Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ペントハウスに作られた薄暗い防音室。卓上に広げられた端末の明かりが、ジェイクの真剣な顔つきを照らし出していた。
彼が視線を巡らせると、ルシア、ミケ、そして事の渦中にあるナナがそれぞれの定位置で頷く。
「じゃ、情報整理を始めるか」
まずジェイクの口から、今回得た手札が共有された。アスクレピオス社から引き出したナナの『改造計画』の全貌と、その立案者であるマス・ケーベル博士の現在位置。そして、クライアントである聖北教会の詳細な情報に加え、アスクレピオス社から「報復依頼」として報酬を全額前金で受け取ったという事実だ。
続いて、ナナの意向を代弁する形でルシアが報告を行う。名門ヴァルハイム家との繋がりを確固たるものにしたこと、そしてナナ自身の『肖像権』を法的に獲得し、公的な防衛策を打ち立てたこと。
最後にミケが、裏社会に張り巡らせた情報網から得た不気味な事実を告げる。ナナが肖像権を得て姿を表すよりも前から、すでに裏社会では「ナナの容姿の情報」と「身柄確保の命令」が何者かによって出回っていたというのだ。
『つまりどういうことなの?』
ナナが小首を傾げて発した問いに、ジェイクは顎を撫でながら推論を口にする。
「黒幕を1人と仮定すると……、アスクレピオス社と聖北教会へのウソ報告を行いながら、お前の身柄を確保してスラムに流した奴が居る、という説が浮かび上がる。アスクレピオス社に報告を信じさせたのだから、ソイツはそれなりの権限は持ってる筈で……。何にせよスラムに根回しできる奴が聖北教会に居ると考えて良いんじゃないのか?」
ジェイクの言葉に、部屋の空気が一段と冷えた。
「聖北教会を怪しむなら、現場に出て裁量権を持つ人物を中心に調べたほうが良いでしょうね。組織同士の繋ぎをするのは下っ端では出来ませんから。ルシアさん、調べ物お願いできますか?」
腕を組んで思案していたミケが、隣に座るルシアへと視線を向ける。
「ナナちゃんの引き渡し前の日付にゲートを抜けて都市に来た人物と、今回ゲートを抜けて来た人物を照らし合わせて、共通する聖北教会の人員を絞り込んでみます」
ルシアは即座に頷き、手元の端末へ向かう姿勢を見せた。
「ルシア、これ使え。アスクレピオス社から抜いてきた移送計画のデータだ。日付やある程度の人員の名前が乗ってる」
ジェイクは小型のデータチップを指先で弾き、ルシアへとパスする。
「ありがとうございます」
チップを危なげなくキャッチしたルシアは、さっそく自身のデバイスに読み込ませ、高速でキーを叩き始めた。
「……ミケ、ウソ報告と移送中のナナを狙って攫った人物が別の可能性はあるか?」
データの解析音が響く中、ジェイクがミケに更なる懸念をぶつける。
「可能性がゼロとは言えませんが、聖北教会は色々ありすぎて相互監視を厳しくしています。少なくとも表立って動く間は外との連携が相当難しいはず……」
ミケは教会の内部事情を脳内で検索するように伏し目がちになり、静かに首を横に振った。
「OK、ひとまず単独で動くと考えよう」
状況の輪郭が少しずつ見えてきたことで、ジェイクは一つ息を吐き、方針を固める。
『ジェイク、しつもーん』
張り詰めた空気を読まない、どこか間の抜けたナナの声が響いた。
「どうした?」
『スラムの勢力と連絡取って数で攻めてきたらどうするの?』
「それは普通に厳しい。だからスラムの連中を偽情報で乱して、教会も足並みを揃わなくさせるつもりだ。相互監視が確かなら表立ってスラムに足は運べないし、連絡だってやり辛い。教会の都合に従ってこっちに来るしか無いわけだ」
盤面をコントロールできているという確信を持たせるように、ジェイクは力強く答えた。
『教会だけなら勝てる?』
