※この作品はR-18です。

Damn'it Company!―畜生集団、或いは―   作:カラルラ

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19話目

 重い電子ロックの解除音と共に扉が開いた。その向こうに立っていたのは、ジェイクたちの予想に反して、酷くやつれた初老の男――マス・ケーベル博士だった。

 落ちくぼんだ眼窩に、手入れのされていない無精髭。かつて極秘プロジェクトを主導したエリート研究者の面影はなく、ただ死を待つだけの幽鬼のような佇まいだ。彼は侵入者であるはずのジェイクとミケに対して怯えや驚きを見せるわけでもなく、虚ろな瞳で一瞥をくれただけで、無言のまま薄暗い廊下の奥へと歩き出し、二人を招き入れた。

 ジェイクはすぐには踏み込まず、耳元のインカムを軽くタップし、外で待機させているナナとの通信が正常に繋がっていることを確認する。かすかなノイズ越しの息遣いを聞き取ってから、油断なく警戒を解かずにミケと共について行った。

 家の奥にあったのは、おそらく博士が暇を持て余して作った工作室なのだろう。殺風景な部屋の中央には、雑多な資材と端材、手入れの行き届いていない工具、そして用途の分からない作りかけの何かが無造作に鎮座していた。

 博士はその部屋の片隅にある、年季の入ったキャスター付きの椅子に力なく深く腰掛けた。

 ジェイクは部屋全体に素早く視線を走らせ、博士に逃げ隠れする気も、抵抗するための武器を隠し持っている様子もないことを悟ると、部屋の隅に積まれていた自分とミケの分のパイプ椅子を無造作に引き出し、背もたれを前にしてドカッと座った。ミケもまた、ジェイクの隣に静かに腰を下ろす。

 

「……私をここに連れてきた教会の者が、半年前に言っていたよ。『被検体が脱走した。ここに報復が来るかもしれない』と。君達が、そうだね?」

 

(なーるほど。教会の者が『スラムから脱走した』ナナの事を、あの時点で既に知ってたわけね……)

 

 悔いと恐れ、そしてどこか諦観の滲む顔と声で、博士が掠れた声を絞り出すように話を切り出した。ジェイクは博士の言葉から裏の事情を即座に察知しながら、チラリと隣に座るミケを見た。

 ミケの目が、完全に据わっていた。普段の温厚さは影を潜め、冷たく暗い怒りが瞳の奥で渦巻いている。今は自制して何も喋らないでいるだけマシかもしれない。ミケが持つ特殊な力の一端……言葉そのものに物理的・魔術的な事象を引き起こす【言霊】の恐ろしさを知るジェイクは、彼女に口を開かせる前に、自分で強引に話を進めるしかないと心を決めた。

 

「なら話が早い。生命が惜しけりゃ、とっとと知る限りの事を全部吐き出すんだな。あー……まずは、アイツの正体からだ。ただのサイボーグだとか人造生命(ホムンクルス)じゃねえんだろ」

 

「被検体D-7の正体は、かつて文明によって造られた生物兵器……神話や伝承に語られる『厄災龍』そのものだ。彼女のその声は、万物を等しく滅ぼす力を持つと言われている」

 

 静かな部屋に落ちたその言葉に、ミケがハッと息を呑む音が響いた。

 

「比喩表現か?」

 

 ジェイクが眉をひそめて問う。

 

「単なるおとぎ話ではない。実際にその力が運用された痕跡が、これだ」

 

 博士は傍らの引き出しから一枚の大判写真を取り出し、震える手でジェイクに渡した。そこに写っていたのは、見渡す限りの荒涼とした砂漠の風景。だが、ジェイクはこの遠景に嫌に見覚えがあった。あのAI、ロールをスカウトしに向かったあの地下都市の表層だ。

 

(コンクリートの破片や多様な金属が多く混じる不自然な『砂』。当時は何でだろうと思っていたが……なるほど、地下都市の上には更に巨大な都市があったって訳だ。いや、滅びた都市の下に、逃げ込むように地下都市を作ったのか?)

 

「かつての神々がその恐るべき力を封印し、ある一族に管理を任せて歴史の闇に隠した。だが、長き時を経て経年劣化で封印が綻びたところを、現代の勇者が襲撃した。そして、聖北教会が崇める女神がもたらした『神器』の力によって、今の人の姿に無理やり作り変えられたのだ。被検体D-7が声を出せないのは、その滅びの力を使わせないための、絶対的な安全装置の役割を果たしている」

 

「絶対的、ね……。なら、そのまま放っといて良くねえか? アイツら教会がギャーギャー騒いで追っ手を差し向けるせいで、こっちにもとばっちりが来るんだぞ?」

 

 ジェイクが辟易したように首を鳴らすが、博士は首を横に振った。

 

「それだけでは足りない、というのが教会上層部の見解だ」

 

「あっそう、続けてくれ」

 

「上層部は彼女を再び完全に封印しようとしたが、長き時の間に管理を任されていた一族は離散し、神代の技術はすでに失伝していた。そこで教会は、最新技術を持つメガコーポであるアスクレピオス社に要請を出し、多額の資金と引き換えに新たな封印案を募ったのだ」

 

 そこで博士は一拍置き、ひび割れた唇を舐めてから、自身の罪を告白するように更に話を続ける。

 

「私が立案したのは……『人型になったのなら、ロボトミーや薬物投与によって白痴状態に落とし込み続ける事で、専用の人材や失われた魔法技術を必要とすること無く、永遠に無力化し続けられるのでは』という、狂った計画だった」

 

