Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
まるで凄惨な事故現場のように黄色い封鎖線を貼られた筐体の周辺で、ジェイクと派手な衣装のスタッフが何やら話し込んでいた。
ジェイクは、ナナが手加減を誤って設備を完膚なきまでに破壊したことについて、一切の言い訳もせずに素直に非を認めた。莫大な弁償金も覚悟の上だったが、スタッフの反応は彼の予想に反して極めて意外なものだった。
「いやぁ、破片が誰にも当たらなくて、人的被害がなかっただけでも幸いでしたよ」
スタッフは額に浮かんだ冷や汗をハンカチで拭いながら、引き攣った笑顔を浮かべた。事故の規模こそこれほど派手ではなかったものの、魔力の資質に優れた無自覚な子供が無意識に身体強化を用い、遊具や設備を壊してしまう事例は、この広大な施設では以前にもあったのだと語る。
ジェイクがアスクレピオス社から引き出した潤沢な裏金で即座に賠償を申し出ても、彼らはそれ以上の追及をしなかった。むしろ「お代は結構です。気になさらず、今日一日を楽しく過ごしてほしいとお嬢ちゃんに伝えてください」と、テーマパークのスタッフとしての粋な計らいを見せたのである。
その伝言を受け取ったジェイクは、小さく肩を竦めながらナナたちの待つ場所へ戻る。
そこには、自分が壊してしまった無残な残骸から目を背け、この世から自分の居場所を失ったかのように小さく縮こまって佇む少女の姿があった。
「ほらナナちゃん、元気を出してください。大事になる前に、いま失敗できて良かったと思いましょう?」
『うぅ……』
ミケが屈み込んで懸命に慰めの言葉をかけているが、今のナナの耳にはあまり届いていないらしかった。
視線を落としつつも、封鎖線の向こうにある鉄くずの山から、どうしても目を離せないでいる。ついさっきまで、自分が普通の子供のように楽しく遊んでいた場所だった。それが自分の手で一瞬のうちに壊れ、一歩間違えれば周囲の人間を巻き込む惨事になっていたかもしれない。その底知れぬ恐怖と罪悪感で、ジェイクが戻ってきた時には、少女の小さな肩はすっかり落ちきっていた。
「おーい、ミケ、ナナ。ひとまずお咎め無しだったぞ。ルシアはどうしたんだ?」
「ルシアさんなら、ジェイクさんのメダルを菓子の類と交換しに行ってもらってます」
「そうか」
ジェイクは短く答えると、ナナの隣まで歩いていき、丸まった少女の頭をポンと軽く小突いた。
『あうっ』
「いつまで反省してやがる。向こうも別に弁償しろとは言ってねえんだ。むしろ、今日一日を楽しく過ごしてほしいってよ」
『……本当に?』
「嘘を言ってどうする」
『でも、私が壊しちゃった』
「だから反省だ。次は失敗を繰り返さないために考えろ。それで終わりだ」
ジェイクの言葉は、いつものようにひどく簡潔で素っ気なかった。
必要以上に謝罪を続けることも、いつまでも過去の失敗に囚われて落ち込むことも、生存と前進においてあまり意味のある行為ではない。失敗したなら原因を論理的に把握し、次に活かす。ただそれだけのことだ。
けれど、その一切の裏表がないサバサバとした態度が、今のナナには何よりの救いだった。とはいえ、頭で理解しても心の切り替えが直ぐに出来るのなら苦労はない。いまだ不安げなナナの様子を見たジェイクは、数秒考えてから口を開いた。
「……ああ、そうだ。ちょうどいい機会だから、次は買い物に行くぞ」
『買い物? 何買うの?』
「ナナもそろそろ擬態の練習をした方がいいだろ」
「ジェイクさん? そこはおしゃれの練習と言うべきでは?」
「同じようなもんだろ」
「全然違いますぅー」
ジェイクのあまりにもズレた表現に、ミケが即座に突っ込みを入れる。ナナは対照的な二人を見比べてから、わずかに首を傾げた。
『え? 何かに化けるの?』
「違う。例えが悪かったな……。人間社会で目立たず生活するための訓練だと思え」
「余計に擬態っぽくなりましたね……」
◆ ◆ ◆
大量のポップコーンや綿飴を抱えて合流したルシアに案内され、一行が足を運んだのは、コンプレックス内に併設された巨大なアパレルエリアだった。
「ここですここ。品揃えは中々のものですよ〜?」
「おお〜! お手頃さ、バリエーション、どちらも揃ってますねぇ!」
歓声を上げるミケとルシアに対し、ナナは完全に圧倒されていた。これまでジェイクの家の薄暗く無機質なラボの壁や、スラムの薄汚れた裏路地の景色、あとミケの家しか知らなかった彼女にとって、そこはあまりにも情報量が多すぎたのだ。