ナナの純粋な、しかし事態の核心を突く問い。ジェイクは僅かに眉間を寄せ、慎重に言葉を選んだ。
「勝てる、と、言いたいが……。黒幕が暗躍を引っ込めて、理論武装して正々堂々と来た場合がまずい。最強戦力を動かすだけの理由がお前にあるからだ」
『皆私に厳し過ぎない?』
どこか不満げなナナの反応に、ジェイクは思わず苦笑を漏らす。
「まあ……今回はどうにかこうにかしてやるさ。その為にはこっちも早急に理論武装が必要で、ナナに関わる正確な情報が必要になる。情報格差を埋めなきゃ勝ちようが無いからな」
「ではケーベル博士の居場所に向かう訳ですか。いつ向かいます?」
ミケが最終確認とばかりに、ジェイクの目を見た。
「明日。教会の連中が都市に入る前に終わらせよう」
ジェイクの声には、一切の迷いがなかった。
「ルシア、リストアップの目処はいつ頃立ちそうか?」
「明日の朝までには。照合範囲が広いですが、このデータがあればかなり時間を短縮できます」
画面の光を瞳に反射させながら、ルシアは視線を外さずに答えた。すでに彼女の意識は膨大なデータの海へと潜っている。
「頼む。ミケは裏社会をグダグダにさせる準備をしてくれ。偽情報を流すタイミングはこちらから合図する」
「承知しました〜。スラムの連中が混乱するような『撒き餌』は、すでにいくつか用意してありますよぉ♪」
ミケは口元に薄く笑みを浮かべ、闇に溶け込むように静かに席を立った。
『ジェイク、私はどうすればいい?』
「お前は……」
ジェイクはナナを見つめ、小さく息を吐いた。
「しっかり休んでおけ。明日からはケーベル博士と直接顔を突き合わせて、お前自身の面倒な『過去』と『価値』を掘り返すことになる。嫌でも疲れるぞ」
『……わかった。ジェイクも、ちゃんと寝てね』
少しの沈黙の後、ナナはそう言い残して大人しく引き下がった。
ミケが去り、ルシアのタイピング音だけが規則的に響く中、ジェイクはゆっくりと部屋を出た。
聖北教会という巨大な組織の影、暗躍する見えざる黒幕、そしてナナに隠された真の価値。点と点が繋がりつつあるが、未だ全貌は掴めない。
明日のマス・ケーベル博士との接触が、全ての引き金になるだろう。
ジェイクは窓の外から下層を見下ろし、薄汚れながらも不気味に瞬く都市の夜景を睨みつけながら、夜を過ごした。
◆ ◆ ◆
翌日。厚いスモッグの層を抜け、ルシアが運転する漆黒のステルス車は、リヴァイア・シティの喧騒から離れた郊外へと続く荒涼としたレーンを滑るように走っていた。目的地は、ナナの『改造計画』の立案者であるマス・ケーベル博士の隠れ家である。
「リストアップは終わりました。ジェイクさんの端末に転送しておきます。後は向こうのゲート情報待ちですね」
運転席のルシアが、バックミラー越しに涼しい顔で報告をした。昨晩依頼したばかりの膨大なデータ照合を、いともたやすく終わらせてみせたのだ。
「仕事はっや。ロールだけじゃこの速度は無理なんじゃねーの?」
ジェイクが手元の端末で送られてきたリストを確認しながら、感心したように口の端を上げる。
『まあ権限持ちには敵わんさ。私の本領はお喋りだしな』
ナナの胸元にいるロールが、少しも悔しがる様子を見せずにスピーカーから気楽な電子音を返した。
車窓から流れる景色を眺めていたミケが、ポツリと口にする。景色は既に無機質な住宅街を抜け、背の高い雑草と赤茶けた土が目立つ荒涼とした郊外になりつつあった。
「それにしても……、博士は随分と閑散とした場所に居るようですね。どれだけ硬い防備をしているのやら」
「その時こそロールの出番だろ」
『ま、ここらで私の実力を見せるとするさ』
軽口を叩き合っているうちに、ステルス車は舗装路の途切れた行き止まりで静かに停車した。
「……ここで間違いありません。車で入れるのはここまでで、ここからは数kmほど徒歩で行く必要が有りますね」