 ケーベル博士は深く懺悔するように、両手で顔を覆って頭を垂れた。

 

「別に狂っては……いるか。あー、うん。世の中には、そもそも想定すら出来ないような狂い方してる連中が多いだけで、これも立派に狂ってるな」

 

「これは狂ってます。ジェイクさんが普段顔を突っ込んでいる裏社会の世界が、もっと狂ってるだけです。およそ人格を持つ一つの生命にしていい仕打ちではありません」

 

 自身の基準で判断しかけたジェイクの反応に、ミケが感情の起伏を押し殺したような平坦な声で鋭いツッコミを入れる。

 

 そして、今度はミケが静かに立ち上がり、頭を垂れる博士を見下ろして問う。

 

「……この世には、ナナちゃんよりもよほど恐ろしい存在が多く存在しますよ。連中の存在は許容できるんですか?」

 

「優先度の話だ。完全に目覚めてしまっている被検体は、この社会において一番差し迫った、未曾有の危機なのだ」

 

 博士は胃の腑から絞り出すように答える。一人の人間として葛藤し、深い罪悪感に苛まれながらも、どうするのが正しいのか答えが分からないために、より権力のある社会から押し付けられた「正義」を正当化するしか無いように見えた。哀れな男だった。

 

「では、なぜ『勇者』を勇者として扱えるんですか!? 力関係で言えば、厄災龍より奴のほうが明確に上になるはずだ!」

 

 ミケの声に、抑えきれない怒りの熱が混じり始める。

 

「それは、彼が社会と契約し、監視され、我々の要望に応える形で、血の滲むような信頼と実績を積み続けているからだ! 代替わりを経てなお積み重ねられたそれを裏切らないという、強固な共通認識が既にある!」

 

「ならば何故、彼女にその機会を与えない!!」

 

「私の一存で成立する話では無いのだ!?」

 

 怒号のような口論はエスカレートし、次の瞬間、ガタッと激しい音が響いた。

 ミケがその小柄な体躯からは到底想像もできない凄まじい腕力で、博士の胸倉を鷲掴みにし、キャスター付きの椅子から強引に引き摺り下ろして冷たい床に跪かせたのだ。ギリギリと布が軋む音が鳴り、博士の顔が苦痛と恐怖に歪む。

 

「おーいミケ。俺らの目的はあくまで情報を聞き出すことであって、哀れなオッサンいじめじゃないぞー。落ち着け」

 

 殺気すら漂い始めたミケの背中に向けて、パイプ椅子に座ったままのジェイクが、ひどく間の抜けた、しかし絶対的な抑止力を含んだ声でストップをかけた。 

 

「じゃ、話の続きだ。俺がその『被検体』を発見した時、ソイツはこの都市の掃き溜め……スラムに居た。チンピラ以上、違法ギルド未満の取るに足らない集団の手に落ちていたんだ。この事は、教会から聞かせてもらえてたか?」

 

「は……?」

 

 突如として突きつけられた事実に対し、ケーベル博士は間の抜けた声を漏らした。その反応だけで、彼が蚊帳の外に置かれていたことは明白だった。ジェイクは容赦なく言葉のナイフを突き立てる。

 

「もっと言うとな、ソイツに施されていた処置は計画書にあったような『白痴化』なんかじゃなく、過剰な性刺激を強制的に受容させる為の物だった。……詳細は省くが、どんな地獄だったか想像は簡単だろ?」

 

「あ、あ、有り得ない! 一切の知覚をさせないことで外界からの隔離を実現させて、擬似的な封印とする事が要点だったはずだ! そんな物は代替にすらなりはしない! アスクレピオス社はどうして……」

 

「副社長も大層驚いて怒り狂ってたよ。おそらく、教会の仕込みを受けた人員が計画と実際の指示をすり替えたのかもな。まあ、今頃はあの副社長に地下室で締め上げられてるだろうが」

 

「…………」

 

 博士は自らが手掛けた狂気の計画すらも下回り、最悪の形で蹂躙されていたという事実に完全に打ちのめされ、すっかり項垂れてしまった。最早この男に裏をかく気力は残っていない。

 現場で動く黒幕は『教会内部』でほぼ確定で良いだろう、とジェイクは判断し、懐からデータ端末を取り出して最後の質問を投げる。

 

「アンタに聞きたい最後の情報だ。このリストの中に、アンタをここに連れてきて、半年前に嘘の報告をした顔はあるか?」

 

 ジェイクが突きつけたホログラムのリストを前に、博士は虚ろな目で無言のまま視線を彷徨わせ……やがて、震える指で1箇所の顔写真を指さした。

 その瞬間、今まで静観していたミケが一歩前に出る。

 

「ジェイクさん、後は私が。……【ハイかイイエで答えてください】。この答えが正しいと誓えますか?」

 

 ミケの声色が、明確に変わった。それは物理的な鼓膜の震えではなく、脳髄と魂に直接語りかけてくるような、不可視の圧力を持った『言霊』だった。

 

「はい」

 

 逆らうことなど不可能だと言わんばかりに、博士の口から真実がこぼれ落ちる。

 

「【Truth(真実)】。……私はこれで溜飲を下げます、コイツはここに捨て置きましょう」

 

 ミケは冷たく言い放ち、興味を失ったように背を向けた。

 

「じゃあなー、オッサン」

 

 ジェイクもまた椅子から立ち上がり、踵を返そうとしたその時だった。

 

『待って』

 

 部屋の入口から、聞き慣れた電子音声が響き、重い扉の隙間からナナが入ってきた。

 

 

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