Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ジェイク達がペントハウスへと戻った頃には、夜もすっかり更けていた。
今日買い込んだ大量の服や小物の郵送手続きを終え、疲れ果ててソファで完全にのびているミケと、胸元のロールと共に教会の動向をモニターで追い続けるルシア。
そんな静まり返ったリビングの片隅で、ジェイクは一人端末を開き、無機質な電子音と共に手慣れた手つきで画面を高速操作していた。その画面には、アスクレピオス社から前金として巻き上げた莫大な額の電子クレジットが表示されており、それが暗号化された無数の裏口座を経由して、都市の外——「荒野」のネットワークへと怒涛の勢いで流し込まれていく。
「ほほう、豪快に動かしましたねぇ。シティの外の『掃き溜め』にそれだけの金を流せば、飢えた狼どもが狂喜乱舞して群がってきますよ?」
冷たいドリンクを片手に近づいてきたミケが、画面の異常な数値を覗き込んで口笛を吹いた。
「教会の『本隊』と正面からやり合うだけでも十分に厄介なんだ。その裏で、スラムの残党だの他企業のハイエナどもだの、ナナの身柄を狙う聖北教会以外の雑魚にチラチラ動かれたら集中できねえ。だから荒野の『馴染みの連中』を大金で呼び寄せた」
ジェイクは冷淡な手つきで送信ボタンをタップする。
「こそこそ裏で蠢く連中には、荒野から呼び寄せた連中をそのままぶつける。奴らに雑魚の相手を全部押し付けて潰し合いをさせ、その間に俺たちは聖北教会との決着だけに集中する算段だ」
「なるほど。裏社会の害虫には、より飢えた野良犬をぶつける……相変わらず悪辣で効率的な作戦ですね」
ミケが感心したように頷く横で、二人のやり取りを黙って聞いていたナナが、不思議そうに首を傾げながらジェイクの服の裾をちょんちょんと引っ張った。
『ねえ、ジェイク……それって、ジェイクがせっかく手に入れたお金でしょ? そんなにたくさん使っちゃって、自分のために使わなくて良いの?』
ナナの純粋な問いかけ。アスクレピオス社との命がけの立ち回りや交渉によって手に入れた、常人なら一生遊んで暮らせるほどの莫大な富。それを自分たちの贅沢や快適な生活のためではなく、荒野のならず者たちを動かすための使い捨ての資金として惜しげもなく放り投げるジェイクの行動が、彼女には不思議でならなかったのだ。
『だいたい、そのお金って私の治療に使った薬草とか薬とか、あとごはん代を補う為なんでしょ? また赤字になって良いの?』
「お前が気にする必要はねえぞ。結局の所、俺がリソース集めてたのは『派手に戦う時の為の積立』であって、今がその時だから使ってるだけだからな。それに、所詮他人が集めた金を、俺が受け取っただけだ」
『むぅ……』
「まあ、声を掛けてるのは直ぐに集まりそうな奴だけだから金はある程度余る。飯の心配はしなくて良いぞ」
『そう言うのじゃないから! 全くもう! ジェイクのバカ!』
的外れな慰めに対するナナの罵りを受け流しながら、ジェイクは最後のエンターキーを強く叩き、面倒くさそうに腰を上げた。
「はいはい、俺はもう寝るからな? オメーもさっさと寝とけよ?」
『あ、最後に1つだけ良い?』
「あん?」
『ジェイクにとっての強さって何?』
「は? こっちは寝る前だぞ、急に重たい質問ぶつけて来るなよ……」
ジェイクは唐突なナナの質問に心底嫌そうな顔で難色を示したが、揺るがない真剣な瞳を真正面から見返す内に、やれやれと小さく息を吐いて自分が折れることにした。
ナナの前にどっかりと腰を下ろし、真っ直ぐに目線を合わせる。
「良いか? 俺にとっての強さとは『必要としない』事だ。生き残る上で、誰かや何かに依存しなきゃならねえ状況ってのは一番の弱点になる。だから俺は何も必要としない状態を作る。そうすれば色んなものが俺にとって余り物になる。余り物があれば必要な時に必要な物を必要なだけ引き出せるし、色んな取引を『俺は要らない、必要無い』と突っぱねることが出来る。生存の主導権を握れるわけだ。つまり、俺は自由になる訳だ!」
