※この作品はR-18です。

Damn'it Company!―畜生集団、或いは―   作:カラルラ

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26話目

 聖北教会の一派が、市役所の煩雑な手続きと裏社会の息がかかった狡猾な役人たちとのタフな折衝を終え、合法的な権限を手にしてジェイク達の住むペントハウスへとやって来るまでには、まだ多少の時間を要した。

 それは嵐の前の静けさとも言える、束の間の平穏だった。そんなぽっかりと空いた休日のような時間の中で、ナナはふとある疑問を抱いた。

 

『ねえ、ジェイク。ジェイクって普段、お休みの日や暇な時は何をして遊んでるの?』

 

 朝食を終えたリビングで、唐突に投げかけられたその純粋な質問に、食後のコーヒーを飲んでいたジェイクは「ぶふっ」と盛大に吹き出しそうになった。

 

「……ゲホッ、なんだ急に。別に、何をして遊ぶって歳でもねえだろ」

 

『だって、ジェイクのこと色々知りたいんだもん。ミケはいつもゲームしてるか寝てるし、ルシアはずっと端末をいじってるでしょ? ジェイクの趣味って何?』

 

「趣味、ねぇ……」

 

 ごまかすことを許さない、キラキラと期待に満ちた瞳で真正面から見つめてくるナナ。ジェイクは眉間を揉みながら深いため息をついた。ここで適当にはぐらかせば、彼女が納得するまで一日中付きまとわれることは目に見えている。

 

「……仕方ねえ。行くぞ、着替えろ」

 

『えっ? どこに?』

 

「俺の『趣味』の場所にだよ」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 そうしてジェイクに連れられて街へ出たナナが辿り着いたのは、都市の商業区画の片隅に鎮座する、巨大な模型専門店だった。

 

 自動ドアを潜った瞬間、ナナは目を丸くした。広大なフロアの天井まで届きそうな棚という棚に、色とりどりの箱がびっしりと敷き詰められている。

 一体成型されたシンプルなフィギュアから、ランナーと呼ばれるプラスチックの枠から自分で部品を切り出し、接着して組み上げる複雑怪奇なプラモデルまで。そのジャンルは多岐にわたり、恐ろしげな怪物、大剣を構えた英雄、重厚な戦車や戦闘機といった乗り物、無機質なサイボーグ、果ては最新兵器を身に纏った可愛らしい美少女化モデルまで、ありとあらゆる「ロマン」がこの空間に集約されていた。

 

『うわぁ……すごい数……』

 

 初めて見る未知の世界の熱量に圧倒され、入り口で立ち尽くすナナ。だが、それ以上に彼女を驚かせたのは、隣に立つジェイクの様子だった。

 

「おお……新作の重装甲シリーズ、もう入荷してやがる。こっちの廃版になった怪獣キットの再販版も……マジかよ、今日来て大正解だったぜ」

 

『えっと、ジェイク……?』

 

 普段の冷徹で現実主義なジェイクはどこへやら。彼の目はオモチャを与えられた少年のようにキラキラと輝き、口角は完全に上がりきっていた。ジャンルもサイズも問わず、目に付いた箱を次から次へと棚から引っ張り出しては、抱えきれないほどの山を作っていく。完全にノリノリである。

 あっという間に自分の背丈ほどに積み上がった箱のタワーを抱え、意気揚々とレジに向かう大男の背中を、ナナは呆然と見送った。

 

『あ、待って! 私も一つやってみたい!』

 

 慌てて後を追いかけながら、ナナは美少女化キットのコーナーから、パッケージのイラストが気に入ったフリフリの魔法少女風の箱を一つ選び取り、ジェイクの山の頂上にちょこんと乗せた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ペントハウスに帰還した二人は、早速リビングの巨大なローテーブルを占拠し、箱を開けて組み立て作業に入った。

 

『えーっと、まずはAの1と、Bの3を切り取って……』

 

 ナナは初めて手にするプラスチック用の極薄刃ニッパーを不器用な手つきで握りしめ、分厚い説明書とにらめっこしながら悪戦苦闘していた。見かねたジェイクから渡された初心者向けのツールセットを駆使し、パチン、パチンと慎重にパーツを切り出していく。

 一方、その傍らで作業をするジェイクの光景は、もはや異常事態と言う他なかった。

 

「ふんっ!」

 

 ジェイクの手にはニッパーすら握られていない。彼は己の肉体を魔力で強化、変異させる『フィジカルアデプト』の戦闘技能を、なんとプラモデル作りに全振りしていたのだ。

 微細な魔力を指先に集中させ、硬質化した爪先を超振動の刃に変えることで、パーツをランナーから素手で滑らかにもぎ取っていく。しかも切断面は高級ニッパーよりも美しく、さらにその指の腹で軽く撫でるだけで、ヤスリがけすら完璧に完了してしまうという魔法のような超絶技巧である。

 

 パチパチパチパチッ! キュイイイン! カッチャン!

