Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
着せ替え人形という過酷な試練を乗り越え、ようやく解放されたナナの機嫌がすっかり持ち直した頃。一行は煌びやかな電子音が鳴り響くアーケードゲームのコーナーへと足を踏み入れていた。
そこからの裏社会組のゲームプレイは、一般客の目を丸くさせるに十分すぎるものだった。
ルシアは大型筐体のレースゲームに陣取ると、普段のステルス車の運転テクニックを遺憾なく発揮し、一切の無駄がない完璧なレコードラインを叩き出してランキングを次々と塗り替えて無双していく。
ミケに至っては対戦格闘ゲームの筐体に座るや否や、恐るべき反応速度と冷酷なまでの読み合いで乱入者を次々と血祭りに上げていた。あまりの煽りプレイと容赦の無さに、画面の向こうにいる対戦相手がストレスで禿げて茹で上がるのではないかというほど、台をバンバンと叩いて憤慨している様子が見て取れた。
そして、ナナに腕を引っ張られ「ジェイクもやって!」と強く誘われたガンシューティングゲーム。ジェイクは渋々プラスチックの銃を構えたが、いざゲームが始まると、その眼差しは本物の戦場さながらに鋭く冷徹なものへと変わった。無駄弾を一切撃たず、敵の出現位置と射線を完全に把握した精密機械のようなエイムを披露し、あっさりとワンコインクリアを達成してギャラリーの歓声を浴びていた。
各々が人間離れした技量で遊戯を満喫する中、ナナも彼等の横で様々なゲームを体験し、無邪気な歓声を上げていた。
その中で、ナナは自分にとって特別に「得意なゲーム」を一つ見つけた。クレーンゲームである。
『あっ、また取れた!』
「……なるほどな。お前、『動きそうな重心』を視覚的に見極めるのが上手いのかもしれないな」
ゴトン、と景品口に落ちたぬいぐるみを拾い上げるナナを見て、ジェイクが感心したように顎を撫でた。魔力による身体強化が使えなくとも、身体改造の名残で鋭く残ったままの感覚によるものか、空間認識能力や観察眼が、箱やぬいぐるみの絶妙な重心を正確に捉えているのだ。
すっかりクレーンゲームの虜になったナナは、ジェイクを引き連れて広大な筐体の森を練り歩き、次々と景品を乱獲していった。
だが、さすがに両手はおろか、付き添うジェイクの腕の中にまで景品の山が築かれると、これ以上は前が見えず歩きづらくなってしまう。
「おいナナ、流石に勘弁してくれ。これ郵送出来るやつなのか?」
『うーん……もう持てないね。でも、もっと遊びたいな』
そこでナナが思いついたのは、苦戦している人を探して「代わりに景品を取ってあげる」という遊び方だった。
「いいかナナ。人の獲物を横取りして怒らせないように、事前にキチンと話を通せよ。世の中には景品そのものより、自力で取る過程を楽しんでる奴もいるからな」
『うん、わかった!』
ジェイクからの真っ当な忠告を胸に刻み、ナナは
最初は緊張していたものの、『取れないの? 手伝おうか?』という無邪気な申し出に対し、人々の反応は様々だった。
見事に景品を落として大喜びで感謝されることもあれば、「自分のお金で頑張るから大丈夫だよ」と優しく断られることもあり、「どうやって狙えばいいの?」とコツを求められて得意げにレクチャーすることもある。
これまで狭く閉ざされた世界しか知らなかった少女は、このゲームセンターという安全な箱庭の中で、知らないうちに様々な他者との交流を果たしていた。ジェイクは手出しも口出しもせず、ただ景品の山を抱えたまま一歩引き、人波の中で笑う少女の姿を黙って眺めていた。
巨大なクレーンゲームの群れを一通り回り終えただろうかという所で、ナナはある一人の青年に目を留めた。
黒髪に黒目の、ひどく実直そうな顔立ちをした青年だった。しかし、この極彩色の賑やかなエンターテインメント施設の中で、彼は明らかに周囲から浮いていた。私服とは思えない、どこか禁欲的で仕立ての良すぎる漆黒の衣服を身に纏っていたからだ。
最初、ナナはその近寄りがたい異質な雰囲気から、自分から話しかけようとは思わなかった。
しかし、遠巻きに観察していると、青年は一つのぬいぐるみを取ろうとコインを入れては失敗し、またコインを入れてはアームを空振りさせる、という不毛な行為を何回も、それこそ何十回も無表情のまま繰り返していたのだ。
(あーっ、そこはダメなのに……! もっと右のタグの隙間を狙えば動くのに……!)