『寂しくないの?』
「寂しくない。俺が俺である限り、俺は気が合うなら誰とだって楽しくやれるし、1人でも楽しい事が山程あるからだ。楽しいぞ〜? 相手の命乞いを全部突っぱねてぶん殴るのはな!」
『……ジェイクのその趣味は良く分かんない』
『あー、横からすまない。ナナ嬢、そこの畜生が言っているのは論理的な生存戦略として理屈は通っちゃいるが、何処まで言っても強者の理屈だ。今理解する必要もないし、それだけを見習うべきでもないぞ』
「ロールの言う通りだ。いつかは自分の答えを仮にでも考えるべきだが、今結論出す必要は何処にもない。まあ精々布団の中で考えてな」
ジェイクはそう言うと、手をひらひら振って寝室へ向かった。
◆ ◆ ◆
(ジェイクは自由になりたくて、ああ言う振る舞いとそれが出来る強さを身に着けたのかな? ……羨ましい。私も自由になりたい。でも私はジェイクと違って社会から放っておいて貰えない。ジェイクの真似じゃあきっと私は自由になれない。だからジェイクは私が離れて生きていけるように促し続けるんだ)
ナナは1人、静まり返った自分の寝室の柔らかなベッドに横になり、暗闇の中で思索を続ける。
(じゃあ、私は何を目指せば自由になれる? どういう強さがあればジェイクと一緒に居られる? 私はどういう在り方が幸せなんだろう?)
世界を壊すための絶大な暴力ではなく、誰かと共に在るための確かな力。
少女の根源的な問いに対する答えはでないまま、静かな寝息と共に、彼女はいつの間にか深い眠りに就いていた。
◆ ◆ ◆
翌朝。リヴァイア・シティの喧騒が渦巻く中心部から少し離れた、比較的閑静な大通りを、四人の人間が歩いていた。
彼らが身に纏うのは、新月の夜空を思わせる深い暗紺色を基調とした、どこか禁欲的で仕立ての良い衣服。その胸元には、この世界の誰もが見知った十字の『聖印』が銀色の糸で恭しく刻まれている。彼らは、絶対的な権威を誇る聖北教会の本部から派遣された一派であった。
表向きの目的は単純明快である。
『リヴァイア・シティ支部への応援派遣』。近年、この巨大都市内で頻発している様々な裏社会の抗争や異常事態に対応するため、本部から人員を追加するという名目だ。
しかし、彼らの真の指令――裏向きの目的は、厄災の影である『被検体D-7』の確保と保護にあった。
「……と言うわけで、我々はこれから被検体D-7の合法的確保の為に市役所に向かう」
不意に、四人の先頭を歩いていた男――この一派の指揮役が、仰々しい身振りで宣言した。
「目標は対象の住む家屋に赴き身柄交渉を行う根回しと、対象に関わる人物の情報を集める許可、そして対象がこちらの勧告に従わない場合に強硬手段を取ってよいという言質だ。俺が先頭に立ち交渉役を務める。女二人は俺の脇を固め、勇者は俺の後ろで威圧しろ。異論や疑問のあるやつはいるか?」
堂々たる演説。だが、その後ろを歩く三人の視線はひどく冷ややかなものだった。
「だからどうして十字陣形を組む必要があるんですか」
「と言うかこのやり取り4回目だぞ。眠れてないのは聞いたが流石に女神様も呆れるぞ、大丈夫かコイツ」
立ち止まって横柄な態度を取る指揮役に対し、同行する若い女僧侶と女騎士が即座に容赦のないツッコミを入れる。
「コイツとは何だコイツとは。俺はこの失敗の許されない指令の指揮役を任された男だぞ。敬意を払え敬意を」
「せめて私達の方角を向いてください」
「何が敬意だ、それは街角のオブジェだろうが。職質を受けたらどうするつもりだ」
女騎士が呆れ果てたように指摘する通り、指揮役の男は先程から道の脇に設置された変哲のない石柱のオブジェに向かって、真顔で作戦を語りかけていたのである。振り返ったその顔色には一切の生気がなく、虚ろな目元には色濃い隈がくっきりと刻まれていた。
「その、彼は昨晩から一晩中上司から嫌味を言われ続けて、一睡も睡眠を取れていないので……」
