※この作品はR-18です。

Damn'it Company!―畜生集団、或いは―   作:カラルラ

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17話目

 広いペントハウスのリビングに、ミケの間の抜けた声が響き渡る。

 

「えー、それではぁ!これから引っ越しお疲れ様パーティーをしまーす、拍手!」

 

『(盛大な拍手の音)』

 

 ナナの胸の上に鎮座するAI、ロールが空気を読み、スピーカーから大げさな効果音を鳴らした。

 ルシアの恐るべき手回しの良さもあり、なんとそこからたった一日で引っ越しは完了してしまったのだ。食卓の隅に置かれたロールから流れる陽気なBGMと、最新型のシーリングライトの温かな照明を浴びたテーブル上の料理たちが艶やかに輝き、今か今かと口に運ばれる瞬間を待ち望んでいる。

 ミケの隠れ家で使っていた古びたテーブルと比べ、優に倍は広くなった真新しい大理石調の食卓。そこを囲むように座っているのは、ナナ、ミケ、ジェイク、そしてすっかりこの輪に馴染んでいるルシアの4人だった。

 

「すいません、私もこの席に招待してもらって」

 

 ルシアが行儀よくグラスを掲げながら、恐縮したように微笑む。

 

「気にすんな、この引っ越しに関してのMVPはアンタだからな」

 

 ジェイクは琥珀色の酒が入ったグラスを揺らしながら、ぶっきらぼうに労いの言葉をかけた。裏社会の手続きから物件の確保まで、ルシアの働きがなければ今頃はまだ引っ越しの"ひ"も終わらないままで居ただろう。

 ルシアが隣に座るジェイクへ嬉しそうに感謝の視線を向けていると、山盛りの肉料理を前に目を輝かせていたナナも、食卓の向かいから身を乗り出して話しかけてきた。

 

『ねえジェイク! 私は?』

 

「ナナは2番目に偉いぞ。伝手作って提案もするのは、それだけ価値がある行動だからな」

 

『やったー!』

 

 ジェイクに素直に褒められたナナは、満面の笑みを浮かべて両手をバンザイした。

 

「ではジェイクさん、私はどうなんです?」

 

 その和やかな空気に便乗するように、ミケがこれ見よがしに胸を張って咳払いをした。

 

「オメーは俺に3周差つけられてドベ一等賞だバーカ」

 

 しかし、ジェイクは冷ややかな目でミケを一瞥し、容赦なく事実を叩きつけた。

 

「酷くありませんか!?」

 

「いや……だってお前、家具の1つも運ばずに持ち込んだVRの設定ばっかだったじゃん……」

 

 痛いところを正確に突かれたミケは、ウッと喉の奥でカエルのような呻き声を上げ、手を付けたばかりの美味しそうな料理から逃げるように、気まずそうにそっぽを向いた。

 

「いや、その……。ジェイクさん、1人で重い電子機器も丁寧にひょいひょい運べてしまいますし……適材適所というやつですよ。ネットワークの構築も大事ですし!」

 

「軽いやつもあったぞ? 使う意味のわからん料理関係のゴテゴテした機材とか」

 

 決して声を荒らげて強く責めるような声色ではない。ただ淡々と、起きた事実を述べているだけだ。だが、だからこそ一切の言い訳の余地がなく、ミケの心に鋭利な刃物のようにグサグサと突き刺さるものがある。ミケはたちまち顔を萎びさせ、広々とした椅子の上ですっかり小さくなってしまった。

 

『いいじゃん! 私も料理やってみたかったの!』

 その様子を見かねて、ナナが慌ててミケを庇うように声を上げる。

 

「なんか良く分からないぐらいゴテゴテしたアレ、お前が買ってたの!? 別にかき混ぜるぐらい、自分の腕一つで良くないか?」

 

 ジェイクは心底理解できないというように、深く眉をひそめた。彼が言っているのは最新式の高性能ミキサーのことなのだが、ジェイクにとってはただの無駄なガラクタにしか見えないらしい。

 

『私が力持ちなのと、早くグルグルさせるのは別でしょ! 手でやったらボウルごと吹っ飛んじゃうもん!』

 

「そうかぁ? そうかあ……確かにそうかも……」

 

 あくまで「自身の肉体を変容させる」という自分基準で考えがちなジェイクにも、どうやらミキサーの実用性は伝わったらしい。よくよく考えてみれば、普通の人間は特定の動作のために、腕の形状を一時的に取り替えたりはしないからだ。

 相変わらず顔が萎びたまま、ちまりと縮こまっているミケが立ち直る時間を稼ぐべく、ルシアは更に話を逸らすことにした。

 

「そ、そう言えばジェイクさんはフィジカルアデプトでいらっしゃるとか!」

 

「そうですけど」

 

「私、お恥ずかしながらフィジカルアデプトという存在を文字情報でしか良く知らなくて。ぜひこの機会にお話を聞かせてもらえないかなー、と!」

 

 ジェイクは深くため息をつき、手元のグラスをテーブルに置いた。ルシアの露骨な話題逸らしに気付いてはいたが、ここで追及を続けるほど野暮な男ではない。

 

「フィジカルアデプトは……うーん……バカの集まりだ」

 

 急に飛び出した身も蓋もない発言に、ルシアは目を丸くして怪訝な顔をした。

 

「あの……、貴方はフィジカルアデプトですよね?」

 

「だからこそバカの集まりだって分かるんだ。あんなもん、効率から程遠い連中だぞ?」

 

「ええとその……定義的には"己の肉体を魔法の触媒や発動体とする魔術師の総称"と言われていますが?」

 

「合ってるな。アンタはそれを聞いてどう思った?」

 