ルシアがナビゲーションパネルを指差して告げた。
「分かった。ルシアさんはここで待機して、退路の確保をしてくれ。……ロール、近くの監視カメラの映像を奪えるか?」
『ルシア嬢の端末に繋げば良いんだな? 任せろ』
「うわっ、もう映像が! ……それでは、お気をつけてください。書類を見る限りでは、相当重要度の高い人物のようですから」
「ルシアさんも気をつけてくださいねー」
ミケがルシアに手を振り、その言葉を最後に、3人とAIは舗装されていない荒れ地へと足を踏み入れた。
先頭で物理的な脅威を排除するジェイクが歩き、中央で護衛対象のナナが2人に挟まれるように歩き、後方で索敵と電子戦のサポートを担うミケが警戒しながら歩く。いつぞやの地下都市を探検した時と同じ、彼らにとって最も手堅い布陣だった。
しかし、進めども進めども、予想していたような激しい抵抗はおろか、些細な妨害すら現れなかった。
「……ブービートラップも何も無いまま、目的の家が見えてきちまったぞ?」
ジェイクが訝しげに目を細める。視線の先には、荒野にぽつんと建つ、プレハブのような無機質な平屋の建物があった。
『電子的な罠も無しだったな……?』
空間の電波をスキャンしていたロールも、拍子抜けしたように報告する。
「ちょーっと、不気味ですね。人が何度も通ってるような跡もないというのは」
『誰も寄り付いてないってことは、警備の人も居ないの?』
ナナが首を傾げながら、無防備すぎる建物を指差した。
「そういう話になる。ここから見て、ロボットの類も無さそうだ。食料はドローンで運んでるのか……?」
ジェイクの呟きに、ミケも同意するように頷く。しかし、ただ警戒して立ち止まって終わるわけにも行かない。ひとまず、最悪の事態に対応できるジェイクが単独で玄関前まで近づき、様子を探ることになった。
ジェイクは足音を殺し、全身の筋肉をいつでも変異させられるよう緊張状態に保ちながら建物へと接近した。
しかし――本当に何も見つからないまま、ジェイクは玄関にたどり着いてしまった。
周囲を見渡しても、監視カメラすら無いのはどうしたことか? アスクレピオス社から引き出したあの極秘書類に書かれた、『極秘プロジェクトの立案者』という最重要人物の情報とは裏腹に、ちっとも警護も保護もされていない。自動迎撃タレットも、魔術的な結界の痕跡もなく、有るのはただ一つ、玄関に取り付けられた古びた電子ロックだけだ。
無事に辿り着けたというのに、ジェイクと、後方で見守るミケの表情はひどく硬かった。
重要人物の住処がこの無防備さ。これではまるで、強盗1人に『さっさと自分を殺してくれ』と頼んでいるようなものである。
「…………」
「…………」
張り詰めた緊張感と、あまりの肩透かし具合に、ジェイクとミケが揃って無言になる。
『インターホン、押すしかなくない?』
通信機越しに聞こえてきたナナの身も蓋もない一言は、まさにその通りだった。
ジェイクは小さく舌打ちをすると、意を決して玄関脇のインターホンに指を伸ばした。鳴らした直後、ふと、もしかしたらこうやって、正面から真っ当に他人の家を訪ねてインターホンを鳴らすのは地味に初めてかもしれないという、自身の荒んだ人生を省みるような事実に気が付いた。
『……どちら様でしょうか?』
スピーカーから返ってきたのは、ひどく疲労しきったような男性の声だった。全く覇気がなく、死人のような響きを含んでいる。
ジェイクは一つ大きく息を入れて、扉の向こうにいるであろう男に向けて、核心を突くその言葉を口にした。
「アンタに尋ねたいことがあってここに来た。『被検体D-7』についてだ」
ガチャン、と。
それ以上の問い返しもなく、いとも容易く、玄関の電子ロックが自主的に解除された。
『どうぞ、お入りください』