見かねて苦笑いでフォローに入ったのは、最後尾を歩く黒髪の青年――『勇者』だった。
「その擁護も4回目だ。……勇者、お前はいい加減そのふざけたかけ札を外せ。気安い関係なのは良いが、外に持ち出すな」
女騎士の鋭い指摘を受け、勇者はハッと自分の胸元を見下ろす。そこには『私は叱られる隣で熟睡しました』とご丁寧に書かれた木製のかけ札がぶら下がっていた。昨晩の通信後、上層部からの理不尽な叱責に耐えきれなくなった指揮役から、八つ当たり気味に首に掛けられたものだ。
勇者は恥ずかしそうにそのかけ札を外し、近くのゴミ箱に放り捨てた。
この滑稽にも見える一派が帯びている使命は、決して軽いものではない。
被検体D-7――ナナ。彼女は都市一つを容易く滅ぼして余りある、絶大な力を有している。教会の上層部は当初、そのような危険な規格外の力を持つ存在の自由意志を認め、世にのさばらせる訳にはいかないとして、対象の『殲滅』を至上命題としていた。力と規律による厳格な管理こそが世界の安寧に繋がるのだと。
人員構成は、前線での実務と政治折衝を担う指揮役の男、武力を担う若い女聖騎士、支援を担う女僧侶。そして本来ならばこの場にいるはずのなかった、横槍で入ってきた現代の勇者。
勇者をはじめとする『保護・管理派』が強引に上層部へ捩じ込み、どうにかこうにか対象の『殲滅』から『保護』へと現在の目的に落ち着かせた、という泥沼の経緯があったのだ。
「あー早く滅びねえかな世界。そしたら俺が次の神の座に居座って俺を無条件に崇める新人類を作るんだ……」
「とうとう妄言を吐き出し始めちゃいましたよこの人! それも大分聞き捨てならないタイプの!」
「薬打て薬! 勇者! 強めのやつを持っていたよな?!」
「あの、これ私以外使ってはいけないんですけど……。まあ良いか、彼なら。せいっ!」
「はうっ」
勇者は背後から首筋にアンプルを打ち込んだ。もしこの区画を警邏する犬の獣人に見つかれば、事件性があると勘違いされる絵面である。
「……ふぅ。オブジェの冷たさで少し目が覚めた。行くぞお前ら」
石柱に額を押し付けていた指揮役が、のそりと振り返る。顔色は最悪のままだが、その瞳の奥には特務を束ねる者としての鋭い理知の光が戻っていた。
「まったく……本来ならお前が背負うはずの厄介事を、俺が徹夜で上層部の狸どもと折衝してやったんだ。感謝しろよ、勇者」
「ええ。心から感謝しています、先輩」
勇者が真摯に頭を下げると、指揮役は「その真っ直ぐな目が一番腹立つんだよ」と毒づきながら歩き出した。
「いいか、市役所の連中もアスクレピオス社や裏社会とズブズブに癒着しているクソ溜めだ。教会の権威を振りかざして、合法的な『調査権』と『強制執行の許可』をもぎ取る。向こうも痛い腹を探られたくはないはずだからな、必ず妥協点はある」
女騎士と女僧侶が、ようやくまともになった上司の両脇を固めるように歩調を合わせる。十字陣形などという馬鹿げたフォーメーションはすっかり忘れられ、勇者もその後ろへと静かに続いた。
目的地である巨大な市役所の庁舎が、ビル群の隙間からその威容を現し始める。
(……いよいよだ)
勇者は黒い瞳を細め、庁舎のガラス張りの壁面を見上げた。
昨日見た、ゲームセンターでの無邪気な少女の笑顔。そして彼女の傍らに立ち、決して隙を見せなかった凄腕の男。彼らがただの悪党であれば、力ずくで奪い返すことに何の躊躇いもなかっただろう。しかし、彼らは少女を守り、少女もまた彼らを信頼していた。
だが、だからといって見過ごすわけにはいかない。圧倒的な力を持つ存在が、教会の管理を離れて個人と結びついている状況は、火薬庫の中で火遊びをしているに等しい。
「私は、私の信じる正義を貫く。……それが彼女にとって、余計なお世話だとしても」
ポツリとこぼした勇者の独白は、都市の喧騒にかき消される。
やがて四人の一派は、太陽の光を反射して冷たく輝く市役所の正面ゲートへと、決意を胸に足を踏み入れたのだった。