「経済的、でしょうか? 高価な発動体を買い替えたり、触媒を補充しなくて良いんですから」

 

「そうかぁ? まず肉体頼りだから発動体で下駄を履けない。その上、発動体に適した身体に作り変えるのに最低でも半年は地獄のような苦痛に耐える必要があって、普通にやったら何年もかかる。それを半年で終わらせようと思ったら、金銭的にはオーダーメイドの最高級発動体を3回買い替えられるだけの莫大なリソースが必要になる。この時点で経済的とは言い難いぞ」

 

「さ、3回!?」

 

 高度な魔術用語と金銭感覚の話が急に分からなくなったナナが、隣のミケにコソコソと耳打ちをした。

 

『ねえミケ、発動体ってなに?』

 

「要するに魔法の杖です。最近は電子端末の形も増えてきましたね。ちなみにオーダーメイドの発動体一個で、私が前に住んでいたあの隠れ家が一軒買えるのと等価と思っていいです」

 

『なるほど、分からん』

 

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべるナナに向かって、ジェイクが分かりやすい基準を提示した。

 

「お前の治療費1週間分がオーダーメイド3個分だ」

 

『分かりやすい! 私の治療費でミケの家がだいたい72軒建つんだ!』

 

「暗算出来てえらい! ……とはいえ価値観がバグりますね、この算数。うそ、わたしの家安すぎ……?」

 

『全くお高い女だ、と言うことにしておこう』

 

 ロールの冷静なツッコミの呟きを他所に、不思議な同居人たちの賑やかな夜の話はさらに進んでいく。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「俺が専門領域にしている『肉体変異』だが、例えばこんな——」

 

 ジェイクが事もなげに右手をテーブルの上に掲げると、その腕がゴキッと異様な音を立てた。かと思うと、一瞬にして鋭い爪を備えた凶悪な獣の腕へと膨張し、さらに次の瞬間には、鈍い光を放つ無機質な重火器の銃口へと変異した。

 

「ひえっ」

 

 あまりにも生々しく、常軌を逸した肉体改造のデモンストレーションに、ルシアが上品な笑みを引きつらせて小さく悲鳴を上げる。

 

「ちょっとジェイクさーん? 今は食事中ですよー? グロテスクなのはやめてください!」

 

 和やかな歓談の間に、ジェイクが己の特異性を証明するためとはいえ、突然その腕を兵器や獣に変えてルシアを心底怯えさせるという、いささか物騒な一幕もあった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「じゃ、情報共有始めるか」

 

「へ?!」

 

 3人がグラスを傾けながら歓談を続ける中、暴食の獣と化したナナが、テーブルの上に美しく陣形を組んでいた肉料理やオードブルを半壊させた辺りで、ジェイクが突然、グラスを置いて重々しく話を切り出した。

 これに素頓狂な声を上げて狼狽えたのがルシアである。

 

「どうした? 俺らの、というよりアスクレピオス社のゴタゴタの裏事情を知りたくて、この怪しい奴の誘いに乗ったんだろ?」

 

「え、あう、その」

 

 裏社会の顔役とも渡り合う彼女の立場からすれば、ここは動揺をおくびにも出さず、毅然とした態度でプロとして対応するべき場面である。だが、それがどうにも出来ない。先ほどジェイクが見せた、人間の枠を完全に逸脱した恐るべき『肉体変異』のデモンストレーションが、未だに脳裏にチラついて恐怖心を煽っているのである。

 

「ちょっとジェイクさん? いずれルシアさんの実力を見定めると決めてましたけど、今ここで唐突に踏み込むのは独断が過ぎませんかぁ?」

 

 ミケの咎めるような言葉に、ジェイクがスッと鋭い目線を向ける。その視線の先で、ナナは緊迫した空気など我関せずと、相変わらず両手両頬をべとべとにしながら暴食の獣を継続していた。

 

「のんびりしている暇は無い。コイツの持つ『伝手』が今すぐ欲しいんだ。追っ手に対する時間稼ぎとか、こっちの手数を揃えるためにな」

 

「はぁ~〜……。なるほど、先日の潜入でそういう『厄介な情報』が手に入っちゃったんですね? 分かりました」

 

 ジェイクの言葉の裏にある切迫感を察取したミケは、短くため息をついてからルシアに向き直り、居住まいを正して改めてお願いをする。

 

「ルシアさん、私達が顔を合わせたのは昨日の今日の話で、信用しろと言うほうが無理なのは重々承知しています。ですが、どうかナナちゃんを守る為に、貴方の力を貸してもらえませんか?」

 

「ミケさん……。ええ、分かりました! ナナちゃんの助けになりたいと考えたのは私も同じです! それに……何より、魂を共有した同好の士の頼みですからね!」

 

「ルシアさん!」

 

「ミケさん!」

 

 先ほどまでの恐怖はどこへやら、オタク特有の謎の連帯感で結ばれた2人は、テーブル越しにガシッと熱く固い握手を交わした。ジェイクは『こいつら本気で言ってんのか?』とでも言いたげな冷めきった目でその茶番を見つめ、ナナはそうこうしている間にテーブル上の料理の8割をペロリと喰らい尽くしていた。

 

『ナナ嬢、一応あんたの為に女2人が熱い決意をしてくれてるんだから、何か反応を返しても良いんじゃないのか?』

 

(ご飯が冷める前に全部食べたほうが絶対に美味しいから……もぐもぐ)

 

『うーんこのマイペース』

 

 呆れ返るロールの無機質な音声すらもBGMに、ナナは今日も今日とて己の食欲を満たすことに全力を注ぐのだった。

 

  

 

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