壁一面を埋め尽くす色とりどりの布地、照明を反射してキラキラと輝く小物類、用途すら分からない見たこともない形状の服の数々。完全にキャパシティを超え、目を回したナナは、たまらずジェイクの背中に隠れ、その服の裾を不安げにキュッと掴んだ。
『ジェイク〜……どれが良いか全然わかんない。助けて……』
「……仕方ねえな」
ジェイクは面倒くさそうにガシガシと頭を掻いたが、怯えるナナの前に立つと、意外にも真剣な目で彼女の容姿を頭の先からつま先まで観察し始めた。
「お前は髪の色素が薄くて目立つ。だからと言って服まで白黒のモノトーンでまとめると、今度は病人のように見えてかえって悪目立ちする」
『そ、そうなの?』
「ああ。血色を補うために、ベースは暖色系……だが彩度を落としたサーモンピンクやテラコッタあたりがいい。ただ、フリフリとかの装飾があったら試着して動きやすいかどうか確認しとけよ」
『わ、わかった!』
「後は小物か。例えば、あそこのマネキンが着てるような組み合わせなら、街中に溶け込みつつ不自然じゃないはずだ」
ジェイクの口からすらすらと飛び出した、ナナの顔立ちや体格に合わせたアドバイスに、ルシアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目を丸くした。
『ねえジェイク、どうしてそんな事知ってるの?』
ジェイクがここまで教えられるとは思っても見なかったナナが尋ねると、彼はどこか遠くを見るような、少しだけ暗い目をして鼻で笑った。
「昔取った杵柄ってやつだ。俺にとっちゃ、他人の目から逃れるための『服装術』は、生き残るための必須スキルだからな」
その言葉に、拭いきれない影の匂いを少しだけ感じつつも、ナナはジェイクのアドバイスを頼りに、自らの意志で恐る恐る店内を歩き出した。
「ジェイクさん、だからって少女向けのアドバイスが出来る知見が得られるんですか?」
「なるほどいい質問だルシア。答えは俺の専門が『肉体変異』のフィジカルアデプトで、その修練の一環で自分の外見を色々弄る練習をしたから、だ。細かい詮索は無しで頼むぜ?」
ジェイクはそう言うとナナの後をゆっくりとついて行った。
「……えっ? そう言う事?」
「なぁんだ、ジェイクさんは話したんですね。まあそういう事です。ルシアさん、私達もナナちゃんに似合いそうな物を見繕いに行きましょうか!」
「えっ、ええ! そうですね!」
それからナナは、ジェイクの助言をベースに悩みに悩んだ末、どうにか一つのサーモンピンクのトップスと、それに合わせた小ぶりで可愛らしい小物のヘアピンを選び出し、緊張した面持ちでジェイクの前に立った。
『ど、どうかな……?』
上ずった声で感想を求めるナナ。ジェイクは腕を組み、上から下までじっくりと眺めた後、短く力強く頷いた。
「……初めてにしちゃ、上出来だ。似合ってるぞ」
『ほんと!? えへへ……!』
ジェイクのその一言で、ナナの顔に今日一番の満面の笑みが咲いた。だが、微笑ましい心温まる空気はそこまでだった。
「さーて! ベースの方向性は決まりましたねルシアさん!」
「ええ、ミケさん。あとはこの可愛い素材を、私達でどう料理するかですね!」
ナナの純朴な魅力と、純粋に「女の子の服を選ぶ楽しさ」に完全に火がついたミケとルシアが、獲物を見つけた肉食獣のようなギラついた目でナナを取り囲んだのだ。両手に大量のフリル付きスカートや小物類を携えて。
『えっ? ちょ、ミケ? ルシア……?』
「おい、どうせ長くなるんだろ? 俺は外で待ってて良いか?」
「「構いませんとも!」」
『待って!? ジェイク待って! 私を2人の前に置いて行かないで! ねえ! ジェイク! ねえったら!!』
「じゃあな!」
『タイマーは2時間に設定しておけば良いか?』
(ロールは私を助ける事を諦めないでよ!)
『世の中にはどうにもならんことだってあるさ』
『あ〜〜〜もうっ! 私だってもっと選びたいのに!』
ジェイクはナナの悲痛なSOSの声にも構わず、無情にも踵を返してアパレル店を出ていった。
それから、ナナはフィッティングルームで二人に着せ替え人形にされる羽目になり、やがてナナがミケの服を選び出した。ジェイクはその間、荷物持ちすら免除されて外のベンチで呑気に欠伸をしていた。最終的に、大量の服と小物が後日ペントハウスに直接郵送されるという、恐ろしい額の買い物が決行されたのだった。