意した。
そして現在、一行は最後の候補である、シティ最上層部にある『空中庭園つきペントハウス』へと向かっている最中だった。
「…………」
ふと、袖口をツンツンと控えめに引かれる感触があった。
隣を見ると、ナナが心配そうな黄金の瞳でこちらを見上げていた。ジェイクが言葉の流れ弾に被弾してうんざりしている様子を、彼女なりに気にかけてくれたらしい。
ジェイクは気を取り直すように、コトンと彼女の頭にポンと手を乗せた。
「なんだ、疲れたか? 俺なら大丈夫だ、いらん心配をするな」
ぶっきらぼうにそう返して視線を前に戻す。だが、ジェイクの心の中には、家を出る直前にミケから突きつけられた言葉が、未だにチクチクと反響を続けていた。
『——いい加減、自分をワザと貶めて人の善意や好意を見くびる癖は直したほうが良いですよ?』
(臆病者の露悪趣味、ね……。あの同人狂い、言うようになりやがって)
図星を突かれた苛立ちと、それを素直に認められない己の不器用さに、ジェイクは内心で悪態をついた。
やがてステルス車は、下層を覆う厚いスモッグの層を抜け、太陽の光が直接降り注ぐシティの最上層へと到着した。専用の高速エレベーターが滑らかに上昇し、重厚な扉が開く。
エレベーターホールを抜けて足を踏み入れたペントハウスは、まさに別天地だった。外界の汚染された空気を完全に浄化するドーム状の環境システムが静かに稼働し、広々とした清潔なリビングには磨き上げられた大理石の床が広がっている。そして何より、青々とした植物が風に揺れる広大な空中庭園からは、眼下にリヴァイア・シティの雑多なパノラマを一望できた。ジェイクは風景を見下ろして内心で笑った。
(おーおー、人が蟻ん子よりも小さく見えらあ。空気もキレイ、緑も多い。金持ちは実にいい趣味してらっしゃる。個人的には一年も住んでらんないね、こりゃ)
内装の見学を始めると、少女2人が早速目を見開いた。
『わぁ……! ジェイク、見て! おっきいキッチンがあるよ! これならお肉がいっぱい焼ける!』
「肉ばっかり食わせねえからな?」
「お宝ちゃん達を置くスペースも完璧です! それにこの高度なら、いざという時の脱出ルートも確保しやすいですね!」
「お前ナチュラルにあの家を引き払うつもりで居るのか?」
「いかんのですか?」
「事が終われば俺は荒野に帰るんだ、後の維持費用はお前が持てよ?」
「ちっ」
ナナとミケは目を輝かせ、広々とした部屋中を駆け回って大変な好評ぶりだった。
ジェイクも無言で部屋の四隅を歩き回り、防弾ガラスの強度、セキュリティシステムの規格、死角の有無を己の戦闘的な観点から厳しくチェックしたが、ケチを付ける箇所はただの一つも見当たらなかった。
「……文句なしだ。ここにしようぜ」
ジェイクがそう宣言すると、満場一致で新居が決定した。
ルシアは「お任せください!」と優雅に一礼すると、早速その場で洗練されたデザインの端末を取り出し、物件の所有者や裏社会の顔役たちとの交渉、そして面倒な権利手続きの代行を、傍から見ていて恐ろしいほどの手際で進め始めた。
「では、私が手続きを終わらせる間に、こちらで家具の選定をお願いいたしますね」
電話の保留音を鳴らしながら、ルシアが片手間でジェイクに電子カタログの端末を渡す。
ジェイクは端末を受け取ると、そのまま流れるような手つきで横にいたナナへとヒョイと横流しした。
「ほれ、ナナ。お前が長い事使うんだからお前が選べ」
「あ……、またジェイクさんはそうやって丸投げして!」
その光景を見たミケが、眉間に深い皺を寄せて小言を浴びせようと息を吸い込んだ。自立を促すという名目で、また彼が面倒を避けて怠惰に突き放そうとしているのだと感じたのである。
しかし、ミケの怒声が飛ぶより先に、ジェイクはナナの隣の床にどっかりと胡座をかいて腰を下ろした。
『この真っ赤なソファー、かっこいい。お肉食べながら寝転がれる』
「バカ言え、そんな派手な色は落ち着かねえだろ。それに食事はダイニングで食え。ベッドはどうする? あの部屋の広さなら、キングサイズでも余裕で入るぞ」
『じゃあ、ふかふかのやつ。ジェイクのは?』
「俺は適当なコットで十分だ。……いや、ミケの奴がまたうるさいから、硬めのマットレスにしとくか」
ジェイクは端末を覗き込むナナの横に座り、ホログラムのカタログを指差しながら、ぶっきらぼうな口調ながらもしっかりと相槌を打っていた。
ただ突き放すのではなく、不器用なりに彼女の選択に寄り添い、一緒に居場所を造ろうとしている。
その様子を見たミケは、吸い込んだ息を呆れたようなため息に変えて一つこぼし、溜飲を下げると、二人の反対側の隣へと歩み寄った。
「ちょっとジェイクさん! ナナちゃんのベッドをケチらないでください! それに、私の部屋のアンティーク家具にも少しは予算を回してくださいよ!」
ミケもカタログを覗き込み、あーだこーだと楽しげに口を挟み始める。
最上層の澄んだ空気の中、新たな拠点となる真っ白なペントハウスには、これから共に生きていく3人の賑やかな話し声が、いつまでも響いていた。