Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
「ナナちゃん、あなたが直接来る必要は無いんですよ?」
『それでも、直接聞きたい事があるの』
ミケは心配そうに声をかけたが、ナナの意思を覆すことは出来なかった。ミケは恨めしげに少女の胸元のAI——ロールを見た。
『もう散々止めたさ。だが、ナナ嬢の意思は固い』
ロールの機械的な音声にも、どこかお手上げだというようなニュアンスが混じっている。
「……分かりました。もしあなたが自分の不利になるような事、心が壊れるような事をしたらその時は無理やりにでも止めます。良いですね?」
ナナはミケの気遣いに無言でこくりと頷き、歩みを進めた。
「き、君は……」
博士は思わずうろたえ、椅子の上で後ずさるように身を縮めた。件の被検体がこの都市の『肖像権』を獲得したというニュースを聞かされては居たが、まさかこうも人らしい振る舞いと、はっきりとした自意識を持って自分の前に姿を現すとは夢にも思わなかったのである。
『私は、貴方達が被検体って呼ぶ存在です。ナナって名前を貰いました。貴方は、私が何に見えますか?』
「……人間に、見える。普通の、少女に……」
『じゃあ、私が世界を滅ぼせる存在に見えますか?』
「それは……」
博士はそれきり激しい葛藤を始め、言葉を紡げなくなってしまった。目の前にいるのは、どう見ても年相応の感情を持った少女だ。しかし、データが示すのは『厄災龍』。その強烈な認知の歪みが、彼から思考を奪っていく。
そんな重苦しい空気を余所に、ジェイクは完全に興味を失ったように、部屋の隅のガラクタ山へ視線を彷徨わせていた。
『ねぇ、ミケ』
「どうしましたか、ナナちゃん」
『どうして誰も、私のことを見てくれないんだろうね。私がどうやったらそんな物騒な力を使えるか、私自身にも全然分からないのに』
「ナナちゃん……」
『厄災龍だー被検体だーなんて言ってさ、私の知らないデータの方ばっかり見て、私に物を言おうとするんだよ? 笑っちゃうよね』
「ナ゙ナ゙ちゃ゙ん゙……」
『ナナちゃんしか言わないミケはもういい!』
「ナナちゃん!?」
慰めの言葉すら見つからず、壊れたレコードのように名前を呼ぶ事しか出来ないミケに見切りをつけ、ナナは頬を膨らませて振り向いた。
『ねえ聞いてよジェイク! ……って、何してるの?』
「何って、物色だが?」
『本当に何してるの!? 私、今スゴイショック受けて悩んでるんだよ!?』
見ればジェイクは、部屋の隅で埃を被っていた鉄の端材や工具を漁り、ガチャガチャと音を立てながら何かを組み立て始めていた。
「咎める気も起きんが、せめて私の道具は壊さんでくれよ……」
虚脱状態の博士が力なく呟く。ジェイクは鉄の端材をいくつか拾い集めると、いくらか空いている工作室の机の上に、的のように立てた。
「ナナ、お前がいくらショックを受けようが、教会に対する『理論武装』には繋がらんだろ。お前らが理論武装の為にちっとも頭回さないから、俺が今こうやって作ろうとしてるんじゃねーか」
『ねえミケ、ジェイクってさ……』
「まあ……こういう人でも有ります。普遍的な共感性が乏しいというかなんというか。人の心がないサイボーグというか」
「言ってろ言ってろ。これからビックリたまげさせてやるからな?」
ジェイクは数メートル離れて、机に立てた鉄の端材に向かい合うと、スゥッと深く息を吸い込んだ。そして、突然大声を発した!
「わっ!」
――サラ……。
すると、端材の一つ、その一部分が音もなく崩れ落ちた。まるで、長い年月風化に晒された『砂』のように!