 

 凄まじい速度で極小のパーツ群が組み合わさり、一つ、また一つと見事な完成品がテーブルの上に生み出されていく。

 そして、ナナがようやく自分の美少女模型を四苦八苦しながら組み終え、大きく背伸びをした頃には、テーブルの上はとんでもないことになっていた。

 

『……なぁにこれぇ』

 

 そこには、統一感など欠片もないカオスな一大ジオラマが完成していた。

 しかもジェイクは、完成した模型の一つ一つの関節部や装甲の裏に極小の『魔力の印』を書き込んでおり、遠隔魔力操作によって命を吹き込んでいたのだ。

 剣を振るう英雄、火を噴くようなポーズで咆哮する怪獣、空中に浮かび上がりながら変形機構を披露するサイボーグ。それらが卓上でカタカタと動き回り、一大スペクタクルを繰り広げている。

 

「ふーっふっふ……。どうだ、傑作だろう。この多脚戦車の重量感を動きで再現するのは骨が折れたぜ」

 

 満足げに腕を組み、自作のカオスなジオラマを眺めるジェイク。ナナは口をポカンと開けたまま、その光景とジェイクの顔を交互に見比べた。

 彼女が知るジェイクは、何事においても効率と実益を最優先する生存至上主義の男だ。このような、言ってしまえば「無駄な遊び」を全力で楽しむ一面があるとは、思いもよらなかったのである。

 

『ねえ、ジェイク。……どうしてこんな事を、ここまで上手にできるようになったの?』

 

 純粋な疑問をぶつけると、ジェイクは動かしていた魔力をふっと解き、模型たちを静止させた。

 

「……ああ。こいつは元々、俺の肉体変異の修練の一環から始まったんだよ」

 

『修練?』

 

「俺たちフィジカルアデプトってのは、自分の肉体を自在に強化したり、人によっては獣のように変異させたりする。だが、それには『精巧で精強なイメージ』が不可欠なんだ。ただデカく、ただ硬くしようとしても、骨格や筋肉の構造、重心のバランスといった解剖学的なイメージが明確じゃないと、身体が破綻しちまう」

 

 ジェイクは手元にあった怪獣の模型を手に取り、その複雑に連なる関節部を指でなぞった。

 

「勝ち抜くための『必然性のある強さ』を肉体に宿すには、構造の論理的な整合性が不可欠なんだ。だから昔は、木材や粘土を使って、自分が思い描く動物や怪物の造形をひたすら削り出して作る訓練をしてた。手で触れて、構造を完全に頭に叩き込むためにな。俺は元々、細けぇ魔力操作や、一つの端材から形を削り出すって作業が得意だったらしい。それが高じて……いつの間にか、修練とは無関係にこういう趣味を持つようになっちまったってわけだ」

 

 少し照れくさそうに頭を掻くジェイク。その顔は、いつもの厳しい裏社会の顔ではなく、年相応の、あるいはもっと幼い少年のようなどこか穏やかなものだった。

 

「……最近は生きるか死ぬかの立ち回りばかりで、すっかり忘れてたぜ。純粋に楽しいと思える趣味を持っていたことを、久々に思い出した。お前が聞いてくれたおかげだな、ナナ。ありがとよ」

 

 ふわりと微笑んだジェイクの言葉に、思いもよらなかったナナは嬉しそうにえへへと照れた。

 

「さて、散らかしたからには片付けねえとな。枠やら箱やらを捨てるぞ」

 

 ジェイクが立ち上がり、空き箱や切り取られた後のランナーの山を手際よくゴミ袋にまとめ始める。

 その背中を見つめながら、ナナは自分の手の中にある、出来立ての美少女模型に視線を落とした。

 ニッパーの使い方が甘くて少しパーツの切り跡が白く残っていたり、シールがちょっとズレていたりと、ジェイクの完璧な作品たちと比べれば、お世辞にも上手とは言えない拙い仕上がりだ。

 それでも、ナナはそっと、ジェイクが作り上げたそのカオスで完璧なジオラマの中心に、自分の作った不格好な美少女模型をちょこんと立たせた。

 

 怪獣と英雄、サイボーグと戦車が入り乱れる激戦のジオラマの中で、少しだけ不器用に立つその模型。

 それはまるで、ジェイクの激しくも力強い生き方の中に混ざり込んだ、自分自身の姿のようにも思えた。

 

『ふふっ』

 

 ナナは自分の作品が加わったそのジオラマを、いつまでも満足そうに眺め──やがて、その瞳に静かな決意の光を宿して顔を上げた。

 

『……ねえ、ジェイク。一つわがまま言っても良い?』

 

「は? どうした急に」

 

『ありがとう。じゃあ言うね』

 

「聞けよ。いやもういいわ、勝手に言え。聞くから」

 

 ナナは真っ直ぐジオラマを見る。ジオラマ《ジェイク》に囲まれた美プラ《ナナ》を見ながら、はっきりと口を開く。

 

『私、"ナナ"で居たい。教会だとか企業だとか、そんな連中が押し付けてくる定義なんかに絶対に頭を下げたくないの』

 

「……」

 

『だから、迷惑だとしても一緒にどうするか考えて欲しくて……。ねえ、聞いてる?』

 

「聞いてる。俺と方針が一致してて驚いてたんだ」

 

『え、じゃあ……!』

 

「やろうぜ、悪巧み。俺らの屁理屈で連中の『正しさ』をぶちのめしてやろうじゃねえか!」

 

『……!! 私、ミケを呼んでくるね!』

 

 パタパタと足音を立てて寝室の方へと駆けていくナナの背中を見送りながら、ジェイクはテーブルの上のジオラマへ再び視線を落とす。怪獣や英雄たちに守られるように立つ、不格好な魔法少女の模型。

 彼は獰猛な笑みを浮かべると、魔力で強化された指をゴキキッと鳴らし、やがて来るであろう『勇者』たちを迎え撃つための算段を脳内で組み上げ始めた。

 

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