Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
「良いですかナナちゃん。我々低身長組はこういった施設を使う時に、子供価格が適用されるように振る舞うべきです。これが賢い生き方というものです」
『そうなの?』
「なーにいきなり変なこと教えてんだこのバカは?」
マス・ケーベル博士から世界の裏の恐るべき事情を聞き出した、翌日のこと。
ジェイク達は、ゲートをくぐって都市に入ってきた聖北教会の人員の動向を、ロールの卓越したネットワーク技術を駆使して探っていた。その結果、教会の連中はどうやら博士の元居住地(すでに本人の手によって木端微塵に爆破されているが)を調べに向かったことが判明した。
連中が灰燼に帰した跡地で右往左往している間、こちらには僅かな猶予ができる。そこでミケはルシアをも巻き込み、「ナナちゃんの英気を養うべし」と頑なに遊行を主張した。張り詰めた空気を少し緩めるのも悪くないと判断したジェイクも、「……まあ、それなら一日くらい良いか」と珍しく肯定的になり、束の間の遊びに出かける事になったのだ。
そんな訳で彼らがやって来たのは、リヴァイア・シティが誇る巨大複合型エンターテインメント施設、「ワンダーグリップコンプレックス」である。
こういった眩い娯楽施設に不慣れな裏社会組3人の引率のためについてきたルシアが、手際よく空いている受付カウンターを見つけ、3人を案内する。
「みなさん、こっちが空いてますよ」
「さあさ、行きましょうナナちゃん。……すみませーん! 入場チケットを大人二人、子供二人でお願いしますー!」
「うーわやりやがったこいつ自分の年齢考えろよ……」
チケットカウンターに身を乗り出し、堂々と年齢詐称(?)を申告するミケ。その後ろでジェイクが苦々しく顔をしかめて苦言を呈する中、待機をしていた中年の受付スタッフは、チラリとジェイク達一行を胡乱な目で見た。
「ふーむ、大人二人に子供二人ね。じゃあクレジットを」
「はいよ」
ここで事実をほじくり返して訂正するのも面倒なだけなので、ジェイクはミケのセコい詐称申告を黙って見逃すことにした。端末を認証機にかざし、ピッと電子音を鳴らしてクレジットを支払う。
「はいどうも。チケットを渡すよ、使用期限は今日1日。結構あちこちのゲートで提示を求められるからね。無くさないように各自工夫をしてくれ。入ってすぐの所で、首から下げれるようにできるから」
それから中年は手元の機械を指で叩き、出力された4枚のチケットをカウンター越しに手渡した。
大人チケットを、ルシアと――ミケに。
そして、子供チケットを、ナナと――ジェイクに渡したのだ。
一瞬、2人の時が止まった。
ミケとジェイクは、それぞれの手元に渡された『想定とは真逆のチケット』を、揃って厳つい目つきで睨みつけ、不満げに下唇を尖らせた。
「あの?」
ミケが抗議の声を上げようとした瞬間。
「良い年こいた大人が、しょうもない小細工を教えるもんじゃないよ」
「はい……」
ミケの反論は、全てを見透かしていた受付の完璧な対空射撃によってあっさりと撃墜された。
「おい」
今度はジェイクが、低くドスの効いた声でクレームを入れようとする。確かに自分は体格に優れてるとは言えないが、いくらなんでもこれはあんまりだろうと。だが。
「キミ。ちゃんと『子供』を経験しないと、大人になれないままだよ。遅いだなんてことはないんだ、今日一日、思い切り楽しんで来なさい」
何を言ってるこのバカは? そもそも初対面で俺の何が分かるというのだ。そんな言葉が喉まで上がったが、結局は胃に収めた。
「……分かりました」
哀愁と妙な包容力のある中年の言葉に、ジェイクの毒気は完全に抜かれてしまった。ここでゴネても後ろに並ぶ客や、ルシアたち3人に迷惑だと自分を納得させ、ジェイクも大人しく子供チケットを握りしめて引き下がった。
「言われましたねぇ、ジェイクさん」
「黙れ、俺に話しかけるなバカ大人。……ほれナナ、あそこでチケットをストラップにしてくれるサービスやってるぞ。アコギな商売だなぁ……」
『わーい! 今日はジェイクとおそろい!』
ニヤニヤとからかってくるミケを冷たくあしらい、ジェイクはナナを率先してストラップ売り場へと連れて行く。ミケは呆れたように肩をすくめ、大きな背中と小さな背中が並んで歩く後ろ姿を、変な笑い顔で眺めた。
「ミケさん、それは何の表情ですか?」