『えっ』
「馬鹿な!? こ、この現象は……まさか!?」
驚愕に目を見開く博士とナナを前に、ジェイクは自身の喉元をトントンと指差してニヤリと笑った。
「あ゙ー、ん゙っん゙ー! ……俺が専門領域にしている『肉体変異』にかかればざっとこんなもんだ。アスクレピオス社から引っこ抜いた『被検体D-7』の生態データを全部頭に叩き込んで、俺自身の声帯の構造を一時的に変異させ、データ上にあったお前の『厄災龍の咆哮』の波長とやらを、極小規模で再現してみただけだ」
「再、再現だと……!? 神代の封印技術すら及ばない、万物を砂に変える滅びの力を、その身一つで模倣したと言うのか!?」
「そりゃ思考停止って奴だろ。いいかオッサン。これは呪いでも神の御業でもない。極論を言ってしまえば『音の振動』を用いた物理的な破壊現象に過ぎねえ」
(まあ、ロールがいた地下都市の上で厄災龍が実戦投入されてた、なんて気づきが無けりゃ自分で再現する発想も浮かばなかったろうが……)
ジェイクは砂と化した鉄の残骸を指先で弾いた。
「つまりだ。俺みたいな裏社会のフィジカルアデプトが、ちょっと喉の構造をいじっただけで一部とはいえ再現できちまうような代物なんだよ。これが意味するところが分かるか?」
とは言え、簡単なことではない。喉の構造を『咆哮で攻撃できる生物』を参考に肉体変異させ、魔力強化で砲身として強化し、ジェイクが身につけてきた、音声や振動を操る様々なフィジカルアデプトの技術を総動員してようやく成立した代物である。
――少なくとも、誰にでも出来るような技術ではない。
ジェイク自身、一発で成功したことには内心驚いていた。むしろ、これだけの条件を揃えても再現できない可能性のほうが高い。
だが、それを正直に話す必要はない。『誰でも再現できる』くらいに思わせておいたほうが、教会に対する交渉材料としては遥かに都合がいい。
『……どういうこと?』
ナナが呆然と尋ねる。
「ナナ、お前はもう『世界で唯一の歩く大量破壊兵器』じゃねえってことだ。条件さえ整えりゃ、俺みたいなフィジカルアデプトや、相応の音響兵器を作っちまえば誰でも『厄災龍の力』は引き出せる。お前一人を特別視して白痴化させたり、無理やり封印したりすることに、もはや『絶対的な価値』も『大義名分』も存在しない。もうそんな事で脅威は解決しない」
ジェイクの言葉に、部屋の空気が一変した。
それは教会が掲げる「世界を救うための封印」という大義を、根本から粉砕する最強の『理論武装』だった。
「これで聖北教会がナナを執拗に狙う理由は、ただの『独占欲』か『神話への盲信』に成り下がる。交渉のテーブルに引きずり出せば、こっちの手札としては十分すぎるだろ?」
机に近づいたジェイクは悪びれる様子もなく、鉄粉をパパッと手で払い落とした。
誰もナナを見ていないと嘆く少女の隣で、この不器用で共感性の欠如した男だけは、彼女の『データ』を逆手に取り、彼女を縛り付ける呪いそのものを破壊してみせたのだ。
「おい、オッサン。アンタに帳尻合わせのチャンスを与えてやる。今見せた現象の再現とその対策……例えば、特定の共鳴現象を起こす周波数を完全に打ち消すマスクとか、人間が日常的に身につける形でなんか作れ」
ジェイクは手についた鉄の砂をパンパンと払い落としながら、事も無げに途方もない要求を突きつけた。かつて神代の封印技術をもってしても抑えきれなかった厄災の力を、現代のポータブルデバイスで無効化しろというのだ。
だが、先ほどまで全てを諦め、深い絶望の淵に沈んでいたケーベル博士の瞳には、微かな、しかし確かな知性の光が戻っていた。
「人が身につける形……そう、だな。彼女はもう『それで事足りる存在』なのだと、私の残りの人生を懸けて証明してみるとしよう」