重心を見極められるナナにとって、青年のあまりにも的外れなプレイは見ていて歯痒くて仕方がなかった。やがて、そのもどかしさが我慢の限界を超え、ナナはジェイクの制止を待たずに衝動的に青年の横へと駆け寄っていた。
『ちょっと待って! それ、そこを狙っても絶対動かないよ!』
不意に横から響いた少女の声に、コインを投入しようとしていた青年はピタリと動きを止め、ゆっくりと静かな黒い瞳をナナへと向けた。
「……動かない、とは?」
『だからね、その箱は頭の方が重いから、アームのツメで持ち上げようとしても滑っちゃうの! ねえ、お兄さん! ちょっとだけ私にやらせてみて!』
ナナの純粋な勢いに気圧されたのか、青年はわずかに目を丸くすると、持っていたコインを下ろし、大人しく筐体の正面から一歩身を引いた。
「……なるほど。では、お手本を見せてもらおうか」
青年が静かでよく通る声でそう促すと、少し離れた場所から景品の山を抱えて歩いてきたジェイクが、青年の横顔を見てピクリと眉を潜めた。しかし、それに気づかないナナは、意気揚々と操作パネルの前に立ち、レバーを握りしめたのだった。
『よぉーし……!』
ナナの口元に笑みが浮かぶ。彼女の頭の中には、すでにクリアまでの手順が完璧に描かれていた。
一回目で傾け、二回目で引き寄せ、三回目と四回目で僅かな重心のズレを作る。そして五回目――精密機械のように位置を合わせたアームが下り、狙い過たず箱の角を押し込むと、景品は吸い込まれるように穴の中へと落ちていった。
『やった! 狙い通り!』
ガトン、と重い音を立てて成果物が吐き出される。青年は膝を折り、屈んで景品口からその獲物を取り出した。
透明なウィンドウ越しに見える箱の中身は、フリフリのドレスを纏ったマスコットといった出で立ちの、愛らしい魔法少女の二頭身フィギュアだった。その黒い衣装を着た堅物の青年のイメージとはあまりに乖離した景品に、周囲の空気が少しだけ和らぐ。
「……凄いな。どうも、私のやり方は徒労を繰り返しているだけだったようだ。これは大事な家族が欲しがっていた物でね。この都市を訪れた機会に、どうしても手に入れたかったんだ。感謝する」
青年は愛おしそうにフィギュアの箱を抱えると、深々と頭を下げた。
『えっへん! どういたしまして!』
ナナが胸を張って誇らしげに鼻を鳴らしていると、後ろから足音が近づいてきた。
「お前なあ、明らかに浮いている奴に急に話しかけに行くな。トラブルの元だぞ?」
追いついてきたジェイクが、呆れたように小さく溜息をつく。だが、先ほどまで彼が両手に抱えていたはずの大量の景品は、いつの間にか綺麗さっぱり消えていた。
『この人は良い人だったもん。あれ、ジェイク、さっきの景品はどうしたの?』
「ミケが合流したから一旦預けてきた。そろそろ映画館に行く時間だってよ」
ジェイクが親指で指し示した方を見ると、カラフルなぬいぐるみの山で視界を完全に塞がれながら、千鳥足でヨタヨタと歩くミケの哀れな姿があった。その横でルシアが楽しそうに写真を撮っている。
『ふふ、分かった!』
「ああ、ちょっと待ってもらえないか」
満足したナナがジェイクと共にその場を離れようとしたその時、黒髪の青年が静かな声でナナを引き止めた。
『うん? 何か用?』
振り返るナナに対し、青年は漆黒の瞳をじっと凝らし、彼女の首元——AIのロールが代わりに音声を発する異質さに意識を向けるように尋ねた。
「君は……声が出せないように見える。不便を感じてはいないのか?」
『不便じゃないよ!』
ナナは即座に首を振る。今の彼女には、言葉を紡いでくれる大切な仲間と居場所があった。青年は一瞬だけ表情を曇らせると、さらに踏み込んだ質問を重ねた。
「……君は、自由かい?」
『基準が良く分からないけど……私は自由だよ!』
「幸せかい?」
『幸せだよ! ……ねえ、さっきから何の質問?私、あなたに心配されるほど弱くないから!何なら今助けられたのは、あなたの方でしょ!?』
ズバリと言い放たれた言葉に、青年は不意を突かれたように目を見開いた。
「うっ、確かに……その通りかもしれない。助けてもらった分際で、これは少し烏滸がましかったかな……。答えてくれて、ありがとう」
苦笑いを浮かべて寂しげに目を細める青年に対し、ナナは「もう!」と小さく頬を膨らませた。
『じゃあね! ジェイクも行こ!』
「へいへい……。アンタも、うちのが急に声をかけて悪かったな。んじゃ」
ジェイクは短く告げると、さりげなくナナを自分の背後にかばうような配置を取りながら歩き出した。青年の醸し出す独特の威圧感と、どこか浮世離れした雰囲気に、鋭い警戒の視線を一瞬だけ交わしながら。
青年は、喧騒のゲームセンターの光の中に消えていく少女と男の後ろ姿を黙って見送った。その手に魔法少女の箱をしっかりと抱えたまま、彼は深く思考を巡らせるように一息つくと、静かにその場を後にしたのだった。