ルシアが不思議そうに首を傾げる。
「今日一日が楽しくなるように、という願掛けですかね? それじゃルシアさん、私達『大人』のチケットもストラップにしてもらいましょうか」
「え? 私もですか? まあ仲間外れになるのも寂しいですし、そうしましょうか……」
◆ ◆ ◆
ワンダーグリップコンプレックスの内部は、まるで昼夜が逆転した別世界だった。
アーケードゲームのけたたましい電子音、頭上を走る屋内ジェットコースターの轟音、至る所に浮かび上がる極彩色のホログラム広告。嗅覚を刺激するジャンクフードの甘ったるい匂いや香ばしい油の匂いが、来場者のテンションを強制的に引き上げていく。
『すごい! ミケ、ジェイク! ルシア! あそこでお肉焼いてる!』
首から可愛らしい『こどもパス』をぶら下げたナナは、目を皿のようにして全方位を見渡し、さっそくフードコートで回っている巨大な肉の塊に突撃しようとした。
「ナナちゃん、お肉は後です! まずはあそこのVRアトラクションから攻めますよ!」
「コラ、勝手に走るな。迷子になるぞ」
ジェイクがナナの首根っこを掴んで引き止める。そのジェイクの首元にも、ナナと色違いの可愛らしい『こどもパス』のストラップが燦然と輝いていた。
すれ違う一般客たちが、不服な顔をして全身からヤバいオーラを放つ男と『こども』の文字の凄まじいギャップに次々と二度見していくが、当の本人は諦めの境地に達したのか、もはや気にする素振りすら見せない。
「おや、そこの大きなお友達と小さなお友達! 子供パスを持っているなら、この『マッスル・スマッシュ・チャレンジ』に一回無料で挑戦できるぜ!」
通りがかったアーケードエリアで、派手な衣装を着たスタッフがジェイクとナナを呼び止めた。
巨大なハンマーを振り下ろし、その衝撃力で頂上の鐘を鳴らすクラシックな力試しゲームだ。
『ジェイク! 私これやりたい!』
「……おい、スタッフ。こいつがやるのは良いが、俺も子供枠で良いのか?」
「ハハハ! パスを持ってるなら誰でもキッズさ! さあ、思い切り叩いてみな!」
陽気なスタッフの言葉に、ミケが後ろで口元を押さえて必死に笑いを堪えている。ルシアはくすくすと笑いながら、こっそり端末のカメラを起動して録画を始めた。
「……言ったな?」
ジェイクは深いため息をつき、子供用の軽いハンマーを片手でひょいと持ち上げた。
子供扱いされるのならば、あの中年の主張に乗っかって今日一日を大人気なく過ごすのも悪くは無い。言い出しっぺはあちらの方だ。気分の良い他責の口実を見つけたジェイクは、急に乗り気になった。
フィジカルアデプトの力が、ほんの一瞬だけ彼の腕の筋肉に集中する。
――ドンッ!!!
脱力した姿勢からハンマーが振り下ろされた瞬間、子供用のハンマーとは思えない重厚な音が鳴り響いた。
絶妙な強さで弾け上がるメーターは、危なげなく頂上の鐘に当たって甲高いクリアな音を鳴り響かせた。見事なパーフェクト・コントロールである。
「おおーーー! 流石だな大きなお友達! さあメダルを受け取ってくれ!」
ジェイクは得意満面で筐体から吐き出された景品のメダルを受け取り、次はナナの番だぞ、と促した。
『よぉーし、私も続くぞー!』
ナナはハンマーを受け取ると、気合を入れるように両手で2回ほど素振りをし、息を吸いながら筐体の前に立った。
『ナナ嬢、加減が大事だぞー?』
(分かってる!)
――ドゴォォォォンッ!!!
ハンマーが振り下ろされた瞬間、施設全体が揺れたかのような轟音が鳴り響いた。
ロールの忠告も虚しく、メーターは上限を軽々と突破し、頂上の鐘は甲高い音を立てて千切れ飛び、アーケードの天井に深々と突き刺さった。限界を突破した筐体からはエラー音と共に、景品のメダルが滝のように溢れ出して止まらなくなる。
周囲の客たちが悲鳴を上げて道を開けた。
「…………えっ?」
天井まで視線を上げて完全に思考が固まるスタッフをよそに、天井から視線を戻したジェイクは呆然とするナナの手からひしゃげたハンマーを奪い取って、ポンと定位置に戻した。
そして、目線を合わせたジェイクは真顔でナナに話しかける。
「良いかナナ、これを連発されたらお互いにたまったもんじゃない。今日一日、物理的な動作は全てロールの補助を受けろ。OK?」
せっかくの遊び場で、こんな事であちらコチラから自分を危険視されては嘆くにも嘆けない。ナナは青い顔をして、首がもげそうな勢いでコクコクと頷いた。