「とりあえず生涯賃金2人分を後で口座に振り込んで渡すから、それで機材なり何なりを揃えて研究をスタートしてくれ。そっからはなんか良い感じの名分でスポンサーから金集めながらで頼む。ストレートに『ナナ用です』なんて発表したら速攻で教会に睨まれそうだから、良い感じに誤魔化してくれよ」
パチン、とジェイクが指を鳴らす。彼なりの流儀でポンと莫大な予算を弾き出す裏社会の男の言葉に、博士は憑き物が落ちたような顔で深く頷いた。
「十分だ。過剰に魔力を持って産まれた子供の二次性徴で、身体に異常が出る事例がここ最近増加傾向にあるからな。それの『喉の症例』に絞った研究……とか、そういう方向性で進めれば不自然ではないだろう」
「よーし、じゃあ方針も決まったし帰るか」
無事に目的を果たし、ジェイクが踵を返そうとした瞬間、博士が慌てたように呼び止めた。
「待ってくれ。研究を始めるにあたってここを引き払おうと思うのだが、アスクレピオス社に出戻れば直ぐに教会に察知されてしまうだろう。何処か、機材を持ち込めて安全に匿ってくれる良い場所を紹介して貰えないだろうか?」
「……ヴァルハイム家の紹介なら?」
ジェイクがインカム越しに外で待機しているルシアへ繋ぐと、一連の通信を聞いていた彼女からの申し出があっさりと通った。
「分かった。渡りを付けてくれれば、後は私の努力の問題だ」
研究者としての活力を完全に取り戻したケーベル博士は、早速慌ただしく荷造りと証拠隠滅の作業に向かった。
どうにか手探りで情報を引き出し、今後の教会との戦いに向けた『理論武装』の確かな糸口を作れたジェイクは、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。これで向こうが具体的なアクションを取るまでは、少しは休めるだろうか。
そう思考を切り替えた矢先、ドスンと予期せぬ軽い衝撃が走った。ナナが勢いよく飛び込み、ジェイクの頑強な胴に顔を埋めてきたのだ。
「ああ? どうした急に? 疲れてるのはお互い様なんだが?」
『ありがとう』
胸元に押し付けられたくぐもった声は、いつになく真剣で、微かに震えていた。
「何が?」
『一緒に背負ってくれて、ありがとう』
自分を兵器だの、厄災だのと騒ぎ立てる周囲に反発しつつも、内心では自分という存在の恐ろしさにひどく傷ついていた少女。ジェイクが自らの喉を変異させ、その呪いのような特別視を物理的に、そしてあっけなくぶち壊してくれたことが、彼女にとってどれほどの救いになったか。
しかし、ジェイクはそんな彼女の感謝を受け止める気恥ずかしさを隠すように、乱暴にナナの頭をガシガシと撫で回した。
「……おめーが周りから特別扱いされ続けてるのが気に入らなかっただけだ。気にしなくて良いぞ」
『……はぁ~、コレだからジェイクは』
ナナは呆れたように、大げさなため息をついてみせた。その小生意気な仕草にひどく見覚えがあったジェイクは、ピクリと眉をひそめる。
「おい、ミケの真似かそれは? ミケの真似なのか? マジでやめとけ、薄々わかってるとは思うがアイツマジで碌でもないからな?」
『言いたくなる態度を取るジェイクが悪い!』
「コイツ……! さっきまであんなに凹んでたくせによぉ……!」
頬を膨らませるナナと、憎まれ口を叩きながらじゃれ合う二人を見て、後ろで控えていたミケは「私が碌でもないとは失礼な」とやれやれといった様子で肩をすくめた。
その後、手早く荷造りを終えた博士が「コレは極秘プロジェクトを抱えた博士としての嗜みだ」などと物騒なことを言いながら、手元のスイッチ一つで隠れ家の住居を木端微塵に爆破する事件があったものの、ジェイク達は怪我一つなく無事に郊外から引き上げることが出来た。
◆ ◆ ◆
シティ最上層のペントハウス。
地下駐車場に着いたジェイク達は、ここでルシアのステルス車でそのままヴァルハイム家へと向かう博士と別れることになる。
その別れ際、博士は車窓から顔を出し、重々しい口調で告げた。
「私自身……何故彼女の身柄がスラムのチンピラのような、取るに足らない集団の手に流れていたのかは未だに分からない。だが、ジェイク君の手によって彼女が治療され、自我を取り戻している以上、当初の封印計画は完全に頓挫していると言っていいだろう」
博士は真っ直ぐに顔を上げ、深刻な眼差しでジェイクたちを見据えた。
「これは単なる事故や、横領目的の誘拐ではない。彼女の身柄がそんなずさんな環境に流された理由はただ一つ。聖北教会の内部、あるいはさらにその奥深くに……『意図的に封印を完全に解き、この世界を壊したいと願う連中』が潜んでいる可能性が高い。奴らは必ず、自我を取り戻した彼女の身柄を狙って、本気で仕掛けてくるはずだ」
「思惑事態は色々有るだろうがな。今回乗り込んで来た連中から見つけ出してブチのめしてやるさ。誰が黒幕だろうが、関係ねえ」
ジェイクの瞳には、確かな闘志が宿っていた。
「……私に贖罪の機会と道筋を与えてくれた事、心から感謝する」
「俺はアンタなんざ知ったこっちゃねえよ。勝手に立ち直って、預かり知らんところで気分よく往生してくれや」
最後までぶっきらぼうなジェイクに、博士は薄く笑みを浮かべた。
「それでは、私は博士を連れてヴァルハイムの方に向かいます。リストアップした教会の連中の動向は、随時お送りしますね」
運転席のルシアが軽く手を挙げると、ステルス車が音もなく走り出し、またたく間に地下駐車場の暗がりとシティの景観に溶け込んでいった。
「行っちゃいましたねぇ」
ペントハウスの広いリビングに戻ると、流石に疲れが出たのか、ミケがふかふかの大きなソファにどさりと身を投げ出した。
「ああ。これで手札は揃った。アスクレピオス社からの前金、肖像権による公的な盾、教会の『大義名分』を崩すための理論武装、そして暴走を防ぐデバイスの開発目処……まあこれは理論武装の一部か」
ジェイクはキッチンへ向かうと、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、乾いた喉へ一気に半分ほど煽った。
「あとは、明日以降に動きだす教会の『本隊』をどう迎え撃つかだ。ルシアがリストアップした連中の中に、スラムと繋がっている黒幕がいる。そいつを炙り出してブチのめせば、この面倒なイザゴザも終わりだ」
「ただまあ……問題は、現状の教会の動きに『失点』が無いんですよね。表向きは」
ミケがソファに沈み込んだまま、核心を突く。
『黒幕のウソ報告とかの暗躍を、そのまま表沙汰に出来ないの?』
「表沙汰に出来る物証が無いんだよ。アスクレピオス社との通信記録を強引に出すと、今度は社の不利益になって話がこじれるし……。今回は、本人の自白が無いと無理じゃねえか?まあ、ここまで話を進められるやつが今更ボロを出すイメージも沸かないが」
「現状は、向こうの動きをじっくり観察するしか無いでしょうね。まあ、博士が急に居なくなって、そっちの捜査に気を取られるかもしれませんし。その辺の情報収集はロールとルシアさんに任せましょう」
『じゃあ、その間はどう過ごすの?』
ナナが目を輝かせて、ジェイクとミケを交互に見つめた。ぽっかりと空いた自由時間への期待が全身から溢れている。
「そりゃ勿論、修れ——」
「当然! 英気を養います!! ナナちゃんをここまで連れてきたのに、ちっとも遊んでないんですよ! これはあり得ません!」
ジェイクが「修練」と言いかけた言葉を、ミケがソファからガバッと跳ね起きて凄まじい勢いで遮った。
『!! 行きたい行きたい! ジェイクも行くよね? ね!』
ナナがジェイクの腕に飛びつき、期待に満ちたキラキラとした眼差しを下から向ける。それにミケの無言の圧力も加わり、ジェイクは深く、深いため息をついた。
「……それで良いよ! もう!」